それは愛にも似た、   作:pezo

11 / 34
第五章 壁外調査

 

――いつか、あの地平線の向こうにある景色を見に行こう。

 

 

両翼のシンボルが翻る。あれは、自由の翼の紋章。壁の中の人類の希望の証。

 

 

――炎の水、氷の大地、そして砂の雪原は本当にあるんだろう?

 

 

世界が、空気が夕焼けに染まる。東の空に沈む大きく滲んだ赤い太陽が。

 

 

――なあ……、「    」。

 

 

 

呼ばれた気がしてふと目を開ければ、見慣れた研究室の本棚が目に入った。明るい光が窓から差し込んでいる。すっかり高い位置から差し込む光に、一瞬寝坊したかと思うが、今日は昼まで休みだったと思い直した。

 

懐かしい夢だった。あれは、調査兵になった頃の……。

 

 

「おい、シグリ!!いい加減に起きろ!!」

 

 

再びまどろみはじめた意識に、無遠慮に分け入ってきたのは、小うるさい隣人の怒声だった。

 

 

「あ、え?」

 

「シグリ!起きろ!掃除だ!!」

 

「あ、起きてる起きてるよ!」

 

 

ドアを乱暴に叩く音にベッドから転げるように起き上がった。部屋に鍵はかけていない。開けないのは、彼なりの配慮なのかもしれないが、いささか隣人の男は小うるさい。

 

着替えもそこそこに部屋から急いで出れば、やはり完全装備の掃除姿のリヴァイが立っていた。彼の初めての壁外調査から三ヶ月近く経とうとしている。早くも彼は兵団に馴染みつつある。少なくとも、自分の生活の中にはかなり浸食してきている、と思う。

 

 

「……なんだ、そのナリは」

 

「え?ああ、掃除?どうぞ、窓開けたよ」

 

 

彼が私の補佐についてから一月あまり。気付いたことがある。それは、彼の潔癖はかなり深刻な病にいたるほどであるということ。そして、その対象は自分の研究室にも及んでいること。そしてそして、その掃除の邪魔をすること、即ちそれは彼の逆鱗に触れるということ。

 

 

「ああ、えっと……」

 

 

黙して動かない彼に、どうしたのかな、と声をかけてみれば、景気の悪い顔をさらにしかめて、ドアを閉められた。

 

 

「支度してから出てこい!」

 

 

朝からあんなに怒鳴って大丈夫だろうか。掃除の件を除けば、彼はどちらかというと気は長いほうだと思うが、どうにも掃除に関しては神経質になっていけない。

 

そう思って部屋の奥の洗面所に向かって、鏡を見て。

 

 

「ああ……確かにこれは……」

 

 

鏡の中には、髪の毛が逆立ち、シャツのボタンも掛け違えて、胸元がはだけただらしない女の姿があった。

 

 

 

******

 

 

 

「リヴァイ、入るぞ。……ん?」

 

 

寝起きのだらしない上官を部屋に押し戻した後、軽いノック音がしたと思えば、廊下からエルヴィンが顔を出してきた。

 

 

「何か用か」

 

「ああ。……ひどい顔だな、リヴァイ」

 

 

何がおかしいのか、金髪の男は少し笑ってそう言った。この男に連れられてこられてから数ヶ月。硬質なだけであった奴の態度も、徐々に軟化してきている。特に、シグリの補佐に回されたり、奴の情報源であるシシィという女との小間使いをさせられるようになってからは、それが顕著だ。

 

 

「何を拗ねてるんだ?シグリとケンカでもしたか」

 

「バカか」

 

 

エルヴィンは今度は声に出して笑いながら部屋へと入ってきた。なにやら機嫌が良いのは気のせいではないだろう。シグリがまだ支度中であることを告げれば、「なるほど。それで」と納得したかのように頷いた。

 

 

「ん?お前、こんな趣味があったのか」

 

 

ふと、部屋の隅に置かれた棚の上のそれに興味がそそられたらしい。確かに自分で言うのもなんだが、らしくはないと思う。

 

 

「もらいものだ。置く場所がないからな」

 

 

小さな木鉢が二つ。そこに、植物がふたつ。名前も種類も知らない。花をつけるのかもしれないし、何も咲かせないのかもしれない。

 

 

「こちらだけ、妙に元気がないな」

 

 

右側の木鉢の葉を手に取って奴は言った。左のそれに比べれば、その広い葉はやや黄みがかっていて、茎の線も細い。

 

 

「……もらったときからだ。元々、右の奴は弱いんだろう」

 

「そういうものか」

 

 

ふむ、と頷いた顔を見れば、物知りなその男も植物には疎いらしいことが知れた。女に花のひとつやふたつ、くれてやったこともあるだろうに、と頭の隅で思ったとき、部屋の奥の扉が元気よく大きな音を立てて開いた。

 

 

「おはよう、エルヴィン!どうしたの?」

 

 

振り返れば、きっちりと短い黒髪を整え、ぱきりとしたシャツを着た女が立っていた。先ほどまで、寝癖をつけていただらしない格好をしていた女とはまるで別人である。その顔もきりりと引き締められ、いつもの優男然とした精悍な表情になっている。

 

ここまで変われば最早別人。イリュージョンの粋に達する。化粧をしているわけでもあるまいに、女は分からない。

 

 

「やあシグリ。もう昼だがね。昼飯を済ませたら、リヴァイと二人で私の部屋に来てくれ。ハンジやミケたちも呼んでいる」

 

「何かあった?」

 

 

女が問えば、その碧眼の男は嬉しそうに微笑んで俺たちを振り返って言った。

 

 

「ああ。壁外調査の日程が決まった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。