無/霊タイプの厨ポケが現れたようです   作:テテフてふてふ

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閑話です。

マキナとククイ博士の殴り合い♂だと思った?残念、百合の香り漂う花園♀でした!!


09:麗しき華のジェラシー

マキナの運命を分かつ激戦の火蓋が切られようかと言う時……

 

シロナはリゾート地として有名な、イッシュ地方のサザナミタウンを訪れていた。

 

潮風を運ぶサザナミ湾が広がっており、この一景を欲するかのように数多の別荘が立ち並んでいる。

 

数ある別荘のうちの一つ『Cattleya(カトレア)』という洒落た書体の表札がかかった別荘にシロナは近づき、呼び鈴を押す。暫しの間隔が空いた後、別荘のドアが開かれる。

 

白とピンクを基調とした上品な衣服に身を纏い、気品溢れるウェーブのかかった金髪の少女……カトレアがシロナを出迎える。

 

「久しぶりね、シロナ。半年ぶりくらいかしら?」

 

カトレアは来たる良き友の姿を目にし、その表情を綻ばせる。そんなカトレアを前に、シロナからも自然と笑みが浮かぶ。

 

「そうね……カトレアに別荘を返してから半年も経つのね」

 

「せっかくの再会を立ち話で消化したくないわ。早く上がってちょうだい」

 

「ええ、お邪魔します」

 

少し前まで自分が生活していた空間に招かれた事に、シロナは少しばかりの違和感を覚えながらも、慣れた足取りで中へと入っていく。

 

「飲み物を持ってくるわ。シロナは座ってて」

 

カトレアの気配りにお礼の言葉を述べつつ、シロナはテーブルに着く。ここからは、開け放たれた窓を介して、サザナミ湾の美しい海景色が一望でき、シロナにとってお気に入りのポジションだ。

 

「同じリゾート地でも、マキナの家から見えた海景色とは全く違うわね」

 

そもそも地方が違うのだから当然と言えば当然なのだが、マキナのポケリゾートも気に入っているシロナは、自然と比較をしてしまう。

 

だが、どちらに軍配が上がるか……と言う事ではなく、それぞれが持つ魅力を見つけ出そうとするのが、シロナというトレーナーだった。

 

「それにしても、この部屋こんなに広かったかしら?」

 

シロナが住んでいた頃は、これでもかと言うほどに散乱した文献と資料がスペースを殺していたという事に気付けないのも、シロナというトレーナーだった。

 

一頻り、シロナが懐かしの別荘を見渡しているうちに、二つのカップを乗せたトレイを携えたカトレアが帰ってくる。

 

「お待たせ。アイスティーしかなかったけど良かったかしら?」

 

「ありがとう。あまり紅茶は飲まないから新鮮ね」

 

「アタクシのように、シロナもエレガントな嗜みを持つ事をお勧めするわ」

 

基本的に、身の回りの事はコクランに任せているカトレアが、自分で紅茶を淹れられるという事を少しばかり意外に思いつつも、シロナはカップに口を付ける。

 

一方、カトレアは自分の分の紅茶には目もくれず、シロナの事をジッと見つめている。

 

「なんでそんなに見てくるの?あたしの顔に何か付いてる?」

 

「……気にしないで。シロナの口に合うか心配だったのよ」

 

「とても美味しいわ。なんだか、今まで飲んだ事のない味がするわね」

 

「ふぅん……あまり飲まない割には舌が肥えてるじゃない。それなりに良い茶葉を使っているから、香りも嗜みながら少しずつ飲むと良いわよ?」

 

いくら気の許した仲でも、もてなしに妥協をしないあたり、流石はお嬢様と言ったところね……と、シロナはカトレアの気遣いに素直に感心した。

 

「それにしても、カトレアが改まってあたしに会いたいって言うのも珍しいわね」

 

そう、此度の会合はシロナが自発的に所望したものではなく、カトレアの意向によるものだ。だが、シロナにとっても、良き友に会えるという事に是非は無いので、二つ返事でカトレアに会いに来たのだ。

 

シロナが素朴な疑問をカトレアにぶつけると、カトレアは静かに睫毛を伏せる。

 

「純粋に、シロナに会いたくなったと言うだけの事よ。けれど、それだけではない事も確かね。……シロナ、あなたに訊きたい事があるの」

 

「訊きたい事?」

 

「あなた、あの『機械仕掛けの新種使い』が住む、アローラのプライベートリゾートに行ったらしいじゃない」

 

「……機械仕掛けの新種使いって、マキナの事かしら?」

 

「そうよ」

 

「なぜカトレアがそんな事を知っているの?彼に会いに行くだなんて、あたしは誰にも言ってないはずなんだけど……」

 

「あなたほどのトレーナーになると、何をしても噂として広まるものよ。もう少し自覚を持ちなさい。それで……シロナは一体何をしに行ったのかしら?」

 

「別に大した事じゃないわ。あたしがカトレアに会うのと一緒で、誰かに会いに行くのに理由はないわよ」

 

一瞬、カトレアが不愉快そうに表情を曇らせたが、再び淡々とシロナに質問をたたみかけていく。

 

「そう。でも、あなたが特定の異性に入れ込むだなんて、アタクシは見たことがない気がするわ」

 

「……言っておくけど、マキナとはそんなんじゃないからね?」

 

「知ってるわよ。そんな下世話な勘繰りはしてないわ。だからこそ聞いているんじゃない」

 

カトレアから柔らかくも暖かい雰囲気が消失し、張り詰めた緊張感を放つ。

 

 

「シロナは、あの男の何を見たのかしら?」

 

 

見た事のない親友の表情に、シロナは寒気を覚えた。

 

誤魔化すようにして、シロナはアイスティーを口に運ぶ。

 

「……ごめんなさい。マキナの事は話せないわ」

 

「親友のアタクシにも?」

 

「ええ。誰にも話さないって、彼と約束したから」

 

シロナがそう弁明するも、カトレアの語気は強まる一方だった。

 

「どうして……?誰よりも純粋で、誰よりも美しい心を持つシロナを、こんな風にしてしまうだなんて………許せない。美しくないわ、あの男」

 

 

カトレアから堰を切ったように黒い感情が溢れ出す。

 

 

「やっぱり間違っていなかったのよ……あの男は卑劣極まりない……!!アタクシの大事なシロナを、こんな風に口止めをして……っ!!」

 

 

この時、シロナは自分の異常に気がついた。

 

 

温厚であるはずのシロナの感情が、自由奔放に暴れ回っているのだ。

 

体が熱い。頭がぼやーっとする。なんだか目の前のカトレアが揺れ動いている……

 

著しく思考能力が低下したシロナの口は、自制が効かなくなっていた。

 

 

 

 

 

「マキナの事を悪く言わないれよ!!彼の事を悪く言うのは、カトレアらって許さないんらからねっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「久しぶりね、シロナ。半年ぶりくらいかしら?」

 

久しく目にしていなかった友の姿を前に、カトレアは得も言われぬ感慨深さを覚える。

 

「そうね……カトレアに別荘を返してから半年も経つのね」

 

シロナが思い出すようにそう呟く。あの時の事はカトレアも覚えている。あのコクランが『これは骨が折れそうですね…』と泣き言を漏らすほどの惨状だったのだ。忘れるはずがない。何が酷かったかは皆まで言う必要もあるまい。

 

「せっかくの再会を立ち話で消化したくないわ。早く上がってちょうだい」

 

「ええ、お邪魔します」

 

久々の別荘が嬉しいのか、シロナは上機嫌な様子だ。そんなシロナの様子が、カトレアには微笑ましく思えたし、こうしていつでも会えることの喜びを噛み締めていた。

 

 

だからこそ……カトレアは、このシロナの汚れなき笑顔だけは守って見せたいと思ったのだ。

 

 

バトルでは彼女の足元にも及ばない。それでも、この世の中はポケモンバトルだけで動いているわけではないのだ。

 

 

「……飲み物を持ってくるわ。シロナは座ってて」

 

 

カトレアが()()()()()()()()言葉を放つと、シロナは屈託の無い笑顔でカトレアにお礼を言う。そんな彼女の素直な気持ちが、カトレアの心に痛いほど突き刺さる。

 

だが、顔には出さない。全てはシロナのためだ。彼女を守る為には、彼女をも欺く。カトレアにはその覚悟があるのだ。

 

カトレアがキッチンに足を踏み入れた瞬間、音もなく執事服の男が現れる。

 

「コクラン」

 

「はい、カトレアお嬢様。準備はできております」

 

執事服の男……コクランは、無駄一つない動きで、カップが二つ載ったトレイを差し出す。

 

「こちらがカトレアお嬢様のカップ、こちらがシロナ様のカップでございます。くれぐれも()()()()にならないようお気をつけくださいませ」

 

そう…カトレアのカップとシロナのカップには、同じ紅茶が満たされているわけではない。カトレアのカップには、普段からカトレアが常飲しているロズレイティーが注がれているが、シロナのカップには紅茶と似て非なる液体が注がれているのだ。

 

 

ロングアイランドアイスティー。

 

 

ラム、ジン、ウォッカ、テキーラ、ホワイトキュラソー、ガムシロップ、レモンジュース、炭酸抜きコーラ……これらを絶妙なさじ加減によってブレンドし、紅茶の味を再現した()()()()だ。

 

「より自然な味わいにするべく、今回はテキーラを使っておりませんが、アルコール度数はかなり強めとなっております。シロナ様はお酒にお強くないそうなので、おそらく一杯だけでも十分に酔ってしまわれるでしょう」

 

あくまで、紅茶に味を寄せているだけなので、紅茶を飲みなれている人間を相手に出そうものなら一瞬で看破されてしまうが、カトレアの知る限りではシロナが紅茶に精通しているという情報はない。なにより、彼女のイメージにも合わない。

 

「……シロナの体に(さわ)る事は無いわよね?」

 

「ただのカクテルでございますので、ご心配なさらなくともよろしいかと。ただ、やはりアルコール度数が高いので、一気に飲んでしまわれる事が無いようにだけ、ご注意ください」

 

「分かったわ」

 

「では、お気をつけてお持ちくださいませ」

 

コクランからトレイを受け取ったカトレアは、心を落ち着かせながらシロナの元へと歩みを進める。

 

トレイを持つカトレアの手が、微かに震える。

 

(重いわ……大切な人を騙す事が、こんなにも重いだんて……)

 

だが、ここまで来てしまったのだ。もうカトレアは、後に戻る事などできない。

 

「……お待たせ。アイスティーしかなかったけど良かったかしら?」

 

「ありがとう。あまり紅茶は飲まないから新鮮ね」

 

なんたる僥倖。やはりシロナは、紅茶に関しては些か疎いようだ。

 

「アタクシのように、シロナもエレガントな嗜みを持つ事をお勧めするわ」

 

その暁には、そんな無粋な物ではなくアタクシと同じロズレイティーを楽しみましょう……と、声にならぬ独善的な希望を脳内に展開し、カトレアはシロナを騙す罪悪を紛らわそうとする。

 

「………なんでそんなに見てくるの?あたしの顔に何か付いてる?」

 

「……気にしないで。シロナの口に合うか心配だったのよ」

 

「とても美味しいわ。なんだか、今まで飲んだ事のない味がするわね」

 

「ふぅん……舌が肥えてるじゃない。それなりに良い茶葉を使っているから、香りも嗜みながら少しずつ飲むと良いわよ?」

 

口からのデマカセをつらつらと吐くカトレアだったが、内心では冷や汗をかいていた。シロナはどこか抜けている節があるのに、変なところで鋭いのだ。伊達に考古学者をやっているわけではないのだろうと、カトレアはシロナの勘の良さに舌を巻く。

 

「それにしても、カトレアが改まってあたし会いたいって言うのも珍しいわね」

 

(……時は満ちたのね)

 

改めて覚悟を決めたカトレアが、目を伏せる。

 

「純粋に、シロナに会いたくなったと言うだけの事よ。けれど、それだけではない事も確かね。……シロナ、あなたに訊きたい事があるの」

 

「訊きたい事?」

 

「あなた、あの『機械仕掛けの新種使い』が住む、アローラのプライベートリゾートに行ったらしいじゃない」

 

「……機械仕掛けの新種使いって、マキナの事かしら?」

 

「そうよ」

 

「なぜカトレアがそんな事を知っているの?彼に会いに行くだなんて、あたしは誰にも言ってないはずなんだけど……」

 

「あなたほどのトレーナーになると、何をしても噂として広まるものよ。もう少し自覚を持ちなさい。それで……シロナは一体何をしに行ったのかしら?」

 

「別に大した事じゃないわ。あたしがカトレアに会うのと一緒で、誰かに会いに行くのに理由はないわよ」

 

 

カトレアの奥底でとぐろを巻く、漆黒の感情が、徐々に、徐々に、肥大化していく。

 

 

自分とシロナとの再会と、シロナとどこの馬の骨とも分からぬ男との邂逅が、一緒くたにされていいはずがない。

 

 

「……そう。でも、あなたが特定の異性に入れ込むだなんて、アタクシは見たことがない気がするわ」

 

「……言っておくけど、マキナとはそんなんじゃないからね?」

 

「知ってるわよ。そんな下世話な勘繰りはしてないわ。だからこそ聞いているんじゃない」

 

 

 

---全てはシロナ、貴女の為に訊いているのよ。

 

 

 

「シロナは、あの男の何を見たのかしら?」

 

 

 

カトレアは、マキナという新人トレーナーを、誰よりも強く警戒していた。

 

 

 

きっかけは勿論、あの親善試合だ。それまで無敗を貫いていたシロナが敗北を喫した……そんな情報が連日連夜、メディアを介して発信され続けていれば、当然カトレアの目にもつく。

 

完璧な人間などこの世にはいないので、シロナが誰かに負けること自体は、別におかしな事ではない。しかし、未だにシロナから一勝も取れないでいるカトレアにとっては、にわかに信じがたい内容だ。

 

この情報を聞きつけたカトレアは、すぐに親善試合の映像を視聴した。

 

シロナを倒したという男性トレーナー…マキナの容姿が明らかになる。

 

背丈は170cm以上で、体格は普通。髪の色は黒で、歳はシロナと同じくらいと言ったところだろうか。緊張しているのかは分からないが、かなり固い表情をしている。だが、ルックス自体は悪くなく、どこかぶっ飛んだ格好の人間が多いこの界隈にしては、落ち着いた服装をしているのが、カトレアにとってはそれなりに好印象だった。

 

 

…どうやらユニ◯ロで統一したマキナのコーディネートは、この世界の女性陣からのウケはそこそこ良いようだ。しかしながら、そんな事はマキナの知る由もないし、知ったところでどうにもならない。

 

 

カトレアにとってのマキナの第一印象は、何の変哲も個性もない、ごくごく一般的なトレーナーだ……と言ったところだった。もし何かが違ったら、カトレアがマキナに興味を持つ事などなく、ただシロナに負け運がついてしまったのだろう……と、軽く考えて終わっていただろう。

 

だが、カトレアはその異常性に気づいてしまったのだ。

 

 

カトレアが違和感を感じたのはマキナではなく、シロナだった。

 

 

マキナがアップで映されれば、当然、シロナにもカメラが向く。むしろ、この親善試合のメインディッシュはシロナと言っても良いほどだ。

 

MCがかなり勿体つけた後にシロナを紹介すると、会場に歓声が響き渡る。それと同時にシロナの表情を捉えるべく放送局のカメラが向くのだが……

 

 

(なぜ……?なぜシロナが、そんなに真剣な表情をしているの?)

 

 

カトレアの知るシロナならば、ポケモンバトルを望む際に、こんな顔を見せるはずがないのだ。

 

基本的にシロナは、勝敗にこだわる事はなく、いかに楽しむ事ができるかどうかに主眼を置いて、ポケモンバトルをしている。

 

シロナがこんな余裕の欠片も感じない、勝ちにこだわるかのような表情をする時は、いつだって曲がった事の許せない彼女が、彼女の正義を貫く時の表情だ。正義を掲げてポケモンバトルをする時に見せる表情なのだ。

 

 

この男は、一体何者なのだ。

 

 

この男は、一体シロナに何をしたのだ。

 

 

カトレアは片時も画面から目を離さず、食い入るように二人のバトルを観戦した。

 

目が離せなかった。

 

あのシロナが、見事に翻弄されている。彼女のポケモンに下される指示が、ことごとく悪手となってしまっているのだ。…否、あの男がそうさせているのだ。

 

まるでシロナのとる行動すべてを見透かしているかのような、マキナのバトルスタイルを目にしたカトレアは、ただひたすらに悪寒を覚えた。

 

シロナの五匹のポケモンに対して、三匹のポケモンで挑む新人トレーナー。興冷めも良い所の消化試合だ……カトレアだけでなく、観戦者のほとんどがそう思った事だろう。そして、その全員が例外なく冷水を浴びせられた気分を味わわされた事だろう。

 

先発のミカルゲは一撃で落とされ、ミロカロスは交代を余儀なくされ、それによって繰り出されたトゲキッスは登場して一瞬で撃破されてしまう。ここまで、マキナはポケモンを一匹も瀕死に追い込まれていない。

 

 

そしてシロナの象徴とも言えるガブリアスすらも、マキナのボスゴドラとの正面からの殴り合いの末、力尽きてしまった。

 

 

その時のシロナの顔を見た瞬間から、カトレアのマキナを見る目に明確な『敵意』が加わった。

 

 

ガブリアスを打ち破られたシロナが、何かを堪えるように、唇を噛んでいた。悔しさを耐え忍ぶかのような、苦く、悲痛な表情をしていたのだ。

 

カトレアの知るシロナではない。カトレアの知るシロナならば、自分の相棒をも打ち破ったマキナを褒め称え、最後の最後まで全力で戦い、バトルを楽しむ事に専念していただろう。

 

だが、シロナの顔に笑顔が取り戻される事なく、最後までマキナのポケモンに決定打を与える事なく、シロナは敗北してしまった。

 

 

それ以上、カトレアはシロナの顔を見ていられなかった。

 

 

(マキナ……あなたは一体、シロナに何をしたのかしら?事によっては、アタクシはあなたを許さないわ。アタクシの得難き親友を貶めるような真似をしているなら……アタクシは絶対にあなたを許さないわ)

 

 

カトレアはコクランの助力も得ながら、マキナに関する情報を、今日に至るまでかき集め続けた。

 

 

マキナ。自称24歳。身長175cm。体重71kg。血液型AB型。生年月日不詳。職業不詳。出自不詳。

 

 

約一年ほど前に、容姿がマキナに似ているという男性(その時点ではマキナという名は明るみに出ていないが)が、アローラ地方のウラウラ島にあるホクラニ岳にて、顔中に痣を作った状態で徘徊していたと、近隣住民からジュンサーに通報があった。ただ、あまりにも情報量が少なすぎて、これがマキナであるという確証は全くない。なお、その近辺の草むらに、50匹近くの瀕死状態のメタモンたちが発見されたという追加情報もあったが、やはり関連性の有無は分からない。

 

 

約半年ほど前に、トレーナー資格を持たない男が、メガやす跡地にて新種ポケモン『アロフォーネ』を捕獲し、ニュースとなると同時に、その男は無資格捕獲罪の罪を問われた。これが後のマキナである。

 

マキナに任意同行を求めた際、マキナはアロフォーネのみならず、ユキメノコ、ヌメラ、ドレディア、メタモンを所持していた。いずれのポケモンもウラウラ島に分布している種族なので、マキナはウラウラ島を中心に活動していた事が分かる。

 

トレーナー資格を持たない者のポケモンの捕獲、携行は大変重い罰則が課せられる。しかし、マキナは学界の権化とも言えるオーキド博士に、何かしらの文書を送付しており、同時にトレーナー協会に働きかけをしてもらうよう、何かしらの打診を行っている。結果として、マキナにはトレーナー資格が付与され、トレーナー協会から『ポケモンを所持するにふさわしい人物』と認定された事になり、マキナのポケモン捕獲・所持はお咎め無しとなった。

 

 

当然、マキナがオーキド博士に送ったとされる文書もリークした。

 

マキナは今現在に至るまで、オーキド博士に奇天烈な内容の論文を送り続けている。その大半が、学界にとって眉唾ものの内容だったらしく、マキナがオーキド博士に論文を送る度に、ポケモンの停滞していた研究が一気に加速したと、学界ではマキナを讃える声が飛び交っている程だ。一方で、既に学界が実証済みの論文も含まれている事も、稀にあるようだ。

 

しかし、彼がオーキド博士に打診を図った時に送った、彼の一番最初の論文だけは、未だに何を意味しているか解明されておらず、今現在でも物好きな研究者たちが、あーでもない、こーでもないと物議を醸しており、学界では『過去に類を見ない奇書』として扱われている。

 

内容としてはポケモンバトルについて理論を展開したものだと考えられているが、全ての学者が『我々が理解する事は不可能に近い』と匙を投げてしまっている。もちろん、その論文はカトレアも目を通した。

 

 

 

『ポケモンバトルにおけるロジック』

 

『ポケモンバトルは数学である。全ての結果には根拠があり、全ての結果は計算によって求められる。ゆらぎにも近い不確定要素があるものの、それも一つの因果に過ぎない。ポケモンとは数字であり、全てのポケモンに運命にも近い数字と、得るべくして得た数字が与えられる。だが、それらは決して平等に非ず、そこには明確な優劣が生じ、予定調和的に各々の役割が発生する。全ての数字を理解し、全ての数字を記憶し、全ての数字を導き出し、全ての数字を意のままに操った時……ポケモンバトルはより高次的な物へとシフトし、弱者はデジタルデバイトによって淘汰され、強者は瑕疵なき勝利を貪らんとする。

 

ポケモンとは数字である。人間が悪戯に因果を自らの手で作りあげた時……彼らは皆、廃れきった己の先に、終わりなき深淵を覗くことになるであろう』

 

 

率直に言って、意味が分からなかった。カトレアの目からは、精神に異常をきたした狂者の妄言にしか見えなかった。

 

 

マキナはトレーナー資格を得た直後に、彼はポケモン預かりシステムの会員登録を行っている。だいたいの新米トレーナーは、手持ちポケモンが法定上限所持数の六匹に達して、初めて自分のボックスを開設するのだが、マキナは自分のトレーナーIDを得ると同時にボックスを開設した。手持ちが溢れていないのにも関わらず…だ。

 

さらに、彼はボックスを開設した直後、()()()()I()D()のボックスにアクセスしているのだ。

 

通常、自分以外のトレーナーのボックスにアクセスしようと思っても、指紋・虹彩認証(バイオメトリクス)をパスする必要がある為、100%不可能なはずなのだ。

 

ポケモン転送システムの創始者にして開発者である、カントー地方のマサキに解析を依頼したのだが、

 

『うーん、なんやこのID…確かにボックスは存在しとるんやけども、ワイが開発したんと全然ちゃう方式で暗号化されとる。数字の中にAからFまでのアルファベットが混ざっとって訳わからんわ。そう簡単にクラッキングされるほど脆弱なシステムとちゃうんやけどなぁ。すまんけども、解析できんかったわ。ほな、また……』

 

と返ってきた。内容が専門的過ぎて、カトレアには何を言っているか分からなかったが、マサキでも解析できなかったと言う事は分かった。

 

 

シロナとの親善試合を行った日を境に、マキナは各メディアから引っ張りダコの『時の人』となる。また、マキナは公式戦を頻繁に行うようになり、かなりの頻度で彼のバトルが放映されるようになる。しかし、彼はメディアからのオファーは基本的に蹴っている。彼の露出はポケモンバトルの実況放送と、その後の報道陣たちのインタビューに応じている様子くらいだ。そのインタビューでもファンサービスは少なく、あまり多くを語らない為、彼の人物像は依然謎に包まれたままだ。

 

 

無敗のチャンピオンを完封したという事実は、世界中のトレーナーを震撼させた。シロナの『無敗のチャンピオン』という二つ名は、シンオウ地方という枠組みを超えたものだ。

 

それ故、シロナを敗北させたという事実は、数多くのトレーナーの反感と嫉妬を買った。大手インターネット掲示板にマキナのアンチスレが乱立するようになった。やれポケモンを虐待しているだの、シロナを脅迫しているだの、金を積んで八百長をしているだの、根も葉もない噂が跳梁跋扈しているような有様だが、火のないところに煙は立たないとも言う。特に、シロナを脅迫している云々は、カトレアにとって無視のできないものだ。

 

 

さらに、シロナはマキナにかなりの頻度でコンタクトを図っているのだ。その手段は電話によるものが大半だが、シロナを脅迫して傀儡化しているという噂がある以上、非常にきな臭い動きだ。

 

シロナに限って、一個人の都合の良いように扱われるような事はないと信じているが、彼女はマスター資格を持つポケモントレーナーであると同時に、一人の女性なのだ。必ずしも男を相手に強気に出られるわけでもないし、何かしらの弱みにつけ込まれている可能性だってある。

 

 

そんなカトレアの慮りを知ってか知らずか、シロナはマキナが住んでいるというプライベートリゾートに、つい最近に単身で訪れたのだ。

 

 

この時点で、カトレアに堆積していた不安が、一気に爆発したのだ。

 

 

聞かなくてはならないのだ。シロナの口から真実を。

 

 

 

 

しかし………

 

 

 

 

「……ごめんなさい。マキナの事は話せないわ」

 

 

 

 

それが、シロナの答えだった。

 

 

 

「親友のアタクシにも?」

 

「ええ。誰にも話さないって、彼と約束したから」

 

 

 

シロナが………口止めをされている……?

 

 

 

誰にも囚われない……純真で天衣無縫なシロナが……拘束されている……?

 

 

 

「どうして……?誰よりも純粋で、誰よりも美しい心を持つシロナを、こんな風にしてしまうだなんて………許せない。美しくないわ、あの男」

 

 

 

カトレアの感情は、もう止まらない。

 

 

 

「やっぱり間違っていなかったのよ……あの男は卑劣極まりない……!!アタクシの大事なシロナを、こんな風に口止めをして……っ!!」

 

 

目の前にいる親友に、どうすることもできない感情をぶつける。己の不甲斐なさ故に、カトレアの目頭に熱が集積していく。涙で滲んだ視界に、親友の姿を収めると……

 

 

 

シロナは顔を真っ赤にし、(とろ)けたような表情をしていた。

 

 

 

「マキナの事を悪く言わないれよ!!彼の事を悪く言うのは、カトレアらって許さないんらからねっ!!」

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

シロナは盛大に酔っていた。

 

 

 

「カトレアっ!!」

 

「は、はい」

 

「マキナが、ろれらけポケモンの事を想ってる人か、分かってるの!?」

 

「分からないわ…」

 

「分からないと駄目(らめ)じゃない!!カトレアなら分かってくれるんらから!!分かって!!」

 

「わ、分かったわ」

 

「らめっ!!分かってないっ!!いい?マキナはね、(られ)よりもポケモンの事を愛していて、(られ)よりもポケモンの事を理解しているのっ!!だから、彼のポケモンたちも、(られ)よりもマキナの事を愛していて、(られ)よりもマキャナの事を……噛んじゃった」

 

「…………」

 

「マキナはね、自分のポケモンたちを愛することしかできないの。どんな感情も、ポケモンたちらけにしか向けるつもりがないの。らから、(られ)よりもポケモンに真摯なのに、(られ)よりも人に感情を見せたがらないの……彼は強すぎるの。その強さが、彼を孤独(ころく)にして、孤独(ころく)が彼を苦しめているの。……あたしが彼よりも強くなれば、彼はもう孤独(ころく)じゃなくなると思うの。彼の隣に立ってあげられると思うの。らから、あたしはこの前、彼のリゾートに行って再戦を申し込んだの。教えて欲しい事があったっていうのもあるけろ、そっちはオマケ」

 

「じゃあ、マキナのプライベートリゾートに行ったのは、ポケモンバトルをするために…?」

 

「そうよっ」

 

「彼に変な事をされたりとかは……」

 

「マキナがするわけないじゃない!!確かにマキャ……マキナは何考えてるか分からない顔してるけど、何の連絡も無しにリゾートに来たあたしを帰らせる事もなく、あたしのポケモンバトルを受けてくれて、またいつでも来てくれって言ってくれたのよ?すごく、すごーく優しいのよっ、彼は!!」

 

「………」

 

「あ、そうそう。あたし、なんか些細な事れもマキナに電話して話したくなっちゃうんらけど、いつでもマキナはちゃんと聞いてくれるの。たまにマキナの話も聞かせて貰えるんらけろ、これがまた可笑しくて仕方ないのっ!!前なんかね、あたしが『今何してるの?』って聞いたら『ちょうど、本日20匹目のコイキングが孵化したところです』って、真面目な声れ返ってきたのよ?あたしが『そんなにたくさんのタマゴができるわけないじゃない』って聞いたら、また真面目な声で『できないんじゃない。やるんです』って。マキナが真顔れこんな冗談を言っているのを想像しちゃって、もうたくさん笑ちゃったのっ!!」

 

「………」

 

「らから、あたしは彼の笑顔も見てみたいの……ううん、一回らけ見てるけど、あれはあたしに向けられたものじゃないから……いつかあたしにも見せて欲しいの。彼から偽りのない笑顔を引き()すためなら、あたしは何度らってマキナにバトルを挑み続けるのよ。れも、この前は結局あたしらけがバトルを楽しんじゃって、結局彼には何もしてあげられなかった……うぅ……いつもあたしだけが与えられて……ぐすっ……マキャナには何も………ふええぇぇぇ………ガドレリャあぁぁぁぁ………」

 

「ついに泣き出しちゃったわ。この子」

 

「うぅ……どうすれば良いの……カトレアぁ………」

 

「アタクシが聞きたいわ」

 

「うぅ………あっ、ナデナデしないでよっ。あたしの方がお姉さんなんらから」

 

「はいはい。お姉さんお姉さん」

 

「カトレアの膝ぁ……カトレアの匂いしゅるぅ………ふわぁ………」

 

「匂いは嗅がないでちょうだい」

 

「カトレアぁ…………すぅ……すぅ……」

 

 

「……寝ちゃったわ。コクラン」

 

 

己の膝の上で熟睡するシロナの金髪を撫でながら、辟易した様子のカトレアが呼びつければ、最初からそこに居たかのように、コクランがやはり音もなく現れる。

 

「……いかがなさいましたか?カトレアお嬢様」

 

「……ねぇ、マキナは黒だと思う?白だと思う?」

 

「……僭越ながら私見を述べさせていただきます。白かと」

 

「白よね」

 

「ええ。驚きの白さです」

 

「シロナ、完全にホの字よね」

 

「ええ。驚きの乙女っぷりでございましたね」

 

「ねぇ、今までのアタクシたちの苦労は何だったのかしら?」

 

「……ご無礼を承知で申し上げますが、徒労に終わりましたね」

 

「あああああああ!!!!もう!!シロナの馬鹿!!人の苦労も知らないで!!何よそれ!?アタクシの知らないところでどこの馬の骨とも分からない男に現を抜かしちゃって!!あんな仏頂面のどこが良いのよっ!!あんな男とバトルしている暇があったら、アタクシのエレガントでエクセレントなティータイムを共有しなさいよっ!!」

 

「………」

 

「コクラン!!今日はもう良いわ!!外してちょうだい!!」

 

「はい、失礼いたします」

 

 

コクランが去った後、自分の膝の上で気持ち良さそうに寝ているシロナの髪に、カトレアは顔を埋める。

 

 

「もう、シロナの馬鹿!!散らかすのは部屋だけにして欲しいわ!!人の心をこんなにもかき乱して…っ!!気が抜けて涙が出てきたじゃない………ぐすっ……もう………シロナの馬鹿……シロナの匂いが………するんだから………すぅ……すぅ………」

 

 

数分後には、重なり合うようにして眠りこける、二人の少女の姿がそこにはあった。どこから現れたのか、そしてどこから取り出したのか、一眼レフを構えたコクランが、幸せを切り取ったかのような一枚を、フィルムに収める。

 

 

「シロナ様…これほどまでに貴女(あなた)を思うカトレアお嬢様を、いつまでも大切にしてください。カトレアお嬢様…いつまでも変わらずにいてくれるシロナ様を、いつまでも大切にしてください。この、コクラン…命果てるまで貴女方をお支え致します」

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

シロナが目を覚ましたのは翌朝の事だった。

 

 

「うぅ……なんでこんなに頭が痛いのかしら……」

 

 

頭の中でバクオングが騒ぎ回っているかのような頭痛に苛まれながら、シロナが体を起こすと、すでにモーニングを食べているカトレアと目が合う。

 

 

「…おはよう、シロナ」

 

「おはよう……ねぇ、カトレア。あたしって、いつから寝ちゃってたのかしら?」

 

「……昨日の事、何も覚えてないの?」

 

「不思議な事に全然思い出せないの。カトレアと久しぶりに会えて嬉しいっ、てなってたのは覚えてるんだけど……」

 

「そう……十分よ。それだけで十分よ」

 

何やら含みのある物言いをするカトレアは、不思議そうな視線を向けるシロナから、フイっと顔を背けてしまう。心なしか彼女の首筋が赤くなっている気もするが……

 

「シロナ、もう少ししたらフウロの誕生日じゃない?今度ここで彼女の誕生日パーティーを開くわよ」

 

「へぇ…楽しそうね!!あたしも参加していい?」

 

「当たり前じゃない。その時に、マキナと言う男も連れてきなさい」

 

「えっ、マキナ!?……どうしてマキナなの?それにここって、男子禁制じゃなかったの?」

 

「どうせコクランも出入りしてるんだから男子禁制も何もないわ。とにかく、マキナという男も呼ぶ事。分かったわね?」

 

「うーん…マキナが来てくれるかどうかは分からないけれど、一応声はかけてみるわ。あまり期待しないでね」

 

 

「 絶 対 に 連 れ て く る の よ 」

 

 

シロナはカトレアにとって、唯一無二の親友だ。そんじょそこらの男になど任せられるわけがなかった。

 

 

 

 

(『機械仕掛けの新種使い』……いいわ、このアタクシみずから、あなたの気品を見定めてあげるんだから……!!)

 

 

 

 

 

……なお、カトレアが立ててしまったこのフラグによって、さらに状況が面倒臭い事になるのだが、それを予見できたのはコクランただ一人だけだったとか……

 




シリアス展開なんてありえねぇんだよ!!(ただの力量不足)

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