チャンピオン・シロナは、いつだって、どんなバトルも、この
ある日はポケモンを考察し、ある日はポケモンを観察し、ある日はポケモンと触れ合い、そして、いつの日も情熱と愛情をポケモンに注いできた。
彼女がぽっと出の新米トレーナーに臆するなど、彼女の性格、実績、地位…あらゆる角度から鑑みても考えられぬ事だ。
しかしどうだ。
公式戦でもないただの親善試合…それも、つい最近にポケモントレーナーの資格を得たばかりのルーキーを目の前に、その整った顔をらしくもなく緊張させている。
『さああぁぁあああ!!会場のみなさん!!長らくお待たせしました!!トレーナー協会主催のイベントマッチが、今ッ!!始まりますッ!!』
実況席のMCが大仰にそう煽ると、会場を揺らしたかのようにして観客の歓声が上がる。
『説明不要のシンオウチャンピオン・シロナ!!あらゆるタイプのポケモンを駆使し、圧倒的な強さを見せつけてくれるでしょう!!』
MCの紹介に合わせ、シロナがその美しいプラチナブロンドの髪を振り払うと、会場のボルテージはますます沸き上がる。
『そして、そんなチャンピオンに果敢に挑むのは、アローラ地方で新種ポケモンを発見した今話題のトレーナー、マキナ!!』
マキナ。そう呼ばれたシロナと同じぐらいの歳の男性トレーナーが、ひかえめな態度でMCの紹介に応じる。
シロナの時とは打って変わって、会場は誰だコイツは…と言った様子でざわつき始める。
そんな中、シロナだけは至って真剣な眼差しで「マキナ」なるトレーナーを見つめていた。
(突如アローラに現れた正体不明のトレーナー、マキナ……)
シロナはその名を知っていた。
マキナ。一か月ほど前に、アローラ地方のウラウラ島にある『メガやす跡地』にて、未発見の新種ポケモンを捕獲した男。
未発見のポケモンを捕獲したという時点で、ポケモンの研究に明け暮れている界隈からしてみれば、大きな功績を立てたと言える。
しかしながら、当時のマキナはトレーナー資格を持っておらず、トレーナー協会はすぐさま問題として取り上げ、マキナを召喚した。
だが、マキナ側からポケモン博士として名高いオーキド博士になんらかの打診を図ったようで、新種ポケモンのみならず、既存のポケモンに関する
住所不定の男の胡散臭い話に、オーキド博士が耳など傾けるはずがない…学会や協会の人間は、誰しもがそう思っていた。
しかし、オーキド博士が協会側に出したのは『彼に資格を与えるように』という旨の回答だった。
この一件に携わった人間は、それほど新種ポケモンというものは、トレーナーの待遇を大きく左右するものなのだろう……と、そう軽く受け止め、マキナがオーキド博士に対して「何を」提供したかなど知りもしなかったし、知ろうとも思わなかった。
だが、シロナは違った。
ポケモンというものは今や人間の生活とは切っても切れぬ関係にあり、とても身近な存在と言える。
それ故に忘れられがちだが、ポケモンは適切に管理をしなければ、最悪の場合死者が出る、非常に危険な存在でもある。
ケンタロスを興奮させてしまい轢き殺される者、ピカチュウの電気袋に触れ感電死する者、スピアーの巣に近づき毒針で刺される者、他人のボーマンダの逆鱗に触れ八つ裂きにされる者……トレーナー資格やポケモンの知識を持たない者が、不用意にポケモンに近づいた結果として招かれる事故と言うものは、今なお絶えないのだ。
故に、トレーナー資格というものは、安易に与えて良いものではない。その道の権威とも言えるオーキド博士が、たかが新種のポケモンを見つけたからと言う理由で、一個人にトレーナー資格を与えるはずがない。
そう思ったシロナはオーキド博士に直接事の顛末を問いただした。
オーキド博士は、そんなシロナに幾つかの書類を渡した。聞けば、マキナがオーキド博士に提出してきた論文だと言う。
『ポケモンバトルにおけるロジック』
『ポケモンの性格と能力の因果』
このタイトルだけで、彼に何かそら恐ろしいナニカを感じないかね?
オーキド博士はシロナにそう問いかけた。
わからない。わからないので、シロナは論文に目を通した。
『ポケモンバトルにおけるロジック』
ポケモンにはノーマル、ほのお、みず、でんき、くさ、こおり、かくとう、どく、じめん、ひこう、エスパー、むし、いわ、ゴースト、ドラゴン、あく、はがね、フェアリーの、計18ものタイプが存在している。
それぞれ得意とするタイプ、苦手とするタイプ、得意でも苦手でもないタイプ、全く効果のないタイプが存在し、その全ての相性を把握する事からポケモンバトルは始まる。
シロナは冒頭から目を疑った。
タイプの相性を全て把握する?
324通りもの組み合わせを覚えろと、この男は言っているのだろうか?
「ほのお」は「くさ」に強く、「くさ」は「みず」に強く、「みず」は「ほのお」に強い。この代表的とも言える三つ巴のタイプ相性ならば、新米のトレーナーでも知っている。
しかし、どく、むし、エスパー、あく、ゴーストなどの力関係は理解されていない事が多く、はがねタイプを目の前にすると、どうしたら良いのか分からなくなってしまうトレーナーまで居る始末だ。
シロナ自身は、タイプ相性がどれほどバトルを有利に進める上で重要かは、もとより理解していた為、全てのタイプ相性を覚えていた。しかし、ふたつのタイプが複合している場合は、シロナでも相性が分からなくなる事がしばしばあった。
シロナは目の前の男、マキナを強く警戒していた。
まるで強者のオーラを放っているわけでもない、至って平凡な新米トレーナーだ。おそらく、この会場の誰もがこの男はただの客寄せパンダ、あるいはチャンピオンの強さを引き立てるための有象無象にすぎないと侮っている事だろう。
だが、シロナの脳裏にごびりついて離れないのだ。
『ポケモンバトルとは、数学である』
彼の論文に散見されたこの言葉。
曰く、ポケモンバトルは
曰く、全ての結果は計算によって求められると。
曰く、ポケモンは数字であると。
シロナにはこの男が酷く無機質で、酷く冷酷に見えた。
硬い鉄仮面の如く表情を変えないマキナに、シロナは意を決して近づく。
「噂はかねがね聞いているわ、マキナ」
シロナがそう持ちかけると、マキナは少し困ったような表情になりながらも、その硬い表情を僅かに崩す。
「シロナさん程の方に注目されると、どこかむず痒さを感じますね。……お手柔らかにお願いします」
感情を悟らせない、ある種棒読みに近い抑揚のない声だった。
だが、ゴージャスボールを握りしめる彼の手は小刻みに震えている。
この男は戦いに臆しているわけではない。自分との戦いを心待ちにして、それを目前にまで迎えた歓喜に打ち震えているのだ……シロナはそう感じてしまった。
「見た所、ポケモンを三匹しか持っていないようだけど…あたしも三匹にしようかしら?」
「それには及びません。手を抜かれる事ほど、面白くない事はない」
マキナは僅かに口角を上げ、落ち着き払った声でそう答えた。そんな彼の挑発的とも取れる態度が、シロナの決して低くないプライドを刺激する。
「……わかったわ。ならば、お互いの全力を尽くすのみよ。……ミカルゲ!!」
「オンミョーン!!」
まずシロナが一匹目のポケモンを繰り出すと、焦らしに焦らされた会場は一気に盛り上がる。しかし、シロナは周囲の事など気にする事もなく、意識は既に目の前の男だけに注がれている。
相対するマキナは、彼の象徴とも言える新種のポケモン『アロフォーネ』が入った真新しいゴージャスボールを振りかざす。
漆黒に輝くボールから出てきたのは、繊細かつ精巧にゴシック少女を象った、フランス人形。
その美しくも愛嬌のある外見とは裏腹に、禍々しいオーラを放っており、不気味な雰囲気を醸し出しながら宙へと浮いていく。
アロフォーネの周囲には、アンティーク調の椅子、古ぼけた時計、錆びついた武器、壊れかけた楽器など、雑多な物が浮遊している。
そして、その全てが独りでにガタガタと振動を繰り返しており、絶えず騒音を撒き散らしている。調律の乱れた傷だらけのピアノが、不協和音を奏で続けている。
ゴーストタイプの名を冠するに相応しい要素を携えたアロフォーネだが、実際、心霊現象で有名な『ポルターガイスト』は、このポケモンが原因ではないかという仮説が立てられているのだ。
そんな薄気味の悪い外見とは裏腹に、当のアロフォーネは、中世の騎士が使っていたような白銀の甲冑の後ろに隠れ、ビクビクと怯えながら対面のミカルゲを遠巻きから観察している。オーキド博士が「かなり臆病な性格をしている」と言っていたのにも合点がいく。
しかし、見た目に惑わされてはいけない。アロフォーネは強力なノーマル技「ばくおんぱ」を得意としており、彼女だけが使える強力なゴースト技を持っているとも言われている。
故に、シロナは先発をミカルゲに任せた。
一番の脅威である「ばくおんぱ」を無効化できるゴーストタイプであること。そして、そのゴーストタイプが苦手とする、ゴースト技のダメージを軽減するあくタイプを持っていること。タイプ相性は最も噛み合っているはずだ。
「ミカルゲ、あくのはどう!!」
「アロフォーネ、ムーンフォース」
ミカルゲの攻撃は当たらなかった。…否、攻撃をする前に一撃で落とされてしまった。
速い。速すぎる。
(まるで攻撃が見えなかった。こだわりスカーフを巻いたガブリアスと同等…いや、それ以上かもしれないわね)
それに、あのポケモンはノーマル/ゴーストのタイプを持っているので、フェアリータイプのムーンフォースは、そこまで得意としていないはずだ。
にも関わらず、ミカルゲを一撃で倒してしまうとは……華奢な見た目にそぐわぬ、凄まじい力を内包しているようだ。
たった数秒の間に、会場の空気がガラリと変わった。
あのシロナのポケモンを一撃で倒してしまうとは、あの男は一体何者なのだ…と、会場がざわめいている。
「驚いたわ。まさか、あたしのミカルゲが一撃で倒されるだなんて……いいわ。あなたの力、もっと見せて!!」
闘志をさらに燃やすシロナは、二体目ポケモンを繰り出す。雅な鳴き声と共に現れたのは、ウロコが美しく輝くミロカロスだ。
この時、初めてマキナの表情が変わったのを、シロナは見逃さなかった。
(ミロカロスはあまり得意でないのかしら…?)
シロナはこれを好機と捉え、出せる限りの高火力をアロフォーネに叩き込むしかないと判断した。
「ミロカロス、ハイドロポンプ!!」
ミロカロスはこだわりメガネをかけている。
相手のアロフォーネは騎士甲冑に身を隠しており、何を装備しているのか分からないが、決して少なくないダメージを与えられるはずだ。
「アロフォーネ、戻れ」
マキナは、アロフォーネを引っ込めた。
この行動は、シロナが予想だにしていなかったものだ。
(よほど不利な状況でなければ、ポケモンが倒されてしまった時に変えるのが基本のはず……戦っている最中にポケモンを交代したら、タダで相手の攻撃を一発もらってしまうもの)
腑に落ちないシロナだったが、交代先のポケモンが出てきたら、すかさずハイドロポンプを当てるようミロカロスに指示を出す。
「頼んだぞ、ナットレイ」
出てきたのは、はがね/くさタイプのとげだまポケモン、ナットレイだ。
悪手だ。シロナは己の選択が誤りだった事を認識し、唇を噛む。
こだわりメガネによって強化されたハイドロポンプが、無防備なナットレイに直撃する。しかし、くさタイプを持つナットレイには大したダメージを与えられない。
(……してやられたわね)
攻撃の反動で吹っ飛ぶナットレイだが、表情を変えることなく、やけに鈍重な動きで体を起こす。
相手の最高火力を受けておきながら全く物怖じせぬその姿は、
ナットレイの額には白いハチマキが巻かれている。十中八九、こだわりハチマキだとシロナは考えた。
(状況は最悪ね…)
現状、ミロカロスはハイドロポンプにこだわっているため、ハイドロポンプしか出せない。もう一度ハイドロポンプを当てたところで目の前のナットレイは落ちないだろうし、逆に向こうの
(ならば、あたしは意趣返しをするだけの事)
そう、ここで意固地になるのではなく、マキナと同じようにポケモンを交代すれば良いのだ。
相手のナットレイが、パワーウィップなどの草技を放ってくる事は明白。ならば、草技を比較的有利に受けられるポケモンを繰り出せば良い。
(ここはトゲキッスしかないわ。こだわったパワーウィップのダメージは重いでしょうけど、2発は耐えてくれるはずよ。…いえ、1発でも耐えられれば十分。耐えて、だいもんじで一撃ね)
はがね/くさタイプのナットレイは、炎にめっぽう弱い。外しさえしなければ確実に倒せるはずだ。
「ミロカロス、戻って!!」
シロナの決断に、会場がざわめく。
『チャンピオン・シロナ、ミロカロスを引っ込めます!!ナットレイの草技を恐れたのでしょうか!?』
実況などシロナの耳に入ってこない。この大事な局面で、失敗は許されないのだ。
「トゲキッス、耐えて!!」
役割を果たしてもらうべく繰り出したパートナーに、シロナは檄を飛ばす。
(トゲキッスなら耐えられるわ。いくら強力といえ、パワーウィップはくさタイプの技だか………!?)
シロナは気づく。
何かがおかしい。
出てくるであろうシロナのポケモンに備えるナットレイが、高速で
あれはどう考えてもパワーウィップの予備動作ではない。
「そんな……どうして!?」
「ナットレイ、ジャイロボール」
低い唸り声をあげながら飛来する、重鈍な一撃。その圧倒的な
迫り来る鋼鉄の塊に、トゲキッスは成すすべなく吹き飛ばされた。
『ああっと!!一撃!!またしても一撃!!チャンピオン・シロナのトゲキッスは、ナットレイのジャイロボールを前に果ててしまいました!!』
シロナは未だかつてない程、動揺していた。
(なぜ?なぜ、あそこでジャイロボールを指示したの……?)
シロナには意味が分からなかった。みずタイプのミロカロスは、はがねタイプの技に対して耐性があるはずだ。なぜ、はがねタイプのジャイロボールを選択したのだろうか?
(……ッ!!まさか!?)
シロナは、自分の身体中に悪寒が走るのが分かった。
「……マキナ」
「なんでしょう」
「あなた、あたしの考えている事が分かるのかしら?」
「………ご冗談を。人を勝手にエスパータイプにしないでください」
お前はいきなり何を言い出すんだとでも言いたげに、マキナは首を横に振る。
だが、シロナにはそうだとしか考えられなかった。
(まるで、あたしがトゲキッスに交代する事が分かりきっていたかのような一撃だった。…でも、あたしはトゲキッスを連れてきているだなんて、誰にも言っていないわ)
今のシロナには、目の前の男が別次元の存在に見えて仕方がなかった。
そんな彼女の僅かな弱気が、彼女が最も頼りにしているパートナーを選出することを後押しした。
「……信じているわ、ガブリアス」
そっとモンスターボールに囁き、シロナは祈りと共にボールを放つ。
「ガァァアアアアアァアア!!!!!」
荒々しくも頼もしい雄叫びと共に、メスのガブリアスがその勇姿を露わにすると、会場は一気にエキサイトする。
『おおっとぉ!!ここでガブリアスのお出ましだぁああああ!!!!』
湧き上がる歓声に応えるかのように、ガブリアスは力強く地面を踏み抜く。
マキナがなにやら考えこむようにして、ブツブツと呟いているが、観客の声に掻き消されて聞こえない。
本来であれば、ガブリアスにとってナットレイは得意な相手ではない。しかし、シロナは相棒のガブリアスに『だいもんじ』を覚えさせている。
ガブリアスの素早さであれば、ナットレイがジャイロボールを一発放ってくる間に、二発はだいもんじを放つ事ができるはずだ。
「ガブリアス、だいもんじ!!」
「ナットレイ、戻れ」
まただ。
またしてもマキナは、シロナの行動が読めているかのごとく、ポケモンを変えてくる。
本来ならばナットレイが受けるはずであっただいもんじは、再び現れたアロフォーネに直撃する。
『ルーキー・マキナ、再び新種ポケモンのアロフォーネを繰り出しました!!ガブリアスのだいもんじが直撃したというのにも関わらず、アロフォーネは全くこたえていません!!』
実況が言う通り、アロフォーネには全くと言っていいほどダメージが通っていなかった。
(確かに、ガブリアスは物理的な攻撃以外は得意でないし、ほのおタイプの技自体が得意ではない。けれど、みずタイプでもないポケモンがこれだけのダメージで済むだなんて………)
シロナは相対する新種ポケモンのあまりの硬さに疑問符を浮かべるが、程なくしてそのカラクリに気づく。
「あれは……とつげきチョッキね」
今まで宙に浮遊している物の影に隠れていて気づかなかったが、マキナのアロフォーネはとつげきチョッキを着ていた。やたらと特殊系の攻撃に強いのも頷ける。
(元々の特殊防御が高くないポケモンに持たせてもそこまで効果がないはず……あの新種ポケモンはきっと、特殊系に強いポケモンなのかもしれないわね。だとすれば、あまり物理面での耐久は高くない可能性があるわ)
新種ポケモン故の情報の少なさに、シロナは歯痒さを感じていた。しかし、相手のマキナがあまり芳しくない表情をしている所を見るに、自分の立てた仮説は強ち間違ってはいないのではないかとシロナは考えていた。
(ここは素直にドラゴンクローかしら…いえ、ドラゴンクローでは一撃で倒せないかもしれないわ。げきりんで一気に倒した方が……駄目、ナットレイに交代されたら最悪よ)
シロナは悩みに悩んでいた。
どの選択肢を選んでも、この男はそれを読んでくる。全て裏目に出てしまう……そんな不安が、絶えずシロナに押し寄せ、彼女の判断力をより鈍らせてしまう。
(逆に考えましょう。私がマキナならばどうするか。マキナにとってアロフォーネは、きっと私で言うガブリアスのようなエース的な存在のはずよ。ならば、ここでアロフォーネが大ダメージを受けるのは避けたいはず。でも、一度だいもんじを見せている以上、簡単にナットレイは出せないでしょう)
シロナは仮説を立てていく。
ドラゴンクローではアロフォーネが落とせない可能性がある上、ナットレイに交代された時に全くダメージが入らないどころか、ナットレイの「てつのトゲ」で逆にこちらがダメージを受けてしまう。
げきりんならアロフォーネが落とせる可能性が高いが、ナットレイに交代されると
だいもんじなら交代先のナットレイに大ダメージを与えられるが、アロフォーネが居座った場合、ほぼ無意味な行動となってしまう。
他にも、ストーンエッジやじしん、どくづきなどの技があるが、ストーンエッジは決定打にならないどころか外れる可能性がある。じしんは宙に浮いているアロフォーネには当たらないだろうし、アロフォーネにもナットレイにも効かないどくづきは選択肢にもならない。
だいもんじか、げきりんか。
(…交代を繰り返していても、あたしのガブリアスはいつまで経っても倒せないわ。マキナはアロフォーネで攻撃してくるはず。でも…)
シロナが結論を出す。
「ガブリアス、だいもんじ!!」
「アロフォーネ、戻れ」
二分の一の賭けに勝った。
ようやく勝ち筋が見えてきた。
シロナは引っ込んでいくアロフォーネを見送りつつ、そんな感想を抱いた。
しかし、マキナが投げたのはナットレイの入ったモンスターボールではなく、三匹目のポケモンが入っているであろうヘビィボールだった。
(ナットレイじゃない……?)
刹那、シロナは胸騒ぎを覚えた。
「ギャオギャアアアォオオオ!!!!」
まるで重戦車の装甲のような体躯。
見るからに攻撃的なトゲトゲしいフォルム。
見るもの全てを圧倒する巨体から放たれる咆哮。
いわ/はがねタイプのボスゴドラだ。
ガブリアスの放っただいもんじが、出会い頭のボスゴドラに命中するも、そこまで大きな負担にはならない。
「まさか最後の一体も、はがねタイプだとは思わなかったわ。けれど、交代を繰り返していても、あなたのポケモンだけが傷ついていく一方よ?」
「…随分と余裕ですね。シロナさん」
それはこちらのセリフだ…と、噛みつきそうになるのを、シロナは持ち前の冷静さでグッとこらえる。
(あなたこそ、なぜ余裕でいられるのかしら?いわ/はがねタイプのボスゴドラは、じしんを撃てるガブリアスにとって格好の餌食。あなたには不利な状況なはずよ)
仮に、またアロフォーネに交代されて地震をスカされたとしても、それはあくまで先ほどの状況に戻るだけだ。そうなると、食らう必要の無いだいもんじをボスゴドラが食らった…という結果が残るだけだ。
(ここは素直に目の前のボスゴドラを倒せる地震を撃ちましょう。案外、この男はめちゃくちゃにポケモンを交代して、撹乱をしているだけかもしれないわ)
シロナは今までとはうって変わって、何の躊躇いもなくガブリアスに指示を出した。
「ガブリアス、じしん!!」
「ボスゴドラ、
またしても流れが変わった。
マキナの呼びかけに応えるかのように、ボスゴドラが持つ『ボスゴドラナイト』とマキナが持つ『キーストーン』が反応を示す。
「ギャオギャアアアアアアァアア!!」
光の殻を破って現れたのは、より重厚な装甲を纏ったメガボスゴドラ。より金属光沢の増した体表からは、純粋な鋼鉄へと生まれ変わった事が伺える。
『これは驚きました!!メガシンカです!!ルーキー・マキナ、またしても熱い展開を見せてくれます!!!!』
シロナがガブリアスを繰り出した時以上の歓声が、会場を揺らす。もはや、シロナの目の前にいる男は、ただの客寄せパンダでは役不足が過ぎる評価をつけられている事だろう。
(…うろ覚えだけど、ボスゴドラはメガシンカするといわタイプではなくなると聞いた事があるわ)
だが、はがねタイプがじめんタイプの技を苦手とするという事実に変わりはないはずだ。
ともあれ、すでにシロナはガブリアスに指示を出してしまっている。ガブリアスはそれに従い、じしんを起こす。会場を揺るがすほどの強い衝撃が、マキナのメガボスゴドラを襲う。
しかし、メガボスゴドラは難なくこれを耐えて見せた。
「硬い……!!」
思わず溢した私の呟きに、マキナは不敵な笑みを浮かべている。
確かに弱点を突いたはずだ。それなのにこれは一体なんだ。まるで効いていないじゃないか……シロナの焦燥は膨れ上がるばかりだ。
「ボスゴドラ、れいとうパンチ」
「ッ!?ガブリアス!!よけてッ!!」
無理な要求だと頭で理解していながらも、シロナは叫ばずにはいられなかった。
じしんを撃ち終え無防備なガブリアスに、メガボスゴドラの冷気を纏った硬い拳が突き刺さる。
「ガァア!?ガアァアアアアア!!!!」
ガブリアスは、自分が最も苦手とする冷気に身悶えながらも、
『チャンピオン・シロナ、これは痛い一撃だ!!しかしガブリアス、辛うじてこれを耐えきった!!』
見事、致命傷足り得る攻撃を耐えきって見せた相棒を、シロナは視線だけで褒め称えた。言葉を介さずとも、シロナとガブリアスは通じ合っているのだ。
「…ヤチェの実か」
マキナがそう呟いたのを、シロナは聞き逃さなかった。
「ねぇ…あなた、本当はエスパータイプなんでしょ?」
「…しつこいですよ。私がエスパータイプだったら、こっそりシロナさんのポケモンに催眠術の一つや二つはかけてますよ」
…この男、真面目そうに見えて、実はかなり姑息な人間なのかもしれない。今の受け答えで、シロナの中でのマキナという男の印象が、若干変わりつつある。
などとふざけている余裕などシロナにはなく、すぐさま意識を切り替える。
(さすがにもう一度じしんを撃てばボスゴドラは倒れるでしょう。じめんタイプのじしんはガブリアスのメインウェポンなのよ?倒せないはずがないわ)
ガブリアスのじしんだけで、一体どれほどのポケモンを倒してきただろうか……と、シロナはガブリアスのじしんには全幅の信頼を寄せていた。
「ガブリアス、もう一回じしんよ!!」
だが、耐えられた。
目の前のボスゴドラは、三発もガブリアスの攻撃を耐えたのだ。
「ボスゴドラ、れいとうパンチでとどめだ」
大きくすり減った体力。既に効力を失ったヤチェの実。
ガブリアスにこの一撃を耐えきる術はなかった。
凍えきった体を支えきれず、その場に崩れ落ちる相棒を、シロナは愕然とした表情で見ていた。
「嘘でしょ…?ガブリアスがはがねタイプに正面から負けるなんて……」
声が震え、掠れてしまう。
泣くのだけは駄目だ。情けない姿をここで晒すのは、最後まで自分のために戦い抜いてくれたガブリアス、トゲキッス、ミカルゲの頑張りを裏切る事に他ならないのだ。
まだ終わりではない。あの時に、三匹のポケモンで戦うと言っていれば、ここで終わりだったかもしれないが、マキナは手を抜くなと言った。そして、自分は全力を見せると言ったのだ。
最後まで戦わなくてはいけない。まだ終わったわけではないのだ。
「…お願いルカリオ。あなたならきっと勝てるはずよ」
「くわんぬ!!」
シロナは、はがね/かくとうタイプのはどうポケモン、ルカリオをくりだした。
シロナはもう迷わない。マキナはまたしてもアロフォーネを繰り出すかもしれないが、自分はただ、今目の前にいるボスゴドラを倒す事だけを考えれば良いのだ。
「ルカリオ、はどうだん!!」
「戻れ、ボスゴドラ」
ルカリオが放ったはどうだんは、再三現れたアロフォーネめがけて飛んでいくが、ゴーストタイプを持つアロフォーネに当たる事は無かった。
「アロフォーネ、きあいだま」
「ルカリオ、あくのはどう!!」
速かったのはアロフォーネだった。ルカリオはあくのはどうを放つ事は叶わず、弱点を痛烈に突かれ、倒れてしまう。
後続のミロカロスも、ハイドロポンプを後出ししてきたナットレイに耐えられ、こだわりハチマキによって強化されたパワーウィップに、一撃で倒された。
大敗だった。
相手はポケモン三匹に対して、自分は五匹。
相手はポケモンを一匹も瀕死に追い込まれていないと言うのに、自分は全滅にまで追い込まれた。
それも、つい最近にトレーナー資格を得た男によって。
(……………マキナ)
シロナはその名を、強く胸に刻み込んだ。