学園ヨルハ   作:A.K.ミラー

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第七話 ― 恋多き乙女

 ヨルハ学園の正門を抜けて、グラウンドを横切り、校舎(バンカー)の裏手へ回ると。

 そこには私たち園芸部の使う温室があります。

 教室一個分ほどの大きさでしょうか、白い骨組みにガラス張りの円筒形、紅茶のポットの蓋のような可愛らしいドーム型の天井――温室の外にも私たち園芸部が育てる植物は広がっていますが、中のそれは密度が違い、色とりどりの花々で埋め尽くされています。

 校舎裏を歩いて、私は、一歩、また一歩とその温室へと近づいて行きます。

 早朝の清々しい空気を吸って、吐いて、大丈夫、と自分に言い聞かせました。

 

「大丈夫……木星占いの結果も恋愛運最高だったんですから……!」

 

 思わず口に出してしまいながら、両のこぶしをギュッと握って気合いを入れました。

 木星占いというのは、木星の大赤斑(だいせきはん)の色と形状から健康運、仕事運、恋愛運なんかがわかっちゃうという、私たちアンドロイドの間で根強い人気のある占いです。

 大赤斑というのは木星にある高気圧性の巨大な渦で、紅茶にミルクを垂らしたようなと言いましょうか、木の板に見られる節目のようなと言いましょうか、そんなような見た目をしています。

 私は今日という日を――つまり、占いの結果が“恋愛運:最高”と出る日を、ずっと待ちわびていました。

 来る日も来る日も木星を観測しては、じれったい気持ちで胸を焦がした日々も今日でおしまいです!

 今日は、朝起きてからリップがうまく塗れました。

 三つ編みが綺麗に決まりました。

 空を見上げれば快晴です。

 天気がいいと気分も良いですね。

 運気が私に味方してくれているのをビンビン感じます!

 

「すぅー……ふぅー……」

 

 また深呼吸をひとつ。

 温室のドアの前まで来ました。

 ガラスを通して差し込んだ朝日を反射して、温室の中の花々が輝いています。

 私がヨルハ学園に入学して、園芸部員になってから、ずっとその成長を見守ってきた花たちです。

 私は、この、私たちの生きる世界の自然が好きです。

 綺麗な花、大きな木、可愛い動物……豊かな自然を見ていると、心が温かくなります。

 園芸部に入部したのも、それが理由でした。

 温室の中に、たったひとり、人影が見えます。

 もちろん、それが誰だか私にはわかっています。

 彼女(・・)と確実に二人きりになれるタイミングを狙って来たのですから。

 こんな朝早くに温室にいるのは、園芸部の中でも彼女をおいて他に居ません。

 私はドアにそっと手をかけて、静かに開きました。

 むんと漂う温室の空気、濃密な植物と土の匂いが充満しています。

 青空の下、吹く風にのって届く香りとはまた趣が違いますね。

 かつての人類もこんな匂いを嗅いでいたのでしょうか。私たちアンドロイドの環境センサーは人類の感覚を可能な限り再現しているはずですが、最早それは誰にも証明できません。

 そんな温室の一角、こちらに背を向けて、プランターの世話をしている彼女に、私は声をかけます。

 既に心臓(ブラックボックス)が早鐘を打ち始めているのを感じながら、

 

「先輩」

「……あら、6O(・・)。こんなに早く来るなんて、珍しいわね」

 

 振り返ったのは、花のように美しい女性型アンドロイドでした。

 線の細い、気品のある顔立ちをしています。長いまつげに、切れ長の瞳。

 黒髪の、腰まで伸びたストレートヘアはツヤツヤで、枝毛が一本も無さそうです。

 彼女こそは私が入部以来想いを寄せている、園芸部の、私と同じO型(オペレーターモデル)の先輩です。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

 

 彼女は前掛けをして、軍手をはめて、右手には移植ごてと呼ばれる金属製のスコップを持っていました。

 前掛けも、軍手も、泥だらけです。

 それは長年の使用で染みついたものもあれば、現在進行形で付着したものもあるようでした。

 どうやら、彼女は花の植え替え作業を行っていたようです。

 その足下のプランターに目を移すと、美しい花が植わっています。

 一輪咲きの、お星様のマークのように広がる五つの花弁は白っぽくて(・・・・・)――

 

「まさか、“月の涙”……? 成功したんですか!?」

 

 私は思わずここへ来た用件(・・)のことも忘れて、声を上げていました。

 それは、それほどの大事だったからです。

 “月の涙”と呼ばれるその花は、特有の、淡く輝きを放つ白色の花弁を持ちます。

 とても稀少で栽培が極めて難しくて、私も画像データでしか見た事がありませんし、野生のものが奇跡的にぽつんと生えているのを見つけられれば、願いが叶うだとか、大金持ちになれるだとか言われているような幻の花です。

 都市伝説では、私たちの住むこの地域のどこかには、そんな月の涙が一面に咲き誇る場所があると言います。その光景は、まるで光の絨毯を敷き詰めたようだとか。私も死ぬまでに一度でいいからそんな光景を見てみたいものです。

 月ノ涙の栽培は私たち園芸部の長年の悲願で、部のエースである先輩もずっと挑戦してきたものでした。

 私は彼女がどれほど熱心に取り組んできたかを知っています。いつもその背を見つめていましたから。

 だから、私はついに先輩の、園芸部の悲願が達成されたのかと、舞い上がりかけたのですが――

 

「……よく見て」

 

 先輩はふっと目を細めて、かぶりを振ります。

 私は近寄って、「あ……」と小さく声を漏らしました。

 一瞬の昂揚がしぼんでゆきます。

 

「“水色”……ですね。その隣は、“桃色”ですか……」

 

 それは、“月光草”と呼ばれる花でした。

 写真データにある月の涙と全く同じ形状をしているのですが、花弁の色が違います。

 月光草が交配によって赤・黄・青・橙・桃・水色と、花弁の色を変えることはわかっています。

 私たち園芸部は、月光草が白色の花弁をつけたものこそが月の涙と呼ばれる花だという仮説を立てていて、それが正しいことはほぼ確信していますが、先輩達が代々何年も挑戦してきて、未だに月の涙の交配には成功していません。

 今もつい気が逸って見間違えてしまいましたが、水色も、桃色も、私たちが交配に成功した中ではだいぶ白に近い色ですが、写真データの“月の涙”のように輝くほどの白色というには程遠いですね。

 

「なにが足りないのかしらね……」

 

 物憂げに先輩が呟きます。

 そんな横顔も素敵です。

 

「この水色の子なんか、あともう一歩で白って感じなんですけどねぇ」

「でもいくら水色を交配させても、これ以上あの(・・)白には近づけない気もするのよね……」

 

 いったい、どうやったら月の涙になってくれるのでしょうか。

 ――と、そこで。

 腕を組んで考え込む先輩を横目に、私はハッとなって、ここへ来た本来の目的を思い出しました。

 そうでした。私は先輩に、大事なお話があるのでした。

 一度は収まった心臓(ブラックボックス)の鼓動が、再び加速していきます。

 ギュッと胸の辺りを握って、

 

「せ、先輩」

 

 うわずった声で再び呼びかけます。

 

「なにかしら?」

 

 私に視線を戻して、軽く小首を傾げて、先輩。

 私の態度がいつもと違う雰囲気であることに、気づいたような表情です。

 大丈夫……、私はもう一度自分に言い聞かせます。

 恋愛運は最高。

 リップも綺麗に塗れた。

 三つ編みも綺麗に決まってる。

 天気もいい。

 今日の私は調子が良い。

 場所(ロケーション)も最高。

 早朝の学校、温室にふたりきり、私が、先輩が、大好きな花たちに囲まれて。

 だから――

 

「す、好きです……っ! 大好きっ! つ、付き合ってください……っ!」

 

 噛み噛みになってしまいました。

 想像の中ではもっとちゃんと告白できていたのですが、うまくいかないものですね。

 私は先輩の返事を待ちます。

 胸の高鳴りは最高潮で、頭の中が真っ白になりそうなほど緊張しています。

 頬が高熱を帯びて、目が潤んでもう泣きそうです。

 

「……………………」

 

 先輩が口を開くまでに、永遠とも思えるような時間が過ぎ去ったような感覚がしました。

 それは本当は、十秒に満たない時間だったのですが。

 すぅ、と先輩が静かに息を吸う音が聞こえました。

 いよいよです。私の想いは、果たして先輩に届くのでしょうか。

 

「ごめんなさい」

「…………え」

 

 その言葉に、私の心臓(ブラックボックス)は凍り付きました。

 先輩が、すまなそうに目を伏せて、視線を逸らしています。

 

「あなたの気持ちには気づいていたわ。けれど、私、もう付き合っている彼女(・・)がいるから…………」

 

 ごめんなさいね。と、もう一度。

 すれ違いざまに謝罪の言葉を口にすると、言葉を無くして立ち尽くす私のそばを通り過ぎて、先輩は温室から出て行きます。

 背後で、ドアを静かに開け閉めする音が響いて。

 先輩の言葉を理解する事を、思考ルーチンが拒絶していて。

 頭の中が、エラーで埋め尽くされて。

 そのままたっぷりと。三十秒は固まっていたでしょうか。

 

「そ………………そんなぁ………………」

 

 やがて、ようやく震える声でそれだけ絞り出すと。

 私は、その場に膝から崩れ落ちました。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 旧世界の廃墟都市の中心に、その学び舎はある。

 人類の絶滅した地球で暮らすアンドロイド達の為の高等学校、九校あるうちのひとつ――ヨルハ学園。

 周囲の寂れた廃墟群の中にあって、その校舎(バンカー)は新築同様に白く輝いていた。

 

 正門をくぐり、グラウンドを横切って、校舎(バンカー)の裏手へと回ると。

 庭園があって、その中心にはガラス張りの小さな建物があった。

 教室一個分くらいの大きさだろうか。あれが姉から聞いた“温室”だろう。

 孤児院の子供たちに貰った“砂漠のバラ”の植木鉢を、おへその前あたりでちょこんと抱えて。

 

「少し早く来すぎたかな……」

 

 呟きながら、2Bは歩みを進める。

 校舎裏に人影は見当たらない。

 グラウンドには運動部の子たちがまばらに活動しているのを見かけたのだが。

 温室の周りでは、庭園というには幾分雑多な感じで、様々な植物が栽培されている。

 ユリや、サクラにスズラン。名前を知らない花や木の数々。

 花々の香りと、微かな腐葉土の匂いが漂う庭園を横切って、温室に近づいて行く。

 中を覗いてみて誰も居なかったらまた放課後にでも来よう。そう思いながら、

 

「……失礼します」

 

 ドアを開いた。

 

「ぅ……うぅ……ッ……っく……うぅぅっ…………うぅぁ…………」

「……?」

 

 中に入ると、誰かの嗚咽が聞こえた。

 草花に満ちた室内を見渡すと、奥の方にへたり込んでいる人影が目に留まる。

 金髪の、三つ編みお下げの女の子。

 あれは――

 

「…………6O?」

 

 その背に声をかけると、彼女はびくんと肩を震わせて、こちらへと振り返った。

 

「とぅ…………ヒック…………とぅ、2Bざぁん…………」

 

 こちらの名前を呼ぶ声は酷い涙声で、実際言いながらボロボロと涙をこぼしている。

 2Bは慌てて彼女に歩み寄って、

 

「どうしたの? 6O、一体なにが――」

「うわはぁあああぁぁあぁぁぁん゛!!」

「――っ!?」

 

 皆まで言い切る前に、どん、と6Oが胸に飛び込んできた。

 背に両手を回され、ぎゅうっとしがみつかれて。

 2Bは植木鉢を片手に持ったまま、中途半端にばんざいをしたようなポーズで固まった。

 

「し、6O……?」

「う゛ぅぅ……ぐぅ…………ヒック…………うう゛ぅぅ…………っ!」

 

 6Oは2Bの胸の中で盛大に泣きじゃくっている。

 しばしの混乱から立ち直ると。

 植木鉢を一旦ポッドに任せて、2Bはそっと彼女の肩に触れ、あらためて訊ねた。

 

「6O、一体なにがあったの?」

「う、ううっ…………」

 

 息をひきつらせながらも、顔を上げて、6Oが口を開いた。

 

「実は……ちょっと(・・・・)好きだった先輩を食事に誘った(・・・・・・)ら、断られちゃって……っ!」

「え」

「私、これからどうやって生きていけばいいんですか……? 2Bざぁぁん……!」

「そ、そんな事……聞かれても……」

 

 予想外の返答に、2Bが狼狽えた声を漏らす。

 食事の誘いを断られたくらいで、そんな大げさな話になるものだろうか?

 どうやって生きていけばいいかなんて、そんなの自分が答えられるわけがない。

 返事に困っていると、

 

「ぐすっ…………私、もうヨルハ学園にいられないでずぅ…………うぅ」

「そ、それは……」

 

 2Bはたじろいだ。

 どうしよう、6Oが何故そこまで思い詰めているのかはわからないが、このままでは彼女はヨルハ学園を去ってしまうかもしれない。

 せっかく友達になれたのに……。

 

「……それは困る」

 

 2Bが言うと、6Oがはたと動きを止めた。

 顔を上げて、上目遣いで見つめてくる。

 どこか暗闇の中で光明を見つけたような顔で。

 

「…………2Bさんは、私を必要としてくれるんですか?」

 

 2Bはどうやら説得のチャンスと、懸命に言葉を探す。

 

「6Oは、友達だから…………それに、私もまだ転校してきたばかりで6Oのサポートが必要なことが沢山あると思うし……だから――」

「2Bさん…………!」

 

 じーん、と感じ入った様子で6Oが瞳を潤ませる。

 ぽろぽろと涙がこぼれる。だが表情からは悲痛さが消えて。

 

「だから、学校をやめるなんて言わな――」

「やめませんっ!」

「え」

 

 急に嬉々とした声で手の平を返した6Oに、2Bが唖然とした声を上げた。

 

「……やめないことにしたの?」

「はい、やめませんっ!」

 

 6Oは、ぐいっと涙を拭うと、2Bの手を取って。

 

2Bさんと一緒なら(・・・・・・・・・)、私、永遠にだってヨルハ学園に居られそうですっ!」

 

 言って、ぱあっと笑顔を輝かせた。

 

「そ、そう……永遠……それもどうかと思うけど……」

 

 卒業しないつもりなのだろうか。

 今の一瞬で彼女に一体どのような心境の変化があったのか。

 自分の拙い説得にそこまでの効果があったとは思えないのだが、とにかく彼女のメンタルは驚異的なV字回復を果たしたらしかった。

 

「うふふふふ、2Bさん♪」

「な、なに……?」

「なんでもないです、呼んでみただけ♪」

「そう……」

 

 やたらとゴキゲンになった彼女のテンションは、よくわからないことになっていた。

 少し怖い……。

 2Bはたじろぎつつも、温室(ここ)に来た理由を思い出して、話題を変えることにした。

 

「6O、園芸部の人を探しているのだけど、知らない?」

 

 6Oが眉を持ち上げる。

 

「2Bさん、園芸部に御用なんですか? 私も部員の端くれですけど……」

 

 それから、ハッとなって詰め寄ってきた。

 

「もしかしてお花に興味が!? 入部希望とかですか!? なんなら手取り足取りお教えしますよ!?」

「い、いや……興味というか――」

 

 なんだか話がおかしな方向へ転がりそうだったので、2Bは慌てて事情を説明した。

 パスカルの孤児院で、子供たちから花を貰ったこと。

 そして、その花の世話の仕方がわからなくて、このままでは枯らしてしまいそうで困っていること。

 あと、入部するつもりは今のところないこと。

 

「そうですか……残念です。2Bさんと一緒に部活動できたら楽しかっただろうなぁ……」

「……ごめん」

「あああ、私こそすみません、気にしないでください! それで、そのお花というのは?」

「ポッド」

『了解』

 

 ポッド042から植木鉢を渡された6Oが「これは……」と、しげしげとそれを見つめた。

 園芸部員らしく、植物に対する彼女の“好き”が伝わってくるような表情で。

 なんだか神秘的な形してますね……と、自分と同じ感想を呟くのを聞きながら。

 2Bは続く彼女の言葉を待った。

 やがて、6Oが2Bに植木鉢を返しながら、

 

「“アデニウム(・・・・・)”ですね。初めて見ました」

「アデニウム? “砂漠のバラ”じゃなくて?」

 

 聞き返した2Bに、「えーとですね――」と6Oが説明する。

 

「かつて人類が“砂漠のバラ”と呼んだ花……というかモノ(・・)には、二種類あるんです」

 

 植木鉢を指さして。

 

「ひとつは、“アデニウム・オベスム”という花の品種の通称で、もうひとつは鉱物(・・)です」

「鉱物? バラなのに?」

「私も実物は見たことないんですけど、なんでも、砂漠のオアシスが干上がった時に、水に溶けていたミネラルがバラの花のような形に結晶化してできるものを指すらしいですよ」

「そうなんだ……」

「で、アデニウムについてですが……」

 

 と、そこで6Oは手元に立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを呼び出した。

 学内ネットの園芸部データベースを見ながら、

 

「ふむふむ、花言葉は“純粋な心”、“一目惚れ”ですか……2Bさんのイメージにぴったりですね!」

「……育て方は?」

「育て方は、と……ああ、結構楽ですね。まず、水を溜め込む性質があるので乾燥に強くて、こまめなお世話は必要ないんですが、逆に湿度が高すぎたり、水をやりすぎると腐ったりして枯れてしまうので注意です。夏場は植木鉢の土が乾いたらあげる感じで、冬場は水は一切あげちゃダメなので秋口から水やりはどんどん減らしていく感じですね。雨の当たらないところで、日当たりの良い、風通しのいいところに置いてあげると良いです。寒さに弱いので冬は室内に避難させてあげるとかした方がいいですね。八度を下回ると落葉して休眠に入ります。五度以下は避けないといけません。それから二年に一回は植え替えをした方がいいのですが――」

「ち、ちょっと待って、6O」

 

 焦った声で2Bが待ったをかけた。

 6Oはきょとんとして小首を傾げると。

 

「どうしました?」

「……申し訳ないけど、説明してくれている内容がさっぱりわからない」

 

 2Bには6Oがぺらぺらと捲し立てていた内容が全く理解できていなかった。

 水はやらなきゃいけないけど、やりすぎちゃダメ? 日当たり? 気温?

 はっきり言って、全く覚えられる気がしない。

 

「花の世話がそんなに複雑だなんて……」

 

 すっかり気後(きおく)れしてしまった様子の2Bに、6Oが「あ、それなら!」と手を合わせて言う。

 

園芸部(うち)で預かるってのはどうでしょうか?」

「預かる?」

「ええ、園芸部に預けて貰えれば、こちらで面倒を見られますよ。ということです」

 

 それは魅力的な提案だった。

 他人(ひと)に預けて任せっきりなんて無責任じゃないかとも思うが、自分の裁量で見当外れな世話をして枯らしてしまうよりは遙かにマシだろう。

 

「……それは、迷惑じゃないの?」

「全然! むしろウチに無いお花なので、皆喜びます! 勝手に増やしちゃったりするかもですが……」

「それは問題ない……たまに花の様子を見に来てもいい?」

 

 訊ねる2Bに、6Oはにっこりと笑顔を浮かべる。

 

「もちろん! 毎日来てくれても良いくらいですよ!」

「……じゃあ、お願いしようかな」

「はいっ、任されました!」

 

 再び2Bから植木鉢を受け取ると、6Oは鼻歌交じりにそれを日差しの良いところへ置きに行く。

 戻ってきた彼女に、2Bは謝意を告げた。

 

「6O、お礼になにかできることがあれば言って欲しい」

「いえいえ、お礼だなんてそんな! むしろこちらが園芸部を代表して貴重なお花を持ってきていただいたお礼をしたいくらいですけど…………あっ」

 

 名案を思いついたとばかりに6Oが両手を打ち合わせて、

 

「もし、よろしければなんですけど……」

「……?」

 

 手をもじもじとさせながら、上目遣いに見つめてくる。

 

「今度、一緒に買い物……とかっ! どうでしょうかっ?」

「良いけど……それがお礼になるの?」

 

 小首を傾げ、疑問符を頭の上に浮かべて問う2Bに、

 

「はいっ! お礼と言いますか役得と言いますか……とにかく喜びます!」

「そう……わかった。それくらいなら、いくらでも」

 

 言った瞬間、6Oが一旦後ろを向いて、「……よしっ!」と小さくガッツポーズをして。

 再び振り返ると――

 

「それじゃあ約束ですよ、2Bさん!」

 

 向日葵(ひまわり)のような笑顔を咲かせた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 放課後のチャイムが鳴って、帰宅前。

 

「ふんふん、ふふふん♪ ふふふん、ふふふ~♪」

 

 朝からずっと妙に機嫌よく、時折鼻歌を漏らしている6Oを横目に。

 9Sはこっそりと2Bに耳打ちした。

 

「……なんだか今日の6O、ずっとニヤニヤしてて気味が悪いんですけど、なにかあったんですか?」

「さぁ……?」

 

 2Bもよくわからないらしい。

 

「な~に2Bさんにくっついてるんですか、9S?」

 

 ひそひそ話をする体勢のふたりの間に、6Oが目ざとく割り込んできた。

 どこか9Sから2Bを庇うような体勢になって、引き離そうとしている。

 

「いや、それを言うなら6Oだって今日は2Bにべったりじゃないですか」

 

 半眼になって9Sは答える。

 やれリボンタイが曲がっているのでお直ししますだの、体育が終わったら足をお揉みしますだの、今日はいつにも増してやたらと2Bに対するスキンシップが多かった。

 6Oは肩を竦めて。

 

「は~ヤダヤダ。私と2Bさんの仲良し具合に嫉妬してるんですか? 見苦しいですねぇ? 2Bさん?」

「いや……私はそんなこと……」

「僕には一方的に6Oが絡んでるようにしか見えないんですけど……」

 

 呆れつつ、9Sは本人に直接訊ねることにした。

 

「まあいいや。6O、今日はなにか良いことでもあったんですか? 妙に機嫌良さそうですけど」

「それはですね……ふふふっ」

 

 訊かれて、嬉しそうに含み笑いを漏らす6O。

 やっぱり気味が悪い……。

 6Oははにかみながら、少し小声で。

 

「私、実は例の先輩(・・・・)に告白して、フラれたんですよ!」

「はぁ……え? 告白したんですか?」

 

 例の先輩とは、6Oに以前相談されたことがある園芸部の先輩の件だろう。

 自分がリサーチしたところ、もう恋人がいるようだったので、その時は“見込みナシ”と伝えておいたのだが、そんな9Sの忠告の甲斐もなく、6Oは告白に踏み切って、当然の如く玉砕したというわけだ。

 ――と、思うのだが、そのセリフを嬉々として言うのはあまりにもチグハグだった。

 

「フラれたのに、どうしてそんなに嬉しそうなんですか……?」

 

 怪訝な声で訊ねる9Sに、6Oはよくぞ訊いてくれましたという風な顔になって。

 席に座っている2Bの背後に回ると、腕を回して寄りかかった。

 

「私が落ち込んでいたら2Bさんが相談に乗ってくれて、励ましてくれましたから!」

「6O、ちょっと重い……」

 

 2Bは困惑している様子だったが。

 

「……そういうことですか」

 

 9Sは理解して、呆れ声になった。

 つまり、失恋の傷を癒やすのは“新しい恋”というわけだ。

 フラれたその日に、というのは切り替えが早すぎるというか、軽すぎるというか……。

 まあ、6Oと付き合いの長い9Sは嫌と言うほど見てきた流れだ。今に始まったことじゃない。

 6Oは昔から惚れっぽくて、“恋多き乙女”だった。

 と、そこへ――

 

「あの……今の話って、本当ですか?」

 

 おずおずと声をかけてきた女性型アンドロイドがいた。

 クラスメイトだ。

 ショートヘア、目隠し型の電子メガネをして、いかにも気弱そうな印象を受ける。

 彼女は三人の視線が返ってきて、怖じ気づいたように一歩下がりながら、

 

「2Bさんが、その……6Oちゃんの、その、そういう(・・・・)相談……を受けたって話なんですけど……」

 

 それでもなんとか消え入るような声で、おどおどと説明してくる。

 そんな彼女に、6Oが応じた。

 

「本当ですよ! 2Bさんは傷ついた私の心を救ってくれましたから!」

「そこまでしたかな……?」

 

 2Bは首を傾げているが。

 

「そうですか……あの、もしよろしければ、なんですが……」

「……なに?」

 

 続きを促す2Bに、彼女はこう切り出した。

 

「私の相談にも、乗っていただけないでしょうか……? 私、今付き合ってる先輩がいるんですけど、ちょっと悩みがあって……」

 

 それから彼女は、――彼女の名前を覚えていなかった2Bのために――16D(シックスティーンディー)と名乗った。

 

 

(つづく)




というわけで6O回でした。
ニコ生でコンサート・朗読劇を観ましたが、最高でしたね。画面の前で泣きそうに……。会場に居ればボロ泣き必至だったでしょう。行けた人が本当に羨ましいです。
元ネタの6Oの「ちょっと好きだった先輩」は英語のセリフだとオペレーターの先輩(女性)になっていたので、一応それ準拠としました。(司令官説があったりするんですが)
ニーアは好きなキャラばっかりですけど、オペレーターの二人は特に好きです。

追伸:感想って返信できたんですね……。

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