『…………こほん』
『ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピ――ッ!』
ブゥンッ!――と、野太い風切り音。
アラーム音を囀るポッド042は、それを撃墜せんとする寝ぼけた“主人”からの一撃を辛うじて回避した。
このやりとりも毎朝のことだ。もうこのお決まりの一撃をむざむざ食らったりはしない。
わざわざ口に出しはしないが、このときの彼の気持ちを言葉にするならば「ふ、甘いな」という、主人の愚かな行いに対するささやかな勝利の喜びだろうか。
「う、ん…………そうだ…………漁師に…………むにゃむにゃ」
……行動目標を未達成と判断。
『おはようございます、2B。ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、おはようございます――』
覚醒に至らず寝言をほざく主人に、ポッド042は目覚ましを続行する。
彼女は先ほどの一撃で右手を伸ばしたポーズのまま、ふとんとパジャマをはだけさせている。右手はベッドからはみ出し、だらりと垂れ下がっていた。
なんともだらしない姿で、自分の主人がそのような醜態を晒しているというのは随行支援ユニットとして忍びなく、一刻も早く解消すべく声をかけ続ける。
ベッドの上に残る左手の一撃が飛んで来る可能性も考慮し、万全の警戒をしつつ――
『ピピピピッ、ピピピピッ、おはようございます、2B。ピピピピッ――』
そのときだった。
「うるさい黙れ」
『ピピガッ――!』
背後から苛立ち気味な声。同時に、衝撃がポッド042の頭頂部を襲った。
まさかの不意打ちに空中の姿勢制御を失い、あわや墜落しかけて、床ぎりぎりで立て直す。
再び上昇しながら背後を振り返ると、そこには主人の姉にあたる
先ほどまでポッド042が居た座標空間に、手刀を振り下ろしたポーズでこちらを見下ろしている。
彼はそのまま彼女の目線の高さまで上昇すると、大小四つのアームを広げて抗議の意を示した。
『要求:突然の暴挙に対する釈明』
「近所迷惑だからだ。そもそも今日は祝日で、目覚ましの必要がないだろう」
腕を組み首を傾けながら、呆れた声でA2が言う。
腰まで無造作に伸ばした長い銀髪がふわりと揺れた。
『…………』
たしかにそうだな――と、一瞬納得してしまったポッド042ではあったが、反論の余地はあった。
『……ヨルハ機体2Bより、祝日の場合の目覚まし行動を例外とする命令は受けていない』
「いや、融通を利かせろよ……使えないハコだな」
『…………』
……まあ、ポッド042自身も、それが屁理屈めいた言い分であることは否めなかった。
しかし、またしても“使えないハコ”呼ばわりとは、不名誉にも程がある。
その評価は容認できない、と彼は抗議の声を上げかけたのだが――
「ん…………ポッド……お姉、ちゃん?」
そこで薄く目を開いた2Bが、ポッド042と、それからA2を認めて声を漏らした。
二人の話し声が、結局、彼女を覚醒へと導いたようだった。
「起きたか」
『おはようございます、2B』
「おはよう…………ふわぁ、メガネ……」
ポッド042の挨拶に応えて、あくびしながら目隠し型の電子メガネと、カチューシャを装着する2B。
身を起こし、ベッドの上にぺたんと座ると、シンプルな黒のワンピースに身を包んでいるA2を改めて見やって、訊ねた。
「お姉ちゃん、どこかに行くの?」
「ああ、バイト……というか、パスカルの手伝いでな。孤児院に行ってくる」
「パスカル?」
「この家の大家だよ。普段は森の国区で孤児院の院長をやっててな、家賃の代わりに休みの日は手伝ってくれって言われてる」
「大家さん……そうなんだ」
姉妹の暮らすこの家は旧世界の日本家屋の
元はA2がひとり暮らしをしていたのだが、そこへ2Bがヨルハ学園に転校するため引っ越してきた。
借家だったとは知らなかったが。
「じゃあ、朝食は作っといたから。夕方には帰るけど、昼食は自分でなんとかしてくれ」
そう言って踵を返そうとするA2の背中に、2Bが「待って」と声をかけた。
「私も行く」
そう言いながら立ち上がると、慌ただしく着替え始める。
ばっとパジャマを脱ぎ散らかす妹に、A2が眉を持ち上げて。
「行くって、何をしに?」
「お姉ちゃんを手伝いに」
言いながら、2Bは黒いステイアップストッキング(注・長靴下。ガーターストッキングを、ガーターベルト無しで固定できるよう穿き口にストッパーを仕込んだものを指す)に手を伸ばした。
彼女がそれを片方ずつ、ぴっちりと留まるところまで引き上げていると、A2が顔をしかめて言う。
「いや、必要ない。……学校で友達もできたんだろ? せっかくの休日なんだから、そいつらと一緒に買い物にいくなりなんなりして、もっと仲良くなった方がいいだろう」
そんな風に気遣う言葉を口にする姉に、2Bは「ううん」とかぶりを振って。
「私もこの家でお世話になってるから、私だけ遊んでいるわけにはいかない」
クローゼットからワンピースを取り出して上から被り、袖に手を通す。
同じ黒のワンピースでもA2のシンプルでタイトなものとは対照的に、フレア気味のゆったりとしたシルエットで、ウェストリボンがついていた。
それをキュッと締めると――
「さあ、行こう。お姉ちゃん」
「…………まったく」
A2がやれやれと髪をかき上げて、無駄に生真面目な妹に嘆息する。
こうなったら彼女は頑なだ。
「……まあ、新しい住人だし一度大家に顔見せておくべきではあるか」
呟くように言うと、A2は諦めたように腰に手を当てて。
「OK、待っててやるから先に朝ご飯食べな」
「わかった」
二号姉妹(とポッド)が連れ立って家を出たのは、それからしばらくしてのことだった。
◆◇◆◇◆
森の国区は、かつて文字通り“森の国”と呼ばれた機械生命体達の集落のあった場所だ。
旧世界の人類廃墟でもあり、石門・石柱の残骸が建ち並ぶ森の奥に、朽ちた城塞がどっしりと構えている。
森を満たす木々は、旧世界から激変した環境に適応した結果、極めて大きく太く成長するものが多い。
森の国区の外れには、そんな木々と比べてもひときわ巨大な樹が一本ある。
その、旧世界のビルほどもあろうかという巨木こそが、“パスカルの孤児院”のある場所だった。
「これは…………」
2Bはその場所に至って、感嘆の声を漏らした。
その巨木に打ち込まれたドーナツ状の足場の上に、子供部屋ほどの大きさの小屋がぽこぽこと並んでいる。
ある種幻想的な光景だ。小屋はそれぞれ箱と円筒を組み合わせたような形をしていて、旧世界の人類資料の絵本に出てくる“妖精の家”のような趣がある。
その足場へと、姉とふたり、地上から伸びた吊り橋を渡って――
「パスカル」
姉のA2が声をかけたのは、いまどき滅多に見られないような、かなり古い型式の機械生命体だった。
円筒形の頭部に緑色に瞬くカメラアイ、俵型の胴体、見た目はどこか人類遺物のオモチャめいている。
機械生命体とアンドロイドは、かつて戦争があった頃のようには敵対していない。が、無条件に心を許せるほどに融和しているわけでもなかった。
というか、アンドロイドがアンドロイドとしてしか存在しようがないのに対し、今や機械生命体の在りようは様々だ。アンドロイドのような――人のような――見た目をしているタイプ、いかにもロボット然としたタイプ、動物型や魚類型など言葉が通じないタイプもいる。意思と感情を持ち、言葉が通じる相手であったとしても、多くの場合独特な価値基準・思想・行動様式を持つ彼らは、アンドロイドと相容れるとは限らない。どこまで行っても別種の知的生命体なのだ。
2Bだってことさら機械生命体を嫌っているというわけではないが、初対面の機械生命体相手は自然と警戒するのが道理だった。
A2はそんな2Bの様子に気づいてか、わずかに苦笑しているようだった。
「ああ、A2さん。いつもありがとうございます」
パスカルと呼ばれたその機械生命体は、優しげな声で挨拶を返してきた。
独特のカクカクとした身振り手振りをしながら、古い動力のせいか小刻みに上下に揺れている。
A2は肩を竦めて。
「……家賃の代わりなんだから、礼を言われるようなことじゃない」
「はは、A2さんが来ると、子供たちも喜びますから……そちらは、お話を伺っていた妹さんですか?」
続いてパスカルは、A2の背後に隠れ気味に立っている2Bに気づいて訊ねてきた。
「ああ、2Bだ。手伝いに来ると言って聞かなくてな」
「……こ、こんにちは」
A2に紹介されて一歩前に出ると、おずおずと言って、ぺこりとお辞儀する。
「こんにちは。はじめまして、2Bさん。私はパスカル、平和を愛する機械生命体で、ここの院長をしています。A2さんのお家の大家などもさせていただいています」
パスカルの対応は物腰穏やかで、丁寧だ。
こちらの警戒心を和らげようとしてくれているような配慮も感じる。
「……その節はお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそA2さんにはいつもお世話に――」
と、そこで会話を遮って、突然子供の甲高い歓声が上がった。
「あーっ! A2お姉ちゃんだーっ!」
「お姉ちゃんだーっ!」
見ると、少し離れたところに、赤い服を着た小さな女の子がふたり、目を見開いてこちらを指さしている。
双子か、姉妹か、瓜二つの姿をした彼女らの声に反応して表れた子供たちが、口々に歓声を上げた。
「ほんとだっ! おねえちゃんだ!」
「A2オネエチャン、キテルヨ、ミンナーッ!」
「「ワァァァーッ!!」」
子供だ。孤児院なのだから、当然子供がいる。
生命力に溢れた声だ。
孤児院のあちこちから次々に子供たちが沸いて出て、こちらに駆け寄ってくる。
ドドド、と足音の振動が足場を揺らし、あっという間に取り囲まれてしまった。
見たところ子供たちは機械生命体、アンドロイド入り混じっている。
機械生命体の中でも新旧ごちゃ混ぜで、アンドロイドとほとんど見分けの付かない最新の人型もいれば、太古の昔に主流だったボールヘッド型もいる。
子供たちは2Bの存在に気づくと、ぐいぐい詰め寄ってきた。
「お姉ちゃんが二人居るーっ! なんでっ? なんでっ?」
「A2オネエチャンガ、フタリ、イルーッ!」
「ナンデ、フタリ、イルノーッ!?」
「お、お前ら、ちょっ、くっつくな――!」
「あああ、すみませんうちの子供たちが――」
「A2お姉ちゃんとそっくりーっ!」
「オネエチャン、ダァレーッ?」
「わ、私はお姉ちゃ……A2の妹の2Bで、同型機だから――」
たじろぎつつも説明しようとする2Bだったが、子供たちが押しあいへし合いして次々に入れ替わるせいで、いったい誰に向けて喋っているのか自分でも分からない。
「すごーい! お胸がA2お姉ちゃんよりおっきーい!」
「~~~~~~ッ!?」
急に胸をガシッと掴まれて、目を白黒とさせる。
慌てて見下ろすと、先ほどの少女たちだった。
目を輝かせて、片方は2Bの胸を鷲掴みにしている。
すぐに他の子たちも群がってきて――
「ホントダーッ!」
「A2オネエチャンヨリ、ズット、デカーイ!」
『肯定:ヨルハ機体2BとA2の胸囲には11cmの格差が存在』
「へー、そうなんだー!」
「柔らくてあったかーい!」
「や、やめ、掴まないで――」
「オッパイ、オッパイ、スキ、スキ」
「どうして同型機なのに
「お・ま・え・らァァァァァッ!!」
はしゃぐ子供たちの対応に困り果てていると、堪忍袋の緒が切れたという風にA2が怒声を上げた。
主犯たる少女たちが拳で頭をぐりぐりされて、痛い、痛い!と涙目でジタバタしている。
「お前も何言ってんだ!」と、ポッド042にも手刀が加えられていた。
それからA2は子供たちを遠くへ押しやるようにして――
「邪魔だ! ちょっとあっち行ってろ!!」
しかし、子供たちはすぐに抗議の声を上げながら、A2の雷をものともせずに詰め寄ってきた。
「えーっ! お姉ちゃんたち遊びに来てくれたんじゃないのーっ?」
「遊んでよーっ!」
「A2オネエチャン、2Bオネエチャン、アソンデーッ!」
「い、いや私は手伝いに来ただけで――」
「アソンデ! ネェネェ、アソンデヨー!」
「こーらー! 皆さん! A2さんと2Bさんが困っていますよ!」
やっとパスカルも制止に加わって。
ふたりが解放されるまでには、もうしばらくの時間を必要とした。
◆◇◆◇◆
前掛けをして、トンカチを持ったA2が小屋の屋根のひとつに上っている。
屋根板が老朽化しているからということでパスカルに頼まれて、修繕作業を行っているのだった。
それを遠巻きに見上げながら、2Bはパスカルと共にキッチンに立っていた。
もうすぐお昼ご飯の時間ということで、メインはカレーライスで2Bが調理担当だ。
現代においては、アンドロイドも、機械生命体も、食事によって活動エネルギーを補給するのが一般的なのだが、中には食事機能の仕様にバラツキのある子供たちもいて、そうした子たちについてはパスカルが全て把握しており、細かく作り分けているようだった。
「オネエチャン、アソンデーッ!」
「わっ! 登ってくるなよ危ないだろ!」
「遊んでよーっ!」
「わかった! わかったから降りてろ! もう、あとで遊んでやるから!」
「わーい!」
「ヤッタァァ!」
A2と子供たちのやりとりが聞こえてくる。
「お姉ちゃん、すごい人気……」
「そうなんですよ。A2さんはお優しいですから、子供たちにもそれが伝わるんでしょうね」
思わず呟いた一言だったが、パスカルが拾って応じてきた。
2Bの方はというと、A2と離れてからは遠巻きにうずうず見つめてくる子たちは居るものの、やはり2B単独では人見知りするのか、先ほどのようには近づいて来ない。さっきまで子供の持つエネルギーのようなものに当てられて疲弊していたからホッとする反面、少し寂しくもある。
調理の手は止めずに、和気藹々としている子供たちを眺めながら。
「みんな仲が良いですね。ここでは誰も相手がアンドロイドだとか、機械生命体だとかいうことを気にしていないみたいで」
「ええ、そうなんですよ。みんな赤ん坊の頃から同じ場所で暮らして、兄弟同然で育ってきていますから……ここの子供たちの関係性は、私の希望なんです。いつか、世界中の人々があんな風に、手を取り合えるようになれれば良いのですが……」
どこか遠い目をして語るパスカルに、2Bはばつが悪い思いがした。
先ほどパスカルと初めて対面した時のことを思い出して――
「まだ、私は相手が機械生命体だとどうしても気にして警戒してしまうというか、あんな風には……」
「今はそれが普通の反応だと思います。A2さんも、ここに来はじめた頃は大分機械生命体の子供が苦手なご様子でしたから……」
「……お姉ちゃんはずっとここに来てるんですか?」
「ええ、家をお貸ししてから、ずっとですね。あの家はそもそもお譲りするつもりだったのですが」
「そうなんですか?」
「子供たちと住むには狭くて、持て余していましたから。でもA2さんは借りたいだけだと、家賃も払わなきゃ気が済まないからと言って聞かなくて、それで妥協点としてこちらを手伝って貰うことにしたんです」
「そうだったんですか……」
「おかげですごく助かっていますよ。子供たちも見ての通りA2さんを姉のように慕っていますし」
休日に手伝いに来るだけなんて、家賃の代わりというには楽すぎるのではないかと思っていたが、そんな経緯があったらしい。パスカルにしてみれば、そもそもが不必要な対価なのだ。
しかし、あの家をただで譲って貰うなんて受け容れられない、という姉の気持ちは2Bにもよく分かる。
そういうところは似たもの姉妹だ。
「あの、パスカルさん」
2Bは改まって、訊ねた。
「これからも、私も一緒に手伝いに来ていいですか?」
「ええっ? そんな、もう十分A2さんには助けていただいていますから、この上2Bさんまで……」
驚いて、遠慮の言葉を口にするパスカルに、2Bは「いえ――」と首を振って。
「私がそうしないと気が済まないんです。私も、あの家でお世話になっているから」
そう言うと「お願いします」とぺこりと頭を下げた。
「あああ、そんな……頭を上げてください」
パスカルが慌てて言う。
それからため息混じりに苦笑しながら――
「やはりA2さんの妹さんですね。……わかりました。どうぞ、お好きな時に手伝いに来てください」
「ありがとうございます」
「……これで私がお礼を言われるというのも、変な話なのですが」
言って、パスカルは肩を竦めた。
そこへ――
『報告:あと五分で炊飯が完了』
「わかった」
炊飯器の様子をモニタしていたポッド042が報告してくる。
2Bの方も準備完了だ。大きな鍋の中にたっぷり入ったカレーが焦げ付かないよう、火を落とした。
それから程なくして、子供たちを呼び集めると、食事の時間となった。
巨木の根元、地上にある広場にテーブルをたくさん並べて。
子供たちが2Bの作ったカレー、パスカルの作った数々の料理を、それぞれ思い思いに口に運ぶ。
2Bの対面には例の少女たちが真っ先に座った。どうやら気に入られてしまったらしい。
「……美味しい?」
少女たちに訊ねるとふたりとも「「うんっ!」」と満面の笑み。
「そう、よかった」
やはり料理は自分の為に作るよりも、
というより――
(他人の為に何かをするのが好きなのかな、私は)
性に合っていると言うべきか。
とにかく2Bのカレーは子供たちに好評のようで、沢山おかわりされるのを見るのは満足感があった。
◆◇◆◇◆
「どうした2B、疲れたか?」
「うん…………すごく」
「はは、じゃあ、そろそろ帰るか」
昼食の後は大変だった。
食事が終わると、A2が約束通り子供たちと遊び始めて、それに2Bも巻き込まれた。
鬼ごっこ、隠れんぼ、木登り――アナログな遊びは体力を使う。無尽蔵に元気が湧いてくるのではないかという子供に付き合って、昼寝の時間になるまで駆けずり回らされた。
子供たちを寝かしつけ終わった後、2Bは、肉体的にも精神的にも疲労困憊で放心してしまっていた。
A2と共に、孤児院の出入り口の吊り橋へと向かう。
「A2さん、2Bさん、今日は本当にありがとうございました」
「ああ、じゃあ、また来るよ」
「また」
見送りに来たパスカルと、別れの挨拶を交わして、家に帰るべく吊り橋を渡り始めたそのとき――
「お姉ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
2Bの服の裾が、背後からぐいっと引っ張られた。
「あなたたちは……」
振り返ると、例の双子(?)の少女たちだった。
一方は2Bのワンピースを腰の辺りで掴んで、もう一方は何かを胸の前に抱えている。
それを2Bに差し出すと――
「これあげる!」
「あげる!」
「これは……」
それは、植木鉢だった。
中には当然と言うべきか、花が植わっている。
なんだか神秘的な形をした花だ。
「へぇ、なんだか変な形をした花だな」
と、隣のA2が感心したように言う。
自分も同じような感想を抱きはしたが……もっと言い方があると思う。
「“砂漠のバラ”だよ! こないだみんなで砂漠に遠足に行ってきた時にねー、採ってきたの!」
「採ってきたの!」
「へぇ、砂漠に生える花があるのか。よく見つけたな」
「うん! わたしたちの“宝物”なのっ!」
「たからものなの!」
「……そんな大切なもの、貰って良いの?」
訊ねると、少女達は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん! みんなと遊んでくれたお礼なの! その代わりに、また来てね!」
「来てね!」
「……そっか」
2Bは植木鉢を受け取ると、微笑みを浮かべ、少女達の頭を順に撫でて。
「ありがとう、また来るね」
「「うんっ!」」
手を振って、駆け戻っていく少女達を背に、A2と2Bは家路につく。
「よかったじゃないか」
隣を歩く姉が、口元に笑みを湛えて優しげに言ってくる。
「……これ、水とかあげた方が良いのかな?」
貰ったは良いものの、いままで花を育てたりした経験もなく、不安になって2Bは訊ねた。
A2は頭を掻きながら、
「あー、それは私も知らないな……花とか育てたことないし」
「お姉ちゃんもか……ポッド」
『推測:植物であるならば、定期的かつ適度に水分を与える必要あり』
「そう……」
納得していると、A2が半眼でツッコミを入れてきた。
「いや、どれくらいの頻度で、どれくらいの量をだよ? それがわからないとどうしようもないだろう」
「そっか……ポッド、検索」
『……検索の結果、
「役に立たないハコだな……」
『……報告:屈辱』
満足な情報が得られず、不安げに手元の植木鉢に視線を落とす。
このままでは、すぐに枯らしてしまうのではないだろうか。
子供たちの“宝物”を貰っておきながら、それはあまりに心苦しい。
そんな妹の様子を横目に見ていたA2が、不意に思い出して言った。
「……そういえば、うちの学校には
「園芸部?」
「ああ、学校の敷地内に温室があるだろ? そこを管理してる部があるんだよ。色んな花の栽培に挑戦したりな。人類がいた頃の花もあるとか。そいつらのところに持っていってみれば良いんじゃないか?」
「なるほど…………そうしてみる」
今日は祝日で、明日は登校日だ。
今晩だけで枯れてしまうということは流石にないだろう。
明日の朝、早めに登校して、園芸部に持ち込んでみよう。
そう決めると、2Bはその植木鉢を大事に抱えて家まで持ち帰った。
植木鉢に視線をやるたび、わずかに微笑みを浮かべながら。
(つづく)
子供の世話って同じ量の運動よりずっと疲れる気がします。
砂漠のバラが出ました。ということで次回はあの娘の回です。