学園ヨルハ   作:A.K.ミラー

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第五話 ― お姫様抱っこ

 義体(からだ)に備えられた環境センサーが風切り音を捉えた。

 分析の結果、戦場を飛び交う“弾幕”のうち、ひとつが自分への直撃コースを辿っていることを認識する。

 赤黒い、見るからに禍々しい見た目をしたその球状の弾体が着弾する瞬前、2Bは回避機動に移った。

 B型(戦闘モデル)の、四肢の駆動を司る優秀なサブプロセッサーの演算により、彼女の身体はアンドロイドの視覚センサーをもってしても視認するのが困難な速度領域へと瞬間的にシフトする。

 美しい脚をピンとまっすぐに振り上げた、惚れ惚れとするほど見事な側方宙返りの残像が瞬き、彼女が元いた位置を弾体が虚しく通り過ぎていく。直後、しなやかな着地姿勢を取る2Bのシルエットが再び鮮明になった。

 直近の脅威は去った。が、その場は依然として争乱の最中にあり、一瞬たりとも油断はできない。

 緊張により加速した思考の中、2Bは環境センサーの囁きを聞き漏らさないよう感覚を研ぎ澄ませる。

 しかし――

 

「ぐえっ……!?」

「6Oッ!?」

 

 背後で6Oの悲鳴。

 ひやりと背筋を走る悪寒に振り返ると、2Bが避けたその弾体が、流れ弾となって彼女に直撃していた。

 被弾した彼女は、そのままその戦場における死者の一員と化した。

 

「くっ……!」

 

 悔恨の思いに唇を噛み締める。

 自分が避けなければ……とも考えるが、2Bもタイミング的に回避するしかなかったのだ。

 背後に運動性能の低いO型(オペレーターモデル)の6Oが居たのは不運だったとしか言いようがなく、悔やんでも仕方ないのだが、それでも自分の流れ弾で友軍に死者を出したことに対する動揺は大きい。

 その動揺を――2Bは必死で抑え込んだ。

 戦場は待ってくれない。その場で仲間の死を乗り越えるしか、生き残る道はない。

 

 その、()()()()()()という名の戦場では。

 

「あいたた……うー、やられちゃいました~」

 

 ぼやきながら相手コートの外へと小走りに向かう6O。

 “死者”となった彼女は、お馴染みのルールで外野として復活のチャンスを待つことになる。

 かつての人類が生み出した“ドッジボール”という競技。

 アンドロイドの運動性能に合わせて競技性を担保するべくボールの数を六つに増やしたその“成れの果て”は、今日のアンドロイドたちにとっては高校の体育の授業でもやるくらい親しみのあるスポーツだ。

 ……そう、今はヨルハ学園の体育の授業中――体育教師のアネモネ先生の監督の下、グラウンドに設けられたコートで、2Bたちのクラスはドッジボールに打ち興じていた。

 2Bが転校してきて、あれから一週間が経っている。

 

「2Bさ~ん! がんばってくださ~い!」

 

 敵陣の、そのまた向こう側の外野エリアでのんきに声援を上げる6Oの声を聞きながら。

 胸に「とぅびぃ」と書かれたゼッケンを貼った体操服姿の2Bは、先ほど6Oに当たって地面に転がっていた()()()を、拾い上げて小脇に抱えていた。

 その赤黒い輝きを放つイクラかなにかのような奇妙な色合いの球体は、なぜだか「避けなきゃ」と本能が掻き立てられるような見た目をしているように思う。

 

(6Oの仇を、討つ……!)

 

 決意を胸に、2Bは先ほど6Oを葬ったボールの主に狙いを定めた。

 敵陣に立つその相手は、――たしか8Bと言ったか――自分と同じB型のようだ。こちらの視線に気づいて、口の端に不敵な笑みを浮かべて見返してきている。キャッチに自信があるのか、来るなら受けて立つといった雰囲気だ。転校生である2Bの、B型としてのスポーツの才能についても、自身もまた往々にして運動部所属であるB型の生徒達は注目しているようで、事あるごとに力試ししたがっているみたいだから、それも兼ねているのだろう。

 2Bはそこまで相手を分析して、結論づける。

 相手がキャッチに自信があるというのなら――

 

(キャッチできないくらい速い球を投げる……!)

 

 2Bは冷静沈着で理性的に見えるが、意外と根は脳筋だ。

 とはいえ、そんな力押しを可能とするだけの義体性能と、義体操作のセンスが2Bにはある。

 敵陣と自陣を往復する残りのボールの数々のうち、自分を狙って飛来するものを次々に躱しながら、2Bは助走を付け始めた。

 自陣の中で最大限に加速しつつ、舞うように側宙を交えて遠心力を蓄えていく。

 敵陣との境界線まで到達した瞬間、「ふっ!」と短い呼気と共に左足で深く前方へ踏み込んだ。

 溜め込んだ運動エネルギーは足下から上半身へ伝わり、弓なりになった上半身から鞭のようにしならせた腕が伸び、最後に手首のスナップを利かせて二重振り子の原理でもってボールに更なるスピードを上乗せした。

 全身の勢いを乗せたそのボールが、ぼっと空気の炸裂音を響かせ、衝撃波を伴って2Bから放たれる頃には、相手の顔色は変わっていた。

 

「う、うわっ!?」

 

 向かってくるボールのあまりの速度に顔をひきつらせると、先ほどまでの自信はどこへやら、小さく悲鳴を上げて逃げるように回避機動を取る。

 そこから起きたことは――結局回避しきれなかった相手に()ボールが着弾したということを除けば――先ほどの出来事と大体同じ構図だった。

 つまり――

 

「いだっ!」

 

 避けようとした8Bの背中を一旦経由して、跳弾したボールが――

 

「え、ぐはぁッ!?」

 

 その()()()()()、相手チームの()()の顔面に着弾した。

 他のボールに気を取られていた彼は直前になって気づいて振り向いたのだが、“時既に遅し”だった。

 そこから先は、スローモーションのように見えた。

 ごがっ!――と、ドッジボールにあるまじき鈍い音がして、跳ね飛ばされた9Sが宙に浮く。

 跳弾の角度は浅く、2Bの放ったボールはほとんど威力の減衰も受けずに、9Sの頬をまともに捉えていた。

 彼の身体は放物線を描き、手足が力なく虚空に放り出され、空中でぐるりときりもみ回転して。

 衝撃力を伝えきったボールが天高く打ち上がる中、一呼吸置いて、どしゃっと音を立てて地面に落下した。

 まるで交通事故の現場かなにかのようなその光景に――

 

「な……9Sッ!?」

 

 衝撃を受けた2Bの悲鳴が上がった。

 彼女の剛速球の餌食になり、地面に横たわった銀髪の少年はそのままぴくりとも動いていない。

 静まりかえった場に、てんっ、てんっ、と落ちてきたボールが跳ねて。

 周囲が唖然として動きを止める中、アネモネ先生がピピッと笛を鳴らして、試合が中断された。

 赤ジャージ姿の褐色の彼女は、歩み寄りながら9Sに声をかける。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 その周りではクラスメイト達が、

 

『す、すごかったね今の見た?』

『はは、狙われたの私じゃなくて良かった――』

『流石B型。いや、B型にしてもあの動きは……』

『あの才能……是非我がグラビティボール部に――』

『いや、うちの部にこそ――』

 

 と騒然としている中。

 

「9S!!」

 

 2Bは血相を変えて9Sに駆け寄っていた。

 完全に意識を持っていかれてぐったりとしている9Sの傍に屈み込んで膝を突くと。

 

「ご、ごめん。9S……9S……!」

 

 あわわ、と身体に手を触れながら、

 

「ポッド!」

 

 コートの外で他の生徒のポッド達と一緒に観戦していたポッド042を、急いで呼び寄せた。

 一緒に9Sのポッド153も様子を見についてきたようだった。そばにふよふよと浮遊している。

 続いて、2Bは焦燥に満ちた声でポッドに向かって、

 

「止血ジェルと論理ウイルスワクチン! それと――」

「いや、要らないだろうそれは」

 

 錯乱した2Bにアネモネ先生が半眼になり、呆れた声で突っ込みを入れてきた。

 

『非推奨:当該9Sに負傷は認められず、この程度のバイタル低下に応急処置は不要』

 

 ポッドにも言外に「大げさすぎ」と(たしな)められる。

 

「で、でも……」

 

 と2Bは9Sをあらためて見下ろした。

 彼の義体の隅から隅まで目を走らせるが、たしかに、外傷はない。

 頭部への強い衝撃で保護モードに入ったようで、眠ったまま静かに息をしている。

 アンドロイドの頑丈な義体に対し、ボールがぶつかったぐらいで大騒ぎしすぎなのかもしれなかった。

 肩を落とす2Bに、「まったく……」と額に手を当て、やれやれと首を振ったアネモネ先生が、

 

「保健委員はいるか? 彼を保健室へ運んで欲しいんだが――」

 

 と周囲に呼びかけたのだが、誰もその呼びかけには応えなかった。

 クラスメイト達は顔を見合わせていて――

 

『保健委員って誰だったっけ?』

『7Bでしょ? 今日来てない、っていうか最近来てない……』

『来てもいつも寝てるあの――』

『ああ、あのサボり魔の……』

『今日も多分どうせ家で寝て――』

 

 ひそひそと交わされるやりとりを聞いて、アネモネ先生が再び呆れたように言う。

 

「なんだ、欠席か? じゃあ誰でも良いから彼を保健室へ――」

「私が!」

 

 食い気味に、2Bは志願していた。

 一刻も早く9Sを手当てしなければ、という衝動の余韻に突き動かされて。

 

「私が運びます、先生」

「そ、そうか……じゃあお願いしようか」

 

 気圧された様子のアネモネ先生から許可を貰うと。

 

「ごめんね、9S……」

 

 呟くように声をかけると、2Bは脱力した9Sを仰向けにして、()()()と、()()に手を差し込んで抱きかかえ、すっくと立ち上がった。

 その光景に、(にわか)に場がざわついた。

 

『お、“お姫様抱っこ”だ……!』

『“お姫様抱っこ”だわ……!』

『人類作品で見たことある奴だ……』

『やだ2Bさんイケメン……』

『立ち姿が凛々しすぎ……』

『いや、配役が逆じゃない? あれじゃ9S君が完全にヒロインじゃないの――』

『いやいや、むしろそっちの方が私としては評価したくて――』

『2Bさんもそうだけど、お姫様抱っこされてる方も様になりすぎなのが問題よね……』

『だからそこが良いんですって――』

 

 ひそひそと、幾分か興奮した様子で話し合うクラスメイト達。

 そんなざわめきを気にも留めず――というか、聞いている精神的余裕がなかったのだが――そのままくるりと踵を返して、9Sを運んでいこうとする2Bを、

 

「2Bさん!」

 

 金髪の三つ編みお下げの女の子――6Oが追いかけてきた。

 彼女の体操服には「しっくすおー」とゼッケンが貼られている。

 

「大丈夫ですか? お手伝いします!」

 

 その申し出に、2Bは「大丈夫」とかぶりを振った。

 腕の中の9Sにちらっと視線をやって、

 

「これくらいは、軽いから。保健室の場所も、この前ふたりに教えて貰ったし……ポッド」

『了解:目的地をマップにマーク』

 

 ポッドが応え、視界の端、黒い目隠し型の電子メガネの表示領域(ディスプレイ)に表示された校舎(バンカー)のミニマップに、赤い光点が灯る。

 

「そうですか……」

「その代わりと言ってはなんだけど――」

 

 と、2Bは続けて6Oに願いを伝えた。

 

「できれば、私の分も6Oに頑張って欲しい」

「えっ? 何をですか?」

 

 虚を突かれたという風に6Oが聞き返してくる。

 2Bは元いたコートの方を見やって、

 

「ドッジボール……試合の途中だったから」

 

 自分の投げたボールの犠牲となった9Sは保健室まで運ばなければ気が済まないが、自分が抜けたことでチームのメンバーとしての責任が果たせないというのも悩みどころだったのだ。

 

「あ、ああー……なんて律儀な……」

 

 納得したという風に6Oが声を漏らす。

 苦笑しながら、「2Bさんらしいですね……」と呟いて。

 

「わかりました! 2Bさんの分まで頑張ってみます!」

 

 笑顔を浮かべて気合いを入れるように両のこぶしを握ったポーズをしてみせる。

 彼女はそのまま踵を返そうとして「あ――」と思いついたような声を上げて、

 

「あの、頑張りますから、()()、あとで私にもしてくれませんか?」

 

 と、“お姫様抱っこ”を指さして、はにかみながら訊ねてきた。

 

「……? 良いけど……」

 

 どうしてそんなことを、と頭の上に疑問符を浮かべながら2Bが答えると、6Oが「やたっ!」と小さくガッツポーズしてコートの方へ戻って行く。

 なにがそんなに嬉しいのか分からなかったが。まあいいか、と2Bはすぐに気を取り直して、9Sを保健室へと運んで行った。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 保健室の位置は知っていたが、中に入るのは初めてだった。

 コンコン、とノックすると、「はーい」と声が聞こえて、空気の圧搾音を響かせてドアが開く。

 

「いらっしゃい。あらA2、髪を切っ……いや、A2じゃないわよね?」

 

 中に居た人物がこちらに挨拶しかけて、途中で訝しげな顔になって訊ねてきた。

 胸まで伸びた赤みがかった栗色の髪、翡翠のような色合いの瞳。全体的に“お姉さん”という雰囲気の女性型アンドロイドだ。

 彼女は2Bのことを最初どうやら姉のA2だと思ったようだったが、2Bは2Bで、

 

「……()()()()()?」

 

 と、怪訝な声を上げていた。

 中に居たのは音楽教師のデボル先生……だと思うのだが、なぜか白衣を着ていて、いつもと雰囲気が違う。

 どうして音楽の先生が保健室に? と戸惑う2Bの様子を見てか、彼女は納得顔になって、

 

「ああ、転校生なのね? 私は養護教諭の()()()、音楽教師のデボルとは双子なのよ」

 

 と説明してきた。

 

「双子……そうだったんですか」

 

 2Bもようやく腑に落ちた。

 デボル先生には人類音楽の授業でもう何度も会っていたが、彼女に双子がいたとは知らなかった。

 というか、双子というのはそもそもアンドロイドには珍しいタイプだ。

 しかも、同じ学校で養護教諭――いわゆる“保健室の先生”をやっているとは。

 よく見れば、外ハネ気味のデボル先生に対し、ポポル先生の髪は内巻き気味のようだった。声もおっとりとしているように聞こえる。

 それ以外は本当によく似ている。が、2BとA2のような同型機の姉妹ほどには瓜二つでもない。

 それが双子ということなのだろうが……。

 

「あなたはA2の妹さんかなにか?」

「はい。私は2B、お姉ちゃ……A2の妹で、先週こちらに――」

 

 と、あらためて2Bがポポル先生に自己紹介していると――

 

「んー? いま私の話した?」

 

 保健室の奥の方から声がして、閉まっていたベッドのカーテンのひとつがシャッと開いた。

 それは、今度こそデボル先生だった。

 あくびをひとつして、彼女はベッドから降りると、こちらに歩いてくる。

 やはりよく似ているが、どことなく性格の外向性、内向性が雰囲気となって現れているようだった。

 彼女は2Bの姿を認めると、

 

「2Bか、どうしたんだ、“それ”?」

 

 2Bの腕の中でぐったりとしている9Sを指さして訊いてくる。

 

「これは……」

 

 と、保健室に来た本来の目的を思い出して、2Bが一連の流れを説明すると――

 

「アハハハ! それで女の子にお姫様抱っこされるとは、9Sの黒歴史確定だな!」

「デボル……笑っちゃ悪いわよ」

 

 デボル先生が快活な笑い声を上げて、ポポル先生がジト目で(たしな)めた。

 が、彼女も口の端を微妙に歪めているようだった。

 2Bは意味がわからず「黒歴史……?」と首を傾げていたが。

 

「入って。大したことなさそうだけど、念のためメンテナンスするわ。まずはベッドに寝かせましょう」

 

 とポポル先生に招かれて、2Bは9Sを抱えたまま部屋の中に入った。

 彼をそっとベッドの上に寝かせると、ポポル先生が用意してくれたキャスター付きの丸椅子に腰掛ける。ポポル先生も同型の椅子に腰掛けると、9Sに向かって立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを開いてチェックシーケンスを実行し始めた。

 待っている以外にできることもなく、手持ち無沙汰になった2Bは疑問に思っていたことを訊ねた。

 

「デボル先生はどうして保健室(ここ)に?」

「あー、それは……」

「しょっちゅう入り浸ってるのよこの人。というか、音楽の授業の時間以外は大体ここに居るわね」

 

 答えにくそうにするデボル先生に代わって、立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを操作しながらポポル先生が答えた。

 具合を悪くでもしたのかと思ったが、違うらしい。サボりというやつだろうか? 教師なのに。

 

「ここは居心地が良いからな、ベッドもあるし、ポポルもいるから」

 

 悪びれずにデボル先生が言う。「それに」と続けて――

 

ヨルハ学園(ここ)に来るまで色々あったし。折角のんびりできるんだから今を満喫しないと」

 

 そういうと彼女はポポル先生の背後に立ち、しなだれかかるようにして腕を回すと、

 

「本当に、色々あったんだ…………なぁ、ポポル?」

 

 もう一度、意味深めいてしみじみと言うデボル先生に、ポポル先生がため息混じりに半眼で付け加えた。

 

「主にはお酒のせいでね。デボルったら酒癖が酷くて、前の職場追い出されたのもそれが原因だったし」

 

 酔っ払うと「にゃ~」とか言うのよこの人、と肩を竦める。

 

「おいおい、酒癖に関してはポポルも同罪だろ」

 

 背中にくっついているデボル先生が心外という風に抗議した。

 彼女はこちらに向かって説明してくる。

 

「むしろ決定的なのはいつもポポルの暴言でね。ポポルって酔うとめちゃくちゃ機嫌が良くなるんだけど、それが変な感じになると突然キレだして言葉遣いが荒くなるんだよ」

「そ、そうなんですか」

 

 おっとりとした雰囲気のポポル先生の酒癖がそんなだというのは意外だ。

 デボル先生と逆じゃないのかと思うのだが、酒癖というのはそういうものなのかも知れない。

 どちらも一度酔ったところを見てみたいような、見たくないような……。

 

「記憶にないわよそんなの」

 

 むっとした風にポポル先生が言う。

 デボル先生が顔をひきつらせて、

 

「いや、暴言どころか、実際に暴れて建物とかに被害を出したことだって一度や二度じゃ――」

「記憶にありません」

 

 ポポル先生は、あくまでシラを切り通すつもりのようだった。

 彼女はそこでお酒の話は終わり、とばかりに、

 

「……外傷無し、機能に異常なし、再起動シーケンスにも問題ないわね。しばらくしたら目を覚ますわ」

 

 立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを見ながら告げてきた。

 

「そうですか…………良かった」

 

 2Bは安堵して息を吐いた。

 そのままじっとベッドに横たわる9Sを見つめていると。

 

「ねぇ、ずいぶん健気に見つめてるみたいだけど、そいつとはどういう関係なの?」

 

 と、興味津々とばかりにデボル先生が訊ねてきた。まだポポル先生にもたれかかっている。

 

「どういう……?」

 

 ピンと来ず、2Bが首を傾げていると。

 

「やめなさいよ。そういうの、私達みたいなおばさんが茶々入れるのって良くないわ」

 

 ポポル先生が眉を顰めて、背後霊かなにかのようにくっついているデボル先生に苦言を呈した。

 デボル先生は「おばさんとは失礼な」と憤慨していたが。

 どういう関係って言われても――と2Bは考えて、

 

「クラスメイトで、友達です。こっちに来てから、はじめての」

「……そういう話をしてるんじゃないんだけどなぁ」

「……?」

 

 素直に説明すると、デボル先生が呆れたように言った。

 じゃあ何の話をしてるんだろう? とますますわからなくなって頭の上に疑問符を浮かべていると、

 

「その子のことどう思ってるのか? って話よ」

 

 と、横合いから()()()()()が言った。

 

「……さっきやめろって言ったのは誰だったっけ?」

 

 デボル先生が半眼になってツッコミを入れる。

 

「仕方ないじゃない、好きなんだものこういう話」

 

 女性は誰だってね、とポポル先生は肩を竦めて開き直った。

 一方2Bは、その質問になんと答えたら良いか考えていた。

 先生達の言う“そういうの”だとか“こういう話”というのが何を指しているのかはわからなかったが。

 

(どう思っているか、か……)

 

 胸中で質問を反芻する。

 眠っている体操服姿の9Sを見ながら、転校してきてからのことを思い返して。

 

「9Sは……優しい子だと思います。親切で、気遣いができて、好奇心が強くて、心根が純粋で……」

 

 彼は、きっとどこまでも“良い子”だと思う。

 直感ではあるが、それが一週間クラスメイトとして一緒に過ごしてみての印象だ。

 しかし、その回答にも双子の先生たちはイマイチ満足してはくれなかったようで、

 

「う~ん、そういう話でもないんだけどなぁ」

「鈍感系主人公みたいな受け答えね……」

「……?」

 

 困ったように苦笑していた。

 2Bが困惑していると、デボル先生が「……まあ、いいか」と諦めたように言って、ポポル先生が、

 

「そういう話をするなら、私たちはどうなのかって話もあるわよ?」

 

 と話の矛先を変えた。

 

「え~? ほら、私にはポポルが居るし、ねぇ?」

 

 と、デボル先生は悪戯な笑みを浮かべて、更にポポル先生に纏わり付くように背後から腕を巻き付ける。

 

「あら、光栄。でも私は競争率高いわよ?」

 

 立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを見ながら、ポポル先生が素っ気なく言うと、デボル先生が激烈な反応を示した。

 

「マジで!? 聞いてないんだけど! 誰!? 誰がポポルを狙ってるの!?」

 

 目を見開いて驚愕の声を上げ、ガバッとポポル先生を覗き込むようにして問う。

 それにポポル先生はまたしても素っ気なく、「冗談よ」と答えた。

 

「なんだ……びっくりして損した」

 

 と、デボル先生がむくれてポポル先生を突き飛ばすように解放する。

 ふふ、とポポル先生が含み笑いを漏らして、

 

「まあ、保健室の先生ってだけでなにかと人気はあるのだけどね」

「いや、そういう人気なら音楽教師だって負けてないはず……」

 

 と、それから双子の先生達の会話はとりとめのない話に流れていったのだが。

 2Bの心中では、先ほどの質問の余韻がまだ尾を引くように残っていた。

 相手のことをどう思っているのか、という質問。

 逆に言えば――

 

(9Sは、私のことをどう思っているんだろう……?)

 

 どうしてそんなことが気になるのか、自分でも不思議だった。

 結局、胸に浮かんだその問いが答えを得ることはなく、それは茫洋とした忘却に追いやられていったのだが。

 

 ……その後、弟が保健室に運ばれたと聞いた21Oが血相を変えて飛び込んできたり、2Bが彼女にすごい勢いで説教されたり(床に正座させられた)、それを目を覚ました9Sが必死で宥めたり、保健室にお姫様抱っこで運ばれた経緯を知った9Sが恥ずかしさのあまり家に帰ってから密かにベッドの上で頭を抱えて悶絶したりといった騒ぎもあったのだが。

 それは、また別のお話。

 

 

(つづく)




朗読劇の台本ネタバレを一部見てしまい、かなり色々と衝撃でした。
三日間ほど傷心?旅行に行ってきます(嘘、関係ないです)。
一応旅先でも書くつもりですが、まずインプットを優先したいなと。

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