学園ヨルハ   作:A.K.ミラー

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第三話 ― 『さん』は付けなくていい

 

 

24D(トゥーフォーディー)の! ランチタイム☆レター!(エコー)』

 

 

『こんにちは! さあ、本日も始まりましたみんなのボクッ娘アイドル24Dがパーソナリティを務める「ランチタイム☆レター」! ボクの放送を聞いてくれているみんな今日も元気かな~っ? (聞いてる風に間を空ける)……うんうんっ!』

 

 

『それじゃあ今日も早速リスナーのみなさんからのお便りを紹介していくねっ☆』

 

 

『森の国駅前にお住まいのペンネーム・ノケモノロボさんからのお便りです! えー、ボクハシャベ、リカタガオカ、シイカラミンナニ、って読みにくいなこれ(地声)……次のお便りっ☆ 水没都市区にお住まいの――』

 

 

 

「…………なにこれ」

 

 昼休みの時間になり、一緒にお昼食べましょうと9S、6Oに連れられて廊下を歩きながら。

 校内放送のスピーカーから流れてきた滑らかな語り口のおかしなノリの放送に、2Bは首を傾げた。

 

「ああ、放送部の活動ですね。いつもお昼に自前のラジオ番組を放送するんですよ。パーソナリティの子がアイドル志望らしくて……なんというか強烈ですよね、キャラが」

「私小さい頃からあの子知ってますけど、昔はあんな感じじゃなくてもっとこう普通っていうか地味目というか大人しかったですよ? 一人称普通に“わたし”でボクッ娘でもなかったですし」

「キャラ作りなんですね……アイドルって大変だなぁ」

 

 9Sの説明に、6Oが乗っかって、恐らく24D本人は知られたくないだろう情報まで明らかになった。

 他人の情報を事細かに覚えているのはO型(オペレーターモデル)の本能のなせる業だろうか。

 

「放送部と言えば――」

 

 と、9Sが話題を切り替えた。

 

「2Bさんはなにか部活とか入らないんですか?」

「部活…………」

 

 おうむ返しに呟く。

 特になにも考えてはいなかった。

 

「……入らなきゃ駄目?」

「いえ、別にそういう校則があるわけでもないですし、大丈夫ですよ。僕も入っていませんし」

「A2先輩と同じ部に入ったりしないんですか? B型ならスポーツ系は引く手数多(あまた)だと思いますけど」

「うーん…………」

 

 あまりピンと来ずに、2Bは少し考えて、口を開いた。

 

「“釣り部”はないの?」

「釣り……って魚釣りですよね? 2Bさん、釣りをされるんですか?」

 

 意外、という風に9Sが聞き返してくる。

 2Bはこくりと頷いて答えた。

 

「釣りなら少しは腕に覚えがあるから」

「へぇ……意外というかなんというか」

「旧世界の人類の趣味ですよね? 2Bさん、渋いですね~」

 

 6Oが感心したような声を上げる。

 9Sが彼のポッドから立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを表示して操作しはじめた。

 

「釣り部釣り部……あ、少人数のクラブですけど、あるみたいですね。ほら――」

 

 学内(バンカー)ネットワークにアクセスしていたらしい。

 すいっと滑らせてきたウィンドウには、ヨルハ学園魚釣り部の紹介ページが表示されていた。

 その中のある一文に目を留めて、2Bは訝しげに呟いた。

 

「“釣り竿”完備……?」

「ああ、自分の釣り竿を持ってなくても部の備品があるので大丈夫ですよ、ということですね」

 

 と9Sが説明してくれたのだが、2Bの疑問はもっと()()()なところにあった。

 

「“釣り竿”って、何……?」

 

「「え…………」」

 

 9Sと6Oの唖然とした声がシンクロする。

 

「2Bさん、釣り竿を知らないんですか? 釣りには絶対必要な道具だと思うんですけど……」

「今まで、一体どうやって釣りを……?」

 

 二人におずおずと訊ねられて、戸惑いながらも2Bは答えた。

 傍らに浮遊するポッド042を指さして。

 

「……ポッドで」

 

『肯定:当機は魚釣り機能を導入(インストール)済』

 

「ず、随行支援ユニットで……?」

「それって釣りと言えるんでしょうか……?」

「…………違うの?」

 

 言葉に詰まる二人に2Bが小首を傾げ、困惑した声音で訊ねる。

 二人が説明してくれたところによると――

 一般的に魚釣りというのは“釣り竿”という、もっと物理的に不便なデバイスを用いて行うのだそうだ。

 それが旧世界の人類が行っていた“釣り”で、学園の釣り部がやっているのもそれなのだという。

 つまり、2Bの慣れ親しんだポッドによる釣りを行う部活はないのだということだった。

 

「そうだったんだ……」

 

 2Bはショックを受けていた。

 自分がこれまでやってきた釣りは、釣りじゃなかったんだ……。

 将来、漁師になろうかと思っていた時期もあったのに。

 

「でっ、でも……これを機に釣り竿デビューしても良いと思いますよ? ね、6O?」

「え、あ、あーっ、そうですね! きっと楽しいですよ!」

「…………いい。やめておく」

 

 若干悄然としてしまった2Bを見て、慌てて二人がフォローを入れてくるが、彼女はかぶりを振った。

 図らずも拗ねたような言い方になってしまったが、別に意地を張っているわけでもない。

 ポッド042を手元に呼び寄せて、優しげな手つきで撫でながら言う。

 

「この子を使わない釣りに、興味は無いから」

 

 たとえそれが本物の釣りではなく、単なるポッドのおまけ機能(スマホゲー)に過ぎなかったとしても。

 あくまで自分が愛した釣りは、ポッドと二人三脚で行う“協力プレイ”だったから、と。

 

『報告:光栄』

「そ、そう…………」

 

 二人はそんな2Bとポッド042の様子をどこか呆然と見つめて、やがて、まあ当人が納得しているならそれで良いかと思い直したようだった。

 校舎(バンカー)内の分岐路まで来ると、9Sが口を開いた。

 

「じゃあ、ご飯どうしましょうか? ここから食堂かグラウンドにいけますけど」

「グラウンド?」

 

 食堂は分かるが、グラウンドというのは? と2Bは聞き返した。

 

「パン屋さんが来るんですよ、移動販売の。店主さんの出自が不明でちょっと怪しいんですけど……」

「でも美味しいんですよね、焼きたてで。人気ありますよ」

「食堂のご飯も美味しいですけど、あれは玄人向けですから」

「玄人向け……?」

 

 二人の説明に紛れた、違和感のある言葉。

 学生食堂に初心者向けも玄人向けもあるものだろうか?

 

「回避しなきゃいけない危険なメニューがあるんですよ。食堂のおばちゃんが変わった人で……」

「たまにアジフライ定食とか作りますもんね、あの人。あとは、一度食べたら異常に病みつきになって、一日一回は食べないと禁断症状が出て、一回の服用量も段々増えていく電子ドンブリとか」

「それは本当にドンブリなの?」

 

 ドンブリの服用量とは一体……。

 9Sが肩を竦めて、

 

「まあ、皆それはちゃんと分かってて普通のメニューを選ぶんですけどね。新入生の時引っかかった子たちは死なない程度に酷い目にあっていましたけど」

「そう…………」

 

 なんだか()()()()()()()()()話だ。

 とりあえず食堂はまたの機会にということにして、三人はグラウンドに出ることにした。

 

「あ、もう来てるみたいですね」

 

 9Sが言って、グラウンドの片隅を指し示す。

 そこには――

 

『たりらりらぁー♪ だりらりらぁー♪ るーれーろーらーれろれろれぇー♪』

 

 陽気な管楽器の伴奏と共に、奇天烈な歌を流す一台の奇妙な軽トラックが停まっていた。

「激安!」「値引きはもう無理!><;」と(のぼり)を掲げて、荷台にずらりとパンを並べている。

 

『いらっしゃい~♪ まいどあり~♪ まーいーにちー焼きたてだぁ~♪』

 

 歌の音程が適当というか、不安定だが、これはこれで妙に耳に残る歌だった。

 軽トラの前に、ヨルハ学園の生徒たちが列を作っている。

 そこでふと気づいた2Bが声を上げた。

 

「……店主はどこだろう?」

『推測:不在』

 

 軽トラの周りには、制服を着た生徒たちの姿しか見当たらない。

 彼らは自主的に会計を済ませているようだったが、そもそも運転手すらいないのはどういうことか。

 

「ああ、あそこですよ。ほら、トラックの前の」

 

 と、9Sが指さした、その先には――

 

「なに、あれ…………」

 

 軽トラの前面、ヘッドライトに挟まれた、その中央に。

 めり込むようにして、球状の、ある種ホラーめいた“面”がくっついていた。

 焼き魚に似た白く濁った瞳、ニィッと上下の歯をずらりと見せて口が裂けるほどの笑みを浮かべている。

 その謎の生物の顔(?)は、軽トラと一体化していた。

 6Oが胸の前でぱちんと手を合わせて、

 

「カワイイですよねー、()()()()!」

「えっ……」

 

 2Bは衝撃を受けて言葉に詰まった。

 その“面”が店主らしいということもさることながら――

 

(可愛いって、あれが……?)

 

 たしかに自分自身“可愛い”という言葉からは縁遠い(と2Bは思っている)し、可愛いを語る資格は無いかもしれないが、アレを可愛いと言い切る6Oの感覚とは乖離がありすぎてちょっと怖い。最近の可愛いはどうなっているの。

 2Bの中の“可愛い”という言葉の定義がかつてない揺さぶりを受けていると、9Sが苦笑して。

 

「女子の“カワイイ”は当てにならないですよねぇ……。あの店主さん、アンドロイドでも機械生命体でもないらしい不思議な人なんですけど、まあ、パンはまともなので心配ないですよ」

「そ、そう……」

 

 私もいちおう女子だけど……、と釈然としないものを感じつつも、2Bは列に並んだ。

 やがて順番が来て、パンの並んだ荷台の前へと三人はやってきた。

 

「いらっしゃい!」

「わっ」

 

 2Bが荷台に近づいてパンをひとつ手に取ると、軽トラの前方からその面が話しかけてきて、思わず取り落としそうになった。

 今も流れているへんてこな歌と同じ声だ。鈴の鳴るような少年の声。

 隣の6Oが落ち着かせるように、

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ、2Bさん」

「あれ、もしかして、初めてのお客さんですか?」

 

 訊ねてくる“店主”に、軽トラの前面に回って、恐る恐る挨拶を返す。

 

「……こんにちは」

「こんにちは! 僕は店主のエミールといいます! アナタは?」

 

 文字通り張り付いた笑みは寸分たりとも動かなかったが、たしかにその面が喋っているようだった。

 

「……私は2B、転校してきて、今日からヨルハ学園に通ってる」

 

 幾分か落ち着きを取り戻して、自己紹介をする。

 

「2Bさん……転校生さんでしたか! 毎日ここでパン屋をやっていますので、これからどうぞご愛顧のほどよろしくお願いします!」

「よろしく。…………あ、ポッド――」

『既にお財布機能を起動、会計済』

 

 気がついて、手に持っているパンの会計を済ませようとポッド042に声をかけたのだが、既にことを済ませた後だったらしい。便利なスマホだ(と言ったら怒られるのだが)。

 続いてパンを購入した9Sと6Oと共に、エミールと名乗ったその店主に軽く手を振って別れを告げる。

 

「ありがとうございましたー! どうぞまたお越しください!」

 

 彼の弾むような声を背後に聞きながら。

 2Bは(――まあ、たしかにちょっとカワイイかもしれないな)と思い始めていた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 一日の授業が終わって。

 放課後のチャイムが鳴ると、生徒達は各々部活に行くなり、帰宅するなりと教室から散っていく。

 

「どうでしたか? 授業とか、大丈夫でした?」

 

 帰る準備をしながら、隣の9Sが聞いてくる。

 2Bはこくりと頷いて。

 

「たぶん大丈夫。今日より前の授業でやった内容を前提にした説明が多かったから、そこは分かりづらかったけど……」

「あー、たしかに教科書に書かれてなくて授業だけでしか言わないこととかありますもんね」

 

 納得という風に9Sは頷いて「そうだ――」と続けた。

 

「――なんならこれまでの授業のそういう箇所をピックアップして、整理したのを明日持ってきますよ」

「え、そんなわざわざ…………案内役の役目の範疇じゃないし、申し訳ないから良いよ」

 

 2Bが首を振って断ろうとすると、9Sは苦笑して言う。

 

「大丈夫ですよ、その手の作業はスキャナーモデルにはお手の物ですから。それに……」

 

 と、ひと呼吸あけて、思い切ったように。

 

「友達の為に何かできるのって、僕、嬉しいんです」

「…………友達」

 

 2Bがその言葉を反芻するように呟くと、9Sは柔らかな微笑みを浮かべた。

 

「そうです。僕たち、もう友達ですよね……?」

 

 ゆっくりと、瞬きをするような間をあけて――

 

「…………そうだね、ありがとう」

 

 ヨルハ学園で出来た最初の友人に素直に感謝を述べると、2Bは胸に手を当て、続けて言った。

 

「なら……9S……」

「なんですか、2Bさん?」

 

「“さん”は付けなくていい」

 

「……え?」

「友達の名前に、敬称は必要ない」

 

 その言葉を口にするのには少し勇気が要った。

 言葉を受け取った9Sが目隠しの裏で、目を丸くしているような雰囲気が伝わってくる。

 やがて彼は口元をほころばせると、嬉しそうに返事をした。

 

「……わかりました。2Bさ……いえ、2B!」

 

 その時、9Sの傍らに浮いていた彼のポッド(153というらしい)が警告を発した。

 

『警告:ラブコメの波動を検知』

「えっ?」

 

 虚を突かれた9Sが声を上げる。

 2Bはその“なんとかの波動”とやらの意味が分からず、ポッド042に向かって訊ねた。

 

「有害なもの?」

『回答不能:哲学的な問い。ただちに影響はない』

「ふーん……」

 

 9Sの方は「なに言ってるんですかいきなり! 独断の論理思考と発言を禁じますよ!?」と彼のポッドに向かって慌てていたが。

 ――と、その時。幽鬼のような表情で、ゆらりと9Sの背後に現れた者がいた。

 

「……なぁ~に、良い雰囲気になってるんですかぁ~っ9S! 私が居ない隙に!」

「イテテテテテテ、し、6Oッ!? や、やめて――!?」

 

 最後の時限が終わった直後、“花を摘みに”行っていた6Oだった。

 9Sの目隠し型電子メガネの結び目をぐいぐいと引っ張って、顔にめりこませている。

 

「し・か・も! もう2Bさんを呼び捨てにしてるってどういうことですか~っ!?」

「アダダダダ!? 目が! 視覚センサーが壊れるっ!」

「お、落ち着いて6O……6Oも、私の名前は呼び捨てでいいから――」

 

 と2Bは宥めようとしたのだが。

 ばっと9Sを解放して6Oが詰め寄ってきた。

 

「いいえ! 私はまだ“さん”付けでいきます! “9Sのついでに”みたいなのが()ですから! 差別化です差別化!」

「そ、そう……」

「あっ、でも2Bさんのこと友達だと思ってるのは私も同じですよ! 同じっていうか9Sより上です!」

「さっきからヒドいな!」

 

 復活した9Sが目の辺りをさすりながら抗議の声を上げた。

 6Oにも友達と言って貰えて、2Bは内心喜んでいたが。

 

 そんな感じでヨルハ学園に通い始めた最初の日、2Bには二人の友人が出来たのだった。 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 二人と別れて急ぎ足で南の校門へ向かうと、腕を組み、門にもたれかかるようにしてA2が待っていた。

 2Bは、「お姉ちゃん」と声をかけて――

 

「待たせてごめん」

「ん、私も今来たばかりだよ」

 

 そう言ってA2は門から背を離すと横に並んできて、姉妹は連れ立って歩き始めた。

 廃墟都市の建物の残骸に絡みつく、巨大な樹木の葉鳴りがさざめいて聞こえる。

 

「……楽しかったか?」

 

 ふと、隣を歩くA2が訊ねてくる。

 こちらには顔を向けずに、何気なく、という風に。

 

「……うん」

 

 2Bは頷いて。

 A2の方に顔を向けて、続けた。

 

「こっちに来てよかった」

「……そうか」

 

 A2は2Bを横目にして、ふっと優しげな笑みを浮かべた。

 ぽんぽんと2Bの頭を撫でる。

 

「それは良かった」

 

 ……それから二号姉妹はどちらともなく手を繋ぐと、仲良く家に帰っていった。

 

 

(つづく)




サブタイトルのセリフを全体のラストに持ってくるという案もあったのですが……。
次回は9S視点。私的にはある意味一番楽しみにしている回(になる予定、書き上がらないと出来はわかりませんが)です。

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