旧世界の廃墟建ち並ぶ都市の中心に、その学び舎はある。
人類の絶滅した地球で暮らすアンドロイド達の為の高等学校、九校あるうちのひとつ――ヨルハ学園。
周囲の寂れた廃墟群の中にあって、その
スリックな見た目の校舎内、先生の後について廊下を歩いていく。
背後にはポッド042が浮遊し、通学鞄を保持しながらついてきていた。
近づくとプシュッ、と空気の圧搾音を立てて、教室の引き戸が自動で開く。
外から伺う限り、室内は生徒たちの雑談でざわざわとしているようだった。
担任のホワイト先生の後に続いて、2Bは幾分か緊張しつつドアをくぐる。
「皆席に着け、今日は転校生を紹介する」
教壇につくなり、凜とした声をホワイト先生が上げる。
長い長い金髪をポニーテールに結んだ、精悍な顔つきをした女性型アンドロイドで、結構――いや、かなり“熟れた”カラダをしていらっしゃる。時と場所が違えば司令官とかやっていそうな意思の強さを感じさせる鋭い眼光。男勝りでありながらフェミニンさもしっかりと保持した、大人の女性といった雰囲気だった。
教室内の生徒は二十名ほどか。
“転校生”というキーワードに牽引されて、クラスの皆の視線が一斉に教壇の傍らに立つ2Bに注がれる。
「名前を」とチョークを渡されて、2Bは黒板に名前を書くと、横に「とぅびぃ」と振り仮名を振った。
振り返ると、自己紹介をする。
「ヨルハ二号B型、通称2Bです…………よろしくおねがいします」
ぺこりと2Bが一礼すると、間があった。
ん、自己紹介それだけ? というクラスメイト達の思考ルーチンの働きが伝わってくるようだったが、他に言うべきことも思いつかず、2Bは押し黙る。
硬直した空気を感じて、内心焦りを感じ始めたそのとき――
「はいはいはーい!」
と教室の後方、元気なキャピ声で手を上げた女子がいた。
「もしかして、2Bさんって
その三つ編みお下げの金髪の子は、いかにも女子女子した声音で問うてくる。
2Bが(“あの”って、“どの”?)と思いつつ、「そうだけど……」と答えると、
「おおっ」
「A2さんの――?」
「ああー」
「そういえばよく似て――」
と、一気にクラスがざわついて、クラス内の空気の硬くなっていた部分がほぐれて溶けだしたようだった。
三つ編みお下げは「すごーい!」と胸の前で両手を合わせて感激した声を上げて、まくし立てるように、
「お姉さんに似てクール系美人なんですね! でもA2先輩の方はさばさばクールで、2Bさんはどちらかというと大人しクールな――」
「そこまでだ、
ホワイト先生に窘められて、6Oと呼ばれた彼女は「は~い」と返事をして、それからちろっと舌を出すと肩を竦めながら2Bに笑いかけてきた。女の子らしい愛嬌のある笑顔。
なんだかよく分からないが、姉のA2が校内では有名人らしく(部活関係だろうか)、2Bの極めて内容に乏しい自己紹介もそれで補完された雰囲気になったようだった。
助け船を出してくれたらしい彼女に感謝を込めて微笑みを返すと、なぜだか彼女は一瞬きょとんとして目を丸くして、次の瞬間ほのかに頬を紅潮させたように見えた。
続いて――
「まったく……それじゃあ皆、仲良くするように。2B、お前の席は“あそこ”だ」
とホワイト先生に席を案内される。
そこは通行用に机の間隔を空けた通路を挟んで、6Oの隣の席だった。
近くまで行くと、ニッと笑みを浮かべて手を差し出してくる彼女の手を握り返し、よろしくと挨拶を返す。
そして反対側、通路の開いていない、机が接している方の隣席である“彼”にも声をかけた。
「よろしく」
こちらを見上げて手を差し出し、人当たりの良い笑みを浮かべて応じてきたのは、銀髪の少年だった。
「よろしくおねがいします、2Bさん。僕は
その手を握り返しつつ、2Bは9Sと名乗ったその少年を観察した。
自分と同じ目隠し型の“電子メガネ”をして、ポッドを随伴させている所に、“同じ機種のスマホを使っている人への軽い親近感”に類するものを感じる。自分と同じ色味の銀髪の、メンズナチュラルショート。小動物系というべきか、背が低く、全体的に線が細い。物腰は穏やかで、人懐っこさと臆病さの入り混じったような声は聞くものをどこか安心させる効果があるようだ。理性的な色を宿しながらも庇護欲をそそるような幼さを残した風貌、弟に欲しがる女子がいるようなタイプで「――いや、むしろ単に媚びショタと呼ぶべきか、腕も足も細くなよなよしい、そのくせオタッキーな好奇心の持ち主、ネット中毒、サブカルクソモヤシ……」
「って、後ろでなにヒドいこと言ってるんですか6O!」
9Sがたまらずといった具合に声を上げた。
ひょこっと2Bの背後から6Oが顔を見せて、悪びれずに言う。
「いえ、9Sに対する2Bさんの心の声を代弁しようかなーって」
「わ、私はそんなこと……」
9Sを見ていると途中から背後の6Oがひそひそと囁きかけてきて、一体どういうことかと思っていたのだが、そういうことだったらしい。
まあ、彼の太ももが自分より細そうだったのは色んな意味でどうなのかなと思わないでもなかったが――
「単に6Oの個人的な偏見を垂れ流しただけでしょうが! やめてくださいよ!」
「実際ネットで情報収集とか好きでしょアンタ」
「好きだけども!
(この二人、折り合いが悪いのかな……?)
間に入れず、やいのいやいの言い合っているのを見比べていると、
「そこ、いつまでくっちゃべっている! ホームルームを始めるぞ!」
とホワイト先生の怒号が飛んだ。
ホームルーム自体は連絡事項(通学路に出没する露出狂型変態機械生命体には気をつけるようにだとか)が淡々と伝えられて、生徒間での協議事項もなかったのですぐに議題は尽きたのだが、最後に――
「ああ、転校生の2Bには案内役が必要だな。それじゃあ隣の席の9S、色々と面倒を見てやってくれ」
と、ホワイト先生が思い出したように付け加えたことで、また一悶着あった。
「わかりました。2Bさん、わからないことがあれば――」
「反対! 反対反対、はんたぁーーーーーーいっ!!」
快く了承しようとした9Sを盛大に遮って、どういうわけか6Oが抗議の悲鳴を上げた。
がたっと音を立てて席から立ち上がる。
「私だって隣ですよ先生!」
「いや、6Oは通路挟んで離れてるから、色々と不便――」
「うるさいなぁナヨンズは黙ってください!」
「ナヨンズ!? 初めて聞いたよ!?」
「いま私が考えましたからね!」
「陰で皆にそう呼ばれてるのかと心配したよ! どうしてそこまで僕に辛く当たるんだ!?」
「うるさいですよナヨショタ! 先生! 2Bさんの案内役、私がやります! やりたいですっていうかなんだか私の天職とか運命って感じがすごいします!」
「いやいやいやいや、意味がわからないから!」
「どうせ9Sは言われたからやります程度だったのに私に横取りされそうになって反発してるだけでしょう!?」
「半分そうだけども! それ自分で言う!?」
「でも棚ぼたで美人とお近づきになれそうでラッキーとも思ってたくせに!」
「えっ、そっ、そんなこと……というかそれを言うなら6Oにだって任せられな――!」
「ええい、う る さ い マ セ ガ キ 共 が !!!!」
またしても言い争い始める二人にホワイト先生が雷を落とした。
その迫力に、流石に言葉を失う二人。
次に彼女はこちらを見て、呆れ声で問うてくる。
「……2B、お前が決めろ。どちらがいい?」
「え……」
6Oと9Sの視線が2Bに集中する。
急に話の矛先を向けられて、2Bはどぎまぎと二人の顔を見比べた。
視線に圧力を感じる。特に6Oの方から……。
9Sは選んで欲しいのか欲しくないのか、心中複雑な様子だった。
そもそも自分の案内役が取り合いみたいになっていること自体、意味が分からないのだが……。
自分のような転校生の案内役なんて、こんなに進んでなりたがるものだろうか?
「わ、私は……どちらでも……」
やはりどちらとも言えずにそう答えると、
「……そうか、ならばどちらも案内役ということにしよう。9S、6O、頼んだぞ」
と投げやり気味に目を瞑って(と言うか、実際さじを投げるような仕草をしながら)先生が場を仕切った。――6Oが「やたっ!」と小さくガッツポーズする。
そして先生が「以上、ホームルームを解散する」と宣言すると、ホームルームはお開きとなった。一限目の教師が来て授業が始まるまで、しばしの休憩時間がある。
先生が退出した直後、6Oが通路を越えてギッと椅子を寄せてきた。
ずいっとこちらへ身を寄せてきながら、
「なんでも聞いてくださいね! 2Bさん! なんなら手取り足取りお教えしますから!」
「わ、わかった……」
反対側では9Sが、すまなそうにこっそりと耳打ちしてくる。
「ごめんなさい、2Bさん。6Oが変なことしないように、僕もちゃんとサポートしますから」
「う、うん……」
「なによ変なことって!」
だが6Oは聞いていた。2Bと9Sの間に割って入るようにぐいっと顔を出して、反撃に移る。
「変なことなんてしませんよ! 私今ちゃんと好きな人いますから大丈夫です!」
「全然大丈夫な気がしない……それに“その先輩”のことなら僕のリサーチではもう恋人が――」
「あー! なに勝手にリサーチとかしてるんですか、スキャナーモデルはこれだからもう! プライバシーの侵害って人類の偉大な言葉を知らないんですか!」
「いや、前にそのことで悩み相談されたような気が……」
「恋の行方は蓋を開けてみるまでわからないんです! 外から与えられる解決なんて要りませんよ!」
「なら僕はなんで前に相談をされ――」
「気の迷いです!」
「理不尽すぎるっ!?」
と、またしてもいがみ合いが始まったのだが。
(案外仲が良いのかも…………?)
二人の口調や視線に本格的な嫌悪や憎しみが混ざっていないことに気づいて、2Bはそう思った。
喧嘩するほど仲が良い、という旧世界の人類の慣用句が思い浮かんだが、それが正しい使い方なのかはわからない。
転校というのは、もう出来上がったコミュニティの中に突然放り込まれるわけだから、そこに溶け込めるかどうかというのは――特に2Bのように口べたなタイプにとっては――結構分の悪い賭けになる。
それで不安もあったのだが、二人のおかげで、どうやらひとりぼっちになる心配だけはないようだった。
まあ、その二人の(主には6Oの)勢いに押されて他のクラスメイトがどうやら引いてしまっているのを見れば、これはこれで問題があるかもしれない、とも思うのだが……。
――ともかく。
2Bのヨルハ学園での登校初日は、そんな感じで始まった。
(つづく)
2Bのそばに居るのはやっぱりこの二人なのかな、と。
9S視点だとまた変わると思うのですが……。
感想ありがとうございます。励みになります。
始まったばかりなのでペース早いですが、段々落ちていくと思います。