学園ヨルハ   作:A.K.ミラー

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第一話 ― 二号さん家

 

 

 

『報告:登校時間が迫っている』

 

 

『…………報告:登校時間が迫っている』

 

 

『ヨルハ機体2Bに告ぐ、登校時間が迫っている』

 

 

『…………………………』

 

 

『………………どうしてもやらなくてはいけないのか』

 

 

『ぴ、ぴぴ…………ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピブッ――!』

 

 ズバシッ!――と、音を立てて。

 

 アラーム音を模して(さえず)っていたポッド042の頭頂部を、強烈な平手打ちが襲った。

 彼の、箱型の筐体上部から突き出ていた円筒状の小さなユニットが押し込まれ、それが何かのスイッチであったかのように沈黙する。

 続いて、彼の筐体にのし掛かっているその“手”の主が、身じろぎして声を上げた。

 

「う、うぅん…………」

 

 ヨルハ二号B型、通称2B(トゥービー)――女性型のアンドロイドである。

 落ち着いた色味の銀髪のショートヘア。可憐さと凜々しさの同居した端正な顔立ち。つややかな唇、色香漂う口元のほくろ。控え目に言っても美少女だった。

 パジャマ姿の彼女はしばらくベッドの上でもぞもぞとして、やがて薄目を開けて声を発した。

 

「…………もう朝?」

『抗議:あまりに酷い仕打ち』

 

 ポッド042が、未だ毛布に抱きついたまま寝ぼけたことを抜かしている“主人”に抗議の声を上げる。

 彼女に対する抗議のポイントは三点ほどあった。

 誇り高き随行支援ユニットである彼を目覚まし時計代わりに使ったこと。

 寝る前に、「それっぽいアラーム音で起こして」という謎めいたリクエストをしたこと。

 そして、その無茶振りにすら恥を忍んで応えてみせた彼に対し、頭頂部への掌打一発で黙らせるという蛮行に及んだ挙げ句、結局イマイチ覚醒していないことだ。

 断固許すまじと思い声を上げたポッド042に対し、彼の主人――2Bは、しかし、その抗議を黙殺することにしたようだった。

 

「…………着替え、なきゃ」

 

 彼女は眠い目を擦りつつ、自分自身に言い聞かせるように呟きながら、むくりと身を起こした。

 

「メガネ、メガネ……」

 

 と、枕元の“電子メガネ”を手繰り寄せると、すっぽりと頭から被って、位置を調整する。

 その黒い“目隠し”のようなアンドロイド用メガネは、電子的に視力矯正を行うほか、ポッドと連携して日々の暮らしをお助けする様々なアプリを表示できるAR機能を持った優れものだ。

 目元と頭の後ろを通るように電子メガネを巻くと、上からカチューシャでもってそれを固定する。

 電子メガネが機能を開始すると、彼女はベッドに腰掛けたまま、壁に吊された()()を見上げた。

 ――ヨルハ学園の黒い制服だ。

 人類の絶滅した地球で暮らすアンドロイド達のために開かれた高等学校のひとつ――ヨルハ学園。

 2Bは今日からそこに通うことになっている転校生なのだった。

 

「うまくやれるかな……」

 

 これから始まる学校生活に対してか、不安げに呟く主人。

 ポッド042も少し心配ではあった。

 彼女は不器用だ。感情を素直に表現するのが苦手で、冷めた人間(アンドロイド)だと思われがちだが、実は多感な方だ。長く付き合って貰えれば彼女の心根の優しさも伝わると思うのだが、どこまで他人に期待できるだろうか。

 なんと声をかけるべきか迷っていると、部屋の入り口の方から声がした。

 

「2B」

 

 と、ドアを開けて入って来たのは、ヨルハA型二号――通称A2(エートゥー)だった。

 2Bとは、口元のほくろの位置まで含めてそっくりな顔立ちをしている。が、双子ではない。

 同じ色の銀髪を腰まで届くほどに、無造作に伸ばしている。

 

「……お姉ちゃん」

 

 と彼女を見やって、2B。

 A2は2Bの姉であり、この家の家主だ。

 元々ヨルハ学園の生徒で、2Bの一年先輩にあたる。

 ヨルハ学園に転入することになった2Bは、彼女がひとり暮らしをしていたこの家に、数日前に引っ越してきたのだった。

 

「なんだ、まだ着替えてなかったのか」

 

 まだパジャマ姿の2Bに対し、既に制服姿のA2が呆れた声を上げる。

 

「もうすぐ朝食できるから、さっさと着替えてきな」

「……うん」

 

 2Bがこくんと頷いて立ち上がるのを見届けると、A2は居間の方へ戻って行く。

 パジャマを脱いで下着姿になると、2Bはヨルハ学園の制服に着替え始めた。

 

 最初に白いタンクトップのインナーを着て、丸襟の白ブラウスを羽織る。

 ブラウスのボタンを留めると、次はジャンパースカート――かと思いきや、先にストッキングを履き始めた。

 片足ずつベッドに載せて、黒いステイアップストッキング(注・長靴下。ガーターストッキングを、ガーターベルト無しで固定できるよう穿き口にストッパーを仕込んだものを指す)をぴっちりと止まるところまで引き上げれば、穿き口部分のシリコンストッパーは()()()()太ももに食い込むことになる。決して彼女が太っているだとか、彼女の太ももが過剰にむちむちしているだとかそういうことではないのだ。

 かくして下着をぎりぎり覆い隠す白ブラウスにストッキングという大変フェティッシュな格好がナチュラルにできあがり――この瞬間の光景にはポッド042も脳内保存(スクリーンショット)を禁じ得ない――仕上げへと突入する。

 最後に白いヨルハ学園のシンボルマークが刺繍された、黒いベルベットのジャンパースカート(JSK)を上から被ると、ウェストベルトをキュッと締め、一年生であることを示す赤のリボンタイをちょうちょに結んで、彼女の着替えはフィナーレを迎えた。

 

「……よし」

 

 姿見で着こなしをチェックして、2Bが声に満足げな色を浮かべながら頷く。

 それから部屋を出ていく彼女に随行して、ポッド042も居間へと向かった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「焼き魚……」

 

 テーブルの上に並べられてある朝食を見て、2Bが声を漏らす。

 焼き魚、味噌汁、お米――旧世界の日本の朝食三種の神器が揃っている。

 その中でも焼き魚に対して、2Bは熱心に視線を注いでいた(目隠ししてるけど)。

 既に朝食を箸でパクついていたA2が顔を上げて。

 

「ん、魚は嫌いだったか?」

「いや…………アジじゃないか見てただけ」

 

 と説明する2Bに、A2がむっとしたように声を上げる。

 

「当たり前だろ。アジは猛毒――それくらい私でも知ってる」

「……そうだよね」

 

 安心したという風に頷いて、2Bも椅子に座って食べ始めた。

 昔貰い物のアジを([K])って酷い食中毒に見舞われたことは、2Bのトラウマになっているらしい。

(人生のエンドロールが見えたとか三時間分のデータが飛んだとかなんとか錯乱したことを言っていた)

 若干おおざっぱというか、抜けたところのあるA2に対する心配としては、まあ妥当なところだと思う。

 

「……そうだ。今日ってお姉ちゃん部活ある?」

 

 ほぼほぼ朝食を食べ終わった頃、2Bが思い出したという風に言った。

 

「……ん、無いけど。どうして?」

「私はまだこの家の鍵を持っていないから、帰る時は一緒の方が良いと思って」

「あー、そうか。そうだな」

「うん」

「…………」

「…………」

 

 そこで会話が終わりかけて、2Bが「いや……」と焦った声を上げる。

 

「待ち合わせの時間とか場所とか決めないと……」

「え? そんなの適当で良いだろう。授業が終わったら私か2Bのクラスってことで」 

 

 そこまできっちり決める意味が分からないという風に、A2が言う。

 

「……それだと行き違いになった時連絡つかなくて困るでしょ」

 

 と、2Bが困惑した声をあげる。

 「だって――」と彼女はポッド042を指し示しながら、続けた。

 

「お姉ちゃん、スマホ持ってないし……」

 

『提案:スマホ呼ばわりの即時中止』

 

「あ、そのハコってスマホだったのか? 釣り具だと思ってたけど」

『提案:ハコ呼ばわりと釣り具呼ばわりの即時中止』

「たしかにそういう機能(アプリ)も入ってるけど……。というかお姉ちゃん“箱”って呼び方はないよ。ゲーム機のことをピコピコとか言っちゃう歳でもないし」

『肯定:当機はハコではない。――疑問:ヨルハ機体A2の言語センス』

「いや、だってハコだろうそいつ。スマホにしてはデカいし」

「……デカくてもスマホはスマホだよ」

『訂正要求:随行支援ユニットはスマホではない』

「そいつを半分ことかできないのか?」

「できるわけないでしょ……もう一台あれば別だけど」

「……役に立たないハコだな」

『報告:心外すぎる』

 

 どこかズレた会話を繰り広げるおおざっぱ二号姉妹に対してポッド042の上げた数々の抗議の声は、しかし、またしても黙殺されたのだった。

 

 ……まあ、この姉妹に付き合っていればこんなことばかりだ。

 ポッド042はその日早々に諦めの境地に達した。

 彼女らが健康で、元気に生きてくれていれば、随行支援ユニットとしてはそれが一番で、後のことは些末なことなのだから。

 

 

(つづく)




こうだったらいいなぁ、という妄想を元に書いてます。
これくらいの分量で、軽く、四コマくらいの軽さで読めるものを書いていきたいなと。
今回は登校するところまで辿り着きませんでしたが、次回はします。

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