割烹着の悪魔な隣人さん。   作:イリヤスフィール親衛隊

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これからも不定期ながら、ぐだぐだと書いていきたいと思いますのでどうかよろしくお願いします。できれば、イリヤスフィール親衛隊の書いている他の作品も読んでいただければ幸いです!



②かんがえなし

 

 

 

剣を執れ、

 

誰かを傷つけるために。

 

誰かを傷つけさせないために、

 

剣を執れ。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

最近、夢見が悪い気がする。相も変わらず、起きたら夢の内容はさっぱりだし。まあ、そこは所謂、夢であるのだから仕方がないというものだが、いまいち寝起きがさっぱりしないというか、ここのところ毎日のように気分が優れない日が続いている。

 

洗面台の前に立ち、一番の冷水で顔を洗う。タオルで水気をとりながら、額を出すように前髪を掻き上げた。表れたのは前髪に隠れてしまう程度の小さな刀傷。初めてこれが表れてから早幾日。変わらず在り続ける覚えのない傷痕。

 

―――なんなんだよ……いったい…………

 

ひどく気味が悪い。時折、自らの存在を主張するように熱を持つそれは、到底普通だとは考えられなかった。

 

傷ではなく、あくまで傷痕であって血は流れず、病院にかかるのもどうかとして、学校の養護教諭に見てもらったのだが、普通の傷痕でしかないと言われてしまった。

 

まったく、どうしたらいいものかわからない。しかも、自分でもわけがわからないことに、気味は悪いが不思議と恐怖はないのだ。

 

深い深呼吸と共に、大きな溜め息を吐き出す。鏡の前であれこれと気に病んでいても時間が勿体ない。今日は週末。食材の買い足しと気晴らしを兼ねて、少し遠出でもしようか。

 

手近に置いておいた眼鏡を手にとって、かける。一瞬、目が眩んで視界がふらつく。

 

―――………………

 

度数が合っていない。目が悪くなったわけではない。寧ろ、その逆である。あきらかに視力が上がっているのだ。あの事故が原因で落ちてしまい、医者からも回復の見込みはないとまで言われた、視力が。

 

裸眼で見る世界が、いつもより鮮明だ。

 

―――なんなんだよ……だからさ…………

 

眼鏡を置いた。これは喜ぶべきか否なのか。相次ぐ理外の出来事に、ただただ頭を抱えるしかなかった。

 

 

 

…………

 

 

 

周囲を山と海に囲まれた自然豊かな地方都市。そんな我らが「冬木の街」の地名の由来は、冬が長いことから来ているとされるが。実際のところ、気候はどちらかといえば温暖で、厳しい寒さに襲われるというようなことはほとんどない。

 

中央の未遠川を境界線として。住んでいるアパートのある西側が古き良き町並みを残す「深山町」。そして、東側が近代的に発展した「新都」という風に様相が別れている。

 

今、訪れているのは「新都」の方。大都会とまではいかないものの、ここへ来ればとりあえずおおよそのものは手に入るため、利便性は高い。

 

普段は「深山町」で済ませてしまうのだが、今日に限ってわざわざ「新都」に赴いたのは、買い物よりも気晴らしの意味の方が強い。

 

ここ一週間としないうちに、身の回りで妙なことばかり続いていて、軽く気が滅入ってしまっているのだ。

 

休日だからなのだろう。行き交う人々は自然と子供連れの家族が割合多い。深く考えず、自ら雑踏にのまれるように街を徘徊する。

 

食材の買い足し以外に目的はないが、早々と済ませてしまっては手荷物が増えてしまう上にやることがなくなってしまい、あとは帰る他ない。

 

これからなにをしたものか。腕時計に目を落とす。現在時刻は正午前。とりあえず、お昼でも食べながら考えようか。歩きながら、適当に空いてそうなお店を物色していると。

 

「あっ!シロウさんだぁ~!!!」

 

不意に名前を呼ばれた。声のした方へと目を向ければ、とてとてとこちらに走り寄ってくる一人の少女が見える。

 

白みを帯びた銀髪と紅い宝石色のくりくりとした瞳がとても印象的な、まるでお人形さんのような少女。

 

こちらの腰に手をまわして抱き着くようにして飛び込んできた少女を、多少バランスを崩しそうになりながらもしっかりと受け止める。

 

―――おっと……イリヤちゃん?

 

少女の小さな頭に手を置いて、優しく、髪を梳くように撫でてやれば、にへへぇと気持ちよさそうに表情を弛ませて、もっと撫でてとばかりに頭をぐりぐりと手に押しつけて来る。それがとても微笑ましくて、自然とこちらも口元が弛む。

 

彼女はイリヤちゃんという、まあ、なんといえばいいのやら、わりとご近所に住んでいる妹のような存在なのである。

 

荒んでいた気持ちが少なからず癒された気分だ。とはいえ、それは別として少々見過ごせないことが。

 

イリヤちゃんの肩を優しく押すようにして引き離し、少し腰を落として視線の高さを合わせる。

 

いきなり飛びついて来るのは危ないことである。今回は受け止められたから良かったものの、バランスを崩してアスファルトの上に倒れ込んでしまえば、どちらか、あるいはどちらとも怪我をしてしまう可能性だってあるのだ。

 

「ぁぅぅ……ごめんなさい」

 

優しく諭してやれば、あからさまに肩を落とした様子で落ち込んでしまう。その頬は朱に染まっており、テンション任せにことを起こしてしまったことを恥じているようだ。

 

まあ、会えただけでテンションが上がってしまうほどなついてくれているというのは、悪い気はしない。

 

きちんと反省をするイリヤちゃんの頭に手を乗せて、さきほどより少しだけ強めに撫で回す。

 

あうわぁ~!髪がぁ~!と頭に置かれた手から逃れようと必死にもがくイリヤちゃんを見て、なんだか犬猫の相手をしているような気分になる。

 

「ぅぅぅ……せっかく整えたのにぃ…………」

 

手を離してやれば、恨みがましい視線をこちらに向けながら、くしゃくしゃとなった髪を整える。

 

あはは、ごめんごめん。と軽く謝罪を述べながら、イリヤちゃんが髪を整え終えるのを待って、改めて視線を合わせる。

 

―――こんにちは。イリヤちゃん

 

「むぅ………………こんにちは」

 

こちらを警戒してか、頭を手で押さえて隠すようにして、どこかやや涙目で様子を伺いながら挨拶を返す小さな少女に、思わず笑みがこぼれた。

 

 

 

…………

 

 

 

「あら、シロウくんじゃないですか」

 

イリヤちゃんと談笑していると、すぐ傍の雑貨屋さんから出てきた女性がこちらへと声をかけてきた。見れば、イリヤちゃんにそっくり似通った容姿をした綺麗な女性が。

 

―――セラさん。こんにちは

 

はい。こんにちわ。と柔和な笑顔で挨拶を交わした彼女はセラさんといって、イリヤちゃんのお家のお手伝いさんである。

 

「珍しいですね。こんなところでお会いするなんて」

 

そうですね。普段はあまり「新都」の方へは来ないので。そう返せば、セラさんはそういえばといった風に自らの頬に手を当てる。

 

「いつもお会いするのは「深山町」の商店街でしたね……」

 

こちらになにか特別な用事が?そう問いかけるセラさんの考えの中には、普通に遊びにきているという選択肢はそもそもないようだ。いや、まあ、まちがってはいない。むしろ、なんというか、こちらのことをよく理解している。

 

こちらは親の遺産があるとはいえ、学費以外には崩しておらず、基本的な生計はアルバイトで立てている苦学生の身だ。そのため、無駄遣いは憚られ、遊びに出るようなことはほとんど皆無といっていい。それはもう、それで本当に花の高校生なのかという視線を周囲から向けられるくらいには。

 

そこのところをよく把握しているからこその質問だったのだろう。しかし、残念ながら特別な用向きがあって「新都」へ来ているわけではない。気晴らしという名目であるからには、これは遊びの類いに入るのだろうか。

 

うんうん唸っていると、セラさんは不思議そうに目を丸くしたあと、答えづらいのでしたら答えなくていいんですよ?とにこりと優しく微笑んだ。

 

なんだか直視していられず、頬を掻きながら視線をセラさんから逸らした。そして、逸らした先には不機嫌気味に小さく頬を膨らませたイリヤちゃんが。

 

「むぅ……むぅ…………」

 

そんなイリヤちゃんを見て、あらあらとまた楽しそうにセラさんが笑う。慈愛に満ちた瞳をイリヤちゃんへと向けて、その頭を優しく優しく撫でたセラさんは次に、そうだ、となにかを思いついたような素振りでこちらへ視線を移した。

 

「シロウくんはお昼はもう済ませましたか?」

 

よろしければご一緒しません?セラさんの言葉を受けて、期待の詰まったキラキラとした瞳をこちらへと向けてくるイリヤちゃんを一度視界に入れてしまっては、その誘いを蹴るという選択肢は最早ないも同然であった。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

随分と遅くなったものだ。セラさんやイリヤちゃんと昼食を共にしたあと、二人のウィンドウショッピングにしばらくつき合うこととなり、そのうえ、結局のところ買い物は「新都」だけにとどまらず、「深山町」の馴染みのある商店街にも顔を出してしまった。

 

だいぶ日が傾いてしまってはいるが、まだ薄暗いといった程度で、街灯のおかげもあって足下はしっかりしている。

 

今日はとても良いリフレッシュになったと思う。なにかをここまで楽しいと感じたのは実に久しぶりである。しかし、明日は流石に家でゆっくりと過ごそう。今日は色々と良い意味で気疲れしてしまった。

 

両手に持った買い物袋を片手で持ち直し、空いた方の手で、前髪に隠れた傷痕にそっと触れる。

 

悩みの種は未だ健在ではあるが、明日からも頑張っていこう。そんな小さな決意をして前を見据えれば、なにかがあった。

 

気になって、警戒しながらも近づいて見れば、薄暗さで判別のつかなかったなにかの正体がわかりはじめる。

 

少しずつ歩く速度が早まっていき、ついには小走りになる。買い物袋を放り出すようにアスファルトの地面に置いて、そのなにかへと走り寄る。

 

それは人だった。もっと言えば、少女であった。少女が、倒れていた。

 

慌てて安否をたしかめれば、脈もあれば息もしっかりしている。どうやら寝ているだけのようだ。

 

―――ハァ……よかった…………

 

思わず安堵の息をこぼす。まったく、心臓に悪いにもほどがある。気持ちよさそうに寝息を立てる、綺麗な黒髪をしたその少女を起こそうと肩を軽く揺すってみるが起きる気配がない。

 

警察に届けるべきだろうと、ポケットから携帯を取り出してみればタイミング悪く充電切れ。嘘だろと肩を落とす。買い物袋のこともあるし、現状で交番まで少女一人を背負っていくのは流石に無理がある。

 

ここからならアパートの方が近いし、一度買い物袋と少女を抱えてアパートまで行って、それから……

 

《明日で……いいんじゃないですかぁ?》

 

……。…………。………………。……そうだな。少女はこんなにも気持ちよさそうに寝ていて起きる気配はないのだし、明日にでも、少女が目覚めてから、家まで送っていくか、警察に届けることにしよう。

 

少女を背負い、放り出していた買い物袋を持つ。この時、自らが出した結論に疑問をもったのは、その翌日のことである。倒れていた少女を家に連れ込むとか、控えめに言っても犯罪でしかないだろうと頭を抱えることになるのだが。どうしてか、本当にどうしてか……

 

「お……にい……ちゃん…………」

 

《…………アハァッ♪》

 

この時の自分はまるで考えなしであった。それこそ、どうかしていたとしか思えないほどに。

 

 

 






シロウくんの思考が他人に頼ることをそもそも度外視しているのは仕様です。ちゃんとしたキャラクター設定があってそうしています。


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