割烹着の悪魔な隣人さん。   作:イリヤスフィール親衛隊

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どうも、イリヤスフィール親衛隊です。まあ、一言で言えば「ヤっちゃったZE☆」って感じです。あと数話で完結予定の作品をほったらかして、新作に手を出してしまいましたよ……。いやぁ、春だなぁ(意味不明。

新作とは言いますが、あらすじに記載した通り、こちらの作品は『偽りの剣製』という、かれこれいまから数ヶ月前に試作的に投稿したものの設定を練り直したものとなります。とはいえ、ほとんど原型が残っておりませんのであしからず。細かい設定的にはどちらかと言えば前作よりも『イリヤさんの魔法少女戦記』の方が近いかもしれません。



①りんじんさん

 

 

 

――― 何だ、これ?

 

アルバイト帰り。不気味なほど、まったく人気のない住宅街。心許ない外灯だけが照らす夜道で、落とし物を拾った。

 

輪っかに囲まれた星に鳥のような羽飾りが付いたファンシーなステッキ。おそらくはアニメか何かのグッズなのだろう。

 

外灯の光に照らして、持ち主の名前など無いか確かめるも、それらしいものは見つからない。

 

――― …………交番に届けるか

 

近場の交番となっても、来た道をほとんど引き返すことにはなるのだが、まあ、そんなことはいい。こうして見つけてしまった以上、いまさら見て見ぬ振りをするというのはすこぶる後味が悪い。

 

善は急げだ、と振り返り一歩踏み出した瞬間、手にしていたステッキから光と熱が放たれた。

 

――― 熱ッ……ッ!?

 

思わずステッキを振り払うように手を振った。手放されたステッキは重力に逆らうように月明かりの夜空をふよふよと漂う。

 

《DOWNLOAD……》

 

なんだこれは、ありえない、疲れているのか、真っ先に自分の精神状態を疑いにかかる。それだけ、目前の光景は目を疑うものだった。

 

目の前で起きている非現実的な状況に茫然と立ち尽くしていると、ステッキから発せられた音声と共に、先程とは比べ物にならないほどの熱が流れ込んで来る。いや、これは熱のようなナニかだ。莫大な熱量を持ったナニか。そのナニかに、まるで自らを上書きされているかのような感覚。異物に侵蝕される恐怖と嫌悪感。

 

――― ……ッア……くっ……ッ!?

 

立っていられず、冷たく硬いアスファルトに膝を着く。熱い、まるで身体の内側から意識ごと炎で焼かれているようだ。

 

視界が真っ赤に染まり、なにもまともに判断がつかない。薄れ、今にも途絶えてしまいそうな意識を必死に保つ中、何者かが語りかけて来る。

 

《アハッ♪さぁ、よからぬことを始めましょう!どうか、存分にわたしを楽しませてください!期待していますよぉ、シロウさぁん?》

 

明るく陽気、それでいて人を小馬鹿にしたようなその声の主に対して、ひどく憤りを覚える。熱やら痛みやらでぐちゃぐちゃのない交ぜになった思考を押して、内心でふざけるなと吐き捨てた。それが限界だった。

 

未だ引く様子も見せぬ熱の波に意識が呑み込まれる。深く昏い底へと沈んで行く。

 

まったくもってなにもわからず、これっぽっちのわけもわからなかった。

 

 

∇∇∇

 

 

 

そこは剣群突き立つ荒野。空には歯車が軋んだ音を立てている。

 

聳え立つ丘には独りの男。赤い外套を鉄臭い風に靡かせながら立っていた。

 

褐色の肌と色素の抜けた白髪。無機質な鋼を思わせる瞳には、剣のような冷たさが宿る。

 

――― 誰だ……?

 

問いかけに男は応えない。すると男が口を開き、何事かを呟いた。

 

“ I am the ■■■■ of my ■■■■■. ”

 

どうしてかノイズがかかり、上手く聞き取れないでいる。

 

“ I a■ t■e ■■■■ ■f my ■■■■■. ”

 

聞き取ろうと思えば思うほど、ノイズが増していく。

 

“ I ■■ t■■ ■■■■ ■■ ■y ■■■■■. ”

 

――― 聞こえない。

 

“ ■ ■■ ■■■ ■■■■ ■■ ■■ ■■■■■. ”

 

――― 聞こえない。なにも聞こえないんだ。

 

不意に、目が合った。男はまるでこちらを嘲るように、それでいて憐れむように微笑んだ。

 

瞬間、男の姿がぶれるように消えた。そして、男の変わりにそこに立っていたのは独りの青年だった。

 

視線が合ったままの青年の瞳には揺るがぬ炎が静かに燃えている。

 

青年のその顔に、どこかで見覚えがあった。だが、どうにも記憶が曖昧で、いくら思い出そうと頭を捻れど、霞の中をさまようような混迷と、雲を掴むような手応えの無さに襲われる。

 

青年はこちらへ、ゆっくりとした足どりで近づいて来る。その手には一振りの刀剣が握られていた。

 

よくあるオーソドックスなタイプの日本刀だ。しかし、それは素人目に見ても一目で業物であろうことがうかがえた。それだけ異様な存在感を放っているのだ。

 

刀の、まるで濡れているかのように妖しく光を反射するその刃に、いつの間にか息も忘れて見惚れていた。

 

青年が目の前に立ったことで、はっと我に帰る。次には、青年が刀を振りかぶった。

 

振り下ろされる刃。どうしてか、不思議と恐怖はなかった。青年の瞳が、刃の閃きが、ただ言葉無く語る。受け容れろ、と。

 

 

 

《……LOADING》

 

 

 

∇∇∇

 

 

 

目が覚めた。

 

夢を見た気がする。

 

だが、肝心の内容は覚えていない。

 

ろくでもないような夢だった気もするし、そうでなかったような気もする。

 

夢を見た。

 

ただ、それだけのことだ。

 

そう、とりとめて気にするわけでもなく、今日もいつもの日常を始める。

 

 

 

…………

 

 

 

起きて気づいてみれば、制服のまま畳に寝転がっていた。

 

昨夜の記憶がかなり曖昧だが、おそらくはバイトから帰ってきて倒れ込み、そのまま寝てしまっていたのだろう。

 

自覚はなかったが、まさかそこまで疲れていたのだろうか。だとしたら店長にでも相談して来月あたりからシフトに余裕をきかせてもらうべきか……。

 

制服に変な皺がついていないかを確認し、顔でも洗おうと洗面台の前に立つ。どうやら眼鏡も掛けっぱなしだったようだ。フレームなど曲がっていないか心配するも杞憂に終わる。

 

軽くシャワーを浴びてから、気を改めて鏡に向かえば、そこには毎朝のように見慣れた自らの顔。しかし、どうしてか違和感を覚えてしまった。何気なく、額にかかった前髪を上げる。

 

―――傷……?

 

傷。前髪で隠れる程度とはいえ決して小さなものでもなく。まるで刃物かなにかでつけられたようなその傷は、明らかに昨日今日出来たような真新しさではない、時間の経過というものが見て取れる傷痕だった。

 

まったくもって身に覚えのないそれに困惑と戸惑いを隠せず放心していると、大きな目覚ましの音にはっと我に帰る。どうやらいつもの起床時刻になったようだ。

 

一度、部屋へと戻って目覚ましを切る。それから二度目の洗面所へ。

 

本日は平日である。そして、学生の身であるからには、通常通り授業を受けるために学校へと行かなければならない。故に、額の傷のことが気になりながらも、身支度を整える。

 

朝食を摂ろうと冷蔵庫を覗けば、鮭の切り身が目に入る。今朝は焼き魚でいいかと、米を研いで炊飯器へとセットし、味噌汁を作り始める。

 

そろそろ備蓄が心許ない。週末にでも買い物に行かなければなと思いながら、不意に額の傷に触れた。

 

………………。…………気のせいだろうか。今、一瞬、傷が熱くなったような……。

 

 

 

…………

 

 

 

いつもの時間帯。いつものように家を出る。扉に鍵をかけてから、歩き出そうとすれば、背後から声をかけられた。

 

「おはようございます♪」

 

振り替えれば、そこには明朗な笑顔を称えた女性が立っていた。名前を琥珀さんという、着物にエプロンという組み合わせと、頭の大きな藍色リボンが特徴的な彼女は最近になってこのアパートに引っ越してきた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)お隣さんである。

 

おはようございます。そう挨拶を返しながら琥珀さんの方へと向き直る。

 

「今日もお早いんですね」

 

そうだろうか。一般的な高校生の朝なんてこんなものであると思うのだが。かなり言葉のニュアンスを柔らかくして、そんな内容の返答を返す。

 

それから世間話を少々。共に独り暮らしであるためか、生活の知恵や情報の交換ができて個人的には有意義な時間である。

 

生活スタイルが被っているのか、ほとんど毎日のように、こうしてばったり出くわしては通路で話し込んでしまう。それなりに良好な隣人付き合いである。まあ、かれこれ数年来になる(・・・・・・・・・・)のだから、それくらいは……。

 

…………あれ?いま、なにか、矛盾していたような………………?

 

「シロウさん?」

 

なにか……ちがう…………?最近引っ越してきた(・・・・・・・・・)……数年来の(・・・・)…………あれ………………そもそも、隣に人なんて住んで…………

 

「……シロウさん?」

 

名前を呼ばれて思考の海から抜け出せば、唇同士が触れ合いそうなほどの距離に琥珀さんの顔が。慌ててその場から飛び退いた。

 

顔が熱い。び、びっくりした……。最近は徐々に慣れつつあるが、この人はなんというか、一々距離が近いのだ。

 

…………あー、あまりにも衝撃的すぎてなにを考えていたのか忘れてしまった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)ではないか。どうしてくれるとばかりにジト目で琥珀さんを睨みつける。

 

「どうかしましたか、シロウさん?わたしの顔になにかついてます?それとも……」

 

わたしを襲いたくなっちゃいましたか?キャー♪なんて言っておちゃらけた態度をとる琥珀さんに思わず肩を落とし、呆れの溜め息をひとつ。

 

隣人関係は良好。決して、悪い人でもない。だが、なのだが、どうにも、どうにも苦手だ。この人のことが苦手なのだ。

 

考えごとについてはもう諦めよう。まあ、忘れるくらいなのだからどうせ大したことではなかったのだろう。

 

―――それじゃあ、俺は学校に行くので……

 

そう言って琥珀さんに背を向けて歩き出す。朝からどっと疲れた気がしてならない。

 

階段を降りきったところで、ちらりと背後を見れば、琥珀さんがにこにこ笑顔で手を振っている。

 

誰かに見送られるというのも、存外悪い気はしないものなのだということを知った。まさか、天涯孤独の身の上で、それを知る機会に恵まれようとは。少しだけ、頬が弛む。心が温かくなる。

 

額の傷が、また熱を帯びた気がした。

 

 

 

…………

 

 

 

少年を笑顔で見送った女性は、少年の姿が見えなくなると、次には、ひどく蠱惑的な笑みを浮かべる。

 

「…………アハッ♪」

 

運命が、捻れ狂う音が聞こえた。

 

 

 

 





ちょっとだけヤンデレ風味ですが、風味なだけであってヤンデレそのものではありません。甘く思えてもそこに糖分はゼロです。

それと、余談なのですが、琥珀さんの格好はあくまで着物にエプロンであって、あれは決して割烹着ではないのだそう。でも、タイトルを変更するつもりはありません。

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