機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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お久しぶりです。いきなり注意事項です。
この話は元々1話の予定でしたが、長くなってしまったので1話で独立投稿にしました。

次に投稿予定の、不器用な逆行者 4 とA面、B面みたいな感じです。

次もすぐに投稿するので合わせて読んだ方がいいかもしれません。

まあ、ぶっちゃけてこっちは読まなくてもいいかも知れません。胸糞話になっております。
キラも出てこないです。






ブルーコスモス 1

「キラ君……あ、いえ……ヤマト准尉、との面会、ですか」

 

 アークエンジェル艦長代行マリュー・ラミアス。

 彼女は艦長室にて、大きな……とても大きなため息が出そうになるのを、辛うじて堪えたところだった。

 

 挨拶やこれまでの苦労への労いもそこそこに、切り出された話。

「今すぐにお願いしたい事がある」と言われた時、予感はしたのだ。あの子に関する事だと。

 

 戸惑いの色を隠せない彼女と机を挟み、相対する席に笑顔で座る男。彼の名はジョージ・アルスター。

 大西洋連邦の外務事務次官である。

 

 未だ落ち着いたとは言えない状態の最中。

 コープマン中佐との話が、ある程度纏まった……というタイミングで出てきた要請。

 

 キラ・ヤマトとの速やかなる面談を、その為の《許可》を出して欲しい。

 それが、アルスター次官からの要請だった。

 

 これ程の高官が、娘の為とは言えこんな宙域に来るのは……そう思っていたが、やはり、それだけではなかったようだ。

 だとすると拒否は難しい。

 

 それを理解したマリューの声色には、それでも尚、非常に及び腰な物があった。

 正直、遠慮を願いたい……そう言ってしまいたいのだ。

 

 必要性は彼女にも分かっている。

 

 しかし、どんな話になるのかは不透明……キラ個人にとって、嫌な流れになる可能性が高いと、マリューには思えてしまう。

 だから、個人的にさせたくないのだ。

 

 艦責任者としての立場でも許容ができる話ではない。

 

 乱暴な話、今のキラに法や人権上の事柄、外交上の問題とやらで面談させる余裕が作れるのであれば……そんな時間を作れるのであれば、搭載しているモビルスーツの修理、整備にでも入らせたいのがアークエンジェルである。

 

 特にへリオポリス避難民だ。

 凄まじいストレスに晒され続け、ようやく、やっとと気が緩んだ所への今回の混乱。

 上位者であるコープマンが改めての説明に向かって、何とか宥める為に努力してくれている。

 

 他にも細々とした事を挙げれば、それこそ幾らでも問題が噴出している状況なのだ。

 

 そんな状況で。

 何とか休息をとらせつつ、辛うじてナタルとの対話の時間を、やっとの思いで捻り出した所で、これだ。

 当のキラ・ヤマトとの、対話の機会をよろしく、と。

 

 アルスター次官は笑顔のまま返事を待っていた。

 彼は提案をしている訳ではない。

 艦長であるマリューから、早く許可を出してくれと、柔らかく圧力をかけているだけだ。

 

 表向きこちらの意思と指揮権を尊重してくれている形だが……その実、政府の意向だからと匂わせている。

 要は、さっさとしろ、という事。

 これではマリューに言える事など何もない。

 

 彼の権限の強力さはかなりの物だ。

 ここへ来た事もそうだが、外務担当として、へリオポリス避難民を《勝手に宥めてくれてしまった》件でも推測できてしまう。

 何の事かと言えば、マリューとコープマンが話をしている間、アルスター次官は自らの職責により、避難民らに対して帰国《日程》への確約をした事にあった。

 

 つい先程、愛する娘との再会を一刻も早く叶えるべく、アルスターは上機嫌でアークエンジェルに乗り込んできた。

 そこで明らかに不満を溜めた集団……避難民を目にしたのである。

 

 父と会えて大はしゃぎの娘と互いの無事を喜び、そしてその娘から聞くところ、自分も含め帰国日時がはっきりとしない事への不満を持っているのだと、訴えられたのだ。

 皆我慢の限界だと。

 そこでアルスター次官は、自らの職責を果たしたのだ。

 帰国の具体的な日時の説明を渇望していた彼らに、外務次官として《5日以内での帰国》を約束したのである。

 

 彼ら避難民は、マリューを始めとするアークエンジェル指揮官達の、はっきりとしない説明に嫌気が差していたのであり、何度も日時の具体的な数字を求めていた。

 

 そこへ大西洋連邦からやって来たアルスター次官が、ようやく具体的な日時を明示してくれた事で、何とか多少の治まりを見せたのだ。

 振り回され続けた不満はまだまだ燻りつつも、何とか治まりを見せたのである。

 そういった出来事があったのが先程の事。

 

 しかし、言うまでもないが、これは暴挙である。

 

 確かに避難民は、はっきりとした物を欲していた。

 アルスター次官が具体的な数字を保証した事で、ある程度の我慢を、もう一度するつもりになってくれたのも事実である。

 

 ただ、彼が説明した4日と言うのは、現時点、現座標から、ほぼ理想値で進めた場合の地球軌道への到達可能日時に他ならない。

 

 地球軌道付近に存在する第8艦隊……艦隊から救援に来た先遣隊が、アークエンジェルとの合流までにかかった時間が、約4日なのだ。

 

 だから、《だから4日程度で戻れるだろう》《戻り次第、帰国の為のシャトル降下に取りかかれば可能だろう》という、凄まじい素人計算の説明である。

 相当に甘いと評せるスケジュールの物だった。

 

 そもそもの話、コープマン、マリューの両者が何も聞いていない所での独断による保証なのだ。

 善意ではあろうが、アルスター次官のみの判断によった物である。

 

 何があるか分からないから、これまで具体的な日時を言いたくとも言えなかったのがアークエンジェルの指揮官達だ。

 それを明言されてしまった事で、ある種のタイムリミットが出来上がってしまったのである。

 これを違えられた時の避難民の心情はどうなるか。

 

 経緯を知ったコープマンが慌てて避難民の所へ再度の説明には行ったが、もはや4日という数字の撤回が出来ない空気が出来てしまっているだろう事は、マリューにも分かる。

 現状はより難しくなってしまったと言えた。

 

 そんな無茶苦茶な話だったが、それでも形の上では、アークエンジェルは借りを作った事になってしまっている。

 事実、とにかくにも、避難民はある程度の落ち着きを取り戻してくれたのだ。

 

 彼の振るまいに言いたい事が無いではない。

 しかし立場や権限の強力さを思うと、マリューはどうしようもなくなってしまう。組織の厄介な所だった。

 

 はっきりと困った顔で黙ってしまった彼女に、アルスター次官は、あくまでも穏やかに言葉を重ねてきた。

 

「意識は戻ったのでしょう? 会話は可能な状態であると。

 であるならば。これまでの助力について、重ね重ね、お礼とお詫びを伝えねばならないものです。

 今後の処遇についても、もちろん話さねばなりません……何せ未成年でしょう?」

 

 緊急避難で黙認をするにも限度がある。

《救援部隊》との合流が出来た以上、これ以上の放置や軍事機密への接触は止めさせるのが筋だ。

 だから本人の為にも速やかな対話、そして対処を。

 

「それは、そうですが……」

 

 マリューはどうしても素直に頷く事ができない。

 

 キラは、あの子は悪い意味で目を付けられてしまっているのではないか。漠然とではあるが、そう感じてしまうのである。

 

 アルテミス宙域での諸々が、騒ぎが思い起こされる。

 あれだけ無茶苦茶な指示を寄越し続けた《上》が、何故今、キラ一人をそこまで気にかけるのか。

 

 もちろんキラの事は大問題だ。

 しかし、放置のような態度に、こちらを縛るだけの指示、あげくに、大西洋とユーラシアの派閥争いに起因するのであろう、味方拠点からの入港拒否。

 

 味方の醜態……否、味方に見捨てられたという一連の出来事を、アークエンジェルは忘れていない。

 表に出る話題ではないだけで、クルーは一人もあれらを《笑い話》では済ませていないのだ。

 墓荒らしをしてまで何とかやって来たのである。

 

 それを今更になってまともに対応してくれるのか? と、マリューは胸に不快なモノを禁じ得ないのだ。

 

 実際、大西洋連邦は今、コーディネーター排斥派や、ブルーコスモスの過激派が幅を利かせる組織、体制になってしまっている。

 キラの言動がどう判断され、そして処分される事になるか。

 

 だからこそ、まずは信頼できる上官に。ハルバートン提督に先にと、そう考えていたのだ。

 それを先んじた者が居たのは。ここへ来てしまったのは何の巡り合わせなのか。

 

 いや、分かっている。

 マリューとて大西洋の人間だ。アルスター次官の言いたい事は分かっている。

 渋ろうが納得いくまいが、政府の意向とあれば従うのが義務だ。

 そう、分かっては……いるのだが。

 

「……アルスター次官。その……申し訳ありませんが、少し、お待ち頂けないでしょうか。やはり、今すぐというのは……」

 

 マリューは遠慮がちに口を開く。

 今はこちらの戦術指揮官に対して、現状でどうしても必要な事項のみを確認する為に、やっと面会の許可を出しただけ。

 そしてそれが限界だと。そう言ったのだ。

 

「負傷した子です。次々に人を遣って騒ぎ立てるのは、あまり、望ましくは……」

 

 だから、数日待ってもらえないだろうか。

 確約もできないが、それでも数日待って貰いたい、と。

 

 マリューはそう言った。キラの側に立った発言だった。庇ったと言ってもいい。

 ただ、彼女の言い様は、率直に言って賢いとは言い難い。

 正当性は何より、これではどうにもならないだろうと、彼女自身も自覚するくらいだ。

 それでもそんな言い方しか出来ないのは、キラへの心情からに他ならない。

 

 工作員だとすれば危険だから……そんな言い方も一瞬考えたが、即座に破棄していた。

 キラを悪し様に言うことは、もうとても出来なかったのだ。

 

 保安部からキラが負傷した経緯と、そして結果を聞いた時、彼女は自分のあまりの情けなさに、ひどくショックを受けた。

 アークエンジェルは、失策により起こりかけた艦内での暴動を、キラの片目を代価に止めたようなものだからだ。

 こんな事は大人が子供にしていい仕打ちではない。

 

 大きな借りがあるのだ。

 何とかしてやりたいと、考えているのである。

 

 アークエンジェルの指揮官達は、口裏を合わせるつもりだった。当然、キラを擁護する為にだ。

 これ以上不利になりそうな事は、あまりやるべきではない。

 

 だから、マリューはどうにかならないかと粘っているのだ。

 少なくとも、ナタルとキラがある程度の話を済ませるまで、アルスター次官は同席させない方がよいと。

 

 キラが話す内容は利害関係が全く予想できない。

 どこが彼の敵になるのか分からない。

 

 欲を言えば、ハルバートン提督との合流まで待ってもらいたいところだった。

 そうすれば、最悪でもキラをオーブへの帰国シャトルに乗せられる。強引にでも本国へ帰してしまえば何とかなるだろう。

 命だけは何とか助けられるだろうと。そう考えていた。

 だから、待ってもらいたいのだ。

 

 

 本来辿るはずだった歴史においても、マリュー・ラミアスという女性は連合への不信感を重ねる事になり、そして激発させるに至った人間である。

 しかしそれが発露を始めるのはもう少し後の事だ。

 この時点で無意識にでも、連合、大西洋連邦への疑念を強めているのは、キラの言動やそれに付随した出来事によるものだと言える。

 元よりその傾向はあったが、彼女は、既に多少なりとも自分の良心を元に判断を始めていた。

 

 そしてそれは彼女の方針にとって……キラに助力したいと言う観点においては、正しい判断だった。

 彼女自身は全く知る由も無いことだが、この時点でマリューは、甘さからキラを救っていたと言っていい。

 

 幸運だったのだ。

 

 アルスター次官はさすがに不快感を見せるだろうと思われたが、彼は笑顔のまま、無言で首をわずかに横へ傾げただけだった。

 

 

 アルスターは不快とは感じていなかった。

 意外に思ったのだ。まさか待ってくれと言われると思わなかったのである。

 面倒な類の要請に対して粘ってくるとは。

 事前に揃えた資料では、そういったタイプの士官とは評されていない。

 まごつきつつも、分かりましたとの返事が返ってくる事を想定していたのだ。

 

 技術畑の不慣れな艦長代理にしては意地を見せている、と、無意識にマリューの評価を改めた。

 人格性を一段高く、そして注意度を一つ二つ高くする。

 

 ふむ、と一瞬考える。どうしたものか。

 政府の意向を受けてきたと言っても、さすがに外務次官が軍人である大尉に頭ごなしの命令は、ちょっと外聞が悪い。いい前例になる記録とは言えないだろう。

 妙な記録に自分の名前が載り続けることは避けたい。

 将来、どんな問題が返ってくるか分かったものではないからだ。

 

 では、と。

 分かりやすく、《懐にある命令書》を出そうかと考えて……そして止める。

 

 軍部にも友人、知り合いは多いし、逆に敵対している派閥の者も少なくはない。《これ》を出してしまうと刺激する相手は決して少数では済まない。

 特に、士官に対して、畑違い……よそ者からの命令伝達は、やはり気を使うべきところだろう。

 

 だから、まだいいか、と。アルスターはそう考えた。

 後々の面倒を嫌ったのだ。

 

 彼が懐に持つ命令書とは、大頭領を始め、外務、国防、司法長官らからの認可を付けられた物だ。

 保身と私欲にまみれた連中からの、利権を考慮して出されたモノ。

 実のところ大西洋強硬派の……ブルーコスモスの意向が恐ろしく反映され発行された物だが、それでも正式な物だ。

 それを持って来ていた。だからここに居るのだ。

 

 中身は、キラ・ヤマトを大西洋連邦へ召喚する。という旨が記載された書面だ。

 ただし、その書面を詳しく読めば凶悪の一文字に尽きる。

 場合によっては《人権の無視が認められている》代物であり。しかもそれは、実行者の判断により適時、という緩さである。

 気まぐれで人間扱いをしなくても許される、という恐ろしいモノだった。

 

 アルスターは、その気になれば問答無用でキラを制圧できる権限を預かってきていると言う事だった。

 理由は簡単だ。

 対象であるキラが、現状で、機密情報を多数知っている、凄腕の、戦闘工作員と、見なされているからである。

 非合法活動員だから、法の及ぶところではない。そういう事だ。 

 

 しかし、結果として、アルスターは出さなかった。

 

 幸運だった。

 繰り返すが、マリューの控えめな態度が、この時点でアルスターの神経を逆撫でしなかった事は、幸運だったのだ。

 

「……分かりました、お待ちしましょう」

 

「よろしい、のですか……?」

 

 意外な程あっさりと、アルスターは、マリューの意見におよその納得と理解を示した。待ちましょうと。

 お願いをしたマリューの方が面食らっている位、簡単に引き下がった。

 

 そう、待つつもりだ。待ってもいい。

 彼も先程の戦闘中に、脱出挺の中で死ぬかもしれないという恐怖を味わった人間だ。

 邪魔をしてはならない領分という物はあるだろう。それくらいは分かる。

 

 第8艦隊司令であるハルバートン准将からも、釘は刺されていた。

 同艦隊士官……乗艦してきたモントゴメリの艦長コープマン中佐からも、伝えられていた。

 

 職務があるのは理解しておりますが、我々の状況は安全とは言えません、どうか安全圏まではご理解ある行動にご協力を、と。念押しをされていたのだ。

 

 さすがに待ってもいいかと。

 そういう心情だ。彼ら彼女らは協力的な方だ、強硬手段はまだ出す必要はない。そう考えたのだ。

 

 待つ、と伝えられたマリューは静かに、しかし分かりやすく安堵の息をついた。

 アルスターは彼女を、表情を繕うのが上手くはない方だと少しばかりの苦笑をする。

 これなら話は聞きやすいだろう。可能な限り聞いておこうと、対応を変える事にした。

 

 艦責任者であるマリューから見た、キラの言動を聞き取っておこうとしたのだ。

 どういう相手なのかを。

 

 召喚命令と言えど、穏便に、そして自発的に協力してもらえるのであればそれに越した事はない。

 

 要は大西洋連邦の役に立ってくれればいいのだ。結果や態度次第では見返りも用意できる。

 何なら特進や叙勲の申請をしてから、名誉除隊にして帰国させてもいい……今後一生涯、恩給でも出せば彼は不満を表に出さずに、静かに機密を持ったまま墓に入ってくれるだろうと。

 そうとすら考えていた……この時点までは。

 

 この時、アルスターは本心からキラに感謝をしていた。

 コーディネーターに嫌悪やら何やらはあれども、キラ個人を見た場合、一応は娘と自分の恩人だ。

 少なくとも好意的に見る部分はあったのだ。

 

 数々の問題も、何とか可能な範囲においては、穏便に解決できるようにと考えていたのは、間違いようのない確かな事実だったのである。

 

 ただ、何事にも想定外……いや、想像の遥か上を行く事態という物は存在してしまう。

 

 マリューから話を聞くにつれ、ジョージ・アルスターは笑顔を張り付かせたまま心がざわつくのを感じた。

 おかしい。話が、おかしいのだ。

 

 軍事機密を確実に知っており、技術者達の一歩先を行く電子工学知識を保有。

 プラントと連合の中枢にすら情報網を持っているかのような判断と挙動。

 実用化に未だ問題を残しているモビルスーツのナチュラル用OSを既に作製。

 連合機、ザフト機をどちらも使いこなす対応能力と桁外れの操縦技量。

 そして、戦果。

 

 冷静に考えた時。外から来た人間が、ある程度の詳細を把握して、よくよく考えた際に感じる印象……。

《まともな民間人のはずがない》のだ。キラ・ヤマトが。

 

 アルスターは足元から恐怖が立ち上って来るのを感じていた。

 どこの世界に。自分の所属する組織に……自分の家に、得体の知れない怪物を招き入れる馬鹿が居るのか。

 

 彼はマリューの正気を疑った。

 キラ・ヤマトを擁護するような話し方。庇おうとしているのを聞き取れるのだ。全てを話してはいない、上手く誤魔化そうとしているのが分かる。

《それを》正気の沙汰と思えない。

 

 特に最悪なのは、コーディネーターである事だ。

 排斥しようとしている相手が……叩き潰して日陰者にしてやろうと思っている相手が。こんな華々しい戦果で称賛される事は許容できる訳がないのだ。

 対プラント、対コーディネーターで纏まっている世論が崩壊しかねない。

 

 怪物のようなコーディネーターが存在している……これが、どれだけナチュラルにとって脅威となるか分からないのか?

 コーディネーターは造れるのだ。

 こんな物を次々と《製造》されたら一体誰が止めるのだろうか。

 

 よくない。

 

 これはよくない。非情によろしくない。否、まずい。

 不味すぎる。

 想定以上に《よろしくない事態》が起きていた。アルスターは認識を改める事になったのだ。

 

 大西洋連邦にとって……いや、我々ブルーコスモスにとって、キラ・ヤマトは劇薬になりかねない存在だ。そう判断を改めるに至ったのだ。

 

 彼は、マリューが何とかキラを好意的に解釈できるように話をするのを聞いていた。彼女が、キラを、擁護している話を、しっかりと笑顔のままで聞いていた。

 そして理解した。

 

 プラントの造り上げた怪物が、大西洋の中枢に近づこうとしているのではないか、と。

 

 事によれば更に上……ロゴスにも話を通しておくべきだろう。取り込むのは危うい気がする。

 アズラエル理事は、自分を送り出す許可を出した時点で、ここまでの事とは把握していない筈だ。

 聞けば、危険性を理解してくれるだろう。

 

 何とか……何とか上手く役に立った上で。ちょうどよくそして綺麗に死んでくれないものだろうか、このコーディネーターは。

 

 マリューのキラに対する必死の擁護を笑顔で聞きながら、アルスターはキラを《人》とは見なさなくなっていた。

 

 

……繰り返すが、マリューの控えめな態度がアルスターを刺激しなかった事は幸運だった。

 マリューがキラを擁護するような態度を見せた事は幸運だったのだ。

 

 もし、この時点でアルスターの持つ命令書が表に出ていれば……彼が強硬策に出ていれば、アークエンジェル内部はどうなっていたか分からないからだ。

 

 問題は、幸運だったと言える状態であったとしても、良好な結果になっていくとは限らない事だった。

 

 

 フレイ・アルスターはご機嫌だった。久しぶりの晴れやかな笑顔を見せ、先程から嬉しそうにしている。

 アークエンジェル艦長室近くの通路で、無重力に体を任せニコニコとしていた。

 

 自分の体勢に無頓着な彼女。

 黙っていれば安全なのだが、時々じっとしていられないとばかりに、一緒にいる男の子に抱きついてはしゃぎだすのだ。

 その為に壁やら天井やらにぶつかりそうになってしまう。

 その手を掴んで床へ引き戻し、あるいは壁にぶつかる前に体勢を落ち着ける役目は男の子……サイだ。

 

「フレイ。危ないからさ、じっとして」

 

「は~い」

 

 優しく嗜めるサイに対してフレイは素直に返事をする。

 最も、穏やかに微笑みながら手を繋ぎ、優しく抱き寄せあっている様はあくまでも柔らかく、若い恋人同士のそれだ。

 叱ったなどという空気ではない。

 

 それもそうだろう。これまで塞ぎがちだったフレイが、ようやくいつもの……いつも以上の元気な顔を見せているのだ。

 基本、明るく社交的な彼女だが、それは命の危険がほとんどない日常生活での話だ。

 見知らぬ人ばかりの軍艦に乗って、戦場を引きずり回されていれば心も弱って当たり前である。

 

 ようやく家族と会えたのだ。

 大好きな父が迎えに来てくれたのだ。

 これでもう大丈夫だ。

 

 嬉しさをどうしても我慢できないとばかりに、フレイは何度目かの抱き付き体当たりをサイに敢行する。

 サイはそれをしょうがないと受け止めて、彼女の頭を撫でてやった。

 彼女は抗議を始める。

 

「もぉー髪が崩れるでしょおー、子供じゃないんだから」

 

 子供じゃないと言いながらも、離れようとしない辺り嫌ではないらしい。

 そも無重力で髪型の崩れとは、と思わないでもないが。女の子の思考回路はサイには謎である。

 少しばかり甘えがすぎるかな、等とも思ったが言わずにおいた。

 甘えたいのだろう。

 

 少々、年齢にそぐわない振る舞いだが、命の危険を味わった者が、肉親や親しい者に弱気を見せるのは珍しくもない。

 サイ自身、これまでの状況に不安や恐怖を感じないではないのだ。人肌に安心を覚える所があるのは自然な事だと言える。

 

「ねえねえ、サイ。もうすぐ帰れるのよね? さっきパパがそう言ったもの。あと5日で帰れるからって、そうよね?」

 

「そうだね、あとちょっとだよ。もう少しで帰れるからさ、だから大丈夫だよ」

 

 フレイは、サイの返答ににっこりと笑う。

 二人は先程から何度も同じような会話をしていた。フレイがサイに嬉しそうに聞くのだ。確かめているのである。

 あともう少しだから、もう大丈夫だと。父がそう言ったのだからと。

 それを、誰かと確かめ合っているのだ、自分はもう大丈夫だと。そう自らに言い聞かせているのだ。

 

 無意識の言動である。

 口に出せば出すほど……そう言えば言うほど、不安から逃れられるから、そのように口に出しているだけだ。

 これはフレイだけに限った事ではない。へリオポリス避難民にも急速に広まっている心理だった。

 

 それを刺激しないように、追加での説明を行おうとしているコープマンの苦労と配慮は彼らの目にあまり入っていない。

 誰も彼も、もう帰れるつもりなのだ。余計な話は聞く気になれないのである。

 

 これまでは、色々ありつつも何とか我慢して、何とか纏まりをみせながら耐えてきたが、ここにきて個々人が緩み出していたと言っていい。

 もちろん、未だ慎重であろうとする者も居るには居る。 しかし全体として見れば、それぞれが自由に考え出し、喋り出している空気が強まっていた。

 

 サイも同様だ。これまでは目の前の事に必死だった。

 しかし、帰国の目処がついた今、ある程度の余裕が出た為に、気になっている事は幾つも出てきていた。

 

 家族が無事で居てくれるだろうか。自分は5日でちゃんと帰れるだろうか、1日2日くらいは延びるだろうか。

 さっきの混乱で怪我をした人達は大丈夫だろうか。フレイが嬉しそうでよかった。フレイのお父さんが無事でよかった。

 トールが無事でよかった。

 

 そして……キラは、大丈夫だろうか。

 

 やはり一番気になってしまうのはキラの事だ。

 自分達の目の前で、自分の友人が、大人に顔を鈍器で殴られたあの光景。

 あんな光景はこれまでの人生で見た事など無かった。

 

 大きくはない友人の体が壁にぶつかり、見た事もないような量の血が顔から流れていた。

 あの姿、あの光景は、忘れようにも忘れられない。

 

 今思い出してみても、正直怖い。ああいう事が身近に起こったという事実が怖いのだ。

 もちろんキラ自身を心配する気持ちはちゃんとある。

 ただ、それを。その出来事を怖いと思っている自分を少し……情けないと思うのもあった。

 

 サイは、喜ぶフレイと怪我をしたキラの事を同時に考えてしまい、複雑な気持ちになる。

 

 当たり前だが、それはサイのせいでも、もちろんフレイのせいでもない。

 サイ自身の優しさと誠実さ、そして荒事に対する絶対的な経験不足から来る怯えによるものだ。

 他者を気遣える証である。

 

「サイ? どうしたの?」

 

「ああ、いや。うん……キラが、さ。大丈夫かなって」

 

 大変な怪我をしてたから。

 

 そんな言葉を続けながら、笑顔を潜めて黙ってしまったサイに、フレイは敏感に反応する。

 嫌な事は起きてほしくない。聞きたくない。

 不安に思うような事はない、何でもないと言ってほしいのだ。

 だから、キラの事がサイの口から出ると、フレイの笑顔も陰りを見せた。

 

「誰も詳しく教えてくれないしさ。あんまり、ひどくないといいけど……」

 

「それは……かわいそうだけど。だって、私達のせいじゃないもの……」

 

「いや、誰のせいとか……」

 

 誰が悪いとか、そういう話をしているのではない。キラの心配をしているのだ。

 サイはフレイの口ぶりが他人行儀に感じられる風に聞こえた。思わず顔を見やる。

 

 フレイはこの話をしたくないとばかりに目を瞑り、俯いていた。

 

 サイはさすがに嗜めるべきかと考える。

 自分だって偉そうに言える立場ではないが、彼女のコーディネーター嫌い、偏見は少し、質が悪い気がする……この船に乗り、キラと接する機会が増えてからは、むしろより酷くなった感があった。

 

 キラと普通に接してはいるのだ。いるのだが、ふとした時に、根本的に相手を否定するような言動、態度を取るのである。意識しての事であれば問題だ。

 無意識であるなら、より問題だと思えた。

 

 自分達の乗ってる船を守ってくれている相手。

 崇めろとか心酔しろとは言わない。ただ、もう少し、何というか……敬意を持って《人》に相対するべきではないのだろうか。

 サイにとってフレイは大切な相手だ。しかしキラも大事な友人なのだ。

 ナチュラルとかコーディネーターとかの話ではない。

 

 サイはフレイの価値観に困った物を感じていたが、誤解の無いように言えば、フレイは、キラを嫌いだとか、どうでもいい等とは思っていない。

 

 ただ、嫌なのだ。

 ああいうのは嫌なのだ。とても無理だ。

 顔から血を流しながらこっちを向いてきたあの子。

 キラ・ヤマト。

 

 怖い。怖いのだ。何で笑えるのだろうか。怪我をしてそれでも戦いに行くだなんて。

 あんなの普通じゃない。普通の訳がない。

 

 フレイは、キラが戦った事でこの船が助かった事を理解している。自分の父親が助かった事も知っている。

 

 感謝の気持ちはある。

 しかしそれとこれとは別だ。やっぱりコーディネーターは恐ろしい。

 あんな事をする、あんな事をできる者を、ああいう連中を、どうしてもまともな《人》とは思えないのだ。

 

 彼女の感情は行きすぎの面もあった。だが、概ね自然なものとも言える。

 争い事に縁遠く、治安の良い地域で、それなりに裕福に育った人間のごくごく一般的な反応だ。

 

 まして彼女の父親は大西洋の高級官僚……コーディネーター排斥論を唱えるブルーコスモスの一人だ。

 穏健派に属する人間とは言え、最終的に目指す所はコーディネーターの排除、権益の抑制を主張している者たちの一人なのである。

 そんな人物が父親なのだ。

 

 母親を亡くし、唯一の肉親である父親からの教育により形成された価値観というものは大きい。

 個人的な性質として流血沙汰を嫌う物もあるだろう。

 

 それが合わさった結果、現状でキラへの……コーディネーターの恐怖が大きくなっているのだ。

 近づかなければ大丈夫だ。だから近づかないようにする。

 関わらないようにすれば目を瞑っていれば。無理矢理にでも忘れてしまえば。

 そうすれば無かった事にできる。無かった事なのだから気にやむ必要もない。

 自分には関係ない、遠い何処かの出来事にできるのだ。

 

 彼女が考えている事は、早くこんな所からは離れたい。

 早く帰りたい。それだけだった。

 

 

 

 ただ……何故だろうか。

 見たくない、関わりたくないと、そう思っているのは確かなのだが。

 キラを守ってあげたいと、守ってあげなくてはならないと、そんな風に思える感情がちょっとだけあるのが不思議だった。

 

 心がざわめく感じがするのが本当に不思議だったのだ。

 

 

 

 




 フレイを書きたいがためにがんばたようなものです。

 ※2020/7/23
 アルスター次官の属する派閥に関して文章の修正を行いました。
 過激派に属すると書いてしまっておりましたが、これを穏健派に属すると修正してます。
 
 

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