機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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何とか7月中にもう一回投稿できました。


消えていく光 2

 

「大西洋連邦の外務にて、事務次官を拝命しているアルスターだ。

 先だって、そちらから送られた乗員名簿に娘の名があった事に驚いてる。混乱した状況の中、多くの民間人を保護してくれた事に深く感謝したい。

 また、協力を申し出てくれたオーブ軍人の方々にも、心よりお礼を申し上げる」

 

 

 

 月から向かってきた救援―――正確には、月から出撃した第8艦隊より派遣された部隊、という表現になる―――護衛艦のドレイク級4隻と、地球連合の主力艦艇であるネルソン級1隻からなる先遣隊。

 

 そしてデブリを抜けてきたアークエンジェル。

 

 合流を目指していた両者だが、その間に広がっていた距離が詰まり、ようやくリアルタイム通信に支障が少ない位置まで近づいた、と言えたのが、つい先程だった。

 

 ボアズからか、プラント本国からの物か、たまに乱雑な妨害電波が飛んでいる空間にぶつかるが、それ以外はまあ、おおよそ明瞭と言える宙域だった。

 すぐさま先遣隊指揮官のコープマン中佐、そしてマリューとの間に通信が開始される。

 

 アークエンジェルはようやく、間違いなく味方である存在の近くまで来れたのだ。

 

 話さなければならない事が山積みだった。

 とは言うものの、そこは同じ艦隊に所属する者同士。

 まずは、お互いのここまでの航海の無事を労う。そんな始まりだ。

 

 指揮系統の下位に当たるアークエンジェル側は、指揮官クラスのマリュー、ナタルの2名が並び立ち、モニターに映るコープマンに対して敬礼を行った。

 手早く挨拶が終わり、さて本題へ。といった所で先遣隊指揮官と旗艦モントゴメリの艦長職を兼ねるコープマンの横から、会話に割り込んで来た者が居た。

 

 それがモニターに映る彼、ジョージ・アルスター事務次官……大西洋連邦の外交政務を担当する高級官僚だった。

 

 彼は断りを入れてからとは言え、当たり前のように割って入り、当たり前のように挨拶を始め、当たり前のように場の主導権を握り出したのだ。

 割り込まれたコープマンが、笑っていないのが目に入っていない。

 

 アルスター氏が何故そこにいるのかを、何故通信に出るのかをアークエンジェルのブリッジクルーのほとんどは、戸惑いで持って迎えた。

 事務次官とは国家における事務方のトップと言える役職だ。

 要人と言って全く不足がない。

 少なくとも前線に出てくる立場の人間ではないのだ。

 

 そんな人間が、先遣隊の旗艦に同乗して来ているのである。不自然さが目立った。

 モニター越しに見える限りはコープマンの横……ブリッジにおいて艦長の隣に座っているのである。

 

 アークエンジェルとの通信時に何故。

 いったいどんな用件があるのか。

 クルーが身を固くしながら何事かと聞いていれば、内容は偶然アークエンジェルで保護されていたらしい彼の娘、フレイ・アルスター嬢の事。

 それが用件なのか……というのが話を聞かされた者の感想だ。

 

 しかし、いくら要職にある人間とはいえ戦時の軍艦、しかも指揮官同士の会話に割り込むのはルール違反だ。

 これでは通信の私用に近い。

 

 おまけにその内容は挨拶と同時に肉親の事。

 他の事も案じてみせてはいるのだが、とにかく娘の事が心配で仕方ないと、次官の顔には書いてあった。

 

 親としては悪い事ではない。

 加えて、アルスター氏の弾んだ声と安堵したような表情、率直な態度は周りからの非難を和らげてもいる。

 親が純粋に娘の身を案じているのだ。

 端から見ていて、もちろん悪い気はしない。

 

 悪い事でなく、悪い気もしないのは確かだが、かと言って苦笑一つでスルーして差し上げるには、中々無理のある状況だった。

 指揮官としては、クルー達の疲れと脱力が浮いている顔を見てもらい、察して欲しいのが正直な所だと言える。

 

 実際、モントゴメリのブリッジクルーは、彼の見えない所で渋い顔をしている者が居るのだ。

 

 ついには「できれば娘の顔を見たいから、ブリッジに呼んでくれないだろうか。私が迎えに来たと伝えて欲しい」等と言い出す始末。

 両艦のクルーがさすがに困惑の色を隠せなくなったのを見て、コープマンは口を出す事に決める。

 

 合流すれば、娘さんとはゆっくり話ができますから、と。

 だから今はちょっと遠慮して欲しい……それを暗に匂わされたアルスター次官は怒る事もなく、おとなしく下がった。

 娘に、父が来ている事、もう心配しなくていい事を伝えて欲しいとの要望は、しっかり伝えてきたが。

 

 どうやら、どれだけ邪魔をしているかの自覚は薄いようだった。

 つまりはそういう人物なのだろう。

 高い階級により、その辺りが鈍った人間なのかもしれない。

 その態度からは政治的な面倒事を持ってきたようには見えず、はっきり言ってしまえば親バカすぎる反応だ。

 

 アークエンジェル、及びモントゴメリのブリッジクルーらの間には、嘲り、とまでは言わないが……微妙に渇いた笑いが浮かんだ。

 

 本来の歴史の流れであれば、ブリッジにおいてサイ・アーガイルが……フレイ・アルスターの婚約者でもある彼が「フレイの父親はこういう人だ」と言った旨の発言をしており、取りあえずのフォローをする物だが、現在彼はブリッジに居ない。

 

 結果、いきなりそれを見せられ、誰からのフォローもなかったアークエンジェルのクルーは、顔を出してきたトップ官僚にただ呆気に取られた。

 

 気を取り直して再開されたコープマン中佐との通信にも、何となく、緊張と言うか悲壮感と言おうか……毒気が抜かれて緩んだような空気が漂った。

 誤解を恐れずに言うならば、殺伐とした空間に穏和な日常の空気を持ち出されて、弛緩してしまった。と言うのが近い。

 

 人情的には悪いと言い出せない雰囲気だったのが余計に、その半端な空気を蔓延させてしまうのに一役買っていた。

 

 しかし、アークエンジェル指揮官の2名だけは違った。

 

 たった今、彼女達の目の前で起きた状況。

 アルスター事務次官という高級官僚が軍艦に乗ってここまでやって来る。通常は有り得ない事だ。

 

 だが、彼が先遣隊に同行してくる可能性。それがある事をマリューとナタルは知っていた。

 いや、来る。であろう事を既に言われていたのだ。

 

 事務次官ともあろう者が肉親の情で動く事を。

 政治的理由ではなく、やむを得ない理由でもなく、ただ肉親への強い情から、ザフトの哨戒圏へ来ると。

 

 そんな現実的でない情報を、異常極まりないルートから予め聞かされていた二人は……いや、だからこそ。

 アルスター次官が名乗った瞬間、殴られたかのようなショックを味わってしまった。

 目の前の光景を現実なのかと疑う程に。

 

 アルスター氏から通信の主導権を取り戻したコープマンだが。彼がモニター越しに詫びを言っても、マリュー、ナタルの反応は鈍かった。

 どこかしら迷っているような、強張っているような雰囲気だ。

 

 それを事務次官の困った態度のせいと判断したコープマンは、二人の態度に不自然さを感じない。

 

 いや、正確には彼女達の揺らぎを察してはいた。

 しかしそれを咎めもせず、また指摘する気もなかった。

 

 上官の前での態度としては微妙で、口頭なり何なりで注意するべき物ではあるのだが、今は流してやるべき程度の物だと考えたのだ。

 

 コープマンは上官であるハルバートン准将から、その辺りを言われている。

 

 アークエンジェルのクルーは慣れぬ環境で参っているだろうから、あまり色々と細々しい事は言わなくてもいい、まず合流と安全圏への離脱に全力を尽くすように、と。

 さらに。

 アークエンジェル艦長を代行しているマリュー・ラミアス大尉は、元から同艦の副長に任命するつもりであったが、それは。

 それは、一刻も早いモビルスーツの運用データ収集と、必要とあれば現場判断での改修の為の権限を付与する為であり、さらには、他派閥からの面倒な横槍を多少なりはね除けさせる為であって。

 

 つまりは艦の指揮、運用面での能力はそれを過度に高く見積もらないように……と。

 そのように申し付けられてもいた。

 

 結果。コープマン中佐はマリューとナタルの妙に強張った疲れのある表情、どこか迷いのある態度を。

 これまでの苦労と極度の不安から来る物だろうと納得し、これ以上の余計な気苦労を減らすべく音声通信は早めに打ち切ろうと判断した。

 どうせこのまま順調に行けば、後数時間で合流もできそうな距離なのだ。

 

 長々と音声通信などしていれば、またアルスター氏が親バカを発揮しかねない。

 

 敵勢力圏で、現場組が、後方のしかも官僚に使っていられる余力など本来はないのだ。

 巨大組織である大西洋連邦、その事務次官クラスだからこそ、ここまでは許されているのであって。だからと言って無限に我が儘を聞いてやる義理はない。

 

 傍受される事を警戒して、最低限の通信量に納めるべきとでもすればよいだろうと。コープマンは次官ではなくマリュー達に気を遣う事にする。

 

 そのように決断したコープマンは合流の手筈と合流予定ポイントを通達すると、あとは一定時間ごとの暗号パルスでの連絡に切り替えると指示を下した。

 マリュー、ナタルに対しての軽い激励で手早く会話を終え、アークエンジェルのクルーを休ませるように言葉を結ぶと、通信を切ってしまった。

 

 コープマンは通信を切る寸前の……どこかしら物を言いたげなマリューに引っ掛かりを覚えないではなかったが……切り出しにくそうな表情を察して、合流してから内密にはなせばよいか、と判断を下した。

 

 アークエンジェルクルーの無事な姿は見た、彼女達の現在位置も確認した。

 加えて、隣のアルスター次官が早速リクエストをつけてきた事もあり、思考の優先順位が切り替わってしまう。

 

「あー、コープマン中佐……もう少し、通信を行いたかったのだが……」

 

「次官。この辺りは敵勢力圏にも近い宙域ですので、あまり音声通信は。次官とご息女の、安全の為でもありますので、申し訳ありませんが、どうかご納得ください」

 

 控えめな表情とは裏腹に、固い声でそう言われてしまえばアルスターは渋りながらも引き下がるしかない。

 

 別に娘の事だけで来た訳ではないのだが……。

 いや、娘の事が最も大事だ。恥じる事はない、娘が大事なのだ。その為に手を打ってここに居るのだ。

 公権力の私的流用と言われても、早く娘の無事を確かめたいのだ。

 

 だが、他にも早めに手を付けたい仕事があるのも事実だった。

 

 アークエンジェルに乗っているコーディネーター。

 キラ・ヤマトという志願兵。彼の事だ。

 

 アルスター自身は決して乗り気ではないが、彼の属する組織の長が決めた事だった。

 彼を大西洋連邦に明確に取り込む……その為に接触をしたかったのだが。

 

 まあいいか、と、アルスターは己を宥める。

 通信ができないならできないで、交渉は合流してから改めてだ。

 アークエンジェルのクルー達に、余計な話を聞かせないで済むと思えば悪くないとも言える。

 楽な事に、既にこちら側に志願してきた相手だ。

 

 彼に対しての動きが不自然に鈍いオーブが、その重要性に気づいて囲いこむ前に完全に取り込む。

 

 コーディネーターを排除する為の手駒として。

 

 正直な所、コーディネーターの排斥を目指して活動している自分が、コーディネーターと顔を付き合わせ、相手を重要人物として取り込む為に弁舌を尽くすなど、あまりいい気分ではないが。

 16歳という歳で、兵士として戦える危険な存在なら尚更だ。

 そんな危険な相手と一緒の船に乗っている娘、フレイが心配で堪らなかった。

 

 何が遺伝子のデザインか。

 どうせなら凶悪性を抑えるデザインをしてほしい物だ。

 

 しかし分からない物だ……とアルスターは首をひねる。

 オーブの動きがひたすら鈍い。

 常々訳の分からない所がある国だが、今回のキラ・ヤマトの件については特に分からない。

 自国民の対応にしては、妙に及び腰なのだ。

 

 聞けばスパイ疑惑をかけられた者のようだが……それについては、なんと首長であるアスハ家が、身元を保証すると言ってきた。

 だから無事に引き渡して欲しいと、アスハ家がわざわざだ。

 そこまで言ってきたのにも関わらず、確認の為に政府関係者なのか、特別に対応するべきか、との問合せをすれば微妙に不自然さ、不明瞭を感じる返答をよこすのだ。

 

 何かある。

 

 上手く行けば対オーブへの楔にもなりえるかもしれない手駒を、自分の手柄により入手する事になる。

 それは自分の地位をより磐石にする……ひいては家族の身を守る事に繋がると思えるのだ。

 

 アルスター事務次官は、自分の特徴でもある顔……微笑んでさえいれば敵を作らないと評判の柔和な表情の裏で、これからのアルスター家の事を考えていた。

 

 上機嫌で笑う彼はコープマンから、丁重に丁重にブリッジ退出を促される。

 合流までブリッジに居られれば、たまった物ではない。

 彼が居ると空気が弛緩して仕方なかった。

 退出を促された事を特に気にした風もなく、やたらと人当たりのいい顔でブリッジを出ていくアルスター次官。

 

 だが彼の残した空気。

 軍人を戸惑わせるその空気はしばらく残ってしまった。

 怠惰ではないが、不満や不快、呆れと言った負の感情を刺激する事には違いがない物が。

 

 だから、遅れた。

 

 性能面として既に旧式と言えるドレイク級に、主力ではあるが新型ではないネルソン級ですら1隻しかいなかった事は無関係ではないだろう。

 レーダーの運用……各艦の陣形配置や、ノイズによる誤認、モードによる索敵範囲のずれ等がちょうど重なった事も不運の一つと言える。

 単純な勘違いや見落とし、緊張による思い過ごしからの細かいヒューマンエラーが複数発生するのは人の組織である以上は仕方ない。

 そして細かな失敗が影響しあって、より大きな失敗に繋がっていく事は残念ながら世の常だった。

 

 そういった諸々の事柄が、ちょうどここで積み重なった結果、一つの致命的な事態を先遣隊に持たらしてしまったのは気の毒としか言いようがない。

 

 側面寄りの後方……ボアズからの電波妨害を隠れ蓑に、高速で接近してくる4隻のナスカ級。

 それらに気付くのが一歩遅れてしまったのだ。

 

 後手に回る事が決まるタイミングでようやく、気付いた複数の索敵報告が連鎖的に上がる。

 敵を振りきるのは不可能と、迎撃が決定する頃には既に、多少の無理をすれば砲撃戦に入れる寸前のような距離だった。

 

 

 

 一方、アークエンジェルのブリッジでも弛緩した空気はやはり広がっていた。

 少し浮わついている……酷いとは言えないが、軍艦のブリッジという場においては少し、いきすぎた場合のそれ。

 

 そういった空気を引き締めてきたのはナタルなのだが、そのナタルが何も言わないのだから、控えめとは言えクルー同士で雑談まで始まる始末である。

 

 マリュー、ナタルが何故か艦長席の辺りに集まって、声を潜めて話をしており、周りへの指示が明確ではない事も一因だ。

 アラートが警戒ではなく、通常のままであるからクルーの緊張も高まらない。

 警戒になっていないから、味方が来てくれたのだから、今は少しは緩んでいいのだろう、やっと安心できそうだから少しだけ。そんな空気。

 

 さすがにノイマン曹長とオーブ軍の下士官がクルーに注意をするが、両方とも親しみのあるタイプである為にこういう時は厳しさが足りない。

 

 加えて注意をする彼らの担当は操舵と索敵。

 自分達もあまり気を散らしてよい職責、状態でもなく、ようやく部下達も安堵できる状態になったのだからあまり、空気を悪くしすぎるよりは、と、多目に見る判断を下していた。

 

 

 そしてそれらの空気を感じながらも、それ所ではないのがマリューとナタルの二人だ。

 

 コープマン中佐、アルスター次官との通信で、彼女達は顔の強張りを自覚できる程にショックを感じていた。

 

 その態度は何か? などと聞かれなかった二人は、上官から叱責を貰わなかったという意味では、助かったと言えるのだが。

 それは他の選択肢を取る場合、取りたかった場合は、こちらから改めて切り出さなければならない事を意味していた。

 切り出す切っ掛けを掴み損ねた、と言う意味ではむしろ困った事になるのだろう。

 

 乗っているのである。

 大西洋連邦の事務次官、ジョージ・アルスター氏が。

 

 まさか……という思いが二人にはあった。

 乗っているかもしれない、とは思ってはいた。考えたくはないが、キラが言ったのだから、ひょっとしたらと。

 いやまさか、と思いながらも薄々は。

 もしかすれば、そんな非現実的な事も有り得るのかもしれないと。

 

 しかしだからこそ、そんな不安に苛まれていたからこそ、有り得ないだろうと《現実が、常識的に否定してくれる》事を考えていたのである。

 

 アルスター事務次官など乗っていない。来ない。ほら見ろ。やはり乗っていなかったじゃないか。キラの話は嘘だった……そう言える事を期待していたのだ。

 だと言うのに。

 

 現実にそれが起きてしまった。

 それを事実として目にしてしまうと、彼女達の把握する情報は深刻な意味を帯びてきてしまっているのだ。

 

 第8艦隊からの先遣隊。

 同乗してくるアルスター事務次官。

 そして聞いた《さらにその先》……先遣隊に対するザフトの強襲、そして全滅。

 その勢いでアークエンジェルに殺到してくる敵部隊。

 

 話では相手はあのナスカ級。奪われたGを使う強敵だ。

 人質を使ってまでしのぐ事になる難局……冗談ではない。

 

 マリューとナタルは慌てて打ち合わせに入ったのだが……慌てるのは思考だけで体は重かった。

 

 偶然……いや、情報収集による、精密なだけの予測だ。

 断じて《予知》などではない。ましてや未来から戻ってきたなど……二人はそう思い込もうとはする。

 しかしもう、偶然で済ませていい話ではなくなった。

 

 万が一に備えて対応するかどうかを検討しなければ。

 だがどうする。

 

 マリューは艦長席に座り、震えそうになる口を手で隠しながら、ただひたすらに悩んでいた。

 

 本当に事務次官が来るとは。

 彼からは、確かに娘に会いたいとの感情が見え隠れしていた。本当に娘可愛さだけでこんな所へ来たのか? 

 肉親への情……本当にそうなのか? 

 だとしたら何を考えているのか。許可を出したであろう上層部も含めて、何を考えているのか。

 

 違う。それよりも考えなくてはいけない事がある。

 これでキラの話に信憑性が出たのだ。

 狂人の虚言と思っていた内容に、信憑性が出てしまったのだ。……いや、虚言と思うのは、もう危険なのではないか?

 

 マリューは思わずナタルを見てしまう。

 ナタルは視線を落とし何かを考え込んでいた。その顔色は悪い。

 

「ナタル、警告を……」

 

「……何を、どうやって伝えるんです」

 

 マリューの口から思わず出た警告と言う言葉。

 それを実行するか? と言う提案は、ナタルに動揺混じりの声で返される。

 そこでマリューは気付いた、ナタルが一足先に気付いているのと同じ事に。

 

 何と言えばいいのだ?

 

 スパイかも知れない相手からの、信用度が疑わしい未確認情報なのですが、か?

 精神が不安定な者の狂言紛いの意見なのですが、敵部隊の攻撃を予見しています……だから退避をしてくれ。とでも言うのか?

 

 間違っていたら、いや《何もなかったら》偽情報の流布による作戦妨害として極刑も有り得る程の重大な進言である。

 

 そもそも警告をしてどうなるのか。こちらも苦しいのだ。

 だから味方と合流するためにデブリベルトを出たのである。

 敵の勢力圏に孤立しているから、味方に救援を要請したのだ。

 少なくともここまで協力してくれていたキラとの、協力態勢を切ってまで決断した結果だ。

 

 それにだ、もし。

 了解したと返されればどうするのだ。

 こちらは退避する、武運を祈る……とでも返されれば、その後はどうするのか。

 その後に敵襲があれば、本当にアークエンジェルだけで対応しなければならなくなる。

 

 そんな事は無理だから、今こうなっているのであって。

 そういう状況に陥らない為に、敵と遭遇しない事に賭けて、この状況に至っているのだ。

 

 今さら、キラの意見を元に何をどうしろと言うのか。

 

「……ナタル、何か手がある?」

 

 焦りを隠しきれないマリューの問いに、ナタルは答えに詰まった。

 幾つか手を思い付きはした、が……。

 キラの話通りの状況が起きると《仮に》想定したとして、打てる手は大きく分けて3つだ。

 先遣隊と合流してからの離脱。

 先遣隊を囮にしての離脱。

 今すぐに大きく進路を変え離脱、の3つだ。

 

 後は状況に応じての、細かい対応になるとしか言いようがないが……はっきり言って、どれも現実的ではない。

 それでもやるとなれば、合流しつつの進路変更が無難と思える。

 しかし、その場合コープマン中佐を説得する仕事が必要になってきてしまう。

 話す場合の情報元はどうする。

 進路を変えた先で、ザフトに遭遇する危険も無くはないのだ。

 こっちを探している部隊がいない、と考えるのは危険だろう。

 

 いや、まだ決まった訳ではない。

 ナタルはその言葉を言い訳だと自覚しながら、常識的に進言する。

 

「……ラミアス艦長、ヤマトの話がまだ事実と決まった訳では……これからどうなるかなど」

 

 ―――予言紛いの話で動くのは賢明とは言えません。

 その言葉を、酷い欺瞞だと自覚しながら言った。

 

 アルスター氏が名乗った時から考えているのだ。

 今後、キラの話がさらに事実として起こってきた場合の対策を。

 

 自分は全力で頭を回転させ、もしもの対策を考えていながら、マリューにはそう言ってしまっているのである。

 疑わしいと思いながらも事実かも知れない、対処すべきではないのかと、ナタルも考えているのだ。

 酷い矛盾だとは分かっていても。

 

 むしろ、情に流されやすいマリューの方が、危険そうだから手を打つべきか? と、はっきり口に出してしまえる辺り、まだ柔軟だと言える。

 

 いずれにせよ、アークエンジェルと先遣隊の危険度は上がった《かも》しれないのが問題である。

 

 ナタルの少なくない迷いを見て取り、マリューは短く悩んでから、軽く頭を振った。

 何もせず、沈むよりはマシだろう。

 

「……構わないわ。どうにか内容を考えて、警告をしてちょうだい」

 

「しかし……」

 

「責任は私が。とにかく、何とか不自然ではない形で警告をして。急いで」

 

 感情が落ち着かないナタルは、上官の指示に流されそうになる。

 この状況下で、不自然ではない形の有用足り得る警告とは……丸投げもいい所だ。

 責任は負うと口にする辺りは、好感が持てるが、しかし。いや、それでもそうすべきなのか。

 

「それとキラ君を独房から出そうと思うのだけど……」

 

 などとマリューが続けた所で、我に返った。そこで我に返る努力を思い出す。

 それは、駄目だろう。

 

 いけない。落ち着け。落ち着かねば。

 今は少し混乱している。不安だからと言って劇物を使うのは悪手だ。

 まず、最悪を避ける為の行動を心がけるべきである。

 一つ二つの《予測》が当たっていたからと言って《必ず当たる予知》だと思い込むのは危険だ。

 落ち着ついてもらわねば。

 

「艦長、それは早急です……! ヤマトを自由になど……!」

 

 ナタルは思わず声の音量を一段上げてしまう。

 キラをモビルスーツに触らせて、狂気や不安定さが表面化すればそれこそ致命傷だ。

 

 それがクルーの耳に入りかけるのとほぼ同じタイミングで、彼らの弛緩した空気を吹き飛ばす報告が上がった。

 叫んだのはトノムラ。

 

「……艦長! 先遣隊旗艦、モントゴメリより入電! レーザー通信です!

 我、敵に捕捉され、これより交戦に入る……アークエンジェルは合流を中止、離脱を開始せよ!」

 

 同時に、ブリッジ前面の多重構造になっている強化ガラス部分から見える外……先遣隊がいるであろう遠方の空間に、複数の光が走ったのを彼らは目にする。

 

 戦闘の光だ。

 クルー達は絶句する。

 マリュー、ナタルとてほとんど同じ反応だ。

 

 敵。

 ザフトが先遣隊を捕捉した。奇襲か、それとも待ち伏せか。では、今見えたのはビームによる戦闘光なのか。

 また、複数の光が走った。

 

 間違いない、先遣隊がザフトに攻撃されている。

 既に始まっている。規模は。陣容は。

 キラの話通りになっているではないか。

 しかし、早すぎないか? 聞いた限りではもう少し、時間に余裕がありそうな印象だったが……。

 

 ナタルが強い口調でマリューの意識を叩く。

 

「……艦長! しっかりしてください、離脱しなければ……! 索敵班、周囲の警戒を厳に……いや、待て!  気付かれる、レーダー波は下手に飛ばすな! 対空戦闘用意!」

 

「待って、ナタル! アラートは……!」

 

 アラートは、どうする。

 今さら、戦闘配置を発令すれば艦内でパニックが発生しかねない。

 緩んでしまっているのだ。

 やむ無くとは言え自分達がそうした。

 

 クルー達の反応を見ればそれが分かる。

 

「敵……!? 何でこんな所にザフトが居るんだよ!」

 

「た、助けに行くのか? こっちが?」

 

「ふざけんな! 戦えるか!」

 

「……情報が、漏れてるんじゃねえだろうな……」

 

 マリューとナタルはその反応を見て、軍人である彼らの反応ですらそれかと思い知る。

 戦闘可能と思えるコンディションではない。

 逃げるか? 先遣隊を囮にするしかないのか?

 

 だが、さらに飛び込んできた報告がそんな判断をすら砕いて来る。

 モントゴメリより更に詳細な情報が入ってきた。

 

 敵はナスカ級4隻。

 先遣隊の後方より奇襲。

 モビルスーツが最低でも12機展開。

 敵はジンだけに非ず、合流は極めて危険。

 アークエンジェルは進路を変えて離脱せよ。

 

 

 音声通信ではなく、暗号パルスですらない。

 最も秘匿性の高いレーザー通信での入電。

 

 お互いほぼ真っ直ぐとは言え、移動する艦艇同士でレーザー通信とは。

 傍受される事への警戒具合がそれだけで分かる。

 敵はもう先遣隊を包囲しつつあるのか。

 いや、先遣隊と共にこちらに接近しているのか。

 

 何よりその内容。

 

「12機以上……! いえ、待ってナスカ級が4隻!? 確かにそうなの?」

 

「敵艦の配置を確認しろ! 隙間から逃げる! ノイマン曹長、エンジンはどうなのか!」

 

 逃げるにせよ戦闘になるにせよ、出力を上げなければ話にならない。それだけの数の敵が前に居る。

 

 最大出力はどの位の時間出せるか……と確認しながらナタルは聞くまでもないと、焦りながら思い返した。

 既にノイマンからは先程しっかりと報告されているのだ。

 コンディションがイエロー寸前の状態に落ちたので、休ませると。

 整備班が人を手配して、チェックしている最中だ。

 

 聞いてしまったナタルも、改めて答えるノイマンも分かりきっている事だ。

 最大出力どころではない。

 いや、やってやれない事はないが、敵の数が多すぎる。 無理をすれば途中で安全装置が働いて停止しかねない。

 

 逃げられない。

 

 最大望遠にしていた光学モニターに光球が浮かぶ。

 艦艇が一つ、沈んだと思える程の大きさの光だった。

 

 








間が空いて申し訳ありませんでした。
 
感想、一言、メッセージ。
全部励みになっております。感謝してもしきれません。
これからも暇潰しにお読みくださいませ。

次はもう少し早めに頑張ります。

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