機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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ナタルをしのいだと思ったら、ナタルからマリュー、フラガに伝わる話が待っていました。
これもキツかった。



消えていく光 1

 

 

 月とデブリベルトの間の航路。

 

 その中でも複数あるルートの内、障害物が少なく素直で分かりやすい航路を高速で移動している艦艇の姿があった。

 

 アークエンジェルである。

 

 前日にデブリベルトを離脱。エンジンの耐久力と相談をしながら、なるべく巡航速度以上を維持して距離を稼いでいる所だった。

 

 このような稼働のさせ方は本来あまり好ましくない。

 機械にとって全力やそれに近い性能を発揮しての稼働という物は、短時間と言えども負担であり。

 これが長時間の高出力稼働となると、まず確実にエンジンを疲弊させる事になる。

 消耗や磨耗が蓄積するのだ。

 

 結果、いざ戦闘状態となった時にパワーダウンを招いたり、ビーム兵器のエネルギーを確保しにくくなったりと、支障をきたす事がある。

 戦闘艦艇だから荒っぽい使い方をして当然、という訳にはいかない。

 通常ならば、どこかに余裕を持った運用をするのが自然な事だった。

 

 ただ、現在のアークエンジェルの方針は速度優先……防御力の面から戦闘を避け、速やかに友軍の勢力圏内に入るという物だった。

 戦闘に備えるのは最低限として航行する。

 艦内の事情から選択肢がそれしかないのだ。

 

 不安混じりに航行していた彼らだが、そのブリッジではオペレーターのパルがちょうど朗報と言える報告を、艦長のマリューに上げる所だった。

 

 地球連合軍が使用する暗号パルス……友軍からのそれをキャッチした、と。

 

 その報告にブリッジは喜びに沸き立つ。

 オーブ軍人達も思わず同僚と笑顔を見せあった。

 

 マリュー、ナタルの両名はさすがに指揮官としての態度だが、やはり居ても立ってもいられないのは同じ。

 確認を取らせるのに慌てぎみだった。

 

 パルがキャッチした暗号パルスを解析すると、聞こえて来た内容は音声データ。

 間違いなく友軍からの物……アークエンジェルへの救援が編成され、こちらへ向かっているとの内容だった。

 それが分かるとチャンドラやトノムラ、ノイマンらもパルの元に集まって来て安堵と共に肩を組んだりしている。

 

「俺たちを探してるのか? そうなんだよな?」

 

「もうすぐ合流できるんだな! これで何とかなる! それで? いつ合流できるんだよ?」

 

「ちょっと待てって! ……かなりノイズが激しいからな……いや、けどこれなら。そんなにかからないと思う」

 

 アークエンジェル側から予め送った予定航路に合わせて、こちらに向かって来ている……このままなら1日、2日で明確にリアルタイム通信が確保、合流もできるかも知れないとパルは言って見せた。

 

 それを聞いたブリッジクルーは更に歓声があがる。

 やっと安全圏に入れそうなのだ。

 アルテミスで一度、友軍からの門前払いを食らった事もあり喜びは強かった。

 

 デブリベルトから出た途端にザフトに待ち構えられている……等と言う事もなく、何とか。何とか味方に合流できそうだ。

 

 しかし、下士官達はふと、マリューとナタルの表情に気付いた。

 複雑そうな、引っ掛かる物があるかのような。……何故、今そんな顔をするのか分からないような表情をしているのに気付いたのだ。

 

 なので、下士官達の中では最も階級の高いノイマンがマリューに訪ねる。どうかしましたか、と。

 

「え? ……あ、ああ、いえ、何でもないわ。ごめんなさい、ちょっと気が抜けてしまって。

 さあ皆、もう少しよ。後少し頑張りましょう」

 

「……っ……聞こえたな貴様ら、席に戻れ。

 まだ合流した訳ではないんだ、騒ぎ過ぎるなよ。特に対空監視、怠るな」

 

 どこか上の空だったマリューが慌てて我に返り、場を白けさせないように盛りたてる。

 その間にナタルが咳払いをしてから指示を下した。

 考え事の好きな技術畑艦長と、堅物の新米士官副長……およそ、いつも通りと思える程度のやり取りだ。

 クルー達は指示通りに席に戻るが、やはり浮かれている所は中々抜けなかった。

 

 だから気付けなかったのだろう。

 マリューとナタルの態度に、いつもと違って強張った所がある事に。

 

 クルー達が席に戻ってから少しして、思わず目線を合わせてしまった二人がいる。マリューとナタルだ。

 表情はどちらも固い。

 

 解析した暗号パルスから聞こえてきたのは、友軍がこちらに向かっているとの内容だった。こちらに向かっているという救援隊の、指揮官の声。

 そこに間違いはない。

 不安な状況で、味方が来てくれているというのだ。単純に喜ぶべき事である。

 

 同じ大西洋連邦の、第8艦隊に所属する部隊。

 マリューの直接の上官に当たるハルバートン准将の艦隊から派遣された救援部隊が、こちらに向かっているとの喜ぶべき内容だ。

 

 

 キラの《予知》通りに、先遣隊が来てくれたのだ。

 

 

 アークエンジェルの指揮官達は合わせていた視線をどちらからともなく外し、考えこみ、そして嫌な想像と予感に襲われ始める。

 全員はしゃいでいると言ってもいいブリッジの中で、マリューとナタルだけは《聞いた話の更にその次》を考えて無言になっていた。

 

 先日行った、キラを拘束し続けるか否かの話し合いを思い返してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

《……未来から来た? はっはこりゃいーや! あの馬鹿、何を言うかと思ったら。そんな……あー悪い、そういう場面じゃあねえよな……》

 

 マリューとナタルからじっと見られ、悪かったと謝罪するのはモニター上のフラガだった。

 

 デブリベルトを抜ければ、機動兵器による艦外での24時間スクランブル体制は解除されるが、それはもう少し先で、しかも結局フラガの負担は代わりがない。

 過労と睡眠不足に変わりはなかった。

 

 疲れと重圧が彼の気分をハイにしているのをマリューとナタルは分かっている。だから責めはしないが自重してくれと目線は訴えていた。

 フラガは率直に詫びを入れる。

 

《……悪いな、ふざけすぎた。けど、こんな話マジメにやったってさ、気が滅入るだけだろう? 軽く行こうぜ、軽く》

 

「軽くと言われても……」

 

《目茶苦茶な話なんて、こっちまで深刻に考えすぎても仕方ないって事さ。ほらほら艦長さん、力抜けって。もうすぐ味方と合流できるって》

 

 キラとの話し合いを終え、今度はブリッジに近い個室に二人を呼んだナタルが―――正確にはマリューと、フラガを参加させるためのモニターをだが―――キラから聞き出した事を伝えた最初の反応がそれだった。

 

 フラガは一瞬引きつった後、呆気に取られたように大笑いし、マリューは控えめに言っても激しく戸惑った。

 軽い態度とは言っても、マリューの前でふざけて見せたのはフラガなりの気遣いとも言える。

 しかし。

 

《つーか、少尉。撃つなって言われてただろ? 俺も艦長も確かに言ったよな? 撃つなって。

 何で撃ったんだ? マジで殺る気だったのか? ……どうなんだ》

 

 さすがにナタルの発砲の件についてはフラガは雰囲気を固くした。

 天井ではなく壁に撃ったというのは威嚇にせよやり過ぎだ。ナタルの手が《滑れば》キラは本当に死んでいた。

 狭い場所で水平方向に威嚇射撃をするのは、それはもう攻撃と言っていい。

 士官教育を受けた彼女が知らない訳はない。

 

 フラガの声は若干ではなく、かなり低い物になる。

 ナタルはそれに対して言い訳をしなかった。率直に理由を述べる。

 

「弁解のしようがありません。感情が昂りました」

 

《……感情ね。ま、気持ちは分からんでもないがな。

 しかし次は無いからな。貴様は今後、一人でキラに近づくなよ、いいな少尉》

 

「はい。ご安心下さい、そのつもりはありません。

 保安部員も固定ではなく入れ替わりにさせますので、話にも耳を貸さないよう念を押しておきます」

 

《ちっ……いや、悪い。あー悪かったよ。舌打ちは、ついだ。とにかくだ。キラの射殺はまだ早い。

 それに、今はあいつをどうするのかじゃなくて、アークエンジェルをどうするかの話し合いだろ? そっちを話そうぜ》

 

「私もそれを希望します」

 

 フラガの叱責は冗談めかしてはいたが、目が笑っていなかった。それにナタルは無表情に答えた。

 ナタルも頭は冷えたが、まだ怒りが渦巻いている。

 舌打ちなどをされれば、それを刺激されてやはり面白くはない。

 

 それをお互い分かっているのだ。

 

 刺激しあって激発している場合ではない。そんな事で言い争っている場合ではないのだ。

 ナタルへの叱責を代わってもらった形のマリューは、内心でフラガに謝意を示しながら口を開いた。

 

「バジルール少尉。今の段階で貴女をどうこうするとは言いません。これは不問に付して良いことではないけれど、この艦はまだ困難な状況にあります。

 本来の仕事に集中してちょうだい。いいわねナタル?」

 

「はい」

 

 律儀にしっかりと返事をしたが、申し訳ない等とは一言も口にしない辺り、ナタルの感情も穏やかではないのが見て取れる。

 マリューはそれを無視する事にする。

 本当にそんな場合ではないのだ。せっかく最近はキラとナタルの関係にわずかながら改善の兆しが見えたのに、と、思わないではないが。

 

 とは言え……。

 とは言え何から確認して検討をするべきなのか。

 前代未聞の大問題が目の前に横たわっている。

 

 本来、ナタルへの処分は結構な物になるはずだが、キラの問題の前ではあって無いような物だ。

 だから彼女への叱責もそこそこに本題に入る事になる。

 

 しかし、いざ話し合いが始まると3人はしばらく無言だった。

 何を話し合えと言うのか……それが本音だった。

 

 

「……フラガ大尉はどう思われますか?」

 

 何とか口を開いたのはマリューだ。それでも人に意見を聞く形を取る辺り、やはり混乱が見受けられる。

 それでも、とにかく話が始まった。

 

《……まあ。まともに考えりゃ薬物か。精神異常の類いなんだがな……》

 

 聞かれたフラガも口ぶりははっきりしない。

 キラには何か特別な事情があるに違いないと思ってはいた。

 しかし、いざとなるとやはり無条件に受け入れるには事が複雑……いや、特殊すぎた。

 最初こそ場の空気を和らげようとしていたフラガだが、さすがにここは軽い態度は鳴りを潜める。

 出そうとしても難しかった。

 

 ナタルはキラから聞き出した話を、一言一句まで同じとは言えないが、二人にほぼ全て話したと言ってもよかった。

 

 支離滅裂な所も多いキラの説明を彼女なりに噛み砕き、彼女なりに整理した所もあるとは言え。聞き及んだ全て、自分との会話の流れ、自身の恥になりかねない部分も含めて全てを、ナタルはきちんと伝えていた。

 

 良いか悪いかは別として、そこに足りないのはあの空間においての、キラとナタルの感情くらいの物だ。

 

 ナタル自身、本音を言えば少しだけ、ほんの少しキラを疑えるような表現や、伝え方をしようかと悪意がよぎったのは確かだ。

 だが、彼女は物事に対して可能な限り公平であろうとする人間で、実直を美とする軍人だった。

 

 そのナタル・バジルールの意地とプライドが、彼女にそういった真似をさせなかったのはキラに取って幸運だったと言える。

 おかげでマリューとフラガは、ナタルがその場で受けた甚大なショックとは無縁でいられた。

 感情に引っ張られすぎる事なく。ナタル・バジルールというフィルターを通して冷静に、キラの話を聞く事が出来たのだ。

 

 それでも困惑や狼狽は結構な物だったが。

 

 

《3年後の未来から戻ってきた、ね。そりゃあ答えられるよな。経験してんだから》

 

「フラガ大尉は、キラ君を信用できると?」

 

《いや信用するとは言ってねえよ。するしないはともかくとしてよ。……ハッタリとしちゃ最強じゃねえか?

 無茶苦茶だが、説明としてこれまでのあいつの言動に筋が通っちまうんだよ。

 そんでこれからも話を聞きたくなっちまう……これが嘘なんだとしたら、よほど頭のいい奴が考えたんだろ。上手い事を言いやがる。いや、言わせてるのか?》

 

「やっぱりもう一度、話をしてみるべきなんでしょうか?」

 

《何を話すってんだよ。……あー悪い、疲れてんな俺。気にしないでくれ。

 話すにしてもよ、何て言うか……あいつが知っているのは知っている事だけなんだろ?

 で、本来はユニウスセブンに行ってそこで物資を手に入れるはずだった。だから答えられる。

 いや、そこまでは答えられた、か。ややこしすぎて面倒くせえな》

 

「でも今度は私達が行かない方を選んだから、先を答えられなくなった、と?」

 

《そうなるな。最も少尉の話からは、証明できそうな根拠は何も出なかったって事だが》

 

「本人も、何故過去に戻ってこれたのか分からないと、言っているんですものね……」

 

《そこまで含めて芝居って可能性を考えるとな……》

 

「ですが、高い電子戦能力に高い情報収集力があっても、予知のような未来予測は不可能では?

 それに、キラ君はナチュラル用のOSを組み上げて、アークエンジェルの防御までしてくれました。揚げ句にこんな目茶苦茶な言い訳をするのは……敵とは思えません」

 

《いやだからさ、それも敵味方を巻き込んでる大がかりな隠蔽工作って可能性が……ねえよなぁ。たかが艦一隻に》

 

「可能性の話と仰るのなら彼のご両親は……」

 

《戻ったのはついこの間なんだろ? しかも本人だけってんだからな……つーか、戦闘向けのコーディネイトね……それだけでも結構な問題なんだよな。

 まさか親の方もプラント関係者なのか?》

 

「そんな。そこまで疑うんですか?」

 

 マリューもフラガもこれからの事を話すはずが、やはりキラの事を話してしまっている。

 

 それを黙って眺めるナタルは無理もないと思った。

 二人の疑問はナタルが考えたのと同じ所を辿っているからだ。

 さっきから二人と同じような思考を散々に重ね、そして今も二人と似たような心境を散々に味わっている。

 

 実際、ナタルが激昂したのも、何処かでキラを当てにしていた面があったからに他ならない。

 短い間ではあったが、アークエンジェルがへリオポリスからここまで何とか来れたのはキラの功績、発言が大きい。

 怪しげだったとは言え、行動指針を示さされば不安な状態では当てにしたくなるのは人情と言う物だろう。

 それが無視はできないレベルで有用ならば尚更。

 

 いや、有用どころではない。居なかったら沈んでいた。それを今更当てにするなと言う方が無理だ。

 だから、これ程に腹が立つのだ。

 信用できるのかもしれない、苦しいが何とか協力態勢を……そう思わせておいてこの仕打ちでは、撃ちたくもなる。

 戦時に敵方を混乱させるにしてもやり方の限度がある。悪辣すぎるのだ。

 やり方が酷すぎてむしろ敵とは思えないレベルだ……かと言って味方だろうと判断をするのには、躊躇いを覚えるのも確かな所だった。

 

 激しく混乱させられた上に、ここからは独力で切り抜けなければならない。下手をすると想定以上に危険になっている状況を。

 その不安は3人共通だった。だからキラの話になってしまうのだ。

 

《ああ、ダメだな。あいつの事を考えててもどうにもならん。とにかく、アークエンジェルをどうするのかを決めなくちゃならんな》

 

 フラガは、キラの話には決着がつかないと切り上げを提案する。

 

 キラは嘘を言っている。それで終わらせてしまえば確かに楽にはなれる。

 だがそれでは、恐らく状況を切り抜けられるというキラの話もまた、嘘になるのだ。

 

 こちらを騙すための擬装だとしたら。一部だけが事実の何かの工作だとしたら。

 可能性、可能性、可能性。

 あり得そうな可能性の話であればそれこそ幾らでも思い付く。

 きりがないのだ。

 

 一つでも手に余る問題が複数。しかも威力は特大。

 だから保留するしかないと。

 

 マリューは頭を抱える。

 保留と言ってもみすみす有益な情報を捨てる可能性を考えると、ではそれで、等と安易に言えないではないか。

 これでどうしろと言うのか。

 この状況を迷いなく切り抜けられる指揮官が居るなら呼んで欲しい。

 胃の辺りが重い。

 できればキラからは協力をお願いしたいのだが。しかし。

 

「……バジルール少尉は、キラ君と話をするのは危険と考えるのよね?」

 

「はい。洗脳の危険がありますので、後は専門の尋問担当者に任せるべきかと。

 既に申しましたが、ヤマトはこちらを混乱させるためだけの役割の可能性もあります。

 荒唐無稽な内容ではありますが、彼自身は本気で言っているように見えるために尚更悪質です。

 あの姿を見せられて同情を覚える者は少なくないかと。

 万が一、実際に極めて特異な状況が彼の身に起こっているのだとしても、それを確かめる手段はありませんし、こちらがそれを元に動くべきなのかは疑問を覚えます」

 

 キラとの会話で一旦激昂したナタルは、反動で冷静に話をできていた。

 それはこの場に置いては場の流れを握った形に近い。

 

 ナタルはある程度キラの話を咀嚼できていたが、マリューとフラガはまだ受け止めている最中だった。時間を置きたいのが正直な所だった。

 

 だからマリュー、フラガはこの場での決着を避ける感情が強く、ナタルも慎重さから、キラの話に今の段階で向き合う事は避けるべきと主張した。

 誰も明言しないが、とりあえずは保留して……という雰囲気になってくる。

 

 言うなれば、逃げ、である。

 ただし、3人に共通するのは《これ以上の事態の悪化、複雑化は勘弁して欲しい》に尽きた。

 

 あまりにあんまりな話を聞かされても、現状では何もできないに等しいのだ。

 味方が欲しい、敵をうまくかわせるか、の状況で戦争全体の事を話されても彼らにはどうしようもない。

 

 気の毒であり考えたくない事ではあるが、キラが酷い洗脳を受けているか精神錯乱を発症している場合は、それこそ何をするか分からないのだ。

 今度こそ致命傷になるかもしれない《モノ》に、下手に触らない事を選択するのは仕方ないと言えた。

 

「月本部への通信はどうするべきなのかしら。まさか全て伝える訳にもいかないでしょうし……」

 

 マリューは友軍に送る通信にキラの事をどこまで含ませるかを迷った。

 キラの事を全て送れば射殺か、もしくは実験室行きか。

 さすがにそれはマリューの良心が痛んだ。

 

 キラが恩人でもあるのは確かだ。せめて命は何とか助けてやりたい。

 いや、助けられるはずだ。これまでの功績で持って弁明は幾らでも可能だ。

 まだ功績の方が大きいはずだ。後は余計な事を《させなければ》いいのである。

 要は静かにさせておけばいいのだ。

 

 その意見には角度は違えどフラガ、ナタルの両名も同調した。

 

《まあ詳細に、って訳にはいかないよな……事がヤバすぎる。隠せとは言わないが、伝えるタイミングを図っていた、でいいんじゃないか? 情報漏れを警戒しました。とかさ》

 

「フラガ大尉の意見に同意します。

 現状でヤマトの話は友軍を混乱させかねません。今は通信で伝えられるレベルの事実だけを発信し、後は合流してからの方がよいかと」

 

 いずれにせよ、デブリベルトの離脱。キラの拘束に変わりはない。ラクス・クラインの救助も状況から不可能。

 判断に変わりはなしだ。

 ならば行動にも変わりはないのだ。

 

 まず。さっさと地球連合の勢力圏に逃げ込むだけである。

 

 指揮官達には他にも幾つかの確認事項が出来たがそれらは。

 キラは表向き療養とする事。

 学生達の間ではトール・ケーニヒにのみキラの《味方勢力圏に近づいた為の、誤解を避ける為の自主的な》独房入りを伝える事。

 学生達がキラの協力者である可能性を考え、今更ではあるがブリッジへの立ち入りを止めさせる事。

 戦闘よりも速度を重視して行動する事、等の細々した物だけだった。

 

 無論、どれも面倒な事ではあるが、キラの話に比べれば常識の範囲で収まる話なのが彼らの救いだった。

 

 だからそれに集中する事にする。

 マリュー達がキラの話に正面から向き合うには、余裕と時間が無さすぎたのだ。

 

 

 

 

 

 そんな話し合いを思い出して憂鬱な感情に支配されるのも仕方のない事だった。

 マリューは誰にも聞こえないようにため息をつく。

 

 艦長席に座る彼女は、部下の前なのだからしっかりしなければと、気を引き締め姿勢を正した。

 それでもやはり時折、CIC指揮官席に座る副長……ナタルに目線を向けてしまう。

 マリューだけがナタルを見るのではない、ナタルもマリューを見るのだ。目線が合うのだ。

 デブリベルトから抜け、アラートやシフトは長かった警戒態勢から通常へ落ちているが、マリューとナタルはブリッジに常駐していた。

 

 二人ともやはり、油断する気になれないのだ。 

 今届いた先遣隊からの暗号パルスの内容を聞いてからはさらに。

 

「艦長、保安部からアラートの切り替えについて、もう大丈夫だとアナウンスをお願いしたいとの要請がきていますが」

 

 と、パルから声をかけられてマリューは意識を戻す。

 そうだった。

 いつまでも昨日の事を考えてはいられない。

 面都な事は後回しだ。キラの事はハルバートンに会ってからで十分だ。

 今はアークエンジェルを何とかしなくてはいけない。

 

 マリューはこれまでのアラート切り替えの激しさの謝罪と、もうすぐ味方に合流できるとの説明を合わせて発した。

 少なくともこれで艦内の空気を柔げられるだろう。

 大丈夫、状況は良くなっていると。

 そう思い込むためにも。

 

 CIC指揮官席に座るナタルはマリューのアナウンスを聞きながら仕事をしていた。

 艦の戦闘能力の入念なチェック、そして周辺警戒を厳密にとの念押しをクルーにしていた。

 やっておいて損はないとの思いは言い訳だと分かっている。

 

 時間が空くとキラの話を思い返してしまうのだ。

 インパクトが強かったからだと断じてみても、それでもやはり考えてしまう。

 

 現実にあり得ない事だが一つ当たってしまったのだ。

 第8艦隊からの先遣隊。

 

 実際に自分が記憶を持ったまま過去へ戻ればどうするか。

 それを考えるのは怖い。想定してしまうのが。

 それでも考えてしまうのだ。

 自分はキラのように数百人の未来を抱え込めるだろうか? 戦争自体の事を考えれるだろうか。

 どうやって周りを説得するか。

 やはりあんな説明になるのではないのか。

 

 ナタルは頭を振る。

 馬鹿げた話だ。これが狙いなのだ。こちらを混乱させるための。……だが。

 

 だが、やはり考えてしまう。

 

 食事の支給に行かせた保安部員から、キラが「モビルスーツの装備だけでも整えさせてくれ」と必死に訴えてきておりますが、と聞かされる度に。

 

 もう一度話を聞き直した方がいいのではないか。

 せめてモビルスーツ隊の装備だけでも整えさせておいた方がいいのではないか。

 先遣隊への警告はした方がいいのではないか。

 もしかすると自分はアークエンジェルを死地に向かわせているのでは……。

 

 いや違う、あり得ない。と。ナタルは己の弱気を叱咤する。

 

 弱気になるな。だからそれが狙いだとしたらどうするのだ、と。

 連合に被害を与えるための洗脳工作だとしたら、既にアークエンジェルはやられていると言える。

 むやみにキラの話を広げるのは危険だ。

 

 しかし。

 しかし、やはり気がつくとナタルはキラの話、これまでの会話や状況を組み合わせて、思い返しては矛盾や整合性を求めてしまっているのだ。

 

 否定したいから、納得したいから、次から次へとキラの言動を思い返してしまっていた。

 たまに自分に心配げな視線を向けてくる艦長と同じく。

 

 

 

 あと少しで、安全な所へ着ける予定。

 艦内アナウンスでそう責任者から伝えられると、乗っている乗員達は民間人も含めて、皆が安堵の空気を出していた。

 

 そろそろ我慢は限界に近かったのだ。

 アナウンスは保安部からのブリッジに対する注文だった。デブリベルトを抜けて、アラートの目処が立ったら何とかお願いしたいと。

 実際、艦内の空気は目に見えて柔かくなる。

 

 実は食事があまり美味しくなかったんだ、とか。

 体が汗臭いのはうんざりだとか。

 警報の切り替えのせいで睡眠不足だとか。

 兵隊さんとやっていた賭けカードゲームの掛け金を早く回収しなくちゃだとか……これはあくまでも遊びの範疇の話だが……とにかく色々な話題が出てくる。

 

 彼らは、助けてもらった事をしっかり分かっているのだが、だからこそ言えなくなる不満もあった。

 もちろん冗談めいた物言いではあるのだが、ようやくそれを言えるくらいにやっと感情が緩んだとも言えた。

 困った体験だったな……などと笑い声もちらほらと出てきていた。

 

 それを見回る保安部の兵も苦笑いだ。

 ただ、彼らの空気も柔らいでいるのだから、やはり過ごしやすくなっているのは確かだった。

 

 

 対して残念ながら、安心してはいられない者達もいる。

 志願した学生達。そして格納庫で勤務している者達と、ごく少数の保安部員……彼らは現在の状況に差はあれど不安を感じていた。

 

 学生達は体調を崩し姿を見せなくなった友人の事と、もうブリッジには入らなくてもいい、各部署の雑用をと言われるようになった事で不満と軽い不安を。

 

 そして格納庫に居る者達は調整が止まった搭載兵器を見て多いに不安を。

 ごく少数の保安部員は、先日の独房で起きた事を思い返して強烈に不安を感じていた。

 

 各業務において、つまりキラに関わってくる者達はまだ不安を抜け出せずに居た。

 

 それでもブリッジはオーブ軍人の協力を得て回っており。

 学生達も、何故か見舞いにも行けないキラや、ブリッジには入らなくていい、と言われた事に文句を言いつつ厨房でイモの皮剥きや、艦内の環境保全に汗を流し。

 

 格納庫ではとにかくできる事をやろうと、整備班や民間技術者達がキラ抜きでは手をつけられない所をスルーしつつ、結果的に休みが増え。

 保安部の者達も命令に従い、とにかく仕事に集中する事で。

 悩みながらも、これまでよりは比較的に穏やかな時間を過ごしていた。

 

 

 モビルスーツ隊の事はフラガに任された。

 装備、運用、出撃の可否。

 かなりの裁量権がマリューから与えられた。しかし。

 

「あの……X105の装備はどうしましょうか」

 

「グレーとガンバレルストライクのOSで干渉する式なんですが……」

 

「トールとアサギの訓練なんですけど、高速航行なら外では出来ませんよね? 艦内のシミュレーターに変更ですね? 一回グレーを念入りに整備したいんですが」

 

「グレーとガンバレルに対してのストライクの装備流用についてなんですが……」

 

 等と。

 機動兵器関係で今までキラが引き受けていたことがフラガにのし掛かってきた。

 

 無理である。

 量もそうだが、内容がそもそもフラガの手に余る。

 訓練生達の面倒も見なければならないのだ。

 もうすぐ合流とは言え、鍛えておくに超した事はない。……キラの話では先遣隊との合流時に一戦あるのである。

 油断は出来ない。

 

 OS関係はキラがほぼ毎日手を入れ修正をかけていたため、少し前に保存していたバージョンの、動きは減るが安定していた状態の物に変更してしのぐ事になった。

 装備については現状維持にしかならない。

 

 その時点でフラガはパイロットとして面白くないのである。仕方ないのだが面白くない。

 フラガは自分に出来ない事は整備班にとにかく丸投げし、まずは訓練生達に話をする事にした。

 

 いざとなれば艦の防御に入らせる事になるのだ。

 ビームライフルの一つも撃ってもらう事になるかもしれない。

 さすがに彼らにはキラの事を黙っているに訳にもいかず、やむ無く話したがトール、アサギの反応はやはり若い物だった。

 

「だから! キラはスパイじゃないって言ってんでしょうが! ホントに何を考えてんですか!」

 

 全てではなく表向きの言い訳……誤解を避ける為の自主的な独房入り。と聞いた直後のトールの反応がそれだ。

 馬鹿やろう、声がでかい。とフラガに注意される。

 現在ブリーフィングルームにはパイロット達しか居ないが、大声で叫んでいい内容でもない。

 

 いつも居た保安部員もいない。

 何だかんだで、彼らはキラにくっついていた保安部員2名とも顔見知り以上になっていた所がある。

 それぞれの交代もあるから常に全員とは言えなかったが、大々5~6人で固まっていたのが、いきなり3人だけになった。

 

 だからこそトールとアサギは、減った人数に不安を覚えるのは当然だった。

 

 特にトールには何でわざわざ戦力を減らすのか理解不能の話なのだ。ザフトは強い相手なのではないのか。

 比べればアサギは静かに聞いたと言える、しかし不安そうな面はトールと同じだ。

 

「じゃあもしザフトが来たら、私かトールが出撃するって事ですか?」

 

「もしかしたらの話だ。ひょっとすると二人とも出てもらう事になるかもしれん」

 

「グレー、どうすんですか。エラー出てますけど」

 

 トールは不満顔だが、やるのならば出ると顔には書いていた。怯えはあるが、責任感の方が強く現れている。

 

 フラガはトールとアサギの教育にはかなりキツい物を用意したと言える。

 潰しかけた、とは言い過ぎだが。これでダメならどうせ乗せられない……その二歩、三歩手前位には厳しい態度と要求を心がけていた。

 

 それを周りのフォローや、サポートもあったとは言え、何とかついてきたトールとアサギには拙いながらも兵士としての物が備わりつつあった。

 あくまでもど新米としてだが、一応程度には。

 

「じゃあヤマトさんのストライクはどうするんですか? OSを入れ換えて、あたしかトールが乗るんでしょうか? フラガ大尉と3人で出るんですか?」

 

 フラガは、アサギからの質問に腕を組む。

 できればストライクは残して置きたかった。

 

 いざと言う時にキラを出さなければならない状況が怖いのだ。

 ナタルが強硬に厳しい態度を取ってしまった事もあり、彼女の立場やプライドの問題からそうそうはキラを出せなくなった事は分かる。

 

 それでも出さなければならない状況が来たら怖い。

 

 そしてそんな状況では恐らく、キラをジンで出した所でまず意味がない。

 ストライクは残しておきたいのだ。

 

 だからトールとアサギを使うならどちらか一人ずつ。

 ならばジンではなく、慣れてきていて防御力のあるグレーフレームになるのは当たり前で。

 となるとストライクは現状であまり手をつけられなくなる。

 装備の増強を図ろうにも、キラがようやく手を入れ始めた装備関係は現在凍結中……つまりやるとなったら、今のままでやることになるのだ。

 結局、出来る事は少ない。

 

 フラガはどれだけキラが仕事を抱えていたか理解する。

 そして恨んだ。

 

 何故ナタルと二人の時に言ってしまうのか。

 

「せめて俺に最初に言ってくれりゃあな……」

 

 いや、同じ事か。

 フラガは顔をしかめる。

 

 話の内容が特殊すぎるのだ。

 戦時に笑って流すのは不可能に近いレベル。

 

 もし自分が最初に聞いていれば、やはりキラの精神状態をまず疑っただろう。

 錯乱したパイロットほど危険な物はないのだ。ましてやあの強さ。

 多分、キラをそれとなく兵器から離しただろう。それから慎重に対応を考える。……ナタルのやり方を全面的に否定は出来ないのだ。

 

 目で不満を訴えてくる新米どもの頭をフラガは、がしがしと撫でる。

 

「……ほらほら、いつまでも文句を言ってんなよ、俺も大変なの。

 それとな、今日からは走る量を軽めにしておけ。シミュレーターで狙撃と射撃を重点的にやるぞ」

 

 そのフラガの言葉を聞いて新米二人は危機感を強くした。味方に近づいているのにアークエンジェルの機動兵器隊長は全く甘い想定をしていないのを把握したのだ。

 

 それでもトールは、ようやく役に立てると発奮してみせた。友の為にモビルスーツに乗る決心をした人間である。

 恐怖はあるが、負けん気は少なくない。

 アサギも負けまいとシミュレーターの順番争いを始める。

 彼らのその姿を見てフラガは、何とか何事もなく終わって欲しいと願ったが、不安は除けなかった。

 新米を頭数に入れる戦いなど、大抵は負け戦である。

 

 

 

 さらに翌日、マリュー達を狼狽させる事実が判明した。

 

 ノイズ混じりではあるが先遣隊とのリアルタイム通信が繋がったのだ。

 一瞬、一瞬だけ心の底から安堵した彼女達だが。

 

 先遣隊に民間人……というには微妙な立場の者が同乗している事が判明した瞬間、マリューとナタルは共に顔を青くした。

 

 大西洋連邦の事務次官。

 ジョージ・アルスター氏が先遣隊に同行してきていた。

 

 

 

 

 それとほぼ時を同じくして、ザフトの戦略拠点ボアズから出撃。高速で移動していた艦隊がいた。

 ベテランのマッカラン隊、若手中心のクーザー隊である。

 贅沢な事に高速艦のナスカ級4隻からなる、プラント追悼慰霊団の捜索隊だった。

 

 彼らはボアズ~デブリベルト間を航行していた所だった。

 

 地球、月を睨むザフトの重要拠点、要塞ボアズ。

 そこからデブリベルト方面に、と言うのはどちらかと言うと雑用をやらさせるような配置になる。

 

 しかし彼らの士気は高かった。

 何故なら、プラント本国より緊急命令を受けて出撃しているのである。

 国防委員長から直々の命令が来ていたのだ。

 彼らの所属する派閥の長からである。

 

 その旗艦ではオペレーター達の声が響いている所だった。

 

「マッカラン隊長! 連合らしき部隊を発見しました、熱源と航跡から予測。デブリベルト方面に向かう進路を取っています……恐らくは月からの部隊です!」

 

「このまま進むと航路がぶつかります、如何されますか」

 

 それを聞いたマッカランはあっさり決断する。

 

 いかがされますか、だと? 排除に決まっている。

 こちらは民間人の捜索、救助に行かねばならんのだ。

 速度も進路も譲る訳にはいかん。

 

 邪魔な物は全て潰せ、とも命令を受けているのだ。

 

 マッカランは直ぐに同じ隊長格であるクーザーを通信で呼び出した。

 無論、戦闘に入る為の同意を取り付ける為である。

 

 通信に出た若い男……クーザーは、隣にいる艦長職の男共々、意気軒昂といった様子だった。

 

「クーザー、このままでは本隊との合流前に遭遇戦になるが……構わんな?」

 

《はい、マッカラン殿! 奴等はよりにもよってデブリベルトへ向かっています。もしかするとラクス嬢を確保する動きなのかもしれません、叩き潰すべきです!》

 

 クーザーの言う確保とは味方に配慮したソフトな言い回しだ。

 本音では、あの連合の部隊は追悼慰霊団に《止めを刺し》に来ているのではないかと疑っているのだ。

 そしてそのやり取りを聞くザフト将兵は、口に出さないがクーザーの意見に同意を持つ者が多かった。

 それはマッカラン隊のブリッジクルーも同じくだ。

 

 疑心暗鬼な面が強いとは言え、時も場所も悪かった。

 ユニウスセブンはダメだ。

 

 現状、プラントにとってユニウスセブンとはナチュラルの悪行の代名詞であり、そして自分達の大儀名分である聖域に近い。

 

 そこでまたもや、だ。

 しかも相手がラクス・クライン。

 またもや民間人が連合に一方的な攻撃を受けたのだ。

 

 本国からは市民から公員、全てが例外無く怒り狂っている、仇を討ってこいと通信を受け取っているのがボアズの将兵だった。

 機会があれば、ナチュラルを叩きのめしてやりたいというのが彼らの心情だった。

 

 同じボアズから、報復として月への攻撃に行く部隊を見送りつつ、色々な思いを飲み込んでこちらへ来たのがマッカラン、クーザーである。

 

 煮えたぎっていた闘争心が燃えるのに、目の前の連合部隊は手頃すぎた。

 

 マッカランは決定を下す。

 

「よし、捜索の邪魔をさせる訳にはいかん。あの連合の部隊を追尾、我々で攻撃をかけるぞ……! 戦闘配置!」

 

 高い機動力を持つナスカ級のみを与えられたという事を、邪魔な連中への対応力を与えられたと解釈したザフトの指揮官2名。

 

 捜索部隊には似つかわしくない大戦力……モビルスーツ22機を与えられたマッカラン、クーザー隊のナスカ級4隻が速度を上げた。

 

 


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