プラント首都アプリリウスには、いやプラント全体には激震が走っていた。
ユニウスセブン追悼慰霊団。
その慰霊団の乗る船シルバーウィンドがデブリベルトにおいて消息を断った。
そんな情報がプラントを揺らしていたのだ。
未確認ではあるが、地球連合と思われる者達がデブリベルトを航行していたらしく、戦闘行動を行ったような痕跡も発見されている。
追悼慰霊団及び、現プラント議長シーゲル・クラインの娘であるラクス・クラインの安否は不明、護衛のユン・ロー隊とも連絡が確保出来ず……と言う凶報。
これを把握したプラント議会、公的機関及び軍部に相当するザフトは当然蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
それに加えて、ほぼ同時に市民の間でも同じ情報が駆け巡り大騒ぎとなっていた。
報道されているのである。
報道では、民間船を攻撃するなど言語道断、連合の正気を疑う、連合討つべし。と言った勇ましげな内容や、コメンテーターが連合の行動を批判するような内容が急遽組まれており。
一方でラクス・クラインの人格を褒め称えるようなエピソードがさりげに紹介され、そして今回の情報に驚き悲しみ、怒りを露にするプラント市民達がインタビューに答える映像が流れていた。
それが先程から、《まるで準備されていたかのような》内容で繰り返し流れていたのだ。
一部の冷静な、護衛はどうしたのか? 《本当に》連合のやった事なのか? と言った声は隅に追いやられ。
日毎どころか、数時間毎にプラントの怒りは増していく状況になりつつあった。
その報道を執務室の一角で見ている二人の男が居た。
国防委員長パトリック・ザラ。その部下ラウ・ル・クルーゼである。
彼らは市民や末端の公員及びザフト将兵とは違い、極めて冷静に報道を見ていた。
まるで慌てる必要など無いとばかりに。
椅子に座るパトリック・ザラが口を開く。視線は前にあるモニターに向けたまま、横に立つクルーゼに対してだ。
「……報道が随分詳しいな。クルーゼ、貴様の仕込みか?」
国防委員長は内容ではなく、報道の早さに対して、それを何故か横に立つクルーゼに訪ねた。
訪ねられたクルーゼは薄ら笑いと共に答える。
「ご冗談を。私にはそういった方面の手管はございません。
誰か、の好意でリークされた情報を元に、民間が騒いでいるのでしょう。プラントの歌姫……注目の的です。当然の反応と見てよろしいかと」
そうクルーゼは微笑しながら言った。
そして、パトリックはそれを咎めない。
「……ラクス嬢は、確実か?」
「残念ながら、まず間違いなく。……複数ルートからの情報漏れがあったようですので、連合は待ち構えていた……と見るべきでしょう……妙な機体の介入があったようですが……誤差の範囲です」
痛ましい事です。と何でもない事のように話すクルーゼをパトリックは目を細めて見やった。
「……モビルアーマーによる特攻攻撃など、前時代的な事をやれる人間をよくも集めた物だな……クルーゼ」
「閣下、ご冗談を。《私は》何もしておりません。
私には連合の部隊指揮権などございませんよ。
連合の事は分かりかねますが……パイロットには薬物でも使っていたのでしょう。いかにも彼らのやりそうな事です」
「余計な痕跡は残していないだろうな?」
「クライン議長は無念でありましょう。ニュートロン・ジャマーの恨みを一身に受けておられる……ご心労のあまりに、ご息女に矛先が向く可能性を忘れておられたのでしょうな。
連合の内通者も《ラクス・クライン嬢の居場所》に価値を見出だすかもしれないと、そう考えないとは」
パトリックはクルーゼの言を少し嗜める。
クライン嬢は息子の婚約者でもあると。
「和平を口にする以上、奴にもそれに向けた行動が求められてきた。
娘の安全を軽んじてでも、クライン家の者は戦争を悼んでいると示さねばならなかった、と言う事だ」
さすがに友人の娘に向けては、パトリックはそれ程に冷たい物言いをせずに立場を慮った。
さりとて、温かいかと問われれば、断じて否と言える表情ではあったが。
「はい、ですから。我々ザフトが一丸となって《仇》を討たねばなりますまい……全滅したであろうユン・ロー隊の為にも……ですな」
ついにクルーゼは歯を剥き出して笑った。
プラントにて大きな支持をあつめる。……集めていた歌姫。それがラクス・クラインだった。
いわばアイドルのような存在である。
その彼女が《害された》となれば、それは報復をしなければならない。
そうでなければプラントは収まらない。そういう空気になったのだ。
では誰がやるのか。
それはプラントにおいて武力を担当する者。
すなわちパトリック・ザラである。
彼の仕事になるのだ。
「……まあいい。これで腑抜けた連中も少しは火がつき直すだろう。クラインも含めてな。
さすがに奴も、娘の仇討ちを止めることはできまい。
それとクルーゼ。アスランを《捜索》に連れていかせる意味は、理解しているだろうな?」
話の方向は切り替わる。
クルーゼは笑みを消し、仕事の表情に戻る。しかし、楽しくて仕方ないとの感情は透けて見えるようだ。
「はい。上手く手柄を立てさせるつもりです。お任せ下さい。それに伴い少し御願いが……」
「なんだ」
「この際に色々と片付けようかと。
我々クルーゼ隊はクライン嬢の捜索に全力を尽くす次第ではありますが、彼女にもし万が一の事があれば。
その婚約者でもあるアスランに手ぶらで帰還はさせられません……分かりやすい戦果が必要になります」
「……それで?」
「本国とボアズから、幾つか部隊を出して頂きたいのです。
指揮権を頂けるとありがたい話ですが、必ずしも要求はいたしません。ただ、本国から連れていきたい者が何人か」
パトリックはクルーゼの思惑が見えてきた。
頭の中で人の名前をリストアップする。
「誰が望みだ?」
「レイ・ユウキ……そろそろ、お邪魔では?」
パトリックは口を閉じたまま、息をつく。
奴、か。とでも言いたげだ。
ザフトのレイ・ユウキ。フェイスと呼ばれるトップエリートの一人である。
国防委員長パトリック・ザラの優秀な部下にして、人望の厚い戦闘指揮官であり、有能な事務官であり、そして。
そして、穏健派に属する人間だった。
パトリックはクルーゼに視線を合わせる。
クルーゼはそれを受け止め、頷いた。
今回の件はザフトの失態だった。
自分達で仕組んだ面があるとは言えそれが事実だ。
さらに言えばザフトを統括するパトリックの、である。
クライン嬢の護衛は《細工をしたと言えど》それは事実なのだ。だからこそパトリックが責任を取り、その失態を拭わねばならない。
そこに穏健派として名が売れているレイ・ユウキを連れていく。悪くない手だ。
パトリックは自身の失態を認めた形で、反対派閥であるクライン派に近い人間を捜索隊に同行させる。
向こうは発言力を高めるいい機会として乗ってくるだろう。
こちらの本命は……レイ・ユウキをパトリックから遠ざける……と言う事だった。
パトリックは考える。
つまりは始末する……と言う事か。
最悪でもしばらく前線に張り付けさせ、パトリックの動きを自由にさせる……と。クルーゼは言外に言っていると把握する。
結構だ。
戦死ならば誰も文句は言えまい。ユウキは優秀な人間ではあるが最近はこちらの動きに疑問を抱いている節がある。……今は、勝つために邪魔だ。
不幸なユン・ロー隊と立場が同じだったと言う事だ。
「フェイスに、ボアズと本国からの戦力だ……艦隊の一つは潰さねば、預けた私の顔が立たんぞ、クルーゼ。
へリオポリスの件は終わっていない、お前の責任を軽くするためにも、だ。理解をしているな」
「ご安心を、餌は撒いております。上手くかかれば手柄は向こうからやってくるでしょう。
ただ、保険として、大気圏降下カプセルの配備を御願いします。
万が一何もなければ、選抜した人員を新たに地上へ突入させて来ましょう。その許可も頂きたい。
歌姫の仇に大部隊を送り込むとなれば面目も立つかと」
クルーゼはそこまで言ってから、しまったとでも言いたげに発言を訂正した。ただし、笑いながら、だ。
「……ああ、失礼。クライン嬢の身の安全はまだ希望を捨てる段階ではありませんでした」
助かるとは思えんが。とはクルーゼは口に出さない。
パトリックも既にラクス・クラインの事は別として作戦単位の話に移っている。
必要な犠牲と割りきっているのだ。あるいは本当に最早どうでもいいか。
「しかし、本国とボアズから部隊の抽出か……それ程には出せぬかも知れんぞ?」
「失礼ながら閣下、今回の件では随分動かせる者が増えるのでは? 後押しを受けて戦力の増産計画は前倒しになるはずです。
ビクトリアとジブラルタル、それとカーペンダリアに戦力を降ろせば、スピットブレイク。……アラスカ攻めのいい目眩ましになるかと。
連合のモビルスーツが動いたのです。OSの問題はクリアされつつあります。閣下も、この辺りで大きく叩いておきたいと、思っておられるではと思いまして……」
今後のザフト全体の戦略にも口を出し始めたクルーゼを、パトリックは黙らせて、話を進めた。
「良いだろうクルーゼ。必要な物はくれてやろう。余計な事を喋らずにやるべき事をやれ。
本国からラコーニ隊2隻、ポルト隊2隻、ユウキ隊に3隻を付ける、ボアズからは適当に出撃させて貴様に回してやろう。2隊で4隻を付ければ十分のはずだ。
貴様の隊は3隻だったな?
合わせて14隻か。モビルスーツは少なくとも60機以上は動かしてやる。
必要とあればユニウスセブン捜索は一時保留も許可する。……これだけ使うのだ。必ず戦果を挙げてこい。降下させるなら半数は降ろせ。いいな?」
「感謝します、望んでいた以上の戦力です。
ザラ委員長……艦隊の一つ二つ、沈めてご覧にいれましょう」
正直14隻の動員は大戦力である。
いかなパトリックの権限を持ってしても厳しい……いや、かなりの強権を発動させる事になる。
しかし、やるのならば徹底的に叩く、というパトリックの判断基準がそれを彼にやらせた。
中途半端な事をやっていては意味が無いのだ。
これは自身の失態を含めた仕込みだ、主導権を握るための作戦なのだ、必ず成功させなければならない。
作戦をクルーゼに任せ、パトリックは政局を担当する。邪魔をしそうな連中を黙らせる為に、どうするべきか思考を巡らせる。
それにしてもクルーゼめ、デブリベルトの中の事をよくここまで……。それがパトリックの正直な所だった。
「……今回の件。随分、具体的に動きを掴んだものだな。……どうやった?」
「脱走兵や海賊も役に立つものです、デブリベルトで生きる連中に噂を流しました。宝を積んだ連合の船が入ったらしい、と。
オプションとして、連合の船の場所を教えてくれるだけでも報酬を支払う……簡単な話でした。
ユニウスセブン周辺もある程度は掴めましたので、目的の相手も見つかりました。そろそろ耐えかねて出てくるでしょう。網を張ります」
パトリックはピンと来た。
餌をまく。向こうからやって来る手柄。デブリベルト。……数日前にロストした目標の事だ。
「……例の足つきとやらか、それをアスランに沈めさせると言うのだな?」
「はい。次期議長閣下のご子息にふさわさしい手柄になるかと。
宜しければ、歌姫の亡骸を前に、涙を流す若き英雄の映像もご用意しましょうか」
「……私に報告の無かった情報源については多目に見ておいてやる。へリオポリスの二の舞は許さんぞ。結果を出してこい」
「お任せを」
二人の話が一段落した所で、執務室の外に待機している秘書官から連絡が上がってきた。
パトリック・ザラの息子。アスラン・ザラが来たとの連絡だ。
パトリックは、息子に対して思わない所は無いではない。だが、それは今は許されない感情だ。先ずはこの戦争に勝ってからの話だった。
妻に似て感傷的な息子だ。
案の定、パトリックの執務室に入ってきたアスランは混乱が見えた。ニュースか何かで情報を手に入れたのだろう。
「……アスラン、貴様にはラクス嬢の捜索に行ってもらう、意味は分かるな?」
パトリックはアスランに話をしながら、心の中では友に話していた。無論独白のような物だ。
シーゲル……愚か者め。
和平などと。今さら和平など言い出してしまうから、娘の行動を縛れなくなるのだ。……ラクス嬢を殺したのは貴様だぞ、シーゲル。
引き金は既に引かれていたのだ。
ラクス嬢を戦場に追いやったのはシーゲル・クラインである。パトリックはそんな理不尽な理論を迷う事なく己で計算した。
パトリックとアスランが話している横でクルーゼは微笑んでいた。笑っているのである。
ラクス・クラインを討たせた、ラクス・クラインを討たれた。踊れ踊れ。踊るがいい。
国力の温存や和平など考えてもらっては困る。困るのだよ。ここで止まってもらってはな。
「通信が来た? 何とまあ……まだ生きてたんですか、あの船」
とっくに沈んだ物と思っていたが……そう言いたげなのはムルタ・アズラエルだ。
深夜、配下の者から新しい情報を上げられた中に、少し予想外の報告があったのを気に止めたのだった。
大西洋連邦のウィリアム・サザーランド大佐からだった。
アズラエルは前日の仕事が終わらずに翌日に持ち越して、いまだにオフィスの一室にて膨大な量の数字と文字に目を通している所だった。
伊達で超巨大企業のトップに座ってはいない。
その彼が今聞いたのは、何日か前に、放っておいて沈むのを待て……そう指示した大西洋連邦の新鋭艦。それが生きていたとの報告だった。
存外しぶといな、と思い判明している現状を聞けば、デブリベルトを抜けて月へ向かっているとの事。
援軍を寄越して欲しいと、現在座標と今後の予定航路を送って来たとの事だった。
あまりに露骨な機密の流出ではあるが、サザーランドはそれを考慮しない。
彼の役目はアズラエルの意に沿う形で事態の収集を図る……その一点に尽きるのだから。
アズラエルが地球連合の実質的な支配者層の、さらに上層に位置するからである。
彼らに取っては、これが正しいやり方だった。
とにかくも、月から情報を受け取ったサザーランドが気を利かせた……もとい、確認を入れてきたのだ。
如何しましょうか? と。
《お手数をおかけして真に申し訳ありません、やはり援軍は……?》
「どうもこうも無いでしょう。話を聞いてなかったんですか? 決定は……おや? これは」
アズラエルは乱暴にアークエンジェル関連の報告を読んでいたが、ある部分に目を止めた。
二度、三度とその部分を読み返しそして、満面の笑みを浮かべる。
「……宇宙戦が可能な、ナチュラル用のOSですか……へえ、コーディネーターの作った。
実用化がされている状態の……ねぇ」
《理事……如何されましたか?》
アズラエルは内心でサザーランドを切り捨てる計算を始める……こちらの表情の変化を読み取るのは結構だが、あまりに追従がすぎるのだ。
内容が分かっていないのか?
欲しいものを手に入れる機会が発生したのだ。
アズラエルはモニター上のサザーランドに対して、月から誰かを動かして援軍を送ってやれと指示を下した。
元々はそこそこに動ける男のはずだったが、最近では命令を聞くだけのメッセンジャーになりつつある男……サザーランドに向かって。
対外的に責任を取らせるなら、どんな形で潰すかを考えながら。満面の笑みを浮かべながら、だ。
「困った物ですねぇ。早く言って欲しい物ですよ? こういう事は。分かってないんですか、重要性が。
このコーディネーター。……使えるじゃあないですか……是非会って、話をしてみたいものですねぇ」
《では、……ハルバートン辺りを迎えに出しますか?》
「他に適任は居ないと言いたいんですか?」
《それが……プラントに妙な動きがあるようでして。
それを警戒してか、今はあまり前に出たがらない者達が少なくないと言いますか……申し訳ありません。月ではハルバートンぐらいしか動ける者が居らず。
加えて地球の各戦線でも、ザフトの攻勢が強化されている兆しがあると……》
既に月は利権と派閥争いで泥沼の状態だ。
アズラエルもそれを後押しした面が無いではない。
自身の影響力を確保しておく為だった。
それが今回は悪い方に働いたらしい。保身に動く者達しか配属させなかったとは言え、困った物だ。
「面倒ですねぇ。まあ仕方ありませんか。
ハルバートン准将と言う人はバカではないでしょう。その方で結構ですよ。
ああ、それと。月を失う事の無いように。戦力は十分な物を張り付けておいて下さいよ? では、よろしくお願いしますね」
ハルバートンは自分の影響力の外側に居る人物だ、万が一の事があろうが失って惜しい人材ではない。
サザーランドの返事を待たずに通信を切ったアズラエルは立ち上がる。
オフィスの一室からバルコニーへ出て空を見上げた。
笑いが込み上げてきた。
何とまあ、想定外の幸運がやって来た物だ。
自分を宇宙から見下ろす、あの憎き化け物共が、コーディネーター達が下へ落ちていく様が浮かんでいるようだった。
「これでプラント本国への進行に、前進が見えましたか……結構。大変結構な事です」
宇宙で奴等のモビルスーツを棺桶に変えてやれる。
アズラエルの笑い声はしばらく止む事が無かった。