機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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 2話同時投稿です。
 前の話の後半を修正しておりますので、そちらを読んでからどうぞです。


指揮官達の苦悩

 

「どう考えても逃亡する為の行動としか判断できません。 一時的な措置とは言え、ヤマトは現在、大西洋連邦に所属する軍属です。今回の件は見過ごせません」

 

 本来なら射殺が許されるような状況だった……そう主張するのはナタルだ。

 部屋の中でそれを聞いているのはマリューとモニターごしのフラガ。

 アークエンジェルの指揮官級3人だけだ。

 

 ついさっき、キラを交えての航路選択の方針決定を終わらせた所だった。

 その場においてキラは、明確に反乱もしくは逃亡の宣言と取れる発言をしたのだ。

 危険があるがユニウスセブンに向かって欲しい、目的は要人の保護、不可能であればせめて自分一人でも行かせてくれ。モビルスーツとシャトルを借り受けたい、と。

 

 要求が露骨すぎ、無茶苦茶すぎる。

 何の処罰・対処もなしでは示しがつかない事をキラはやってくれた。

 

 ここ最近はキラに対する警戒度を、接点の少ない者はともかくブリッジ組やモビルスーツ関係の面々は若干緩めていた事もあり、だからこそナタルが……いや、3人が受けた衝撃は相当な物だった。

 

 今回キラの話してきた事柄は正直、理解の範疇を超える。障害物だらけで通信が困難なこの宙域で、プラント、連合両陣営の動きを予見したのだ。

 しかも話しぶりから受ける印象は、ある意味立場を白状したとすら言える程だ。

 

 だからナタルは緩めていた警戒度を、最大限に引き上げ直したのだ。

 

 通信の類いは状況から見てほぼ不可能。盗聴、発信器の類いも違う。

 あのジャンク屋のキャラバンか、もしくは海賊の何れかが連絡員だったのか? と記憶を探ったが、キラの機体には接触回線を行う機会を与えていない。

 取引を行った際には、向こうの艦にはフラガとクルーの作業ポッドしか向かわせず、キラにはアークエンジェル側でしか仕事をさせていないのだ。

 

 逃がした海賊もいないはずだ。

 接触してきた者は全て撃破したか捕縛した。今も拘禁区画の奥の方に押し込めて見張りを張り付けている。

 キラとは会話も出来ない配置にした。異常は確認されていない。

 

 隠れたまま出てこなかった海賊が居て、そこから情報が漏れた可能性はあるかも知れないが……しかし、そうであればこの艦に居たキラが、外の動きを知っている理由にはならない。

 

 ならば結論は一つだ。

 キラは嘘を言っている。出任せだ。

 

 やはりプラント側に属する人間で、最終目的をアークエンジェルを友軍と合流させない為の遅延工作か、又は信用を重ねておいてのミスリードを誘発させる為の物ではないかと、ナタルは考えたのだ。

 今後は月に到着するか味方との完全な合流を果たすまで、キラは独房に入れておくべきだと主張しているところだった。

 

 そのナタルをなだめるのはマリューとフラガだ。

 彼らにしてみても、やはり強い疑念があった。

 それでもナタルが先頭を切って怒っているから、なだめ役に回るしかない。

 ナタルの意見に同調はしたいが、感情が走りすぎては危険だと考えていたからだ。

 加えてキラ自身の心配をする面と、戦力としての面を考える所があるのも確かで、悩ましい所が多い。

 

「ナタル、落ち着いて。……キラ君の正体を把握したら、協力できる範囲で可能な限りそれをかばうと、あらかじめ話をしていたでしょう?」

 

《あいつはジンを落としてただろう? ……まあ、犠牲覚悟の作戦っていう事も無いじゃないけどよ……。

 キラの言い方もまずいとは思うが、そう決めてかかっちまうのはな……》

 

 無茶を言い出したキラを、マリューとフラガが擁護する形になっているのは未成年だから、だけではない。

 

 キラを排除すれば、アークエンジェルの戦力は戦わずに半壊する事が決定しているからだ。

 後に残るのは混乱するであろうアサギと、激しく不信を抱くであろうトール。そして一人でスクランブル態勢に入る事になるフラガだ。

 特に、追ってきているかも知れないあのナスカ級に遭遇したらと思うと、危機感は強い。

 

 しかしマリューとフラガの言葉にナタルは、限度があります、と強く返した。

 

「何なら、クライン議長の私兵とやらでも面目は立ったんです。……ヤマトは公的な立場の表明を拒否したんですよ? 情報を入手しているのを納得できるような、身元に繋がる事項を黙秘したんです。

 その上で離脱しようとしたんです。……これは工作員のやり方でしょう! どんな事態になろうとも責任は全て自分で負うと言う事ではありませんか!」

 

 ナタルは机を叩いたりはしない、その分口調が激しかった。

 あれが何らかの命令・任務を与えられた人間の態度、やり方でなくて何だと言うのか。工作員だと言いたげだ。

 

 実際にアークエンジェル指揮官達の内2人はまだ、迷っている面を見せている。

 これまでの積み重ねだ。工作だとしたら既に効果を上げていると言えるのだ。

 

 あらゆる……とは言えないが、アークエンジェルからは可能な限りの便宜をキラに図ろうとしている。

 事実やってきた。

 満足いく物ではないかも知れず、結構な過剰勤務を負担してもらっているが、こちらからもやってはいるのだ。

 

 何の為か?

 それはアークエンジェルの為だ。

 危険な状況から離脱して、友軍との合流を図り、艦とモビルスーツ、オリジナルの戦闘データを持ち帰り、偶然乗せる形になった民間人や他国の者を無事に降ろす為だ。

 その役に立つと判断できたからだ。

 

 だからキラの言動には目を瞑ってきた。怪しすぎる所はあるが、一応の協力態勢を維持してきたのだ。

 キラの行動のほとんどはこちらの為になっていて、そしてこちらの利益はキラに取っても、またはキラの属するであろう組織に取っても有益である、と思える範囲の話だったからだ。

 

 ナタルとて、緊急時であれば訳の分からない相手と、そういう事もあるだろうと理解する努力はできる。

 だが今回の事は無理だ。こちらの問題ではない。

 

 問題は向こうだ。キラ側から問題を出してきたのだ。

 問題は何か。簡単だ。

 隠し事をしたまま、こちらの安全を吹き飛ばすような事を言ってきたのだ。

 

 ザフトに友人が居て、中立コロニーから偶然に艦へ乗り込んできて、こちらの兵器を実働状態に持っていき、艦の防御まで当たり前のように受け持つ。

 止めは「要人を助けに行きたい、理由は話せない」だ。

 ザフトのジンを落としておいて、プラントの要人の元へ向かいたいと言うのだ。

 ここまで揃って、善意から動いてくれる民間人、の訳がない。

 

 何かの組織に属している、または何かの要求が有って当然の事をキラはやっているのだ。こちらの事を知っていて、自分の事は明かさない。何故だ?

 決まっている。

 

 最終的に味方の勢力ではないからだろう。

 

 こちらを信用していない、出来ない側の人間だから。だから身元に関する事を、少しも言えないのだ。

 黙秘するとは、つまりそういう事だ。

 言ってくれれば考慮はすると伝えたのに、銃殺の危険を犯して黙り続ける民間人がどこにいるのか。

 

 それが問題なのだ。こちらを信用しないのは気に入らない。気に入らないが、軍人としては分からない事もない。 任務があるのだろう。それが、こちらに取って有益な事ならば繰り返しだが、黙認をする位はできる。

 

 しかし、それは状況を考えてやることだ。今は数百人の命がかかっている。連合の機密もかかっている。

 奪われたデータも機体もあるからと言って、ストライクの稼働データまで捨てる訳にはいかないのだ。

 今後の戦況に関わる話だ。

 

 なのに、キラは話し合いの最後で方針を変えてきたのだ。こちらから危険な状況に向かって欲しいと。

 離脱すれば安全だと言っておいて、向かえと。

 駄目なら勝手に離れると。冗談ではない。

 

「……根拠もなく、向かってくれなど! どう考えても不自然すぎるでしょう! 

 ラミアス艦長、フラガ大尉。むしろ何故まだ迷っておられるのか、はっきりお聞きしたい!」

 

 キラの話が一部だけ正しければどうするのかと、ナタルは言葉を重ねた。

 追悼慰霊団やラクス・クライン、友軍が居ないというならならまだしも。

 ザフトの艦隊が待ち構えていればどうするのか、と。

 

 恐らくユニウスセブンの宙域には何かは居るのだろう。キラは何らかの情報は持っているに違いない。

 だが当人いわく、確実ではない情報なのだ。キラ自身がそう言ったのだ。状況は確実ではないと。

 むしろ行かない方が安全かもしれないとまで。

 

 下手をすればキラも騙されている可能性のある話だ。

 無自覚の妨害工作の線もある、安易に乗る訳にはいかない。

 

 もし、はっきりとした根拠のある話で、リスクとリターンが計算できた上での話なら、追悼慰霊団とやらの救助は考える価値もあるだろう。

 クライン議長の娘とやらには申し訳ないが、政治的な価値はある。

 友軍との合流もそうだ。本当に出来るのであれば、向かう価値はある。そう思える位の話ではあるのだ。

 

 だが、そうでなかったらどうするのか?

 ザフトだけが存在していて、包囲でもされて砲撃でもされれば。

 ナタルは改めてマリューとフラガに聞いた。どうするつもりなのかと。

 

 フラガは、キラの正体についてはひとまず置いて、航路から話を始める気のようだった。

 

《デブリベルトを外れる方がヤバいって可能性は? ザフトの哨戒網は厚いって話があったろう?》

 

「大尉、アークエンジェルはそもそもユニウスセブンに向かう必要がありません。

 いえ、既にデブリベルト自体が進まなくても何とかなる場所です。なら、後はザフトとの遭遇率の問題になります。

 物資は確かにギリギリですが……逆に言えばこの距離からは何とかなる量を確保できました。次は物資と隠密航行よりも、時間を気にするべきでしょう」

 

 人助けなどすれば単純に、また物が足りなくなる。とナタルは反論した。

 

《そりゃそうだが……キラの排除は、正直な……》

 

「……大尉はアークエンジェルの戦力は十分だと仰るのですか? ザフト艦が5、6隻待ち構えていても問題ないと? ヤマトの立場は先程、極めて不透明になりました。

怖くて使えた物ではありません。

 既にパイロットは実質、フラガ大尉お一人です」

 

 ナタルは、ザフトの哨戒網が厚いというキラの意見を信じるとするならば、それらはラクス・クラインへの救助に回り始めるはずだと主張した。

 ラクス・クラインが本当に危険な状態になるならば、この付近のザフト艦はデブリベルトに来るはずだと。

 だからユニウスセブンは危険が増すと。

 どちらにせよ、連合のアークエンジェルが残る道理がない。

 デブリの中で包囲されるよりは、開けた空間で捕捉される方がまだ良い方だと。

 

 追悼慰霊団にラクス・クラインという存在はあり得ない話ではないかも知れないとは思う。ならば、だからこそユニウスセブンには近づかないのが賢明だ、と。

 確率の問題だ。

 単純な話、敵の勢力圏内で時間をかける程に遭遇率は上がる。

 キラの話が事実であろうがなかろうが、それは納得のいく話だった。

 

 フラガは口を閉じる。

 

 今度はマリューが民間人への攻撃を見過ごすのかと口を開いた。それは見過ごせない事ではないか、と。

 

「ナタル。追悼慰霊団への無茶な行いを止めさせる必要があるのではないかしら? これがもし事実なら、私達はそれを知っていて見過ごした事になるわ」

 

 キラが自分の立場の危険を無視してでも主張してきた事だ、事態はこちらの想定以上に危険なのではないか。

 はっきり攻撃が有り得ると、キラは言いたかったのではないか、マリューはそう言葉を重ねた。

 

 確かにそれが事実だとすれば、それは色々な問題が出てくる事になるだろう。

 

 だが確実な話ではないのが、今は更なる問題なのだ。

 

「確かにそうです。どんな理由があろうと民間船に攻撃を仕掛けるなど、余程モラルの低い連中でしょう。

 一部部隊の暴走は止めさせる規定はあります。ですが、相手は要人です」

 

 究極的にはプラント側の要人の保護責任は連合ではなく、原則としてプラント・ザフト側にある、とナタルは答えた。救助の要請も、今は、受けていないと。

 

 マリューは流石に眉をしかめる。少し、いやかなり乱暴な話の展開のさせ方だと思えたのだ。

 戦争状態にあるとは言え、民間人への対応としては少し冷たいのではないか。

 

「バジルール少尉、その言い方では。慰霊団とキラ君の事は別として……いえ、ごめんなさい。別には出来ないわね。

 別には出来ないけれど、とにかくそれが起こりえるなら犯罪よ。止めなければいけないのではないかしら? クライン嬢一人ではないのよ?」

 

 マリューの、情に流された感じの強い意見にナタルは、キラの情報は事実と確認された訳ではない。加えて、キラの話した状況が事実とした上でも、と反論する。

 

「ラミアス艦長。こちらにも民間人、二百数十名が乗艦しておりますが?

 フラガ大尉はクライン議長の娘なら、と仰いましたね。

 民間人と言えども、対象者は特別に感情を刺激するかも知れない相手だと。

 では撃ってくる相手であれば、どうされます?

 止める為に、必要とあれば割り込んだ後は?

 展開してくる部隊が、そういう覚悟を決めて撃ってくる相手であった場合、友軍をどう止めるおつもりで?」

 

 護衛にいるであろうザフトを突破し、民間人に攻撃をかける程に頭に血の昇った友軍をどう止めるのか。

 まさか実力を行使して止めるつもりか? ザフトの味方をして? キラに全て撃破させるとでも言うのか? とナタルは問うた。

 考えたくはない事態だが、考えない訳にはいかない問題だ。

 

 アークエンジェルのこれまでの行動には、苦しい物ではあるものの弁明や言い訳のしようもある。結果論としてだが緊急措置としての弁解はできる物があるのだ。

 

 しかし、これは無理だ。

 不確実な情報で動き、敵がいるかも知れない宙域へ航路をとって、無茶ではあるが正式な命令を受けているかも知れない友軍を押し止め、民間人とは言え敵対勢力の要人を保護する。

 場合によってはザフトと協同で防衛線を張るはめになるだろう。……連合の部隊を相手に。

 裏切りと言うのだ、それは。

 

 しかしマリュー、フラガの反論はまだ弱いながらも続いてきた。 

 

「貴女の言う事は最もだけれど……だからと言って見捨てていいと言う事にはならないでしょう?」

 

《こっちに余裕がないのも確かだが……見過ごすには相手の名前がヤバすぎる。下手すりゃ戦争をさらにでかくする問題かも分からんぜ? 少尉。

 助けておいてプラントに恩を売るってのは、なしか?》

 

 ナタルは、だからそれもキラの話が事実だと仮定した上での話だと口を開いた。

 だいたい、こちらが助けてどうするのか。どこへ連れていくのか。連合の艦であるアークエンジェルならば、まず月本部だろう。

 だとすれば大変な歓迎をされるに違いない。

 気の毒とは思うが、あらゆる不幸な事故が起こり得る位に。なら、最初からザフト側に責任を負わせるべきなのだ。それが妥当な判断だろう。

 

「救助しなければ、連れていく必要もありません。

 それとも道中の備えにでもしますか? 追撃してくるザフトへの盾としては効果的と思われますが?」

 

「ナタル……!」

 

 ナタルの言い様にショックを受けるマリューだが、ナタルはそうなる可能性が高いと返した。

 そして、そんな事を後からやるはめになる位なら、最初から見過ごすのが妥当なのだ。と。

 

「人道的観点から救助に行って、後からそれを放棄する行動を取らされるくらいに追い詰められるなら、意味がないでしょう。余力はありません。

 艦長、どう考えてもユニウスセブン行きは止めて頂きたい。……不可能です」

 

 ついにはっきり止めて欲しいと言われたマリューだが、それでもまだ迷っているらしい事は明白だった。

 行くべきなのではないかと。

 

 ナタルとてその気持ちは分からないでもない。出来るのであれば助けるのは当然だろう。

 少ない可能性ではあるが、キラが完全に味方の勢力の可能性も有り得る。どうしても話せない立場の事はあるだろう。

 

 しかし、そう思わせる事が目的の、敵だった場合が怖いのだ。

 

 ならば慎重に判断せざるを得ないではないか。

 気持ちは分からないでもないが、しかし、現状で出来る事と出来ない事を考えてくれと、ナタルは言いたかった。

 

《戦力がない……情報が不確実……身元が怪しい、か。

 おまけにザフトはほぼ確実にうろついていて、今すぐ離脱した方がまあ、安全。と来たか。……参ったなこりゃ》

 

 否定的な要素を並べ立てるフラガだが、それを否定したい感情が見えてもいた。ナタルは舌打ちをしかけて堪える。余計な波風を立てている場合ではない。

 

「……フラガ大尉は、ヤマトを信用なさるので?」

 

《信用つーか、まあ、敵じゃねえんだろうな……くらいのカン……かな? あいつのバカさ加減は見てりゃ分かるだろう?》

 

 ナタルは悪意のない悪事もあると言葉を返した。そのように見せる技術もあると。

 

「良かれと思った行動が、酷い結果をもたらす事もあります。物事は慎重に判断すべきです」

 

《少尉も、キラが悪い奴とは思ってない訳か……》

 

「今は、ヤマトが悪意をもっているかどうかではなく、どんな結果をもたらすかを論ずるべきでは?」

 

《まあな……じゃあ少尉は即座にデブリベルトを離脱するのが安全だと判断するんだな?》

 

 どちらかと問われれば、そうだ、と。それを肯定したナタルに、フラガはそちらがより危険な場合の可能性はどうなのかを聞いてきた。

 

 アークエンジェルが、デブリ帯からデブリベルトに入ったであろう事はザフト側も予想してくるはずだ。

 このまま航路を変更して、もしそちらでザフトの待ち伏せにぶつかった場合、キラが協力してくれないのではないか?

 むしろキラが工作員だとするなら、どちらに向かっても手を打てる事には変わりがないのではないか? 

 そういった話だった。

 

 ナタルは少し考えるとプラントの派閥争いを例えに挙げた。

 

「ヤマトは、おそらくですがプラントのクライン派、又はそれに近い物に属する人間ではないかと思われます。

 あくまで予想ですが」

 

 プラント内での主導権争いか何かが、表に出てきた結果の一つが、キラの行動なのではないかとナタルは口にする。

 もしくは……オーブ側の人間だとすれば、プラントとの結び付きを強めたいが為の一手か? 等とも考えてみるが、結局キラは自分の利益の為に動いてるのに変わりはない。

 ナタルもやはり迷う所がないではないが、最終的にどちらに行っても敵に会う可能性があるのであれば、やはり味方に近い方がマシだと、重ねてデブリベルトの離脱を主張した。

 

《……あのバカが和平派なり、その辺りの関係者だとでも言ってくれりゃあ。まだ考える余地はあるんだな……》

 

 ナタルは顔をしかめる。失言だ。別にそうは言っていない。クライン派の云々は例えだ。

 

「……大尉。あくまで例えばの話です。

 それに今はプラント穏健派よりの和平派だとしても、クライン議長のこれまでの罪が無くなった訳ではありませんよ。彼は戦争犯罪人です」

 

 予想通りにクライン派の人間なら尚更危険だ。プラント和平派の工作に協力させられる事になる。

 危険を犯してまで、今やるべき事ではない。

 

 しかしマリューがぽつりと呟いた。

 

「もし……キラ君がプラント和平派の人間なら、行ってみる価値はあるのかしら……?」

 

 ナタルはマリューの呟きに、モニターのフラガに向けていた視線を戻して口を開く。ですから、と。

 それは予測と推測の話の上の事で、しかもそうだったとしても、アークエンジェルが行く必要はない案件だと繰り返した。

 

「艦長、プラントが停戦や戦争終結の一手にするならば、こんな回りくどい手を使わなくてもやりようはあります。……何度も言いますが、ヤマトの話は不透明です。

 そしてこちらには余裕がありません。これが確実に判明している事です」

 

「分かっているわ、でも……」

 

「では、仮定に仮定を重ねて、行ったとします。ラクス・クラインと慰霊団を助けるとしましょう。

 出せるモビルスーツは5機、モビルアーマーが1機。

 パイロットは4名です。

 内の2名は訓練生で、1名は不審な態度があった人間です。身元の確かな正規の軍人はフラガ大尉だけです。長いスクランブル態勢で疲労があります。

 艦長を始め、私やブリッジクルー、整備班も過労気味で、各種実体弾の残りは平均で40%からそれ以下。

 補修資材や予備パーツは底を尽きた物が出ていて、乗艦している多数の民間人からは抑えるのが難しい不満が出てきており、保安部の者は毎日その不満を受け止めています。

 一番の要求は、もう少し水を使わせてくれ、です。……この状態で何が出来ますか?」

 

 CICを統括しながら、各部署に目を光らせる優秀な副長は粘り強く事実を説明した。

 

「私はプラントの者など、どうなっても構わないと申したいのではありません。可能であれば、人道的に救助いたしましょう。

 しかし現在の当艦では、予測でも悲観論でもなく、無理だと言いたいんです。ましてや、感情的になっている友軍との対立などは不可能です」

 

 艦の識別コードは未だ無く、身分の証明は乗員のID頼りな状態では最悪、こちらが優先的に沈められかねません、と結ばれれば。

 マリューもフラガも何も言えなかった。

 

 疲れているのだ。自分達も、むろんナタルもだ。

 この中では一番若い副長の肌が荒れていて、率先して節水に励んでいる立場からシャワーもまともに浴びれずガサついているのを見れば、選択肢などあってないような物だ。

 

「それと、ヤマトにモビルスーツとシャトルを与えて送り出す案ですが」

 

「……居場所の露見確率が上がるから、それも認められない、と?」

 

 はい。と一言返されればマリューは重苦しく息をついて、目をつぶるしかない。

 フラガも何も言わない。言えないのだ。

 ナタルが言いたくて言っている訳ではないのが分かるのだ。アークエンジェルの現状を誰よりも知っているから、彼女は言わねばならない。

 

 ナタルの主張は推論混じりではあるが、どちらかと言うと反論に回っていたマリュー、フラガも推論での物が多いのだ。

 どっちがよりマシかと言う話になれば、やはり味方に近い方が良い、という流れになるのは避けられなかった。

 

 やはり即時離脱か? ユニウスセブンには向かわずに。

 

 それで話が決着しそうな雰囲気で、フラガが一言漏らした。

 

《……キラを拘束し続けるんなら、俺一人で艦を防御する事になるな……ラクス・クラインに何かあったら、恨んでくるかも知れないぜ? あいつは》

 

 反論ではなく、本音の不安が混じった一言。それは今度はナタルを黙らせるのに十分な威力だった。

 マリューも深刻な表情で考え込んでしまう。

 

 G・4機にハイマニューバ・1機。

 計5機を相手取り一歩も引かない実力、しかも今なら、友人を殺さないように手加減すらしていたのでは、と思える。

 

 真面目に戦えと言う言葉が引っ込む位の強さだ。

 そんな真似をやってのけるパイロットなど彼らは知らない。……平均的に強いと言われるコーディネーターの中で見ても、さらに頭一つ、二つは抜ける存在だろうと思える。

 

 もしキラが恨みから連合に敵対すれば、後々どれだけの被害を撒き散らすだろうか。そう考えると3人は目眩がしてくる。

 そもそも現状では、敵に回る必要すらない。

 キラを拘束した時点で既にアークエンジェルは追い込まれ始めている状況だ。

 これでジンを詰め込んだザフト艦2隻にでも遭遇すれば、もはや終わりは決定している。

 

 キラは、ほぼ敵だと判断できる。

 しかし敵と断じて動けば、先がない。

 

 民間人の中に居るコーディネーターは、いきなり顔を見せなくなるキラを不安に思うだろう。

 キラの友人達にも説明をしないといけない。

 

 格納庫からは、モビルスーツのOSでまた干渉する式が見つかったから、早くキラを会議から戻してくれと催促が来ているし、キラが手を付け始めていたオプションパックの装備の異種接続についても、やっと始まった所だ。

 それらのモビルスーツに不安があるならアークエンジェルの火力で戦わねばならないが、今度は残弾量の壁にぶつかる。

 

 デブリベルトを出た途端にキラの話と違って、ザフトの艦隊にでもぶつかれば危険だ。

 正直この宙域では時間をかけた航行になった。ザフトのボアズ要塞辺りから手が回ってくるには十分だろう。

 

 確実に安全圏に入るまでは、どう見ても、協力的なキラの力が必要だ。

 可能性の話ならば、それも覆しようのない事実だった。

 

《……どうする? 先に言っとくが、あいつが協力してくれなきゃ厳しいぜ。

 上手くザフトをすり抜けて、月へ行ける可能性に賭けてみるか?

 キラが言ってた、来ているかもしれない第8艦隊からの先遣隊、ってのに合流できれば、行けるかも分からんが……》

 

 特に、あのナスカ級に遭遇すれば危険だとフラガは言った。

 通常であれば、奪取した機体などは本国送りで終わる話だが、コーディネーターならあっという間に解析を済ませてデータを吸い出しているだろう。

 皮肉の利いているラウ・ル・クルーゼが指揮する隊ならば、解析済みの鹵獲機体の常時運用は確かにあり得る。

 

 キラはメッセージを送ったはずだが、相手がそれを受け入れるかはまた、別の話だ。

 

 対するには、キラに付き合って、こちらを引き回した責任を取ってくれる事に期待するのが、ベターだと思える。

 ただ、最終的には艦の責任者であるマリューとナタルの判断を尊重する、いざとなれば自分は全力を尽くすだけだ、と。

 

 ナタルは、仕方ないからと言って面倒事に手を出すのは、間違っていると繰り返した。

 

「ですから! 行ってからヤマトが明確に敵に回れば、それこそ取り返しがつかないでしょうっ!

 今ならまだザフトは側にはいないんです。ヤマト自身も拘束中です。どちらがより現実的か考えて下さい」

 

 ナタルとフラガはお互いに主張をするのだが、互いに自分の意見を否定して欲しいような感情が、どこかしら見えていた。

 それを見ながらマリューは無理もないと感じた。

 

 これまでのキラの働きから、少なくともブリッジクルーの面々は彼は味方だと判断し始めていたのだ。

 怪しい事は確かで根拠不明の主張をするのは参った所だが、24時間張り付けている保安部の者からは、妙な動きはない、との変わり映えしない報告が続いていたのだ。

 

 艦の防御力を高める為に、苦しいスクランブル待機をこなし、ナチュラル用OSを組み上げ、モビルスーツ装備の運用に悩んでいると、ブリッジのマリューやナタルを何度となく直接尋ねてくる姿を見せられれば、疑い続けるのは難しい。

 

「プラント側の人間だと思うのが、自然な気はするけれど……」

 

 マリューは月とオーブへの連絡こそしたが、所属する第8艦隊自体には……直接の上官であるハルバートン宛には連絡は入れてないのだ。

 にも関わらず、キラはそこからの救援が最も早いと言ってのけた。

 連合上層部の混乱か派閥争いかは知らないがそれを言い当て、ザフト側の動きも予見してみせる。

 プラント側の人間としてこちらを騙すつもりならば、連合の動きは話さないのではないか。

 

 マリューが考え込んでいると、ナタルもフラガも意見が出尽くしたのか、いつの間にかこちらを見ていた。

 決定をどうするのか、だろう。

 

「……バジルール少尉。正直な所を聞かせてちょうだい。キラ君との協力態勢をここで切って、ザフト艦と遭遇戦に入った場合、それを切り抜けられるかしら」

 

「哨戒部隊2隻までは何とか中破で撤収可能かと。それ以上は重大な被害が出る可能性が高いです。

 場合によっては戦死を覚悟でコードウェル、ケーニヒの2名を出撃させる事になります」

 

 後方支援をようやく出来るかどうか程度の者を、囮に使うと言う意味だ。それでも時間稼ぎができるかどうか。

 

「あのナスカ級が相手なら?」

 

「……」

 

 ナタルは答えられない。いや、答えは持っている。

 キラ抜きで、あのナスカ級に追撃をかけられた場合のシミュレーションは何度もやってきた。

 結果は100%の被撃沈だ。

 

 隠密性に優れるブリッツの奇襲を警戒している間に、大火力のバスターからの対艦攻撃に沈み。

 バスターを牽制している間に、万能なデュエルに不意を突かれエンジンかブリッジに被弾。

 デュエルを振り切ろうと弾幕を張っても、死神のような動きをするイージスが突っ込んで来る。

 速力で逃げれば舵の自由性がその分だけ減り、イージスの大口径砲撃やバスターの精密砲撃の餌食になって詰む。

 

 最低でも、フラガに、イージスともう1機は抑えてもらわねば逃げる事もできない。 

 そして一度でも艦に取り付かれればそこで終了だ。ブリッジにサーベル一発でケリがつく。

 3分以上持ったデータがない。

 

 1隻相手でこれだ。

 さらに別の艦にでも来られれば、後はもう降伏くらいしかやれる事がないのだが……プラント穏健派はともかく、強硬派に属する連中相手では恐ろしい事に国際条約が通じない時がある。

 投降しても命の保証がないのだ。

 

 キラの友人、アスラン・ザラとやらは、プラント強硬派の有力者パトリック・ザラ氏の子息だという。

 悪条件が重なっている。

 

「……フラガ大尉にお願いするしか」

 

《1対4以上か。やるだけやってみるけどよ。……その時はトールとアサギは出さないでやってくれるか?》

 

 キラの友人どうこうは別として、勝てるイメージが湧かないとフラガは返した。数分の時間を稼ぐのが精一杯だろうと。だから、そうなったら自分を置いて逃げろ、と。

 

 フラガがパイロットとして弱いのではない。むしろ連合が用意できるパイロットの中では屈指の存在だ。

 コーディネーターに正面から勝てる見事な才能の持ち主である。

 だが1機で4機の同レベル機体を相手に、防御戦闘をやってくれというのは無茶にすぎる要求だ。

 

 やってしまうキラがおかしいのだ。

 

 マリューに聞かれずとも二人とも分かっている。

 あの強さには全ての疑念を押し切る物がある。そして今はとにかく、それを当てにせざるを得ない。

 

「キラ君はメッセージを送った筈ですが、それは効果を発揮してくれるんでしょうか?」

 

《何とも言えないな、そう祈るしかない。向こうには立場があるだろうからな……》

 

 キラが友人に送ったメッセージ……それに期待をしてみるか?

 いや、むしろそれが敵を呼び込む元凶になるのではないか? ナタルはそう考えてみた。

 予定航路を書いておき、その通りにアークエンジェルを進ませる……あまりにありえそうで、さすがに頭を振る。

 内容は確認したが、それはキラからの自己申告の物だ。

 出撃前のタイミングが重なり、誰も送った文面のオリジナルを見れていない。

 

 キラ自身、内容は慌てて書いたと言っていた。正しく、止まってくれという内容だったとしても、それが効果を発揮するかはやはり分からない。

 評議員の子息が、敵対している相手のメッセージで止まれば問題だろうとは、こちらでも分かる。

 期待をして近づいてみるには危険すぎた。

 

 追い詰められた指揮官達はついに黙ってしまった。

 

 一言、一言でいい。

 キラが、根拠はある、自分はどこそこの勢力に所属する人間で、こういう目的があり、その為に貴方達を援護していると。自分の意見を取り入れてくれれば、アークエンジェルを逃がせる道があると。

 どれか一つでも言ってくれれば。

 少なくとも乗員の命の保証はすると。

 嘘でもいいからそう言ってくれれば、多分ナタルですら傾きかねない。

 彼らも必死なのだ。

 

 押し黙る彼らの元にブリッジから報告が入る。

 10分に一度と伝えておいた定時連絡だ。ノイマンから異常無しとの声が響く。

 マリューは何とか平静を装い、もうすぐ戻ると返した。

 あまり艦長席を空けておくべきではない。結論を出さねばならない。

 マリューは迷いを含みながらも言った。

 

「…………離脱しましょう。デブリベルトを出て、全速で突破します」

 

 顔を歪めながら発せられた言葉は、否だった。

 ユニウスセブンには、やはり向かわない。マリューは疲れたようにそう決定した。

 

 ザフトがいれば、まずキラは出す事になるだろう。

 しかしモビルスーツに乗せたキラが敵に回ればどうしようもない。なら、始めから乗せない状況にするしかない。

 キラは拘束。ザフトの哨戒網は上手くすり抜け、遭遇しても逃げられるように、何とかするしかない。

 

 フラガもナタルもそれしかないか、といった反応だ。

 最も、マリューがどちらを選んでも大して変わらない反応になっただろう。

 話すマリューが、別の選択肢に未練を残しているのだ。

 

 だがとにかく決定したのだから動かねばならない。

 マリューはブリッジへ戻るために席を立ち、フラガは警戒に戻ろうと通信をカットしかける。

 

 ナタルは艦内各部への状況確認に回ってから、休息に入る予定だ。その予定だが。

 

「……ラミアス艦長。私にもう一度、ヤマトと話す許可を頂けませんか?」

 

 マリューとフラガは、ナタルが放った言葉に戸惑った。 抗議も異論も遠慮しない彼女だが、決定が下った後にそれを阻害、覆しかねない言動をする事はあまりない。

 

「バジルール少尉……?」

 

「別に味方をしてみようというのではありません。

 遅かれ早かれ、ユニウスセブンに向かわない事は分かるでしょう。

 拘束は決定したのですから、独房からは出しません。ですが、せめて伝えようかと思います」

 

 ついでに、それを聞いて動揺してくれれば何か分かるかもしれないと、ナタルは言った。

 

《待った。それなら俺が……》

 

「お二人は勤務中です。

 失礼ですが、ラミアス艦長もフラガ大尉もヤマトに好意的な面があります。向こうもそれにつけ込んでいる節が無いではありません。

 ここは私が出向くのがちょうどいいかと」

 

 不確実な情報による推論と、予測からの判断はやはり怖い。何も分からないかもしれないが、何か分かるかもしれない。

 二人が側にいなければ、キラの態度も良くも悪くも変わるかもしれない。ナタルはそう主張した。

 

《……あー、少尉。いきなり射殺とかは止めといてくれよ? どうせやられんなら、せめて俺も一発殴ってからだ》

 

「善処します。ラミアス艦長は如何ですか?」

 

 フラガからは冗談混じりに賛成が出た。後は……

 

「ナタル……自分から選択肢を減らすような真似はしないと、約束してくれるかしら?」

 

 よほどの話の流れでも命は奪うなと。

 ナタルはそれに、キラの態度次第だと答えた。

 

 大切なのは、この二人が同行しない事だ。

 規定違反ではあるが、これからやる事をそう考えていた。

 

 

 







がっつり書こうと思ったら全然、まとまらない。
どんだけ省略してんだ俺は……。

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