機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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デブリベルト航行記録 5

 

 

 数百人が暮らす艦の内部。

 それを清潔に保ち続けるのは、少ないクルーだけでは難しい。自動化できる所には限界もあるのだ。

 

 そこで、現在アークエンジェルでは避難してきた民間人の方達に、数日に一度でも何かの雑務を手伝ってもらえるようにお願いをしていた。

 

 

 今日は替えの簡易衣服の配給と回収で人手を募っており、フレイ・アルスターもそれを手伝う一人だった。

 彼女は婚約者のサイと一緒に居たいのだが、彼は事もあろうに友達と軍の仕事を手伝い始めており、勤務が終了してからでないと会えなかった。

 フレイも何かを手伝わないとダメ、と、サイに言われたのでたまにやっている事だが、正直フレイは不満を抱えていた。

 

 ちゃんと大事にしてくれないとだめではないか……そう考えていた。同年代は少ないし、知らない人ばかりで寂しいのだ。

 挨拶する位の顔見知りは出来たが、そうそう仲良くは出来ない。

 コーディネーターが混じっていたら怖い。

 

 それでもサイの友人の、キラ・ヤマトとはちょくちょく顔を合わせていた。

 およそ居住区にいるフレイと、格納庫と居住区と、たまにブリッジに行くキラは意外によく出会う。

 フレイはそれが嫌だった。

 

 スパイじゃないか、とか、彼のせいでこんな目にあっている、などの噂がちらほらとあるのを聞いていた。

 弁明するでなく、謝罪するでもない開き直ったような態度は本当の事だから……等とも。

 

 怖いから距離を置いてほしいとサイに言ったら、逆に、何て事を言うんだと怒られた。キラはそんな奴ではないと。

 それもフレイの不満の一つだった。

 

 遺伝子を弄るなどまともな人間の考えではない。そういう親の子供に生まれたコーディネーターなんて、それこそ何を考えて動くのか分からないではないか。

 

 人間じゃないのに信用できるのか?

 

 だからフレイはなるべく関わらないようにしようとするのだが、キラの方から、たまに話しかけて来るのだ。

 体調は大丈夫か不安はないか、と。

 

 最初はコーディネーターが口説いてくるもりかと、サイの影に隠れた。しかし、それもサイに怒られてからは少しだけ話すようになっていた。

 フレイは、一応サイの友人だからと、渋々我慢をして相手をするようになった。

 

 

 一緒に行動している女性兵士とカーゴを押し歩き、手分けして衣服の回収と分配をしていると、そこに保安部員と一緒に通りがかったキラが話しかけてきた。

 上着のボタンを外して少しだらしない格好で歩いている。一目見て分かる位に疲れた顔をしており、どこか足取りがよろめいていた。

 

「アルスターさん、お疲れ様」

 

「どうも……」

 

 同年代とは思えない程に疲れが乗った声で話しかけられる。

 そっけなくしているのに、めげないで毎回話しかけてくるのは大した物だが、いい加減に迷惑なのを察して欲しい。疲れているなら休めばいいのに。

 

 サイがいるから心配してくれなくて結構だ。

 しかし、丁寧に話しかけてくるから、あまり突っぱねる訳にもいかない。またサイに怒られる。

 

「……あなた、忙しいんでしょ。こんなトコで話してていいの?」

 

「うん、食事してすぐにまた行くよ、アルスターさんはちゃんと食べれてる?」

 

 余計なお世話だ……そんな事は言わずに無難に返答をしていたが、妙な臭いがフレイの鼻をついた。臭い。

 

「……てゆーか、ちょっとやだ。あなた汗くさいわよ。もぉー離れてよ」

 

「あ、ごめん」

 

 格納庫に入り浸りのキラには、汗や機械、マシンオイルの匂いがついていた。

 女の子に話しかけるならせめてシャワーを浴びろ……そう言いかけたフレイは言葉を飲み込む。

 水の使用制限を思い出したのだ。

 男性は女性よりも使用制限が厳しかった。そう言えばサイも少し汗くさい。

 

 少し気まずくなったフレイは、今度は自分から話しかけた。

 

「……ねぇキラ、あなたシャワーの使用制限何とかしてよ。3日に一回になったのよ。酷いじゃない」

 

 節約と言われても限度がある。

 女の子に死ねと言ってるような物だと力説するフレイに、キラは困ったように笑った。

 笑うとちょっとかわいいかな? などフレイは思った。

 

 そこにアサギ・コードウェルがやって来た、いや走っていた。

 彼女とトールは新米パイロットとして、フラガから一日10キロを走れと申し付けられていた。

 キラも走ろうとしたのだが逆に止められている。軽めにしておけと。

 民間人の中にも、真似して艦内をランニングする者が出ているのは、まあ仕方なかった。

 

「あー、お二人ともー。おはようございます!」

 

「アサギさん、おはよう」

 

「お、おはよう。アサギ」

 

 挨拶もそこそこに、じゃあヤマト准尉、訓練の時に、と走り去っていくアサギを、フレイは怖々と見つめた。

 年齢が近いから彼女とも顔見知りにはなったが、あの子はモビルスーツのパイロットをやっている。

 ナチュラルなのに、何を考えているのか分からなくて少し怖かった。

 

 戦争に巻き込まれないように中立のヘリオポリスに居たのに……戦争なんてやりたい人だけでやればいいのだ。

 

 しかし、隣のキラ・ヤマトもそういう意味では怖かった。

 アサギと同じパイロットで、しかもコーディネーターで、人殺しでスパイだ。

 いきなり暴れだしたらと不安はやはり残る。

 横に銃を持った保安部の人がいるから大丈夫だとは思うが。……早く父に会いたい。

 

「……ねえ、キラ。この船ってまだ安全な所に着かないの? 後何日くらい? 通信とかは? まだ出来ないの?」

 

 最近、キラと会う度にするようになった質問。

 答えは今日も同じだった。

 

「ごめん。まだ確実な事が分からないから答えられないんだ、分かったら伝えるから」

 

「そう……なるべく早くね」

 

 フレイの無茶な話にも、キラは微笑みながら相手をする。コーディネーターで怖い相手のはずなのだが、そんなに話しにくい相手ではないのがフレイには不思議だった。

 人を殺しているコーディネーターなのに。

 

 自分と話すと、何故か安心した素振りを見せるキラを、女好きな奴なのかとフレイは思った。

 

 

 

 何度めか分からない集まりだ。

 マリュー、ナタル、キラの3人。そして最近では一応くっついているだけの保安部員。

 それと、通信をアークエンジェル甲板上に居るガンバレルストライクと繋ぎ、フラガがモニターで参加している。 スクランブル体制から離れるのを危険と判断しての措置だ。

 もしもに備え、キラも即座にモビルスーツを出せるように、格納庫に近い部屋で集まっていた。

 

 艦の進路に関する話だった。

 最初に口を開いたのはキラだ。

 

「このまま、ユニウスセブンの宙域へ向かってほしいんです」

 

 嫌な言葉を聞いた……指揮官達はそう思った。

 キラのこれまでの言動や行動から、次はまたどんな無茶な話が来るかと思っていたのだ。

 幾つか話の中身の予想はしていたが、まさかその場所の名前が出るとは。

 マリューは努めて平静を装い口を開く。

 

「……キラ君。アークエンジェルはデブリベルトを出ようと思っているの」

 

「補給の必要は無くなったんですか?」

 

 無言で頷くマリューにキラは黙り込んだ。

 良かれと思った行動の結果が、思った以上に影響を……いや、良かったのだ。これで。

 ユニウスセブンはそもそも荒らしていい場所ではない。 荒らさずに済んだのだから良いではないか。それは良い事なのだ。

 

 しかし、代わりにデブリベルトを進む理由が弱まってしまった。どうした物かと考えるキラに、ナタルが状況を説明する。

 

「物資はぎりぎりだが、何とか間に合いそうなくらいには補給ができた。味方の勢力圏にも大分近づいている。

 そこで、この辺りからデブリベルトを出て、一気に月に飛び込もうと言う話になったんだ」

 

 既に決定されたような台詞だが、正直、指揮官達は迷っていた。間に合いそう……とは言ったがあくまでも、辛うじて確保できたレベルだ。

 数百人単位が必要とする物資の量は並ではない。

 ジャンク屋との取引で食糧、水が入手できた事が幸運なのだ。

 それでも何かあれば崩れる程度だ、余裕はない。

 味方の方からも来てくれていなければ、依然として不安な状態だ。

 

 物資を管理する主計科からは、細々とでも回収はありがたい、できるならもう少し海賊と戦ってでも、このまま進んだ方が安心だと報告が上がっている。

 保安部からは逆だ。

 このアラート切り替えの激しさを、早く何とかしてくれと要求が上がっていた。

 

 だから、迷っているのだ。

 前にキラから聞いた意見を含めて。

 

 そして、マリュー達は判断材料の一つとして、またキラの意見を聞く気があるから、こんな話し合いを持っていた。できれば今回はキラの身元に関わる話も聞きたかったのだ。

 

 よく接している者はそうでもなくなってきたが、キラと接触する機会が少ない者の中には、まだ殺気のこもった目を浴びせる者がいる事も関係している。

 スパイ容疑で拘束されたコーディネーターだ。

 協力しているから今はそれで済んでいるが、やはり空気は健全ではない。

 マリュー、ナタルは責任者として何とかしないといけなかった。

 

 今度はマリューが口を開く。

 

「乗っている民間人の方達にも、後どのくらいかかるかというのを、ある程度は説明しなければいけないの。

 それと、できればだけれど……貴方の身元に関しても、改めて確認をしたいと考えているわ」

 

 マリューは嫌なやり方だと思った。大人が子供を追い込んでいる。

 志願させたとは言え端から見れば酷い絵面だろう。それでもやるのは目的をはっきり聞きたいからだ。

 

 せめて納得のいく目的を聞ければ、周りに説明できる。キラへの不満をこちらが肩代わりできるのだ。

 さらに可能ならキラの立ち位置、正体をかばってやる事ができるようになる。

 身元、という言葉にどこか諦めた感じの表情を浮かべるキラ。……罪悪感が湧いてくる。

 しかめっ面で黙るフラガが目に入った。

 

 フラガはパイロットとして今回の事に反対した。

 キラに話を聞くのは構わないが、身元の追究はしなくていいとの主張をしたのだ。

 オーブの民間人。それでいいから、突っ込むな。爆弾しか出ない気がするから止めろ、と。

 

 疲れているキラが説明に悩む姿は阿呆くさいとしか思えない、本来なら少しでも休ませなければいけないはずだと。

 キラの言い分を聞いておいて、アークエンジェルに損はないだろうとの乱暴な考えだった。

 ただ、フラガ自身は疲労で思考が雑になっている自分を自覚しているから、マリューとナタルからの説得で我慢してるに過ぎない。頭痛がフラガの表情を険しくしていた。

 

 マリューとナタルが言葉を連ねる。

 

「キラ君。もし反対だと言うのなら、必要だと言うなら。ユニウスセブンに行きたい理由を聞かせてちょうだい……納得のいく説明が欲しいの」

 

「ヤマト准尉。目的は何だ、ここに何かあるのか?」

 

 

 キラは二人の口調から、この場がごまかせる空気ではない事を感じ取った。

 フラガが聞いてこない事に甘えていたが、どうやら限界らしい。

 むしろ、これ程に怪しい自分の言動をよくここまで見逃してもらえた、と言う所だろう。

 つまり色々知っているのは何故か。という事か。

 まず目的だけ。そこから聞いてくるのは彼女達の優しさだと思える。

 しかし、どう言った物か。

 

 ユニウスセブンへ向かう目的。

 それはもちろん、追悼慰霊団の代表として来ているであろう、ラクスを助ける事だ。

 できれば追悼慰霊団の船そのものを何とかしたい。

 それだけだ。

 

 だがそれをどうやって話せばいいのか。

 

 そもそも話していい物だろうか?

 どんな形で、どこまで伝えるべきなのか。それとも、まだごまかすべきなのか……。

 少なくともユニウスセブンへ行く目的をちゃんと話さねば、彼女達は納得できないだろう、とは思う。

 向こうにも立場があるのだ。

 

 だがそれを踏まえた上で、これからの出来事をどこまで話すべきなのか。それが分からない。

 こういう時に自分はどうしていたのか。

 

 周りの誰かが指示してくれていたか、状況に流されていたか。

 何も考えていなかったか……後は、ラクスがやってくれていたか。それを思い出してしまい、出そうになった溜め息を堪える。

 それでは駄目だ。それは繰り返しだ。

 それでは駄目なのだ。

 

 納得のいく理由、説明。不自然ではない説明。せめてアークエンジェルとして動くのに妥協できるだけの何か。

 自分の正体、身元。納得のいく説明。

 

 そんな物はない。だが、やらねばならない。

 キラは口を開いた。

 

「ユニウスセブンに、プラントから慰霊団が来ます。彼らを助けたいんです」

 

 自分でやらねばならないのだ。

 

 

 未来を知っている事への説明など不可能だ。今の状況ではどう話しても不自然さが拭えない。

 知っている事実を上手く伝えて、協力してもらうしかない。

 キラは無表情に話を聞くマリュー達へ、ユニウスセブンに向かいたい理由を話した。

 

 ラクス・クラインを代表としている慰霊団が来る事。

 しかし地球連合の艦が近くにいて、彼らを咎める事。

 地球連合の艦に乗る者は、恐らく彼らを心情的に不愉快に思う事、危険だと。

 危険な事態が起きる可能性があり、それを防ぎたいと。 そう伝えた。

 

 本当の所はもっと明確に、危険だ、慰霊団は攻撃を受ける、助けに行きたい。そう訴えたいのだが、余りに不自然すぎて自重した。そこまで言ってしまうと説明がしきれなくなる。

 もどかしいとは思ったが、耐えた。

 勢い任せの行動はろくな結果にならないのを思い知っている。

 

 そもそもキラ自身、把握しきれない情報や状況があるのだ。……何故、戦後にもっと過去を振り返っておかなかったのかと、自分を恨みたくなる。

 だからある程度はぼかした言い方にするしかない。控えめに伝える事になった。

 

 それでもマリュー達の困惑は強かった。いや、かなりの物だったと言える。

 キラが話す内容と、それを何故ここで言えるのか……把握しているのかについてだ。

 

 キラの話が一通り終わってからも、部屋の中はしばらく無言だった。

 始めに口を開いたのはナタルだ。強烈に鋭い視線を向けられる。

 

「……ヤマト准尉。今の話、それをどうやって把握した? 自分の喋った内容が分かっているのか?

 この状況下で、何処かから情報を手に入れていると言っているような物だぞ。

 ザフト、連合のどちらとも通信を確保していると疑われかねない発言だ。自分の無実を証明しなくてはならなくなる……分かっているのか?」

 

 そこから言うのか……と、キラはナタルの言葉を受け止めた。まず慰霊団を助けるかどうかの話がしたかったのだが、そう上手くはいかないらしい。

 当然か、と考え直す。事実、自分は怪しいのだ。

 それでも話は聞いてもらえる、十分だ。後は言葉を尽くすしかない。

 尽くすしかないのだが……。

 

「通信は……していません」

 

「では、何故そんな事が分かる」

 

「分かる訳ではなくて、予測、というか。可能性の話で」

 

「だから何故そんな予測が立てられるのかと聞いている! キラ・ヤマト! 状況が分かっているのか! お前は自分で逃げ道を潰しているんだぞ!

 通信を確保している訳ではないなら理由を言え、何故そんな状況を把握している。何を知っている!」

 

 ナタルの怒りはもっともな話だった。

 現在のアークエンジェルは苦しい状況にある。しかし、それはキラのせいではない、それは当然だ。

 だが事態を把握しているかも知れない人間が居るなら、その情報を使って打開を図るべきなのだ。その位には苦しかった。

 

 ところがキラは今、それを言ったのだ。現実的にあり得ない内容の意見を。

 この状況下で事態を把握していると受け取られかねない発言を。連合の物どころかプラント側の動きまで。

 不自然すぎる。

 

 なのに当の本人が、ザフトのスパイではない、オーブの情報工作員も否定、連合に協力する非正規ゲリラ兵とも違う。そう主張するのだ。

 極めて協力的な態度、そうかと思えば中途半端な情報しか出さない姿勢と来ている。……ナタルには、キラが情報の出し惜しみをしているのかと感じられたのだ。

 やはり何処かの工作員で、良からぬ事を企んでいるのか? と。

 

 しかし偽装の身分や、言い訳も用意せずに何故そんな真似をするのか? それが分からない。

 キラからの限定的な情報に、ナタルも知らず知らずストレスを貯めていた。

 

「予測だと言うなら根拠を話せ。どうやって予測した、どうして味方がこの宙域に来ていると分かる」

 

「……すみません。話せません」

 

「話せませんだと? 話にならんな」

 

 どこまでも口を濁すキラに周りの人間の目が細まった。それでもキラは主張を崩さない。

 話せないと。

 

 厳格に事実を調べれられても、現時点のキラはオーブの民間人だった人間だ。それ以外に説明のしようがない。

 出生に面倒な事情はあるが、それを言えば新しく火種が一つ生まれるだけだ。

 

 キラは考える。

 それを利用してみるべきか。言ってみるべきだろうか?

 

 それとも「実はザフトのダブルスパイ」だの「オーブ政府の関係者」等のでまかせを言ってみればしのぐ事は……いや、無理だ。自分にそんな話術はない。

 それに露見した時にさらに面倒な事態になるかも知れないと思えた。駄目だ。

 

 そう、駄目なのだ。

 連合の言いがかりのような形でオーブは焼けたのだ。そして自分の考えなしの行動のせいで、さらにもう一度焼いてしまったのだ。

 オーブ政府との関わりは最小限にするべきだと思えた。そういった偽称は危険だ。

 むしろオーブを離脱すると言ってみるべきなのか?

 

 それとも、オーブをまた巻き込むのを覚悟の上でやるべきなのだろうか。

 後からブルーコスモスや連合の偉い人達と上手く交渉して解決……駄目だ、そんな器用な真似ができるとは思えない。

 

 もう、いっそ話してしまうか。未来から来たと。

 戻って来たと。

 

 しかし、信じてもらえなければどうする?

 結局人が死ぬのを防げていないのに何を言うのかと。

 未来を知っていると言うなら、もっとましに動けと。そう言われればどうする?

 

 何も言えない。

 そう言われれてしまえば何も言えなくなるのだ。後はただ疑われるだけの関係だ。

 荒唐無稽な話をするよりは、内通者を疑われていた方がまだ話を聞いてもらえる気がする。

 その方がましなのでは。

 

「……話せないんです、理由があって。説明ができなくて。いつか話すかも知れません。でも今は言えません。

 慰霊団の船を助けたいんです。

 ユニウスセブンに行ってくれませんか? 僕の話と違っていたら、どんな罰を与えてくれても構いません。お願いします」

 

 ナタルはキラに対して、そこまで言えるのに何故、情報の出所を頑なに秘匿するのかと眉をしかめた。こっちからはこれだけ融通しているのに、と。

 そのナタルを一旦留めて、今度はマリューがキラに尋ねた。

 

「月の幼年学校で、ザフトのパイロットと知り合ったのよね。……彼からの情報なの?」

 

「いえ、彼からじゃありません」

 

「では貴方は、オーブ軍又は政府の関係者も、第3勢力としての立場も否定するのね?」

 

 うなずくキラに、マリューは溜め息をついた。

 

「キラ君。それでは貴方の立場を周りに説明するのが難しいの。申し訳ない話だけど、貴方の事を快く思っていない兵もいるわ。

 志願してもらった事で表向きは治まったけれど……」

 

 ザフトだったのなら、地球連合に寝返ったと言い張る方法や、オーブの工作員関係や情報部関係というのも言い訳としてはある、とマリューは話した。

 いっそ勝手に偽称して、功績を盾に、後で政治的解決をしてもらう方法もあると。

 

 キラはそれらを強く拒否した。

 身分を適当に偽ったとしたら、その後に自分の話がどこからどう伝わって、何が起きるか分からない。

 特にオーブに迷惑はかけられないと。

 

 今度は焼かせたくないのだ。

 

 だからキラは一言。

 疑われるのは構わないと、そう返した。

 自分以外の歴史や、状況の変化は最小限に留めたいと考えたのだ。

 

「アークエンジェルには迷惑をかけると思います。けど、何とかお願いします」

 

 謝りながらも頑ななキラの態度に、ナタルもマリューも恨み半分の目を見せた。身元の話は終わってしまった。

 本人が拒否した以上、こちらから偽装した身元や経歴の強要もしにくい。いかにするべきか。

 決着はもうハルバートン級か更にその上の人間に丸投げするしかない。

 アークエンジェル内の人員管理では、ナタルにさらなる負担を強いる事になる。

 

「……いいわ、貴方の立場に関しては判断保留を維持する事とします。

 キラ君、こちらでもフォローはするけど、周りの目は厳しいかもしれないわ。本当にそれでいいのね?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 マリューは息を吐いた。

 キラの身元関係は解決しなかった。

 だが一応の話はまとまった。場合によってはまた表面化してくるだろうが今は、これでいいだろう。

 残念な気もするが、これでひとまず納めるしかない。

 フラガは安堵の気配を、ナタルは不満を見せているが許容の範囲と思えた。

 

 それよりまだ大きな問題が控えている。

 いや、むしろそちらの方が差し迫った問題だった。

 

 プラントの追悼慰霊団と、連合の艦艇の事はここで自分達が判断するしかなかった。

 キラが何故それを知っているのかは置いて、マリューは改めて考えてみる。

 

 このままユニウスセブンに向かい、プラントの慰霊団の船を地球連合軍の艦船から守る。

 

 まず無茶苦茶な話だ。作り話にしても酷い出来だと思う。

 軍が、慰霊を目的とする民間人の船を襲うかも、と言う話をキラはしている。

 いくら何でもそんな連中が居るとは、正気の行動とは思えない。あり得るのか? そんな事が。

 

「……キラ君、連合の艦艇が近くに来ているのは確かな情報なの?」

 

「それは……」

 

「……確実では、ないのね?」

 

 キラはうつむいた。

 その通り、確実ではない。

 日数は計算して進んできたつもりだが絶対などない。

 多分間に合うはず、だと思うが、分からない。

 

 キラはマリューの質問に、恐らく……としか答えられなかった。

 

 これについてはさすがにナタル、マリュー、フラガの全員が、少なからず不愉快そうだった。

 何とか民間人を守ろうとしている彼らにしてみれば、同じ軍服に袖を通す友軍が民間人を害する話など、納得いく物ではない。

 しかも不確実ときた。

 

 ただ、フラガは話題が変わったのもあり、キラと距離が近い分、積極的に話を聞いてくれた。

 

《なぁキラ。根拠はあるのか? つーか、代表の名前がヤバいよな。ラクス・クライン……クラインね。

 まさかと思うんだが、ひょっとしてプラント評議会議長の身内、とかじゃないよな?》

 

「……娘さんです」

 

 フラガは、おいおい嘘だろ、と大きくため息をついた。ナタルも同様だ。

 納得したくないと表情は言っているが、フラガはがっくり肩を落とし、ナタルは天を仰いでいる。

 彼らは自分の中で、キラの話に一応の筋を見い出したらしい。

 よく分からないといった表情なのはマリューだった。二人の反応に戸惑っている。

 

「二人とも、まさか納得したと言うんですか?」

 

 脱力したようなフラガがマリューに答える。苦々しげな顔だった。

 

《半々……だな。気に入らない話だが、俺は行ってみるのもありだとは思う……しかしなあ……》

 

「……自分は反対です。ただし、ヤマト准尉の言葉が事実で、状況がこちらで処理可能なレベルに納まるのならば、条件によってはその限りではありませんが」

 

「慰霊団への攻撃があり得る……と? 民間船を?」

 

 信じられないといった様子のマリューに、フラガとナタルが答えた。

 

《普通だったらそんな真似はしないさ。まずやらない。いくら戦争中、って言ってもな。

 だけど、クライン議長の娘だぜ? ……ニュートロンジャマーの恨みをぶつけたい、って奴はいるんじゃないかと思う》

 

 ザフト、連合の戦いではどちらも歯止めが利かなくなる事が相次いでいて、投降した相手の殺害や非人道的な扱いが幾つも起こっているとフラガは付け加えた。

 あり得ない事はない、むしろ有り得ると。

 

 ナタルは、キラが何故プラント、連合両方の動きを察知しているかは不明であり不審な点が強く残るが、と前置きした上でフラガに賛同した。

 

「アルテミスの件を考えるに全くの無根拠な話とは言いかねます。……何らかの根拠があると思ってもよろしいかと。

 そこで、慰霊団をどうこうではなく、展開しているであろう味方との合流を図る、という意味でなら、ユニウスセブンに進路をとるのもよろしいかと考えます……あくまで味方がいるなら。の話ですが」

 

 二人からそんな意見が出たが、マリューはどこか理解不能といった感じだった。

 

 それはキラも一緒だった。フラガが言ったニュートロンジャマーへの報復、仇。

 親の因果。憎悪の連鎖。改めて向き合うその事実。

 

 それらは一人で背負うには重い物だと感じたのだ。

 ラクスの顔を思い出す。

 これまでの自分は彼女の背負った物をしっかりと理解していたのだろうか、と。

 今度は彼女を真っ直ぐ受け止められるだろうか。

 

 思考の渦に飲まれるキラを、マリューの質問が呼び戻した。キラはその質問に目を瞬く。

 ザフトはどの位の戦力が居るのか? と問われたのだ。

 

「ザフト……ですか?」

 

「プラント現議長のご息女が居るのでしょう? 護衛の部隊がいるのは当然だと思うのだけれど、どうなのかしら。

 どの位の戦力がいるかは分かる?」

 

 心苦しいがザフトの戦力が多く存在するなら近寄れない、との事だった。ジンの強行偵察型を思い出しながらキラは答える。

 

「……正確には分かりません。けど、そんなに多くはないんじゃないかとは、思います。モビルスーツが小数……かと」

 

 ナタル、フラガからも質問が相次いだ。

 

 ザフト艦の数は? 地球連合の艦艇の数は? その指揮官は? 他に情報を知っていそうな者は? そもそも護衛の部隊がいて慰霊団は危険な目に会うのか? 話し合いで何とかできそうな状況なのか、等々だ。

 

 それらに答える内容をキラは知らない。

 マリュー達もキラがことごとく詰まるとは思わず、中途半端な情報に困ってしまった。

 キラを何とかフォローしようと、フラガが聞いた質問が更にキラを悩ませる事になる。

 

 慰霊団の人間はどうするのか。保護するのか? それとも近くにいるザフトに引き渡すのか? もしくは、連れていくのか?

 

 その問いに、キラは完全に言葉を失う。愕然とした。

 とりあえず、保護するのが当然と思っていたのだ。

 ただし、生き残ったラクスだけを。

 そしてアスランに返すと。

 思考からはその周囲の事が抜けていた。本当に思考からは抜け落ちていた。

 

 最低の思い込みだった。

 

 マリュー達に言われて気付いたのだ。

 

 そもそもラクスは助かる可能性が高い。

 キラの記憶では、アークエンジェルがユニウスセブンに到達した段階で、既に戦闘と呼べる物は確認できなかった。居たのは脱出したラクスのポッドを探す偵察型のジンだけだ。

 

 物資回収中の味方を守る為に撃ったが、あのジンがラクスを見つける可能性は高かったと思える。

 そもそもザフト艦が付いてきていたのか、それとも速やかな救援に来たのか。それも分からない。恐らくは来た方だ。と思うが……。

 いや、実は最初から付いてきていたのか? 護衛は近かったのか?

 

 ならば、行かなくてもいいのか?

 確実にラクスが助かるのを確認したい感情があるが、納めるべきだろうか? 

 しかしそれでは、その次のザフトからの襲撃を独力でしのぐ事になってしまう。

 アスラン達が来るはずだ。記憶通りなら。

 

 救援に来るはずの連合の先遣隊はどうする、彼らが先にアスラン達と遭遇するはずだ。

 それに同乗してくるであろうフレイの父親はどうするのか、アルスター外務次官は。あの状況でアスラン達を止められるのか? 殺さずに?

 

 決して褒められたやり方ではないが、ラクスを人質にしたから危うい所で助かったような状況だった。

 

 アークエンジェルは一歩遅れるのだ。あの状況には。

 

 戦って止めるなら、かなり荒っぽくなる可能性がある。手加減せずに撃たねばならない場面が出てくるかも知れない。

 それに他に展開するジンはどうする? また落とすのか、アスランの前で。

 フラガには、キラの知り合いだからと落とすのを遠慮させる気か? ……それは駄目だ。

 

 ではラクスを人質にして止めるのか? 前と同じく? だとしても、その後、アスランはもう一度話を聞いてくれるのか? そんな真似をした人間の言う事を。もう一度。

 メッセージの効果を自分で潰す事にもなりかねない。

 

 では、デブリベルトから出て連合に通信を送るのはどうか。出迎え不要と。 

 それで、アークエンジェルを守りきれるのか? アスラン達にもアークエンジェル側にも死者を出さずに?

 

 それともラクスを保護しなければ、アスラン達に遭遇しなくても済むのだろうか?

 ならば、行かない方がいいのだろうか?

 

 キラはそこまで考えて、背筋が凍る感覚に襲われた。

 初めて感じる類いの恐怖だ。

 

 自分の意見が人の生き死にを左右する恐怖。考えを改めて初めて分かるようになった物。

 責任の重さ。

 

 どうするべきなのか。

 できるならば、慰霊団を見捨てるという選択肢は取りたくない。確実にラクスが助かるのを確認したい、プラントに返すのも当然だ。

 しかし、今から行って状況に間に合うのかは分からない。

 

 フレイの父親も守りたい。今度は彼女の命も家族も守ってみせる。

 しかし、間に合うのか? 今回は。

 早くデブリベルトから出て、迎えに来るなと言わねばならないのではないか?

 

 どうする。このままでいいのか。

 このままでは駄目だ。

 まだ、アークエンジェルからは離れられない。巻き込んだ人達を放り出したくない。

 サイ達はどうなる、トールは。

 

 ラクスとアークエンジェル。どちらがより危険か?

 どちらが、自分が行かなくても大丈夫か。

 分かっている。分かっているのだ。だが不安が大きくて落ち着けないのだ。

 これは、ただの我が儘だ。しかし放っておけないのだ。

 キラは歯を噛み締める。

 

 納めるべきか? あくまでも話して向かってもらうべきか?

 危険だと分かっている所へ? その後更に危険な状況が待っている所へ? どっちなのか。

 

 誰かに頼りたい、話してしまいたい。結果がどうなろうと自分に背負える物ではない、耐えられな……駄目だ。

 やるのだ。

 投げ出すのも逃げるのも無しだ、自分でやるのだ。

 人に押し付けてどうする。自分は何の為にここに居る。

 変える為だ。チャンスをもらえたのだ。

 

 まず、出来ることをやらねばならない。

 

 幸いな事にキラの顔色の悪化は、そこまで疑念を持たれる事もなかった、ここにいる者は全員どこかしら体調はよくない。

 マリュー達に気付かれる事なく、キラは静かに息を整える事ができた。……保安部員に「大丈夫か?」と言われてしまったのはご愛嬌だろう。

 キラは心配してくれた相手に笑ってみせる。もちろん大丈夫だ。

 意地でも倒れるものか。

 

 キラはマリューに改めて願い出た。

 

「マリューさん、ジンを1機と、人員輸送用のシャトルを何機か貸してくれませんか?」

 

 何をする気かと固まるマリュー達に、キラは続けた。

 どうしてもラクス・クラインの安全を確認したいと。

 

「アークエンジェルはユニウスセブンから距離を取っていて下さい。接触する時は僕一人で行きます。

 それも駄目なら、ここからは僕一人で行ってきます」

 

 出来る事なら待っていて欲しいなどと、とんでもない事を言い出すキラにフラガが慌ててフォローに入ってきた。

 敵前逃亡になりかねない言動である。

 

《バカやろう、落ち着け!  まだ行かないとは言ってねえだろ! ちょっと待て!》

 

「ムウさん、済みません。これはどちらかと言えば僕の我が儘なんです。危険かも知れません。

 いえ、危険だと思います。

 ユニウスセブンへ行かずに、真っ直ぐ月へ向かった方が安全です。

 第8艦隊から先遣隊が来ているはずですから、途中で合流できるはずです……それに、今すぐデブリベルトを出ればザフトには会わずに済むと思います。少なくともあのナスカ級には」

 

 しかし、それでも行きたいとキラは主張した。だから、ここからは一人で行くと。その許可をもらいたいと。

 

 ナタルもフラガも、もちろんマリューも絶句した。

 キラがどこまで事態を把握しているか、それに衝撃を受けたのだ。そこまで分かるのか。いや、そんな事を言い出すのか、が近い。

 

 だとしても許可を出せる訳がなかった。

 経緯はどうあれ、キラを巻き込んだ責の一端はこちらにもあるのだ。放り出すような真似はしたくない。

 かと言って、恐らく極めて面倒な事態が予想される状況に突っ込んでいくのは勘弁してほしかった。

 

 キラ自身が、行かない方が恐らく安全だと言うのだ。むしろ逆だと。あのナスカ級が来ていると。

 

「……キラ君、考え直して。思い止まってくれる余地はないかしら。拘束してでも止めると言ったら?」

 

 懇願に近い形のマリューの言葉にキラは食い下がる。

 

「確認するだけで結構です。もう少しだけ進んでモビルスーツでの偵察だけでもさせてもらえませんか?」

 

 キラの決意は固そうだった。

 銃を持っている保安部員が隣に居るのに、無茶な事を平気で言い放つ。

 彼らの銃に装填している物は、実弾ではなくゴムスタン弾に変えているが、キラに怪我でもさせればアークエンジェルの防御は崩壊しかねない。

 マリューは、キラから自身を盾に取引を持ち掛けられているように感じた。

 

 その後は、ナタル、フラガからの質問や背後関係の確認が飛んできたが、腹を括ったキラは開き直った。

 答えられない事は答えられない、分からない事は分からない。

 その態度に久しぶりにナタルが怒り、フラガが呆れて、マリューが頭を抱え、最終的にアークエンジェルの進路が決まった。

 

 ユニウスセブンへ向かわない事が決定された。

 

 むろんキラは食い下がったが、ナタルに即座に銃を向けられて一瞬、固まってしまった。彼女の銃は実弾である。

 直後に保安部の者に押さえ付けられた。

 顔見知りになり、雑談くらいはするようになった相手から「悪い事は言わないからここは大人しくしておけ」と囁かれば従うよりなかった。

 

 キラは抵抗するつもりだったが、そもそも怪我をさせたくないのだ。そんな程度の覚悟を見透かされていた。

 

 今のキラは身体能力に優れると言っても肉体的には16歳の状態だ。フラガの指導の元、兵士として鍛え始めたばかりの段階にある。

 保安部員に押し固められれば動くことは出来ない。

 

 何とか行かせて欲しいと主張するが、退出を命じられ、独房に入る事が決定した。

 

 それでも必死で頼みこみ、マリューから「少し考えさせて欲しい」と声をかけられたのが話し合いの終わりだった。

 

 

 

 

 




 
 

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