現在、アークエンジェルの艦内には二百数十人の民間人がいる。
彼らは現時点で中立を表明している国家、オーブに所属する者達であり、大西洋連邦に束縛される根拠を持たない集団である。
彼らから不満が出始めていた。
オーブはコーディネーターも、ナチュラルも受け入れる国であり、差別、迫害は無いではないが、何とか共存を図っていこう……と言うような国だった。
この国が注目され始めたのは、戦争が始まってからの話になる。
プラントと関係が悪化した地球連合、彼らとプラントの代わりに交易をする事で外貨を獲得して、技術立国としての評価が高まり始め、そして近くにザフトの戦略拠点ができた事で注目度がより高まった。
良くも悪くも、地球圏が混乱するまで注目される必要が無かった国がオーブだった。
ひどく失礼な言い方をしてしまえば、オーブ国内の軍事・政治に携わる少数の者を除いては、戦争や国際情勢、自分達の立場に対して、危機感が足りない者が少なくなかった、とも言える。
上層部の人間とて、正しく認識できているかは疑問の残る所だが、とにかくそんな国がオーブという国に対する評価になる。
ヘリオポリスの損傷によりアークエンジェルに避難するしかなかった住民達も、その価値観にあまり大きな例外があるわけではなく。
彼らの立場としての正当な不安、要請が存在し。
これを受けとめ解消、または納得してもらう為の責任。
それが今は、アークエンジェルにあった。
本来であれば、もう救助されているはずの日数が過ぎているのに、未だに安全な所へたどり着かず、戦闘にまで巻き込んでいるこの艦に不満が出ているのだ。
彼らの主張を聞き、なだめ、アークエンジェルの立場を説明して事を納めるのは保安部、または指揮官達の仕事である。
ただ、前提に反プラントを掲げる地球連合軍。
彼らに相談を出来ない立場の者も居た。
「勝手な話とは分かっています。けど、貴方からこの船を降りれるようにしてくれませんか……?」
「早く妻と子供に会いたいんです」
「何だか、周りの方の視線が怖くなってきてしまって……。家の子供は、第一世代なんです」
「私がコーディネーターだってばれたら不安で……今はまだ誰にも知られてませんけど……」
十数人の男女から、そんな相談を受けているのはキラだった。
彼らはオーブ国籍のコーディネーター、またはコーディネーターの子供を持つ親達だった。
キラは保安部の者達に協力をお願いして、人払いをしてもらった上で、適当な空室を使わせてもらっていた。
これもマリュー、ナタルから頼まれたキラの仕事だった。
「ごめんなさい、今は降りられませんし、降ろす訳にはいかないんです。
この船は隠れなきゃいけない立場で……もちろん安全な場所へ向かっていますから大丈夫ですよ。
艦隊と合流できたら、すぐに地球へ降りられますから」
キラは不安そうな彼らに対して言葉を重ねていく。
薄っぺらい言葉だと自分でも思っていた。
勝手にヘリオポリスで戦闘して、勝手にシェルターを壊して、そして危険な宙域を連れ回しているのだ。
どの口で、と我ながら呆れる。
ジャンク屋のキャラバンに、彼らの何名かでも引き受けてもらえないかという話も出たが、それに難色を示したのはキラなのだ。
細かい取り決めや契約、送り出す人間と残ってもらう人間との分別、その説得と説明に時間がかかると判断したから、だったら全員抱えてさっさと先へと、判断したのだ。
キラが、マリュー、ナタルにそう提言したのだ。
最終的に決定をしたのはマリューではあるし、ナタルにも時間を無駄に消費しないで済む、という面から納得してもらった上での話でもある。
しかし、提案自体はキラである。
自分の知らない所で彼らに害が及ぶのを嫌った面もあるが、それは言い訳にすぎない。
こちらの都合で連れているのに変わりはないのだ。
キラは自分に対する嫌な感情を覚えながら、それでもせめてもの責任と思い、彼らの話を聞いていた。
まだ少年といえる年だが、パイロットとしての待遇、地球連合軍の准尉となったキラのこまめな説明、保証は彼らの不安を和らげるらしかった。
言える事は、具体的な日数等をごまかして、愛想笑いを浮かべるしかないのだが。
それでも何かしらの方針を聞ける……という意味では、安心を覚える者達が居るのは確かだった。
「……この艦の皆も、精一杯やってますから。必ず安全な所へお送りします。
もう少しだけ協力をしてください。ごめんなさい」
へリオポリスではナチュラル、コーディネーターはそれほど意識はされてはいなかった。
元から隠している者も居るために、誰々が実は……というのがあまり無かったのだ。
しかし、この艦内では何となく、それぞれが割り当てられたベッドスペースの変更が始まっていた。
少ない知り合い同士、身内である家族同士で、常に固まっているような状況に少しずつ変わって来ていた。
プラントとザフト、そして状況に対する不安と不満から、反コーディネーター感情が微妙に悪化しつつある空気なのだ。
知らない者同士の間では、控えめに言っても健全……とは言い難い雰囲気だ。
もちろん保安部の者が常に辺りを巡回し、オーブ軍の歩兵も交替で歩いている。
殺気だっている訳ではない。
しかし殺気だっている訳ではないのと、穏やかなのは少し違う。不安からは逃れらないらしい。
逃げ場がないのは辛い。
弱い、と責める事は簡単だが、それだけでは解決しない事もある。
既にコーディネーターである事が知れ渡っており、なおかつ地球連合軍准尉であるキラに、ぽつりぽつりと相談が持ち込まれるのは仕方がない事だった。
キラが彼らをなだめていると、不意に第一種戦闘配置にアラートが切り替わる。また海賊だろうか。
今はフラガが警戒しているのだ。心配はしていない。
これから自分が出撃するまでに終わっているかも知れない……そんな程度だ。
しかし、目の前の民間人の者達は気の毒なくらい狼狽えていた。何度となく訪れる不穏な空気に、泣き出す子供もいるのだ。
いきなり発生する神経を刺激する音と、兵士達の殺気だつ空気に当てられれば無理もない。
乗っている艦を破壊しに来る者達が来たと言う合図なのである。
キラは努めて明るく振る舞う。
「大丈夫。この艦は安全ですから。心配かも知れませんが、任せてください。
必ず、絶対に皆さんをオーブへお連れします」
キラは、自分には似合わないとは思いつつも、そんな言葉を置いて格納庫へ向かう。言わずにはいられない。
以前の逃避行でも、もしかしたらコーディネーターが乗っていて、名も知らぬ彼らは不安に耐えていてくれたのかも……そう思うとキラは、肩にのしかかる重さが増えていくのを感じた。
アークエンジェルの甲板から勢いよく離れたガンバレルストライク。
そのコックピットに居るフラガは意外な緊張の中にある自分に驚いて、そして苦笑した。新兵か、と。
事実、初陣だ。モビルスーツでの。
敵はジン2機とモビルアーマー3機だ。警告は無し。いきなり物陰から飛び出してきた。
海賊と判断する。
乗り慣れているメビウス・ゼロならば、かなり面倒な相手だ。何かを守るという条件つきならば、より至難だ。
この、ガンバレルストライクではどうだろうか?
「まったく、面白い混成部隊だよ。
トール、盾で自分の機体を守ってろ。コックピットの前で構えてりゃいいんだ。
お前はまだ撃つなよ、当たりゃしねえからな!」
《は、はい!》
皮肉な組み合わせで海賊をやっている物だ。
フラガは、グレーフレームのトールに自分の身を守ってろと指示すると、戦闘機動に入った。
メビウスがデブリを避けながら接近、アークエンジェルのエンジン部に絡もうとしていた。
その妨害にビームライフルを撃つ。大きく散開されてかわされた。
今度は向かってくるジンに立て続けに撃った、こちらもビーム兵器に驚いたのか大きく回避を行う。
その動き方で、連中のレベルがどの程度かおおよそ看破した。
まずはメビウスから数を減らす……フラガは機体を運動させてポジションを修正、あっさりとメビウスの1機を照準へ捉える。発砲、連射。
何発かがデブリを焼いて射線を確保、開いた空間を走ったビームが直撃、メビウスを撃破。
フラガは手応えを感じる。
アークエンジェルから副砲やミサイルでの迎撃が始まった。
大事に撃っている感じだ。多少の補給は出来たとは言え、無駄撃ちはやはり出来ないのだろう。
アークエンジェルには申し訳ないが残りのメビウスは任せてしまおう……フラガはそう判断するとジン2機に向き直った。
相手は接近を再開してきていた。
ガンバレルストライクにはパワーがある、それでもフラガの反応に滑らかに追随してきてくれた。
何とも動きやすい物だ、モビルスーツとは。
ジンが撃ってくる機銃はシールドで受けとめ、強引に接近、間合いを測る。
相手はこちらのビーム兵器を警戒しているのか、探るような動きで挟み込みにきた。
やれる位置にいる。フラガはガンバレルを展開させた。
キラが何度も手を入れてくれたそれは、ほぼフラガの思い通りに動いてくれる。
デブリに紛れる敵機を追わせ、射程内へ。しかしガンバレルを一つデブリにぶつけてしまう。
舌打ちと共に集中を増して操作する……環境の悪さはフラガの負けん気に刺激を与えてくれていた。
危険を回避しようとするジンを牽制射撃で縛り、包囲させたガンバレルで集中攻撃をかけた。
このガンバレルは何とミサイルまで搭載されている贅沢なタイプだが、そんな大事な物は撃てない。
死角は取った。レールガンで十分だ。
ガンバレルでジン1機を袋叩きにし、ビームライフルで止めをさす。手加減などする気はないし、出来ない。
爆発するジンから目線を切って、もう1機へ。
残るジンはアークエンジェルを押さえにかかる動きに出ていた。ブリッジに狙いをつけたようだ。
ビームライフルを連射。頭を抑えておいてガンバレルを割り込ませる……さあ撃ちまくるぞ、そういう見せ方で。
僚機がやられた様を見ていた相手は、回避に全力を投入しだした。発砲せずに動き回るだけのガンバレルから逃げ回る。
ガンバレルは囮だ。
フラガは既にビームライフルで狙いをつけている。発砲、連射。
2発目がジンの腰を砕き、3発目が胸部に直撃。ジンが砕けた、大破だ。
「実弾はなるべく節約しなきゃならないんでな」
これがモビルスーツか……フラガは威力を実感しつつ、既に残り1機になったメビウスに止めを刺すべく移動を始めた。
長い第二種戦闘待機と、いきなり始まってあっという間に終わる第一種戦闘配置の連続は艦内に緊張を強いていた。
デブリが少なめの開けた空間で、緩めても第三種警戒待機。
その後さらに緩めてやっと通常配置になる。
デブリベルトに入ってから通常配置はあまりない。
その分手厚い人員が必要と言う事であり、負担が増える、と言う事だった。
「いい加減にして欲しいわね……こう何度も」
フラガが最後のメビウスを片付けるのを見て、マリューは息をついた。また奇襲だ。
こう次から次へ来られては。
この連続した戦闘は軍人であっても神経がすり減る物である。物陰からいきなりだ。
戦闘自体はキラとフラガが見事に対応してくれている。致命傷は食らっていない。
しかし、アラート切り替えの激しさに、艦内の各所から何とかしてくれと要請が来ている。
特に民間人に接する保安部は神経を使うようだ。
さりとてアラートを切り替えない訳にはいかない。
艦内への警告の意味もある。
しっかりと対衝撃体勢を取らせないと、民間人に怪我人が出るのだ。
ただ、そのアラート切り替えが文句の元なのだからどうしようもない。艦に損傷は無いのに、人にダメージが発生している。
マリューは悩む。どうした物かと。
指揮官が悩んでいると、軍艦のブリッジには不釣り合いな女の子の声が響いた。
キラにばかり働かせていられないと志願した、新米オペレーターのミリアリアだ。
戦闘が終わって、トールの乗った機体が無事な事にホッとした様子だったが、新しく仕事が入ったようだ。報告がきた。
「ラミアス艦長、キラが発進をしたいって言ってきてますけど……?」
ノイマンが笑った、マリューも苦笑する。
キラが、は無いだろう。きてますけど、じゃない。
とは言え、学生丸出しの話し方は当たり前だ。実際に学生なのだから。
責めるつもりはない、手伝ってくれるだけでありがたいのだ。
おかげでオペレーターのシフトが一人分分散されるのだ。この程度はかわいい物だ。
最も艦長のマリューからして、注意どころか。
「必要ないわ、キラ君にはまだ休息を取るように、と言っておいて。それからナタルにも……」
こんな話し方をする人間だ。
さすがにノイマンはマリューを笑えない。こっそり苦笑するくらいである。
マリューは、最近は自分の代わりにブリッジに詰めてくれていた副長を休ませておこうと連絡を指示する。
その後ろで当のナタルがブリッジに入ってきた。
「遅れました、状況はっ!?」
「……大丈夫、終わってるわ。ごめんなさい、起こしてしまって」
マリューも上官と言うよりは、職場の同僚みたいな話し方になっている。
というかブリッジ全体が最近、少し緩んでいた。これは志願してくれた学生達だけの影響ではない。
マリューと学生達、両方の影響だ。
ナタルが来てやっと「これはいかん」という空気が出た感じなのだ。
ナタルはそれに対して烈火のごとく怒る……事もなく。咳払いをして、軽く注意するに留めた。
「……貴様ら、あまり油断しないようにな。疲れているのは分かるが、やられてからでは遅いんだぞ」
その一言で軽く引き締まった空気にマリューが「苦労をかけるわね」と労ってくる。本来なら貴女の仕事です、とはナタルも言わない。
せっかく顔を合わせたのだ、これからの事を相談する。
「艦長、そろそろ民間人は限界では? 具体的な下船の日程を考える必要があります。ストレスで体調を崩す者が増えていると報告が。
物資は辛うじてではありますが、何とかなりそうです。……そろそろヤマト准尉と話をすべきです。
自分はこれ以上、デブリベルトを進む必要を感じられません」
「そうね。……けどキラ君は折れてくれるかしら。
それに彼の言うザフトの哨戒網に引っ掛かるのは、危険だわ」
もしかするとこのまま進んでいれば、また何かアークエンジェルに取ってありがたい事が起きるのでは、と話すマリューに。ならば、だからこそ話をすべきだとナタルは主張した。
「ヤマト准尉が明確な敵とは申しません。しかし、いつまでもこのままでは。
フラガ大尉の機種転換も進みつつあります。
ヤマト准尉が不要と言っているのではなく、今話さなければ、次もまた、なし崩しだと言いたいのです」
キラから意見を受けて、民間人をジャンク屋へ送り出す事は道義的、時間的に思い留まった。
だがそれは、キラの意見を無条件に採用し続けるという話ではない。
それは駄目だと言うナタルの言い分には、ブリッジクルーも興味を引かれていた。
やっと……未だに苦しいがそれでもやっと、何とかなりそうなのだ。艦の態勢はある程度整った。
しかし、そこで再燃してきた問題がある。
キラ・ヤマトは何者なのか?
ジャンク屋との物資取引を終えて、取り敢えず少しは埋まった備蓄。
その結果、次の問題に目を向ける余力が出たのだ。
ブリッジに詰めていた学生達が友人の立場を弁護しにかかる。ミリアリアとカズイだ。
「あ、あの! バジルール少尉! キラは……えっと、あの子はコーディネーターなので、色々何でも出来ちゃうのかも知れません!」
「そ、そうだよ、い、いえ! そうです! ゼミでも教授の仕事とか色々手伝ったりしてました。それで……!」
ナタルはため息をつく。ここは学校か?
「ハウ二等兵、バスカーク二等兵。勘違いするな。
別にヤマト准尉を今すぐ、どうこうしようとは考えていない。
するとしても、この艦を防御してくれた事実で持って罪の減免は可能だ……オーブとの外交的な決着のつけ方だって出来なくはない。
だから落ち着け、レーダーから目を離すな。フラガ大尉とケーニヒ訓練生の機体を管制しろ」
ナタルは怒鳴りたいのを堪えた。
キラなら黙々と仕事をするのに、と馬鹿な考えを浮かべて渋面を作る。
キラの仕事量と内容が頭に浮かんだのだ。
今、独房に入れると整備班から文句が出るだろう。その位に彼は動いていた。……少ないとは言え、艦内に居るコーディネーター達を刺激したくないとも考えている。
穏便に事を納めたいのはこっちも同じなのだ。
マリューが、どうやって話し合うつもりかとナタルに尋ねる。
「私と貴女とキラ君と、フラガ大尉、かしら。艦の責任者が席を離れる事になるわよ? 1、2時間……」
マリューは、正直な所キラの立場をこのまま濁したかった。嫌な話の流れが浮かんだのだ。
志願させたとは言えスパイの疑いは晴れていない。
誤魔化しているだけだ。
話の内容によっては、キラはすぐにモビルスーツを降りる事になる。それでは艦の防御力が落ちる。
ザフトの友人の件、色々と事情をしっている件を合わせれば、判断次第では既に処刑物だ。
もちろん、マリューにはそんなつもりはない。
何とか友人達と一緒に、アークエンジェルを降りてもらうつもりだった。
ナタルは外交的な決着云々を口にしたが、マリューはそう言った方面の話は苦手だった。
直接の上官である、ハルバートン准将に何とかしてもらえないだろうかと悩んでいた……そう言えばキラは、ハルバートン准将の事も知っている風だったが……。
それも考えると面倒になりそうだと、マリューは頬杖をつく。
ナタルはそんなマリューの悩みを知ってか知らずか、何とか時間を合わせてみますとスケジュールの調整に入っている。
海賊達には縄張りがある。そんなに連続では襲ってこない。と期待して、その隙間を狙う位しか出来ない。
それよりもさらに危険、いや、厄介な事が迫っていた。
進路が不味いのだ。
宙域図によると、このまま進むと先に大変面倒な場所があるかもしれないのだ。
プラントを刺激するのに十分過ぎる場所……ユニウスセブンが眠っている場所が、もう近いはずなのだ。
どんな理由があろうと連合の軍艦が近づくのは危険だ。何を言われるか分かった物ではない。
はっきりした場所が分からない以上は、大きく進路を変えるのに限る。
しかしナタルは、今度はキラが何を言い出すかと不安が増してきていた。
これで何とかフラガの目処が立ちました。