キラは無傷のジンを格納庫へ押し込めて固定した。
アークエンジェルの甲板上には傷をつけたジンを並べて、これもワイヤーフックで固定していく。
ナタルから、カカシにしろとの命令だった。
モビルスーツがたくさんあるぞ……そういう威嚇になるらしい。ナタルいわく、気休めみたいな物だ。
フラガのガンバレルストライクがアークエンジェルの甲板に上がって来た。交替の時間だ。
追い詰められた人間の底力とでも言うのか、フラガはこの宙域でモビルスーツの扱いに急速に慣れてきていた。
相手がジンならば戦えるレベルになりつつある。……無理矢理にでもそうならなければキラが休めない、というのもあるが。
《キラ、お疲れさん、また海賊らしいな。……キツい目覚ましだったぜ》
「ムウさん、おはようございます。すみません、後をお願いします」
《おう……俺が言えた事じゃねえが、早く休めよ》
キラは、はい、と返事をすると、アサギのグレーフレームを連れて戻る。
バッテリーを充電させて、今度はアサギの代わりにトールを乗せるのだ。
アサギはシミュレーションと座学に入り、キラは休息。のはずだが他の仕事がある。
機動兵器のスクランブル待機は本来、艦内でやる物だが、キラもフラガもモビルスーツに乗ってアークエンジェルの甲板に居た。
理由は物資探索、そして奇襲対策だった。ついでに訓練生達への訓練指導も理由の一つになっている。
目を皿にしながら使えそうな物資、物資を搭載していそうな残骸を探して、たまにそこらを動くのだ。
キラが10時間、フラガが16時間勤務になる。
予備人員無しの二交代だ。
差があるのはキラが未成年だからではない、フラガには出来ない仕事がその分あるからだ。
フラガと同じくスクランブル待機、物資探索に加えて、モビルスーツ4機分と鹵獲した使えそうな機体も含めての電子系の調整。
それに付随する整備班との打ち合わせと確認。
アサギ、トールへの訓練、習熟度に合わせた機体の微調整。ナチュラルの彼らに合わせたモーションパターンの追加と修正。
追加、修正した物と既存の物がぶつかったら、それも何とかしなくてはならない。
おまけにシミュレーションマシンの訓練プログラム変更、必要とされる座学用のデータの抜き出しと、OSを弄った事による変更点のマニュアル作成。
質問や疑問にも答えねばならない。
更にはX105の装備を考えねばならなかった。
腕と足だけではなく、ビームがかすめた事で細々とした損傷が多く発生していたらしい。
マードックが、思ったより時間が必要そうだと言ってきた。お願いするしかない。
なので、キラが担当するのはモビルスーツ用の装備。
アークエンジェルの実弾兵器の残弾が心許ないのだ。
だから、モビルスーツで援護するしかない。
記憶にあるより厳しい戦況が多いために、手数を増やしたい。今の内に、各オプションパックの組み合わせ運用ができないかを考えていた。
ストライクのコックピットでデータを弄るキラを眠気が襲ってくる。
キラは頭を振る。寝ている場合じゃない。
整備班はグレーフレームのチェックに入っている、皆、態勢を整えるのに必死だ。
交換するはずの部品を少しでも補修、修繕して、訓練時間と稼働率を両立させようと努力していた。
艦内の、十分とは言えない工作設備でやる仕事ではない。
今回、アークエンジェルがデブリベルトを進み続けているのはキラの主張からだ。
進みながら残骸を漁るのは物資を手に入れる為と、ラクスを助ける為。
それと、できればユニウスセブンを荒らさない為だ。
どうしても足りない場合でも、最悪、水を貰うだけで済ませたいとキラは考えていた。
その場合でも、言い出すのは自分の仕事だと思っている。
頭の中で日数を計算する。
正直、当時の事は曖昧だ……多分、間に合うと思うのだが、そんな話を知らないマリュー達はやはり不安そうだった。
マリュー達からの疑惑の感情が少なくなってきたから、尚更申し訳ないのだ。
今の所は意見を取り入れてもらっている。
キラが頼みこんでデブリベルトを進んでもらっている。
責任を取らねばならなかった。
キラは騒音を聞きながら、使える装備の組み合わせを考える。
必要なのは射撃武装と近接武器の両方だ。
対《G》戦闘を考えて高機動性、ビーム兵器を確保したい。
高い運動性を誇るエールパックを基本として、ランチャー、ソードの武装をくっつけるのが現実的かと思案する。
選択はどうするか。
キラがメインで使うオプションのエールパック。
そのシールドとビームライフルの残りが1セットしかなかった。
ガンバレルストライクにもこれは1セットのみ。
グレーフレームもビームライフルとシールドがあったが、こちらも1セットしかない。
予備が無い。
元々は数セットあるような装備なのだが、今回積み込めたのがこれだけ、コンテナに入っていたのがこれだけらしかった。
次にエール装備を喪失すると替えがない。
現在あるのはエールパックが1つ、ソードパックが1つ。ランチャーパックが2つだ。
ビームライフル、対ビームシールド、ビームサーベル。
対艦刀、ロケットアンカー、ビームブーメラン。
アグニ、対艦バルカン、ガンランチャー。
常にどれを……ではなく。状況に応じてそれぞれを……としか思いつかない。
つまりは、どれを組み合わせて出撃しても動くようにしなければならない。火器管制をまた弄る事になる。
キラは考える。
グレーフレームにアグニや対艦バルカンを持たせて支援に回すというのはどうだろうか? 空いたビームライフルをストライクが使うのは?
そういえばフラガが、ガンバレルストライクにビームサーベルを装備させたいと言っていた。近接装備がアーマーシュナイダーしかないと。
しかし、グレーフレームはストライクの装備を使えるのか? ガンバレルストライクにどうやってビームサーベルを持たせるか……そもそも、これらは技術的に可能なのか?
アークエンジェルの設備で何とかなるのか?
いずれにせよ、モビルスーツの運用はナタルかマリューと話をしなくてはならない。
機体の改造……現地改修ともなれば《G》に詳しいマリューと、整備班長のマードックに相談だ。
また負担をかけるのかと、気が重い。
というか、機体をそこまで弄る許可が出るのだろうか……。
一つ問題を片付けようとすると、三つ、四つの問題が上がってくる。
キラが唸っていると、コックピットを覗きこんできた保安部員から引きずり出された。
ローテーション勤務が終わってから、知らない内にさらに二時間以上もシステム周りを弄っていたらしい。
ブリッジからも休ませろと催促が来たらしかった。
手を借りて床面へ降りると体が固くなっていた。背伸びが気持ちいい。あくびが出る。
さすがにベッドに入ろうと思ったキラに、疲れた顔の整備員の一人が声をかけてきた。
グレーフレームのモーションパターンの幾つかが、火器管制の一部と干渉しあってエラーを起こすらしい。アサギからの報告だった。
キラの追加した部分だ。
キラは後15分だけ、と、渋い顔をする保安部の者に断りを入れて、グレーフレームに向かう。
ちょうどいいからと、ついでにあれも、これもとやっていると、ついにマードックと保安部員が怒ってきた。
休めと。
気の毒な事に、キラに声をかけてきた整備員も怒られていた。キラが自分のせいだと、かばいに入るとさらに怒られた。
半分寝ていると、お説教はあっという間に終わり、格納庫を叩き出された。
キラがベッドに入ったのは、勤務終了から3時間半立ってからの事だった。
起きてから修正するべき事をリストアップしつつ、目を瞑った。
しばらく寝ていると、いきなり保安部員から起こされた、キラの意識が急速に覚醒する。敵襲か?
「ヤマト、ブリッジから連絡だ。すぐに来てくれって」
「……ブリッジに? 敵襲、じゃないんですか?」
どうも違うらしい、との答えに首をかしげながらも、とりあえず小走りで向かう。何事だろうか?
向かう途中でフレイとサイに気付かれた。
何かあったのかと問われ、サイがブリッジについて来ようとするが、問題ないからと押し留める。
非番なら、フレイの傍についていてあげて欲しいと。
フレイの、こちらを探るような目が困った物だが、急いでいるのは本当だ。挨拶も話もそこそこに切り上げた。
会って以来、話す暇もあまりなく寂しかったが。これで良い。
今のフレイに何を謝った所で意味はないのだ。
ブリッジに着いたキラを、マリューとナタルが出迎えた。少しホッとしながらも、なぜか困惑している二人にキラも戸惑った。
ブリッジからは数隻の船が見える。
艦隊か、と思ったが違うようだ。
キラが見る限り、戦闘部隊にしては貧弱過ぎる。機動兵器も展開していない。
フラガの機体も反応していない。
「……どうしたんですか? 何かありましたか?」
「ごめんなさい、休んでいる所を。キラ君の意見を聞いてみたくて。これが目的だったの?」
「ヤマト准尉、アークエンジェルにモビルスーツはこんなに要らないだろう? ジンは2、3機、放り出しても構わないか?」
「何の話ですか?」
「これが目的だったんじゃないの?」
マリューから聞かれても、キラは事態を飲み込めない。何の話だ?
キラが、よくよく話を聞いてみると、どうやらアークエンジェルはジャンク屋のキャラバンと接触したようだ。
接触したとは言うが、実際には向こうから寄ってきたらしい。
マルセイユ三世級と呼ばれる中古の輸送艦、数隻からなる、中々大きめのジャンク屋達のチームだった。
最初は敵かと思ったブリッジクルーだったが、直ぐに船体に付いたマークを見て気が付いた。
これがジャンク屋かと。
戸惑う間もなく「ずいぶん派手に暴れているようだが、そのジンを引き取りたい。良ければ色々と交換に応じる」等と言う内容の通信が来たようだ。
そしてマリュー達は気になってキラを呼んだ、というのが事の次第らしかった。
これが目的なのかと。
キラが来る前に、条約通りに敵対はしない、とだけ通信を送ってみた所、ならば是非と、取引を持ち掛けられたという。
「甲板に飾ってあるジンと、物資を交換、ですか?」
「そうだ。そこで可能だったら2、3機まとめて水、食料と交換したい。
向こうからは、拾い物で良ければ連合規格の弾薬類も少しは出せると言っている。
一応、貴様の意見を聞いておこうと思ってな、どうだヤマト准尉。問題ないだろう」
意見を聞くが、突っぱねるなら、他に当てが有るんだろうな? というナタルの態度はキラも分かる。
むしろ願ってもない。これなら、ユニウスセブンを荒らさなくて済むかも知れないのだ。
「分かりました、マリューさん、ナタルさん、直ぐに取引に応じましょう。僕も搬入とかの作業に出ます。
ジンは全部出しますか? 5機全部で?」
乗り気のキラにマリューはホッとしたようだった。
ナタルからも安堵と共に、一応無傷のジンを2機残すつもりだ、と言われた。
「パイロットは候補を合わせて4人だ。そこでジン1機と予備機体を1機残そうと考えている。構わないか? ヤマト准尉」
「ナタルさんが許可をくれるなら、2機残すのはありがたいです。それでお願いします」
「分かった、そう進言しよう。
ラミアス艦長。CIC指揮官として、小破状態にあるジン、3機を交換に出す事を進言致します」
口下手なキラと、軍人らしく割りきれば余計な話をせずにさっさと仕事を進めるナタルは、こういう時は相性がよかったようだ。
むしろマリューが置き去り気味だ。
キラは、マリューとナタルから、絶対に攻撃をしないようにと厳命されて作業に向かった。
作業用のポッドも出してくれると言ってくれた。時間も短縮できる。
そう言えば以前にも……未来ではあるが、ジャンク屋の人達から補給物資を融通してもらった事があったか……などと、キラは胸を撫で下ろす。
これで物資は何とかなるかな。と、安堵した。
一番ホッとしていたのはブリッジクルーだった。
割りと穏やかにキラとの話を済ませたナタルに、ギスギスした空気が出なかった事を皆喜んでいたのだ。
もちろん内心でだが。