アークエンジェルの格納庫は騒がしかった。
整備用機材の騒音。それに負けないように大声になるマードックを始め整備班員たちとキラ。
打ち合わせ、怒鳴り声。確認と説明と、また確認。
さらにはキラの協力を得て、メビウス・ゼロのみならず、他の搭載兵器の調整を始めてしまったフラガも混じっていた。
忙しそうな連中に対して、キラにくっついて見張る保安部の者たちは、少し肩身が狭そうだった。
「まさか、他にもモビルスーツがあるなんて……」
「君の友達が見つけたんだとよ、俺は君が持ってこさせたのかと思ってたが。違ったのか?」
フラガの嫌味だが明るい口調の冗談に、キラは苦笑いを返した。
何でも知っている訳ではない。
単純に知らない事もあるし、経験していても覚えがない事もある……忘れたい事や、記憶が曖昧ではっきりとしない事も。
キラの記憶とは違い、現在、アークエンジェルには4機のモビルスーツと、1機のモビルアーマーが搭載されていた。
ストライクと、メビウス・ゼロ。
メビウス・ゼロが背中にくっついたようなストライク。
まだ出来ていないはずのオーブ製モビルスーツ・M1……それによく似た、灰色の機体。
そして拾ってこいと命令されたジン。
前回とは違って中々の数だと思える内容だった。
ただ、ジンについてはただでさえ忙しいのに余計な物を拾ってくるな、と、整備班にはスパイを疑われた時より睨まれた。
マードックに乱暴に頭を撫でられ、キラは照れ臭い思いをしたが、ほんの少しだけ空気は柔いだ。
休んでこいと言われているが、キラは格納庫を出るつもりがない。
エールパックを補給に出し、ストライクは即座に出られるようにランチャーで待機をさせて、自分はコックピットで居座ろうと思っていた。
ヘリオポリスが崩壊していないのだ。
記憶では、崩壊したへリオポリスの残骸と熱に紛れて、ここを切り抜けた。
残骸を盾としてザフトの包囲に対応し、アルテミスに逃げ込んだのだ。
それがないのだ。
まずザフトに位置を特定されていると思っていた。
へリオポリスが崩壊しなくて大変だ、などとは口が裂けても言えない。
なら、何とかするのは自分の責任だとキラは思っていた。
だから理由として、ストライク以外のモビルスーツを戦力化するのに手を貸せ、と言われるのは正直助かった。
ナタルに、アルテミスに行きたくないと言って怒らせてしまい、独房入りを免れるのにちょうど助かったのだ。
また、ナタルを怒らせてしまった。
時間が無さすぎてろくに話をできないが、それの影響を甘く見ていたらしい。
自分には信用がない、その状態を甘く見ていた。
一度信用を築けた記憶のある他人、というのは寂しい感じだ。
マリュー、ナタルともちゃんと話をして、まず、敵ではないと分かってもらわねばならない。
友人たちも説得しなければならない。
自分だけを戦わせるのは……そういう気持ちでアークエンジェルの志願兵となってしまうサイ達。
それも止めねばならない。早急にだ。彼らはそもそも戦争をするべきではないのだ。
アスランも止めたい、説得したい。こちらも早くしなければ。
いや今はアークエンジェルが安全圏に行く事が優先だ、まず艦の生存だ、後回しには出来ない。
だが、どうやっていいのかわからない。
やることが多く、やり直すチャンスがあるのに、うまく解決策が浮かばない。
戻ってきたのに何もできないのだ。
キラが自分の至らなさに悩んでいると、さらに心底、自己嫌悪させられる事を教えられた。
フラガの注文で、ガンバレル付きストライクの性能把握と、OSを弄り始めた所だった。
フラガから怒られたのだ。乗っている艦の状況を、考えて喋れと。
「……アルテミスに行かないと、持たない?」
「ああ、水、メシ、弾薬、人手。何もかもな。
おまけにシェルターがぶっ壊れて逃げ込んできた民間人、その中には怪我人もいるから出港から医務室は満員だ。軍医が無事で助かったな」
バジルール少尉が頭をひねってたが、無理そうだ、と。 必要な物資がないから、アルテミスしか行けない。お前が何の情報を持っていて、それが事実だとしても言い方を考えろと、言われたのだ。
この艦を沈めるならつもりならはっきり言え、そうじゃないなら、考えて喋れ、と。
キラは黙った。
知らなかったのだ。以前も物資がない。足りないとはよく聞いていたが、まさかそこまで深刻とは考えていなかった。
違う。知ってはいた。把握をしていなかったのだ。
足りないと聞いただけで、何がどのくらいとは一度も。
そういえば自分は整備をよく手伝ったが、それは電子系の話だけだ。一度でも物資の備蓄量に気を回した事があっただろうか。
アークエンジェルの生活物資、モビルスーツの部品、なにもかも人任せだった気がする。
マードックが整備班の皆と毎日頭を抱えていたのを何度も見たはずだ。マリューやナタルが疲れた顔でブリッジに居る姿も何度も。
キラが近づくと彼らは笑って言うのだ「何でもない、お前は休め」
自分の不足が次から次へと見えてくる。
「……そうですか。アルテミスに行くしか、なかったんですか」
「ああ……それでよ。司令官は信用ができないって話だが、どうなんだ。どんな感じなんだ? 話してみろよ」
保安部員が止めに入るが、フラガはさらに突っ込む。
追い詰められたキラが強硬策に出るのは覚悟の上だ。
「事情があるなら、聞いてやる。だからせめて話せる事を話せよ。
悪いが、ブリッジの空気はよくないぜ?
俺もそうだが、バジルール少尉が納得しないんだよ。何を知ってるんだ?」
フラガはキラの反応を待った。
キラのキーボードを打つ指が止まる。
言い訳を考える、フラガに対して。ダメだ、思い付かない。
いっそそのまま……いや、未来の話をして、もし違ったらどうする。
自分の知らない事が起きている、このモビルスーツがその証拠だ。
記憶の話をして、それが違っていた時。次に聞いてくれる者はいなくなるだろう。
はっきりとした事は喋れない……キラは迷った末に、人柄の問題で信用ができないと答えた。
フラガは肩をすくめる。
「人柄ねえ、具体的に何か問題か?」
問題だらけでしたよ、そう言ってしまいたい。
ミリアリアに手荒な真似をして、サイを殴った男だ。
子供に手を上げる時点で、キラの相手に対する評価は最低と言っていい。
不当な扱いをされ、ザフトの奇襲を許し、結局ろくに休む事もできずにまた逃げ出す事になった。手柄への欲が目に映っていた男だった。
ただしこれは記憶の話だ。だから結局のところ具体的な事は言えない。
「……地球連合としてではなく、ユーラシア連邦としての立場で物を言う方です」
「その位はどこにでもある話だからな、他には?」
他にはない。だから頭を悩ませているのだ。
キラが黙ってしまうとフラガは呆れた顔をした。
「ねえのかよ……」
こりゃ、スパイじゃねえな。とフラガは納得した。
こんな頭の回らない工作員がうろつける程、連合は温くない。……温くないと思いたい。
ならばと、フラガは質問を変える。
イージスを撃たずに逃がしたのは、何故か、と。
「ジンとは性能が違ったってのは無しだぞ、アーマー乗りを甘く見ないで欲しいな。
お前はイージスを落とせた。なのに見逃した、これは? こっちもだんまりか?
見逃した時に、こっち側との通信を切ってたよな……ログに何が残ってるか。調べてもいいんだぜ」
フラガは先程よりも硬い声になる。この件は見逃さないようだった。
モビルスーツと戦ってきたフラガにしてみれば、落とせる時に落とすのは当然と言えた。1機落とせば強敵が減るのだ。
まして、あのイージスは相当に危険な動きをしていた。
正直、コロニーの中だろうと、落としてしまうべきだったと思っている。
フラガが砲を撃たなかったのは、イージスが敵兵とは言え人を手にしていたからだ。
パイロットとしての最低限の掟を守ったにすぎない。
しかしストライクには、その前に何度もチャンスがあったと感じている。……いや、あったはずだ。
キラは言葉が出なかった、また答えられない質問だ。
自分に苛立ちが募ってくる。考える事の多さがキラを苛立たせ、焦らせていた。
死なせる訳にいかない者が多すぎるのだ。
奪われた《G》に乗る4人は、戦争終結後に穏健派にも強硬派にもなり得る存在だ。その親共々に。
撃ってしまえば楽だ、今は楽になる。
しかし後を考えると、その親が強硬派になりかねない。
キラはブリッツのパイロットを思い出す。
自分が討った彼は名前をニコルと言ったか。何の恨みもなかった相手。……その親は息子の死を境に強硬派になったと聞いた。
むろん、だから今回も、とは限らない。同じ境遇から穏健派になる可能性だってある。
だが、だから迷うのだ。
今を手に入れて、後の戦争を激化させてしまうのであれば。クルーゼの思惑通りになってしまう。
さりとて落とさねば、今度は味方や周りが死んでしまう日が来るかも知れない。
フリーダムに乗ってからやった不殺の戦いは、むしろ残酷なやり方だと非難を浴びた。
思えば確かにそうだが……だからと言って次から次へと殺しては自分がただの殺人者になった気がしてしまう。
もう人殺しなのは分かっている。しかし、見知った顔まで撃つなら、何のために。
正直なところ、生き延びる事だけを考えていた昔が少しだけ楽に思える。
今は……迷いすぎる。
だが昔の自分のように、流された先で何を言っても遅いのだから、苦しくても今やらねばならなかった。自分で決断しなくてはならないのだ。
キラは短い時間、しかしひどく悩んだ末。
フラガに話す事にした。
「……ザフトの《G》を落としたくない? なんで?」
「友人が乗っているんです」
呟かれたキラの言葉にフラガが絶句した。
友人? ザフトに? やはりザフトだったのか? だから逃がしたのか?
側の保安部員が慌てて銃の引き金に指を添える。
「あ、あの! でも、アークエンジェルを守りたいのも本当なんです。僕はザフトじゃありません、もちろん、サイ達は関係ありません。この船に乗ったのも偶然で。
サイ達は普通の民間人なんです。アスランと会ったのも偶然で、本当なんです!」
キラの慌てぶりにフラガも引っ張られた、黙って聞いていればいいものを、わざわざ聞き返す。
「いや、だけど。ならよ……なら、何でモビルスーツに乗ってんだよ? 友人なんだろ、一緒に投降するとか……あるだろう、君には。生き延びるためなら、やり方が他に、ヘリオポリスでなんで……」
「……アークエンジェルも守りたいからです」
聞くんじゃなかった……フラガは心底後悔した。
完全に毒気を抜かれた。
よく分かった、こいつはバカな子供だ。スパイじゃない。どころかさらに訳のわからん存在だ。
細かい理由は全くわからないが、訳のわからん事を、しかし本気でやろうとしている大バカな子供なのだ。
戦場で人を助けたいと抜かすバカに近いかもしれない。
ただ、そこらにいる似たような連中と違うのは、口だけではない、と言う事だ。なお厄介だ。
フラガはため息を吐くと、静かにキラを見据えた。
「傲慢だな。お前、死ぬぜ」
「わかっています。でも僕はそうしたいんです」
傲慢と言われて、あっさり受け止められては話にならない。
「……悪いが、俺には手加減してやる余裕なんかねーよ。むしろ、こっちの方が必死だからな。俺は撃つぜ」
フラガはナタルとは別の意味で、キラをストライクから下ろすかを考えた。しかしキラは躊躇いなく返す。
「ムウさんはそうして下さい。僕は可能な限りの事をやります」
「不可能だったら、どうするんだ」
「撃ちます。その時は」
フラガは天を仰ぐ。
「……ああーもう、くそっ。マジで聞くんじゃなかった。艦長達にこの話は伝えるぞ? どうなんだ」
「構いません。どうぞ」
フラガの話し方によってはキラの内通者疑惑はさらに深まる、というか最早ほとんど確定しているとか思えない。
黙っているのは無しだった。
どうせばれる。なら早めにこちらから言わねば心証が悪い。
整備員達は聞こえないふりをしてくれているが、それがいつまでかは分からないのだ。
どうやってマリュー達に話すかと頭を悩ませるフラガに、保安部員の一人が口を出してきた。
「あの……もしかしてなんですけど……? ああ、すいません口を出して。
ヤマト、お前さ。ザフトの奴等と友人なんだよな? じゃあ説得はできないのか?
お前みたいにこっちに来てもらうとか、せめて戦うのを止めてもらうとか」
他の保安部員も、いや、戦闘中にそんな余裕はないだろ、だの、友人同士で撃ち合うよりは、等と口を出し始める。
「あの……向こうは僕を知らないと思います、あ、いえ、イージスのパイロットは……アスランは僕を知っているんですけど……」
「なんだそりゃ?」
「彼らの親御さんが評議員なんです。すいません、それ以上は……」
そこら辺を説明できないキラは、何とかごまかそうと相手の素性に関わる事を話した。
効果は予想以上だった。
フラガと保安部の者はげんなりとする。
つまりよくは知らないが、ひたすら面倒だということが確定したのだ。
1機でも落とせば目の敵になるのが決定だ。嘘と言って欲しいくらいだった。
「……そんな奴らモビルスーツに乗せんなよ。いや、言っても仕方ねえけどさ……」
「参ったな。あの、フラガ大尉。じゃあメッセージはどうですかね? レーザー通信なら送れますよ、ヤマトに艦から……」
「いや、艦からはまずい。失敗したときのヤマトの立場が……ザフトにいる友人ってのも立場があるだろうし……いや、そうか。それだ!
キラ、お前ストライクからメッセージを送れ! 用意しておいてよ、相手がモビルスーツで出てきたら送るんだ! そうすりゃ戦闘中でも一発で送れる。それを読んでもらえりゃ、お前の立場も」
フラガの言葉を遮って、誰かの腹が鳴った。
打開策を討議していたら、腹の虫が盛大に鳴ったのだ。誰か? キラだった。
雰囲気がぶっ壊れた。しらけたような空気になる。
それでもマジメにやれと怒鳴り声が飛ばなかったのは、キラの表情のせいだろう。
顔を赤く染めて小さくなるその態度は、大人達からはやっと、年相応の子供に見えたのだ。
彼らは、初めてキラ・ヤマトが生身の人間だと思えた。
「……ヤマト、ちょっとメシ食ってこい。そういやヘリオポリスからこっち、ろくに休む時間なかったからな。……あーいいから! 戦闘中に空腹で倒れてもらっちゃこっちが困るんだよ! 行け! 15分で帰ってこい」
大丈夫ですと言い張るキラに、フラガは保安部員をくっつけて無理矢理に食堂へ送り出す。
肩の荷が軽くなったようなキラの顔、明らかにほっとしたような顔を見せられて思わず甘い顔をした。
自分も年を取ったものだ。
「……はあ」
つついてみたら爆弾が出てきた。
自分はこれからザフトと戦う度に、友人だというキラの話が頭をちらつくだろう。……本当に聞くんじゃなかった。
フラガはまた、盛大にため息をついた。
キラの足取りは軽かった。
肩にかかっていた重さが軽くなった気がした。なくなってはいないが、とても軽くなった。
話してしまった。全部ではないがしかし、話せたのだ。よかった。
少しだけ自分を見る厳しい目が減った気がする。
(マリューさんにも、ちゃんと話そう、ナタルさんにも。そうだアスランへのメッセージを考えないと……)
伝えねばならない事を考えながら、居住区を抜けて食堂に向かう。それにつれて人の姿が増えた。
記憶とは違い、前よりも多かった。大半の人は疲れた不安そうな顔をしている。
モルゲンレーテの技術者が居ると聞いたが……その家族も居るからなのか、子供の姿もちらほらと見えた。
この艦にたどり着けなかった人もいるだろう。
前回……と言っていいのかは分からないが、戦闘の巻き添えでシェルターを破壊された人はいたに違いない。
そう思うとやはり胸が痛んだが、今回はヘリオポリスの崩壊は防いだ。それはキラの心を軽くする一因だった。
壊してしまったが、崩壊はさせていないのだ。救助が来るまで空気は持ってくれるはずだ。
巻き込む人は減らせたはずなのだ。
頑張れば変えられる。大丈夫だ。フラガ達にも少しは事情を話せた。大丈夫だ。
今度は友人達の説得だ、簡単だ。戦わないでくれと頼むだけだ。
キラが食堂に入ると席はほぼ、埋まっていた。空きを探すと友人達の姿が目に入る。
ちょうどいいと、声をかけようとして。
赤毛の女の子の姿が目に入った。
キラが助けられなかった子が、居た。
「私怖かったんだから! モビルスーツが飛んでるし、サイは側にいないし! ねえ、サイ! 聞いてるの!」
「聞いてる、聞いてるって……あ、キラ!」
「キラ! 大丈夫かよ? 怪我とかないか?」
トールが食堂の入り口に立ったままのキラに気付いて、側に寄ってきた。
モビルスーツに乗ると言って別れてから、ようやく無事なキラの顔を見れた。ほっとした顔だ。
隣に座る赤毛の女の子に腕を掴まれていたサイも、親の心配をしていたミリアリアとカズイも、キラを迎えた。
自分達が集まっていた席にキラを座らせる。
まだキラについている保安部員にトールは不満気だったが、反抗はしなかった。
食堂の外にも中にも保安部員が居たために、キラにくっついてきた者を気にする者は少ない。
「まだキラを見張ってんのかよ。まったく。キラは違うっつーのに」
「ねえ、キラ。もう大丈夫なのよね? 兵隊さんから味方の所に行くから大丈夫だって聞いたけど……」
不安そうなミリアリアの問いに、キラは答えられなかった。キラの目は前に向き、サイの隣に座る女の子の顔から離れなかったのだ。
「……な、何で」
ここに。いるのか……ヘリオポリスは崩壊していないのに。なぜ。
サイが、キラの目線に気付いて説明した。
「ああ、シェルターがさ、その……戦闘で壊れちゃったらしくて。近くにこの船が見えたから逃げてきたんだってさ。ホントよかったよ、運がよかった。な、フレイ」
「ホントよぉ! いきなり戦争が始まっちゃうし、知らない人ばっかりだし、シェルターはあちこち埋まってるし、やっと逃げ込んだら壊れちゃうし……もう最悪。
あなたも避難しそびれたの? サイのお友達……よね? フレイ・アルスターよ」
こちらを向く彼女の顔には見間違いなどない。
サイの婚約者だ。
自分が密かに思いを寄せていた相手。
戦争の最中、傷つけてしまい、一緒にバカな事をして、勝手に突き放して、守りきれずに死なせてしまった女の子。
フレイ・アルスターが目の前に居た。
「キラ・ヤマトっていうのよね……宜しくね!」
「……どうも」
キラはそれだけを言った。やっとそれだけ言った。
衝撃が走っていた。
居るとは思わなかった、いや、可能性はあったのだ。
前回だって崩壊したヘリオポリスの残骸の中から、彼女が乗ったシェルターを拾ってきたのがきっかけだ。
ただ、そんな偶然がまた起きるとは思わなかった。まさか、またなのか。
また、ああなるのか。
キラの背中を冷たい物が走る。
座って動かないままのキラに気を使って、トールが食事を持ってきてくれた。
知り合いが増えたからなのか、フレイの口は軽くなる。
「まったく、やんなっちゃうわよ。戦争なんてよそでやればいいのに。いい迷惑だわ」
「フレイ、声が大きいよ」
「何でよぉ、サイだってご両親と別々に避難することになっちゃったんでしょ。こんな軍艦に入れられて。ザフトが悪いんじゃない。怒って当然よ」
中立のコロニーに攻撃するなんて、だからコーディネーターなんて連中は嫌なんだとフレイは言ってのけた。
それは食堂に居た他の避難民にも聞こえる大きさの声だった。
別に同調の声は上がらないが、かといってフレイに否定的な空気もない。中には同意見の表情の者もいる。
ただし、へリオポリス避難民の中にもコーディネーターはいる。彼らは肩身が狭そうだった。
サイやミリアリアが静かに制止するも、フレイは止まらなかった。微妙な問題は人前であまり口にするべきではない、という事が、まだ分からないのだ。
キラも止めるつもりはなかった。いや、止める資格がない。
彼女は怖くて不安なのだと分かるからだ。
聞き覚えがある、そういう声色だ。させているのは周りの環境だ。味方が欲しいのだ。
だから一生懸命に主張しているだけだ。
「フレイ、止めなって。食べて部屋に戻ろう。もうすぐお父さんにも会えるからさ」
サイに嗜められ、フレイは渋々頷いた。そこで終わりだと思えたのだが、今度は黙って食事をしていたカズイが呟いた。
「てゆーかさ、ホントに大丈夫なの? この船」
「ちょ……」
「キラが戦ってくれたおかげで、さっきは逃げれたけどさ。またザフトが来たらどうするの、これ?」
言ってはいけない言葉だった。避難してきた者は皆、同じ事を考えていたからだ。
安全な所につく前に、また襲われたらどうするのか。
周りの食事をしている者達の手が止まった。
保安部部員が視線でサイ達に警告してきた。止めろ、と。
落ち着かせるために食事を取らせているのであって、ろくでもない話をばら蒔かれるのはごめんなのだ。
「カズイ。もうよせよ、食って戻ろうぜ、な。大丈夫だよ、すぐに安全な所につくって。兵隊さんたち言ってたじゃん」
「降伏しちゃってもよかったんじゃない? そもそもさ、何で僕たちが連合の船にいる訳?」
トールの明るい声にも、カズイは乗れなかった。他の避難民も、もう手を止めて完全に聞いている。
サイとトールはこれ以上はまずいと止めにかかるが、しかし止まらなかった。カズイだって不安だったのだ。
生まれて初めて死の危険を感じて、ストレスがない方がおかしい。
おまけにキラの暗い顔を見れば、連合に対しての不満だって出てくる。
「別に中立のコロニーの人間なんだからさ、僕たちはどっちでもいいじゃんか」
「止めろって。怒るぞ、他の人の迷惑だろ……」
「だって、キラは何かおかしいじゃんか、何でキラが戦うんだよ。おかしいだろ」
「ねえ、どういう事? 何の話? キラが何?」
「君たちがこの船に乗るとき、モビルスーツが戦ってたろ? 白いのに乗ってたのがキラなんだよ。連合に戦わされてんの」
「バッ……カ……!」
カズイの話に興味を持ったフレイが質問した、それにカズイが答えた。トールもサイも力ずくで友人を黙らせるには優しすぎた、そして遅かった。それだけだ。
「え? 凄い! キラってモビルスーツ動かせるの? ナチュラルなのに」
「コーディネーターだからね、キラは。……キラも大変だよな。出来るからってあんなことやらさ」
「カズイ!」
ついにサイが怒鳴ってカズイはやっと口を閉ざした。ムッとしたカズイだが、彼はそこで周りの空気に気がついた、はっとしている。
食堂がシンとしていた。
フレイもカズイも別に悪気があって言った訳ではない。しかしだからこそ無頓着に物を言ってしまっていた。
内容もそうだが、タイミングが悪い……いや、タイミングは最悪に近かった。
気が付けばフォローが不可能な雰囲気になっている。
キラに視線が集中していた。
コーディネーターで、モビルスーツに乗っている人物。
彼らはザフトを連想したのだ。
一斉にキラを見る顔には不審と疑念、恐怖が浮かんでいる。キラの足が震えた。
似た光景を思い出す。撃たれた時と一緒だ。ついさっき味わった光景。
ここにないのは怒りと復讐心だけだ。
意識が揺らぐ、倒れそうになる……なるが。キラは崩れなかった、踏みとどまる。何とか踏みとどまった。
「貴方……ザフト、なの?」
などと言うフレイの乱暴極まりない質問には、さすがに来るものがあったが。
彼女からの、怯えや嫌悪が隠しきれない目の色は辛い。
「……僕はザフトじゃないですよ」
「じゃあ何であんなもの乗ってるのよ! 危ないじゃない! 何でコロニーで戦うのよ! 人が死んじゃったのよ!」
「……戦わないと守れないから……」
キラは途中で言葉を切る。
フレイの言っている事は滅茶苦茶だ、全てがキラのせいの様な言い方をしている。
ただ、キラはそれを受け止めようと思ったのだ。
フレイに不安を言わせてあげるのが、責任だと思ったのだ。
しかし吐き気がひどい、限界だ。
震える足で食堂を後にする。これ以上居ると感情が抑えられなくなる。
断りを入れて食堂を出た。
キラの耳は、友人達のキラを呼び止める声と、ざわめきだした人々の声と、そして聞き慣れたフレイの声を聞き取ってしまった。
「やだ。あの子、ザフトと同じ事言ってるじゃない。
馬鹿じゃないの? 戦争なんかしないで逃げればいいのに……」
気がつけばトイレで吐いていた。吐いている所を保安部の人に背中をさすられていた。ろくに物を食べれなかったせいで胃液しか出てこない。
あの時とは違うのは分かる、まだ自分は戦い終わっていない。自分にそう言い聞かせても、体の震えは止まらなかった。
それでも逃げるつもりなど、ない。
自分はやり直すチャンスをもらったのだ。彼女が近くに来てくれたのだ。自分の手で守れるのだ。
ありがたい。
今度はバカな真似はしない。無事にこの艦を降ろしてみせる。全員だ。
(守ってみせる、放り出すもんか。今度は……!)
吐いて吐いて、ようやく落ち着いたところで格納庫へ戻る事にした。まだ震えている自分の足を殴り付ける。
会えてよかった。心の底からそう思った。
アークエンジェルのブリッジからは、アルテミスが光学モニターに見えていた。
アルテミスの傘と呼ばれる特殊防御兵器、それがかかり始めた状態……アークエンジェルを待たずして、防御態勢に移行しつつある状態のアルテミスが見え始めていた。