姫と守護者の物語   作:寅祐

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第三話です。楽しんでいただけたら幸いです


第3話

 「先輩は、存在自体が戦争やテロと同じ扱いなんですよ」

 

 

 「軍隊と同じ扱いって……なんだよそれ……? いったい誰がそんなことを……」

 

 

 「先輩、本当に知らなかったんですね……」

 

 

 雪菜は第四真祖である暁古城に自分の存在がどれだけ世界に影響を与えるのかを話していたのだが古城は本当にそんな意識がなかったらしく愕然としていた。雪菜は呆れたように溜息をつきながら話を続けた。

 

 

 「先輩はこの絃神島で何をしようとしているんですか?」

 

 

 「何をするって……何だ?」

 

 

 「昨日、先輩の妹さんに会って話を聞きました」

 

 

 「ああ……らしいな」

 

 

 雪菜の言葉に古城は思わず顔をしかめる。しかし雪菜の表情は、真剣のままである。

 

 

 「あなたは、自分が吸血鬼であることを隠していますよね」

 

 

 「まあ、そうだけど……」

 

 

 「家族にも正体を隠して魔族特区に潜伏しているのは、何か目的があるんじゃないんですか? たとえば絃神島を陰から支配して、登録魔族たちを自分の軍隊に加えようとしているとか。あるいは自分の快楽のために彼らを虐殺しようとしているとか……なんて恐ろしい!」

 

 

 妄想しているような口調で雪菜が呟く。古城が何でそうなる、と低く唸っているとハンバーガーショップの入り口から笑い声が聞こえた。その笑い声の先には冬坂優がそこにいた。

 

 

 

 

 

 「冬坂さん、どうしてここにいらっしゃるんですか?」

 

 

 雪菜は明らかに動揺した表情で優を見ていた。

 

 

 「それは雪菜ちゃんの護衛役だもん、近くにいないと護衛できないじゃん」

 

 

 そう言うと優はいつもの笑顔のまま雪菜の隣に椅子を持ってきて座った。

 

 

 「久しぶり暁古城くん。それで、第四真祖である君は何をしようとしてるんだい? 世界に戦争でもふっかけるの?」

 

 

 優は笑顔を崩さないまま質問を続けた。しかし古城は苦々しげな口調で説明する。

 

 

 「そんなことしねえよ。俺は吸血鬼になる前からこの街に住んでたわけなんだが」

 

 

 「……吸血鬼になる前から……ですか?」

 

 

 雪菜は古城の言ったことは信じられない表情だったが古城は無視して説明を続けた。

 

 

 「ああ、俺がこうして吸血鬼になったのは今年の春だし、この島に引っ越してきたのは中学の時だから、もう四年近く前の話だぞ」

 

 

 しかし雪菜は、信じられない、というふうに首を振る。

 

 

 「そんなはずありません。第四真祖が人間だったなんて」

 

 

 「え? いや、そんなことを言われても実際にそうなんだし」

 

 

 「普通の人間が、途中で吸血鬼に変わることなどあり得ません。たとえ吸血鬼に血を吸われて感染したとしても、それは単なる『血の従者』擬似吸血鬼です」

 

 

 雪菜がそう言うと隣にいた優が子供を諭す母親のような口調で、

 

 

 「暁古城、もしかして君は……嫌、先代の第四真祖を喰らったのかい? しかし、なぜ君は第四真祖と遭遇したんだい?」

 

 

 「いや……それは……」

 

 

 言いかけた古城の顔が、突然、激しい苦痛に襲われたように歪んだ。飲みかけのコーヒーカップは倒れて、中身がこぼれ出す。古城はそれにも気づかずに、テーブルの上に顔を伏せ、頭を抱えた。噛み締めた唇から、苦悶するような吐息が漏れる。失われた記憶が、古城の全身を呪いのように苛んでいる。

 

 

 「せ、先輩?」

 

 

 まったくの予想外の古城の反応に、雪菜がうろたえたような声を出した。しかしその状況をなんとも思っていないのか優は質問を続ける。

 

 

 「おい、暁古城。俺の質問はまだ終わっていない。質問に答えろ、お前は第四真祖を喰らったのか? それとも血を分けた従者なのか? 答えろ暁古城」

 

 

 しかし古城は痛みが辛いのか、顔を上げられず激しく心臓を押さえて、ただ苦しげに息を吐く。脳裏に浮かんだのは一人の少女の姿。もう顔すら思い出せない彼女が炎の中で笑っている。そしてその少女に刀を向けている男の姿だった。

 

 

 「悪い、姫柊……冬坂さん、その話は今は勘弁してくれ」

 

 

 「え?」

 

 

 「俺には、その日の記憶がないんだ。無理に思い出そうとするとこのザマだ」

 

 

 「そう……なんですか? わかりました……それじゃあ、仕方がないですね」

 

 

 ようやく顔を上げた古城を見て、雪菜はホッとしたような表情を浮かべた。雪菜は古城の話を、疑うことなく信じたようだった。すると雪菜は少し怒こったように優の方を見た。

 

 

 「冬坂さん、この話はもう終わりです。先輩は嘘はついていないと思います」

 

 

 そう言うとなぜか優は笑いながら、

 

 

 「そっか、そっか、雪菜ちゃんは素直だね。雪菜ちゃんが言うならそうなんだろう。ごめんね、暁古城、質問責めにしてしまって申し訳ない」

 

 

 優は悪かったと古城に謝ると席を立ち始めた。

 

 

 「冬坂さん、どこに行こうとしてるんですか?」

 

 

 「トイレだけど?」

 

 

 「嘘ですね。冬坂さん、あなたにはどこか行かれると困るので私の近くにいてください」

 

 

 雪菜は絶対に逃さないと優を睨みつけると優も観念したのか困ったというように席に座った。すると雪菜は安心したのか古城の方を見て話を続けた。

 

 

 「わたしと冬坂さんは、獅子王機関から、先輩のことを監視するように命令されたんですけど……それから先輩がもし危険なら抹殺するようにとも」 

 

 

 「ま……抹殺?」

 

 

 平然と告げられた不穏な言葉に、古城の全身は硬直する。しかし雪菜は穏やかな口調で話を続ける。

 

 

 「その理由がわかったような気がします。先輩は少し自覚が足りません。とても危うい感じがします」

 

 

 「いや、姫柊も危なっかしいと思うけどな、財布も落とすし」

 

 

 「そのために俺がいるんだよ。古城くん」

 

 

 余計なことを言ってしまったと古城と優は雪菜に睨まれる。

 

 

 「とにかく、今日から先輩のことはわたしと冬坂さんが監視しますから、くれぐれも変なことはしないでくださいね。まだ先輩のことを全面的に信用したわけではないですから」

 

 

 まあいいか、と古城は肩の力を抜く。監視されて困ることもないし雪菜も優も悪い人間ではなさそうだ。

 

 

 「それで先輩は、このあとどうするつもりなんですか?」

 

 

 「図書館に行って夏休みの宿題をやるつもりだったんだけど……」

 

 

 そう言いかけて、古城は不意に嫌な予感を覚えた。

 

 

 「姫柊、まさかついてくるつもりなのか?」

 

 

 「はい。いけませんか?」

 

 

 雪菜は真顔で訊いてくる。何を今さらという態度である。

 

 

 「いや、いけないってことはないけど……もしかして、この先ずっと?」

 

 

 「もちろんです。監視役ですから」

 

 

 「そうゆうわけだ。よろしくね。古城くん」

 

 

 表情を変えずに雪菜がそう言うと優はいつもの笑顔で古城の肩に手を乗せ笑みを浮かべている。古城はこれからのことを思うとため息をつかずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 古城が自宅に戻ると雪菜と優は外から古城を監視していた。

 

 

 「冬坂さん……いいえ、なんでもないです」

 

 

 雪菜は昨日見た写真で雪菜の隣に写っていた人物のことを優に聞きたかったのだが聞けずにいた。もし聞いてしまったら今のこの関係はなくなっしまうと雪菜の直感が訴えているのだ。雪菜は正直、優との関係を気に入っていた。おちゃらけているがとても暖かい感覚、兄がいたらこんな感じなのだろうかと、そしてだから雪菜は今の関係が壊れるのが少し怖かった。しかし優が雪菜の頭を撫で始めた。やめてくださいと言いたかったが言えなかった。すると優は優しい口調で、

 

 

 「雪菜ちゃんが何を聞きたいのか俺にはわからないし、もし質問されても多分答えられないと思う。けど俺はどんなことがあろうと雪菜ちゃんの味方だよ。これだけは約束する。だから雪菜ちゃんは自分を大切にしてね。俺の願いはそれだけだよ」

 

 

 すると優は雪菜の頭を撫でるのをやめて古城のマンションに目線を写す。なぜわたしのことをそんなに思ってくれるのか、あの写真の人はあなたなのか、それを聞いても優は答えてくれないのだろう。しかし雪菜は悪い気は全くしなかった。家族のように雪菜を思ってくれる優に家族の記憶がほとんど無く親に捨てられたような雪菜にはその暖かさはとても懐かしく、とても幸せなものだと思った。しかし昨日のように優がいなくなった時、また捨てられたんではないかと不安が襲ってきた。だからこそいつか優が自分の言葉で雪菜に話してくれるのを待つことに決めた。それがどんな真実であろうと、それまではこの優の優しさに甘えようと雪菜は心の中で思った。

 

 

 

 

 

 

 

 「今宵の実験は終わりです。アスタルテ」

 

 

 「はい、殲教師様」

 

 

 アスタルテと呼ばれた藍色の髪の少女が、静かに目を閉じた。すると彼女は抑揚のない人工的な声で告げる。

 

 

 「命令受諾。執行せよ、薔薇の指先」

 

 

 「よ、よせ……やめろ……!」

 

 

 仄白く輝く巨大な腕が、悪意を持つ獣のように蠢いた。すると男の絶叫が響き渡った。

 




お読みいただきありがとうございます。やっぱりもう少しテンポが早い方がいいですかね?まあそんなことよりお気に入り登録、感想本当にありがとうございます。作者のモチベーションにかなり支えになっています。これからも感想、評価お待ちしてます。これからも姫と守護者をよろしくお願いします。

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