おいでよ獣狩りの町 あの田舎町ヤーナムがオバロ世界にインしました 作:溶けない氷
格式ある伝統は守らねばならぬ…
召喚時には、まずはお辞儀をするのだ!
目の前の群衆を一方的に狩っていった、数えきれないほどの夜を過ごしてきた狩人にとってこの程度のただの群衆は実に容易い相手だった。
攻防走、いずれをとっても単に近づいて鞭を振るう。
たったそれだけで事は済む。
(つまらないなぁ・・・・いくら現実化した悪夢がどの程度か試したいだけって言っても)
彼女はかなりのチキンでヘタレでそしてへぼなプレイヤーである。
悪く言えばそうだが、よく言えば慎重で懸命、そして自分の分を知っているとも言える。
戦い方は単純に技量が高いわけでも、攻撃力が高いわけでもない。
常に相手に自分を攻撃するチャンスと回復を潰す事を重視し、奇襲し、裏をかいてちまちま攻める。
ワールドチャンプのように華麗でもディザスターのように派手でもない。
泥臭くて、血なまぐさくて、凡人で・・・そして人間らしい戦い方。
天賦の才ある戦士でも、知識と即応性のある魔術師でもない、狩人の狩りをするしかなかった。
一気に襲い掛かってきた群衆を鞭の一撃で纏めて切り伏せる。
本来ならば、このような派手な動きはするべきではない。
いかなる時も油断せず一度に一体を相手する基本を守るべきだった。
基礎を極めれば奥義に至る、狩りと戦いは違う。
罠、地形、アイテム、心理戦、魔法、どんな汚い手段を使ってでも狩りを全うするのが狩人の本分。
凡人が天才を倒すジャイアントキリングが起こりうるのが狩りの世界だ。
弱者でありながら、強者のような戦い方をしたのはそこな5人のプレーヤーだった。
5人もの人間がチュートリアルの市街地に入ってきたのはかなり衝撃だった。
(え?鐘も無しに他のプレーヤーと遭遇できるの?うわーこんなとこは現実なんだ!)
そもそもヤーナムはソロ向きのダンジョン、本来は最大でも4人までと入場制限がかかっているにも関わらず5人ものパーティーを組んでいること自体が異常。
(新人狩人のお手並み拝見と行きますか)
現実と化したヤーナム、その壮麗な都市のアパートメントの屋上に腰かけて1km先の新入りの動きを見学する。
チュートリアルなら大したことはない、そう思いながら血酒をアイテムボックスから取り出し、ラッパ飲みする。
五臓六腑を度数の高い酒が焼くがスキルの異常耐性により酔うことはない。
酒は“血より生み出されたる天使”には似合わない、血に酔うべきなのだ。
・・・・・・・
暫く謎の新入り達の動きを見ていたが・・・
(ちょっと、連携はいいのに何で一撃で仕留められないわけ!?
ああ、もう防御なんかするよりバックステップで避けるかカウンター狙いなさいよ!
あのちんまい魔法使いだってなんでそんなチマチマしたのしか使わないわけ?)
技量は高いのにレベルが低く火力不足なのは一目で明らかだった。
チュートリアルは所詮はお試し、ここで雑魚をいい気になって蹴散らさせて最後ではい死んだという展開なのだ。
運営の狙いは当たり、せいぜい30から50の雑魚を蹴散らしたプレーヤーはチュートリアルのボスでぶっ殺される。
フロム的なお約束展開の筈で初見プレイヤーはごく一部の変態を除いて殺される。
見ていると新入り達はボスにすら到達することなく殺されそうだ。
(見てらんないなぁ・・・)
そう思い立つと、チュートリアルの敵はレベルが低いことを確認するといくつか試したいこともあるし、彼女たちがどこのギルドの者か気にもなったので助け舟を出すことにした。
助けに入るなら劇的なタイミングがいいしね。
・・・・・・・・
狩人が鞭を振るう、舞う、そして爆ぜる肉と夥しく流される血。
それでながら彼女の輝く白磁の頬と濡れ烏の黒髪のなんと蒼褪めた月に映えることか。
血と炎を覆う黒が織りなす悪夢の世界でそこだけが神に祝福されたかのようだ。
(凄い・・・これよ!こういう体験を待ってたのよ!)
ラキュースは美しい戦い方をする狩人に見惚れていた。
杖に仕込まれた剣、振るわれたかと思えば次の瞬間には関節が伸び変形して鞭となって相手を薙ぐ。
目にも止まらぬ素早さで悉く敵の攻撃をマントに触れさせることすらなく回避し、左手の筒が轟音を上げるたびに血飛沫が上がる。
ぶっちゃけ実に中二病をくすぐる戦い方であった。
こんな状況なのに懐から秘密のラキュースメモを取り出して自分の浮遊剣の戦い方に取り入れようとしている。
両親の反対を押し切って冒険者になったラキュースの理想の形がそこにあった。
多くの人々から羨望され、戦いを町々で吟遊詩人が歌い上げ、英雄譚として後世まで永く残る。
(私も、あんな人になりたい)
勉強熱心なのは良いことですね、今度啓蒙を一緒に上げましょう。
イビルアイにとっても彼女の登場は鮮烈なものだった。
目の前で蹴散らされている獣人は少なく見積もっても難度100以上の精鋭。
あれだけの数がいれば人類の大きな都市でも簡単に滅ぼせるだろう化け物ぞろいだ。
この都市の規模を考えれば十三英雄の物語に加えても・・いやそれ以上の脅威だといって良い。
例え、王国が軍隊を動員したところでなすすべもなくいたずらに死人を出すだけなのは目に見えている。
そんな化け物を一方的に追い詰め、切り刻み、殺戮を恣にし道路に血と肉の華を咲かせる彼女をイビルアイは美しいと思い・・・同時にとてつもなく恐ろしく感じた・・・
(あれが・・・・あんな者が本当に人間なのか!?魔神・・・いやそんなものじゃない・・・)
200年前に共に戦った13英雄、彼らのりーだーは人であったが
相次ぐ戦いの末に常人を遥かに超える力を手に入れた。
彼女は神話の域にいる、それは間違いない
だがそこに人の居場所はあるのだろうか?
「めんどくさ!なんでこんなにわらわら寄ってくるのよ!」
次から次へと寄ってくる群衆。
チュートリアルの参加者が6人に増えたことで通常の6倍、300の群衆が当初の広場に殺到してきていた。
一体の戦闘力はせいぜい初心者の最初の目標のデスナイト程度の雑魚だがこうも数が多いと鬱陶しい。
「こうなりゃ・・・これでも喰らえ!ヒャッハー!汚物は消毒よー!」
アイテムボックスから火炎放射器をすかさず取り出し右に左に銀の火炎放射を振りかける。
獣相手には炎が一番、お約束の台詞を吐きかけながら迫りくる敵を次々とローストにしていく。
遠くから駆けてきた相手には火炎瓶を投げつけ群衆を一網打尽にする。
だが流石の数の多さにはいい加減辟易してきた。
(血の遺志も大して多くないし・・・あーこりゃ貧乏くじかな)
経験値とは違う、血の遺志。
獣の血を持つプレイヤーは血の遺志による発狂や特定の武器以外が持てなくなるというデメリットと引き換えに、血の遺志を失う以外の死亡時ペナルティが無いという破格の性能を持つ。
しかしながらそのデメリットはそもそもレベルの上がりやすいユグドラシルでは大したペナルティとは言えない上に、わざと死亡してのレベル下げキャラ変更が旺盛なユグドラシルでは滅多にとるものはいなかった。
悪夢に囚われた狩人たちは全て悪夢だった事にしてしまう。
今、この世界ではデスペナルティ無しが破格の性能になってしまったがそれを彼女はまだ知らない。
瞬く間に目の前の群衆を文字通り八つ裂き、火炙り、串刺しにして全滅させた狩人はその杖を下ろさずに蒼の薔薇に視線を向けた。
瞬時・・・・凄まじい殺気が彼女たちの全身を舐めまわすように這い上る。
(まずい!)
イビルアイが咄嗟に臨戦態勢に入るが、狩人の醸し出す圧倒的な強者の力関係にアンデッドであるはずの彼女の背が凍り付くような感覚を覚える。
(難度にして200・・・250・・・まさかそれ以上!?なんて化け物だ!)
杖を構え、奇妙な鉄の筒をこちらに向けながらこちらに優雅な足並みで歩いてきた狩人は口を開くと・・
「新米さん?助けてあげたんだからお礼の一つくらいあってもいいんじゃないかしら?」
・・・さっきの殺気が嘘のようによく通る氷のような声で話しかけてきてお辞儀をした。