48番目の逸般人   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・クロスオーバー先のネタバレ注意。
・FGOとのクロスオーバーということで、クロスオーバー先で発生した事件が2011年に変更されている。
・2部に関するネタバレ注意。
・2部に関するネタバレ注意。
・2部に関するネタバレ注意。
・そこはかとなくアヴィケブロン×ぐだ子/ぐだ子×アヴィケブロン要素が漂う。
・クロスオーバー先に関連するオリジナル特異点イベントが発生(重要)
・クロスオーバー先に関連するオリジナル特異点イベントが発生(重要)
・クロスオーバー先に関連するオリジナル特異点イベントが発生(重要)
・キャラクター崩壊注意。

【主人公】
賀陽(カヤ) 曜子(ヨーコ) 性別:女性 第1部開始⇒17歳、第2部開始⇒19歳
・小学生の頃、両親の海外転勤に伴って留学していた経験がある。
・滞在先はイーグルランドにあるオネットという田舎町。
・腐れ縁の“友達”がいたが、随分前から行方不明になっている。


ケース:賀陽曜子の場合
特殊異聞帯:箱庭虚構楽園島ノーウェア/親愛なる“■■”へ


 シャドウボーダーに召喚されたキャスター・アヴィケブロンにとって、マスターである賀陽曜子は“友達”と呼ぶべき相手である。そこに1つ補足することがあるとするならば、“世間一般で言う友達”とアヴィケブロンが“友達”と呼ぶ相手の定義が少々異なる点だろうか。

 

 アヴィケブロンにとっての“友達”とは『自分の間違いを指摘してくれる相手』のことを指す。「自分の悲願を叶える」という目的の為に、アヴィケブロンは罪を犯した。自分を慕う子ども/自分を「先生」と呼んだ(マスター)を手酷く裏切ったことがある。顔も名前も思い出すことはできないが、断末魔の悲痛な叫びは自身の霊基に傷を残していた。

 先の異聞帯で召喚された際、アヴィケブロンは此度のマスター――曜子の道を拓くことができたらしい。らしい、というのは、今ここに居るアヴィケブロン(じぶん)は異聞帯が終わった後に召喚されたサーヴァントだからだ。異聞帯での出来事は、シャドウボーダーに残る記録と自分の霊基に刻まれた記録で大体は把握している。

 永久凍土における戦いでは『ゴーレム用の素材を集め放題』という最大級のアドバンテージがあったからこそ、アヴィケブロンは最大級の力を発揮できた。罪を贖うには足りないけれど、余計に曜子を傷つけてしまったけれど、最適解だが最良ではない判断だったと自覚していたけれど、少女の行く道を切り開けたことは救いであった。

 

 嘗てアヴィケブロンは自身の抱える罪を吐露し、曜子に対し「自分は信用に値する存在ではない」と警告したことがある。

 そうしたら、曜子は躊躇わずに答えた。真夏の太陽を思わせるような、鮮烈な笑みを浮かべて。

 

 

『自分が間違っていたことを自覚できて、それが良くないことだったと反省できて、それを悼むことができるなら、心配することはないと思うけど……うん。分かった』

 

『大丈夫だよアヴィケブロン。貴方が間違ったなら、私たちが全力で貴方を止めるから』

 

『とんでもない方向に突き進んでいった奴の企みを挫いて阻止することには、()()()慣れてるからね!』

 

 

 そう語る曜子は頼もしかった。頼もしすぎた。妙に実感が籠っているように感じたのは、おそらくアヴィケブロンの杞憂ではない。

 召喚後も様々な出来事が発生し、アヴィケブロンと曜子の関係性も紆余曲折変化があったが、長くなるので割愛する。

 

 ――そんなことを思い出したのは、きっと今、彼女の過去に触れる機会を得たためだろう。

 

 現在、シャドウボーダーは次なる異聞帯に備えて白紙の大地を進んでいる真っ最中。時折魔獣たちが行く手を阻む程度で、小康状態が保たれている。嘗てカルデアにいたサーヴァントや異聞帯で出会ったサーヴァントたちも――規模は細々であるが――続々と召喚されており、施設内は少しづつ賑わいを見せていた。

 本日の旅を終えて拠点へ帰還し、曜子の自室で穏やかな時間を過ごす。ゴーレムに関する話で盛り上がったり、他愛のない雑談に耽ったり、八連水晶や星晶石の扱いについて攻防を繰り広げたりしていたことが楽しかったことは覚えている。だが、どうしてその話題になったのか、その詳細な経緯が思い出せない。気づいたら、その話題になっていた。

 

 

「『自分の目的の為なら、容赦なくあらゆるものを踏み躙ることを厭わない』タイプの人間が身近にいたんだ」

 

 

 眉間に皺が寄ったのは、同族嫌悪からだったのか。あるいはもっと汚い部分からの感情だったのか。

 アヴィケブロン自身でも説明がつかないものだったが、今回は聞き役に徹することが正しいと思ったので口を閉じる。

 「貴方には不快な話になるかもしれないから先に謝っておくよ。ごめんね」と丁寧に前置きした後、曜子は口を開いた。

 

 

「本当にすごかったよ。私やネス――ああ、ネスは私がオネットにいた頃の友達なんだけど、()()()は私たち2人を小間使いみたいにこき使ってきたんだ。本人が寂しがり屋の構ってちゃんだったこともあったんだろうけど、こっちが構おうが構わまいが増長する厄介なタイプでさ。嫌がらせなんて日常茶飯事。隕石が墜落したときなんか、『弟を探すのを手伝え』って深夜に私たちを叩き起こして現場まで同行させたんだよ。そのくせ、戦いになると全然助けてくれないの。エイリアンとの戦闘では、こっち指さして笑ってるような奴だった」

 

「……すまない、マスター。僕は今、まず何から指摘すればいいのか分からなくて、とっても困惑している」

 

 

 曜子の言う()()()の苛烈な性格と言動について物を申せばいいのか、子どもが深夜にエイリアンと戦ったという突飛な事態について言及すべきか。

 

 ある意味究極の二択を突きつけられ、アヴィケブロンは悩んだ。

 どちらを指摘しても、マトモな会話を行えるとは思えなかったためだ。曜子は苦笑する。

 

 

「オネットにいた頃は、割と突飛なことばっかり起きてたよ。未来から来たカブトムシみたいな生き物からいきなり『未来は銀河宇宙最大の破壊主ギーグによりまさに地獄のようなありさまだ。この危機を救えるのは、3人の少年と2人の少女。そのうちの2人がキミたちだ』って話を聞かされたり、仲間になるだろう少女をさらった新興宗教の教祖と対決することになったり、ゾンビだらけになった街からゾンビを追い出すために奔走したり、当時私と同じ12歳だった()()()が敵側に回ってヘリを操縦していたり、暫く帰らないでいたオネットが敵の刺客だらけになってたり、頭脳をプログラム化して過去に飛んで黒幕と直接対決することになったりしたっけ」

 

「ウッソだろそれ。……マジか?」

 

「嘘みたいな話だろうと思うけど、マジです」

 

 

 最早、何からどう指摘すればいいのか分からない。辛うじてひねり出せたのは、「ヤバいなそれは」というお粗末な言葉だけだった。

 曜子も「ヤバいよね」と同調し、コーヒーを啜る。自分のことだというのに、どこか夢心地に見えたのは気のせいではないのだろう。

 遠い昔のことだからと付け加えた曜子は、どこか懐かしむように目を細める。突飛な出来事を――旅の日々を、慈しんでいるかのように。

 

 ひとしきり曜子の昔話に耳を傾ける。人理焼却以前に起きた賀陽曜子の旅路は、人理焼却に関する記録や異聞帯での記録とも引けを取らない程波乱万丈であった。適切な所で相槌を打てたのかは分からないが、アヴィケブロンの相槌に対して淀むことなく曜子は頷き返し、話題を広げていく。

 沢山の人々に助けられ、支えられ、当時12歳程度の少年少女たちが、誰にも知られずに世界を救う旅をした。曜子たちとその出来事に関わった人間たちだけが、少年少女の旅路を知っている――その片鱗に触れたのは、数少ない曜子の“特別”だけなのだろう。アヴィケブロンは仮面の下でひっそりと微笑む。

 

 コーヒーはいつの間にかぬるくなっていた。曜子もそれを分かっていたのだろう。

 舐めるように飲んだコーヒーに、僅かながらに眉をひそめていた。長い長い話を終えて、曜子は息を吐く。

 

 

「あの頃のことを頻繁に思い返すようになったのは、アヴィケブロンから“友人”についての話を聞いたからなんだ」

 

「……僕の?」

 

「うん」

 

 

 曜子は遠くを見ながら、何かを思い出すようにして口を開いた。

 

 

「アヴィケブロンにとっての“友達”が『自分の間違いを指摘してくれる相手』なら、()()()にとっての“友達”って何だったんだろうなー、って考えたんだ。でも、私にとって()()()は“傍迷惑な腐れ縁”でしかなかったし……()()()をまともに“友達”と認識していたのはネスくらいなものだったから」

 

「成程な。僕は自分が俗世に疎いことは重々承知しているが、そんな僕でも、キミのいう()がとんでもない人物だったということは容易に理解できたよ。()の論理観は本当によくない」

 

「……アヴィケブロンは、()()()の話を聞いて、どう思った?」

 

 

 曜子はじっとこちらを見つめて問いかけた。暁の空を連想させるような琥珀色の瞳が、じっとこちらを見つめている。――さて、どう返答するのが正解だろうか。アヴィケブロンが思案したとき、「正解や不正解は考えなくていいから、貴方個人の意見を聞きたいんだ」と曜子が付け加えた。

 友達からの望みを無碍にしたくない。言葉を選びつつ、「これは、キミの話を聞いたうえで、僕が勝手に考えたものだが」と付け加え、アヴィケブロンは拙い持論を展開する。曜子は茶々を入れることなく、アヴィケブロンの話を聞いてくれた。

 

 

()にとっての“友達”は、『何があっても、どんな形であっても、()に関わり続ける相手』だったのではないだろうか」

 

 

 曜子の言う()()()は、確かに『自分の目的の為なら、容赦なくあらゆるものを踏み躙ることを厭わない』タイプの人間だ。しかも、その行動原理は幼い子どもの癇癪そのものと言ってもいい。こちらがうっかり頷きそうになる要素はあるが、突き抜けすぎていたため共感できなかった。曜子からの又聞きのため、()がどのような経緯でそんな思考回路に至ったかの詳細は分からない。ただ、俗世に疎いアヴィケブロンでも「ミンチ家はヤバい」ことはハッキリと理解できた。

 「お仕置きと称して当時12歳の曜子をぶち、その勢いで壁にぶつかって気絶した彼女に更なる追撃を加えようとした()の母親」も、「少年の父親に貸した金のことや曜子の父親の上司であることを利用して威張り散らしていた()の父親」も、まともな人間とは思えない。自身の語彙力が壊滅的になる程の衝撃だった。――「何にどう機能を割り振れば、こんな人間が出来上がってしまうのか」と真剣に悩んでしまう程には。

 ()が突き抜けてしまったのは、()自身だけでの問題ではなかったのだろう。方法は全く正しくなかった上に本人も「間違っている」と理解できなかったが、()()なりに“友達”と遊ぼうとしていたのだ。アヴィケブロンと曜子のように「対話を重ねることで距離感を見定める」のではなく、「“縦横無尽に振る舞う己に食いついて来るという事実”さえあれば後は何も気にしない」という一方的なモノ。それ故に、()の行動はどんどんエスカレートしていった。

 

 

「相手が何を思っているかは一切考慮していない。恐らく、相手がどんな行動に出ようとも構わない。ただ、自分に関わり続けるという事実さえあればよかった。『自分がアクションを起こせば、()()相手からレスポンスが返って来る』……そんな関係を、()は“友達”と定義したのだろう」

 

「…………」

 

「相手が自分の思い通りになれば重畳。思い通りにいかなくとも、何かしら反応が返ってくればそれでいい。自分に対して関心を抱いてくれて、心に留めてくれることを求めていたのかもしれない。『相手が他の誰かと絆を結ぼうとも、自分が行動を起こせば絶対に視線を向けて関心を持ってくれる』という確信が、()の言動に現れていたのではないだろうか」

 

 

 ……本当はそこから先に続く言葉があったけれど、それを紡ぐには、アヴィケブロンは大人として成熟してしまっていた。同時に、おおよそ口に出せない感情もあったから。

 件の()は相当な自信家だったのだろう。そして、()が抱いた自信は間違ってはいなかった。実際に、曜子は今、()に対して想いを馳せている。

 

 ――理由は分かっている。正直面白くない。だが、口に出してしまったら何かに負けてしまいそうな気がした。閑話休題。

 

 アヴィケブロンの拙い言葉を聞いた曜子は、「そっか」と呟いた。今まで目に留めなかった路傍の石の中に、キラキラ光る宝玉が混じっていたことに気づいたかのような横顔。

 もうそれを拾い上げられないと分かっているのか、どこか寂しそうな面持ちだった。

 

 

「……じゃあ、()()()にとって私は“友達”だったのか」

 

「マスター?」

 

「全然気づかなかったよ。いつも執拗に絡んできたのは、“友達”としてうまくやっているつもりだったんだね」

 

 

 曜子は納得したように頷き、熱を失ったコーヒーをすべて飲み干した。彼女の眼差しはどこか昏い。

 

 

「――(ただ)1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことがあるんだ」

 

 

 ぽつり、と、曜子はそう零した。「どうしても許せないことがあって、許しちゃいけないと思ったことがあって、()に対して怒ったことがあるんだよ」と。

 怒りの度合いを示すための手段として、賀陽曜子は()を無視したらしい。12歳児が考えた末に取ったソレは、相手に反省を促すための行動だった。

 

 だが、それを境目にして、()はどんどんおかしくなっていったという。転がるようにして世界の破壊者側につき、最後は精神崩壊を引き起こした世界の破壊者を傀儡にして暗躍する程になってしまったという。

 

 アヴィケブロンにとっての“友達”の定義――『自分の間違いを指摘してくれる相手』という観点――から言えば、曜子の行動は何もおかしくない。寧ろ、幼い頃から彼女の心根は変わらなかったことを知って、生来の気質を好ましいとさえ思う。だが、()の定義する“友達”からはあまりにもかけ離れた対応だった。

 ()は曜子たちの無反応を目の当たりにして、「自分は見捨てられてしまった」と誤認してしまったのだろう。同時に、“曜子の旅仲間に新たな友達が加わった”ことも誤認を加速させてしまったのかもしれない。「新しい友達と自分が天秤にかけられ、自分が捨てられてしまった」のだと思い込んでしまう可能性だってあり得たためだ。

 自身も似たような不安に駆られてしまった経験がある――現在でも内心、どこかでそれに怯えている――が故に、アヴィケブロンは目を伏せた。他人事とは思えないと感じてしまうのは、彼女に対して強い執着を抱いたという共通点からだろうか。選択を違えていたら、自分と()の立場が逆転していた可能性を見出したためだろうか。

 

 戻らない過去をなぞるような眼差しがふと気になって、アヴィケブロンは曜子へ問いかける。

 

 

()は今、どうしているんだ?」

 

「分からない。事件が解決した後、どっか行っちゃったから」

 

「……行方不明、ということか?」

 

「うん。『ここまでおいで! おしりペンペーン』って手紙を残したっきり。いつもは残してくれた回りくどいヒントも全くないし、どこに行けばいいんだか分からなくて、事実上ほったらかしにしてたんだ。……まあ、色んな世界を好き放題移動できる力を得たポーキーのことだから、“ここではないどこか”で好き放題にやってるんだろうけど」

 

 

 未来から現在を否定されたせいで、星の歴史が白紙にされてしまってから早数か月。すべての文明や命が否定され、世界は滅びを迎えたも同然の状況だ。恐らく、曜子の嘗ての戦友たち――ネス、ポーラ、ジェフ、プーたちの存在も消え去ってしまっただろう。勿論、本来ならば、ポーキーもその中に含まれているはずだった。

 しかし曜子曰く「ポーキーは特別な機械を用いて時空ジャンプをしていた」という。もしポーキーがその機械を現在でも所持しており、他の世界に渡っていたとしたら――焼却どころか凍結をも回避し、己の存在を平行世界に刻みつけていてもおかしくない。もしかしたら、今でも彼は「曜子が自分の元に辿り着く」のを待ち構えている可能性もあり得る。

 曜子は深々とため息をついた。こめかみを抑え、遠い目をする。「ポーキーのことだから、十中八九、どこかの世界でも傍迷惑なことをしているんだろうなあ。超弩級の悪事をしでかしていそうなんだよなぁ。……結果的に、7年間も放置しちゃったんだよなぁ」と小さく零し、憂うようにして俯いた。

 

 こんなとき何を言えばいいのか、アヴィケブロンには分からない。でも、このまま黙っているのも嫌だった。

 名前を呼んで、彼女を真正面から見つめる。曜子は少し驚いたように目を瞬かせた後、何かを決意したように微笑む。

 

 

「世界を救って今回の一件が片付いて、平穏が戻って来たのなら、どうしてもやらなきゃいけないことができたんだ」

 

「……()の言った“『ここ』まで行く”ことかい?」

 

「そう!」

 

 

 今すぐにと言わなかったのは――言えなかったのは、人理凍結による事態の重さを把握していたためだろう。曜子はアヴィケブロンの手を取る。

 

 以前の自分であったなら、他者とスキンシップをすることは精神を著しくすり減らすモノでしかなかっただろう。

 でも今は、こうしていられる時間が愛おしくさえ思うのだ。その意味を込めて、曜子の手をひっそりと握り返す。

 

 

「アヴィケブロン。貴方が指摘してくれなきゃ、私、ずっと“友達”を放置してたままだった。最悪、自分の間違いに気づかないままだったかもしれない」

 

「マスター……」

 

「間違いを気づかせてくれてありがとう、私の大切な“友達”。こんな私だけれど、これからも一緒に歩んでくれる?」

 

「……うん。勿論だとも」

 

 

 アヴィケブロンにとっての“友達”の定義は『自分の間違いを指摘してくれる相手』だ。世俗をよく知る一般人の出である賀陽曜子にとっての“友達”の定義が何を指しているのか、それを把握するのは難しい。差異があってもおかしくはないのだ。

 でも、今、曜子の方もアヴィケブロンを“友達”という定義で認識してくれている。アヴィケブロンの定義と曜子の定義が同じものを指しているということが、誇らしいと同時に、嬉しくて照れ臭い。

 自分で良いのかと問い返したい衝動に駆られたが、折角嬉しそうに微笑んでいるのだ。曜子の表情を曇らせるような行動は憚られた。――それからまた暫く雑談に興じて、どれ程の時間が流れたのだろう。室内に置かれた時計は、もう深夜になる一歩手前な時間を指している。

 

 

「そろそろ休んだ方がいい。明日もまた旅に出るんだろう?」

 

「うん、そうだね。おやすみ、アヴィケブロン」

 

「ああ。おやすみ、マスター」

 

 

 今日の旅は終わり、また明日から旅が始まる。新たな異聞帯に突入することになるのか、白紙と化した大地を駆け抜け続けることになるのか――明日を迎えるまで分からない。

 課題はまだまだ山積みで、成さなければならないことは沢山ある。唯一無二と言っても過言ではない友のために、大切な人のために、自分は何ができるだろうか。

 

 穏やかな寝息を立てる曜子を背にして、アヴィケブロンは思案する。

 

 

 

 

 

 

『――やっと来たのかよ! 待ちくたびれたぜ、うすのろヨーコ!』

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

◆◆◆

 

 

「――大陸、ですか?」

 

「そう。辺り一面が海で、()()()()()()()()()()()()()()()()。理由は一切不明だけどね」

 

「……この島の形、まるでドラゴンみたいだ」

 

 

 白紙と化した白の大地を進むシャドウボーダーは、いつの間にか小さな島へと辿り着いた。

 島以外に大地のない世界。ここもまた、剪定事象に選ばれた世界の1つにすぎない。

 

 ――ただ、その島は、異常だった。

 

 

「先輩! あの文鳥、下半身が棒です!!」

 

「あっちの個体の下半身には爆弾が搭載されているようだよ!」

 

「あっちには胴体が像になってるダチョウがいるぞ!」

 

「何をどうすればあんな生き物ができるんだよ!? 遺伝子組み換えでもあんな酷い生き物作れねーよ!」

 

「なんなのだ、あれは!? どうすればいいのだ!!?」

 

「カドックも新所長も落ち着いてください!」

 

 

 異様な生き物が我が物顔で跋扈する大地。

 

 

「……豚の覆面を被った兵士(ブタマスク)がいっぱいいる……」

 

「会話を聞く限り、兵士としての士気も態度も最低最悪みたいですけど……」

 

「正直な話、こんな異聞帯が存在してること自体がおかしいレベルなんだよなぁ……」

 

 

 街で横暴を働く、豚の覆面を纏った兵士たち。

 

 

「僕、リュカっていいます。こっちが飼い犬のボニー。貴方たちは?」

 

 

 ブタマスクたちと対立し、旅をしている少年たちとの出会い。

 

 

「ネンドじん……? あれも、ゴーレムの一種なのだろうか……実に興味深い」

 

「待って待って! アヴィケブロン、どこ行くの!?」

 

 

 ソワソワするゴーレムマスター。

 

 

「…………アンドーナッツ博士?」

 

「……その声は、ヨーコちゃんか!?」

 

「ああやっぱりアンドーナッツ博士だ! 今まで一体何してたんですか!? ジェフが心配してましたよ! ってか、なんでゴミ箱なんかに潜んでたんですか!?」

 

「それを説明するには時間がない。今すぐこの場を離れるんじゃ! もうすぐ()()がここに来る!!」

 

()()って何ですか?」

 

「――きゅうきょくキマイラ」

 

 

 懐かしい人との再会と、彼からの警告。

 

 

「先程の生き物――きゅうきょくキマイラ、といったか? ……あれはよくない」

 

「この研究所はキメラが跋扈していました。研究所の名前からして、大陸を跋扈していた異形たちはここで作られたことは明白です」

 

「極めつけは、人を平然と踊り食いするあの化け物――きゅうきょくキマイラときた。答えてくれ、ドクター・アンドーナッツ。あの化け物やキメラは、誰が、何の目的で作ったんだ」

 

「――あの生き物(キメラたち)を作ったのは、ワシじゃよ。……ポーキーに拉致され、脅されたんじゃ」

 

 

 剪定事象とは無縁に等しかった、小さな世界の小さな楽園。偽りだらけの箱庭に綻びを齎し、滅びを呼び込んだのは、姿を消した“友達”だった。

 ポーキー・ミンチにとって、この世界は“玩具”にすぎない。だから、好き放題に命を弄ぶことができる。

 そこには大義名分もなければ悪意もない。ただ単に、「面白いから」「楽しいから」成しているにすぎないのだ。

 

 ――ただそれだけだったなら、きっと、ポーキー・ミンチを恨むことができたのだろう。憎むことができたのだろう。

 

 

「なんでしょう? このフロア、色々と展示されているみたいですけど……」

 

「あれもゴーレムか? 興味深いな」

 

「おい、どうしたカヤ。亡霊でも見たような顔をして」

 

「……これ、私がネスたちと旅してた時に見たものばっかりだ」

 

「成程。……先に見た映画の時から思っていたが、この造形物を見て確信した。(ポーキー)は本当に、キミたちを――マスターとマスターの友達のことを好いていたんだな」

 

 

 彼と自分は“友達”だった。――それが例え、どんなに歪んだ認識の上に成り立っていたとしても。

 彼と自分は“友達”だった。――それが例え、遠い過去のことになってしまったとしても。

 彼と自分は“友達”だった。――それが例え、今この瞬間に道が重なることがなかったとしても。

 

 誰が何を言おうとも、自分が今何を思おうとも、嘗ての彼と今の彼が何を考えていたとしても――あの日、確かにポーキーと曜子は“友達”だったのだ。

 どこで何を間違ってしまったのかは分からない。今更正そうとしたところでどうしようもないことは百も承知。それでも尚、あの日の続きを始めるために対峙する。

 

 針を抜いた者の意志を反映し、世界を作り変えることができる力の行方を巡って旅をしていたリュカたちと合流し、ついに“友達”と対面した。

 

 

『――やっと来たのかよ! ゲホゲホゲホ……待ちくたびれたぜ、うすのろヨーコ!』

 

「……ポーキー……」

 

 

 無邪気を極めた超弩級の悪意。外見は最早老人なのに、心は幼いままの少年。大きな矛盾を孕んだソレは、最早人の括りから逸れていた。

 

 

『お前の乗ってる車、シャドウボーダーとかいったっけ? うすのろヨーコが持つにしては、ちょーっとばかし身の丈に合わない玩具だよなあ!』

 

『ま、このポーキー様が持っている玩具の方が凄いけどな。見ろよコイツ! “名もなき息子”っていうんだ! まあ、どこぞの誰かは“クラウス”とか呼んでたみたいだけどな』

 

『なあヨーコ、折角だから遊ぼうぜ! お前が持ってるその玩具と、僕が持ってる沢山の玩具! どっちが凄いか勝負しよう!』

 

 

 

『――遊ぼうぜ、ヨーコ』

 

「――そうだね。遊ぼう、ポーキー」

 

 

 崩壊する世界。踏み躙られた幸福。消えていく希望。

 誰かの絶叫が木霊する。誰かの悲鳴が、伸ばした手が空を切る。

 救いを求める祈りの行方は、何処か。

 

 

「――祈りは、ちゃんと届くものなんだよ」

 

 

 赤い野球帽を被った青年は、バットを構えて微笑んだ。

 

 

***

 

 

『よう、とんま野郎のネス。ヨーコよりも来るのが遅いって相当だぞ!』

 

「あははは。ごめんねポーキー。忙しくって遅れちゃったんだ」

 

『まったく! お前らが来ないから、僕はずーっとずーっと退屈だったんだぞ! 僕の玩具で遊んでても楽しくないから、ヨーコの玩具を借りてたんだ』

 

「だから玩具じゃないっての。人の友達を何だと思ってるんだアンタは。アンタのお父さん呼び出して、尻たたき100回コース行こうか? それともお母さん呼んで張り手コース?」

 

『やめて本当にやめて』

 

「懐かしいなあ。この3人が顔を揃えたのって、7年ぶりだっけ? みんなすごく変わったよね」

 

「そうだねー。ネスは身長すっごく伸びたし、ポーキーは一気に老けたし」

 

『うすのろヨーコの胸は相変らずペッタンコのまんまだし。お前の玩具のマシュマロの方がおっきいよなあ』

 

「ポーキーのお母さん呼ぼう」

 

『だからやめてって言ってるだろ! ママの機嫌を損ねたら、ブンブーンを一撃死(ワンキル)した張り手が飛んでくる! 死にはしないけど痛いのは嫌だ!!』

 

「多分、連帯責任で僕らも殴り倒されるよね」

 

「大丈夫大丈夫。今なら速攻で逃げおおせる自信があるし、ポーキーの父親が落ちぶれた影響で偉そうなことはできなくなってるっぽいから」

 

「本当、時間の流れって残酷だよね。……今のヨーコを見たら、確実にジェフが泣くだろうなあ」

 

「なんで?」

 

「ジェフは勘がいいからね。ヨーコを見たら、全部察するはずだ」

 

「答えになってないよ」

 

『お前ら、僕を無視するんじゃない!』

 

「はいはい。まったく、寂しがり屋なんだから」

 

「仲間はずれにした覚えはないよ、ポーキー。――だって、僕たちは友達なんだから」

 

 

 

 

「…………」

 

「ねえ、ヨーコ。キミはそろそろ、あっちにいる“友達”の元へ帰るべきだと思うよ」

 

「あー……うん、そうだね。まだたくさん、やらなきゃいけないことがあるから」

 

『なんだ、もう帰るのかよ。つまんないなぁ』

 

「大丈夫だよ。全部終わったら、また会いに来るから」

 

「心配しなくてもいいでしょ? ポーキー。僕たち3人は、どんなに距離が離れても、どんなに見た目が変わっても、いつまでも友達なんだからさ」

 

『当然だろ! お前たちと僕は、ずーっとずーっと友達なんだからな!』

 

 

 

***

 

 

 山が火を噴く。星が落ちる。

 大地は砕け、森は焼けて。

 雷が落ちて、竜巻が唸りを上げた。

 

 逃げ場を探すキマイラたちが右往左往し、人々は次々と崩壊に巻き込まれていく。

 終焉を迎えつつある世界など気にも留めず、ネンドじんは自分の仕事を粛々と行っていた。

 

 世界を再生するために、今ある世界が滅び去る――それが、この世界が剪定事象から外れ、編纂事象として繁栄していくために必要な禊だった。

 

 

「世界が、終わります」

 

「けれど、これは始まりだ。……すべてを見届けることは叶わないけど、せめて祈ろう。――次に目覚めたとき、彼らが幸せになれるように」

 

 

 針を抜いたのは自分たちではない。

 この世界に生きる、優しい心を持った男の子だった。

 

 

「――そろそろ休んだ方がいい。明日もまた旅に出るんだろう?」

 

「うん、そうだね。おやすみ、アヴィケブロン」

 

「ああ。おやすみ、マスター」

 

 

 

 そうして、此度の突発的な異聞帯は終わりを迎えた。

 また明日から、戦いの日々が幕を開けることだろう。

 

 

特殊異聞帯

箱庭虚構楽園島ノーウェア

親愛なる“友達”へ

 

 

 ――賀陽曜子には、大切な友達がいる。

 

 

 これは、終わる世界で未来が始まる瞬間を見届けながら、失くしてしまったものを拾い上げる物語だ。

 

 




クロスオーバー先:『MOTHER2』、『MOTHER3』

・アヴィケブロンに関するネタバレ(“友達”云々)がなければ、このネタは浮かばなかった。CPを意識していたつもりだが、その割にはCP要素が微塵も生きていないオチ。
・『自分の目的の為なら、容赦なくあらゆるものを踏み躙る』という文面を読んだ瞬間、頭に浮かんで離れなかったのがポーキーだった。アヴィケブロンは理想の為、ポーキーは遊びの為に動くタイプだと思った結果誕生した。
・作中では一切書いていないが、書き手は「ぐだ子はPSIが使える」つもりで執筆した。「PSIは魔術礼装の威力を補強するために使っている」という設定があったものの、この要素も作中に取り上げられることはなかった。
・名前の由来はMOTHER2の「おまかせ」で選択できる名前設定にあった『ヨーコ』より。

Pixivにこの小説をベースにした小話『Miss.Pollyanna系マスターとアヴィケブロンの話』(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9591560)を投稿しています。双方共に盗作ではありません。

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