とある勘違いの次元移動   作:優柔不断

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十話

 

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

薄暗い路地裏で、少女は少し苦し気に息を切らしていた。

長い銀髪と純白の修道服をはためかせながら、時折後方を注視しつつ入り組んだ路地裏をさらに出鱈目に曲がりながら走り抜ける。まるで何者かからの追跡を撒こうとしているかのように。

 

少女の名前は、インデックス。

とある理由から魔術師という存在に後を追われているのだ。

 

そうして路地裏を走ること数分、少女は大きな通りに出た。そこには視界を遮る遮蔽物など存在せず、あるのは目の前に聳え立つ大きな壁だけだった。大きな通りは、壁から数メートル離れて作られており、壁は視界の果てまで続いている。

 

「うわぁ、これどうしよう?」

 

前方の壁の出現に頭を悩ませる少女。来た道を戻れば高確率で自分を追ってきているであろう魔術師と遭遇することになる。かといってこの見晴らしのいい通りを駆け抜けるのは目立ちすぎる、そうなれば見つかるのは時間の問題だろう。となれば

 

「こうなったら何とかしてあの壁の向こうに行く方法を考えないと………」

 

壁を越えていく他に無い。しかし方法が思い付かない。壁には這って上がれそうな凹みなど無く、まして飛び越えて行くことなど不可能。何とかして入り口を見つけなければならない。

 

「あっ!そこの人、ちょっと教えて欲しいことがあるんだよ!」

 

入り方を思案しながら今一度壁と、その周囲に目を配ると少し離れたところに一人の青年が佇んでいた。

インデックスは、学校の制服を着た青年に壁の内側への入り方を聞こうと側まで駆け寄る。

だがその時、インデックスは気づかなかった。その青年が一体何時からそこにいたのか……。先程見渡した時には、人影はおろか物音一つ聞こえていなかったのに、青年はまるで最初からそこにいたかのように、突然現れた事に………。

 

「あの壁の内側への入り方を教えてほしいんだよ!」

「………」

 

両手を組んで祈るようにお願いするインデックスを流し目で見た青年は、思案するように一度遠くを見つめた。

そして彼はこう呟いた。

 

「………逃げるぞ」

 

 

 

 

 

「美味しい~!これとっても美味しいんだよケイガン!」

 

インデックスと青年、上乃の二人は学園都市にあるファミレスで食事をしていた。実際には食事をしているのはインデックスだけで上乃はコーヒーを飲みながらガラス越しに見える人々を警戒するように注意を払っていた。

 

「ねぇケイガン凄いよね。肉汁が滴るハンバーグの中にトロトロのチーズを入れるなんてこの料理を作った人はきっと天才なんだよ!さっき食べたスパゲティも美味しかったし、ご馳走してくれてありがとう!」

 

熱心に食レポをしながら、目の前の鉄板に乗ったハンバーグを口一杯に頬張るインデックス。それは、通算六個目のハンバーグになるというのに、その食欲が満たされる様子は見られない。

そしてハンバーグを食べきったインデックスは、まだ食べたり無いのかメニュー表を手に取った。

 

「次はね、コレとコレとコレと……あとコレも食べたいんだよ!ね、いいよねケイガン?」

 

上乃は何も言わずに無言で店員の呼び出しボタンを押した。このまま食べ続けると、全メニューを食べ尽くしそうな勢いである。

 

「は、はい!ご注文は!?」

 

そしてやって来た女性の店員は、上気した頬と上擦った声で上乃に注文を聞く。上乃は、喋る事無くメニューに指を差して注文した。

 

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「………」コク

「かしこまりました。………あ、あのこの後暇ですか?良かったら連絡先を交換」

「………さっさと行け」

「は、はいぃ~!」

 

注文の終わりに、上乃の魅了にやられてしまった店員が逆ナンするも上乃は冷たく追い払った。急ぎ足で去った店員は、他の女性従業員に取り囲まれる。

 

━━━喋っちゃった…私喋っちゃったよ、キャ~!!

 

━━━ちょっと、何抜け駆けしてるのよ!?

 

━━━ね、ね、どんな声だった?優しい感じ、それとも渋いの?

 

━━━………冷たい感じだった

 

━━━何それ最高か……!

 

仕事をするのも忘れ、喧しく騒ぐ店員。非常に目立っているが今の店内ではそれ程でも無かった。

何故なら上乃とインデックスが目立つと言うよりも浮いているからだ。

上乃は、十人中十人全員が振り向くイケメン。インデックスは、シスター服を着た銀髪の美少女。どちらも人目を引く容姿に、先程から大食い選手権ばりに飯を食らうインデックスの食べっぷりから客からも注目されていた。

 

「それじゃあ、改めてお礼を言うんだよ。ありがとうケイガン」

 

ナフキンで口を拭いたインデックスは、次の料理が運ばれてくるまでの間にこれ迄の経緯を改めて話した。

 

この世界には、俗に科学サイドと魔術サイドと呼ばれる枠組みが存在する。科学サイドとは学園都市の事を指し。魔術サイドとは、世界中に点在する魔術結社の事を表す。

インデックスは、イギリス清教の魔術結社『必要悪の協会(ネセサリウス)』所属の魔術師である。

そんな彼女が何故、魔術師から狙われているのか?それは彼女が所有している、正確には記憶している十万三千冊の魔道書を狙ってのこと。

 

珍しい『完全記憶能力』を持つインデックスは、世界中の魔道書を記憶し保有する人間図書館であり、そんな彼女の十万三千冊を狙ってきているのが敵である魔術師なのだ。

そして、逃げている最中に偶然(・・・)にも出会った上乃によって、難なく学園都市へと彼女は転移することが出来たのだ。

かくして束の間の平穏を手に入れたインデックスは、助けられたついでと言わんばかりに、上乃にご飯をねだり現在に至る。

 

あの状況で助けられたインデックスは、上乃に対して強い感謝の念を抱き、ケイガンと親しげに呼ぶほどにまでに親しくなっていた。

 

インデックスは、このお礼をどうしたものかと考えた。

 

「こんなにお世話になっちゃって、何かお礼が出来たらいいんだけど……。ケイガンにかかってる呪いも私にはどうすることもできないし」

「………何?」

 

今までずっと外を警戒していた上乃がここで初めて反応する。

 

「やっぱり、気づいてないんだね。ケイガンには何らかの呪いがかかってるんだよ。その効力はよく分からないけど、恐らく魅了(チャーム)に近いものだと思う。

人心を惑わして自らに惹き付けるような感じなのかな?私にはこの服があるから効かないけど魔術の事を知らない一般人なら効果は十分に発揮される。でも、不思議なんだよ。それは紛れもなく呪いの類いの筈なのに、見ようによっては祝福のようにも思えてくる。私の中の魔道書にも同じことが出来るとすれば、ケルト系の魔術かな?」

 

インデックスは、記憶する魔道書から類似した物を幾つか掲示するも、その何れもが上乃にかけられた呪いとは一致しなかった。その事にインデックスは、少なくない驚きを見せるが、その膨大な知識量からその仕組みではなく、かけられた意味を考える。

 

「………これは、私の憶測なんだけどね。その呪いのをかけた人は、貴方に幸せになって欲しかったんだと思うんだ。形は歪んで、結果としてケイガンは迷惑してるのかも知れないけど。それは間違いなく善意でかけられた、ううん。与えられた物だと思う」

 

何時になく真剣な表情で語るインデックスを見つめ返す上乃。しかし、どうでもいいのか直ぐに視線を切って再び外を警戒する。それを見たインデックスは、心配症だなぁ、とため息を吐いた。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ケイガンのお蔭でかなり距離が稼げたと思うから」

「お待たせしました、こちらご注文の料理になります」

「わぁーい!」

 

追加の料理が届いたインデックスは、再び一人フードファイトを始める。そしてその様子を見た上乃は、少しだけ笑ったように見えた。

まるで先程までの悲壮感の漂うインデックスよりも、無邪気にご飯を頬張るインデックスの方が良いと言っているかのようだ。

 

「ねぇねぇケイガン!今度はコレが食べたいんだよ!」

 

上乃は何も言わずに無言で財布の中を確認した。

 

 

 

 

 

「ん…うぅん……あれ?ここ」

 

私寝ちゃってたのかな?

 

日が落ち、夜の街へと変わった学園都市。

満腹からくる眠気と逃走の日々からくる疲労から眠ってしまったのだと気づいた。

そして今私をケイガンがおんぶして運んでくれていた。

 

「あ、ありがとうケイガン。でもこの格好はちょっと恥ずかしいかも」

「………」

 

彼は何も言わない。ただ無言で出来るだけ揺らさないようにゆっくりとした歩調で歩く。

 

「……ありがとう」

 

私は、今日何度めになるかわからないお礼の言葉を言って、顔をケイガンの背中に埋めた。

暖かい。自分の物よりもずっと大きくて逞しい男の背中に安心感を覚える。思えば彼とは今日会ったばかりなのに不思議なほどに心を許せてしまっている自分がいる。これはずっと一人で逃げてきた故に人肌に飢えているのか、それとも彼の呪いのせいか……。

いや、その何れも考えるには無粋だろう。

 

彼がこうして自分を助けてくれているのは、純然たる善意に他ならない。ならば、きっとその人柄に引かれたのだろう。

それに対して何も報いる事が出来ない自分に歯痒さを覚えるが、何時かこのお礼をしようと心に誓った。

 

「ねぇケイガン。もう此処まででいいよ」

「………」

 

これ以上、彼に迷惑はかけられない。こんな時間だもしかしたら追っての魔術師達が、もうすぐ側まで迫っているかもしれない。ここまで付き合わせておいて今更だとは思うが、だけど最後の一線だけは………。

 

「私はもう大丈夫だから。此処で降ろして」

「………」

 

私の言葉を彼は頑なに聞こうとはしない。だが一瞬だけ彼は此方を見た。まだ彼は、私の事を気遣ってるんだ。

 

「ケイガン、貴方の気持ちは嬉しいよ。でも大丈夫だから」

「………」

 

再度言っても彼は、頑なに私を降ろそうとしない。

 

「……分かったよケイガン。それじゃあ私と一緒に地獄の底まで着いてきてくれる?(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

私を助けようとしてくれる優しい人は、今までにも数人いた。だけど私は、これから一生命を狙われ続ける。そこに救いなんて無くて、ただずっとひたすらに続いていく地獄。そんな物に付き合える人なんて存在しない。

だから私は、篩に掛けるように彼等に聞いてきたのだ。

そして、彼等は一様に言い淀んだ。当たり前だ、見ず知らずの他人の為にそこまで出来る人なんていない。

 

だからかもしれない。そう思っていたから、私はケイガンの返事に言葉を無くした。

 

「いいぞ」

 

私を助けようとしてくれる優しい人達は、みんな良い人だった。でも、私は差し出されたその救いの手を振りほどく。そして最後は皆諦めた。

 

「着いていってやる」

 

だから、振りほどいた手をもう一度伸ばしてくるなんて思ってもいなかった。そして嬉しかった。

 

彼は言った。言い淀む事無く、着いていくと。

本当に優しい人だ………。

 

私は溢れる涙を抑えることが出来なかった。また彼の背中に顔を埋める。今度は押し付けるように、手もきつく彼に抱きついて、隠しきれない嗚咽を漏らした。

 

その間も彼は変わらずに歩みを進める。文句など何一つ言わずに。

 

 

 

 

 

(は、恥ずかしい……!)

 

暫くして漸く泣き止んだインデックスは、冷静になった頭で先程までの己の行動に悶えていた。

 

「ケイガン!さっきの事は忘れてくれると有り難いかも……」

「………フッ」

「あ~!今鼻で笑ったでしょ!普段無愛想な癖に、こういときだけ感情表現豊かなのはどうかと思うんだよ!」

 

顔を真っ赤にして怒るインデックス。既に上乃は、インデックスを降ろして二人は並んで夜の学園都市を歩いている。

インデックスが言うには教会に着けば保護してもらえるとの事で、その教会を探し回っていた。だがここは科学の街である。祈りを捧げるなどという非科学的な事とは縁遠い此処で教会を見つけるのは困難だった。

 

時刻は既に深夜に差し掛かった頃、二人は漸く教会がありそうな場所を見つける。それは学園都市の第一二学区。神学系の学校が集中した学区でありそこでなら教会が見つかるかもしれない。

しかし学園都市の教会にインデックスを保護してくれるような人物がいるかどうかは疑問だが。

 

上乃の能力で余計な道のりをショートカットして着いた一二学区。二人は、目を皿のようにして教会を探した。

 

そしてやっとの思いで教会を発見することが出来た。

 

「やった!あったよケイガン」

 

喜び、その場で跳び跳ねるインデックス。だが上乃は、教会を険しい目付きで睨んでいた。

 

「どうしたの?」

 

上乃の様子に気づいたインデックスは、心配そうに彼を見ると同じようにして教会の方に視線を向けた。

然したる特徴も無い小さな教会、恐らく何処かの学校が授業で使うものだと思われる。

 

だが異変はその時に起きた。時刻は深夜、こんな時間に誰もいないはずの教会の扉が開いたのだ。そしてそこから現れたのは、妙な格好をした美女だった。

長い髪をポニーテールにした日本人風の女性で、白のTシャツに何故か片足が剥き出しのジーパンを履いている。そして何もよりも目を見張るのが身の丈以上の長大な刀を持っていた事だった。

 

彼女は鋭い目付きで上乃を睨んだ後、インデックスに目を向けた。そこには何も感じない、感じようとしない空虚さを感じさせた。

 

「見つけましたよ」

 

インデックスは、慌てて上乃の服を引っ張った。

 

「ケイガン逃げて!魔術師だよ!」

「逃がすと思いますか?」

 

判断は一瞬だった。魔術師の女性は、目視不可能な程のスピードで疾駆して鞘に入れたままの刀を上乃に向けて振りかぶった。だがそれが降り下ろされるよりも早く、上乃はインデックスを連れて転移することに成功する。

 

転移してきた場所は、上乃のマンションの一室だった。

インデックスは、突然景色が変わったことで上乃が超能力を使ったのだと思い、安堵する。

 

「先回りされてた」

 

先程の事。敵の魔術師が教会の中に潜んでいたのは、インデックスの行動パターンから行きそうな場所に先回りされていたのだ。

 

敢えなく教会に保護してもらうと言う目論みが崩れたインデックスは、落ち込む……訳ではなく笑っていた。

 

「まぁ、しかたないかぁ。それよりもケイガン、私は喉が乾いたんだよ、美味しいくて冷たいのものが飲みたいかも」

 

来て早々に、厚かましく飲み物を要求するインデックス。それに上乃は嫌味の一言も言わずに、冷蔵庫のある部屋まで飲み物を取りに行った。

 

上乃が部屋を出ていくのを見届けたインデックスは、またしても笑う。だが今度は、人懐っこい笑顔ではなく何処か影のあるものだった。

 

「……ごめんね、ケイガン」

 

インデックスは、玄関から外に出る。その胸に耐えきれない程の罪悪感を抱きながら走ってマンションの階段を駆け下りる。

 

(ごめんね。本当にごめんね、ケイガン。貴方に助けてもらえて私、幸せだったよ。)

 

━━━私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?

 

━━━いいぞ、着いていってやる

 

(あの時、何の戸惑いもなく返されるなんて驚いたよ。そして嬉しかった。でもね、そう言ってくれた貴方だからこそ私は貴方とは一緒にいられない………)

 

「さよならだよ。ケイガン……」

 

 

 

 

 

 

この後、彼女は運命の出会いを果たすことになる。

 

 

 




と言うわけで、この小説での愛の黒子の扱いは、祝福のような呪いと言う風になりました。

十万三千冊の魔道書を記憶するインデックスが知らないのは、そもそも別世界の話だから。そして一般人には効果覿面。魔術師にも効果あり、そして対魔術と似たような物を持っている人でも完全に効果を無くすことが出来ません。てな感じですかね。

まぁ、そこまで深い設定は無いのでツッコミは程々にお願いします。


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