市原仁奈の寵愛法   作:maron5650

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5.着飾るふたり、着のままひとり

「うっきゃーーーーーーっ☆☆☆☆すっごぉーーーい☆☆☆☆☆☆」

 

景色が真っ赤に染まる頃。

用事から帰ってきたきらりが、仁奈に何を食べたのかを聞く。

笑顔で帰ってきた答えを耳にするや否や、きらりは私の両腕を掴む。

そして世界はきらりを中心としてブンブンと回転し始めた。

 

「やぁーーめぇーーろぉーーーー……」

 

凄い。

なんというか、凄い。

だって身体が地面と接していないもの。

完全に宙に浮いているもの。

洗濯機に放り込まれた服ってこんな感じなのかな。同情を覚えた。

風を切る音すら聞こえる速度の中、室内の物に何一つ触れていないこの安心設計。匠の技である。

 

「仁奈も! 仁奈もやってくだせー!!」

 

それを間近で見て、仁奈はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながらきらりに訴える。

正気か。

 

「よーし、いっくよー☆☆☆」

 

きらりは右手で私を、左手で仁奈を振り回す。

先程よりも更に回転速度が増す。

私の身体大丈夫? 内臓が全部足に行ったりしてない?

 

「うっひょーー! すっげーーー!!!」

 

仁奈はこの拷問を受けながら心底楽しそうな声を上げる。

これが若さか。

 

 

 

「ぉ……ぉぉ…………。」

 

数分後。

きらり大風車からやっと開放された私は、畳と完全に同化していた。

 

「だいじょーぶでごぜーますか?」

 

ケロリとした仁奈がポンポンと背中を軽く叩く。

同じような体格なのになんだこの差は。

 

「ご、ごめんねぇ? ちょっとやりすぎちゃった……。」

 

私の側でしゃがみ込んでいるきらりが申し訳なさそうに言う。

最近では流石に私も慣れてきたと思っていたのだが。

ここまでの威力のものは初めての経験だ。普段はセーブしていたというのか。あれで。

 

「料理作っただけで……大袈裟……すぎない……?」

 

息も絶え絶えに抗議すると、きらりは至極真面目な声を出した。

 

「そんなことないにぃ。とっても、凄いことだよ?」

 

「……そ。」

 

なんだか恥ずかしくって、私はぶっきらぼうに返す。

ひょっとしたら、きらりのために料理を作ろうとしたことがあるのを知っているのかも。

決して見られないように注意はしていたつもりだったけれど。

それでもきらりになら、隠し通せていないような。

きらり相手なら、バレていてもおかしくない。

彼女のこういった、ふと見せる表情は、私にそう感じさせる何かを持っていた。

 

「杏おねーさんのオムライス、すっげーうまかったですよ!!」

 

仁奈が満面の笑みを携えてきらりに抱きつく。

きらりは慣れた手つきで仁奈をだっこする形で抱え、「良かったねぇ」と頭を撫でた。

 

「……おねーさん?」

 

それは見慣れた光景だった。

きらりがそうするのも、仁奈がそうされるのも、互いに気に入っているようで。

だからいつものように、仁奈は嬉しそうに目を細めるのだと思っていた。

しかし仁奈は、きょとんとした瞳できらりを見上げた。

 

「よーし! それじゃ、お夕飯の準備するね☆

杏ちゃんが頑張ったから、うんと美味しいの作っちゃう☆」

 

きらりは仁奈をそっと退かし、立ち上がる。

そのままいつもの調子で台所へと向かっていった。

 

「ごちそうでごぜーますか!?」

 

仁奈はきらりの発言に食いつき、とてとてと後を追いかけていく。

……一瞬、それがきらりの狙い通りの光景であるかのように見えた。

 

「…………。」

 

きらりを見つめる。

その挙動に、普段と異なる点はない。

いつも通り、テキパキと手を動かしている。

 

ここで私がきらりに声をかけ、何かあったのかと聞いたとしても。

きらりは決してそれを口にしないだろう。

彼女は明らかにそれを隠そうとしており、面倒なことに彼女は隠すのが上手い。

私がそこから推測出来るような明確なボロを出してくれるとは思えない。

 

「……杏は、ちょっと、寝ます。ぐぅ。」

 

だから。きらりが自分から言ってくれるのを。

ボロを出してくれるのを。

助けが欲しいという、何らかのサインを発してくれるのを。

声をかけてくれという、音のない声を出してくれるのを。

それを待つことしか、私には出来ない。

それを絶対に見逃さないよう、神経を尖らせることしかできない。

そして彼女は、まだ、それを出す気は無いようだった。

 

「ご飯できたら起こすねぇ☆」

 

このモヤモヤした気持ちを切り替えたいのと、本当に先程の風車で体力を消耗したのもあって。

きらりの言葉を遠くに聞きながら、私は一時、夢の中に逃げることを選んだ。

 

 

 

 

「きらりおねーさんは、キグルミを着てる仁奈を、どう思いやがりますか?」

 

お夕飯の支度をしている途中。

床にべちゃりとくっついたまま眠る杏ちゃんを見ながら、仁奈ちゃんは私にそう聞いた。

 

「杏おねーさんはキグルミを着てる仁奈を見ると、なんだか悲しそうですよ。

仁奈が普通の服を着てる方が、杏おねーさんは喜びやがります。」

 

その真意を掴めずに私が何も発しないでいると、仁奈ちゃんは言葉を続けた。

 

「でも、杏おねーさんじゃないみんなは、キグルミの仁奈の方が好きでやがります。

きらりおねーさんは可愛いって褒めるですし、ママも……ママも、可愛がってくれたです。」

 

「……、うん。」

 

仁奈ちゃんの母親が、仁奈ちゃんを可愛がった。

仁奈ちゃんを虐待していたというイメージしかなかった私にとって、それは大きな衝撃だった。

それを悟られないように、包丁を動かし続ける。

 

「……わからねーです。

仁奈がキグルミを着れば、みんな可愛がってくれたから。

だから仁奈は、キグルミが好きでごぜーます。

でも杏おねーさんは、みんなとは違ったです。

……仁奈は、どうすればいいでごぜーますか?」

 

とん。とん。とん。

包丁の音が、2人の間に静かに響く。

 

「……仁奈ちゃん。きらりもね?

きらりも、キグルミを着ているの。」

 

仁奈ちゃんは、みんなに可愛がってほしくて、キグルミを着ることを選んだ。

 

「きらりおねーさんもですか? でも……、」

 

でも杏ちゃんは、ありのままの仁奈ちゃんでいることを望んだ。

 

「仁奈ちゃんのキグルミとは、少し違うけれど。

でも、きっと、仁奈ちゃんとおんなじ。」

 

左手で、髪飾りにそっと触れる。

 

「仁奈ちゃんは、どうしたい?

キグルミを着ていたい?

それとも、普通の服を着たい?」

 

杏ちゃんは、気付いている。

どうして仁奈ちゃんがキグルミを着るのか。

それが何を意味しているのかを。

 

「……わからねーです。わからねーですよ。」

 

仁奈ちゃんは下を向いてしまう。

いじめているような気になって、心苦しいけれど。

だけど。

 

「自分で決めなきゃ、いけないことだと思う。

分かるまで考えなきゃいけないことだって、そう思うの。」

 

これはきっと、仁奈ちゃんにとって大切なことだから。

 

「きっとこれに、正解なんて無いんじゃないかなぁ。……でもね。」

 

だから。杏ちゃんが言外にそうしたように。

私は、私の考えを主張する。

 

 

 

 

 

「きらりは、着ることを選んだよ。」


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