市原仁奈の寵愛法   作:maron5650

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22.幸せな家族

事務所に着くと、知らないおねーさんが居ました。

ここに居るということは、きっとアイドルなんだと思います。

仁奈達が来たのを確認すると、大人の人……プロデューサーが、仁奈達に向かって言いました。

 

「夏休みは昨日で終わり。双葉と諸星は早速今日から仕事だ。

白菊は2人が帰るまで、市原の面倒を見てやってくれ。」

 

校長先生の挨拶みたいなことはないみたいで、ほっとしました。長いお話は嫌いです。

それだけ言うと、プロデューサーは別室へと向かいます。

きらりおねーさんがそれに続き、杏おねーさんはソファに寝転がって欠伸を

 

「ダーメ☆」

「嫌だあああぁぁぁ…………」

 

笑顔のきらりおねーさんに担がれて、杏おねーさんの声は聞こえなくなりました。

 

「えーと、仁奈ちゃん、でしたよね?」

 

仁奈が呆然と見送っていると、黒髪のおねーさんが話しかけてきました。

あの光景は、どうやら慣れっこのようです。

 

「は、はいです。」

 

知らない人と話すのは緊張します。

仁奈の返事は、少し上ずってしまいました。

 

「白菊ほたる、です。

私が一番仁奈ちゃんと歳が近いので、分からないことがあったら気軽に聞いてくださいね。」

 

黒髪のおねーさん……ほたるおねーさんがそう言って、にっこりと笑うのを見て。

綺麗だなぁ、って。なんだか、キラキラしていました。

きらりおねーさんや、杏おねーさんみたいでした。

 

「……ほたるおねーさんも、アイドルでやがりますか?」

 

分からないこと。1つだけ、ありました。

 

「はい、そうですよ。」

 

ママは仁奈に、アイドルになれって言いました。

だから仁奈は、アイドルになります。

 

「……アイドルって、何でごぜーますか?」

 

でも。アイドルって、何をするのでしょう?

テレビに入ることしか、仁奈はアイドルのお仕事を知らないのです。

 

「……。」

 

ほたるおねーさんは口元に手を当てて、考え込んでしまいました。

ですが、どうしてでしょう。

困らせてしまったようには、見えませんでした。

難しい問題の答えを探しているのではなく。

その答えはもう、とっくに知っているような。

その答えが正しいということを、確かめているような。

そんな表情をしていて。

だから、仁奈はゆっくりと待ちました。

いつまでも、待っていられました。

 

「……仁奈ちゃん。アイドルはね。」

 

ほたるおねーさんの目が開きます。

その目は、やっぱり、とっても綺麗で。

まっすぐに仁奈を見ていました。

 

「皆を、幸せにするもの。」

 

何も疑う必要はありません。

ほたるおねーさんの言葉は本当です。

だって、こんなにも。

幸せそうに笑うのですから。

 

 

 

「皆を、笑顔にするお仕事です。」

 

 

 

幸せそうに、笑えるのですから。

 

 

 

「……笑顔に、できるでごぜーますか?」

 

「はい。」

 

ほたるおねーさんは、少しも迷わずに頷きます。

 

「仁奈にも、できるでごぜーますか?」

 

仁奈の我が儘。

ママに、笑ってほしい。

 

「はい。」

 

それが、叶うのなら。

仁奈がママを、笑顔にできるのなら。

 

「……なら、仁奈も。」

 

ママに言われたから。

それも本当です。

でも、それだけじゃなくなりました。

だって仁奈は、ママに笑ってほしいから。

だから、仁奈も。

 

「仁奈も、アイドルになりてーです!」

 

ほたるおねーさんは、また、にっこりと笑いました。

 

 

 

「式場の宣伝に使う写真の撮影だ。」

 

プロデューサーは休み明け一番の仕事の内容を、一言でそう説明した。

それだけなら、わざわざ別室に移動してから言う必要もない。

私達が表情を曇らせる何かがあるのだろう。

それを仁奈に見せたくなかったのだろう、と、そう推測する。

そして、私達が嫌がることとして思いつくものと言えば。

 

「……私がドレスで、きらりがタキシード?」

 

私達は、半ばセットで世間に認識されている。

デビューからずっと2人で仕事をしてきたのだから当然だ。

今回の仕事が片方でなく両方に来たのも、きっとそのためで。

私達が最も映える画は、きっとこれだ。

私はドレスが憎たらしいほど似合うだろうし。

きらりのタキシードは、きっと格好良くて、きっと綺麗だ。

 

「……嫌なら遠慮なく言え。」

 

プロデューサーは少しだけ申し訳なさそうに言う。

嫌と言えば、彼はきっと本当にこの仕事をキャンセルする。

断ろうと思えば簡単に断れる体制を作った上で、私達に聞いているのだ。

 

これがそれぞれ個別に来た仕事だったなら、彼はこんなことをしなかっただろう。

私は可愛い格好をすること自体は別に嫌じゃないし、きらりも同じ理由でタキシードを着ただろう。

だが今回は、見ることになる。

どうしようもなく似合っている互いの格好を、見せつけられることになる。

自分では到底こうはなれない、と、再び思い知ることになる。

 

きらりを見上げる。

彼女もまた、私を見ていた。

その表情を見て。

きっと私も、同じような目をしているんだろうな、と。

そう、笑い合った。

 

「ねえ、プロデューサー。お願いがあるんだけど。」

 

 

 

____________________

 

 

 

「……似合わないなぁ。」

 

うつ伏せに寝転がり、雑誌を広げる。

綺麗な白の中に佇むタキシード姿の自分を見て、私は率直な意見を呟いた。

 

「似合ってるよ?」

 

横からきらりの声。

私の横に座り洗濯物を畳んでいたきらりが、雑誌の私を見つめていた。

 

きらりの表情を見るまでもない。

彼女は本心を言っている。

文字通り身の丈に合わない服を着た、ちんちくりんな私を。

似合っていると、本気で思っている。

 

それが分かってしまうから、なんだか気恥ずかしくて。

ページをめくると、今度はきらりが写っていた。

ウエディングドレスに身を包み、こちらに笑顔を向けている。

可愛いな、と。ただ、そう思った。

 

「……似合わないにぃ。」

 

きらりに気付かれないように、そっと横顔を盗み見る。

ドレスを着られて嬉しくて。

でも全く似合ってなくて。

これが私の隣で寝転んでいる少女だったなら。

そんな、表情。

 

「似合ってるよ。」

 

視線を雑誌に戻してから、本心を口にする。

きっときらりも、分かってしまう。

私の言葉が、慰めなどではないことを。

 

きらりの手がこちらに伸びる。

それは私の目の前を通過し、雑誌のページをめくった。

 

「すげー! きれーでごぜーます!」

 

すると、後ろから仁奈の声。

きらりと同時に振り向くと、パーカーを着た少女が、目をキラキラと輝かせていた。

 

「……そう、かな。」

 

再び雑誌に視線を戻す。

そこには2人が写っていた。

ドレス姿のきらりが、タキシード姿の私をお姫様抱っこして。

抱えられた私は、カメラに向けてピースしている。

そして2人共、楽しそうに。嬉しそうに。

満面の笑みを浮かべていた。

 

やっぱり、私には似合わない。

きらりが着たほうが、ずっと様になっただろう。

でも。きっときらりも、同じことを考えていて。

きらりの姿が似合っていないなんて、私はちっとも思わなくて。

きっとそれすら、きらりも同じだから。

 

「……うん、そうだね。」

 

きっとこれが、私達らしくて。

きっとこれで、いいんだと思う。

 

互いを互いに憧れながら。

届かないと知りながら。

それでも近づこうとする。

 

ずっとそうしていくのだろう。

納得なんて、一生できやしないんだろう。

それでも自分の憧れは、自分のことを認めてくれる。

それも、ずっと変わらない。

 

きらりは私を肯定する。

私はきらりを肯定する。

どんなときだって。何があったって。

それは決して変わらない。

それだけは絶対に変わらない。

その確信があるから、目指していける。

例え隣に、その憧れが居なくても。

 

「……今日は、どうしようか。」

 

カーテンが風に揺れ、隙間から日が差し込む。

吹く風の冷たさが、夏の終わりを告げていた。

 

「大富豪! 大富豪がいーです!」

 

「すぐ畳んじゃうから、ちょっと待っててねぇ☆」

 

「うーい。」

 

「うーいじゃねーです、仁奈達も手伝うですよ!」

 

「仁奈はいい子だねー。」

 

起き上がり、洗濯物の山の隣であぐらをかく。

仁奈を見ると、既に、少し不揃いながらも衣類が畳まれ始めていた。

 

飴をポケットから取り出し、口に含む。

舌の上に広がるのは、よく知る甘さで。

苦くなるのは、まだ当分先のようだった。

 

 

 

 

 

でも、この甘さを。今は、心地よく思う。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
「市原仁奈の寵愛法」、これにて完結とさせていただきます。

仁奈ちゃんの母親の行動に、なんだか一貫性が無いように思えたので、私が納得できる理由を考えて書いてみました。

「双葉杏の前日譚」から何だかんだ続いた杏ときらりのお話は、これでようやくおしまいです。
……すいません、正直に言います。続きを考えてません。
もし何か思いついたら、もう少しだけ続くかもしれません。

お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
ご縁がありましたら、またどこかで。

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