市原仁奈の寵愛法   作:maron5650

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20.きっと二度目のさよならを

「……仁奈。」

 

杏おねーさんの言う通り、公園にはママが居ました。

仁奈を見て、悲しそうな顔をしていました。

また仁奈は、ママを悲しませてしまったのでしょうか。

 

「ご飯は、ちゃんと食べてる?」

 

悲しそうな顔のまま、ママが仁奈に聞きます。

今日は、イライラしてないみたいです。

ちょっと、ほっとしました。

 

「はいです。」

 

杏おねーさんの料理もきらりおねーさんの料理も、とってもおいしいです。

 

「ちゃんと、寝られてる?」

 

「ぐっすりですよ。」

 

泣いてもいいって、言ってくれました。

あの日から、夜に起きることは無くなりました。

泣きたくなったら、2人のところで泣けばいいのですから。

 

「ちゃんと、楽しい?」

 

「すっげー楽しいですよ。」

 

きらりおねーさんにぐるぐる回してもらうのも。

杏おねーさんと一緒にいたずらするのも。

とても。とっても。楽しいのです。

泣いちゃうくらいに、楽しいのです。

 

「……寂しく、なかった?」

 

大丈夫でごぜーます、寂しくなんかねーですよ。

杏おねーさんも、きらりおねーさんも、仁奈に優しくしてくれやがります。

だから、大丈夫ですよ。

 

そんな言葉が漏れるのを、必死に堪えます。

杏おねーさんは言っていました。

今日くらい、我が儘を言おうって。

 

「……寂しかったですよ。」

 

だから。本当のことを言いました。

 

「……ずっと。寂しかったです。」

 

杏おねーさんときらりおねーさんが、優しくしてくれたのは本当です。

それが嬉しかったのも本当です。

でも。

それでも、寂しかったのです。

 

「……ごめん。」

 

ママは、いっそう悲しそうな顔をしました。

仁奈が寂しいと言うと、ママは悲しんでしまうようです。

それが、我が儘を言うということなのでしょうか。

 

「仁奈、わからねーです。

どうして寂しいのか、わからねーんです。」

 

ママを悲しませるのは、嫌です。

ママのこんな顔を見るのは、嫌です。

 

「誰も居ないのが嫌でした。

ひとりぼっちが嫌でした。

誰かが居れば、寂しくねーって、思ったんでごぜーます。」

 

でも。でも。

それでも、最後かもしれないのです。

 

「でも。それでも寂しいんでごぜーます。

独りじゃねーのに。おねーさんたちが、居てくれるのに。

楽しいのに。嬉しいのに。

それでも、寂しいんでごぜーます。」

 

それが、一番嫌でした。

 

「なんで仁奈、寂しいんでやがりますか?

どうやったら、寂しくなくなるでごぜーますか?」

 

仁奈は我が儘を言い続けます。

本当のことを言い続けます。

思っていることを、そのまま言い続けます。

寂しいと、言い続けます。

 

ママは何も言わないまま、仁奈の方へ歩いてきました。

ゆっくり。ゆっくり。

仁奈が好き勝手に言ったから、怒っているのかもしれません。

怒っているから、殴られちゃうかもしれません。

殴られちゃっても、仕方ないです。

痛くても、それでもいいです。

仁奈は、久しぶりに。本当に久しぶりに。

ママに、素直な気持ちを言えたのですから。

 

「……。」

 

ママが仁奈の目の前までやってきました。

仁奈はかたく目をつむります。

両手をぎゅっと握りしめます。

歯を強く噛み締めます。

きっと来る、痛いもののために。

 

仁奈のほっぺたに、何かが触れました。

仁奈の身体は、勝手にびくりと震えます。

でも、それだけでした。

その次にあると思っていたものは、来ることはありませんでした。

 

ほっぺたに触れた何かは、仁奈の後ろに回りました。

それは後ろから、仁奈を押してきました。

このままでは、ママにぶつかってしまいます。

だから、ぐっと踏ん張ります。

そうしていると、顔にも何かが触れました。

あったかくて、サラサラしていて。

それが何なのか、すぐには分かりませんでした。

 

「……仁奈。」

 

ママの声が聞こえます。

仁奈の、真上からでした。

どうして真上なんでしょう?

後ろにある何かが、更に仁奈を押します。

仁奈の身体は、サラサラしているものに押しつけられました。

 

そっと、目を開きます。

ママが着ていた服の色でした。

サラサラしているものは、ママのお洋服でした。

あったかいものは、ママでした。

 

「……ごめん。」

 

ママは、泣いていました。

泣きながら、仁奈を抱きしめていました。

やっぱり仁奈は、ママを悲しませてしまったのです。

 

「ママ、その、ごめんなさいです、仁奈が、」

 

慌てて謝ろうとします。

仁奈を、抱きしめてくれました。

ウサギじゃないのに、抱きしめてくれました。

モフモフじゃないのに。抱きしめたって、気持ちよくないはずなのに。

それでも、抱きしめてくれました。

 

抱きしめられるのは、嬉しいです。

嬉しいです、けど。それ以上に。

ママに泣いてほしくありませんでした。

仁奈が抱きしめてほしかったのは、笑っているママなのです。

 

「ううん、違うの、これは。ママが、悪いの。」

 

ママの手の力が、もっと強くなります。

仁奈は声が出せなくなってしまいました。

出そうとしても、くぐもった音だけ。

少し、痛くすらありました。

でも。どうしてでしょう。

この痛みは、嫌ではないのです。

ぜんぜん、嫌なんかじゃないのです。

 

「ごめんね、仁奈、ごめんね、」

 

ママはごめんねを繰り返します。

どうして謝っているのでしょう。

謝っているということは、悪いことをしたということで。

でも、ママは悪いことをしたのでしょうか?

 

「……っ、ぷぁっ!」

 

このまま、ぎゅってしてもらったまま。

それでもいいかな、って、思ってしまっていました。

でも。やっぱり、嫌です。

ママが泣いているのは、嫌なのです。

仁奈は両手を思い切り突き出して、ママから離れました。

あったかいものが無くなって、途端に寂しくなってしまいます。

 

すかさず息を吸い、ママを見ます。

 

「……ママっ!」

 

我が儘。

してほしいことを、我慢せずに言うこと。

そんなの、いっぱいありました。

抱きしめてください。

側に居てください。

遊んでください。

優しくしてください。

いつか、迎えに来てください。

いっぱいありすぎて、何を言えばいいのか分かりませんでした。

今やっと、決めました。

仁奈が、ママにしてほしいこと。

 

 

 

「笑ってくだせー!!」

 

 

 

ママは、びっくりしていました。

ママの泣く声が止まっていました。

すごいです。これが我が儘というものなのでしょうか。

 

「……仁奈っ!」

 

と、思ったのも束の間。

ママは再び、仁奈を抱きしめます。

さっきよりも、ずっと強い力で。

 

「ごめん、ごめんね……!」

 

どうしてでしょう。

仁奈が笑って欲しいと言ったら、ママはもっと泣いてしまいました。

もっと謝られてしまいました。

我が儘というのは、どうやらとても難しいもののようです。

 

「……大丈夫でごぜーます。」

 

ママの声を聞いていると。

杏おねーさんが抱きしめてくれたのを思い出しました。

泣き止むまであやしてくれたのを、思い出しました。

仁奈も、ママと同じように泣いていたのでしょうか。

杏おねーさんと同じようにすれば、泣き止んでくれるでしょうか。

 

「泣いても、いーです。……ですから。」

 

ママの背中に手を回します。

とん、とん、と。優しく叩きます。

ふんわり笑って、ママの目を見ます。

ちゃんと、できているでしょうか。

 

「……いつか、きっとっ。」

 

あれ。

何ででしょう、そうやっていると。

仁奈も、泣きたくなってしまいました。

悲しくなんてないのに。

この痛みは、嫌なものじゃないのに。

仁奈が泣いてちゃ、駄目なのに。

なんで。なんで。こんな。

 

「笑って、くだせー。」

 

仁奈もママも、涙が止まりません。

このまま、涙が枯れてしまったら。

笑えるようになるでしょうか。

笑ってくれるでしょうか。

 

「仁奈、ママの笑ってる顔、見てーです。」

 

 

 

 

 

いつか笑ってくれるなら。

その時は、仁奈も一緒だったらいいな。


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