市原仁奈の寵愛法   作:maron5650

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9.日記

2月27日

 

就職組全員、内定ゲット。

受験組全員、無事合格。

先生達、みんな喜んでくれた。

明日の夕飯は御馳走らしい。楽しみだ。

 

 

3月15日

 

高校の卒業式。

ついに私も独り立ち、そして社会の歯車だ。

お祝いにと、私が使っていた学習机をプレゼントしてくれた。

施設の皆には感謝しなければ。

これからは1人で生きていく。何だか、実感が湧かない。

 

 

4月9日

 

あんのエロオヤジ。太ももフェチかよ。

スカートじゃなくてパンツにしておくべきだった。

買い直す金なんて無いぞ。

 

 

4月28日

 

テレビにアイドルが出ていた。

小学生くらいの頃、私も憧れていたのを思い出した。

これ以上施設の人にワガママ言うのは嫌だったから、将来の夢はお嫁さん。

 

 

5月1日

 

よごされた。

 

 

6月3日

 

よごされた。

あたまが回らない。

どうすればいいんだっけ。

かんがえたくない。

友だちが、うちに来た。

連らく? ケータイ、見てなかった。

 

 

6月6日

 

大分、落ち着いてきた。

まだ手が震えている。文字が上手く書けない。

でも、どうして友人がここに居るのかを聞けるくらい、考えがまとまるようにはなった。

だから、落ち着いたってことにした。

あの日以降メールも電話も反応が無いことを不審に思った友人が、様子を見に家にやって来た。

そこでどう見ても異常な私を見つけ、泊まり込みで数日世話をしてくれた……らしい。

もう大丈夫と言ったら、まだ全然大丈夫じゃないと怒られた。

大丈夫だって思い込ませてくれてもいいのに。

 

 

6月8日

 

なんだか、記憶が飛んでいる。

なのに、なんであの日の映像は、はっきり残っているんだろう。

夜中、帰り道、後ろから押し倒されて。

顔まで鮮明に思い出せる。

そうしていたら、作ってくれたご飯を吐いてしまった。

 

 

6月20日

 

妊娠検査薬。陽性。

 

 

6月21日

 

私は妊娠していた。

あの男の吐き捨てた残骸を身籠った。

施設に相談しようとした友人を、必死に止めた。

知られたくない。

 

 

6月23日

 

考えて考えて、産むことにした。

正直、気持ち悪くてしょうがないけど。

それでも、確かな1つの生命だ。

この子は何も悪くない。

それに、ここで私がこの子を殺したら。

私はあいつらと同じになる。

それだけは、嫌だ。

私はあいつらとは違う。

 

 

7月3日

 

いつまでも友人に頼る訳にはいかない。

仕事は当然クビになっていたけど、幸い、学生時代にバイトした貯蓄がいくらかある。

1人で、この子を育てるんだ。

 

 

 

「……なんだよ、これ……っ!」

 

一冊目は、そこで終わっていた。

私はナンバリングの最も新しいものに手を伸ばす。

全てに目を通すだけの時間的余裕があるかどうか不明であるのと。

それ以上に、答えを一刻も早く知りたかった。

 

 

 

12月28日

 

街を歩いていると、キャバクラで働かないかと声をかけられた。

仁奈も、もう留守番できる年齢だ。養育費も、まるで今の稼ぎでは足りない。

喜んで名刺を受け取った。

 

 

1月14日

 

昼はパート。

夕方に帰ってきて、今度はキャバクラ。

睡眠時間が足りない。

でも、金の方がもっと足りない。

仁奈に構ってやれる時間が、一番足りていない。

 

 

6月24日

 

仁奈の口調が、あまり好ましくないものになってきている。

私が普段からイライラしているせいだ。

きっと私は普段から、こんな言葉を使っているんだ。

そんな自分に腹が立って、また仁奈に暴言を吐いた。

「親に向かってなんだその態度は。敬語で話せ」。

娘に向かって、その態度は何なんだよ。本当に、嫌になる。

 

 

6月25日

 

仁奈が敬語で話すようになった。

敬語というよりは、普段の口調に「です」「ます」「ございます」をくっつけただけだ。

直すのが面倒で、放っておいた。

 

 

2月8日

 

パートから帰ってきて、夜の仕事に出るまでの時間。

いつもなら泥のように寝ているが、今日だけは。

だって、指切りをしたんだ。

けれど、いびつな形のおにぎりしか作れなかった。

 

 

2月9日

 

深夜。帰ってくると、卓袱台の上に仁奈の手紙があった。

おにぎり1つで、喜んでくれた。

不甲斐ない。申し訳ない。自分が惨めで仕方がない。

眠り続ける仁奈の頭を撫でながら、泣いた。

 

 

10月12日

 

仁奈の顔を見る度に、あの男が重なる。

違う。仁奈はあの男とは違う。

そう分かっているのに、身体が止まってくれない。

傷付けてしまった。仁奈を。自分の娘を。

抱きしめながら謝っていると、頭を撫でてくれた。

私に、そんなことをされる資格は無い。

 

 

3月25日

 

また暴言を吐いてしまった。

人の気持ちになることも出来ないのか、と。

仁奈のことを考えてやれないのは、私の方なのに。

仁奈はただ、遊んでほしかっただけなのに。

 

 

4月3日

 

仁奈がキグルミを着て帰ってきた。

動物さんたちの気持ちになる、と言っていた。

学校の演劇用のものを借りたらしい。

私の言葉を気にしているのだ。

名案であるかのように満面の笑みを浮かべる仁奈の顔を見たら、とても謝れなかった。

代わりに、目一杯抱きしめた。

親が子供に優しくするのは、これで合っているんだろうか。

分からない。私には親が居ない。

 

 

6月30日

 

他の子よりも、成長が遅いように感じる。

肉体的にではなく、精神的に。

もし気のせいでないのだとしたら、原因は間違いなく私だ。

 

 

7月16日

 

仁奈が父親について聞いてきた。

本当のことなんて、言えるわけがない。

「仕事で海外に出張している」。

パッと思いついた嘘で騙した。

 

 

8月11日

 

仁奈の嗚咽で目が覚めた。

まだ2時間も寝ていない。

どうして泣いているのか。あやすべきか。

そんなことを考える前に、怒声が出た。

仁奈のすすり泣く声が、私を糾弾していた。

 

 

9月2日

 

仁奈の身体に、傷が増えていく。

私のせいだ。私が暴力をふるったからだ。

原因が分かっているのに、止めることができない。

 

 

11月4日

 

失敗だったのかもしれない。

今からでも、施設に預けるべきなのかもしれない。

嫌だ。

あいつらと同じになるとか、そんなことはどうでもいい。

施設育ちだというだけで注がれる、あの奇異な視線。

親に捨てられたという、どうしようもない事実。

あれを仁奈に感じてほしくない。

ほんとうに、苦しいから。あれは。

それに、第一、仁奈の親は居るのだから。

私が仁奈の親なのだから。

私が、育てなきゃ。

 

 

1月1日

 

せめて、詳細に記すことにする。

私が仁奈にどんな暴力をふるったのか。

私は仁奈を傷付けることを止められない。

いつか仁奈は、私を許さないだろう。

その時のために、こんなものしか残せない。

仁奈が私を訴えたときに。

私が間違いなく、有罪になるように。

 

 

「…………。」

 

そこから先は、本当にただの事実しか記されていなかった。

私情を一切挟まずに。

淡々と、仁奈に発した暴言と、仁奈に与えた傷を書き残していた。

そして、日付が今年になった。

 

 

 

3月9日

 

限界だ。

金が無い。頭が働かない。仁奈の面倒を、見てやれない。

何とか、何とかしなきゃ。

テレビに、アイドルが映っていた。

金髪を2つに結んだ、ちっちゃい子。双葉杏と言うらしい。

仁奈と同じくらいの年齢だと思う。

 

 

7月4日

 

アイドル事務所に仁奈を預けることに決めた。

先方には迷惑を掛けてしまうけれど、もうこれしか思いつかない。

仁奈と同年代らしき子が踊っていたし、年齢的に不可能ではないだろう。

付き添うべきなのは分かっている。

でも。非難されるのは避けられないだろう。

当然だ。罵倒されて然るべきだ。

だから。私はその場から逃げた。

 

私が悪いのは分かっているから。少し、休ませて。

 

 

 

 

 

日記は、そこで終わっていた。


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