ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯99 キリビトの名

 もう三時間ほどで破壊工作に打って出る。

 

 そう水無瀬と合意したその時であった。

 

 ブルーガーデン国土が激震に見舞われた。しかし地震のそれではないのは鉄菜の身体が身に染み付いて覚えていた。

 

 ――この振動、大型人機のそれか。

 

 習い性の身体が跳躍し、外骨格兵に飛びかかる。もしや、計画が露見したのではないかと先制攻撃に打って出たのだ。

 

 外骨格兵の弱点である頚部をアルファーで突き刺し、投擲したアルファーでもう二人の兵士の腕を切りつけて無力化する。

 

 拾い上げたアサルトライフルを速射モードに移行し、無力化した兵士に向けた。

 

 神経で操られたアルファーが手元へと戻ってくる。

 

「き、貴様……、首輪がつけられているのに、何故……!」

 

「何故も何もない。……こちらの作戦が割れたから人機を使ってきたわけじゃないのか?」

 

 あまりにも迂闊な兵士達を尻目に、鉄菜はアルファーを耳元に翳す。

 

『に、二号機操主……何を……』

 

「それはこちらの台詞だ。破壊工作を行うどころか、敵の大型人機が出撃した。私には分かる。この大型人機は確実に脅威だ。判定レベルはA以上だろう。二号機と即時合流を。それ以外にない」

 

『……それは、出来かねる』

 

 やはりか、と鉄菜はある程度予期していた事態に陥っている事を感じ取った。この作戦そのものが自分を孤立させるための罠。

 

 協力者の名前からしてある種、想定されていたものだ。鉄菜はアルファー越しに鋭く言いやる。

 

「ならば私は破壊工作を無視する。それで構わないな」

 

『二号機操主……ブルブラッドキャリアの作戦命令を破棄すると言うのか……!』

 

「《シルヴァリンク》との合流が出来ない時点で作戦実行は不可能に近い。それにこの振動、大型人機によるものだ。規模から鑑みて《ノエルカルテット》と同型のR兵装を持つ人機の可能性が高い」

 

『馬鹿な、信憑性のない結論に二号機を呼ばせるわけには――』

 

「では、私が《シルヴァリンク》を呼びつける」

 

 その意味が分からなかったのだろう。逡巡を浮かべる水無瀬に鉄菜はアルファーを掲げる。

 

 淡い輝きが宿り、脈動となって空間に伝わった。

 

 その時、ブルーガーデンの一区画が破砕し、コンテナがめきめきと音を立てて切り開かれる。人型形態に変形を果たした《シルヴァリンク》がこちらを見据えていた。

 

「思ったより近かったな」

 

 手招くイメージを持つと《シルヴァリンク》が可変し、バード形態となってこちらへと飛翔してくる。

 

 外骨格兵士が戦慄き、人々がめいめいに逃げ出した。

 

 逆巻く空気の中、《シルヴァリンク》が中空で停滞する。

 

「《モリビトシルヴァリンク》、破壊工作を中断し、これより大型人機の掃討作戦に移る」

 

『許されると思っているのか……。協力者の命は絶対だ』

 

「かもしれない。だが、現場における判断は執行者に委ねられる。私は現時点で、ブルーガーデン国家に燻る大型人機を脅威と判断し、二号機による殲滅を優先する。どちらにせよ、ブルーガーデンに痛手を与える結果だ。大きな差異はない」

 

『二号機操主、これは汚点となるぞ』

 

 水無瀬の言葉振りにももう飽きた。鉄菜はハッキリと言い返す。

 

「このブルーガーデンは歪だ。一度正さなければならないのは真実だろう。しかし、破壊工作を行う前に優先度が変わればそれも必定。協力者、水無瀬。私に隠し事をしているな」

 

 問い質した声に水無瀬が息を呑んだのが伝わる。

 

『……何の事だか』

 

「とぼけるのならば別にいい。私も、お前達を全面的に信頼したわけではないという事だ」

 

 跳躍した鉄菜がバード形態の《シルヴァリンク》へと飛び移る。コックピットに入ってやると、ジロウが首を引っ込めた。

 

『結局、どっちの命令も聞かないのが、鉄菜マジね』

 

「私は私にしか従わない。第四フェイズへの遂行は正しかったが、今は優先度が変わった。《シルヴァリンク》、大型人機を取りにかかるぞ」

 

 呼応した《シルヴァリンク》が反重力の力場を巻き上がらせて飛翔し、震源を特定させた。

 

 ブルーガーデンの武装基地周辺で巻き起こっているのは戦闘の光である。コミューンの天蓋を一挙に突き抜け、鉄菜は青く煙る国土の空からその戦闘を眺めていた。

 

《ブルーロンド》が次々と叩き落されていく。

 

 大型人機、と仮定したのは間違いではなかったらしい。しかし見た事のない形状であった。

 

 寸胴な機体フォルムだが背筋には鋭い三角の飛翔用の推進機関を有し、両腕から絶えず発しているのはリバウンドのフィールドと特殊兵装であった。

 

 新型《ブルーロンド》がプレッシャーカノンの応戦を浴びせるが、出力の足りないR兵装もどきでは大型人機の表皮を破る事さえも出来ない。

 

「あの人機……該当データがない。新型機か」

 

 関知範囲限界高度を保って飛翔している《シルヴァリンク》に大型人機が気づいたようであった。

 

 その片手が開かれ、袖口からミサイルが一斉放射される。螺旋を描くミサイルの機動に鉄菜は舌打ちした。

 

 フレアを焚いて数発は地上へと落下したものの、何発かはこちらを追尾してくる。機首を持ち上げ、鉄菜はバード形態の《シルヴァリンク》を急上昇させる。

 

 胃の腑にかかる重圧を感じつつ、操縦桿を引き上げ、フットペダルを全開にした。

 

 鋭くリバウンドの盾が空気圧を破っていく。それでも追いすがってくるミサイルに操縦桿を引きつけ、咄嗟の変形を促した。

 

 制動用の推進剤を焚いて《シルヴァリンク》が人型へと変貌を遂げる。

 

 リバウンドの盾を翳しつつミサイルへと猪突した。爆風が機体を叩きつける中、鉄菜と《シルヴァリンク》は真っ逆さまに地表へと落下していく。

 

 激突すれすれの高度で操縦桿を引き戻し、翼手目を思わせる翼を展開させた。

 

 今の《シルヴァリンク》はフルスペックモードではない。そのため、設定値よりも軽めの機動力になっている。

 

 大型人機は《ノエルカルテット》を遥かに超える巨躯であった。標準人機六機分はあるであろう見上げるばかりの姿に鉄菜は唾を飲み下す。

 

 ブルーガーデンのロンド部隊がプレッシャーカノンを引き絞るも、やはり装甲を貫通出来ないのは、その表面に纏いつく皮膜が影響しているのだろう。

 

「リバウンドフィールド……まさか実用化されているだなんて」

 

 惑星内でのR兵装の実用化はまだまだ先だと見なされていただけに相手の能力の底知れなさが窺えた。

 

 果たしてモリビト一機で対応出来るかどうか。

 

 その赤い眼窩が《シルヴァリンク》を睥睨する。

 

《シルヴァリンク》は盾の裏からRソードを取り出した。リバウンドの刃が発振し、戦闘姿勢を取らせる。

 

「《モリビトシルヴァリンク》、鉄菜・ノヴァリス。迎撃行動に移る!」

 

 駆け出した《シルヴァリンク》の挙動に大型人機が掌を開いた。重力が乱れ、磁場が発生する。

 

 掌を基点として逆巻いた反重力の網があらゆる物質を吸引しているのだ。

 

 さながらミニブラックホールである。リバウンドの盾を使用しその力場から逃れようとするが、今度はもう一方の手が薙ぎ払われた。

 

 習い性の身体に機体を飛び退らせる。

 

 先ほどまで機体があった空間を熱線が引き裂いていた。地面が溶断され、灼熱に大気が煙る。

 

「リバウンドの刃……いや、そんなものよりもっと広域か。これほどの能力なんて、ただの人機じゃない。あれは、何だって言うんだ?」

 

『鉄菜、やっぱり該当データはないマジ。でも、あれほどの人機を一朝一夕で造れるわけないマジよ』

 

「ブルーガーデンの切り札か。だがトウジャでもなく、こんなコストばかり高そうな大型人機なんて、いつから開発を……」

 

 大型人機が両腕を天に掲げる。腕から無数の機銃が出現し、火線を開かせた。

 

 機銃掃射を前に《ブルーロンド》が機体を悶えさせる。一発一発がまるで要塞のような攻撃力だ。

 

 鉄菜は《シルヴァリンク》を下がらせつつ、反撃の糸口を掴みかねていた。

 

 大型人機と言っても《ノエルカルテット》とはまた違う。城砦を思わせる装備の数々に息を呑むしかない。

 

 迂闊に近づけば狩られるのはこちらのほうである。

 

「気になるのは……《ブルーロンド》、どうして国家の機体があれと戦っているのかという事」

 

《ブルーロンド》隊は先ほどから大型人機相手に必死の攻防を繰り広げている。その様相は敵陣営の機体を目にした時と同じ動きだ。

 

 大型人機はブルーガーデンの機体ではないのか。

 

 その疑問に鉄菜は賭けてみる価値はあると感じて通信回線をアクティブにする。

 

『鉄菜? 何を考えているマジ?』

 

「黙っていろ。《ブルーロンド》部隊に通達する」

 

 広域通信に《ブルーロンド》達が困惑したのが分かった。鉄菜はそのまま言葉を継ぐ。

 

「敵の機体の詳細を教えて欲しい。あるいは、相手はこの国の機体ではないのか。モリビトは大型人機排除のために動く。協力を要請されたし」

 

『《ブルーロンド》部隊が味方になるって言うマジか?』

 

「先ほどからあの大型人機についている機体は一切ない。その事実から鑑みて、敵にはならないはずだ」

 

『共闘なんて無理マジ! だって独裁国家マジよ!』

 

 悲鳴を上げるジロウに鉄菜は落ち着き払って言いやる。

 

「試してみなければ分からないだろう。この状況、どう考えても大型人機を下さなければ……」

 

 咄嗟に操縦桿を引く。リバウンドの盾がプレッシャーカノンを受け止めた。

 

 一機の《ブルーロンド》がこちらを見据えている。暫時睨み合った形となったが、すぐさま通信が開いた。

 

『モリビト、世界の敵が我らに味方するというのか』

 

「逆だ。この大型人機こそ、世界の敵になり得る。こんな機体を野放しにしていいはずがない」

 

 その論法に通信の向こう側で、なるほどな、と声が発せられた。

 

『敵の敵は味方、か。非常によく分かる話だ。いいだろう、こちらの情報を伝える。我々新型《ブルーロンド》隊はブルーガーデンへのクーデターを企てたのだが、失敗に終わった』

 

『クーデター……。独裁国家の兵士が反逆なんて……』

 

 信じられないのはこちらも同じだったが今は聞くしかあるまい。

 

「失敗に終わり、あの機体が顔を出したわけか」

 

『あの機体の情報は我々も断片的にしか理解していない。ただ、あの機体がブルーガーデン国家の基盤である事、そして、あれこそが独裁国家の要……封印されていたキリビトなる人機である事だけは確かだ』

 

 その名を聞いて鉄菜は総毛立ったのを感じる。

 

 キリビト。それはモリビト、トウジャと共に百五十年前に封印されたはずの機体名だ。

 

「まさか、あれが、キリビトだって言うのか」

 

『名称を《キリビトプロト》と言うらしいが間違いない。あれが禁断の人機だ』

 

《キリビトプロト》が全身を鳴動させ、両腕を開いた。背面に固定されている三角の推進機関が噴射と共に開口する。

 

 内部で蠢いているのは小型の人機であった。

 

 それぞれが節足を持つ蝿のような人機だ。飛翔能力を持つ蝿型人機が四方八方へと繰り出される。

 

 総数を確認して鉄菜は戦慄する。

 

 四十機を超える搭載機であった。如何に小型の人機とは言え、数が違い過ぎる。これでは、と足を止めていた《シルヴァリンク》へと《ブルーロンド》の主である操主が言いつける。

 

『我々は《キリビトプロト》破壊を目的としている。それが達成された時こそ、ブルーガーデンは完全に倒れるであろう』

 

 つまりは勝利するしかない。圧倒的物量差を前に、《ブルーロンド》十機程度と自分一人で。

 

 鉄菜は操縦桿を握り締め、呼気を詰めた。

 

「……行くよ、《シルヴァリンク》。敵性人機《キリビトプロト》、脅威判定をAプラスと断定し、排除行動に移る!」

 

 Rソードを掲げ、《シルヴァリンク》が迫り来る無数の蝿型人機へと刃を突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全にこちらの作戦範疇外に出た事に、水無瀬は舌打ちする。

 

 ブルーガーデンに孤立させた鉄菜を暗殺する計画は頓挫した。それどころか、ブルーガーデン政府に対しての反逆が企てられていたなど初耳である。

 

 慎重に事を進めなければブルブラッドキャリア全体の指揮に関わる。水無瀬は脳内の同期ネットワーク上に呼び出した。

 

 程なくして通信機が鳴り響き、水無瀬は声を吹き込む。

 

「わたしだ、水無瀬だ。作戦は失敗。そちらはどうなっている?」

 

 どうなったと聞くまでもないのだが水無瀬は混乱していた。鉄菜がまさか作戦無視など行うとは思っていなかったのである。

 

 通話先の相手は逆に落ち着き払っていた。

 

『焦るな、わたし。こちらはきっちりと、C連合のリックベイ相手にそれなりの情報を掴ませた。真実に肉薄するのは難しくないだろう』

 

「そう、か。もう一人のわたしは? 消息を絶っているのだが」

 

『白波瀬か。同期ネットワークにアクセスしたのが十二時間以上前になっている。これでは位置情報も掴めないな』

 

 水無瀬は、こんなはずではなかったと歯噛みした。鉄菜を追い込めれば御の字であった作戦に支障が出たばかりか、ブルーガーデンに新たなる人機の存在など加味していない。

 

「……他のモリビトの操主にかけ合うか」

 

『いや、そのモリビト二機であるが別行動を取っている。現状、一号機がブルーガーデン領海へと突入したとの報告を受けた』

 

「領海へだと? C連合の巡洋艦は何をしている!」

 

『C連合巡洋艦数隻はその姿を視認していながら一発も与えられなかったと』

 

 拳を打ちつけた。これでは策も何もない。モリビト三機が揃ってしまえば、こちらの思惑も割れてしまいかねない。

 

「……二号機操主は作戦に際し、もっとスマートな人物かと思ったが」

 

『第四フェイズをにおわせた以上、我々の存在も関知されていると思ったほうがいいだろう。どうする? わたし』

 

 決まっている。作戦失敗の時の切り札は常に多く保持しておくものだ。

 

 繋いだのは新たな回線であった。秘匿回線に出たのは重鎮の声である。

 

『何かね?』

 

「ゾル国情報監督課総務、水無瀬です。諜報部からの定時連絡を、と思いまして」

 

『すぐに済ませろ』

 

「はっ。送付データに目を通していただければ」

 

 相手がデータを確認する間、水無瀬は別回線で渡良瀬に語りかける。

 

「ブルーガーデンの反逆、新型人機が公になれば世界は大混乱に陥る」

 

『だがこちらにはトウジャの札がある』

 

「それもいつまで持つものか、C連合のみの一強を敷くわけにもいくまい。わたしは、ここにこそ交渉のチャンスがあるのだと思っている」

 

『元々、ブルーガーデンのプラント設備破壊はC連合に打撃を与えるためのものであった。その計画が前倒しになっただけの事』

 

「その通りだ。どうせ、C連合の技術力ではトウジャ量産と言っても一個小隊が関の山。だからこそ、保険は打っておく」

 

『水無瀬君、だったかな。このデータ、信憑性はあるのかね?』

 

 食いついてきた重鎮に水無瀬は平伏する。

 

「ええ、それはもう」

 

『では、このデータを軍部に送る。異論はないな?』

 

「そのための諜報機関です。全ては、世界のために」

 

 フッと重鎮が通信先で笑みを浮かべたのが伝わった。

 

『世界平和か。ブルブラッドキャリアの排斥でのみ、それは果たされるのであろうな』

 

 通信が切れ、水無瀬は額に浮いた汗を拭っていた。白波瀬の行方はようとして知れないらしい。

 

「何をしている、わたし」

 

『白波瀬は我々の中でも重要な役割を果たしている。操主に顔を見せたのだからな』

 

「一人でも顔が露見するとまずい。そうでなくとも我々は……」

 

 濁した水無瀬が姿見へと視線を向ける。黒衣の痩躯に彼は苦々しい相貌を向けた。

 

『一人の裏切りもないだろう。協力者という体裁を保っている以上、ブルブラッドキャリアに忠誠を誓っているのだから。世界に背いているのはむしろ我々だ』

 

「白波瀬の位置を掴む。同期ネットワークに一度でも設定すれば簡単なのだが」

 

『それを待つしかないな。あるいは白波瀬はここに来て執行者に温情でも出たか』

 

「温情だと? 操主なんていくらでも替えが利く。加えて二号機操主など。連中は所詮、操り人形だ」

 

『それがわたし達の共通認識だと願うばかりだ。C連合はトウジャ量産を視野に入れている。促すための布石も打った。あとは待つだけだろう』

 

「待つ、か。いつだって我々の仕事は待つだけだ」

 

『それも仕方あるまい。わたし達、人間型端末――調停者の役割なのだからな』

 

 水無瀬は苛立たしげに通話に吹き込んだ。

 

「エホバは何をしている? 奴の連絡一つでどうとでも動けるというのに」

 

『エホバが最後に同期ネットワークに接続したのは五年以上前だ。位置を掴む事さえも難しい』

 

「わたし達はエホバの一声で動くしかないというのに……奴が手をこまねいているのでは話にならないぞ」

 

『もしくは試しているのかもしれないな』

 

「試す? 何をだ?」

 

 一呼吸置いて、渡良瀬は口にしていた。

 

『人類の未来を』

 

 


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