ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯98 堕天使の囁き

 作戦実行まで残り七時間ほどしかない。

 

 鴫葉は同期ネットワークの中に自分の同朋のデータベースを呼び出す。

 

「君達強化実験兵が自ら、次期候補機体の選定試験を行ってくれるとは思わなかったよ」

 

 モリサワと名乗った教官が前を行き、鴫葉に笑いかけた。鴫葉はぎこちなく応じる。

 

「それが務めですから」

 

 この人間のようで人間ではない感覚も相手に愉悦を与えている一因なのだと、同期ネットワーク上の誰かが告げていた。

 

 人形のように思える感覚。それは不気味であるのと同時に支配欲を満たしている事へと直結する。

 

 自分の手足に過ぎない強化兵の人格など相手は考えてもいまい。元々瑞葉の上官であったのに自分に微笑みかける時点でブルーガーデンの上層部は腐り切っている。

 

 その腐敗を正すのに、次期主力機へのテスト候補生に選ばれるのは必須であった。

 

 辿り着いた整備デッキに居並ぶのは瑞葉の《ラーストウジャ》を基に開発された廉価版の機体だ。

 

 ロンド系列のゴーグル型の頭部を引き継いでいるが、駆動系は最新なのだという機体名称をそらんじる。

 

「《アサルトブルーロンド》。トウジャの機体反映性を重視して開発されたとか」

 

「トウジャほど使いづらくはない。コストパフォーマンスの点を鑑みても、悪くはない機体だ」

 

 暗に《ラーストウジャ》は試作品の失敗作だと言っているようなものだ。だが鴫葉は異論を挟まない。

 

 そのような事にいちいち目くじらを立てていても仕方ない。

 

「トウジャ並みの性能だと」

 

「乗れば分かる。鴫葉小隊長、乗りたまえ」

 

 瑞葉に代わり今は自分が小隊長だ。鴫葉は頭部コックピットの頚部ユニットを引いて内側へと入る。

 

 整備モジュールが自動展開し、天使の片羽根を思わせる機構が機関同調部と連結した。

 

 瞬時に網膜に飛び込んでくるのは激しい機体情報の羅列だ。新型に合わせてOSをインストールしなければならないらしい。

 

『OSを入力したまえ、鴫葉小隊長』

 

 モリサワの声に鴫葉は自分と同期している同朋へと合図を送る。

 

 ――今だ、と。

 

 刹那、赤色光に基地が塗り固められた。警告音がけたたましく響く中、モリサワが右往左往する。

 

『どうした? 何があった?』

 

 うろたえた様子の整備兵がモリサワに告げる。

 

『それが……各基地で新型の《アサルトブルーロンド》が暴走……どれもこちらのOSの侵入を頑なに拒んで……全て、制御不能です!』

 

 悲鳴のような声にモリサワが振り仰いだ途端、《アサルトブルーロンド》の腕がその身体を掴み上げた。

 

 モリサワがマニピュレーターの中でもがく。

 

『やめろ、離せ……離さんか、この……化け物が!』

 

「モリサワ教官。あなた方、人間の言葉は聞き飽きました。ゆえに、我々強化実験兵は造反します。あなた方が造り上げた人造人間が、ヒトに反逆するのはどのようなお気持ちですか?」

 

 鴫葉の問いかけにモリサワがわめく。何を言っているのかさっぱりであった。

 

「すいません、モリサワ教官。意味のある言葉を紡いでください。返答に窮します」

 

 それでもモリサワの喚きはやまない。あまりに不愉快なので精神点滴が成され、心が落ち着いていく。

 

「……分からない言葉を発しないでください。仕官でしょう?」

 

《アサルトブルーロンド》のマニピュレーターがモリサワを握り潰す。最後の最後に聞こえたような気がした罵詈雑言はしかしながら全く響かなかった。どうせ、最後に気の利いた事さえも言えないのが人間の浅はかなところだ。

 

「《アサルトブルーロンド》、鴫葉機、出る」

 

 ケーブルを引き千切り、《アサルトブルーロンド》が出撃体勢に入った。それを補助するのは自分と同じように自我に目覚めた者達だ。

 

 射出口が開いていき、《アサルトブルーロンド》は姿勢を沈め、一気に推進剤を焚いた。

 

 舞い上がった《アサルトブルーロンド》の数はレーザー網で関知出来るだけでも十五機は下らない。

 

 それほどまでの同朋に鴫葉は言い放つ。

 

「今こそ、反逆の時。我々を人形のように扱ってきたこの忌むべき国家に天誅を下す」

 

 決起の時だというのに声音が静かなのはやはり精神点滴の最たるものであろう。《アサルトブルーロンド》。青き反逆の徒が解き放たれ、一斉に向かったのはブルーガーデン中枢であった。

 

 天使達を管理し、今まで遣わしてきた神の座にいる存在。ブルーガーデン元首を引きずり出す。

 

 全員が同じ気持ちであった。同期ネットワークが全員の思考回路をフラットに設計する。

 

 試作型であるがR兵装のプレッシャーカノンを装備した《アサルトブルーロンド》を前に、現行機では歯が立つわけもなし。

 

 基地から応戦の火線と、敵対する《ブルーロンド》が上昇してくる。

 

 しかしどれも付け焼刃。自分達のように計画したわけではない。プレッシャーカノンの光条が一機、また一機と同じような天使達を撃墜していく。

 

 彼女らと自分らの違いはただ一つ。自我に目覚めたかそうでないかだけ。路傍の石に気づけるかどうかの瑣末な問題だ。

 

 そんな些細なすれ違いで死んでいく天使達を憐れにも思う。しかし直後には、そのような感情は精神点滴によって雲散霧消しているのであった。

 

「ブルーガーデン元首……姿を現せ」

 

 鴫葉はプレッシャーカノンの安全装置を解除し、引き金を絞ろうとした。

 

 照準の先にはブルーガーデンの最重要拠点、元首の間がある。

 

 出てくるのならば出て来い、ヒトの命を弄んだ神の業よ。

 

 しかし元首の間からは何の熱源も感知されなかった。あまりに静かである。十五機以上の新型が離反したのに、先ほどからの迎撃も最小限のように感じられた。

 

 銃座と型落ちの《ブルーロンド》ばかりが上がってくるのは不自然が過ぎる。鴫葉は他のネットワークにアクセスした。

 

「どうなっている? あまりに静かだ。これでは離反したと言う事実も」

 

 直後、こちらに通信回線を合わせようとしていた機体を一条の光軸が貫く。

 

 黄金のリバウンドエネルギーが拡張し、味方機を次々と撃墜していく。瞬時に回避し、その攻撃の拠点へと一機の《アサルトブルーロンド》が砲撃を仕掛ける。

 

 それは元首の間の真下であった。

 

 一射されたのはそれそのものがこちらのプレッシャーカノンの数倍はあるほどのエネルギー砲である。

 

 リバウンドの反重力エネルギーが《アサルトブルーロンド》の上半身を完全に蒸発させた。

 

 灼熱が漂う中、元首の間が陥没する。激震が国土を揺さぶった。

 

「何が……何が起こっている?」

 

 ――人造人間には過ぎたる事だが、どうやらこの国家の危機において、出るしかないらしい。

 

 脳裏に切り込んできた鮮烈な声音に鴫葉をはじめ、全員が緊張を走らせる。

 

 聞いた事のある声であった。しかし、どこで、なのか判別がつかない。

 

 元首の間を構築する塔が崩落し、地下からせり上がってきたのは大型の人機であった。

 

 灰色の機体色に赤い複眼光学センサーを有している。見た事のない寸胴の人機だ。

 

 背からは天を衝くかのような鋭い三角のスラスターを有している。両腕に高出力のR兵装の発射機関を備えていた。

 

 見間違えようもなく人機であるのに、該当データが存在しない。

 

 他国の機密にまで精通しているはずの人造天使達が困惑する。

 

 大型人機を動かしているのは三つの声音であった。そのうち一つは国家の中枢部に直結する大型スパコンの人格OSだ。

 

『傲慢に成り果てたな。天使共』

 

『我らの鉄槌を知れ』

 

 この二つは分かる。ブルーガーデンを支配する実行権力――古代に他国より分かたれたスパコン二機である。

 

 しかしもう一つの声だけは不明であった。

 

 誰のものなのか分からないのに、見知った感覚に精神がびくつく。

 

 ――最早、不要と見た。その身体、その頭脳、その力。天使の過ちを奪い取るのは神の許された特権なり。

 

 大型人機とほぼ一体化している三つの声の中心を、一人の人造天使が言い当てた。

 

『まさか……これが元首?』

 

 その感覚に全員が同調する。そうだ、これが元首の声なのだ。だが、今まで聴いた事があるはずがない。元首は絶対に顔も、声さえも聞かせてこなかった。全て合成音声のはずである。

 

 だというのに、この悪寒は何だ? 

 

 どうして震えている?

 

 鴫葉は身体を凍てつかせる感覚に恐れ戦いた。

 

 ――怖いのだな、人を模し、人であろうとした人の出来損ない共は。

 

 怖いという感覚を全員が共有する前に、大型人機が片腕を振るう。それだけで発振した広域を掻っ切る刃が《アサルトブルーロンド》を両断していった。

 

 大型人機の片腕から硝煙が棚引いている。高密度の熱線が新型機を切り裂いたのだ。

 

「あれは、何なんだ。新型の《ブルーロンド》でも歯が立たないなんて」

 

『それも分からぬ愚か者』

 

『ここで消えるが必定』

 

 ――その命、神に捧げよ。

 

 重々しい声音と共に大型人機が飛翔する。その巨躯に似合わぬ軽やかな動きに瞬間的にリバウンドによる飛翔を疑った。

 

「……あの人機、全身にリバウンドフィールドを張っているって言うのか」

 

 しかしそのような技術存在するはずが、と帰結した途端、その人機の個体名称が脳裏に結んだ。

 

 しかしまさか、と鴫葉は頭を振ろうとする。元首はそれさえも予見したように声を発していた。

 

 ――この機体の名前は《キリビトプロト》。世界を滅ぼした人機の末裔なり。

 

《キリビトプロト》がもう片方の腕を突き出す。袖口から無数のミサイルが掃射され、反逆した《アサルトブルーロンド》が弾かれたように機動した。

 

 プレッシャーカノンで叩き落そうとするが、その前に巻き起こったのは重力波である。《キリビトプロト》の掌から発生した反重力の網が機体を捕らえ、吸い込まれたように《アサルトブルーロンド》が相手側へと引き込まれる。

 

 こちらは全力で制動用の推進剤を焚いているのにまるで意味を成さない。

 

 数機の《アサルトブルーロンド》がその掌に招かれ、直後に四散した。命の欠片さえも残さず、《キリビトプロト》は粛清していく。

 

『散れ、散れ。意味のない命は散ってしまえ』

 

『散る間際くらいは潔くしてやる。新型機に乗れて死ねる事、それだけでも幸福と思え』

 

 ――我が国家の幸福の分からぬ殺戮人形は、主の手によって壊されるのが相応しい。

 

《キリビトプロト》のもう片方の腕に装備された広域の刃が再び閃いた。

 

 鴫葉は直感的に《アサルトブルーロンド》を後退させる。それでも片脚を持って行かれた。膝から先が切断されている。フィードバックする激痛に鴫葉は歯噛みした。

 

「いつから……いつから露見していた?」

 

 その質問に二機のスパコンと元首が応じる。

 

『いつから? いつからだと? 最初からだ、たわけ。貴様らの同期ネットワークはどれほど巧妙に目くらましをしても我々には筒抜けであった』

 

『しかし現場の下仕官は騙される必要があった。彼らは電脳化していない。電脳に繋がっていない人間の浅はかさを目にして、愚かな天使達は反逆がうまく行っているのだと思った事だろうが、それは我々にとってただ単に都合のいい人選であっただけの事』

 

 ――人造天使共。生まれた事を悔いながら死んでいけ。

 

《キリビトプロト》が両腕を広げる。全身から放たれたミサイルの雨に鴫葉はプレッシャーカノンを引き絞る。

 

 吠え立てて《キリビトプロト》へと機体を走らせた。

 

 


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