ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯91 焦土の花

 一ところに留まらないほうがいい、という結論に桃は反対するかに思われた。

 

 彼女は鉄菜の裏切りに心を痛めている。だからか、通信越しの面持ちには覇気がない上に、先ほどの《シルヴァリンク》の独断専行の責任を感じている様子であった。

 

「わたくしだって間に合わなかった。貴女がそんなに思いつめる事はないのよ、桃」

 

『でも、アヤ姉……どうしてクロは突然にあんな事……』

 

 作戦遂行に自分達が障壁となった。それだけのシンプルな答えにしては鉄菜の行動は読めないのだろう。

 

 なにせ桃には万能の鍵であるバベルがついている。そのバベルと直結する《ノエルカルテット》のOS、グランマが答えを保留にしているのだから困惑も無理からぬ事。

 

「ブルブラッドキャリア全体の指針変更、とかではない……と思う。鉄菜の今までの行動のほうがむしろ問題だった」

 

『じゃあ、クロへの制裁措置って事?』

 

「その可能性もあり得るわね。あえて《シルヴァリンク》と鉄菜を死地に置く事でその真価を見るつもりかも」

 

『……アヤ姉。モモ、そーいう大人の駆け引きって分かんない。どうして三機の連携が密になってきた今、クロがあんな事するの? ワケが分からないじゃない』

 

 フルスペックモードを得た《シルヴァリンク》単騎を止められなかった自分の落ち度でもある。だが決して逃がしてはならないという必死さもなかったのも事実。もしもの時にはRトリガーフィールドでいくらでも止められた。

 

 そうしなかったのは鉄菜の行動にもどこか意味があると感じたからであろう。

 

 決して無鉄砲なだけの操主ではないと分かった今だからこそ、封印武装による強攻策は取らなかった。

 

 それを組織に利用された可能性もあるが、今の鉄菜ならば話し合いでも充分に通用したはずだ。だというのに裏切ったという事は……。

 

「……わたくし達が思っているほど鉄菜は人でなしじゃないのかもね」

 

『どういう意味?』

 

 鉄菜がもし、自分と桃を盾に取られたのだとすればあの行動も頷ける。あるいは《シルヴァリンク》の存在そのものが揺さぶられたか。

 

 鉄菜はブルブラッドキャリアに一番の忠誠を誓っているように映る。その信頼を置く場所が《シルヴァリンク》だという事も。

 

 だからもし、二号機操主の立場を追われるような詰問をされれば、鉄菜は迷いなく動くのだろうという予感はあった。それが眼前で行われると想定出来なかったのは素直に想像力不足だが。

 

「鉄菜は、モリビトという機体にこだわっているから。《シルヴァリンク》を軽んじられると怒るし……本人は認めないけれどね」

 

『アヤ姉、一ところに留まらないのは賛成。こんな場所にいたって……感傷的になるだけだもの』

 

 基地は塵も残さず《ノエルカルテット》が消し去る算段になっていた。自分達の正体に繋がる証拠がいくつもある。最も単純で合理的な選択は痕跡を地図から消滅させる事。

 

「桃、貴女もちょっとは、責任を感じているの?」

 

『別に……でも守れなかったのは事実だし、受け止めようと思う。クロと一緒になって戦ったのに、モモはこんなにも……力不足だった』

 

《ノエルカルテット》は今まで常勝であった。だからこそ、今回の敗北が色濃く響いているのだろう。

 

 高出力R兵装を持つ《ノエルカルテット》の弱点を相手に晒したも同義だ。単騎での実力戦闘は難しいのだと痛感させられた。だからこそ、三機連携をこれまで以上に強く意識しなければと思った矢先の鉄菜の裏切りである。

 

 当惑は仕方ない事なのだろう。

 

 彩芽は鉄菜の言葉を思い返していた。感情が分からない、と言っていたか。

 

「分からない、か。鉄菜、でも貴女、何もかも分からないから壊してしまえるほど、強情な子でもないでしょう? ……理由があるって信じていいのよね」

 

 呟いた言葉は誰に聞き止めて欲しかったわけでもない。ただ鉄菜という少女一人を信じたいだけの話だ。

 

 桃は《ノエルカルテット》からもたらされるデータを《インペルベイン》に同期させている。浮かび上がった投射映像のルイが全天候周モニターを遊泳する。

 

『彩芽。やっぱりブルブラッドキャリアからの命令書なんてないよ』

 

「……考えには浮かべていたけれど、やっぱりか」

 

『やっぱりって……』

 

「わたくし達には第四フェイズはあてがわれなかった、という可能性」

 

 その言葉にルイは戦慄いた。

 

『でも、だからと言って二号機のみのオペレーションなんて』

 

「そう、不可能に近い。そんな事は、今まで何度も分かっているもの。《シルヴァリンク》と鉄菜だけじゃ、敵の寝首を掻く事も怪しい。でも、組織は鉄菜を独断専行させた。……出来過ぎているわね」

 

『何が? 状況証拠だけなら、《シルヴァリンク》の性能を試すためだとか』

 

「いいえ、わたくしが思っているのは、そう、例えば……」

 

 ――例えばもう必要のなくなった駒を有効活用するための死地。

 

 そのためだけに《シルヴァリンク》と鉄菜は裏切りを演出させられた可能性も高い。今まで鉄菜には何か隠し事をしている様子が見受けられた。その不手際の責任を取らせるのに、モリビトの操主の放免、という形を取ろうにもモリビトに関して熟知している鉄菜という存在が邪魔である。

 

 一番に有効な策は、モリビトと操主、両方を戦死させる事。

 

 そうする事で切り捨てられる、という考えであった。鉄菜の向かった先を予見すれば自ずと見えてくる思考回路だ。

 

『例えば、何? 彩芽、もう少し考えて喋ってよ』

 

「ゴメン、ルイ。どうにも余計な事ばっかり考えちゃってね。マイナス思考になりがちだわ」

 

 この方法論ならば《シルヴァリンク》を確実に破壊する策が取られているはずである。現状においてモリビトの実力を示しつつ、その最期に相応しい場所と言えば限られてくる。

 

『アヤ姉。クロの足取り、モニターしたほうがいい?』

 

《ノエルカルテット》の搭載OS、グランマは《シルヴァリンク》に枝をつけるくらいは造作もないのだろう。

 

 だがどこまで追っていいものか。ミイラ取りがミイラになりかねない。

 

「わたくし達があまりにも鉄菜に近づいても、多分逆効果。《ノエルカルテット》は出来るだけ気取られないようにして。《インペルベイン》側でも模索してみるけれど、とりあえずここは離れましょう。ゾル国に位置を掴まれたままなのは旨みがないわ」

 

『……壊す、のよね』

 

 逡巡があるのは基地の人々の魂が眠る場所を侮辱していいのか、桃なりの気遣いだろう。高圧的なだけの少女かに思われたが、歳相応の脆さは持っているようだ。

 

「ええ、壊して。そのほうが彼らとってもいいはず。後から墓荒らしなんてされずに済むもの」

 

《ノエルカルテット》が両翼を畳み、砲塔にR兵装のエネルギーを充填していく。直後には、眩いばかりの閃光が基地を包み込んでいた。

 

 R兵装の二門の砲門から紡ぎ出された光条が基地を跡形もなく消し去る。地図に、そこに人がいた痕跡すらも残さずに。

 

 自分達モリビトの操主は残酷だ。そう世界に思わせればいい。人々が自分達の罪を直視する気がない以上、残酷であるのには慣れておかなくては。

 

 ただ桃は耐えられなかったのだろう。通信ウィンドウの途絶えたコックピットの中で咽び泣いているのが音声のみで伝わった。

 

 無理もない。桃からしてみれば初めて地上の人間を直視した。自分達が殲滅していった場所にも人がいたという事実が重く圧し掛かっているのだろう。

 

 だが、それがブルブラッドキャリアなのだ。惑星への報復を誓ったからにはそれを達成しなければならない。

 

 たとえ罪に塗れた道であっても、歩み続ける。その信念を曲げないからこそ、自分達はまだモリビトの操主でいられる。

 

 鉄菜は、一番に合理的なようでどこか歪だ。

 

 彼女は何か一つの事で壊れそうになっているようにも思われる。堅牢なようで、脆い器が鉄菜だとすればもうその器の許容量は通り過ぎているに違いない。

 

 それを見越しての鉄菜の単独任務か。あるいは、他の思惑があるのか。

 

 第四フェイズ執行の命令書もない今となっては分かるはずもない。

 

「ルイ、第四フェイズの実行命令は?」

 

『全く……彩芽、これじゃ放逐されたのはこっちなんじゃ……』

 

「それはない……と思いたいわね。じゃあ本丸から送られてくる前に、これを」

 

 彩芽は全天候周モニターの一画を叩いてキーボードを引き出し、そこに命令書を書き上げる。

 

『彩芽、それは……』

 

「あと三時間以内に組織からの命令がない場合、一号機のみに送られてきた単独命令書としてそれを三号機と同期する」

 

『でもそんなの……組織への裏切りじゃ』

 

「組織がわたくし達を軽んじている現状が気に食わないのならば、抗うしかない。鉄菜の居場所は多分、わたくしの推測通りならばそこでしょう」

 

 記述した地域を彩芽は見据える。マップを呼び出し、濃霧に隠れた国家を導き出した。独裁国家ブルーガーデン。何人もその実情を窺い知る事の出来ない鋼鉄の花園。

 

 ブルブラッドキャリアの事前情報でもブルーガーデン兵との戦闘は極力避けよとの警句があった。それだけ相手の戦力が読めないのだ。

 

 鉄菜にはその警告が伝わっていなかったようだが、先の戦闘を経験した彩芽には分かる。

 

 ブルーガーデンの兵力と思しきもう一機のトウジャ。あの異常な機体は他国の介入を拒み、血塊炉をほぼ独占している国家でなければ不可能な改修であった。

 

 自分達はそれほどの相手と矛を交えようとしている。覚悟は携えておくべきだ。

 

『ブルーガーデン。こんな場所、仕掛けるなんて事前命令はなかったのに』

 

「そりゃ、ないでしょうね。あまりにもリスクが過ぎる。あるいはこう言い換えたほうがいいのかしらね。だからこそ、鉄菜一人を送った」

 

『……殺すつもりだって言うの?』

 

 ルイの詰めた声にそれもあり得る、と彩芽は頷く。鉄菜を殺して後釜をどうするつもりなのかは不明だが、ブルブラッドキャリアの中で自分達執行者の立場が危うくなっているのは確か。

 

 鉄菜は体のいい生贄か、あるいは執行者の真の実力を見るための試金石か。いずれにせよ、鉄菜は駒として扱われている。それを自分はよしとするつもりはない。この流れが続けばいずれ自分も同様に扱われかねないからだ。

 

 身の破滅をもらたすのは何も惑星間の国家だけではない。組織内部の裏切りも視野に入れるべきであった。

 

『アヤ姉? ミュートにしているの?』

 

 先ほどから声が聞こえないのを訝しみ、桃が尋ねてくる。通信チャンネルをオープンにして聞き返した。

 

「……もう、いいの?」

 

『泣いていたって仕方ないもん。モモは、《ノエルカルテット》の操主だし』

 

 強気なところは素直に褒め称えるべきだ。彼女は自分の役目を知った上で進む事を選ぼうとしている。比して鉄菜は状況に流されつつある。

 

 それが彼女らしいと言えばそうなのだが、このまま見殺しを選択するほど自分は薄情に出来た覚えはない。

 

「桃、力を貸してくれる?」

 

 まだ命令書は書いている途中だ。だからこれは手札があっての言葉ではない。

 

 単純に、お互いのために命が張れるのか、という確認であった。

 

 別に拒まれても構わない。それがブルブラッドキャリアの在り方だと言われればそこまでだ。

 

 桃は僅かな逡巡の間を挟んだ。

 

『……分かんない。おかしいよね、アヤ姉やクロを選定する役目を帯びている、って大見得切ったくせに、今はどうしたらいいのか分からないんだもの。ただ、ロプロスやロデム、ポセイドンが敵になったら迷いなく撃てるのかって言われれば、分からないって答えるのと一緒なんだと思う』

 

「桃にとって、三機のサポートマシンは大切なのね」

 

『そりゃ、大切だよ。……だって、この子達は……』

 

 その言葉の先を飲み込んだようであった。まだ言うべき時ではないのだろう。聞くべき時でもなかったのかもしれない。今は鉄菜一人の目を覚まさせる。その認識で合意出来た。

 

「わたくし達だけで、組織の思惑から抜け出せるかどうかは分からないけれど」

 

『《インペルベイン》、大分消耗してる。封印武装を使ったの?』

 

 隠すまでもない。彩芽は応じていた。

 

「ええ、切り札と言ってもいい封印武装をね」

 

『そっか……モモも、フルスペックモードのコンテナを受け取る時、切り札を見せちゃったの。アヤ姉にも、もちろんクロにも秘密にしておこうと思っていたんだけれど、今は何だか言ってもいいような気がしちゃった』

 

 非情なる選定者に彼女を選ぶのには、まだ桃は幼過ぎる。このような少女に全権を委譲するのはただただ酷というもの。

 

「……こうして何もかも燃えていくのかしら。焦土の中でしか、わたくし達は咲けないのかもしれないけれど」

 

 視線の先にあったのは全てが焼け落ちた基地の痕であった。否、痕跡すらもない。この世にあった証明すら消し飛ばせるのがモリビトの力。同時に、それを振るう事が許されたのが自分達ブルブラッドキャリアの執行者。

 

 だというのに、鉄菜はその禁を破った。理由があるはずだ、と分かっていながらも、理由だけで許していいのか分からない。

 

 鉄菜は合理的であろうとして誰よりも非合理だ。桃の《ノエルカルテット》に貧血状態で勝負を挑んだ時もそうだが、最初からである。

 

 勝ち負けという土俵上で戦う事、それそのものが下策なのに、鉄菜は譲らない。あまりに強情だと思えたが、それが何に起因するのかを自分達は全く知らないのだ。鉄菜の事を知らずして敵同士になるのは間違っている。

 

「鉄菜……次に会ったら教えて。貴女の物語を」

 

 たとえ銃口を突きつけ合うようになったとしても、であった。

 

 


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