『どこへ行くつもりマジ? もう十時間も航行しっ放しマジよ。第二フェイズに移行するのに、エネルギー切れなんて一番に問題マジ』
「黙っていろ。もうすぐ着く」
《シルヴァリンク》の貯蔵エネルギーは確認済みだ。ジロウに言われるほど無理は課していない。モリビト関連のニュースが必要もないのに拾い上げられてくる。ジロウの性能としては優秀だが、地上を無音で駆け抜けたい鉄菜の考えとは相反する。
「ニュース映像を切って。この辺りだから」
『何にもないマジよ?』
「いや、ここなんだ」
バード形態の《シルヴァリンク》が制動用のブースターを焚いて静止する。コックピットブロックを開け放ち、鉄菜はその光景を視野に入れた。
濃紺のブルブラッド大気の中、咲き乱れているのは汚染された青い花であった。ブルブラッドの下でしか咲けない、原罪の証。人間がこの地上を食い荒らした証明が、眼前に広がっていた。
コックピットの中でジロウが身じろぎする。
『これが、鉄菜の見たかったものマジ?』
「ああ、そうだ」
降り立った鉄菜へとジロウが注意を飛ばす。
『ブルブラッド汚染は深刻マジ! 八十パーセントを超えているマジよ!』
「それでも」
踏み締めた大地の感触はずっと軟い。今まで鋼鉄の地面しか知らなかった足が初めて、地表を感じ取る。
足裏に伝わるのは、惑星の叫びであった。
――怨嗟の声が寄り集まり、一つの形として顕現したのが、目の前で咲き乱れる青い花。
鉄菜は青い花へと手を伸ばした。触れた途端、ガラス細工のように崩れ去る。青い花は話に聞いていた「植物」というよりも「鉱物」に近い。手の中を花の粉塵が滑り落ちていく。
掴んでも消えていく儚い砂。青い砂利が風に乗って中空で渦巻いた。
「これが……今の惑星の現状」
草木の一つでさえもブルブラッド汚染の色濃い場所では生えはしない。その代わり、汚染した土壌を苗床にして咲くのは、原罪の青い花。
これがヒトの業。これが、ヒトの犯した罪。決して拭えない、百五十年前の行いの結果だ。
鉄菜は砕けては散っていく青い花を摘もうとして、その感知野を震わせるプレッシャーに空を振り仰いだ。
習い性の身体が飛び退った空間を引き裂いたのは一発の銃弾である。すぐさま姿勢を沈め、相手へと向き直った。
「あら? 案外気配には聡いのね。もっと鈍感な子だと思っていたわ。だって、惑星圏に入るなりいきなり戦闘するなんて、まともじゃない、ってね」
中空にいつから位置取っていたのか。重装備型の人機が知らぬ間に接近していた。当然、気取れないジロウではない。
接近はすぐに分かるはずであった。それがこの惑星の中で製造された人機ならば。
明確に理解出来たのは水色のデュアルアイセンサーに浮かぶ敵意と、コックピットから姿を現した茶髪の女が敵であるという事実のみ。
こちらを静かに捉える銃口に鉄菜はホルスターから矢じり型の鉄片を取り出す。相手も得心したように嘲っていた。
「アルファーを使う? でも、わたくしの《インペルベイン》の射程圏内にいる貴女のモリビトが蜂の巣になるのと、どっちが速いかしらね?」
モリビトの名に、鉄菜は機体照合をするまでもなく、相手のデータをそらんじる。
「《モリビトインペルベイン》……。私のモリビトより早くに建造された、一号機」
「随分と二号機の開発が遅れたとは聞いていたけれど拍子抜けね。これがまさか、開発コード〝《シルヴァリンク》〟? リバウンドの盾と妙に折れ曲がった羽根以外、何にも特徴がないじゃない。武装のシンプル化をはかった割には、その考えが浅かったと見えるわ」
鉄菜は内側から燻ってくる衝動を感じ取った。己の中で黒々と湧いてくる獣。墨の一滴のように心を満たすこの感情の行方を。
――そうだ、これは「怒り」だ。
鉄菜は噛み付きかねない剣幕で返していた。
「……私の《シルヴァリンク》を侮辱するな」
「……それも意外ね。ブルブラッドに汚染された花を摘んだり、命令違反したり、しまいには機体をちょっと小ばかにされた程度で怒ったり。なに、貴女本当にブルブラッドキャリアの産物なの?」
《インペルベイン》の名を持つモリビトが《シルヴァリンク》を射程に入れる。その五指を保護するかのように展開されたグローブ型の銃火器は《シルヴァリンク》の装甲ならば充分に貫通せしめるだろう。
「私は私だ。それ以外にない」
「怒っているのか、妙に冷静なのか、読めない子ね。名を名乗りなさい。わたくしの名前は彩芽。彩芽・サギサカ。《インペルベイン》の操主を務めている。貴女より随分と早くにこの惑星へと不時着し、作戦の発動を待った。昨日より作戦遂行の命令が降り、《インペルベイン》と共にC連合傘下にあるコミューンで襲撃作戦を取らせてもらったわ。こちらの目論見通り、相手の新型を凌駕する性能を見せ付けてね。……でも、わたくしは認めないわ。だって、作戦遂行は貴女の降下が成功したからこそ執行許可が下りる。でも、当の貴女、作戦成功なんてしていない。《バーゴイル》と交戦なんて正気? これじゃ、最初からこちらの手の内を明かしたようなものよ」
突きつけられる銃口の敵意に比して、彩芽と名乗った女の声は穏やかであった。圧倒的な自分の優位を信じ込んでいるのだろう。
「こちらの降下作戦と第一フェイズ遂行の開始は滞りなく行われたはず。何も、問題はない」
「何も問題はない?」
引き絞った銃撃が鉄菜の足元にある青い花を射抜いた。鉄菜は一歩も動いていない。彩芽は先ほどまでより、少しだけ声の調子を冷ややかにする。
「それ、本気で言っているのだとすれば、貴女、ここで生きていても仕方ないわね。《インペルベイン》、ここであのモリビトタイプを破壊しなさい。作戦遂行に邪魔なだけよ。この子も、生きていたって情報を喋らされたら面倒だし、殺しちゃいましょう」
彩芽が《インペルベイン》を動かすべく、一瞥を投げたその一瞬であった。
跳ね上がった鉄菜が矢じりの鉄片――アルファーを投擲する。
鉄菜が念じた通り、アルファーは彩芽の手に突き刺さった。銃が手から滑り落ちる。
「貴女……!」
「《モリビトシルヴァリンク》、迎撃行動に入る」
彩芽の手に突き立ったアルファーが淡く発光する。緑色のエネルギー波に感応した《シルヴァリンク》が眼窩を煌かせた。
バード形態から人型へと変形し、《インペルベイン》へと突進攻撃を仕掛ける。《インペルベイン》に佇んでいた彩芽が舌打ち混じりに叫ぶ。
「わたくしの手を! よくも!」
《インペルベイン》から跳躍した彩芽がその銃火器の武器腕に降り立った。相手の身体能力も相当高い様子だ。
――自分と同じように。
鉄菜は変形を果たした《シルヴァリンク》に左腕の盾を翳させつつ後退させる。直後、《インペルベイン》が放った銃撃が《シルヴァリンク》の装甲を叩いた。
硝煙の臭いが棚引く中、《シルヴァリンク》が盾で操主である自分を守り通す。
「貴女達、飼い犬根性でも染み付いているのかしら! 主従の別は出来ているようね! でも、勝てるわけがない! わたくしと、《インペルベイン》に!」
跳躍した彩芽が《インペルベイン》のコックピットブロックに収まる。鉄菜も《シルヴァリンク》の胸部コックピットに入り込んだ。
『危ないマジ! だからブルブラッド濃度の高い場所には行くなって言ったマジよ』
「レーザーをかく乱する方法を持っている。相手のジャミングに晒される前に叩く」
『……もう対ECMは張っているマジ。問題なのは、相手のほうが手数の多い人機だという事マジ』
「電子戦で負けなければ、こちらに分がある。いくよ、《シルヴァリンク》」
操縦桿を握り締め、鉄菜は《シルヴァリンク》の鼓動を感じ取る。《シルヴァリンク》も猛っているのが分かった。
惑星での二回目の相手がモリビトタイプとなれば緊張するのも窺える。鉄菜は瞑目し、そっと念じていた。
――大丈夫。いつものように。
《シルヴァリンク》へと照準の警告が響き渡る。コックピットを赤色光に染めたその警句に、鉄菜は操縦桿を思い切り引いた。
推進剤が焚かれ、《インペルベイン》の武装の一斉射から紙一重で逃れる。
しかし、《インペルベイン》はまだ本気を出していないのは明白であった。火を噴いたのは両腕の武器腕のみ。肩部に装備された連装ガトリングは動きさえしていない。
相手の武装は実体弾だけか、と鉄菜は観察の眼を注ぐ。武器腕の射程は恐らく中距離程度。だが、《シルヴァリンク》は近接格闘型人機である。
遠距離に逃れての戦闘は不利に転がるだけ。ならば、と鉄菜は《シルヴァリンク》の左腕を翳させた。
『盾でこちらの優位を削ぐなんて、そんな小癪な真似!』
《インペルベイン》の重武装が再び火を噴く。やはりというべきか、武器腕以外を使用してくる兆しはない。
まだ、こちらの戦力を嘗め切っているのだ。
仕掛けるのならば今しかない。翳した左腕の盾が光を帯びる。血塊炉に火が通り、内奥からその技の名前を引き出した。
盾の表面で弾かれた銃弾に反重力の白い光が宿る。
「リバウンド、フォール!」
相手に全ての物理攻撃を反射する技、リバウンドフォール。跳ね返された銃撃に対し、《インペルベイン》は足先から全くの意想外であった機動を描いた。
作用したのはこちらと同じ、反射である。重力に逆らったように《インペルベイン》が跳ね上がった。
その機動に、鉄菜は目を瞠る。
リバウンドフォールの銃弾の雨を《インペルベイン》は完全に回避せしめた。
「……避けた」
『リバウンド装備の盾なんて分かりやすい事! 当然、リバウンドフォールが組み込まれているのは読んでいたわ。でもね、こっちにだってリバウンド装備はあるのよ!』
鉄菜は機体の足裏に装備されたブーツ型の武装がリバウンド作用を起こしているのだと気づく。
「話に聞いていたリバウンドブーツ……。反重力で瞬発力を上げてこちらの攻撃を回避した」
『感心している場合? 貴女、そんなんじゃ戦場で生きていけると思っているの?』
降下してきた《インペルベイン》の武器腕が不意に裏返る。内部から繰り出されたのは炎熱を棚引かせるクローであった。反射的に鉄菜は《シルヴァリンク》を退かせる。あのクローはまずい。そう判じた神経が機体を後退させたものの、追いすがってくる《インペルベイン》の勢いのほうが遥かに勝っていた。
肩に装備された推進剤と背部スラスターを全開にした《インペルベイン》が肉迫する。クローを盾で弾き返そうとして、鉄菜の戦闘神経がそれを拒んだ。
防御では恐らく突き崩される。その予感に、盾の裏側から引き出したのは大剣の柄であった。
『小細工で!』
即座にRソードの刀身を発振させ、クローを弾き返す。リバウンドエネルギーで構築された剣はこの世で斬れぬものはないはずであったが、その時確かにクローと相打った。
干渉波のスパークが迸り、クローと打ち合った途端、お互いに激しく後退する。
Rソードの刀身には異常はないものの、相手のクローにも傷一つなかった。それどころか、灼熱の吐息をなびかせたクローの破壊力は約束されたままだ。
「……何かの仕掛けで、Rソードと同等の威力を保っている」
『そうだとすれば、まずいマジよ。Rソードと同じ威力なんて』
《インペルベイン》がクローの腕を引き、こちらにもう片方の武器腕を突きつけてくる。
まだ戦闘意欲があるのか、と身構えた鉄菜に彩芽の声が漏れ聞こえた。
『なるほどね……ただの向こう見ず、ってわけじゃないみたい』
《インぺルべイン》から敵意が凪いでいく。《シルヴァリンク》がまだ警戒を解けずにいるとコックピットから彩芽が身を乗り出した。
「もう戦う意思はないわよ! 貴女も降りてらっしゃい!」
拾い上げた肉声に鉄菜は眉根を寄せる。
「本気で?」
「《インペルべイン》に戦わせないようにすればいいんでしょー! ほら、これで!」
《インペルべイン》が両腕を下ろす。照準の警告音も鳴らなくなった。相手はシステムをダウンさせて敵意がない事を示しているのである。
『……どうするマジ?』
「元々、戦いをするために来たんじゃない、って事なんだと思う」
『じゃあ……』
鉄菜も胸部コックピットから身を乗り出し、《シルヴァリンク》のRソードを停止させた。だが警戒は解いていない。ホルスターにあるアルファーでいつでも斬りかかれと命令出来る。それは相手も同じであろう。
自分と同じ存在だというのであれば。
《インペルベイン》から降りた彩芽はしかし、大気汚染の洗浄マスクをつけたままであった。こちらはRスーツ以外ほとんど生身である。
「よくやるわね。わたくし達は確かに、ブルブラッド大気下でも生きていけるように設計はされているけれど」
やはりそうなのだと鉄菜は確信した。彩芽は先ほどアルファーで傷つけられた手を掲げる。
赤い血が滴り、傷痕の痛々しさを物語っていた。
――そうか。まだ自分の同朋は赤い血であったか。
時折脳裏を掠める悪夢が蘇りかけて、彩芽の快活な声に掻き消された。
「貴女、本当にブルブラッドキャリアなの? そりゃ、モリビトを操れる操縦センスと、この《シルヴァリンク》そのものが証明だけれどさ。どうして《バーゴイル》と戦闘なんか」
「突入軌道に《バーゴイル》の編隊がいた。回避すると怪しまれると感じたから、そのまま特攻したまで。一機は撃墜したものの、もう一機は成層圏を抜けてこちらを追撃。致し方なしと相手を落とそうとした」
「でも落とし損ねた、ね……。相手が想定外に強かったのか、あるいは退き際を心得ていたのか。どっちにせよ、モリビト三機の存在が明らかになったのは計画の範囲外ね」
腰に手を当てて彩芽は、やれやれだとでもいうように肩を竦める。
「一号機と……」
「三号機。わたくしには詳細が与えられていないけれど、あっちはあっちでやってのけたみたいね」
じっと彩芽を観察する。嘘は言っていないか、とその挙動を確かめた。嘘のサインは思っているよりも簡単に出る。仕草や目線を注視していたからだろう、彩芽が言い返す。
「……言っておくけれど、わたくしも《インペルベイン》の事は話せないわよ。だってそれがお互いの決まりでしょう?」
「……ブルブラッドキャリア同士でも、モリビトの事は極秘事項」
「分かっているじゃない。鹵獲されて芋づる式に自分の手の内まで明かされたんじゃ堪ったものじゃないからね。どこの誰が、とは言わないけれど」
モリビト同士の交戦も完全に視野の外であった。鉄菜は計画に必要なその他の事柄を言い当てる。
「今、分かっているのは、自分のモリビトの性能と、その役割だけ」
「その通り。わたくしだって、《インペルベイン》でC連合に介入したけれど、これでも隠しているほう。貴女にだって見せていない性能がある」
それは間違いないだろう。《インペルベイン》がこの程度の性能ならば、モリビトの名は相応しくない。
「《シルヴァリンク》も、そう」
「みたいね。リバウンドフォールは想定内だったけれど、剣まで隠し持っているのは分からなかったわ」
リバウンドフォールの技術も、惑星圏内ではオーバーテクノロジーだ。相手に容易くみせていいものではない。発動する時は相手の首を刎ねる時に相当する。
《インペルベイン》の性能で特筆するべきは、その機動性と攻撃性能だろう。重武装のその機体からは想像の出来ないほどの器用さを併せ持っている事、加えて攻撃はまだ出し切っていない奥の手があるという事。
「《シルヴァリンク》はこの後、第二フェイズに移行する。今度は――」
「今度はC連合傘下のコミューンの小競り合い。世界に見せ付ける。モリビトの真の力を」
継ぐ言葉を先んじられて鉄菜が呆けたように口を開けていると、彩芽はふんと鼻を鳴らした。
「わたくしだって、ブルブラッドキャリアなのよ。第二フェイズの事くらい頭に入っているわ」
しかし、まさか第二フェイズの目的が同じだとは。そうなると、この計画自体、モリビト二機の連携を示唆したものとなる。
「最初から、私と共に戦う予定だった?」
「聞かされていないのね。どうしてだか、貴女とわたくしの情報は均一でない様子。でもまぁ、結果的にはいいでしょう。こうして《シルヴァリンク》の性能を見られた。いい人機じゃない。二号機も」
褒められて悪い気はしなかった。先ほどの心の奥底で牙を剥いた自分とは正反対にモリビトへの慈愛の心が芽生えている。
自分でも驚くほどの感情の起伏であった。どうしてついさっき、殺すと判断した相手に賞賛されて心躍っているのだろう。
「……変だ」
「何が?」
小首を傾げた彩芽に鉄菜は言いやる。
「殺すつもりの相手だったのに、今はそんな気はなくなっている」
心底、不可思議でならない。だが、彩芽はそのような問いを発する自分のほうが不自然だと言いたげな眼差しを送った。
「人間なんて、そんなものじゃないの? さっきまで敵だと思っていた相手に、もう敵意も欠片ほどもないんだったら、警戒する必要もないでしょう」
人間はそのようなもの。そう定義されても自分には困惑の材料でしかない。
――そうなのか? 人間は、そのようなものなのか?
「とにかく! 《インペルベイン》と《シルヴァリンク》の目的は同じ! C連合紛争地帯へとモリビトの力を示す!」
拳を握り締めた彩芽に鉄菜は真似をしようとして、その動作をはかりかねた。何の意味があって、わざわざ拳を握るのだろう。
「聞きたい事がいくつか」
「なに? 《インペルベイン》の性能に関しては言えないわよ」
「それは分かっている。私は何をすればいい? 察しの通り、《シルヴァリンク》はそちらとは噛み合わせがいいとも思えない」
「中距離型と近距離型じゃ、ね。同じ戦場で獲物を喰い合っているんじゃ、ちょっとぶつかってもおかしくはない。でも、貴女の弱点を《インペルベイン》が、《インペルベイン》の弱点を貴女が補ってくれればいい」
「それを何と呼べばいいのか、分からない」
彩芽は心底、呆れ返ったようにこちらの顔を覗き込んだ。
「……本当に変わってるわね。チームプレイ、って奴よ。まぁ、モリビト単騎戦力で戦う事を想定しているんじゃ、出てこない言葉かもしれないけれど」
「チームプレイ……」
自分の中で馴染まない言葉だった。まるで最初から、その言葉の受け入れる先は存在していないかのように。
彩芽は値踏みするかのように自分の周りを歩き出す。
「……変わっている子ねぇ。そりゃいきなり惑星に降りろって言われたら、戸惑うのは分かるけれど。時差ボケもほどほどにしたら? ここは宇宙じゃないんだから」
空を指差す彩芽の言葉の節々が理解出来ないものの、何を言っているのかは大筋、飲み込めた。
「ようは、戦えばいい」
彩芽がパチンと指を鳴らし、その通り、と結ぶ。
「そうね。シンプルでいい答えだわ。貴女にはそういう単純明快さが似合っているのかもね」
「《シルヴァリンク》で戦えと言われればそうする。第二フェイズに必要な事だと言われれば、《インペルベイン》と連携する事も範囲内」
「だからそれがチームプレイって言うんじゃないの? ……本当、分からない子なのね、貴女」
自分でも承服し切れない物事ではあったが、理解しろと言われればそうするのみだ。
「《シルヴァリンク》で叩き込む。敵は何?」
「慌てない、慌てないの。まだ第二フェイズは明後日の予定よ。そんなに焦ってどうするの?」
手をひらひらと翳す彩芽に鉄菜は言い返した。
「事前準備がいる。三号機の所在を確認したい」
「あー、それね。わたくしもやってみたんだけれど、どうにも三号機がどこにいるのかは割れないのよねぇ。特殊な建造方法だったのは聞いているんだけれど、二番目に放たれたモリビトってだけしか知らない。映像情報、観ていく?」
《インペルベイン》のコックピットに誘われるが、鉄菜は踵を返した。
「いい。自分で確認する」
その背中に彩芽が不満を漏らしたのが聞こえた。
「……本当、分からない子」
背中を見せている今、撃たれてもおかしくはなかったが、自然と撃たれない感覚はあった。これが「チームプレイ」という奴なのだろうか。《シルヴァリンク》が膝を折り、掌に鉄菜を抱える。《インペルベイン》は武器腕のせいか、エレベーター型のワイヤーで昇降するようであった。
『危険マジよ。相手がモリビトのブルブラッドキャリアだったからよかったものの、敵陣営に囲まれる危険もあったって事マジ』
コックピットに戻るなり苦言を漏らすジロウの声を他所に、鉄菜は検索キーワードを紡いだ。
「うるさい。モリビト三号機のデータを参照させて」
『……はいはい。分かったマジよ。これが三号機と思しき人機の映像マジ』
全天候モニターに映し出されたのは三号機を捉えたと思われる映像であった。いくつかは誰かの造ったダミーだ。その中から純度の高いものを選び取る。
「ダミーを排除。本物だけを表示」
『ピックアップされたのは三つだけマジ。どれも画素が粗くって観れたものじゃないマジが……』
濁したジロウに、鉄菜は命令する。
「どれでもいい。三号機の姿は」
停止した映像の一つを鉄菜は視界に入れた。赤と白のカラーリングが施された大型の人機だ。
その人機は胴体部がごっそりとない。巨大な翼と逆関節の脚部を有し、肝心の胴体部は、と視線を巡らせると、獣型の機獣がロンド系列の機体を下していた。
恐れるべきなのは、その機獣が直後に大型人機へと組み込まれた点である。
「合体した……」
『これは……驚きマジねぇ……』
合体人機はそのまま高空へと飛び去ってしまった。データがあまりにも乏しいが地上の人機の仕業とは思えない。モリビトタイプ……それもかなり規格外の存在だと思うしかなかった。
『どう? 三号機の感想は』
こちらの通信チャンネルにいつの間に割り込んだのか、彩芽の声がコックピットを震わせる。
鉄菜はコックピットまでずけずけと入ってくる彩芽の図太さに睨み据えた。
「……勝手に通信チャンネルを合わせないで欲しい」
『そういう出来なのよ。わたくしの《インペルベイン》は』
電子戦はお手の物というわけか。それにしては初手で《シルヴァリンク》の火器管制を潰さなかった辺り、やはり本気ではなかったのだと思い知る。
「三号機は、この映像のみ?」
『みたいねぇ……。合体人機なんて聞いてないけれど』
やはり自分達にも知らされていないのはモリビト同士の性能か。先ほど彩芽が言ったように一人の口から全員の手の内が割れる事を危惧しての措置であろう。
「この三号機、第二フェイズの予定は?」
『聞かされているわけないでしょう? あっちにはあっちの第二フェイズがあるみたいだけれど、今回の作戦には貴女の《シルヴァリンク》とのサポートだけ。それしか命令にはないもの』
三号機の存在はイレギュラーではあったが、もしもの時、《インペルベイン》が敵についた時を想定しなければならない。
そちらのほうがよっぽど現実的だ。銃口を向けてきた彩芽の殺意は偽物ではなかったのだから。
「《インペルベイン》が先行の形で?」
『作戦工程表を送っておくわ。勘違いしないで欲しいのは、それを送る事はわたくしの役目だった事よ。つまり、貴女一人では第二フェイズを実行出来なかった』
それも、知らなかったと言いかけて言わないほうがいいか、と判断した。表示された作戦工程表をジロウが読み取る。
『大筋は問題ないマジな。ただ、《インペルベイン》先導の形になっているのだけは一応気をつけておくマジ。いつ後ろを撃たれるか分からないマジからな』
それも、分かっている。だが、鉄菜は言葉にしなかった。通信はモニターされている様子だが、ジロウの返答までは盗み聞かれてないようだ。
今は、一つでも手札が欲しいところである。先ほど《シルヴァリンク》を動かしたのはジロウではなく、アルファーの作用だが、ジロウが緊急時には《シルヴァリンク》の管制システムにアクセス出来るようになっている。
これも、秘匿事項の一つだ。自分は経験がまだ浅い。戦闘経験値を埋め合わせるのには、騙し騙され合いが必要だと教わった。
――教わった?
誰に、教わったのであったか。
その疑問符が鎌首をもたげる前に、自分の中の何かが思考をストップさせた。そのような事、気にする事柄でもない。
何も、問題はないのだから。
『聞いてる? 《インペルベイン》の支援射撃、当たらないようにしてね』
暫時、聞きそびれていたが何の問題もない。戦場で味方の弾に当たるほどの間抜けでもない。後方を警戒していれば、首筋に感じる殺気くらいはかわせるように出来ている。
「分かっている。《シルヴァリンク》は切り込むだけだ」
『敵陣営のデータはリアルタイムのものを参考にしましょう。編制が直前で変わるかもしれないからね』
「編制が変わる? それほどC連合が戦力を温存しているとも思えない」
『物には念を、よ。そうでなくとも貴女、ちょっとばかし危なっかしいんだから。いつ変化が来ても対応出来るようにしておく』
「それが、モリビトの名を冠する機体を所有する人間の務めだ」
続きをそらんじると彩芽は鼻を鳴らした。
『そういう事。わたくしはあんまりこの教えは好きじゃないんだけれど、まぁよしとしましょう。地上人はモリビトの介入にすぐに対応するとは思えないけれど、相手にもエースがいる』
エース。その言葉に自然と追撃してきた《バーゴイル》の操主が浮かんだのは何故だろう。あれはただ単にしつこいだけだ。実力など加味するまでもないだろうに。
「モリビトは負けない」
『それは当たり前の事よ。わたくし達が負ければ、ブルブラッドキャリア全体の指揮に関わる。負けないなんて大前提。第二フェイズへの移行を、今は待ちなさい。それが第一よ』
敵にも手だれがいるのは分かる。だが、《シルヴァリンク》が敗北する時があるとすれば、それは自分達ブルブラッドキャリア全体の敗北と同義。
鉄菜はコックピットのCG補正越しに広がる青い花園を見やった。砕け散った青い花弁が風に揺れて鉱物の破片を散らせている。
『見る分には綺麗ね』
見る分には、か。彼女には自分のように青い花に対しての関わり合いなどないのだろう。
――青い花を見に行きたい。
そう告げていた誰かの言葉を思い出しかけて、鉄菜は頭を振った。
誰なのか、やはり思い出せないままであった。