ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯88 最後の中立

 機体を走らせるのに何の躊躇いもない。

 

 それが地上警戒に当っているゾル国操主の思想であった。領空侵犯は確かに恐ろしいが対空砲火などまるで見込めない僻地を飛び回るのに、いちいち小心を抱えているのではお話にならない。

 

「しかし、この辺も様変わりしたな」

 

 こぼした感想はブルブラッドの濃霧に覆われた地上を指しての言葉だった。錆び付いた紺碧の大気は活動を停止した人機の残骸を食い荒らす。

 

『まぁな。外に出れば汚染大気でお陀仏だ。んなマヌケな事するなよ』

 

「誰がするかって」

 

 笑い話にして三機編隊がゾル国国境地を飛翔する。《バーゴイル》には国境警備のためのプレスガンが装備されていた。

 

 国を護る、といえば聞こえがいいが、ほとんど地上から這い上がってくる古代人機の足止めである。

 

 その足止め稼業も板についたもので、プレスガンによる牽制と威圧で充分に事足りるのだと証明されていた。

 

 幾たびも戦場を潜れば嫌でも染み付くのは最短距離での情況終了。

 

 古代人機狩りに関して言えばスカーレット隊にお株を取られがちだが、国境警備隊も負けてはいない。

 

 モリビトの名前が与えられる事はないものの、防衛成績では比肩する者のないほどの実力である。

 

『でも、心底思うぜ。モリビトの名前が賜れなくってよかったってな』

 

 英雄の転落劇はゾル国軍部では知らないものはいない。悲劇だ、と一人が口にする。

 

『スカーレット隊なんてエース中のエースじゃんか。だっていうのに、モリビトにさえ行き遭わなきゃな。堕ちたりはしなかったのに』

 

 モリビトと会敵した事がある種の自作自演めいていて、余計にその名の失墜を早めた。恐らく歴史の教科書にはそう掲載される事だろう。

 

 モリビトの名前を受け賜わったからこそ起きた転落。英雄の座に胡坐を掻いてさえいなければ、このような事は起きなかったのに。

 

『国境警備が一番楽な上に給料もいい。俺達は役得だよ』

 

「違いない。それに濃霧のほうが気は楽だよ。宇宙なんて一発でおじゃんだろうに」

 

 機体に穴が空けば気圧の差でミイラになる。人間は宇宙でまで生息域を広げるべきではないのだ。

 

『ブルブラッド大気が濃くなってきたな。ここいらで一つ、怪談噺でもやるか?』

 

『やめろって。悪い癖だぜ、それ』

 

 日がな一日飛んでいる事もある国境警備はそうやって暇を持て余す。彼らのうち一人は怪談に凝っていた。それもブルブラッドが星を覆ってから生み出された怪談ばかりである。

 

 曰く、ブルブラッド大気から生み出された霧の怪物、または汚染大気を歩く人間の話。あるいは、汚染された大地を悼むとある人機の物語。

 

『また青い僧兵の話か?』

 

 先んじた声に話し出そうと思っていた男は興ざめしたようだ。

 

『何だよ、言う前にネタバレするなって』

 

「最近有名だよな。汚染された地を踏み締める謎の人機」

 

 それもこれもモリビトが降り立ったせいだ。不明人機と遭遇する確率が上がったせいで昔から話されていた御伽噺でありながら最近は妙に迫真めいている。

 

『いるんだぜ、不明人機ってのは。そいつは今までの人機とは一線を画す機体らしいってな。見た奴も大勢いる』

 

「モリビトだろ?」

 

『違うんだって。モリビトでも、ましてや《ナナツー》でもロンドでもない。見た事もない人機だそうだ』

 

『見た事もない人機なんてたくさんある。大昔の人機なんてとんでもない数だったそうじゃないか』

 

『茶化すなよ。そういう意味じゃなくってだな、見ても理解出来ない人機って言うのか……』

 

「そりゃもう人機じゃない」

 

『違いねぇ』

 

 嘲笑が通信を飛び交う中、不意に警報がコックピットを震わせた。古代人機か、と警戒神経を走らせた彼らはレーザー網を停止させる。今の大気濃度では逆に邪魔なだけだ。

 

 目視戦闘に切り替え、プレスガンをマニュアルモードに設定する。

 

 照準器の先にいたのは、あまりにも小型の人機であった。古代人機サイズではない。

 

 という事は領土を侵す不明人機。《ナナツー》かロンドである。

 

 プレスガンの引き金を絞った一同は、濃霧の中を歩むその人機の姿に一瞬硬直した。

 

「……あれは、何だ?」

 

 バーゴイル系統の意匠を受け継いだ細身の人機である。だが、《バーゴイル》ほどの軽量さは窺えない。では《ナナツー》かと言えばキャノピー型のコックピットを採用しておらず、頭部形状はロンドを思わせる。

 

 だがロンドと違うのはゴーグル型の頭部ではない事だ。複眼を装備しており、丸まった頭部からケーブルがまるで毛髪のように機体の中心部である胸部へと伸びている。

 

 一見して、その機体はどの国家の機体とも似ているようでありながら、観察すればするほどに別個体である。絞ったプレスガンの銃口がその機体を照準した。領空を見張る自分達には警告なしでの発砲が許されている。

 

 何より、ここ数日、世界を揺るがすモリビトの存在もある。撃たれる前に撃て、というのは軍部でも格言めいて囁かれていた。

 

『何だ、あれ』

 

 困惑する二人を他所に、一人だけプレスガンの引き金を渋っている者がいた。先ほど怪談噺を仕掛けてきた操主である。何をやっている、と通信に吹き込もうとして彼は、いたんだ、と呟いていた。

 

『本当に……存在していたなんて……』

 

 戦慄く声音に二人とも虚を突かれた気分であった。まだ怪談噺の続きをやろうというのか。

 

「おい、敵は領地侵犯だ。下らない怪談噺は後で付き合ってやるから、今は――」

 

『あれに、攻撃してはいけないんだ』

 

 遮って放たれた声は異様なまでに迫真めいていて《バーゴイル》部隊は当惑する。ここで攻撃しなければしかし、自分達は作戦を放棄した事になる。それだけはあってはならない。

 

 相手がたとえ未確認の人機であっても、それがモリビトであったとしても応戦し、防衛するのが正しい在り方だ。

 

『……プレスガン出力、いつでもいけるよな?』

 

 もう一人の声に彼はコックピットの中で首肯する。

 

「撃つぞ。腹で呼吸して一発で仕留めろ。なに、故郷の母親が一度はやった事と同じだ。ヒーヒーフーと言って撃てばいい」

 

 冗談めかした言葉にも一人だけは異常なまでに呼吸音を返してきた。いくら怪談の続きとは言えあまりにジョークが過ぎると笑えない。

 

 照準器が不明人機を中央に据える。敵からは動きがない。予兆も気配もないため、回避は不可能と見える。

 

「発射」

 

 発射の復誦が返り、二体の《バーゴイル》が不明人機にプレスガンを叩き込んだ。二条の弾道に不明人機が砕けたかに思われたが、相手はその手に握る錫杖型の武器を振り回す。

 

 あろう事か、振るった軌跡で光速に近いプレスガンの弾道が逸れた。錫杖にリバウンド効果でもあるのか、その杖が捉えた攻撃の一端がプレスガンを弾く。

 

 まぐれか、と二人は落ち着いていたが一人が《バーゴイル》の中で悲鳴を上げた。

 

『嫌だ! 死にたくない!』

 

「おいおい、何を慌てているんだ。プレスガンが二発、外れただけだ。実際には命中しているから外れているわけでもない。落ち着いて狙い澄ませば当たらない相手なんて……」

 

 刹那、不明人機が姿勢を沈める。絡まったケーブルがさながら毛髪のように舞い上がり、敵影が跳躍していた。

 

 しかし推進剤もまともに使えていない様子である。大方スラスターにブルブラッドのカスでも溜まっているのだろう。粉塵を大げさに巻き上げた割には敵の速度はそれほどでもない。

 

 プレスガンの第二射が控えられる中、一人の《バーゴイル》が戦線を離脱しようとする。

 

『俺は、こんなところで……!』

 

「おい! 何やってるんだ! 隊列を……」

 

 乱すな、と口にする前に、敵の人機が錫杖を投擲する。放たれた一撃は逃走しようとした《バーゴイル》の背筋に突き刺さった。

 

 飛翔システムがダウンし、《バーゴイル》が即座に高度を下げていく。

 

 まさか。二度も三度もまぐれが続くなんて。

 

 震撼した彼らは推進剤の勢いを増して肉薄する不明人機に気づくのが一拍遅れた。

 

 しかし取り戻せる程度の遅れだ。そう、二人とも感じていたのである。

 

 直後に《バーゴイル》を激震させたのは蹴りであった。不明人機の放った攻撃が《バーゴイル》を揺さぶる。

 

 まさか対空戦仕様の《バーゴイル》に向けて肉弾戦を行う人機など想定に入れていない。完全に隙を突かれた形の彼が持ち直す前に敵人機はその胴体を踏みつけた。

 

 肩を蹴ってもう一機の《バーゴイル》へと接近の足がかりとする。

 

「俺を、踏み台にした?」

 

 もう一機の《バーゴイル》は標的に据えられたとも思っていなかったようだ。照準の遅れは命取りとなる。

 

 不明人機が拳を固め《バーゴイル》の頭部へと打ち下ろした。亀裂が走り《バーゴイル》の頭部コックピットが割れる。

 

 脳震とうのようによろめいた《バーゴイル》へとさらに打撃が見舞われる。ほとんど組み付いた形での攻撃に仲間は振り解く事も出来ないらしい。

 

『こいつ……なんてしつこい……』

 

 不明人機が手刀を形作る。その一閃が《バーゴイル》の脳髄を叩き割った。

 

 まさか、と息を呑む。

 

 敵人機に武装はない。錫杖型の武器を放り投げた今、丸腰のはずだ。だというのに、国境警備の《バーゴイル》がやられた。

 

 ただの肉弾戦で。

 

 その現実はもう一人の仲間を発狂させるのに充分であったらしい。

 

 飛翔高度は落ちているのに、必死に這い上がろうと空を目指す《バーゴイル》へと敵の人機が乗り移った。

 

 嫌だ、だとか、助けて、だとかいう悲鳴と涙声が通信を震わせる中、敵の人機が《バーゴイル》の飛行ユニットから錫杖を取り戻す。

 

 錫杖型の武装を振り翳したのも一瞬、迷いのない一撃が《バーゴイル》の後頭部を砕く。

 

 三十秒も経っていない。戦闘時間としては数えられないほどの間に二機の《バーゴイル》が撃墜された。

 

 その事実に彼は操縦桿を握り締める手を汗ばませる。

 

 ――何が起こった?

 

 問いかける脳内にも敵人機が本当に敵性体なのかの判断は下しかねていた。目の前の標的が何者なのか、まるで分からない。

 

 分からないが、怖い。

 

 それだけは確かであった。

 

 プレスガンの照準器が不明人機をロックオンし、速射モードに移行した銃口から矢継ぎ早に閃光に近い弾丸が発射される。

 

 敵の人機は喚くわけでも、まして驚愕を浮かべるわけでもない。

 

 錫杖型の武器を振るい、正確無比に弾丸を叩き落していた。思えばあり得ない確率である。

 

 リバウンド性能を実体弾に埋め込む事により光速のレールガンに近い性能を実現するプレスガンの弾頭を、ただの武器が迎撃するなど。

 

 まぐれではない。敵には視えているのだ。プレスガンの弾道が。

 

 弾道予測くらいならばまだ恐怖は薄かったであろう。問題なのは弾道予測などというハイスペックが全く確約されていない旧式の人機が、最新鋭の《バーゴイル》相手に圧倒している事であった。

 

 普通の敵ではない。今さらの感情が這い登ってきて、彼は吼えながら引き金を絞った。

 

 敵人機は落ち着き払って錫杖を薙ぎ払い、弾丸を一発、一発、的確に落としていく。

 

 遂にはこちらの精神のたがが外れた。

 

 プラズマソードへと持ち替えた《バーゴイル》が至近距離での戦闘を挑もうとする。そうだ、敵は所詮、型落ちの人機。

 

 プラズマソードによる格闘戦術のほうが敵を翻弄出来るに違いない。

 

 その一瞬の浅慮を呪うのにはあまりに遅い。

 

 プラズマソードの切っ先が敵に触れる前に錫杖を持つ手が回転し、プラズマソードと打ち合った。通常、干渉し合えば強力なほうの武器が勝つはずであったが、現状はまるで違う。

 

 錫杖が滑るようにプラズマソードの刀身を撫でていき、直後には胸元に向けて錫杖の先端が突き刺さっていた。

 

 完全にいなされた事を認識したその時には、踊り上がった錫杖の一撃が《バーゴイル》の鼻先を掠める。

 

 咄嗟に正気に戻れたお陰か、あるいは生死の境にいる極限の判断力か。

 

《バーゴイル》は不格好に後ろに倒れたものの、致命的な一撃を受けずに済んだ。

 

 敵の人機が錫杖を手にこちらを見下ろす。

 

 圧倒的であった。ちぢれたようなケーブルを有する敵人機は小さなメインアイセンサーで睥睨してくる。

 

《バーゴイル》に勝利する手立てはない。最新を気取っている武装も全て、この人機には通用しなかった。

 

 最早、死を覚悟した彼はコックピットの中で失禁していた。この人機は何なのか、知ろうとしても手段がない。

 

 錫杖が打ち下ろされ、彼に死を与えるかに思われたが、不意に敵の人機が宙を振り仰いだ。

 

 その視線の先を彼も追う。

 

 地面を鳴動させ、巨大な古代人機が地表すれすれを滑るように移動している。大移動であった。

 

 数十体近くの古代人機の一斉移動などお目にかかれるものではない。

 

 地を埋め尽くす野性の群れに敵の人機は感じ入ったかのように攻撃の手を止め、見つめている。

 

 今しかない、と彼は直感的に悟る。

 

 ミサイルの誘導性能を無効化するフレアを焚いた。一瞬の眩惑の後に《バーゴイル》は飛翔していた。速度を殺すような武装をパージし、高空へと躍り上がっていく。

 

 逃げる、という選択肢しか頭の中になかった。それほどまでに敵の性能に混乱していた。

 

 ブルブラッド大気濃度が薄まり、レーザー網が回復してから、近くに前線基地があるのを確認する。

 

 ふと我に帰った彼は口にしていた。

 

「生きている……」

 

 先ほどまで仲間達と御託を並べていたのが嘘のように、一瞬にして死地に潜り込んでいた。

 

 その現実から離脱した自分自身が信じられない。震えは収まらなかったが、基地に帰投コースを取る、という理性だけは働いたようであった。

 

《バーゴイル》の救難信号を受け取った基地がガイドビーコンを出し、自分の愛機を受け止める。

 

 ここに至るまでたったの数十分の出来事であったが彼には一生かけても経験出来ないほどの永遠に思えていた。

 

 基地の人々に説明する気力も湧かなかったが、《バーゴイル》の中に記録された映像を見た数人が口走っていた。

 

「僧兵、《ダグラーガ》と行き会ったのか」

 

《ダグラーガ》という名称を問い質す前に一人の整備士が顎をしゃくる。

 

「運がいい。この世界最後の中立と出会って、命があるなんて。あれには国境も、国家も、権威も何もかも関係がない。ただ敵意を向けてきた相手を葬る鋼鉄の僧侶。《ダグラーガ》の戦闘データがある。解析に回すか、それとも先に祈祷でもするか」

 

 何もかもが現実味をなくしたようであった。彼の言語能力が戻る事は、恐らく一生ないであろうと予感された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ダグラーガ》の攻撃網から逃げおおせる敵は五サイクル振りであった。その記録に、操縦席に収まっていた僧侶は、フッと口元を緩める。

 

「我とした事が、昂ってしまったか」

 

 今は大移動を目に留めておく事だ。彼はそう考え、僧衣を翻してコックピットから外に出ていた。

 

 紺碧の猛毒大気が逆巻く中、古代人機達が大地を共鳴させて移動する。小さな、人型サイズの古代人機も混じっている。微笑ましい事だ。恐らく生まれてまだ十サイクルも経っていない。

 

「平和だ」

 

 呟いた声音に古代人機数体が反応したのか、船の汽笛によく似た咆哮を上げる。命の河の守り手は低く、長い声を惑星の空へと響かせた。

 

 僧衣を纏った男は瞑目し、そっと合掌する。

 

 この世に生を受けたその命、せめて長らくある事を、と祈るばかりであった。

 

 古代人機達が《ダグラーガ》を意識に留めたのが伝わる。数体の古代人機がいきり立った。砲身を向けて威圧する古代人機に彼は静かに返す。

 

「鎮まれ。敵意はない」

 

 しかし、直後に砲弾が《ダグラーガ》のすぐ傍の空間を掠める。よくよく考えてみれば彼らの領分を侵したのは自分のほうだ。《バーゴイル》などにうつつを抜かし、好戦的な側面を見せてしまった。

 

 落ち度はこちらにある。致し方ない、と彼は《ダグラーガ》に収まった。

 

「こちらに敵意がない事を示すのには青い血が流れ過ぎている。苛立った古代人機にのみ、焦点を合わせて戦うか」

 

 錫杖を握り直した《ダグラーガ》が起動する。《ダグラーガ》のコックピットシステムはこの惑星で恐らく最も古いであろう。リニアシートではなく、備え付きのコンバットシートシステム。周囲は機械に覆われ開放感のある全天候モニターではなく、レーザー網を用いた旧式のもの。

 

 雑多なシステムがようやく起動し《ダグラーガ》が薄桃色のツインアイで古代人機を見据えた。

 

 砲身が向けられている事に危機感を覚えているのではない。古代人機相手に侮れば、如何に最新の人機であっても敗北するであろう。

 

 これは誠意である。命の守り手と相対する誠意。彼らの日々の営みに感謝する、という誠意。

 

 その表れが《ダグラーガ》という人機なのだ。

 

《ダグラーガ》に火器管制システムは存在しない。相手をロックオンするという高度な技術は用いられていないのだ。

 

 だからこそ、僧衣の男は一秒たりとも集中を切らした事はない。この濃紺の大地で集中を切らせばそれは容易に死に繋がる。《ダグラーガ》が錫杖を構え、砲撃に備えた。

 

 まだ若い個体であろう。《ダグラーガ》へと砲弾が見舞われる。呼気一閃、打ち下ろした錫杖の一撃が砲弾を弾き返す。

 

 直近の地面を陥没させた一撃であったが先ほどの《バーゴイル》のような敵意ではない。こちらを試している、というのがありありと伝わる。人工的な人機と違い、古代人機には惑星の大いなる意思が作用しているのだ。そのうねりと流転の前では全てが些事。生きている事さえも。

 

 この世界は穢れている。それでも美しいものは存在する。その美しさを取りこぼしてしまわないように生きるのが人類の務めであるはずなのだ。

 

 だというのに人は争う。争い続ける。男には分からない。

 

 戦うために進化した人類。戦うためだけに造られ続ける人機。どちらも悲哀だ。どちらにも救いはない。世界は咎と罰を受けながら今日という一日を消化する。

 

 惑星に誰が罰を下した。誰が罪を与えたというのだ。

 

 男は瞳を細める。あまりにも悲しい。あまりにも愚かしい。

 

 人は、どうしてこの世に生まれ落ちたのか。それを問いかけ続けるのが元々の人間のあり方であったはずだ。

 

 だというのに、これでは――。

 

《ダグラーガ》へと砲弾が撃ち込まれる。錫杖を振り翳し、《ダグラーガ》は砲弾を弾いた。叩き落したその勢いを殺さずに下段から打ち上げる。もう一発の砲弾を叩き、《ダグラーガ》が脇に錫杖を構え直す。

 

 片手を突き出し、《ダグラーガ》の顎部廃熱ファンから灼熱の呼気が漏れた。

 

 そのままそれが己の呼吸と混在して男は嘆息を漏らす。

 

 古代人機のうち、中型の個体が逸ろうとして、より大きな個体が制した。その巨躯は見上げんばかりだ。コミューン外壁など簡単に突き崩してしまえるほどの大質量。それでも、彼らはコミューンに攻め入るなどという愚行に走る事はない。

 

 人と人機は違う。人の罪が、そのまま人機の罪ではない。

 

 それを理解しているからだ。根源の部分で、人機が何のために存在し、何のために人と共にあるのかを分かっている。

 

 だから、古代人機は分を守る。

 

 己と他者との差を明瞭に理解し、その上で決定する。

 

 総体の意思を個体の意思として理解出来る存在は貴重だ。彼ら全体の決定を覆す事は出来ない。たとえそれが惑星の意思であったとしても。

 

 古代人機は命のためにその存在を維持する。命を何よりも重視する彼らの生き方を理解するのに、人の身では遥かに遠い。

 

《ダグラーガ》に収まる男は呟いていた。

 

「無常……、我がどれほどまでに悟りを得ようとも、古代人機、その領域には辿り着けない。彼らは惑星から産み落とされし存在だ。我は所詮、人の血の流るる卑しき身。釈迦にはほど遠い」

 

 卑しき血にはこの《ダグラーガ》が相応しい。《ダグラーガ》のツインアイが薄桃色に輝く。

 

 人造物であっても、命の鼓動は確かにある。この灯火を消してはならない。

 

 巨大古代人機が蠢動する。砲門を一斉にこちらに照準した。

 

《ダグラーガ》が塵芥に還る時が来たか。その予感に男は身を強張らせたが、古代人機はこちらに砲門を据えたまま、横滑り移動していく。

 

 まるで彼ら相手にいきり立っている自分の矮小さを教えるかのように。

 

「……さらば」

 

《ダグラーガ》が身を翻す。最早、古代人機と同じ道は辿れない。

 

 自分は僧兵。この世界における、最後の中立点。世界の天秤。中心に立つ事を許された数少ない人間が一人。

 

「我が名はサンゾウ。小さき人間が一人」

 

 名乗りに応じてか、古代人機が吼えた。汽笛のような鳴き声が大地に染み渡っていった。

 

 


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