ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯86 裏切りの傷

 

 基地に燻る炎を目にして、鉄菜は濃霧の中に躍り出る。

 

《シルヴァリンク》の損耗率から概算した血塊炉の消耗を回復するため、今はロデムと接続されていた。

 

《インペルベイン》にはロプロスが接合している。

 

 三機のモリビトは無人となった基地を見下ろし、それぞれに沈痛な面持ちを伏せている。鉄菜には、それが敗走の証であるかのように思えてならない。

 

 炎の根源は彩芽であった。火を炊いて余った鉄材で十字架を作り上げている。

 

「何をしている? 彩芽・サギサカ」

 

 彩芽は振り返り、どこか自嘲気味に口にした。

 

「人を弔うのよ。わたくしは、十字架で弔う方法を知っているから」

 

「基地の人間はゾル国の所属だ。私達が弔う理由はない」

 

 鉄菜の言葉に彩芽は嘆息を漏らす。

 

「……そうかもね。だってわたくし達は報復のためにこの星に送り込まれた。惑星の全ての人間は敵のはず。でも、彼らは約束を違えなかった。その生き方に尊敬をしているの。いけない?」

 

 問い返されて鉄菜は困惑してしまう。基地の人間達を悪いとは糾弾出来ない。だからといって彼らをしっかりと弔ってやるのも自分の中では不必要な気がしていた。

 

「……トウジャを匿っていた連中だ」

 

「でもわたくし達を裏切る事は何回でも出来た。それでも、彼らは己の信念に従ったのよ。それは尊いものだわ」

 

「尊い……申し訳ない、彩芽・サギサカ。その感情は分からない」

 

 自分の中にはない言葉であった。彩芽はその姿勢を責めるわけでもない。

 

「いずれ分かるわ、鉄菜。今は分からなくってもいずれ、ね」

 

 十字架の前で彩芽は傅き、合掌する。その首から提げているロザリオに鉄菜は尋ねていた。

 

「信仰があるのか」

 

「これ? わたくしの御守り、みたいなものかな」

 

「ブルブラッドキャリアには特別な信仰心などないはずだ」

 

「そうかもね。人を殺め、神を屠る性能を持つモリビトを持っている人間からしてみれば邪魔かもしれない。でも、鉄菜。信じるべきものさえも見失えば、それは悲しい」

 

「悲しい?」

 

 それも分からない。彩芽が言っている事は分からない事だらけだ。

 

「そう、悲しいわ。信じるのは己の剣だけ、己の銃器だけ。それはある一面では正しいのかもしれない。でも、引き金は、信じたところでいつだって裏切るのよ。わたくしは、心の中に神を住まわせられると思っている。人は誰だって、そういうものを持っているのだと」

 

 彩芽は自分と同じようにこの星へと是非を問いかけるために送られてきたはずだ。だというのに、その眼差しには自分にはないものが窺えた。

 

 これが、人間である、という事なのだろうか。

 

 人間らしい、という事なのだろうか。

 

 判断する術を持たない。自分は所詮、モリビトを動かすためのパーツに過ぎないのだから。

 

「《インペルベイン》、未確認のトウジャタイプとの交戦を確認した。情報の同期を頼みたい」

 

「桃に任せているわ。鉄菜、貴女は何を信じるの?」

 

 その問いに鉄菜は即座に応じていた。

 

「モリビトを。私は、《シルヴァリンク》のみを信じている」

 

 その答えが予見出来たのか、彩芽は微笑んだ。

 

「そう……鉄菜、貴女には信じられるものがあるのね」

 

「そのロザリオに信じられるものがあるんじゃなかったのか?」

 

「ロザリオは御守りだけれど、人はここで信じるかどうかを決めるのよ」

 

 トン、と彩芽は鉄菜の胸元を指で叩く。鉄菜は心底理解出来なかった。心臓で決めるというのか。

 

「こんな場所で、どうやって決めると?」

 

「鉄菜、それを決定付ける言葉を吐くのは簡単だけれど、貴女は自分で見つけなさい。その胸にあるものの名前を」

 

「胸にあるものの、名前……」

 

 ブルブラッド大気が流れていく。基地が錆びに覆われ、火の粉が舞い散った。

 

「この場所ももう終わりね。古代人機がいずれここも苗床にして、ただの自然に還っていく。それが必然の流れなのかもしれない」

 

「惑星がどれほど荒廃しても、それだけは変わらないのだろう」

 

「そう、ね」

 

「彩芽・サギサカ。次の任務までは時間があるわけではない。雑務は済ませておけ」

 

 彩芽はその言葉に静かに頷く。

 

「そうね。わたくし達は悲しみさえもこの胸に描けない。戦う事でしか示せないのだから」

 

 鉄菜は身を翻し、《シルヴァリンク》のコックピットへと戻った。ジロウが情報を処理している。

 

 その中には《ノエルカルテット》からもたらされた新たなる人機の情報があった。

 

 異常に発達した四肢を持ち、トマホークを武器とする人機だ。辛うじてトウジャタイプだと分かるのは頭部形状のみで、他はほとんど新規だと考えてもいい。

 

「桃・リップバーン。この機体の詳細は」

 

『ちょっと待って、クロ。情報が錯綜している。でも、この機体を回収した輸送機に枝はつけておいたわ。あともうちょっと、でっ』

 

 導き出された航路にはいくつかのダミーが用意されていたものの、《ノエルカルテット》に搭載されているOSが割り出しを行った。

 

 結果として、一つの国家へと帰還しているのが発見される。

 

「この場所は……」

 

『モモも驚き……。ブルーガーデンとはね』

 

 示されたのは独裁国家ブルーガーデンの位置する濃霧の中心地点であった。

 

 しかしブルーガーデンがいつの間に兵力を蓄えたというのだろう。あの国は《ブルーロンド》のみだと思っていたが。

 

「これは、早急に対処すべきだと提言する」

 

『モモも同意見。独裁国家がゾル国の介入に便乗したのか、それとも独自作戦を取ったのかはまだ不明だけれど、C連合、ゾル国と来て、この国家まで暗躍していたとなれば穏やかじゃないわ』

 

 すぐに前線基地へと介入、破壊工作を行うべきだろう。だが、それが難しいのは今までのブルーガーデンのデータからしてみても明らかであった。

 

 全くの情報不足。

 

 独裁国家に繋がる痕跡は全て消え失せている。

 

「ブルーガーデンに攻め入る隙がない」

 

『戦おうにも、相手は鉄壁のブルブラッド大気のど真ん中。モリビトで攻めれば他国を牽制しかねないし、あまり出過ぎた真似は出来ないわね。先刻のブルブラッド大気汚染テロも相まって、各国の対人機への対抗策は高まっている。殊にブルーガーデンみたいな閉鎖主義の国家に攻め入っても勝てる見込みは薄い』

 

 今回、モリビト相手に物量策が優位であるとゾル国に知られてしまった。それはブルーガーデン、C連合にも知れ渡ったと思って間違いないだろう。

 

「ナナツーや《ブルーロンド》はただでさえ量産が容易だ。しかも、ブルーガーデンは世界一の血塊炉産出国。秘匿しているだけで、その戦力は他二国に勝るだろう」

 

『軍事の兵力差なんて騙し騙され合いだもんね。数値通りの兵力じゃなきゃいけないなんて誰も決めてないもの』

 

 ではこのまま手をこまねいているべきなのだろうか。

 

 その時、鉄菜達の通信域に割り込んでくる回線があった。秘匿回線、しかもこちらのチャンネルを知っている人物からのものだ。

 

 桃が回線を繋げる。

 

『誰?』

 

『失礼。こちらからしてみれば初めましてとなる。わたしは水無瀬。ブルブラッドキャリアの協力者の、水無瀬だ』

 

 水無瀬と名乗った男は顔さえも見せない。音声のみの通信に鉄菜は敵意を滲ませる。

 

「何の用だ? 今まで何も言ってこなかった協力者など」

 

 信用出来ない、と言い含めつつ、鉄菜は回線で繋がった桃へと目配せする。相手の位置の逆探知は抜かりない、と桃は首肯していた。

 

『なに、そう警戒する事はない。わたしはそちらへと、有益な情報をもたらすために今、この通信回線を繋がせてもらっている』

 

「有益? どうしてこのタイミングなんだ」

 

 その問いに水無瀬は簡潔な言葉を返す。

 

『第四フェイズ』

 

 一言だけで全ての了承が取れてしまった。自分達が踏み止まっているのは第三フェイズ。その次へと移行するための鍵を水無瀬が持っているというのか。

 

「遂行のための手順か」

 

『執行者であるモリビト三機の操主達には、まだ第四フェイズが如何なるものなのか伝えられていないはずだ』

 

「ではお前にはそれが分かっているとでも?」

 

『ああ、その通り。各国との接戦、さらに言えばトウジャの封印解放、それらの条件が揃った。第四フェイズへの移行準備が整った、というわけだ。協力者として、わたしは君達を導く役目がある』

 

『でも、ここに至るまで何も言ってこなかったじゃない』

 

 桃の指摘に水無瀬は、それもそうだろうと返す。

 

『わたしは第四フェイズ以降のサポートを任されていた。それまでの作戦実行において君達への接触は禁じられていた』

 

 逆探知まで残り一分である。引き伸ばすべきか、と鉄菜は質問を重ねる。

 

「信用が出来ない。そちらのデータを渡してもらおう」

 

『データなど必要あるものか。君達のうち一名……二号機操主、鉄菜・ノヴァリスへの直々の命令だ』

 

「……私に?」

 

 このタイミングで自分の名前が呼ばれるとは思っていなかった。うろたえた鉄菜の《シルヴァリンク》へと圧縮ファイルが送信される。

 

『わたしはここでお暇しよう』

 

 通信が一方的に切断される。逆探知完了まで残り十秒のところであった。

 

『……やられたわね、クロ。あと少しだったのに。ゾル国のどこか、までは分かったけれど』

 

「そうだな。惜しいところまで行ったんだが」

 

 応じつつ鉄菜は圧縮ファイルを開く。内包されていたのは《シルヴァリンク》単独での作戦行動表であった。

 

『これは……、こんなの無茶苦茶マジ』

 

 そこに記されていたのは、操主、鉄菜・ノヴァリスへの勅命である。

 

 ――実行し、打撃を与えろ、とあった。

 

「私単独での作戦行動。ここに来て、二機を裏切れというのか」

 

『聞く事ないマジ、鉄菜。こんなの、あまりにも酷いマジよ。彩芽と桃が呑むわけが……』

 

「呑ませる事も、ないというわけか」

 

 その言葉をジロウが咀嚼する前に、鉄菜は操縦桿を引いていた。

 

 機動した《シルヴァリンク》がロデムの接続を強制的に打ち切り、その血塊炉へとRソードを突きつける。

 

 思わぬ行動に桃が悲鳴を上げた。

 

『なにを! クロ?』

 

「桃・リップバーン。それにまだ搭乗していないな、彩芽・サギサカ。両名に告げる。ここでお前達との作戦続行を打ち止めにさせてもらう」

 

『何を……何を言っているの、クロ! こんなところで単独行動なんて許されるわけ――』

 

「許されようとは思っていない。だが、《ノエルカルテット》は完璧ではない。《インペルベイン》には操主さえも乗っていない。この状況で、私の《シルヴァリンク》を止められるか?」

 

 それは、と桃が言葉を飲み込ませる。ジロウが鉄菜へと言いやった。

 

『やめるマジ! 鉄菜! モリビトの操主同士で、どうしてこんな事に……』

 

「ブルブラッドキャリアの作戦遂行を優先する。そういう風に私は造られている」

 

『それは……そうマジがこんな作戦なんて』

 

 意味がない。あるいは無謀かもしれない。それでも、優先順位の高いほうを取るしかないのだ。

 

 Rソードを血塊炉付近へと添えられているせいでロデムは完全に動きを封殺されている。

 

 今はポセイドンとしか接続されていない《ノエルカルテット》では《シルヴァリンク》を止める事など叶うはずがない。《インペルベイン》も彩芽が乗っていなければでくの坊同然だ。

 

『鉄菜……何で? 貴女はだって、わたくし達の』

 

「確かに執行者としては同類だが、仲良しこよしをやるために降りてきたわけではない」

 

 その言葉に全てが集約されていた。それでも説得しようとする桃に彩芽は言いつける。

 

『……そう。桃、鉄菜を行かせましょう』

 

『アヤ姉? 何を言って……。クロも目を覚まして! 今の状態の《シルヴァリンク》で単独任務なんて』

 

『いいえ、桃。だからこそ、なんでしょう』

 

『どういう……』

 

「私は行く。追ってくれば対処させてもらう」

 

《シルヴァリンク》が飛翔し、二機のモリビトから遠ざかる。意外な事に二機とも追ってこなかった。戦地での激戦の後だ。わざわざ追ってくる理由もないのだろう。

 

 鉄菜は《シルヴァリンク》に身を翻させ、そのまま作戦実行の地へと向かわせた。

 

『鉄菜……こんな事でいいマジか? 彩芽も桃も、決して鉄菜の事を軽んじているわけじゃないマジよ』

 

「軽んじる? 何を言っている。もしもの時は敵になる。その程度の認識でいいはずだ」

 

『そりゃ、それがベストだと規定はされているマジが……。でもそんなの、おかしいマジよ』

 

「何もおかしくはない。作戦遂行に邪魔ならば切り捨てる」

 

 鉄菜のどこまでも冷たい言葉にジロウはもう反論も諦めたようであった。

 

『……でも、こんなのは多分、二人とも望んでいないマジ』

 

「望まれなくとも戦う。それがブルブラッドキャリアだ」

 

 ただ、胸の中に空いた虚無感が幾度となく、罪悪感を抱かせた。それは通常ならばおかしいはずだ。

 

 作戦遂行に罪悪感を抱いていればもしもの時の判断を見誤る。それを理解していないはずがないのに、鉄菜は彩芽の指差した胸元が妙に痛むのを感じていた。

 

 覚えず胸元をさする。

 

「……ここに何があるって言うんだ。彩芽・サギサカ」

 

 その在り処も分からずに鉄菜は前を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四章 了

 


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