ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯84 黒く染まる

 モリビト三機を下した、作戦成功だ、と湧くような人間はいなかった。逆に沈痛に顔を伏せた軍人達が苛立ちを募らせている。

 

「くそっ! ミゲルの奴を墜としやがった……! モリビトめ、この借りは絶対に返してやる……、何があってもな!」

 

 エアロックに拳を叩きつけた軍人にガエルは冷笑を浮かべた。この先、どれほど残酷な事が突きつけられようと、この軍人はそれを糧にして戦っていくのだろう。

 

 逆に言えば、その程度。他人のために張れる命などたかが知れている。それに相手はモリビトだ。雪辱を晴らす機会がその人間の最期にならないとも限らない。

 

 面持ちを伏せた軍人達は、めいめいに鬱憤をぶつけていた。今次作戦で百機近くの《バーゴイル》を投入したものの、地力で帰還したのは三十機ほど。ほとんどが航空不可能に陥ったか、撤退命令を受けて撤退してきたのを輸送機が回収した形だ。

 

 ガエルの《バーゴイルシザー》は地力で帰還した側に当たる。両腕を失ったもののモリビト相手に善戦したのはゾル国軍内部でも伝わっているらしい。

 

 自分と顔を合わせた軍人が挙手敬礼する。モリビトと真正面から戦い、痛み分けとは言え凌駕した。その操主としての能力を買っているのだろう。

 

 だが、自分は一介の戦争屋だ。まさか軍人相手に敬礼を送られるなど思いもしていない。

 

 相手が真面目腐っているだけにガエルは笑いを堪えるのに必死であった。

 

 囁かれる言葉はどれも賞賛である。

 

「……あのカイル大尉の叔父って人、青いモリビトと戦い抜いたそうだぜ……」、「格闘戦重視の? あんな機体怖くて俺、真正面から戦えねぇよ」、「全包囲攻撃を持つ機体からどうやって逃れたんだ……どういう操縦技術してんだよ……」

 

 連中に根付いているのは所詮、正規軍人であるという矜持のみ。それもモリビトの前では脆く崩れ落ちる。

 

 ブルブラッドキャリアとの戦闘の場合、生き残るか否かなのである。それほどまでに研ぎ澄まされた戦場なのだ。

 

 昂らないほうがどうかしている。ガエルは戦闘の昂揚を持ったまま、カイルが収容されたという報告を受けていた。

 

 整備デッキを途中で立ち寄ると破損した《バーゴイルアルビノ》が横倒しになっていた。白亜の装甲には亀裂が走っており、戦闘の苛烈さを物語っている。

 

「カイルに怪我は?」

 

 歩み寄ったこちらに整備班が敬礼する。

 

「シーザー大尉の叔父様、でしたか」

 

「特務准尉だ」

 

「これを」

 

 差し出された端末にはカイルの経験した戦いが記録されていた。そこに映し出されていたのは漆黒の人機である。

 

 モリビトへと肉薄し、パイルバンカーを武器にして鍔迫り合いを繰り広げる人機に、ガエルは息を呑んでいた。

 

 何という性能か。両腕に装備したパイルバンカー以外の目立った武装はないものの、モリビトへと何度も食らいつく執念のようなものが見て取れる。

 

「モリビトと至近戦闘を? この機体の所属は?」

 

「識別信号ありません。全て、不明です」

 

 不明人機、というものはモリビト以外に存在しないはずではなかったのか。この機体が表立って戦えばブルブラッド大気汚染テロでブルブラッドキャリアに矛先の向いていた民衆の怨嗟が変わってくる。

 

「して、機体名称も分からない、というわけか」

 

 灰色のモリビトと幾度となくぶつかり合う。命知らずだ、とガエルは感嘆していた。

 

「相当に強力な人機であるのはハッキリしていますが、この人機、操主の声すらも拾い上げていません」

 

 声紋から認証をかける事も不可能。ガエルはデータを受け取った後、カイルがこの機体と接触を行った事実を確認する。

 

「カイルはこれと戦ったのか?」

 

「ショックみたいですよ。随伴機もやられて、大尉からしてみれば自分のプライドをズタズタにされた気分なんでしょう」

 

「帰還したのはカイルのみ、か」

 

「《バーゴイルアルビノ》がここまでこっぴどくやられてきたのは初めてですね」

 

 元々、近接格闘のみに秀でた機体だ。噛み合わせが悪ければ相手に凌駕されても何らおかしくはない。

 

「……この機体のみではないな。もう一機か」

 

 同型と思しき機体が映り込んでいる。異様に長い四肢を持っていたがこの機体は間違いない。

 

 前回、自分へとモリビトの因縁を吹っかけてきた機体であった。

 

 あの場に二機の不明人機が居合わせたとなればモリビト相手に戦って生き残っただけでも儲け者か。

 

「カイルは?」

 

「自室です。呼んで来ましょうか?」

 

「いや、こちらから出向こう」

 

《バーゴイルアルビノ》を中破させられて黙っているような人格ではあるまい。ガエルは部屋の前まで来て咳払いした。

 

「カイル、いるのか?」

 

『……叔父さん。今は、その』

 

「聞いている。《バーゴイルアルビノ》があの状態では、ショックも大きいだろう」

 

『……入ってください』

 

 エアロックが解除され、ガエルが足を踏み入れる。カイルは部屋の隅で毛布に包まっていた。

 

 歯の根が合わないのか、ガチガチと震えている。

 

「どうした? モリビトとの戦闘がそんなに……」

 

「モリビトなんて、まだ可愛いほうですよ。あの機体は、悪魔だった」

 

 先ほどの映像の機体の事を言っているのだろう。ガエルはこの青年の矜持を傷つけた機体に賞賛を送りたいほどだ。

 

 あのままどこで野垂れ死んでもおかしくはない精神の持ち主が恐怖を経て少しはマシになったか。

 

「悪魔の機体か。今、解析班が必死に照合に当たっているが」

 

「随伴機が、二機、いたんです。でも、この機体の前じゃまるで児戯だった。何だったんだ、あれは……。あんなの、人機の枠を超えている……!」

 

 モリビトよりも不明人機のほうにカイルは恐れ戦いているらしい。無理からぬ事か。

 

 生死の境を彷徨えば誰でもなり得る麻疹のようなものだ。

 

 死が間近にある時、人の選択肢は自然と限られてくる。

 

 死の恐怖から逃れるか、それに立ち向かうか。戦争屋であるところの自分は立ち向かうどころか逆に食ってやる気質を持ち合わせていたが、一軍人に過ぎないカイルからしてみれば死の恐怖は近いようで遠いのだろう。

 

 本国で英雄のように持て囃された人間はあまりにも戦争から離れている。アイドルが戦場に赴く事がないのと同じように、彼は直接戦場で生き延びた経験が少ないのだろう。

 

 己の力を実感する機会のない兵士は自滅する。このままカイルという青年の自滅を辿っていても面白そうではあったが、今の自分はカイルの叔父という立ち位置だ。

 

 破滅を面白がっている場合ではない。

 

「カイル……ああいう人機との戦闘は儘あるんだ。戦場では、予測出来ない事が起こる。それこそ悪魔に確率論を支配されているのではないかと思える事が」

 

 戦争屋としての経験則から出た言葉であったためか、カイルはすぐに信じ込んだ。

 

「……叔父さんでも、怖かった事が?」

 

「あるさ。何度も」

 

 その度に死線を潜り抜け、より高い快感に身をやつしてきたが、とは言わないでおいた。

 

「僕は……甘かったのかもしれない。あんな機体があるなんて。モリビトだけでも精一杯なのに、あんなもの、ゾル国がどうやって倒すというのだろう」

 

「《バーゴイル》では、不安か?」

 

「《バーゴイルアルビノ》の性能に自信はありました。でも過信だったのかもしれない。僕はあの機体に頼むところが大き過ぎた。自分自身が強くなければ、結局何も貫き通せない。それが痛いほど分かったんです」

 

 今さらの事か。ガエルは相変わらずこの青年の夢想にうんざりする。彼は戦場にロマンでも求めているのだろうか。

 

 戦場で分かり合えるとでも? 銃を捨てお互いに抱擁出来るとでも?

 

 馬鹿馬鹿しい。フィクション映画の観過ぎだ。戦争で物を言うのは銃弾の数と敵の頭蓋を確実に射抜く技量のみ。硝煙棚引く戦場で何を期待しているのだろう。

 

 敵が投降し、自分の理想に深く感動するとでも?

 

 あるいは敵味方の境を超え、もっと大きな敵に挑むとでも?

 

 そんな事はあり得ない。断言出来る。あり得ないのだ。

 

 人は人同士でいくらでも殺し合える。いくらでも残忍になれるのだ。それを理解していない人間が戦場に出るのは自殺行為でしかない。

 

 銃弾の盾になる程度の役割しか果たせないであろう。

 

「カイル、随伴機がやられたのはショックがあっただろうが、戦場ではよくあるんだ。いい人間ほど早くに天国へと行ってしまう。それはあらゆる戦場で当たり前の事なんだよ」

 

「じゃあ、叔父さんも僕の手の届かないところに行ってしまうんですか」

 

 毛布を脱ぎ捨てたカイルの弱音にガエルは手を振った。

 

「いや、私は……」

 

「叔父さん! 僕を一人にしないで……これ以上、何を失えばいいって言うんですか……! もう、何も失いたくないのに!」

 

 咽び泣くカイルの姿にガエルは胸の内で冷笑を浴びせる。

 

 一人? 何を言っている。もうとっくにお前は一人だろう。気づいていないだけだ。

 

 こうも無知蒙昧が過ぎると演技をしているだけでも大変になってくる。

 

 失うものが多いのは軍人ならば当たり前だ。そのような基礎も頭に入っていないお花畑の人間が軍人として矢面に立てるのだから驚きである。

 

「カイル、約束しよう。お前よりも早くに死ぬ事はない。絶対に」

 

「本当に? 本当ですか?」

 

 ――ああ、そうだとも。死ぬのはお前一人で充分だ。

 

「もちろんだ。叔父さんが約束を破った事があったか?」

 

「……いえ、なかったです」

 

 つい先日会ったばかりの人間によくもここまで全幅の信頼が置けるものだ。自分ならばここまで脆さは見せない。

 

 カイルは軍人にしてはあまりに細くしなやかな肩を震えさせていた。あの漆黒の人機の事を思い出しているのだろう。

 

「カイル、無理強いをするつもりはないが、恐怖を克服するのには、男ならば戦うしかない。逃げる選択肢を選ばないのなら、戦うしかないんだ」

 

 語気を強めたガエルに彼は視線を振り向けた。

 

「戦うしか……でも僕なんかが勝てるでしょうか。あの人機操主は、相当な怨念の持ち主だった」

 

 怨念とは面白い事を言う。怨念と憎悪が渦巻くのが戦場の常だろうに。

 

「勝つ事に意味を見出すのではない。カイル、お前は克服しなければならない。恐怖に打ち克つのには、お前自身が強く、男にならなければならないんだ」

 

「僕が、男に……」

 

 掌に視線を落とすカイルに背中を押す言葉を放ってやる。どれほどまでに虚飾に塗れた言葉でも、この青年からしてみれば次に繋がる安定剤になる事だろう。

 

 そして安堵し切ったところを絶望に叩き落す。そのためには少しくらいは強くなってもらわなければ困る。

 

 モリビトに遅れを取るのならばまだしも、不明人機程度に恐れ戦いているのでは話しにならないのだ。

 

「そうさ。敵を倒し、己の武勲の証明を立てる。それが男というものだ。決して、国家や他のしがらみの上に立つんじゃない。それは己の信念の上に立つものだ。信念とは自分でしか掲げられないのだから」

 

「信念……、僕自身の」

 

 ここまで煽ってやれば後は彼次第であろう。ガエルは肩を叩いて言いやった。

 

「折れない心がある限り、男は何度でも立ち上がれる。それを忘れるな」

 

 言い置いて部屋を出ようとしたその時、カイルが出し抜けに尋ねてきた。

 

「叔父さんは……今まで生きてきて、こういう瞬間になった時、どうしたんですか?」

 

 答えなど迷うまでもない。ガエルは口元を綻ばせる。

 

「男になってきたのさ」

 

 部屋を出ると笑いがこみ上げてきた。どうにもあの青年将校を焚きつけるのは楽しくてしょうがない。

 

 自分が戦争屋だと知れば彼はどうするのだろうか。それこそ己の信念を曲げずに立ち向かってくるか、それとも……。

 

 いずれにせよ、面白い芽が育っているのは確かな様子だ。彼がこのまま枯れるかあるいは輝かしく蘇るか。一見の価値くらいはありそうであった。

 

「……にしても、モリビトじゃない不明人機ねぇ。こりゃ、雇い主に一回問い質さなきゃならんかな」

 

 自室に戻るなり、ガエルは施錠して盗聴の類を疑った。全ての通信機から切り離されたスタンドアローン端末を用いてコールする。

 

 二三回のコール音の末に相手が通話口に出た。

 

『ガエル・ローレンツ。こちらが呼ぶ以外では連絡はしてこないと思っていたが』

 

「んな悠長も言ってられねぇんだよ、畜生め。あんな戦場にオレを叩き落しておいて、死んだらどうするんだ?」

 

『死ねばそこまでだよ』

 

 言うと思っていた。ガエルは襟元を緩め、操主服のインナーに風を通す。

 

「なぁ、あんた。前に言っていたトウジャタイプっての。あれ、二機も三機もいるもんなのか?」

 

『遭遇したようだね。トウジャは基本的にゾル国の所有していたとされる《プライドトウジャ》のみが確認されていたが、もう一機、か。これのデータを共有したところ面白い事が算出された』

 

「面白い? こちとら面白くも何ともねぇ。ケツの青いガキのお守に大忙しだ。オレには合わねぇんじゃねぇの? こういうの」

 

『合う合わないではなく、君にこそやってもらう意義があると感じているがね』

 

「正義の味方、か。うんざりだぜ」

 

 煙草に火を点けつつガエルは毒づいた。正義の味方というよりもこれではただの腰巾着。あの青年将校について行けば確かに昇進は間違いないだろう。だが、自分はそもそも戦争屋。成り上がりがしたくって戦ってきたわけではないのだ。

 

『しかしカイル・シーザーは君からしてみても面白い逸材のはずだ。あれほどまでに純粋な男、黒に染めてみたいと思わないかね?』

 

「黒に、ね。オレ色に染まるって言うんなら確かに価値はある。だがよ、てめぇらのいいように染まらせられるって言うんなら話は別だって言ってるんだ」

 

『我々のやり方に不満でも?』

 

「不満云々じゃねぇよ。死地に追いやられて、モリビトなんかと戦わされている時点で割を食っている気がしないでもないが、そこにトウジャが二機も来たとなれば、こちとら尻尾を巻いて逃げ出したくもならぁ」

 

『意外だな。君は勇気ある者だと思っていたが』

 

「勇気と無謀は違ぇよ、マヌケ」

 

 紫煙をたゆたわせ、ガエルは空調に向けて煙い息を吐いた。どうにもきな臭い。レギオンがこの情報を知り得ている事。何よりもトウジャタイプが二機も、示し合わせたようにあの戦場に出向いていた事。辻褄合わせが出来ていない。

 

『結果論に過ぎないが、君もまた思案を浮かべる存在であったという事か』

 

「戦争屋が金さえ積めばどこへでも行くと思ったら大間違いなんだよ。あんな喰い合いに行き遭って、じゃあ次もあの戦場で戦いますとでも言うと思ったか? 命がいくらあっても足りねぇさ。こちとら慎重に行きたいんでね。《バーゴイルシザー》で潜り抜けられる戦局を遥かに超えている。これじゃ、あんなもん張りぼて以下だ」

 

『機体の補充は滞りなく行われるだろう。《バーゴイルシザー》が不満だと言うのならばもっと強い力を』

 

「あるのかよ? あの機体よりも強いのなんて」

 

 その問いに将校は通話口で笑みを浮かべたのが伝わった。

 

『ああ、あるとも。君も驚くかもしれないがね』

 

「いずれにせよ、ゾル国連中は負け戦をしちまった。モリビト三機相手に、物量で押しても勝てねぇんだって事。こいつはでかいぜ? これから戦うべき指針を失ったも同義だからな」

 

『物量ならば勝てる、というのは思い過ごしてであった、と三つの国家は思い知るか。しかしC連合は新たなる動きを見せようとしている。ブルーガーデンも、だ。次の着任先が決まった』

 

「おいおい、そうホイホイとオレが身分や名前を変えて潜り込めるとでも?」

 

『安心するといい。身分も名前もガエル・シーザーのままだ。ゾル国の第三者として、君には偵察任務が下るだろう』

 

 煙草の煙を吸い上げ、ガエルは舌打ちする。どうにもこの将校の思い通りに動かされているのは面白くない。

 

「……どこだよ」

 

『ブルーガーデン、青い花園の国家へと、今度は仕掛けて欲しい』

 

「あの独裁国家か? どうやって? 言っておくがあの国は」

 

『常に青い霧に閉ざされた鉄の国家。国交を許しているのは一部のみ。血塊炉の輸出入において世界有数の産出国であり、未だにその全容は不明。恐ろしく秘密主義な国だ』

 

 そこまで分かっているのならば他の人員を回せばいいものを。どうして自分なのだ、とガエルは問い返す。

 

「オレが行く意味が分からねぇな」

 

『血塊炉産出国における義務、というものが存在する。今回の場合、トウジャタイプの跳梁跋扈の巣窟を考えた場合、一番に疑うべきなのは血塊炉の安定供給が出来るブルーガーデンだ』

 

「……なるほどね。血塊炉を新型に組み込めるだけの目算があるっていうんなら新型を擁立していてもおかしくはないって話か」

 

『既にゾル国上層部は疑い始めている。ブルーガーデンによる陰謀を』

 

「C連合も一杯食われされたクチか? トウジャタイプ、あれが二機ともブルーガーデンの手先だとすりゃ」

 

『防衛攻撃を仕掛けるのは何ら不思議ではない』

 

 その先鋒になれというのか。ガエルは灰皿で乱暴に煙草を揉み消す。

 

「敵が攻撃してくる前に仕掛ける……案外、粗雑なのは変わらないだろうぜ。オレらがやらなくてもC連合の誰かがやるって寸法か」

 

『ゾル国とて出せる戦力には限りがある。君と他に回せるのは二軍、三軍の戦力くらいか』

 

「今回みてぇにモリビト相手の物量戦は出来ないってわけかい」

 

『勝てる見通しがあったから、今回ゾル国は踏み切った感がある。しかし独裁国家の国土となれば全てが不明。どうなっても文句は言えまい』

 

「そこに踏み込むのはオレの役目って事かよ。毎回、ツイてねぇ、損な役回りだな」

 

『だが君が矢面に立てば、自然とカイル・シーザーの動向も伝わりやすい。いや、そのような勇気ある決断をする叔父への信頼度は高まるだろう』

 

 畢竟、カイルへの信頼を得るための道具か。

 

 自分はそのためにレギオンに使い潰されるというわけだ。

 

「……作戦指示書が下れば、いつだって出せるけれどよ、《バーゴイルシザー》が一朝一夕で直るもんかねぇ」

 

『ゾル国スタッフには君が希望の星の叔父である事は充分に伝わっているはずだ。優先して改修が進められるだろう』

 

 どうあっても出なければならないというわけか。ガエルは押し問答を諦めた。

 

「ああ、クソッ。いいさ、出てやるよ。ただし! オレの地位とその役職は完全なものなんだろうな?」

 

『我々から君を切る事はあり得ないよ』

 

 暗に自分が切ろうとすればいつでも切られるという言い草。こちらの裏切りを加味していないほど組織は甘くないか。

 

「じゃあ、ガエル・シーザーとして、もうちょっとゾル国で生きるしかねぇって寸法かよ」

 

『カイル・シーザーは着々と君へと依存しつつある。感覚はあるだろう?』

 

 将校にはこちらの情報など筒抜けなのだろうか。先読みされている事に嫌な感覚しかついて回らなかった。

 

「……一つ言っておくとよ、てめぇらあの坊ちゃんを篭絡して何がしたい? もう一度聞かせてくれよ」

 

『我々の真意は変わらないさ。君を正義の味方にする。そのための前段階はきっちり踏むべきだ』

 

 正義の味方。そのあまりに浮いた言葉にガエルは皮肉めいた笑みを浮かべる。

 

「坊ちゃんの精神面の脆さも織り込み済みか」

 

『トウジャと戦う事になるとは思っていなかったがね』

 

「いいぜ、やってやる。トウジャの情報を寄越しな。そうじゃねぇと釣り合わねぇ」

 

『こちらのデータは出来るだけ最新のものを送ろう。君は戦場にだけ集中してくれればいい』

 

 よく言う。カイルという大きな重石をつけておいて、吐ける言葉か。

 

 通話が切られ、ガエルは通信機を床に叩きつけかけて、その手を彷徨わせた。

 

「でかい流れからしてみりゃ、オレも坊ちゃんも似たようなもんか。……モリビトでさえも」

 

 舌打ちしてガエルはベッドに横たわった。

 

 


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