ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯81 殺戮、瞬光

 五機ほどが警戒網を抜けた、と桃から通信が入っていた。

 

 彩芽はコックピットの中で身じろぎする。

 

「……結局、わたくし達が戦わなければならないのね」

 

『彩芽、やりたくないのなら、もう基地なんて放棄すれば……』

 

 ルイの声音に彩芽は首を横に振る。

 

「いいえ、わたくしが諦めればきっと基地の人々も諦めてしまう。最後まで、諦めないでいたい」

 

 それがどれほどに傲慢であっても。世界から見捨てられた者達を自分達まで見捨ててはならないのだ。

 

『向こうは身勝手かもしれない。ゾル国の手が迫れば、彩芽の顔写真を公表するかも』

 

「だろしても、よ。それでもここで踏ん張るの。それがわたくし達に出来る精一杯の抵抗」

 

 操縦桿を握り締め、彩芽はぐっと息を詰めた。

 

 センサーの中に《バーゴイル》が二機、確認される。

 

 先行する《バーゴイル》へと攻撃対象を絞った。

 

「《モリビトインペルベイン》、彩芽・サギサカ。行くわよ」

 

 リバウンドブーツで地表を蹴りつけ彩芽の駆る《インペルベイン》が《バーゴイル》へと接近した。すぐさま両腕の武器腕が稼動し銃弾の雨嵐が《バーゴイル》を打ち据える。

 

 装甲に穴を開けた《バーゴイル》へと反転した武器腕がクローと化し、腹腔の血塊炉を融解させる。

 

 ぶくぶくと関節から青い血の泡を吹き出しつつ、《バーゴイル》が撃墜された。

 

 もう一機、と機体を走らせかけて彩芽は肌を粟立たせるプレッシャーに後退した。

 

 先ほどまで《インペルベイン》のいた空間を引き裂いたのは白い《バーゴイル》である。先行情報からそれがカイル・シーザーなる人物の操る《バーゴイルアルビノ》である事が確認される。

 

「《バーゴイルアルビノ》……ここまで来ていたってわけ」

 

『そこまでだ! モリビト、忌むべき世界の敵! 僕が成敗してくれる!』

 

「成敗? 悪いけれど、坊ちゃんの正義の味方ごっこに付き合う時間はないのよ」

 

 大剣を掲げた《バーゴイルアルビノ》が《インペルベイン》を両断しようとするも《インペルベイン》の張った弾幕を前に接近を躊躇わせた。

 

 腹腔の武装を解除し、《インペルベイン》の照準器が《バーゴイルアルビノ》を狙い澄ます。

 

「食らいなさい! アルベリッヒレイン!」

 

 肩口の連装ガトリング砲と両腕の銃撃、腹腔の火線が一挙に咲き《バーゴイルアルビノ》を捉える。

 

 確実に葬った、と認識した彩芽であったが、《バーゴイルアルビノ》を庇って先ほどの《バーゴイル》が前に出ていた。

 

《バーゴイル》の装甲が焼け爛れる。舌打ちしつつ《インペルベイン》に照準補正をかけさせようとして通信の中に怒りが滲んだ。

 

『よくも我が同胞を……許さんぞ! モリビト!』

 

「とんだとばっちりじゃない。貴方の同胞なんて知るわけないわ」

 

《インペルベイン》が銃撃を浴びせつつ《バーゴイルアルビノ》を引き剥がそうとする。しかし、敵人機は思っていたよりもずっとしつこい。追いすがってくる影に《インペルベイン》の肩口の連装砲が火を噴いた。

 

《バーゴイルアルビノ》がよろめく。溶断クローへと可変させ、その腹腔にある血塊炉を狙い澄ました。

 

「これで、墜ちろ!」

 

《バーゴイルアルビノ》を操る操主の熟練度は低い。押し切れる、と確信した彩芽は瞬間的に鳴り響いた照準警告にハッとした。

 

《バーゴイルアルビノ》と《インペルベイン》の間に降り立ったのは一本のパイルバンカーである。

 

 その一本がまるで全ての断絶のように二機の機動を阻害した。

 

『何奴?』

 

 カイルの逡巡に彩芽は警告の方向へと視線をやった。飛翔しているのは漆黒の人機であった。

 

 四つの赤い眼が頭部に位置し、戦場を俯瞰している。

 

 その姿は何度もデータでそらんじたあの機体そのものであった。

 

「《プライドトウジャ》……どうしてこの戦場に?」

 

 操主共々C連合に接収されたはず。この場にいる事自体が異様な機体に《バーゴイルアルビノ》の操主が異を唱えた。

 

『何だ、貴様は! 清廉なる戦いを邪魔するか!』

 

 大剣を携えた《バーゴイルアルビノ》に《プライドトウジャ》は一瞥を投げるのみであった。

 

 興味が失せたかのようにそちらから視線を外し、照準警告が《インペルベイン》に収まる彩芽を狙う。

 

 ――敵の狙いはモリビトだ。

 

 その事実が肌を刺すプレッシャーと相まって汗を滲ませる。

 

《プライドトウジャ》は一瞬だけ背面スラスターを緩ませた。

 

 ほんの刹那の出来事に過ぎない。

 

 その直後には《プライドトウジャ》の機体が瞬間移動したかのように眼前に存在していた。無論、瞬間移動などという非現実がまかり通るわけがない。

 

 ――これはファントムだ。

 

 ブルブラッドキャリアで唯一、ファントムを会得している彩芽だからこそ分かる。高速機動法を確立している敵相手に、中途半端な攻撃は逆効果。

 

 溶断クローへと変形させ、血塊炉を狙うも紙一重で避けられてしまう。

 

 連装ガトリング砲が火を噴くもほぼ無意味であった。それよりも《プライドトウジャ》の掲げた腕から発せられる必殺の間合いに彩芽はリバウンドブーツで地表を蹴りつける。

 

 パイルバンカーが弾き出され地面を抉った。

 

 もし命中していれば命はないだろう。辛うじて逸れたとしても血塊炉付近に当たればモリビトは使い物にならなくなる。

 

《プライドトウジャ》は外したパイルバンカーを引き抜き槍の穂のように構えた。

 

 彩芽は距離を取り全兵装の照準を《プライドトウジャ》に向ける。

 

「……一つ、聞いても」

 

 合成音声で通信をアクティブにする。《プライドトウジャ》の側からは何一つ音声はなかった。

 

「この基地を守るために、もう一度ここに舞い降りたというのか。貴方は……桐哉・クサカベか」

 

 その質問に《プライドトウジャ》は応じない。代わりのようにパイルバンカーの槍の穂が《インペルベイン》へと突き刺さりかけた。

 

 クローでいなしつつもう一方の腕から銃撃を見舞う。

 

《プライドトウジャ》は地表を蹴って跳躍し、軽業師のような動きで《インペルベイン》へと拳を叩きつけた。

 

 怒りが凝縮したような動きに彩芽は舌打ちする。

 

 即座に銃口が《プライドトウジャ》の頭を狙うもその時には後退している。

 

 鉄菜が脅威に上げるわけだ。隙がない。否、通常ならば生じる絶対的な隙を《プライドトウジャ》のシステムがゼロに等しくしている。

 

「これがハイアルファー人機……」

 

 しかし燃費消費は限りなく悪いはずだ。今の状態で長く戦えるわけがない。

 

《インペルベイン》と《プライドトウジャ》との戦闘に《バーゴイルアルビノ》を含むゾル国兵士は介入出来ないようであった。圧倒されているのだ。

 

《バーゴイルアルビノ》を操る操主は大剣の切っ先を《プライドトウジャ》に向けていた。

 

『き、貴様、味方なのか? それとも敵か? 答えろ!』

 

《プライドトウジャ》は応じない。《インペルベイン》へと視線を据え、四つの眼光がこちらを睨む。赤く憎悪に染まった眼差しに彩芽は緊張を走らせた。

 

「……何ていう、凄味」

 

 勝てるか、と胸中に問いかける。否、勝たなければならない。鉄菜達が精一杯本隊を留めていてくれるはずだ。ならば、自分も本気を出してでもこの人機を退けなくてはならない。

 

「……ルイ、《インペルベイン》第二の封印武装を解除する」

 

『彩芽? でもそれは、計画を歪める事に……』

 

「この機体をどうにか出来ないとどっちにせよ歪む。それに、今は気圧されている《バーゴイル》部隊もいつ正気に戻るか」

 

 基地の奪還が任務のはずだ。そのためにはモリビトさえ倒せればいい。《プライドトウジャ》にその気がないにせよ、同盟を組まれれば面倒であった。

 

『……分かった。《モリビトインペルベイン》サポートAI、ルイの名において実行する。封印武装解除コードを認証。解除キーを』

 

 彩芽はモニターに浮かぶ静脈認証に己の手を翳す。生態認証と脳波、心拍数がモニターされ正常な判断である事を断定させた。

 

「《モリビトインペルベイン》、封印武装解除」

 

《インペルベイン》の水色の眼窩が輝き羽根のような追加武装を展開した。

 

《プライドトウジャ》がスラスターを開いて肉薄する。その瞬間、《インペルベイン》の封印武装が解き放たれた。

 

「――リバウンドトリガーフィールド」

 

 周囲が円形のRフィールドに押し包まれる。訪れたのは静寂であった。虹の皮膜の中に隔離された《プライドトウジャ》が立ち止まる。

 

 無理もない。今の相手には――何も見えないし聞こえないはずだ。

 

「リバウンドトリガーフィールドは一時的に《インペルベイン》の副兵装であるRフィールド発生装置を完全解放する。その状態から放たれた鉄壁の防御で相手を圧倒し、こちらの銃撃を一方的に浴びせるのが本来のやり方なんだけれど、今は別の方法を取らせてもらった。これは、対モリビト戦を想定した運用方法」

 

 虹の檻に囚われたまま、《プライドトウジャ》がこちらを索敵しようとしているのが分かった。だが、見えない相手を掴む事など出来るわけがない。

 

「Rフィールドの中では発生源である《インペルベイン》のシグナルはほぼゼロに等しくなる。このRフィールドを発生させている間、わたくしと《インペルベイン》は逃げられない代わりに、鉄壁の防御と、そして無闇にこちらへと接近してくる相手に対して優位を取る事が出来る。こんな風に」

 

《インペルベイン》がリバウンドブーツでRフィールド内を駆け巡る。Rフィールドの皮膜を蹴りつけて体内の循環パイプに負荷を与えた。

 

「――ファントム」

 

 四方八方を己の領域に置いた上でのファントムは敵からしてみればどこから来るのか分からない攻撃網になる。

 

 溶断クローが《プライドトウジャ》の肩を引き裂いた。《プライドトウジャ》がおっとり刀でパイルバンカーを突き上げるがその時には背後に回っている。《プライドトウジャ》の操主はそれに気づけない。

 

「一方的になるかもしれないけれど、これも戦争なのよ」

 

 溶断クローが《プライドトウジャ》の片腕を焼き切った。即座に反転し攻撃された方向へと反撃する《プライドトウジャ》だが既にこちらが離脱しており、Rフィールドを足場に置いている事が見えていない。

 

 彩芽は直下に位置する《プライドトウジャ》を睨み据えた。全身の重火器のロックを開き第一の封印武装「アルベリッヒレイン」を叩き込もうとする。

 

《プライドトウジャ》の眼窩が煌き、直上の《インペルベイン》を視認する。あの人機には何かが潜んでいる。それが窺い知れたが、今は解析するほどの余裕もなし。

 

《インペルベイン》の銃弾の雨嵐が《プライドトウジャ》を打ちのめすかに思われたが、一瞬にして地表を抉り取ったその一撃は《プライドトウジャ》の予測外の動きによって回避された。

 

 まるで操主が乗っている事を度外視したかのような機動である。スラスターを全開にして青い推進剤の尾を引きつつ、《プライドトウジャ》が円弧を描く。

 

 何度も照準器に入れようとするが、あまりの速度に連装ガトリングでは追従出来ない。両腕の武器腕で対処しようとしたがそれにしては射程外だ。

 

 相手は射程を理解した上で一定距離を保っているというのか。

 

 だがそれほど冷静な頭があるとも思えない。モリビト相手にそこまで冷徹に判断出来るとなればここで生かしておくわけにはいかない。

 

 それこそ死に物狂いで殺し尽くさなければならない。

 

 彩芽は操縦桿を握り直し、己の中に問いかける声を聞いた。

 

 ――破滅への引き金を引く権利は君にある。引くか、引かないか。

 

 そうだ。いつだってこのモリビトの制御を任せられたのは自分自身なのだ。最終判断は操主に委ねられる。どれほどモリビトとブルブラッドキャリアの理想が気高くとも戦場においてはただの一個人。一つの弾丸に過ぎないのだ。

 

 ならば引き金を引き絞り、敵の頭蓋を叩き割るのもまた、己の意志。

 

 戦うと決めた自分への後悔のない一撃を。

 

 彩芽は面を上げた。その双眸に湛えたのはかつての光である。自分以外全てを殺し尽くさなければ生きる事さえも許されなかったあの時代の自分を研ぎ澄ます。

 

 不思議な事にまだ生きている。

 

 あの日、あの時、もう殺すと決めた自分の一面がまだ内奥に燻っていた。心の鏡でその似姿に手を翳す。軽いバトンタッチの音が響き、彩芽は直後、冷徹な自身へと己を変革していた。

 

「……《モリビトインペルベイン》。目標を駆逐する」

 

『彩芽……? マスター?』

 

 当惑したルイの声を尻目に彩芽は《インペルベイン》を急上昇させる。胃の腑へと鋭く落ちていく重圧を感じつつ彩芽は張られたリバウンドフィールドを足場に《プライドトウジャ》を睨んだ。

 

 その瞳は既に狩人のものへと変わっている。

 

《プライドトウジャ》が一瞬でも照準器に入ればいい。その瞬間には狩り尽している。

 

 跳ね上がった《インペルベイン》は交錯する一瞬で《プライドトウジャ》へと鉛弾を撃ち込んでいた。

 

 銃撃が瞬いたのもほんの数秒。

 

《プライドトウジャ》は肩口にダメージを負っている。彩芽は指先が過負荷で震えるのを感じつつ反転させていた。

 

《インペルベイン》がリバウンドブーツの作用で即座に翻り、次手を叩き込む。

 

 まさかこれほどの速度で反射攻撃が来るとは思っていないだろう。《インペルベイン》の銃撃は正確無比に同じ箇所を狙っていた。

 

 そこから先はチクチクと狙い付ければいい。

 

 彩芽は指先でリズムを描きつつ《インペルベイン》を躍り上がらせた。鼻歌が漏れる。戦場の歌だ。

 

 幼い頃に聞いた歌がそのまま戦場を彩る凱旋の歌となって《インペルベイン》の花道を作り上げた。

 

 彩芽の瞳の奥には全ての現象が視えている。

 

 次に《プライドトウジャ》は後退するだろう。それをさせない。

 

《インペルベイン》の銃撃網が《プライドトウジャ》の後退を許さない。たたらを踏んだ形の《プライドトウジャ》へと《インペルベイン》はわざと銃火器モードのままの腕で腹腔を殴りつける。

 

 今の一撃、溶断クローを使っていれば確実に取っていた。

 

 その恐怖は相手にも伝わったはずだ。《プライドトウジャ》の動きが慎重になる。それでいい。生易しい獲物なんて狩るまでもない。

 

 鼻歌を口ずさみ、彩芽は振り返り様の一射で《プライドトウジャ》の足を潰そうとする。

 

 足元に最初は狙いをつけなくっても構わない。どこを狙っているのか分からない銃弾を布石として置いておく。

 

 敵はそれに反応してどこへなりと移動する。その移動した場所に応じてパターンを変えればいいだけだ。

 

 彩芽は今回描いていたパターンのうち、二パターンの後者を選択する。

 

 狙うのは頭上である。頭部コックピットを狙っていると錯覚させる。そうすると相手はコックピットの守りに敏感になる。

 

 上半身に意識がいくと自然と足元が疎かになるものだ。《プライドトウジャ》は流れ通りに両腕を掲げる。構えたパイルバンカーの槍の穂はやはり上半身重視。攻め手に転じているつもりだろうが既に彩芽の手の内に転がっている。

 

 それを気づかず《プライドトウジャ》は果敢に攻め立てた。槍の突き上げる一撃が狙い通りの軌道に来ると彩芽は恍惚を感じる。

 

 相手をコントロールしているのだという快感。寸分の乱れもなく《プライドトウジャ》の攻撃は《インペルベイン》の推測通りの場所へと落ちていく。

 

 あと三発、と彩芽は唇を舐めた。

 

 三度の攻撃が加えられれば、その時、予測通りの位置にパイルバンカーがあれば、《プライドトウジャ》を葬り去る事が出来る。

 

 たった三発だ。

 

 敵はその方法論しか取れない。もう転がり始めているのだ。気づかないまま、こちらの領域の中で跳ね回っている。

 

 虫けらのように命のさじ加減は彩芽の意の赴くまま。

 

 どこから来ても、どのように来ても、もうそのルートに入ってしまえばお終いなのだ。

 

「やれやれ、ね。やっぱり、狩人の本懐ってのはつまらないもの」

 

『マスター? 返事をして! マスター!』

 

 ルイの言葉も今は耳に入らない。全てをシャットアウトしている自分は完成された精密機械のよう。

 

 シーアの言葉が思い起こされる。

 

 精密な戦闘機械。否、断じて否。そのような生易しい言葉で収斂されるものか。

 

 自分は殺戮兵器だ。それを理解している。誰よりも理解した上でモリビトに乗っているのだ。

 

 二発の攻撃が面白いほどに狙ったスポットに入った。あと一発、待てばいいだけ。

 

《プライドトウジャ》は狙い通り、こちらのコックピットを照準しているらしい。だが人機のコックピットのみを射抜くというのは予想以上に鍛錬が必要となる。

 

 狙うのならば定石は血塊炉だが、敵にその気はないのはここまでの何度かの攻撃で明らかであった。

 

 だからこそ、彩芽は先ほどから後退しかしていない。最低限度の回避と後退、その帰結する先は己で張ったリバウンドフィールドに行く手を阻まれるという醜態――という、シナリオであった。

 

 敵は描いている。そのシナリオの先に待つ勝利を。だが勝つのは自分だ。《インペルベイン》を物にしている自分こそが、破滅への引き金の射手なのだ。

 

 最後の突きに向けて《プライドトウジャ》が大きく腕を引いた。来るのが予想通りの場所ならば、この勝負――。

 

《プライドトウジャ》のパイルバンカーの槍の穂が捉えたのは《インペルベイン》の頭部コックピットであった。当然だ、相手はそこしか狙っていない。そこさえ狙えば終わると思い込んでいる。

 

 その驕りが、この結末を招いた。

 

 彩芽はフットペダルの力を緩め、操縦桿をわざとずらした。そうする事で機体にかかっていた一定の慣性に乱れが生じる。

 

 連装ガトリングへとパイルバンカーの一撃が入った。砲門が割れ、内部から亀裂と黒煙を棚引かせる。

 

 だが誘爆しなかった時点で自分の読み通りであった。

 

 パイルバンカーの一撃は想定する最良の位置に入った。あとは、刈り取るだけだ。

 

《インペルベイン》の武器腕の五指がパイルバンカーにかかり、そのまま反転した。溶断クローの内部部品がパイルバンカーを巻き取り、完全に固定する。

 

《プライドトウジャ》は事ここに至ってもまさか自分が冷静だとは思いもしないだろう。

 

 泣き叫ぶ演技でもしてやろうか、と思ったがそれも取り越し苦労だ。もうその必要もない。

 

 パイルバンカーが抜けない事に気づいた時には既に遅い。

 

《インペルベイン》の肩を突き抜けパイルバンカーの切っ先はリバウンドフィールドに突き刺さっている。

 

 これこそが勝利のビジョンであった。

 

 リバウンドフィールドの壁際に相手は追い詰めたと思い込んでいる。それこそが大きな間違い。

 

 リバウンドフィールドに追い込ませてやったのだ。そしてパイルバンカーは予測と寸分違わぬ場所に突き立った。

 

 破壊の実感を伴わせるためどこかしらを破損させる必要があったが連装ガトリングならば最低限度で済む。

 

 予測されたイレギュラーと言えば火薬へと引火し、誘爆にコックピットが晒される事であったがどうやらツイているのは自分のほうらしい。

 

 誘爆も発生せず、パイルバンカーは目論み通りに突き刺さった。最後の詰めへと溶断クローへと武器腕を変形させ、パイルバンカーをくわえ込む。これで敵はどこにも逃げられない。

 

 パイルバンカーを離す事がこの状況を脱する最短で、最も賢いのだがそれを許す相手ならばここまで攻め込んでも来ない。

 

 もう相手は詰んでいるのだ。ならば、詰めの一手を与えてやろう。

 

《インペルベイン》が《プライドトウジャ》の頭部を睨み据える。その奥に宿る彩芽も獣の眼光で《プライドトウジャ》を目にしていた。

 

《プライドトウジャ》が震え上がったのが確かに伝わる。

 

「さぁ、綺麗に散ってみせて」

 

 パイルバンカーを握っていないほうの武器腕が《プライドトウジャ》の腹腔を叩いた。

 

 直後、ゼロ距離射撃が《プライドトウジャ》を打ち据える。何度も、何度も、その鋼鉄の身が軋み悶えるまで撃ち尽くす。

 

《プライドトウジャ》の眼光から力が失せていく。四つ目の赤いアイカメラが急速に勢いを消失させた。

 

 血塊炉まではわざと射抜いていないが、それでも致命傷だ。

 

 青い血を噴き出しつつ、《プライドトウジャ》がパイルバンカーを握ったまま脱力する。完全に貧血状態である。

 

 元々ハイアルファー人機は短期決戦型。ゼロ距離で血塊炉を揺すぶられて余裕があるはずもない。

 

《プライドトウジャ》が両手でパイルバンカーを保持する。それも操主の意地がさせているだけの代物。

 

 もう人機自体には何の力もない。

 

「さよなら、わたくしの狩った何匹目か分からない標的。貴方の命はまだ長引いたほうよ」

 

 項垂れた形の頭部コックピットへと《インペルベイン》の銃口が押し当てられた。最後の最後に因縁とたばかった相手にここまでこっぴどくやられて死ぬ。それはどれほどに甘美な憎悪と怨嗟に塗れているだろう。

 

 考えるだけで達しそうになる。

 

 引き金を引こうと指先に力を込めた。

 

 その時、不意に鳴り響いたのは警笛である。どこから、と視線を巡らせた彩芽の視線の先に基地があった。

 

 基地の中から響き渡る悲鳴のような警笛は何の合図だったか、と彩芽は脳内に呼び戻そうとして一瞬の隙を許していた。

 

《プライドトウジャ》が《インペルベイン》を蹴りつける。

 

 おっとり刀で引き金を引くもやはり射抜けなかった。舌打ちを漏らしつつ《インペルベイン》はダメージを負った肩口の連装ガトリングを分離した。

 

 損耗率、と呼び出そうとして咽び泣く声を聞く。誰だ、と訝しげに目にした先にはルイが面を伏せて佇んでいた。

 

『もう、やめて……マスター』

 

 自分は何か間違った事をしただろうか。否、敵を葬るために最短手段を取ったまでだ。それに標的はまだ生きている。

 

「標的の生存を確認。《インペルベイン》は駆逐作戦を実行する。幸いにして機体の損耗率は二割以下。リバウンドフィールドはあと三十秒持つ。今度は逃がす必要はない。追われる獲物を演じる必要も。こちらから、狩りに行けば……」

 

『マスター!』

 

 煩わしいシステムだ。彩芽は緊急シャットダウンの項目を選択しようとしていた。

 

 システムAIのサポートなしでも自分は弾道回避くらいお手の物。封印武装が使えなくなるデメリットくらいは呑んでもいい。

 

 そう感じていた矢先、飛び込んできたのは青い装甲を纏った人機であった。機体照合データが呼び出したのは《ブルーロンド》であるが、それにしてはあまりにもその機体はおぼつかない機動を取っている。

 

 まるで無理やり外皮でも纏っているかのようであった。

 

「《ブルーロンド》の介入か。だがその程度」

 

 パイルバンカーをくわえ込んだ武器腕を大きく引いて彩芽は《ブルーロンド》をロックオンする。照準された《ブルーロンド》へとパイルバンカーが突き刺さった瞬間、その装甲が四散した。

 

 内部から蠢き出たのは信じられない機体である。灰色に染まった機体色ではあるが、その姿は紛れもない。

 

「トウジャ……?」

 

 鎧を脱ぎ去って出現した不明人機は眼前の《プライドトウジャ》と同型の機体であった。異なるのは明らかに装甲の容量が足りていない事だ。

 

 まるで骨身のように細い疾駆を持つ人機はその速度を伴わせて《インペルベイン》へと猪突する。

 

 所持している武装はトマホークであった。実体武装でまさか飛び込んでくるとは思ってもみない。《インペルベイン》の銃口がその腹腔を破ろうとしたところで敵人機はこちらを蹴りつけて離脱する。

 

 その速度、反射共に通常の人機では説明出来ない。

 

「ハイアルファー人機……しかもトウジャタイプが二機も」

 

 X字の眼窩で赤い光がぎらついている。新たに出現したトウジャに《インペルベイン》に攻撃姿勢を取らせようとしてリバウンドフィールドが消え失せていった。

 

 限界時間に達したのだ。歯噛みしつつ彩芽は弾幕を張って新たなトウジャを威嚇する。

 

 トウジャは《インペルベイン》の銃撃網を単純な速度のみで凌駕した。弾丸が読めているかのように幾何学の機動を描き、無理な反転軸を取ってトマホークの刃を《インペルベイン》へと叩き込む。

 

『モリビト……ここまでだ』

 

 弾けたのは少女の声であった。まさか、と彩芽は目を瞠る。あのような人間が乗っているのかも怪しいほどの機体に、少女が搭乗しているというのか。

 

 ハイアルファーの毒に侵されている機体がトマホークを連撃する。幾つもの太刀筋が《インペルベイン》を捉えようとした。

 

 銃撃と溶断クローで弾き返し、彩芽は距離を取ろうとする。後退をしかし敵トウジャは許さない。

 

 常に攻め続け一定距離へと《インペルベイン》を落とし込もうとする。

 

 執念のようなものが見て取れた。ここで絶対にモリビトを撃墜するという妄執。

 

《インペルベイン》は直下に向けて銃撃を放つ。咄嗟に装填したのは閃光弾であった。これで敵は幻惑されたはず。

 

 距離を取るのならば今だとリバウンドブーツで地表を蹴りつける。

 

 敵トウジャは目が見えないためか地に這いずっていた。四肢が細く、異常に長い。

 

 まるで餓鬼のようだ。トウジャタイプの特徴である凹凸のある頭蓋だけが妙に主張していて機体と釣り合っていなかった。

 

『モリビト……逃がさない。わたしは、枯葉達の分まで……! 倒す、殺し尽くさなければならない!』

 

 背筋から蜘蛛の足のように節足が伸びた。節足が繋ぎ止めたのは両手両脚である。補助パイプの役割を果たした節足から異常なほどのブルブラッドが供給されていく。

 

 有視界戦闘でも分かるほどの量であった。脈打った敵トウジャが四肢をばねにする。

 

 跳ね上がった挙動に《インペルベイン》は溶断クローでその一撃を弾く。

 

 どこまでも、執念の炎に焼かれたが如く、敵人機の追撃は止まない。

 

 トウジャのアイカメラが完全に憎悪の赤に沈んでいるのが窺えた。これがハイアルファーの力、これが恨みの力。

 

「でも、わたくしは、それを超える狩人」

 

 己を研ぎ澄まし彩芽は《インペルベイン》の残った連装ガトリングで牽制を一射させる。

 

 蹴り上げて距離を取ろうとした敵へとリバウンドブーツで空間を蹴り上げた。

 

「――ファントム」

 

 空中ファントムによって全身の機関循環炉が軋む。次の瞬間には敵の眼前に迫っていた。

 

 溶断クローで胴体を断ち割ろうとする。敵はあろう事か腕を引き延ばした。関節部が一瞬、読みとは違える動きを実行する。

 

 まるで二倍の長さに伸長したかのような錯覚を受ける腕がトマホークの挙動を変化させる。

 

 溶断クローとトマホークの刃が鍔迫り合い、干渉波のスパークが舞い散った。

 

「貴女、何のつもりで」

 

『何のつもり? それはこちらの台詞だ。何のつもりで、お前らは来た。何のつもりで、惑星へと牙を剥く? 何のつもりで、わたしの平穏を壊したって言うんだ!』

 

 トマホークの刃が先ほどまでよりも苛烈を極める。この操主、自分のエゴを押し通す事ばかりで周りはまるで見えていないようである。

 

 ようやく指揮を取り戻したゾル国《バーゴイル》部隊が基地を占拠しようとしていた。敵トウジャとの戦闘で頭が冷えたのか、周囲の出来事が急速に理解されていく。

 

《プライドトウジャ》はパイルバンカーを手に今にも倒れそうであった。

 

《バーゴイル》部隊が《バーゴイルアルビノ》を先頭にして基地の奪還に向かう。

 

「……いけない」

 

 リバウンドブーツで空間を蹴りつけ彩芽は回避機動を取った。トマホークが空を切る。

 

 今はこの敵を相手取っている暇はない。

 

 ファントムを用い、彩芽は瞬間的に基地へと戻っていく。

 

 だがそれでも間に合わない。基地の人々が屋上に寄り集まり、白旗を揚げていた。

 

 ――駄目だ、と彩芽は手を伸ばす。

 

 白旗などで今さらこの戦局は引き返せない。それは相手も理解しているはず。

 

 否、理解していても基地の人々は不都合な事実。消すしかないのだ。

 

 彩芽は《インペルベイン》の照準器で屋上の人々へと狙いをつけた。無慈悲だが仕方あるまい。

 

 モリビトの情報が露見してはならないのだ。

 

 引き金を絞ろうとしたその時である。

 

 射程に漆黒のトウジャが立ち塞がった。

 

「まさか……!」

 

《プライドトウジャ》が驚くべき事に未だ健在であった。関節部から青い血を噴き出しているものの、最後の力でファントムを実行したらしい。

 

《インペルベイン》の射線から《プライドトウジャ》は人々を守る。

 

 それが彼に残された最後の希望であったのだろう。

 

 彩芽が照準器を下げようとする。ここで葬るのはあまりに残酷であるのかもしれない。

 

 だが、別の照準警告がコックピットの中を激震した。

 

《バーゴイル》部隊がプレスガンを構え基地へと狙いをつけているのである。恐らくは《プライドトウジャ》への脅威を感じ取ったのであろうが、その射線には生身の人間がいるのだ。

 

「届け……!」

 

《インペルベイン》が《バーゴイル》へと狙いを変えようとした刹那、敵のトウジャが張り付いてきた。

 

 トマホークの一撃が食い込み、《インペルベイン》がもつれ込むように速度を落としていく。

 

「嘘でしょ、こんな……」

 

『モリビトォ!』

 

 彩芽は屋上で旗を振る人々を目にしていた。

 

 


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