ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯80 交差する焔

 《バーゴイル》第一小隊は上陸するなり飛翔形態に移行し、内地での攻撃に警戒を注いだ。とは言っても、それは表向きの話。攻撃があったとしても、対応策は限られている。

 

 モリビトへの対処は第二小隊以降に任せ、前衛はただひたすら消耗させよ、とのお達しだ。数合わせに近い《バーゴイル》の先行部隊は秘匿通信回線を使っていた。

 

『さしものモリビトでも、この物量差をどうにかしようとは思わないだろ』

 

『これで攻めてくれば稀代の大馬鹿か、あるいは後先も何も考えていないだけだな』

 

 通信の中で笑いが漏れ聞こえる。

 

『違いねぇ。俺の手に入れたソースでは、連中は仕掛けず、基地を放棄するって見通しらしい。《バーゴイル》が大挙として押し寄せた時にはもうもぬけの殻だって事さ』

 

『だとすれば、この第一隊の襲撃自体意味ないんじゃないか?』

 

 通信を伝わらせる不安の声に、いや、と一人が返した。

 

『モリビトは基地を放棄しない、という見方もある。その場合、モリビト三機を壊滅出来るのは物量差のみだ。《バーゴイル》三十機近くの編成。さしものモリビトでも耐え切れまいって寸法よ』

 

『物量戦なんて、最初からやってりゃいいのによ』

 

『コストの面で釣り合わなかったのと、モリビト三機が同時に居合わせるなんて事が今までなかったからな。一網打尽に出来る好機、逃すわけにはいかないってのが本国のお歴々の判断なんだとよ』

 

《バーゴイル》部隊が火器を速射モードに切り替え、基地を射程に入れる。

 

『そろそろ近づいてくるぞ。全機、火器管制システムをオープンに。プレスガンで基地を奪取する』

 

 了解の復誦が返る前に、一筋の烈風が《バーゴイル》を一機、射抜いた。

 

 何が起こったのか分からない前衛の人々は策敵センサーを走らせる。

 

 有視界戦闘を行っていた《バーゴイル》達が困惑を浮かべる。

 

『どこから仕掛けてきた? 銃撃か? それとも……』

 

 矢継ぎ早に照準警告が響き渡り、《バーゴイル》を弾き飛ばしたのはバルカン砲であった。装甲への牽制に過ぎないとプレスガンを向けたところで、扁平な刃が《バーゴイル》の頭部を掻っ切った。

 

 ブルブラッドの青い血潮が舞い散る中、撃墜された《バーゴイル》を足場に不可視の何かが空域を睨む。

 

『何かが……何かが我々の包囲陣の中にいる』

 

 明言化するものを持たないままでありながら、《バーゴイル》第一小隊は各々プレスガンの照準を敵へと据えようとする。

 

 ワイヤーを巻き上げて蹴りつけられた《バーゴイル》が投げ捨てられる。プレスガンが亡骸を射抜いた。

 

 爆発と血塊炉の青い粉塵を撒き散らす《バーゴイル》に一瞬だけレーザーが眩惑される。

 

 その刹那に太陽を背にして舞い降りた不明人機が《バーゴイル》の両腕を切り刻んでいた。

 

 宙に舞う両腕を視野に入れつつ後退の判断を下す前にその腹腔へと扁平な刃が叩き込まれる。

 

 内側からバルカン砲が発射され《バーゴイル》を破裂させた。

 

 激しく明滅する光の中でようやく第一小隊は敵の姿を確認する。

 

『光学迷彩……熱視界モードに移行! あの人機、有視界では視えないぞ!』

 

 全員が熱光学センサーに移行した途端、謎の人機は身に纏っている外套を翻した。

 

 乱反射する光の渦が熱光学センサーを焼き付ける。一時的にせよ、視界を奪われた《バーゴイル》へと飛びかかった不明人機が一機、また一機と《バーゴイル》を空中で叩き落していく。

 

 プレスガンが無茶苦茶に掃射される中、大剣が《バーゴイル》の胴を断ち割った。

 

 爆発の光を照り受けながら青いモリビトが跳躍する。

 

 推進剤をほとんど用いず、《バーゴイル》同士の接近を逆利用して自由自在の刃が空域を駆け抜ける。刃が次の標的に突き刺さった途端、その巻き上げ能力で即座に接近。

 

 突き上げられた大剣を前に成す術もなく《バーゴイル》は両断される。

 

 第一小隊の後方に位置していた《バーゴイル》乗り達は前衛が次々と撃墜されていく様に恐怖を覚えた。

 

 後退用の推進剤を全開にして射程から逃れようとする。しかし、撤退など許されるはずもなかった。

 

 コックピットに鳴り響くのは照準警告である。

 

 どこから、と首を巡らせる前に高出力のR兵装の光軸が《バーゴイル》数機を巻き添えにして空へと吸い込まれていった。

 

 青い大気を引き裂いたピンク色の光条は陸地から放たれている。R兵装から逃れようとした《バーゴイル》へとミサイルが一斉放射される。ミサイルの芯から無数の小型弾頭が発射され、灼熱の檻の中に《バーゴイル》を捕えた。

 

 その隙を見逃さず青いモリビトが射線に捉えた《バーゴイル》の背筋を突き刺す。刃がワイヤーで巻き上げられ、追従していた《バーゴイル》数機を薙ぎ払った。

 

 鋼鉄がぶつかり合い、スクラップになっていく《バーゴイル》を尻目に青いモリビトがデュアルアイセンサーを輝かせた。

 

 その途端、空域を張っていた人機操主達は全員が悟った。

 

 ――この人機からは逃れられない。

 

 ほとんど自暴自棄になった《バーゴイル》がプレスガンを撃ち込もうとする。青いモリビトが太刀で《バーゴイル》の腹腔を貫き、それを盾にしつつ烈風の刃が奔った。

 

 粉々に砕けた《バーゴイル》の向こう側から迫った刃が頭部コックピットを叩き潰していく。

 

 恐慌に駆られた者達が叫びながらモリビトへと猪突していく。

 

 最早、ここは阿鼻叫喚が支配する地獄であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十機目」

 

 そう記憶している鉄菜は《シルヴァリンク》のRソードで《バーゴイル》を切り裂いた。

 

 第一小隊はほとんど全滅させた。飛翔能力を奪い、無用の長物と化した羽根を持て余す機体を《ノエルカルテット》のR兵装が焼き切っていく。

 

《シルヴァリンク》が再び光学迷彩の外套を身に纏い、第二陣に備えた。

 

『クロ、第一隊は今ので全滅したと思う。でも、本命は』

 

「分かっている。次か、その次だろうな」

 

 今のは斥候だ。基地戦力を奪うためだけの前哨戦。次か、その次が本隊であろう。

 

 鉄菜は操縦桿を握り締め、撃墜した《バーゴイル》の残骸へと刃を突き立てた。

 

 ブルブラッド大気濃度は高く、人機を無数破壊したせいで濃霧はより酷くなっている。この状態ではレーザー網はまるで意味を成さないはず。

 

 ゆえに、第二陣は慎重を期してくるはずだ。

 

 青い霧の中を《シルヴァリンク》が後退する。

 

 通常ならばこのまま攻め入るのだが今回は防衛任務。拠点防衛戦はあまり経験してないものの、敵を踏み入らせてはならない事だけは自明の理。

 

 鉄菜は全天候周モニターの一角に表示されるタイマーを見やっていた。このタイマーがゼロになるまで戦い抜かなくてはならない。

 

 敵の戦力は明らかにモリビトを物量で潰すためのもの。モリビト三機の連携もそこほどに密ではない今、《バーゴイル》部隊に攻め込まれれば呑まれる可能性もある。

 

『鉄菜、《シルヴァリンク》の損耗率は許容範囲マジ。このままなら、敵の第二陣が来てもそれほど痛くはないはずマジ』

 

「数値上では、か」

 

 数値の上での話など当てになるものか。ゾル国にもエースがいるはずだ。その機体とかち合えば防衛網を張り続けられる自信がない。

 

『クロ、問題なのはこの密集陣形を抜けられる事よ。《ノエルカルテット》は最大出力で相手を葬り去るけれど、それでも抜けてくる機体は数機あるはず』

 

「抜けてくる連中を始末する、か。彩芽・サギサカは?」

 

『アヤ姉は最終防衛ラインだからね。今は通信が途絶しているけれど、こちらの情報をきっちりと持っているはず』

 

 自分達が抜けられる事はあってはならない。あったとしても、その機体を無事で済ませられるものか。

 

 フルスペックモードを投入したのに《バーゴイル》程度に遅れを取るわけにはいかない。

 

「そういえば《ノエルカルテット》はフルスペックモードではないな。何か理由でも」

 

『三号機のフルスペックモードは特殊なのよ。あんまり地上だと意味ないって覚えてもらえればいいわ』

 

 宙域戦闘を加味した機体だと言うのか。確かにこの三機の中で単体の能力だけで成層圏を突破出来るのは《ノエルカルテット》のみだ。

 

 六基のコンテナのうちの二基。まだ中身を見ていないそれこそが、《ノエルカルテット》の第二形態なのだろう。

 

「敵陣、攻め込んでくる奴はなくなった。静かになったな」

 

『嵐の前の静けさかも。クロ、油断しないで』

 

「油断など一度もした事はない」

 

 青い大気に煙る視界の中、こちらの熱源センサーが第二陣を捉えた。

 

《ノエルカルテット》が翼を折り畳みR兵装の砲門を充填する。ピンク色の光の瀑布が敵の前衛部隊を押し包んだ。

 

 灼熱に抱かれて《バーゴイル》数機が迎撃される。そんな中、青い爆風を引き裂いて現れた機体があった。

 

 白い《バーゴイル》である。

 

 特異なのはその機体色だけではない。腰にマウントした状態の大剣であった。鞘に収まった前時代的な武装に目を瞠る前に、白い《バーゴイル》が剣を引き抜いた。

 

《シルヴァリンク》が咄嗟に前に出てRソードで打ち合う。こちらのRソードの出力に負けず劣らずの大剣に鉄菜は歯噛みする。

 

『貴様らが……こんなところにいるから!』

 

 弾けた歳若い青年の声に鉄菜は舌打ちする。機体照合が完了し敵機体を《バーゴイルアルビノ》と判定した。

 

 その操主までも特定される。ゾル国の希望の星、カイル・シーザーの経歴がモニターに表示される中、鉄菜はRソードを薙ぎ払った。

 

《バーゴイルアルビノ》が飛び退り大剣を構え直す。

 

『無用なる戦いを巻き起こす災厄の導き手。成敗してくれる!』

 

「無用なる戦い? それはお前達だって同じだろう」

 

『同じなものか! 貴様らと僕達が!』

 

 大剣を下段から突き上げた《バーゴイルアルビノ》に《シルヴァリンク》は跳躍し様に四基のRクナイを放つ。

 

 刃の暴風域に晒された《バーゴイルアルビノ》が左手首に組み込んだ近接戦用のフラッシュライトを焚いた。

 

 フラッシュライトの効果でRクナイが目標を仕留め損なう。一時的にロックオンを外す作用があるらしい。

 

 鉄菜は《シルヴァリンク》に外套を翻させた。こちらも眩惑させて一気に肉薄するつもりであったのだが、それを阻んだのは空から舞い降りた一陣の風である。

 

 蒼い疾風が《シルヴァリンク》のRソードを阻んだ。

 

『カイル! お前は本丸を! ここは任せなさい!』

 

『叔父さん! 分かりました。全機、僕に続け!』

 

 蒼い機体に鉄菜はハッとする。刃を退けさせ、お互いに距離を取った後、鉄菜は通信に吹き込んだ。

 

「お前……コミューンを襲ったあの……!」

 

『何だァ? あの時の女操主か。戦場で二度も会うとは、こりゃてめぇ、オレに相当抱かれたいと見えるぜ!』

 

 敵機体――《バーゴイルシザー》が両腕に鎌を装備させ《シルヴァリンク》を睨み据えた。

 

「いつから、ゾル国の軍人になった? お前はあの時、モリビトの機体信号を発していた。つまり、どこの国の機体であってもおかしいという事だ」

 

『んなこと気にしてんのかよ。楽しもうぜ? 戦場をよォ!』

 

《バーゴイルシザー》が鎌を掲げてこちらへと接近する。鉄菜はRソードでいなしつつRクナイの烈風で敵を切り裂かんとした。

 

 しかし、《バーゴイルシザー》はそれを読んでいるかのように後退し、両腕の鎌で幾何学の刃を弾き落とす。

 

『妙な装備してんじゃねぇの。一応は全包囲攻撃ってわけかい。そんでもって、その外套で敵をかく乱、一気に接近して八つ裂き、って寸法か。怖いねぇ、モリビトはよ』

 

「お前……何のつもりで。いつからカイル・シーザーの叔父になった?」

 

『てめぇには教えといてやるよ。オレはなぁ、何にでもなれるんだよ。何せ、正義の味方だからなァ!』

 

《バーゴイルシザー》の刃がRソードと打ち合う。干渉波のスパークが散る中、鉄菜は薙ぎ払おうとして敵機体が跳ね上がったのを目にした。

 

 すかさず背後へとRクナイを走らせるも、その時には間近に迫った鎌をRソードでいなす。程よい距離を取らせてくれない。

 

 敵は《シルヴァリンク》の一番やりにくい距離を常に取っている。

 

『こちとら慣れない演技でストレス溜まってんだ! 発散させてくれよなァ、モリビトォ!』

 

「私に、そんな時間はない!」

 

 鎌を弾き返し、勢いを殺さず敵の懐へと滑るように潜り込むも肩口から発射されたアンカーが《シルヴァリンク》に後退機動をかけさせた。

 

 お互いに近接戦闘型。どちらかの距離は死の射程である。

 

『クロ? 何手間取ってるの! 《ノエルカルテット》でも倒し切れない数になってきた。このままじゃ、何機か抜けられてしまう』

 

 今は因縁を清算している場合ではない。この場から撤退し、少しでも《バーゴイル》部隊を減らさなければ。

 

 跳躍しようとするのを《バーゴイルシザー》が邪魔する。

 

『何だか知らねぇが、てめぇ、オレの相手をしている場合でもないみたいだな。だがよ、てめぇの思い通りになるとでも、思ってんのか!』

 

 蹴り上げられた《シルヴァリンク》が激震する。鉄菜は歯噛みしてRクナイを機動させた。Rクナイの刀身に装備されたバルカン砲が火を噴く。

 

《バーゴイルシザー》を完全に射線に入れた攻撃であったが《バーゴイルシザー》は曲芸めいた動きでそれを回避し、大地を蹴ってRクナイを握り締めた。

 

「もらった!」

 

 ワイヤーを巻き上げて敵へと接近しようとする。《バーゴイルシザー》はRクナイを己の右肩に巻きつけた。そのような真似をすれば即座にこちらの間合いである。

 

 勝利を確信する鉄菜であったが、それほど容易い相手ではないのは前回で理解している。

 

 咄嗟に接近機動をかけた《シルヴァリンク》に制動をかけさせる。《バーゴイルシザー》は己の右肩を固定させ左手の鎌のみで《シルヴァリンク》の首を刈ろうとしてきた。

 

 その状況判断、即断即決の動き、どれを取ってもA級の操主だ。

 

 Rソードで受け止めるも自らのワイヤーによって《シルヴァリンク》はこの戦域から逃れる方法をみすみす放棄してしまった。

 

 通信網に愉悦が宿る。

 

『逃げられねぇよなぁ、モリビト。オレを殺すか、ワイヤーを切るか。だがこの武器、何回も直せないはずだよなぁ、てめぇら。さて、貴重な武器を壊すなんて愚策は冒さないでくれよ、モリビトさんよぉ』

 

 耳にこびりつく声音に鉄菜はRソードの出力を上げた。切れ味を増したRソードが鎌と干渉しその交錯した部位を切り裂こうとする。

 

 敵はそれを悟ったのか胸部に組み込まれている推進装置を全開にした。全天候種モニターにスラスターの光が焼きつく。

 

 光と衝撃の中、鉄菜はRソードを振り切った。

 

 敵の首を刈ったかに思われた一撃だが、切り裂いたのはパージされた右腕のみであった。

 

 背後からの接近警報が劈く。《シルヴァリンク》へと振り返らせた鉄菜は踏み込み様にRソードを突き上げる。

 

《バーゴイルシザー》の鎌と交差し、干渉波が巻き起こったのも一瞬。

 

 次の瞬間には《バーゴイルシザー》の鎌が根元から削ぎ落とされていた。

 

 返す刀を打ち込む前に《バーゴイルシザー》が翻り、射線から逃れていく。

 

『退き際は潔くってな! モリビト、また会えるのを楽しみにしてるぜ』

 

 両腕を失った形の《バーゴイルシザー》をこのまま逃がすわけにはいかなかった。前進しようとして桃の悲鳴が割って入る。

 

『クロ! そいつに構わないで! もう何機か抜けてしまっている! アヤ姉には連絡したけれど、《インペルベイン》でも間に合うかどうか……』

 

《ノエルカルテット》が光軸を放つも連射出来ないという欠点を抱えているR兵装では即座に訪れる《バーゴイル》の群れを散らすのは難しい。

 

 鉄菜は飛び上がって射線内にいる《バーゴイル》をRクナイの暴風域に落とし込んだ。

 

 三機ほどが撃墜されたもののそれでも敵は健在だ。ほとんどダメージにはなっていない。

 

 苦渋を噛み締めて鉄菜は敵の第三陣と向かい合っていた。既に第二陣で逃してしまった敵はどうしようもない。

 

 今は、少しでも敵を減らすまでだ。

 

「《モリビトシルヴァリンク》、《バーゴイル》部隊を迎撃する」

 

 緑色のデュアルアイセンサーが瞬き、Rソードを鉄菜は翳した。

 

 


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