「あいつ、よく乗せましたね」
タカフミの放った感想にリックベイは書類を捲っていた。
「今さら、その話か」
「少佐、あの道場だとおっかないから、おれ喋れませんでしたよ」
その判断は正しい。あの場では思った事を素直に言ってしまう。
「で? 君は桐哉・クサカベを《プライドトウジャ》に乗せた事には不満かね?」
「いえ、少佐の判断ですし、おれは間違いないと思っています」
リックベイは目頭を揉み、では何だ、と問い返す。
「何か言いたげだな」
「何ていうのかな。まさかあいつもあいつで、耐えるとは思っていませんでしたから」
「急造とは言え、よく出来た男であった。仕上げには充分だとは思っていないが、彼もまた武人であった、という事であろう」
《プライドトウジャ》が発進してから二時間が経とうとしていた。恐らくはゾル国も動き出した事だろう。暗号通信による作戦開始が示唆され、リックベイはアリバイ作りのために部屋にこもって書類仕事をしていたのだ。
前回動いた手前、今回も裏で手を回していた、という事実には結びつかないために、自分は狭い部屋で作業をする必要がある。
そんな中、タカフミが訪ねてきたのである。用がないのならば帰れ、と言い出したかったが、桐哉の事を口にされれば答えざるを得ない。
「武人、ですか。《プライドトウジャ》には追加武装は」
「特に必要ないだろう。大破を装うためのリアクティブアーマーを装備させた以外にはな」
「やっぱり少佐は、あいつが帰ってくると思っているんすね」
どこか達観したような言い草はこの青年らしくない。リックベイは書類から顔を上げてタカフミの目を見据える。
「……わたしが間違った事をしたかね?」
「いえ、その辺りはさすが少佐、だと思っていますよ」
「どこまでも……薄っぺらい言葉だ」
吐き捨てたリックベイにタカフミは後頭部を掻く。
「意外、ではありました。少佐、あの道場にはおれだってまともに通さなかったから」
「必要に駆られたから通したまでだ。手順を無視して力を手にしてもらおうと思えば、一番にケリがつく」
「少佐の諦めも、ですか」
どこか読まれているのが不服であった。平時ならば考えが明け透けの部下はこの時、自分のほうを読んでいた。
「何と言わせたい? 桐哉・クサカベは傑物であった、とも?」
「あるいは少佐はあいつに期待しているんですか、とでも」
フッと笑みを浮かべたタカフミに、ここでは敵わないな、とリックベイは白旗を揚げた。
「そうだとも。期待、というよりも彼は何かを持っている。それこそ、我々の忘れてしまった何かを、な」
「それは兵士に必要なものなんですかねぇ」
「いや、きっと。一番に必要ないから切り捨てたものだろう」
それを持ち続けている。理想論者、と言い換えてもよかったが、理想論で自分の太刀筋に追いついてきたのだから始末に負えない。
「……あいつ、勝ちますかねぇ」
「さぁな。勝てれば僥倖、負ければ……いや、これ以上はよそうか」
「どうしてです?」
「君に読まれるのは不本意で仕方がないからだよ」
リックベイの本音にタカフミは微笑んだ。
「案外、少佐も子供っぽいっすねぇ」
「君にだけは言われたくないな。《プライドトウジャ》を回収する艦を用意させておく。彼が作戦通りにゾル国の包囲網を突破し、モリビトに肉薄出来たのならば、それでよし。それすらも出来ず、迎撃されれば当方は知らぬ存ぜぬを貫き通す。これで損害はない」
「あいつ、それも分かって飛んでいったんでしょうか」
そこまで器用な人間とも思えなかったが、リックベイは己が胸中に彼の帰還を望んでいるのが窺えた。
自分も人間臭いものだ。銀狼とおだてられているのが嘘のように。
「太刀は見事だった。それだけだ」
「決死の太刀でしょう? 人間、死ぬ気になれば出来るって話っすかねぇ」
もう死人である桐哉からしてみれば冗談でもないだろう。リックベイは書類に視線を落とした。
「話はそれだけか? 持ち場に戻れ、アイザワ少尉」
「うっす。では持ち場に戻らせてもらいます」
相変わらず他人のペースなどお構いなしだ。返礼して去っていくタカフミを見送り、リックベイは時計に視線をやった。
作戦開始から二時間十五分。
「勝てよ、とは言うまい。ただ、貴様の意地を通せ、桐哉・クサカベ」