『つまりトウジャタイプって言うのは、百五十年前に分断された惑星内の人機開発の一極面だという事マジ。分かったマジ? 鉄菜』
ジロウにそう説明され、桃の言葉を噛み砕かれても鉄菜にはその一切が頭に入ってこなかった。
聞こえていても話に集中しているとは限らないのだな、と無用な事ばかり思案する。
「それで……つまるところあの人機は、モリビトに匹敵する、と?」
『纏めると、そうなるマジ?』
『そうね、クロ。あれはモリビトタイプと同性能か、それ以上と思ったほうがいいわ』
桃の通信に鉄菜はふんと鼻を鳴らした。
「教えてもらえていなかった情報だ。これでは不均衡となる」
『それ、不平等って言いたいの?』
「知らない。私の脳にはその単語はない」
『……クロ、怒るのは分かるけれどこれは仕方のない事なの。タイミングってものがある。二号機のロールアウトがこの計画のギリギリだったがために起こった齟齬よ。モモ達が教えるから機嫌を直して』
「知らないな。大体、不平等など思った事はない。ただただ……」
そう、ただただ――不愉快なだけであった。
先に降りていた一号機操主と三号機操主である彩芽と桃だけが持っている情報くらいはあってもおかしくはない。むしろそのネットワークは重宝するべきだ。だが、鉄菜の中の論理的に物事を判断する場所とは別の部位が、その理解を妨げていた。
これは簡単に得心してはいけない事柄なのだと。
だから、合理的ではないがここでは納得していないように振る舞う。まことに、合理的ではないのだが。
『鉄菜、怒る事はないマジ。一号機や三号機だけ持っている情報くらいあるものマジ』
「分かっている。当たり前だ、そんな事」
『だったら、もうちょっと物分りよくなるマジよ』
「それとこれとは別だ」
嘆息をつくサポートAIに鉄菜は通信越しの桃へと視線をくれた。
桃も憔悴したように肩をすくめる。
『納得しろってのは難しいかもしれないわ。でも、トウジャは存在するの。戦ったクロなら分かるでしょ?』
分かるとも。あれはAプラス以上の脅威だ。
だからこそ次は勝たなくてはならない。勝つための確定手段が欲しいのだ。
「敵の弱点を送れ。そうでなければ話にならない」
『弱点、ね……』
唸って考える桃は今まで教鞭代わりに振るっていたペンを鼻の上に乗せた。器用な真似をする、と鉄菜は観察する。
「何だ? まさか、ない、とでも言うのじゃないだろうな?」
『ないわけじゃないの。だって血塊炉で動いているのは確かだし、それに百五十年前の機体ならその血塊炉だってベストな状態じゃない。すぐに貧血するか、あるいはエネルギー効率が悪くって息切れするか。……でも、整備班の話とログを統合すると、どうにもその辺は克服しているみたいなのよね』
「克服? 百五十年の隔たりを?」
『技術面では、《バーゴイル》の駆動系を馴染ませる事によって可能だったみたい。つまり古くて使い物にならないパーツは《バーゴイル》に取り替えて新しくしたってわけ。でも、どうしよもないのは血塊炉。これだけは新造するのにもコストがかかる』
「……この基地が血塊炉を新しく組み込めるだけの好位置にあるとも思えない」
これほど辺ぴな基地にすぐさま新しく設計に合う血塊炉を送れ、というのは無理な話だ。
『だからこれは、技術じゃないの。何ていうのかな……モモもグランマから聞いたのと、バベルのデータベース上でしか知らないんだけれど』
濁した桃に鉄菜は先を促すように告げる。
「私に隠し立てする事がまだあるとでも?」
『いや! もうない、ないって……多分。その、ハイアルファーってのがさっきの話で出たわよね』
「それも初耳だが」
『ゴメンって! クロ。モモだって困惑しているの』
必死に謝ってくる桃に鉄菜は説明を求めた。
「どういう代物なんだ? 彩芽・サギサカは知っているようであったが」
『操主の教習期間に習ったのかな? アヤ姉だってモモ達と訓練自体は変わらないと思うけれど』
自分はひたすら自分の似姿を殺し続ける訓練であった。桃も同じような訓練をしたのだろうか。あまりに幼い手足からは人殺しの感覚は見受けられないが。
「ハイアルファー、か。アルファーの強化のようなものだと思えば?」
『その鉄片も、クロだけ持っているのよね?』
「私は適性があったからだ。銃弾よりもこっちのほうが命中させやすい」
『ハイアルファーって言うのは、人間の精神波に感応するシステムの事よ。アルファーの擬似再現、人工的な代物と言ってもいい』
割り込んできた彩芽の通信に桃が問い質した。
『それ、どういう事なの? バベルで検索してもあまり出てこなかった』
『そりゃ、そうかもね……。元々、最初期の人機開発においてちょっとだけ出てきた概念だから。後進の技術に追い抜かれちゃってすぐに歴史の影に落ちちゃったけれど』
「彩芽・サギサカ。どうして知っている?」
『小耳に挟んだ事があるだけよ。わたくしだって詳しいわけじゃないわよ? ただ、危ないシステムだって言うのは聞いた』
「危ない? 人の精神をダイレクトに受けるのならばアルファーのように任意の行動を取らせる事が可能というわけか? 例えば人機の遠隔操作のように?」
『……容易い代物じゃないのよ、そんなにね。人の精神波の影響を受けるシステムって言うのはとてつもなく繊細なの。ちょっとした思考の乱れや人間の集中力の途切れで使用不能になる諸刃の剣。それに、燃費も悪いし、あまり人機の技術としては褒められたものじゃないのよ』
「あのトウジャという人機はだが、《シルヴァリンク》に肉薄してみせた」
『それも、システムの影響があったのかもね。ハイアルファーは人の精神の具現。勝とうという断固とした決意を埋め込めばそれは形となる』
彩芽の結論に桃が口を差し挟んだ。
『ちょ、ちょっと待ってよ! アヤ姉。そんな万能なシステム、それこそ使い勝手がいいんじゃ……』
「勝とうと思って勝てるのならば苦労も何もない」
『そうね。一面ではその通りだけれど、言ったでしょう? 人の精神は簡単じゃないのよ。それを暴き、システムに落とし込むという事はそれだけリスクも高まるの。わたくしの知っているハイアルファーの例だと、九十七パーセントが廃人と化した、とあるわ。残った三パーセントも生きているだけ。人機操縦なんて出来やしない』
そのあまりの数値に鉄菜と桃は絶句する。九割近くが再起不能になるシステムなど、それはシステムとは呼ばない。
「欠陥品の、間違いじゃないのか?」
『間違いならば、どれほどよかったかしらね。試算上は、意味があるシステムなのよ。ハイアルファー人機、それは脅威となる存在だって事だけは頭に留めておいて』
「結局、そいつに勝利する方法は? 具体的にどこを狙えばいい?」
ぼやかされている気がした。桃だけではない。彩芽もどこか隠し事をしている。触れられたくない事実のようであった。
『人機の弱点は決まっているわ。頭よ。コックピット』
「それが一片通りではないのは《シルヴァリンク》の存在からして明らかだろう」
『《シルヴァリンク》は高機動を実現させるために球体型のコックピットを採用しているんでしょう? 相手は設計思想が違うわ』
「モリビトに肉薄する敵などあり得てはならない。弱点が頭部だとしてもそれ以前に無力化する方法が知りたい」
そうでなければ、と鉄菜は先刻のトウジャの動きを脳内でなぞる。あれほどの機動力だ。接近されれば《インペルベイン》や《ノエルカルテット》では打ち損じる可能性もある。
それを懸念だとでも言うように桃は言い放った。
『近づかれる前にR兵装で焼き切ればいいんじゃないの?』
「トウジャのデータが足りていない。桃・リップバーン。もっと知っている事があるだろう? 話せ。そうでない場合、ブルブラッドキャリアへの背信行為だと断定する」
『怖い事言わないでよ……モモだって知っている事は出来るだけクロとアヤ姉にもオープンにしているし。そうしたほうがブルブラッドキャリア全体における貢献にもなるって分かっているってば』
「だがトウジャはあれ一機ではないはずだ。百五十年前に製造された機体の一種類なのだとすれば、あれ以外にもトウジャタイプが存在してもおかしくはない」
『その可能性に関してはゼロではないけれど、出てきたとしてもあの《プライドトウジャ》と同性能ではないと思われるわ』
彩芽の言葉に鉄菜は言い返す。
「断定出来る根拠は?」
『ハイアルファーは同じものは存在しないの。これは絶対条件なのよ。だから、《プライドトウジャ》と全く同じ人機はいないはず』
「論拠に欠ける話だ。彩芽・サギサカ。今の今まで私達に黙ってきたくらいだ。ハイアルファー人機、その存在が計画の遅延をもたらした場合、お前の命だけで贖えるのか?」
胡乱な空気に桃が口を差し挟む。
『クロ! アヤ姉だって何もしたくって隠していたわけじゃ……!』
「だがトウジャタイプの事を話されていれば、もっと簡単に対処が出来ていたかもしれない。トウジャに遅れを取る事もなかった」
『鉄菜の言う事は間違いじゃないわ。それに、わたくし一人の命でどうにか清算出来るのかという話も』
『アヤ姉まで何を……。そんなの分からないじゃん! だって、出てくるなんて思わない機体だし』
「可能性としても挙げられていなかった時点で落ち度はある。彩芽・サギサカ。《プライドトウジャ》なる機体を次回より優先して排除候補に挙げる。異論はないな?」
『仕方ない事よ。鉄菜、貴女がそれほどまでに脅威に感じたのならそうするといい。わたくしも、トウジャタイプの存在は軽視出来ないと思っている。優先して破壊してくれて構わない』
鉄菜は彩芽の意見に首肯する。元よりそのつもりであった。
『……でも、トウジャがいるって事は、もう一種類の人機も、いるって事になるのかなぁ……』
桃が浮かべた疑念に彩芽は切り返した。
『鉄菜への説明は?』
「されたところだ。キリビトタイプ、であったか。だがこれは……トウジャ以上に謎が多いな」
もたらされたデータをジロウが処理する。キリビトタイプに至ってはその内部フレームさえも不明という結果であった。
『どういう事マジ? キリビトタイプの全体像がぼやかされているマジ』
「キリビトと呼ばれた人機の事を、誰もが隠している。いや、知らない、というべきか」
『キリビトに関するデータはそれが全てなの、クロ。バベルに直結しても全然降りてこない』
百五十年前に同じように開発された人機にしてはあまりに乏しい。これではいざという時、全く対処出来ないではないか。
「キリビトの情報を出来るだけ迅速に。そうでなければ読み負ける」
『惑星の人々がキリビトを出してくるとは思えないけれど、用心は必要ね』
彩芽は何かを知っているようであったが追求はよしておく。今はトウジャの事だけでも精一杯だ。キリビトの事まで話されて冷静でいられる自信がない。
『でも、分かんないなぁ。百五十年だよ? 発掘されても型落ちになっているに決まっているし。何よりも動くかどうか分からない人機によく賭けたよね、オラクルの残党兵』
その部分に関しても疑問が氷解していない。オラクル残存兵は本当に存在したのか。疑念を一身に背負った形の彩芽は結論を渋らせた。
『……今は、その言及に真実を求めるかどうかはやめておきましょう。オラクル残党がいたとしてもいなかったとしても、トウジャタイプを知る人間が含まれていたのは事実』
だが不都合な事実として、オラクルという小国がブルブラッドキャリアの動きを、ひいては世界の動きを操っていた事になる。これは由々しき事態であろう。
「C連合のような強豪国がどうして、オラクルなんかに左右された? 新型機の投入の体のいい言い訳だったとしても、結果論はトウジャに圧倒される形になったわけだ。これではまるで」
そう、まるで逆転の構図だ。もし、オラクル残党がトウジャを問題なく手にしていた場合、C連合は圧倒されていたとでも言うのか。
桃は難しそうに唸り、彩芽は結論を急がなかった。
『トウジャの存在を知っていて、C連合に喧嘩を振ったのだとすればトウジャの性能を試したかった、とも取れるわね。でも、単騎でナナツーに対抗するなんて事を仕出かすのかも分からない。オラクル親衛隊……レミィなる人物。探る価値はありそうね』
『名前だけじゃ絞り切れない。せめて生態認証IDでもあれば別なんだけれど、そいつの乗っていたバーゴイルもどきも破壊したんでしょ? じゃあ辿れないじゃない』
「どうにかして、その人物の経歴を辿る事さえ出来れば……」
その時、広域通信チャンネルを震わせた一報が舞い込んだ。《ノエルカルテット》が率先して情報を手繰る。
『これ……暗号通信? ゾル国の作戦概要だわ。示されているのは……大変よ、クロ。アヤ姉。今から七十二時間以内に、この場所はまた戦場になる』
その言葉に鉄菜は問い返していた。
「C連合か?」
『いえ、ゾル国自らが、立案した作戦みたい。《バーゴイル》の大隊が謎の不明人機の掃討のため……この場合はモリビト、ね。自国の基地が占拠されたのを奪還するために押し寄せてくる。つまり、標的はモモ達、モリビト』
総毛立った鉄菜はその情報を同期させる。暗号通信を解読し、解除したコードを表記させる。
「《バーゴイル》による掃討作戦……。爆撃まで視野に入れている。基地を救い出すと言いながら、その実情は基地を捨て去ってでもモリビトへの報復攻撃、か」
『連中もあまり手をこまねいている場合ではないようね。恥も外聞もない、ってところかしら。C連合に貸しを作った手前、全ての割を食わせるのも癪って感じ。自分達の手で取り戻すのが理想のプランって手はずでしょう』
しかし基地の人間の生死は問わないのだ。これでは奪還作戦の名を借りた、ただの殲滅戦である。
「モリビトを倒すのに都合のいい戦地、というわけだな。いざとなれば基地の人々は事前に死んでいた、という情報も作れる。そうなれば大義名分は出来たも同然。ブルブラッドキャリアという悪辣の輩から自国の領土を救い出す、というシナリオか」
『ひっどい。モモ達何もしていないのに』
『何もしていない、がもう通用しない、というわけね。わたくし達が何かしていようと、していまいと、連中には関係ないという事よ。《バーゴイル》部隊が攻め込んでくる。その時、どうするのか、鉄菜、桃、何が正しいのだと思う?』
本国にさえも捨て駒にされた人々。モリビトを倒すために、彼らの生死は振り回される。生きていても死んでいる、という理屈が通るのだ。
人が生きていくのに、国家の力には抗う事など出来ない。死人だと語らされれば、もう対抗さえも出来ない。
「……基地の者達に報せる」
『クロ? でもそんな事をして電報でも打たれれば……アヤ姉の写真でも隠し撮りされていれば』
「ブルブラッドキャリアに不利に働くだろうな。だが、分かっていても譲れない。私にはこれ以外にいい方法は思いつかない。問題なのは自ら顔を晒した彩芽・サギサカだが……」
彼女の判断にかかっている。浮かべた逡巡を彩芽は振り払った。
『……その提案、呑みましょう、鉄菜』
『でも、うまくいかなかったら裏切られるだけだよ?』
『どうせ、彼らには他に生存の道はない。だったら、人の善性に身を任せるのも、一つの手ではある』
『もし……善性なんてなかったら? 国家のために命を張られたらアヤ姉だけの問題じゃない。ブルブラッドキャリア全体の指揮に……』
《ノエルカルテット》は三機の中でも調停の役割を帯びている。もしもの時の間違いを正すのは三号機だ。桃は判断を迫られている事に素直に焦っているのだろう。
『大丈夫。モリビト三機しか、この基地を守り通す事が出来ないと分かれば、彼らも信じてくれるはず』
「彩芽・サギサカ。あまりに危うい綱渡りだ。有事の際の動きを検討されたい」
『……それも分かっている。桃、情報が少しでも漏れたら』
『嫌な役回りね。モモの《ノエルカルテット》がこの基地を塵さえも残さずに撃滅させる。……分かってる、って言ってもやっぱりね』
それぞれの承諾は取れた。後は覚悟するだけだ。
「彩芽・サギサカ。桃・リップバーン。最終確認だ。ゾル国掃討軍に対し、我々ブルブラッドキャリアは」
『ええ、徹底抗戦する』
『それしかないもん。モモだって、そんなの許せないよ』
全員の意見は一致した。鉄菜は作戦概要を睨み返す。
「来るのならば来い。私達が――倒す」