気密が保たれた部屋の中で、彩芽はこの基地の長だというシーアと対面していた。
憔悴し切った面持ちには基地を守り通すために貫いた意地が見え隠れする。自分の役目はそれを聞き出す事だ。
彩芽はかしこまって咳払いする。
「いいでしょうか? シーア分隊長」
「ああ、すまない。今の現実に、脳が追いついていなくってね」
額を押さえた年長者に彩芽は心中を察する。無理もない。世界の敵だとされているモリビトタイプの操主との対峙。それだけでも充分に精神をすり減らすというのに、自分の発言次第ではモリビトからの攻撃を受ける。その脅威から基地のスタッフを守り通さなければならない。きっと今すぐに逃げ出したいに違いなかった。
「分かります。わたくしも、ここで顔を晒すとは思っていませんでしたから」
『アヤ姉。今のところその基地から情報が発信された痕跡はないわ。まだモモ達の情報は大っぴらには出回っていない』
耳に装着した通信機から《ノエルカルテット》に収まる桃の通話がもたらされる。少しでも妙な抵抗をすればR兵装の光がこの基地へと降り注ぐであろう。
彼らに選択肢などないのだ。そのような最中、シーアは口を開いた。
「モリビトは……わたし達をどうするつもりなんだ?」
「無抵抗のままならば何も致しません」
嘘であった。顔を見られた以上、何らかの手は打たなくてはならない。ただしここでの破壊行為は他国の衛星に見張られている状態だ。どのような言葉を切り口にして戦場が再現されないとも限らない。
彩芽達はあくまでも慎重に議論する必要がある。
「そう、か。そうしてもらえると助かる。ただでさえ、わたし達には手立てがないんだ。あの機体は、どうなった?」
鉄菜の交戦した漆黒の人機の事であろう。トウジャタイプに関する情報は聞き出さなくてはならない。
「トウジャ、ですね。あれはどういった経緯で」
「やはり、その名を知っているか。無理もない。百五十年前に封じられたモリビトの名を冠する機動兵器を手にしているのだからな。機密などもう意味がないか」
「あれはしかし、封印指定されていたはずです。この惑星では」
「封印を解いたのはわたし達ではない。オラクルの親衛隊だ。彼らはどうしてだがそれを知っていた」
「オラクル親衛隊?」
妙な符号だ。オラクルの残党がこちらに向かっていたから、C連合は仕掛けた。自分達もその情報を基に介入した。
だがこれでは、まるでオラクルという小国にブルブラッドキャリアとC連合が操られた形になっている。
立場が逆転している危うさに彩芽は尋ねていた。
「その者達は本当に、オラクルの親衛隊だったので?」
「……そう言われてしまうと確証はない。《デミバーゴイル》だけがその証拠であったが、中身は見ていないし、《プライドトウジャ》が破壊してしまった」
ガワだけ揃えるのならばいくらでも出来る。ここに来て彩芽は何者かの作為を感じずにはいられなかった。
オラクルという小国の独立から先、誰かがブルブラッドキャリアを操っていた? では誰が? という疑問。
その言葉を聞き取っているはずの桃が胡乱そうな声を出す。
『モモ達をいつの間にか操っていたって? 小国コミューンが? それは初耳……っていうか、あり得ないんじゃない?』
『私もその可能性は棄却したい。あの時刃を向けた連中にそこまでの考えがあるとは思えなかった』
二人分の意見に彩芽は思案を浮かべる。では、何者かの作為がある、と考えたのはこちらの勘繰りか。否、敵はこちらの上を常に行っていると思うべきだろう。
オラクルにその気がなかったにせよ、この場所に訪れた親衛隊を名乗る連中にはあったかもしれない、という事だ。
「オラクル親衛隊の、何者かの身分証か、あるいは名前でも分かれば」
「名前なら一人だけ。オラクル親衛隊の隊長を名乗っていた。レミィとか言う女ならば」
「レミィ。他の情報は?」
「こちらに写真の一部でもあればいいんだが、生憎全ての《バーゴイル》は破壊され基地には反抗するだけの残存兵もいなかった。辺境地だとして本国に見捨てられた結果だよ」
『オラクル親衛隊のレミィ、ね。《ノエルカルテット》とバベルの中枢に繋いでいるけれど……そもそも親衛隊なんて存在しないわ。アヤ姉、これ、もしかして最初から……』
濁した先を推測する。最初から存在しないものを名乗っていた。
オラクルの武装蜂起は何者かがその意図的な欠如を利用するための引き起こした出来事だとすれば……。
点と点が繋がりかけてシーアは疑問を呈していた。
「連中は最初からトウジャを知っていた。確かに軍上層部にはトウジャの存在は噂レベルに留まっていたのかもしれないが、オラクルなんていうC連合の弱小コミューンの人間が持っていたのは確定情報だった。……《プライドトウジャ》の名称と、その性質。ハイアルファー人機である事を見越して」
「ハイアルファー人機ですって?」
その名称に彩芽は覚えず立ち上がっていた。ハイアルファーはブルブラッドキャリアの中でも秘匿されている技術の一つだ。
モリビトタイプで採用を見送った技術がどうして地上に? そもそも彼らも知っているのか。ハイアルファーの恐ろしさを。
『……どうやら後で聞く事が増えたようだな』
鉄菜の言葉に彩芽はしまった、と目頭を揉んでいた。鉄菜が聞いている中で自分が困惑してどうする。
「ハイアルファーを、知っているのか?」
シーアの疑問には答えるしかないであろう。答えなければ鉄菜の追及に遭うだけだ。
「……技術として、ならば。人の精神波に感応する技術だと。しかし、その稼動には様々な問題が山積している、とされています。ハイアルファー人機は一般的にはエネルギー効率が悪く、血塊炉の応用技術を用いなければそもそも起動さえもしない、と。一機造るのにかかるコストを鑑みれば、他の機体を量産したほうが遥かに早い」
「そう、わたしも似たような話を聞かされていた。今の三機……ナナツーとバーゴイル、ロンドの現状を突き崩すほどの技術革新ではない、とも。トウジャ一機では何も出来ないとさえも言われていた。だが、実際にトウジャが動けば、それは世界の蠢動を意味する。トウジャがどうなったのか、君達は……」
「残念ながら」
首を横に振るとシーアは、ああと嘆いた。
「やはり、死んでしまったのか。いや、そのほうがいいのかもしれない。あの技術が大国に利用されればそれこそ地獄だ。トウジャタイプが量産体制に入れば、今の技術は遥かに遅れを取る。ハイアルファーを用いないトウジャが完成すればの話ではあるが」
「その……ハイアルファー人機が量産されない確証でもあるのですか?」
「あれは操主ありきの機体だ。操主の権限が許さなければ絶対に量産はされない。彼が……それを許すとは思えない」
そもそも撃墜された可能性も鑑みているのだろう。こちらからあの人機の生存はにおわせないほうがいいな、と彩芽は感じていた。
「トウジャタイプ以外に、この基地が狙われた理由は?」
「見当もつかないよ」
やはり相手はトウジャを狙ってきたのだろうか。しかし、軍上層部でさえも信じていないトウジャの存在をどうしてオラクルが知れたのか。それだけが大きな疑問として屹立している。
「色々聞けて、参考になりました」
席を外そうとするとシーアは尋ねていた。
「モリビトタイプを操る人間には、何か特別なものがあるのか? 君達はまるで研ぎ澄まされた……戦闘機械のようだ」
殺戮兵器と呼ばれなかっただけマシだろう。彩芽は振り返って応じていた。
「才覚、のようなものだけは存在します。あとは覚悟」
「覚悟、か。世界を敵に回すほどだ。相当な覚悟の持ち主ばかりだと推測する」
「わたくし達は何も戦いたいわけではありません。惑星側が、一つの罪を認めてくだされば、何も戦争なんてしたいわけではないのです」
「罪……それはトウジャの事を、百五十年前の事を言っているのかね?」
それも入っているが彩芽が認めて欲しかったのは別の部分であった。
――貴方達の誇る惑星から、無慈悲に連れ去られて戦闘兵器にさせられた子供がいる。
そう言えればどれだけ楽であったか。しかしそれを今、シーアにぶつけるのはお門違いであった。
「……誰もが罪を抱えています。わたくし達はその代弁者である事だけの話」
「そう、か。惑星圏への報復であったな、君達の目的は。この青く濁った星に、未来などないというのに」
項垂れたシーアにはもうかけるべき言葉もなかった。彩芽は一室を去った後、通信機の向こう側にいる鉄菜へと言い含める。
「説明はするわ。ただ、今は待って。わたくし自身……」
拳を骨が浮くほど握り締める。誰かに八つ当たり出来ればどれほど楽か。そのような身分ではないのは大いに分かっている。
今は、被害者面などしている暇はないのだ。
一刻も早く戦いの連鎖を断ち切らなければ、また同じ事が起こるであろう。
犠牲は自分だけで充分であった。
『アヤ姉。今ゾル国のログを探ったんだけれど、ちょっと興味深い作戦が耳に入ったの。それもいい?』
「……ええ、桃。話を聞くわ。それに作戦も建てないと。ここに篭城したところで先は見えている」
自分達はブルブラッドキャリア。
惑星へと牙を剥いた反逆者なのだから。