ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯69 武人の瞳

 英雄の気分とはどのようなものなのだろうか。

 

 そう尋ねようとした執務官がいたらしい。らしい、というのは後から来た別の執務官が教えた又聞き情報だからだ。

 

 それを聞かれていれば自分は恐らく平静ではいられなかっただろう、と桐哉は応じていた。

 

 全身に纏い付いていた激痛の種であるパイロットスーツは引き剥がされている。今は、病人服を着込んでいたが、肩口と全身の神経を切り裂いたあの痛みの痕跡は未だ色濃い。

 

 痛みの記憶をどこかで引きずったまま、夢から冷まされたような心地であった。

 

「あの操主服はとてつもない苦痛を君にもたらしていたのだと推測される」

 

 眼前の執務官の名前は自分でもそらんじられる。

 

 ――C連合の銀狼。先読みのサカグチ。

 

 数々の戦場を潜り抜けてほぼ不敗。その銀髪は誉れの証なのだとゾル国に居た頃からよく聞いた。

 

 ゾル国で言う自分と同じような役柄なのだと茶化された事もある。しかし実際に目にすればどれほどの威圧か。

 

 このような大人物と同等だと言われていた事自体が信じられない。

 

 やはり夢の中から引き上げられたのではないか、と思うほどであった。

 

「今の気分は? 気分が悪ければすぐにでも医療スタッフが対応する」

 

 この待遇も異常なほどだ。仮想敵国の軍人を捕まえて、尋問でもなく気分を聞くなど。

 

 自分はそれほどまでに堕ちたのだろうか。英雄の座から引き摺り下ろされ、どことも知れぬ敵国の基地に囚われても価値を見出せないほどに。

 

 そうなったのであれば、この境遇も笑える代物だ。

 

 桐哉はどこか投げやりに応じていた。

 

「俺がどう答えても、結局決まっているんでしょう?」

 

 その言葉に同席していた赤毛の青年が目を見開いた。彼の事は知らない。しかしリックベイと同じ場所にいるという事はかなりのポストなのだと推測される。

 

「お前、少佐がせっかくこうして席を設けてくださったのに……!」

 

「いい、アイザワ少尉。冷静になれないのなら席を立つのは君のほうだ」

 

 その言葉の持つ冷たさに冷や水を浴びせられた気分に陥る。アイザワ、と呼ばれた将校は肩を竦めた。

 

「……分かりましたよ。冷静になります」

 

「よろしい。では桐哉・クサカベ准尉。話してもらいたいのは極めてシンプルだ」

 

「トウジャの事でしょう」

 

 どうせ、自分の価値などそこまででしかない。話して楽になれるのならばそうすればいい。

 

 英雄として祀り上げられる事など未来永劫ない。もっと言えば祖国に顔向けも出来ない。燐華にも、もう会えないだろう。

 

 だからほとんどやけであった。自分がどうなっても、守りたいものは存在しなくなってしまった。リゼルグは戦場で命を散らし、ここにC連合の捕虜として匿われているという事は基地のみんなも全滅した事だろう。

 

 だからと言って怒りも憎しみも湧かない。

 

 あるのは無力感だけだ。助けられなかった、という悔恨のみが胸を占めている。

 

「……驚いたな。話してくれるのか」

 

「何でも話しますよ。自分にはもう、価値なんてないんですから」

 

「じゃあ話してもらおうか。あのトウジャって人機は――」

 

「待て、アイザワ少尉」

 

 詰問の声を制したリックベイは自分へと探る目線を注いできた。覚えず視線を逸らす。

 

「奇縁だな。モリビトと呼ばれていた君が、モリビトを倒すための力を手に入れ、その戦場でわたしと出会った。何かの運命の力が作用したのかもしれない」

 

「少佐? トウジャの事を話させればこんな奴」

 

「見くびるな、少尉。彼はまだ戦士だ」

 

 言ってのけたリックベイにアイザワは気圧された様子である。

 

「戦士って……捕虜でしょう?」

 

「身分はそうだが、気高い部分が見え隠れしている。彼はれっきとした、戦士だよ。戦士には戦士として相応しい待遇というものがある。桐哉・クサカベ准尉。まだ祖国への忠誠心はあるかね?」

 

 何を尋ねられているのか分からない。だが、どうせこの言葉もただ皮膚を滑り落ちていくだけの代物だ。どうなったって構わない。

 

 自暴自棄になった桐哉には何がどうなったところで、この世界が滅びたところでどうでもよかった。

 

「分からなくなってしまった。俺はゾル国にこの身の全てを任せていたのか、それともスカーレット隊の……一緒に戦ってくれるみんなにこの身を捧げていたのか」

 

「ゾル国への忠誠だけで戦っていたわけではないのか」

 

「軍属ならば、それが正しいんだろう。でも、もうどうなったのか分からない。モリビトは敵の名前にすり替わり、自分の身分でさえも誰一人保証してくれなくなった今、誰のために戦えばいいのか。……何のために、この力を振るえばいいのか」

 

 拳へと視線を落とす。今までは守るべき対象があった。だが、もうないのだ。基地のリーザの笑顔やシーアの面持ちが今さらに思い出されてくる。

 

 皆、自分を信じてくれていた。信じたみんなを裏切って敗北したのは自分のほうだ。

 

 トウジャに乗れば勝てると思っていた。それそのものが傲慢であったとでも言うように、現実は重く圧し掛かる。

 

 自分の罪は、自分を現実以上の強さだと思い込んでいた傲慢。守り通せると思い込んでいたその心そのものだ。

 

「トウジャ、あの人機を振るうのには相当な覚悟が必要だ。生半可なものでは動かせないだろう。君は、あれを動かし、モリビトに肉薄してみせた。驚異的な精神力とその胸に抱いた覚悟なのだと推測する」

 

 敵からの賞賛など今さら必要あるものか。殺すのならばさっさと一思いに殺して欲しかった。

 

「もういいでしょう。俺から聞ける事なんてトウジャって機体が恐ろしい機体だって事くらいだ。これ以上に何が……」

 

「君はデータ上、死人だ」

 

 リックベイのこちらを見据えた瞳に桐哉は息を詰めた。獲物を見据える猛獣の剣幕である。

 

 死人。その言葉が心底気にかかるかのように。

 

「何だって……だから何だって」

 

「死人になれる、というのは生半可なものではない。データの上でも死んで見せるのには勇気がいる。加えて、あのような過負荷の圧し掛かる人機を搭乗、稼動させたのは勇気以上のものを必要としたはずだ。たとえば、そう、義務、責務そして――罪悪感」

 

 指折り数えたリックベイに桐哉は慌てて口にしていた。

 

「俺は、何でもない、あの機体に乗れといわれたから乗っただけだ」

 

「しかし、あれは調べたところ、乗れと言われたからと言ってでは、というものではない。ハイアルファーなる謎の機構に、神経に接続すると思われるデバイス。あのようなものに好き好んで乗るとも思えない。かといって、ゾル国における君の処遇がそこまで下がっていたとも思えないのだ。あれは動物実験と同じようなもの。そんなものに人間を乗せるほど、堕ちているとも思えなくってね」

 

 リックベイの推測に桐哉は返答に窮していた。どうすれば、いや、どう足掻いてもこの軍人の目を誤魔化す事は出来ないのではないか、と。

 

 いっその事全て話してしまえば、と思ったが全て話せば一番に嘘くさいのは自分で分かっている。

 

 ――オラクル軍人からあの基地の人々を守るためにトウジャへと、自分が乗せられた。

 

 嘘をつくのならばもっとマシな嘘をつけと自分ならば言うだろう。

 

 言ったところで信じてもらえるとも思っていない。

 

「……トウジャには俺が志願したんだ」

 

「信じ難い」

 

「乗る者がいないから、モリビトを倒せるのなら俺が、と……。だって、あれ以外、モリビトを倒す手段なんて存在しないじゃないか。モリビトを倒せるのならば何だってやるさ。悪魔にだって魂を売る。この手が汚れたって構わない、俺は……!」

 

 そこまで捲くし立てて、リックベイがこちらを凝視している事に気づいた。

 

 全くの嘘ではない。モリビトを倒すための力が必要だったのは真実。だが、自分はどれほどまでに恥の上塗りをすれば気が済むのだろうか、と力が萎えた。

 

 辺境地に左遷され、モリビトの名前を汚され、オラクルの軍人に敗北した。結果として《プライドトウジャ》を動かせたからよかったようなものの、自分が起動出来なければ他人が犠牲になる可能性もあった。

 

 ここまで堕ちてしまえば、もう堕ちる場所もないではないか。だというのに自分はどこかで意地を張り続けている。英雄の座、勝利の美酒にどこかでまだ手が届くのではないかと夢見ているのだ。

 

 どこまでも……おめでたい人間だ。

 

 もうこの手に握り締められるものなど何一つないというのに。

 

「……トウジャには、乗らないほうがいい」

 

 だからこそ、この言葉は純粋な警告であった。《プライドトウジャ》に手を出せばしっぺ返しが待っているという警句。堕ちるところまで堕ちた人間のただ一つ残った人間らしい部分であった。

 

「なるほど。君の境遇はある程度察した。だが、わたしは君に、このまま終わって欲しくないのだ」

 

 その言葉にアイザワという男も困惑を浮かべた。

 

「少佐、どういう……」

 

「この審問室から一度出る許可は取り付けてある。来るといい。アイザワ少尉、彼を連れて来い」

 

 立ち上がったリックベイにアイザワが唖然とする。

 

「尋問して、トウジャの起動をどうやって行ったのか聞き出すんじゃ……」

 

「気が変わった。彼に、見てもらいたいものがある」

 

 歩み出たリックベイにアイザワは部屋の四隅を見渡す。定点カメラを気にしているのだろう。

 

「わたしの命令だ。責任はわたしが持つ」

 

 リックベイの声にアイザワはどこかやけっぱちに言いやった。

 

「……知りませんよ。上に怒られても」

 

 桐哉は立ち上がらせられる。神経を《プライドトウジャ》に繋いでいたせいか何度もよろめいた。

 

 リックベイはこちらへと一瞥を投げ、ついてくるように目線で指示する。アイザワという男は桐哉へと言葉を潜めた。

 

「……何だってゾル国の英雄なんて」

 

 ほとんどのC連合の兵士の認識はそうなのであろう。数人がすれ違い、全員が桐哉の処遇を問い質したがその度にリックベイは自分の一存だ、と告げた。そう口にすると誰もが納得を飲み込んだようであった。

 

 リックベイという男がどれほどまでに兵士の信頼を勝ち得ているのかが窺える。

 

 自分はただ英雄の座に酔いしれていただけだ。このような事まかり通っていただろうか、と疑問さえ浮かぶ。

 

 本当の実力者、人格者とは恐らく彼のような人間の事を言うのだろう。

 

「ここだ」

 

 案内されたのは整備デッキである。やはり《プライドトウジャ》の起動方法を意地になってでも聞き出そうと言うのだろう。そのような事をしなくとも、あの尋問室で口にしたと言うのに。

 後悔が這い登ってくる中、リックベイが手招いたのはモニタールームであった。

 

 桐哉を連れていた事にスタッフがどよめくもリックベイの一声で制する事が出来た。

 

「ゾル国辺境地、前回の戦闘地点の衛星映像を」

 

 何をするつもりなのか。逡巡を浮かべている間にリックベイ自らキーを打って調整させる。衛星映像に映し出されたのは辺境地の航空映像であった。

 

「これが現時点でのあの戦場の映像だ。基地にフォーカスを合わせよう」

 

 驚くべき事に基地には何の細工もされていなかった。蹂躙の痕も、戦火が燃え盛る様子もない。静かな紺碧の大気に抱かれたまま、自分がいた基地はそのままの様子で佇んでいる。

 

「我々は三個小隊を用いてあの基地に攻め入ったが、結果的にモリビトの介入で敗走。あの基地には一切、わたし達の手の者は至ってない。安心して欲しい」

 

 どういう意味で言っているのか分からない。困惑の視線を振り向けると、リックベイは言い放った。

 

「君が守ろうとした場所は、まだ守られている。わたし達が手を出そうにも、出せない状態にあると言っていい。どの国の占領下でもなく、あの基地は存在している」

 

 何のつもりなのか、とその視線を交わす。リックベイは、何のてらいもなく、桐哉へと告げた。

 

「君は、守ったのだ。彼らを」

 

 その一言だけだ。敵兵からの賞賛など、と反骨精神が浮かぶかと思いきや、頬を伝っていたのは涙であった。

 

 自分はここまで弱り切っていた。敵からの賛辞でも、現実が自分の理想通りになった事に、桐哉は心底安堵する。

 

 ――俺は、まだ守り人でいられた。

 

 止め処なく溢れてくる涙に桐哉は拭おうとしても出来ずにいた。アイザワがふんと鼻を鳴らす。

 

「敵地で泣く戦士がいるかよ」

 

 その通りなのだが、今はただその感慨を噛み締めていたかった。

 

「だが、あまり悠長な事は言っていられない。どの国の占領下にもない、と前置いたのはその事実も関連している」

 

 拡大された衛星映像の中に桐哉は驚くべきものを発見する。

 

 青と銀のモリビトと赤と白のモリビトが基地の周囲に展開している。

 

 撃ち漏らした事実よりも自分の守り通すべき人々へとモリビトが接近している事のほうが問題であった。

 

「これは……」

 

「モリビト……ブルブラッドキャリアからの正式な発表はないが、彼らモリビト二機、いや映像には映らないが恐らく三機ともあの基地を根城にしている。この事実にゾル国からの正式な声明が出される予定だ。我が国の諜報機関の得た情報では、ゾル国の《バーゴイル》部隊が基地へと強襲をかける。前回、オラクル残党軍の討伐という名目でナナツーの新型を出させてもらった貸しがある我々は迂闊には動けない。その名目があったにもかかわらず、モリビトを撃ち漏らした国家には助力を仰ぐつもりもないらしい」

 

 つまり、ゾル国があの場所へと再度攻め入る。また、戦場になるのだ。

 

 守ると決めた人々がまたしても蹂躙されかねない。

 

 祖国でも安心材料にはならなかった。《プライドトウジャ》の一件のせいであの基地の信用は地に堕ちているに等しいのだ。

 

「……俺のせいで」

 

「誰のせいでもない。モリビトを排除するべく展開される作戦だ。オラクル残党軍の掃討は一度見直され、その上を行く脅威としてモリビトが挙がった、という話。だが実際のところ、《バーゴイル》だけでは心許ないとわたしは思っている」

 

 振り向いたリックベイは桐哉の心に差し込むような鋭い眼差しを湛えていた。その瞳が何を望んでいるのか、桐哉には直感で分かった。

 

「……俺が?」

 

「そうだ。我が方のナナツーは出せないがトウジャならば無国籍の人機として介入は出来る。……無論、そうなった場合わたし達は一切の助太刀は出来ない。全て、君一人の戦いになってしまうが」

 

「少佐……! 捕虜を逃がすって言うんですか!」

 

 アイザワの反発にリックベイは首を横に振る。

 

「トウジャの鹵獲自体が機密レベルだ。国家としての振る舞いを考えればトウジャを解析し、その機構を完全に暴くべきだが、操主なしではハイアルファーも起動せず、その構造も不明。このまま無用の長物を持て余すよりかは、わたしは現実的なプランだと思っている」

 

「逃亡の危険性があります」

 

「彼は逃げんさ。眼を見れば分かる」

 

 自分達が動けぬ代わりに桐哉一人で戦場に介入してみろ、というのか。あまりに無謀な考えに呆然とする。

 

「俺一人で、何が出来るって……」

 

「モリビトと対等に渡り合ってみせた。あの戦場を実際に見た我々からしてみれば、モリビト一機の首を取るくらいはわけないと思っていたが」

 

 C連合は表立って軍は派遣出来ない。この場合、モリビトの脅威と本国の蹂躙からあの基地を守れるのは自分だけだ。

 

 しかし、その後は。自分は祖国に剣を向けた重罪人として扱われる事になってしまいかねない。

 

「……こちらに後先がないからって乗ると思っているのか。冷静に考えれば、祖国へと刃を向けた時点で俺の居場所はなくなる」

 

 もう存在しないかもしれない居場所に固執するか、あるいはまだ残っている場所のために出来る事を行なうか。

 

 二つに一つだ。このまま捕虜として一生を終えるのは自分としては許せない。静観出来ない事を理解した上での交渉であろう。

 

「トウジャに偽装パーツを装備させ、大破したと思い込ませるくらいは出来る。その後、我が国家の艦にて収容すればいいだけだ」

 

「……少佐、そんな厚待遇をしてやったって、こいつはゾル国の兵士なんですよ」

 

「だが裏切れないタイプなのは見て取れる。我々としても動くトウジャのデータは取りたい」

 

 このまま身じろぎ一つしないトウジャを解体するか、あるいは稼動データを取れる可能性にかけるか、であろう。

 

 解体した場合、百五十年前の叡智を失うかもしれない。しかし、戦場に赴かせたところで同じのはずだ。

 

「帰ってくる保障はない」

 

「帰ってくるさ。君が乗っているのならば、ね」

 

 リックベイは何を根拠に自分をここまで信用出来るのだろう。熟練の戦士の第六感か、あるいはそれ以外の外的要因か。

 

 桐哉は面を伏せた。このまま何もしないのも手の一つではある。どうせC連合は手出し出来まい。その代わりに本国が自分の大事なものを奪っていく。

 

 基地にいた者達は尋問を受けるだろう。トウジャの秘匿だけでも重罪に問われるかもしれない。

 

 何よりも、現状を維持したところでモリビトによる占拠だ。このまま世界が見過ごすとも思えない。

 

 ブルーガーデンくずれが介入すればそれこそ戦争になるのは必定。

 

 誰かが守り通さなければならない。その役目は、自分だ。自分にしか出来ない。

 

「……俺がトウジャに乗れば、そのデータを解析するのだろう」

 

「それは軍としての当然の動きだ」

 

 トウジャをみすみす解析させるか、あるいはここで舌でも噛んで死ぬか。だが、自分はトウジャの神経接続デバイスに耐えて生きている人間だ。ハイアルファー【ライフ・エラーズ】が容易い死を用意してくれるとは思えない。

 

 死ねない兵士は自分の命を賭けのレートにすら挙げられないのだ。この場合、死んでしまえばこの身が朽ちるまで実験材料であろう。

 

 何を選ぶべきかはもう見えている。あとは勇気だけだ。この局面で、世界さえも手玉にとって見せると言い切れる勇気。

 

 無謀だと言い換えられる。

 

 それでも戦うのが自分に出来る唯一の反抗であった。

 

「……《プライドトウジャ》を稼動させる。あの操主服を渡せ。あれがないとまともに動かせない」

 

「こちらで改良の手を加えている。随分と古いシステムで構築されたパイロットスーツであった。理論面ではこちらが上を行っている。実戦投入するかどうかはわたしの一存で決まる」

 

「一刻も早く、あの場所に向かわせてくれ。俺は、守らなきゃいけない。守り通すんだ。それこそが……俺の生きる意味なんだから」

 

「承知した。パイロットスーツを持ってくればすぐにでも出られるか」

 

 首肯した桐哉にリックベイは歩み寄って言いやる。

 

「そこまで賭けられるとは、さすがのわたしも想定していなかったよ」

 

 振り向いたその時にはリックベイは立ち去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少佐、いいんですか? だってトウジャを出せるって事は、あいつが裏切るって可能性も」

 

「視野に入れているさ。だがね、祖国で堕ちた英雄と罵られ居場所もない人間が、C連合の待遇に不満を言えるものかね」

 

 タカフミは目を見開いていた。

 

「情にほだされて、やったわけでは……」

 

「いつ、わたしが情になど左右される。軍人はいつだって冷静に物事を俯瞰するものだ。彼は逃げない。逃げる理由がない。どこに逃げたところで裏切り者の烙印が纏いつく。トウジャを祖国に持ち帰れば彼は英雄に戻れると思うか?」

 

「それは……」

 

 口ごもったタカフミにリックベイは言葉を継いだ。

 

「基地が無事であっただけで涙する男だ。もう彼にすがれる存在などありはしないのだろう。それほどまでに追い詰められている人間がまともな判断を出来るとも思えない」

 

「あの基地の映像も、交渉条件の一つだったんですか?」

 

「他に何がある。あれだけでも機密だ。ゾル国の一兵士に、お前の国家の基地を衛星軌道から監視出来るのだぞ、と言っているようなもの」

 

 タカフミは空いた口が塞がらないようであった。リックベイは怪訝そうに言いやる。

 

「どうした? 何か言いたげだな」

 

「いえ……おれ、心底、分からなくなっちゃいました。モリビト相手に対等の斬り合いを求めたり、トウジャを鹵獲したのにそれをみすみす逃がそうとしたり……少佐って結局どういう人間なのかな、って」

 

 そんな疑問か、とリックベイは嘆息を漏らす。

 

「ただの軍人だ。それ以上でも以下でもない」

 

「でも、あの桐哉って奴、帰ってくると信じていますよね?」

 

「確率論の話に過ぎない。あれで祖国に帰る面の皮が厚い人間だとも思えないからな。トウジャの存在はどの国家からしてみても現状を打破する鍵。案外、ゾル国は見栄も外聞もなく迎え入れる可能性もあるが、彼からしてみれば守る対象を攻撃目標に据えた時点で、信じるべき祖国にはならないだろう」

 

 タカフミは後頭部に手をやって複雑そうな顔をする。

 

「なんか……あいつもかわいそうですよね。自分の信じてきた祖国に裏切られて、で、モリビトを憎むしかなくなって。モニター上は死人ですから、どう扱われてもおかしくはない。自分がああいう境遇になったらって思うとぞっとしますよ」

 

「ああなったら、君はどうする?」

 

「おれっすか? おれは……」

 

 さしものタカフミでもそこから先を濁した。死人に口なし、とも言える。彼がどう発言したところでモニター上死んでいるのならばどのように曲解も出来るのだ。彼は従うしかないであろう。C連合のためでも、ゾル国のためでもない。あの基地に残されているのかも分からない、大切な誰かのために。

 

 命を散らしてでも戦い続ける道しか残されていない。

 

「少佐は、どうなんですか。ああなったら、どうします?」

 

「鹵獲され、捕虜になり、新型機を動かせと言われた場合か。帰結する先はそう多くはない。自爆し、腹を切って死のう」

 

 リックベイは心の奥底からそう感じていた。タカフミはその凄味に口を閉ざすしかないらしい。

 

「少佐らしいというか……おれには真似出来ないっすよ」

 

「真似しなくともいい。これは武人の生き方だ。常人に押し付けるつもりもないからな。ただ……」

 

「ただ?」

 

 いや、とリックベイは頭を振る。これは軍人らしくない考えであった。

 

 ――桐哉の面持ちにあったのもどこか武人めいた迫真があったな、という、ほんの些細な考え。

 

 きっと、大きなうねりの前には個人の思想など踏み潰されてしまうだろう。

 

 今がそのうねりの只中なのだとリックベイは自覚していた。

 

 


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