ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯67 戦場の戯曲

 弔砲が鳴らされる中、スカーレット隊の追悼が行われていた。

 

 ゾル国のバーゴイルは式典仕様の白に塗装されている。平時が黒か灰色のバーゴイルが白に染まるのは国を挙げての吉報か、あるいは凶報のどちらかだ。

 

 街中をバーゴイルと遺体を載せたという名目の霊柩車が横切っていく。

 

 それを横目にしつつ、ガエルは切り出していた。

 

「随分と、スカーレット隊ってのは国民に愛されていたんだな」

 

「当然と言えば当然だろう。元々、古代人機を倒す役職は特別な意味を持っていた」

 

 こちらに振り返った将校は相変わらず読めない笑みを浮かべている。調べた限りでは全ての機器はゾル国の代物であったが、この将校はゾル国の人間ではないのだろうか。

 

「で? オレをこんな街中に呼んだ意味は何だ? まさかスカーレット隊の追悼を生で見ろとかそういう事じゃないだろ?」

 

 ガエルは赤いソファに体重を預け、自分達のいる部屋を見渡す。一流ホテルのロイヤルルームなど戦争屋には一生縁がないものだと思い込んでいた。

 

 将校は窓の外から垣間見えるバーゴイル数機を視野に入れつつ、言葉を継ぐ。

 

「《バーゴイルスカーレット》を撃墜した機体はモリビトだ」

 

 あまりにも突拍子もない言葉だったせいだろう。ガエルは笑みを浮かべていた。

 

「そいつは、とんだ災難だったな。確か、英雄を下したのもモリビトじゃなかったか?」

 

「この国は呪われているのかもしれんな」

 

 そうだとすれば解けない呪いかもしれない。一度ならず二度までもモリビトに辛酸を舐めさせられたとなれば。

 

「ゾル国の連中に同情はするぜ? あのモリビトとやりあったんじゃ仕方ねぇ。死ぬだけだ」

 

「存外に人らしい感情を持ち合わせているのだな、ガエル・ローレンツ。君はもっと冷徹かと思っていたよ」

 

「冷徹が形を持って歩いているみたいな人間を目にしてりゃ、オレなんてまだまだだって分かるさ」

 

 フッと口元を綻ばせた将校はここに呼んだ意味をようやく口にした。

 

「君のやり合った機体と、あの戦場で鬼のように戦い抜いた機体は同種のものだ。名前をトウジャという」

 

「トウジャ? 聞いた事のねぇ名前だな」

 

「それも当然だ。百五十年前、ブルブラッドの大災害の最中、造り出された三種の禁断の人機。その一種」

 

「オレには教養なんてないもんでね。一から説明してもらえると助かるぜ」

 

「百五十年前、ブルブラッド大気が地上を覆い、水は汚れ、人の棲めない地獄と化した。それは知っているだろう?」

 

「大気汚染の大元が、そのトウジャって言う機体だって言うのか?」

 

「少しだけ異なるが、その認識でも間違いではない。トウジャ、モリビト、そしてもう一種の機体を製造した際、血塊炉を産出してきたテーブルダスト、ポイントゼロ地点が噴火。その三種は封印され、我々にはもう三種の人機製造のみが許された。それぞれ、ナナツー、バーゴイル、ロンド」

 

「今日の人機開発は、その時に定められたって?」

 

「一部の特権層は知り得ていながら、この情報を秘匿している。何故だか分かるかね?」

 

「んな強い人機が製造出来たんなら、モリビトなんて目じゃねぇと思うがな。いや、逆か。モリビトも禁断の人機だって言うんなら、その人機製造そのものが今の世界を作り上げた。人間はその罪を見たくねぇってのか」

 

 その解答に将校は渇いた拍手を送る。

 

「八割方正解だ。さすがだな、君は」

 

「褒められている気はしねぇな。クイズしに来たってわけじゃねぇだろ?」

 

「強力な人機でありながら、どうして製造さえも秘匿されたのか。それはこの惑星を支配している特権層が、その事実は都合が悪いと隠し通しているからだ」

 

「また一部の少数派が握っているって話か。それ、何度も聞いているがマジなのか分からなくなってきたぜ? あんたらが勝手に浮かべている誇大妄想じゃないのか?」

 

「しかし、少数派が世界を回すのが常であったのは間違いあるまい。ブルブラッドキャリアでさえもその少数派だ」

 

「星から追放された連中なんざ、多数派の前じゃ意味がねぇってか」

 

「問題なのは、少数派に触発される多数派だよ。それこそが無意識の悪意に他ならない」

 

「分からねぇな。てめぇらは多数派気取ってんだろ? だったら、そんなの怖くねぇって言うもんだと思うが」

 

 将校は目深に帽子を被り、ガエルの言葉に笑みを浮かべた。

 

「戦争屋は、やはり心強いな。人間として、君は強い存在だ。強者の側だよ」

 

「あんがとよ。ただ、さっきから妙に褒められているのは、何だ? 頼み事でもあるのか?」

 

「察しがよいのも助かる」

 

 将校がガエルへとチップを放り投げた。受け取ったガエルは端末に認証させる。そこに記されていたのは次の作戦であった。

 

「おいおい、さすがにこりゃあ……まずいんじゃねぇの?」

 

「話は通してある。何の問題もない」

 

「そういうもんじゃねぇだろ。オレに、軍属になれって?」

 

 指し示した作戦の概要にガエルは立ち上がっていた。将校は落ち着き払って言いやる。

 

「一時的な契約だ。今まで君のやってきた戦争屋稼業とさして変わりない」

 

「大有りだぜ、てめぇ。ここにはオレが、ゾル国の大隊を率いる人間になるための偽装パスコードと! そのIDが記されている! ここまでやってのけるてめぇら、マジに何者なんだ? 世界を支配するっての、案外てめぇらのほうなんじゃねぇの?」

 

「察しがいいのは助かるが、勘が鋭いのはおススメしないな」

 

 ケッと毒づき、ガエルは端末に視線を落とした。そこにはゾル国が近日中にオラクルに占拠された辺境地へと大隊を率いて侵攻する作戦が事細かに記されていた。

 

「またあの場所か。オラクルの武装蜂起から先、この星も落ち目になったもんだ。いや、元々堕ちるところまで堕ちてきたのが浮き彫りになったって話か。戦場を駆るのはいいが、あんまし同じシチュエーションだと萎えちまう。今回、C連合と戦えだとかそういう話じゃねぇんだな?」

 

「そこに記されている通り、その役職についてもらう」

 

 ガエルは端末に視線を落とし、嘆息をついた。

 

「……あり得ねぇ、って一笑に付すのもアリだがな、てめぇらの手にかかっちまうと何でもアリになっちまうから笑えねぇ。そもそも、だ。オレみたいなのがゾル国の軍属として認められるのかねぇ」

 

「安心して欲しい。我々のサポートは万全だ」

 

 その自信に対し、ガエルは鼻を鳴らす。

 

「万全だからこそ、怖ぇってのもあるんだよ。で? 今回はどの戦場だ? どういう戦場で、どれくらいの命を賭ければいい?」

 

 相手が要求するのはその一点だろう。自分はどこまで行っても所詮は戦争屋。この男の檻から離れる事は出来ない。未来永劫、首輪を繋がれたままなのである。

 

 それを理解しているのか、将校は落ち着き払った声で頷いた。

 

「彼と組んでいただきたい」

 

「彼?」

 

「あのバーゴイル部隊の先頭にいる人間だ」

 

 白く塗られた式典仕様の《バーゴイル》のうち、大剣を所持する《バーゴイル》が剣先を掲げ、母国のための命を散らした者達を慰霊する。

 

 その先頭に立つのはどこか優男風の軍人であった。肩には幾つもの勲章がある。流した金髪が高貴な雰囲気を醸し出していた。

 

「ありゃ、根っからの軍人じゃねぇか」

 

「カイル・シーザー特務大尉。ゾル国の中でも一握りの……いわゆる親衛隊と呼ばれる地位にいる青年だ」

 

 カイルと呼ばれた青年将校は手を振りつつ、《バーゴイル》の掲げた剣を仰ぎ、涙を流してみせた。

 

 演技か、とガエルは疑ってかかったが将校は醒めた目線で言いやる。

 

「あれは演技ではないよ。本心から涙しているのだ」

 

「だとすりゃ、随分と妙な人間を仕立て上げたもんだな。親衛隊? ゾル国のそれって言えばモリビトと謳われた桐哉とか言うのより上か。下手すりゃ、軍人くずれでもねぇ、本物の政に手を出す家系の人間じゃねぇのか?」

 

「だからこそだよ、ガエル・ローレンツ。いや、今日から君はガエル・シーザー特務准尉だ」

 

 その偽名が記されたタブレットを目にし、ガエルは舌打ちする。

 

「おいおい、こちとらどこのドブの上で生まれたとも知れねぇのに、お歴々の血縁の遠い親戚ってのは……無理がねぇか?」

 

「なに、身なりと戸籍が全てだ。もう少し小綺麗にすれば、連中は乗ってくるさ。髭剃りと整髪剤くらいならばうちから出そう」

 

 ガエルは纏め上げた長髪と強い顎鬚を撫でた。これは戦争屋として染み付いた格好でもある。戦いやすい格好なのだ。

 

 だが、戦争屋稼業を続けるのならば、別段こだわりでもない。切るのは何の抵抗もなかった。

 

「……オレをエリート官僚に仕立て上げて、その先はどうするんだよ? 向こうが馬鹿同然だとしても、あまりに無理がねぇか? こっちの情報が勘繰られる事は」

 

「それはあり得ないし心配も要らない」

 

 断言した将校にガエルはこれ以上の議論は無駄か、と打ち切った。

 

「……いいぜ。何にだってなってやるよ。最終目的が正義の味方だったか。それになるためなら、軍属でもエリートでも、何だったら一国の纏め役でもいいぜ。オレの身分をどうこうするのはてめぇらの役目だ。そこんとこ怠ってもらっちゃ困るだけの話さ」

 

「話が分かって助かる。さて、そろそろ追悼式典も終わりか」

 

 納棺される棺を視界の中に入れつつ、将校は笑みを浮かべた。

 

 まるで全てが計算の内のような目つきをしている。ガエルはその相貌を横目で見やり、舌打ちを漏らしていた。

 

 部下を殺したケジメをつけさせるのには今ではない。

 

 今は雌伏の時だ。せいぜい利用させてもらうとしよう。

 

 スピーチが漏れ聞こえてきた。先ほどのカイルと呼ばれた特務大尉が演説している。感じ入ったように聴衆が涙するのを目にして、これもまた寸劇のようなものか、とガエルは冷ややかな胸中に結んだ。

 

 


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