整備デッキに無数の封印措置を施し、ようやくコックピットから操主を摘出した、という連絡があったのは本国の巡洋艦でC連合への帰路についていた途中であった。
後衛全ての巡洋艦は轟沈し、警備についていたナナツー全機の殲滅を確認した。
元々、モリビトが来る事など想定していなかったが、もしもの時の備えは生きた。
随分と遅らせてこちらに来るように命令しておいた巡洋艦二隻と空輸のための輸送機一機。生き残ったナナツーと部隊はほとんど前衛の巡洋艦に収まり、空輸のほうに不明人機を収容しようとして、やはり操主と人機は切り離すべきだとメカニックが進言したのだ。
「少佐の持つデータベースを参照しましたが、あれほどの機動性を持つ人機は存在しません。操主は切り離しておくべきでしょう」
一隻がわざと遅れて出航し、もう一隻が先行する陣営を取ってC連合はモリビトの追撃を恐れつつも本国へと帰る航路を辿っていた。
リックベイはその道中、幾度となく不明人機の情報を探したが、やはり一向に探り当てられないのだという。
《ナナツーゼクウ》の整備も儘ならぬ状況。多くの《ナナツー参式》を失ったこの戦はほとんど敗走に等しい。
たった一機の《バーゴイル》にしてやられた。否、彼もまた武人であった事を鑑みるに被害は最小限で済んだと思うべきだろう。
摘出の連絡を受けた時、リックベイは上官への報告任務の最中であった。
『どうやら、吉報のようだな』
「そうとも限りませんが……不明人機が暴走する可能性が極めて低くなった、という事だけは確かでしょう」
『聞き及んでいる。情報ももらった。これは、こちらの情報網で探り当てるに、トウジャ、と呼ばれる機種であると把握した』
「トウジャ……わたしはそのような人機の名前は知りません」
『前を行く兵士が知らぬのも無理からぬ事だ。本国のデータベースの最重要機密の欄にこの人機の名前はある。百五十年前の、禁断の人機の一種だ』
百五十年前。ブルブラッドキャリアの宣戦布告が思い起こされ、リックベイは質問していた。
「モリビトと無関係ではない、のですか?」
『やはり、先読みは衰えていないか。そうだとも。モリビトと密接な関係にある。トウジャとは、百五十年前にモリビト共々封印されたはずの人機の名前であるからだ。あまりに強力であるがゆえに、人々の記憶からは抹消され、我々には三種の人機の製造のみが許された。ナナツー、ロンド、バーゴイル』
「その《バーゴイル》に、とてもよく似ている」
『それも、無理からぬ事だな。トウジャはバーゴイルベースの雛形だと思われる。つまり《バーゴイル》の遠い祖先だよ』
リックベイは今も整備デッキで封じられているトウジャの姿をウィンドウに呼び出す。整備士総出で検査が行われているものの、その実態は今のところ不明。
「誰が、何のためにこの人機を解き放ったのでしょう」
『あの基地にトウジャタイプが収容されていた、という事前情報はなかった。だが、これをもたらした元凶は……』
濁した先を、リックベイは言い当てた。
「オラクルの武装蜂起。全ては計算ずくであったとでも?」
『分からないが、オラクル残党があの場所に向かわなければ何も起こらなかったというのは確かだ。オラクルという弱小コミューンにそれほどの情報網があるとは思えないが、トウジャの事を知っていたのだとすればこれらの発端はオラクルによって操られていた可能性が高い』
「我々がオラクルに、ですか……」
大国コミューンが小国に戦争の火種を作らされた、というのは正直なところ苦々しいものがある。オラクルさえ独立宣言をしなければ無用な争いは避けられたとも取れる。
『その辺りは諜報部の仕事だよ。我々の仕事はシンプルだ、少佐』
「不明人機を持ち帰り、その詳細を暴くまでです」
『よく理解している。操主は? 何者であった?』
「確認中です」
答えつつ、リックベイは操主の情報を手繰っていた。上官は嘆息を漏らす。
『トウジャの解放、それにモリビトの追加装備か。頭の痛い案件の多い事だ』
「モリビトの新たなる姿は驚異的でした。《ナナツーゼクウ》でも、止められるかどうかは怪しいところ」
『君がそういうのであれば、実際にそうなのだろうな。武人としても名高い君だ。戦場で感じ取った事は包み隠さずに言ってくれ。我々が力になる』
「モリビトの経過観察をレポートに纏めました。本国に帰るまでには詳細を追記しておきます」
『仕事が早いのは美学だな。目を通しておく。では、少佐。一刻も早い本国への帰還を祈っている』
返礼し、リックベイは通信を切った。操主の情報を洗い出そうとすると部屋に飛び込んできたのはタカフミである。
「少佐! 操主が出てきたって……!」
「耳聡いが、君はノックの一つも出来ないのか?」
「あ、スイマセン……」
今さらにドアをノックする。リックベイは額を押さえつつ先を促した。
「で? 操主が誰なのか分かったのか?」
「驚かないで聞いてくださいよ。今、メカニックに問い質したんですが、あの不明人機の操主は他でもない……モリビトだったって言うんですよ」
一瞬意味が分からずにリックベイは目をしばたたいた。
「何だって?」
「あ、言い方が悪かったですね。そのゾル国におけるモリビトって言うか、モリビトの栄誉を賜っていた人物って言うか」
そこまで言われればようやく飲み込めた。
「まさか、桐哉・クサカベだと?」
「そう! そいつなんですよ! ……何だってあいつが」
首を傾げるタカフミにリックベイは立ち上がった。
「案内しろ。彼はどこへ?」
「医務室です。バイタル、脳波、全てにおいて……ゼロの値を示しているそうで」
その言葉にリックベイは胡乱そうに尋ね返す。
「死んだのか?」
「いえ、その、数値上は死んでいるんです。でも、何ていうかな……」
「君に聞くより専門家に聞くほうが早そうだ」
歩み出たリックベイにタカフミが肩を並べる。
「とにかく、それでみんなパニックになっていて。ゾル国の……一時は英雄とまで言われた人間ですよ? 何であの不明人機に乗ってるのかなぁ、って分からなくって」
「あの場所は一応ゾル国の領地であった。桐哉・クサカベがいても不思議ではない」
だが、トウジャに乗っていたとなれば意味が違ってくる。知っていてあの場所にいたのか、あるいは何者かの作為が、彼をあの場所に導いたのか。
赴かなくては答えもないだろう。リックベイは整備班へと通信を繋いでいた。
「そちらの状況は?」
『今操主を摘出したばかりで……英雄だってんでしょう? 情報が錯綜していて分かりませんが、この不明人機が再起動する確率はゼロに近くなりました。操主なしで動く人機なんてそれこそ化け物ですからね』
「その化け物の可能性も加味して動いてもらいたい。今そちらへと向かっている」
『少佐自らですか? 操主はしかし、医務室に送られまして』
「一度、不明人機をよく見ておきたい。わたしが居ても問題は」
『ありませんが、この人機、どうにも気味が悪い……』
「ならばなおさらだ。兵士達の士気を下げるわけにはいかない」
通信を切る頃には既に整備デッキへと足を運んでいた。タカフミがおっかなびっくりにトウジャを仰ぎ見る。
「この不明人機! 驚かせやがって!」
罵声を浴びせるがトウジャは身じろぎさえもしない。その間に整備班長がリックベイにデータを手渡す。
「この人機、血塊炉からの製造年代測定を行いましたが……あまり大きな声で言えませんがこれを」
数値上ではやはりというべきか、百五十年以上前の機体だと言う事を示している。
「経年劣化は?」
「していたみたいなんですが、これを」
案内された部位には傷痕のように劣化痕が引きつっている。
だがその傷痕にまるでかさぶたを思わせる結晶体が形成されているのだ。結晶体の年代測定も行われたらしいのだが、こちらはつい三日前を示していたらしい。
「矛盾だな。百五十年前の機体なのに、経年劣化の痕そのものは最近など」
「それもありますが、コックピットも」
タラップを上がり、コックピットのある頭部が展開されていた。数人の整備士がケーブルを繋いで必死に解析作業に当たっている。労いの声をかけてリックベイはコックピットへと潜り込んだ。
「造り自体はあまり近年の人機と変わらないのだな」
「《バーゴイル》に近いですね。操縦桿も、マニュアル部分では変更点が少ないようです。これは、多分、作り替えられたのだと思われます」
「作り替えた?」
「ここを」
示されたのはリニアシートと引き出されたプレートであった。どうやら平時はコックピット内部に潜り込んでいるらしいプレートには血の赤が纏いついている。
「リニアシートが最新より二バージョンほど古い代物です。これはゾル国の《バーゴイルスカーレット》に近い形態となっています」
「つまり、このコックピットそのものは百五十年前だが、誰かが乗った際に《バーゴイル》のものを置き換えたと?」
「そう思うのが正しいでしょうね。あの操主……桐哉・クサカベの搭乗機も確か、《バーゴイルスカーレット》であったと」
つまり桐哉専用のためにあの基地の整備士が意図的に行った改ざんというわけだ。リックベイは顎に手を添えて思案する。
物自体は古の代物なのに部分部分が新しいのはより違和感を際立たせる。
「結晶体の解析は継続して行ってくれ。このコックピット、他に妙な点は?」
「これを」
手渡されたタブレット端末に表示されていたのはトウジャのOSのようであった。しかし、見た事もないOSの形式だ。
「ハイアルファー……何だこれは?」
「人機に組み込まれている標準のOSと比べましたが、その名前に該当するものはありませんでした。この機体独自の駆動系を指揮しているOSだと思われますが詳細は不明。ただ、そこのプレート」
指差されたのは先ほどから気になっていたプレート型の器具であった。リニアシートに直結するように出来ておりまるで拷問椅子のようだ。
「神経に接続するタイプのデバイスです。このプレート型デバイスが人間の神経と直結し、思考とのリンクを果たして通常の人機よりも高出力の機動を支えます」
「どれくらい機動力が違う?」
「単純計算で三倍ほど。この不明人機の機動性能ならば、バーゴイルは元より、ナナツーなんてひとたまりもありません」
それはその通りであろう。青いモリビトと同等に打ち合う人機である。自分が見た限り、青いモリビトは近接格闘型。その機動力と同じとなれば、この人機には相当な執念と窺い知れない何かが宿っているに違いないのだ。
「……試してみる価値は?」
尋ねたリックベイに整備班長が声を張り上げた。
「駄目です! これは人間が耐えられるようには出来ていません! 人体を弄ぶタイプのシステムです。許可出来るわけが……!」
「冗談だ。わたしとてこの人機、只者ではないのはよく分かっている」
分かっていても問い質さずにはいられなかった。モリビトを凌駕せしめる機体。ともすればこの人機は切り札になるのでは、と。
沈黙で伝わったのだろう。整備班長は小さく含ませた。
「……他の人間でも駄目ですよ。この人機は人を人でなくします。人体実験なんてもってのほかです」
「だがあの操主はこれを操っていた」
「その対価が、死だって言うのならば納得ですよ」
数値上での死だと聞いた。その部分をリックベイは問い返す。
「数値上では、というのはどういう意味だ?」
整備班長は周囲を見渡し、あえて人払いを行ってから慎重に切り出した。
「他言して欲しくはないのですが、少佐の人格を見込んでの事です。あの操主……恐らくは桐哉・クサカベは死んでいます。それはバイタルサインと脳波を見れば明らかなんです」
「だが数値上と前置いたのは」
「生きているんですよ。それでも」
その言葉におぞましいものが宿ったのが感じられた。
「生きている? 矛盾した事を言うものだ」
「心拍も、何もかもが停止していますが、あの操主は生きています。いや、逆説ですかね。この人機を操縦するのに、あの操主はああいう状態にならざるを得なかった」
「……詳しく聞きたいな」
「当て推量も入っているのですが、このハイアルファーなるシステム、人間の感知野に作用する部分もあるようで、つまり考えるだけで動かせる代物だっていう事です。しかしながら、デメリットも数多い。出力は最大値を出せますが、その場合、コックピット内の操主は圧死します。それに燃費効率も悪い。短期決戦型の人機ですね。長期で使い続けるようには出来ていません」
「このデバイスも影響しているのか?」
プレートに手を伸ばそうとして整備班長に制止された。
「触らないでください! まだ、解明していない部分も多いんです」
彷徨わせた手をリニアシートに翳す。生きていなければ人機は動かせない。そのような当たり前の事実が捩じ曲げられている。
「ハイアルファーというシステムについての詳しい見解を求められる人間は?」
「この船には……ただ本国につけばもう少しマシな解析にかけられるかと」
「全ては本国に帰ってから、か」
だが、本国に帰れば葬り去られる事実もあるに違いない。今でしか出来ないのは片づけておくべきだ。
「操主は、医務室であったな?」
「少佐? 面会されるんで?」
「数値上の死だというのならば、生きているのだろう?」
「ですが死んでいるんです。……もう、人間じゃないのかも」
付け足された言葉に浮かぶ戦慄にリックベイは手を払った。
「では、人間ではないものに謁見出来るまたとない好機だ。それを逃すのは勿体無い」
「……知りませんよ」
整備班長の声音を背中に受け、リックベイはタラップを駆け降りた。相変わらずタカフミがトウジャへと罵倒の言葉を浴びせている。当然の事ながら鋼鉄の塊は動く事はない。
リックベイは振り仰いだトウジャの凹んだ眼窩を睨み据える。この人機はどこまで人を弄んだのか。興味はあった。
「アイザワ少尉、わたしは人と会う」
「操主とですか? おれも行きます」
「君が何を話すというのだ」
「気になるじゃないっすか。英雄の気分って言うの」
「もう死んでいるかもしれんが」
「なおさらっすよ。死んだ気分が聞ける」
立ち止まったリックベイはタカフミへと一瞥を投げた。タカフミが気圧されたようにうろたえる。
「な、何ですか?」
「いや、……前向きだな、君は」
「後ろ向きにはなれませんよ。人間、生きている限り前向きじゃないですか?」
生きている限りか。なかなかに笑えない言葉だ。
「後衛の巡洋艦が三隻、轟沈した」
切り出した声音にタカフミは言葉を彷徨わせる。
「それが、何か?」
「命あっての物種だ。自分の命が他人の犠牲あってのものだと、自覚したほうがいい」
「モリビトでしょう。撃ったのは」
「モリビトとて人が動かさなければただの人機だ。仇の対象を間違えるな、とも言っている。前向きなのはいいが、つんのめるなよ。逸り過ぎれば待っているのは死だ」
「自分、そんなに危うく見えますか?」
タカフミの質問にリックベイはため息を漏らしていた。
「わたしの知る限りでは最も死地からは遠い男だよ、君は」