♯64 原初の罪
もし、二つの対象物があったとする。それらを総括的に、同時観察出来る絶対者の存在を仮定して、ではその両者に溝のように落ちる差は何か――。
そのような仮定の話を持ち込んできたユヤマに、タチバナは辟易を浮かべる。
「……単純な疑問だが、君のいる場所はどこかね?」
『お教え出来ません。一身上の都合で』
「……では言い方を改めようか。ワシのいるゾル国が何時かは分かっておるかね?」
『そちらの時刻を用いるのならば、午後十一時過ぎでしょうか』
「年寄りはもう寝る時間じゃよ」
実際、タチバナは疲弊していた。ここ数日の調査継続とあらゆる諜報機関の情報の精査。助手のいない研究者の打てる手など所詮は知れたもの。嘆息をつくタチバナに通話越しのユヤマはようやくその時差を飲み込んだらしい。
『おっと、失礼しました……博士はまだ起きていると思ったので』
「そう思った確証を尋ねようか」
『ここ数日、世界がざわついています。気づいていないとでも?』
無論、その件もあってタチバナは眠れぬ夜を継いでいるのだ。もたらされる情報は山のようにあるのに、そこから砂金を見出す方法は片手ほどにもない。
「ゾル国辺境地にC連合が介入した。表向きは、C連合がオラクル残党軍を排除する、という名目」
『名目ではない部分をあなたは知っている』
「買い被り過ぎじゃよ」
老眼鏡をかけ直したタチバナは一服吹かそうとして煙管を取り落とした。この時代においてはほとんど骨董品に等しい煙管だが、大事に扱っているお陰でまだ現役だ。
『煙草を吸われるんですか』
タチバナは疑念を挟んだ。今は音声通信だけで相手からこちらは見えていないはずである。盗撮を疑ったがこの部屋は防音と外からの眼の阻害に優れている。
「その論拠を聞こうか」
『……失礼、口が滑りました』
「口が滑ったにしては、少しばかり迂闊じゃな。見ているのか?」
ユヤマは逡巡の間を浮かべた後、答えを口にする。
『上官が吸うので、その前後の行動を思い返していただけです』
「上官? お主らの組織に上も下もないと思っていたが」
『組織というのはいつの時代でも上下関係からは逃れられませんよ。世界を虹の皮膜が覆い、紺碧の毒の大気が世界を闇に沈めても、です』
皮肉めいた言い草にタチバナはふんと鼻を鳴らす。
「この猛毒の惑星においても、まだ良識が生きている、と見るべきか。あるいは因習に縛られていると言うべきか」
『話の続きとしましょう』
「二つの対比物を同時観察出来る絶対者の存在自体が、既に歪みの中にあるとしか言いようがないが」
『それでも、です。どう思われますか?』
タチバナは紫煙をたゆたわせながら考えを巡らせる。動物実験がまだ生きていた頃、そのような実験経過を聞いた事があった。
「環境に生物は左右される。環境が人の手が加わったものとそうでないものには明確な差が生まれる」
『狼少女の例をご存知ですか』
ユヤマの口から出た言葉にタチバナは覚えずと言った様子で口角を吊り上げた。
「それは……旧世紀の話じゃぞ? 随分と昔の話に精通しておるのだな」
『話の接ぎ穂に、と思いまして』
「アマラ、カマラか。狼に育て上げられた人間の少女の物語」
だがそれは半分ファンタジーとして今の世界では定着している。そもそも知っている人間が少ない話だ。
『その例を持ち出せば、自然と答えは見えてくるのでは?』
「君は……ワシに考えさせたいのか、それとももう出ている解答を言わせたいのか?」
『どちらと取っていただいても』
謙虚なのか不躾なのか分からない。タチバナは欠伸をかみ殺し、言いやった。
「自然環境下における一種の生物二個体の違い、など瑣末なものだと思うが、意図的に比較し、意図的にその成長の度合いを分けた場合、如実な差が生まれるのは必定」
その答えが聞けただけでも満足なのか、ユヤマは用意されたような答えを切り返す。
『そうでしょうね。そのはずなんです』
「何を言わせたい。ワシは人機開発の助言者。研究者と言っても歴史学者でもなければ生物学者でもない。詳しい話は出来んぞ」
『いえ、ただ単に人間というものを紐解くに当たって、博士のお話を伺いたかっただけです』
「難しい事を言うものだな。人によって千差万別の答えに一つの解答を見出すなど、それこそ傲慢が過ぎる」
人生に答えが未だに見出せないように、それは誰かが下すものでは決してない。
ユヤマはそれさえも視野に入れているかのように通話先で頷いたのが分かった。
『なるほど。博士の答えは参考になりました』
「見え透いた嘘で老人を騙すか。そのような事を話しにこのような時間帯に?」
『いえ、アタシが言いたいのはですね、どうして博士はゾル国におられるのか、ですよ』
やはりそれか、とタチバナは切り返しを彷徨わせた。
「呼ばれたから、では不服か?」
『不服というより疑問です。博士はC連合のオブザーバーのはず。どうしてゾル国に?』
「答える義務はないな」
『ええ、ですが答えていただく機会はあるはずです。違いますか?』
この男はいつだって人を食ったような言い草を選ぶものだ。自然と口元に浮かべた笑みに、しかし退屈はしないという評価を下す。
「……C連合はゾル国に喧嘩を売ったように思われている。国際社会の見方ではそう見えなくもない」
『ゾル国辺境地への攻撃はオラクル残党軍の掃討作戦が名目でしたが、そのお題目が少しばかり胡乱が過ぎます。どうしてゾル国が掃除しないのか』
「家の後始末に使用人を呼んだだけ、と言えば説明が出来ないかね?」
『後始末に仲の悪い使用人を?』
フッと覚えず笑ってしまった。どうにも話さずにはいられないようだ。
「……屋敷は広い。隅っこの掃除に少しだけ険悪な隣人を選ぶ事もある」
『しかし、仲の悪い隣人はその場所に虫でも撒くかもしれません。あるいは、その場所を壊して帰っていくか』
「虫は撒かれんかったらしい。いや、撒かれたが、屋敷の主人は黙認した」
その言葉振りだけでユヤマには伝わったそうであった。
『性質の悪い虫をばら撒いたと聞いています。新種のようですね』
「心の広い屋敷の主人は隅っこが荒れた程度では怒りもせんよ。ただ、その代金はしっかりと払わせたようだが」
ゾル国辺境地で行われたのはC連合との密約であった。
オラクル残党軍の掃討作戦に本国の軍備を割くのは間違っている。だからと言って放置も出来ないとして、C連合がその汚れ役を買って出た。
ただし、条件として提示されたのはC連合の使役する次世代型人機の投入。
つまり体のいいテストにゾル国の辺境基地は晒されたそうであった。
この話の通りの筋書きならば、C連合は《ナナツー参式》を含む新型機で辺ぴな基地を蹂躙。オラクル残党軍を排除し、ゾル国との冷戦関係は維持しつつ、そのまま継続して睨み合いが続くはずであった。
ゾル国とて喧嘩を売りたいわけではない。辺境地への攻撃は仕方がなかったの一言で済ませるはずであった。
だが、その関係に歪みを生ませた存在があった。
『心の広い屋敷の主人でも、外からの来訪者にはご立腹のようだ』
タチバナはもたらされる情報の一つにその答えを得ていた。
「B2C」の暗号名に全てが集約されている。
「惑星への報復攻撃……まさかこのような形での介入など誰も予測出来まい」
『ブルブラッドキャリアは惑星内での密約に、否と言える存在だったという事でしょうか』
しかし、ここは黙っておくのが吉と言うもの。ブルブラッドキャリアが矢面に立ち、この作戦に介入した理由は一つしか思い浮かばない。
軍備増強への牽制と、両国への警告。そして――モリビトの性能を見せ付けること。
「航空映像が撮影したものだが……これは凄まじいな」
映し出されたのはC連合の巡洋艦が火の手を上げる映像であった。その只中に浮かび上がっている熱源を分析し、最大望遠と最大の画像出力で解析した写真に戦慄する。
巡洋艦を轟沈せしめたのは、たった一機の人機。
しかもその人機は巡洋艦のみならず、警護についていたナナツー弐式の部隊を完全に殲滅した。
三次元画像がその存在を克明に映し出している。
「これがモリビト……03と我々が呼称している機体の、真の姿か」
『青いモリビトですね。こっちの手持ちにある情報だと、消えた、だとか』
比喩や暗号ではない。
まさしく不可視の人機であったというのだ。しかし、完全に全てのレーザー網から姿を消す人機などこの世に存在しない。
一時期ブルブラッド大気を身に纏い、その色と同化する事によってほとんど不可視の光学迷彩を手に入れた技術があったが、それもエネルギー効率の悪さと結局戦場での役立たずな側面が災いして、ただのゴシップニュースに成り果ててしまった。
だが眼前の現実はゴシップでも何でもない。
戦地にて、それに等しい技術が適応された事を示している。
「応用技術は不明な点が多いが、これはほぼ不可視と言ってもいい。しかも、ナナツー部隊を迎撃せしめた武装だが……これは有線機動武器か」
辛うじてワイヤーが映っているために認識出来るが戦場の兵士達に視認するのは不可能な速度であろう。
これは俯瞰している第三者だからこそ出来る後付けの見解だ。
『ワイヤー武装に関して言えば、まだ実用段階ではない、との持論でしたよね? タチバナ博士は』
「実用段階以前に、それに耐え得る素材を探さなければならないと考えていたが、たまげたのはそれが惑星外にあった事じゃよ」
どうして、惑星を追われたはずのブルブラッドキャリアにこの惑星内でも一握りの人間しか享受出来ない技術の恩恵があるのか。
その答えは一つに集約されていた。
『惑星内に、どうやら悪い子がいるようだ』
内通者の存在。それは当初から囁かれていたもののここまで現実味を帯びてくるとは思えなかった。
惑星を裏切って、政府や国家を裏切ってまで追放された人間達に大枚をつぎ込んだ連中がいる。
可能不可能の議論以前に、狂っているとしか言いようがない。
「連中は何がしたい? 惑星を脅かしてどうしたいというのだ」
『さぁ? アタシにゃ分かりかねます。それほどまでにイカレた事もないので』
こうして自分と話している時点で充分な狂人である気がしてならないが、タチバナはそっと警告した。
「連中に伝手があるのならば伝えたほうがいい。長続きはしない、と」
『案外、短期決戦のつもりなんじゃないでしょうか? モリビト三機の投入のタイミングも気になるところです。そういえば、モリビトで思い出しましたが、スカーレット隊が全滅したと』
耳聡い男だ。他国のほとんど極秘事情に踏み込んでくる。
「あまり耳がいいと長続きはせんぞ」
『スカーレット隊は全滅だったそうですね』
モリビトに続き、ゾル国は惜しい存在をなくしたものだ。タチバナは近日執り行われる国家を挙げての追悼式典の日時を見やっていた。
「《バーゴイルスカーレット》は優秀な機体だ。空間戦闘における追従性が最も高い。それを撃墜せしめたとなれば、モリビトはさらなる脅威と認識されるだろう」
自分で自分の首を絞めているようなもの。余計にブルブラッドキャリアの真意が分からなくなってくる。
『博士は、研究で携わったので?』
タチバナは頭を振った。《バーゴイル》に関して助言した事は数少ない。
「元々、出来上がっていた技術であった。《バーゴイル》で助言する機会はあまりなかったがスカーレット装甲……耐熱機能が優れていたのは何回か見せてもらっていた」
『R兵装ですかねぇ』
「そこまでは。ただ、妙な破壊のされ方をしておったとは聞いている」
『尋ねても?』
「どうせ君は探るだろう。先んじて言っておくが、妙とは言っても空間戦闘におけるデータは少ないのだ。だから一概に妙とは言えないものがある」
『しかし、それでも奇妙だと映ったのでは?』
隠し立てや遠回りな言い草を使ったところで無駄か、とタチバナは口火を切った。
「……血塊炉が抉り出されていた」
『血塊炉が? 人機の動力源ですよね? 一番強固な装甲に守られていると聞いていますが』
「力自慢のナナツーでも相手の装甲を射抜き、血塊炉を抉り出すなど出来んのだ。そのような事を実用化しようと思えば、腕力ばかり強大なナナツーへの製造へと繋がるがではそれは現実的なプランか、と言えば誰でも違うと言える。ナナツーに白兵以上の格闘戦術を用いさせるなど間違い以前にあり得ない」
『キャノピーのコックピットを潰されればお終いですからね』
「弱点の露出しているナナツーではどう足掻いても《バーゴイル》には勝てず、だからと言って《バーゴイル》ではナナツーを凌駕する性能の装甲の質は保てない。その重量になれば飛翔速度が極端に下がる。だからと言って、ロンドでは器用貧乏が過ぎる。ロンドの細腕では《バーゴイル》との力比べでも勝てないが、器用さではナナツーを上回り、換装システムのお陰で《バーゴイル》以上の極地でも行動が可能」
『面白いですね。その三機、まるで示し合わせたかのようにお互いに弱点を持っている。そして、どれを突かれても敗北するように出来ている』
出来ているのではない。これは構築されたのだ。
そのように、拮抗する事を前提として。
その内実を話させたいのだろうが、タチバナはここで一旦、この話を打ち切ろうとした。
「スカーレット隊の敗北などどうでもよかろう。問題なのはこのモリビトだ。あまりに強過ぎる力はバランスなど関係なしに各国の力関係を覆す。今のところは現実的ではないが、噂程度ならば出来上がっている連合構想にも繋がりかねない」
『ブルブラッドキャリアを共通の敵として各国が一時的にこう着状態を解き、惑星連合として発足しようという試みですか』
やはり知っていて尋ねているのだ。タチバナは頭を振る。
「理想論だ。現実的ではない」
『そうお考えなのはどうして?』
「百五十年。百五十年の長きに渡って、睨み合いを続けてきた国家が一つに編成される事などあり得ないからだ。それに、モリビト程度で各国の繋がりと今までの確執が埋められるとは思えん」
『やはり、この世界は変わるための起爆剤を求めている、と考えるべきですか』
「そのためのモリビト、というお膳立てのシナリオも出来上がる。それこそ誰かさんの思っている通りに」
こちらの言葉振りにユヤマは通話先で笑ったようであった。
『嫌ですなぁ、本当。そのような悪い企みをする人間がいるなど』
「国家の枠組みを超えた人間の愛情など、存在せんよ。あるいは繋がり、というべきか。どこかで人は憎み合うように出来ておるのだ」
『憎み合わないのは通信回線の特許くらいでしょう』
違いない、とタチバナは各国が共通規格として採用している人機通信基準を思い返した。チャンネルさえ合わせられればどの人機でも通信機能はアクティブになる。
この惑星で誰もが享受出来る恩恵と言えば、通信サービスの向上と宅配ピザ程度のものだろう。
「いつだって、速くなるのは人の思いよりも機械的な部分だろうな」
『速さで言えば情報も、でしょうな。戦地からもたらされる情報は昔こそ相当に疲弊してからのものでしたが、今はピザのように容易く手に入る。それこそ、凡人でも』
暗に自分が凡人だと言いたいのか。タチバナはそれこそ冗談が過ぎると感じていた。
「ゾル国の内情に手を出すのは勝手じゃが、忠告しておくと一トップ屋が手を出して火傷しない保障はない」
『火傷で済めばいいですが。火達磨になるのは御免です』
「分かっておるのならば自重するといい。ゾル国は今ピリついている。手負いの獣に手を出すような馬鹿がいないように、噛みつかれる程度では済まんぞ」
『心得ておりますよ、退き際は。しかし、今はその時ではない』
ゾル国内部でも相当に外部への反抗心が強まっているところだ。
スカーレット隊の壊滅。ゾル国辺境地への攻撃。さらに言えば、未確認情報だがゾル国内部コミューンへのテロ行為。これらが連鎖的に繋がる事により、ゾル国は牙を剥く。
ブルブラッドキャリアか、あるいは他国にかは分からない。だがそれが手に負えない代物であるのは明白であった。
「今のゾル国に探りを入れるのはおススメしない」
『それは知人としての忠告ですか?』
「老躯としての、じゃよ。生きてきたのはお主より長い。戦争の始まりくらいはにおいで分かる」
『この百年程度戦争は起きていないはずですが』
「偽りに糊塗された平和だよ。冷戦状態がどれほど続いていると思っておる。どこかで爆発する、その予感は誰しも持っている。しかし、その契機がはからずともモリビトという存在であったのみ」
惑星外からの薮蛇がなくとも、この国家間の緊張状態はいつか限界を迎えていた事だろう。
モリビトは程よい起爆剤であったに過ぎないのだ。
『どこかで破滅を願う人々、ですか。しかし、平和であろうという志も高いはずです』
「信じる者は救われる、か。だが方舟に今の人類の総量では乗れんよ」
この惑星の外に逃げ出す事も出来ない。虹色の檻に囚われたまま、罪人達は虚構の大地を崇め続ける。
『まぁ、アタシは方舟も、来る黙示録も信じちゃいませんが。アタシが言いたいのはですね、いつか来る末法の世の中よりも、今、眼前に迫る危機ですよ。ゾル国辺境地、オラクルの排除を名目とした作戦はモリビトの介入によって失敗。ですが、その次は? 次があるはずでしょう? そうでなければどの国家の面子も丸潰れです。独立した一弱小コミューン程度潰せないのか、とゾル国は責任を求められる。だが今回の場合、相手がよかったですなぁ。C連合ではなく、ブルブラッドキャリアという共通の敵を睨む事が出来る』
「確定情報ではないにせよ、コミューンのブルブラッド大気汚染テロもある。国民の思想を煽るのには程よい風向きだ」
『この風向きに、乗ろうという便乗の輩もいるのではないですか?』
「それは誰か、言って欲しいのか?」
ユヤマは鼻を鳴らした。ナンセンスだろう。
『どちらにせよ、戦端は開かれますよ。この好機に、モリビトの物量による排除作戦が練られても何ら不思議ではありません』
「C連合は手を出さん。静観の構えだ」
その理由が当社画面に映し出されている。人機開発のオブザーバーとして、極秘にもたらされた情報だ。さすがにユヤマとの話し合いの延長線上で語るにしては重い出来事であった。
3Dフレームに組み込まれた名称を見やる。
「トウジャタイプ」と刻まれていた。
『そうですか。C連合もやはりナナツー大隊を失った事が大きいんですかね』
この事実をユヤマも知っているのだと思っていた。否、知っていて黙っているのか。
「新型のナナツーがロールアウトの直後に出撃した。これは国際条約のグレーゾーンだ。だから動きにくいのだろう」
『《ナナツーゼクウ》ですね。この情報は持っておりますよ』
安心してくれ、と言っているような口ぶりだ。あるいは、この程度ならば掴めるがそれ以上は自分の口から割らせろと迫っているのか。
「今は、ナナツー関連の資料と睨めっこだ。それと《バーゴイル》の量産案に目を通しておけとな」
『どの国家も欲しがるわけだ。あなたはやはり人機開発のトップに相応しい』
「世辞はいい。切るぞ」
『そうですね、時間も押してきています。最後に一つだけ。二つの同一存在が別の環境で育った場合の解答は先ほどのものでよろしいのですか?』
やけにこだわる。怪訝そうにタチバナは応じていた。
「その質問はそれほど重要か?」
『ええ、今のアタシにはとても』
「では答えるが、環境が違う時点でそれは別の生命体じゃよ。その答えで充分か」
『ええ、いい答えをもらいました。それでは』
その言葉を潮にして本当に通話が切れてしまった。タチバナは息をついて投射画面に表示されている人機の三面図を睨む。
「トウジャ……。禁断の人機がどうしてC連合の下に。いや、導かれるべくして、この機体は導かれた、というべきか」
モリビトが目覚めた時点で他の人機の目覚めは誘発されたと思うべきなのだ。
タチバナは極秘資料に印字された三つの人機の名称を視界に入れる。
トウジャ、キリビト、そして――モリビト。
「この惑星は最初から原罪を抱えている。それを知らずして人々は……いや、知っていても同じか」
不幸なだけだ。そう断じて、タチバナは煙管を吹かした。