ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯63 怨念の炎

 瑞葉は身体に圧し掛かってきたGに呻き、胃の中のものを吐いていた。

 

 それでも収まらない吐き気と倦怠感はこの機体を操っている特殊OSのせいだ。

 

 背筋から精神安定剤が打ち込まれるも瑞葉の網膜は赤く染まっていた。末端神経が過負荷に耐えかね、全身が軋んだように痛む。

 

 ――これがハイアルファーの力。

 

 数度目の肉体への安定剤が投与され瑞葉はようやく喋れるようにまで回復した。

 

「モリビトは……」

 

『瑞葉小隊長。あれはモリビトではありません。《バーゴイル》です』

 

「しかし、機体識別反応はモリビトを示していた。この機体から見えるのは確かにモリビトだった」

 

『《ラーストウジャ》のハイアルファーは認識障害を引き起こします。憎悪に染まった【ベイルハルコン】の使用が幻覚を見せたのでしょう』

 

 幻覚。事前に説明されていたとはいえ、ハイアルファー【ベイルハルコン】の性能に瑞葉は圧倒されていた。

 

 ほとんど剥き出しの内部フレームを晒した《ラーストウジャ》は速度面では比肩する性能の機体はないというデータであったが、あの敵機体は追従してきた。

 

 瑞葉は拳を握り締める。まだまだ強くならなくてはならない。

 

「《ラーストウジャ》……、偽装パーツを……」

 

『《ブルーロンド》に偽装するためのパーツはまた換装しなければならないでしょうね。本国に帰ってデータを反芻しましょう。今は、初陣の勝利を祝うべきです』

 

 勝利? 違う。あれは勝利などではない。

 

 勝利とは相手を蹴散らしその一分に至るまで磨り潰す事だ。敗走を許した時点で勝利ではない。

 

『元首様もきっとお喜びになられます。ブルーガーデンの切り札である《ラーストウジャ》が無事帰還したとなれば』

 

 元首。その名前に瑞葉は焼け爛れるかのような憤怒を感じ取った。そうだ、いずれはその元首の首筋へと刃を突き立てなければならない。

 

 まだ死ねないのだ。

 

 安直な行動は慎むべきであった。今は、帰還してでもその好機を待つべきだ。

 

「……分かった。回収してくれ」

 

『《ブルーロンド》隊、瑞葉小隊長の機体を回収するぞ』

 

 瑞葉はコックピットの中で延髄に接続されたシステムを見やる。今までの《ブルーロンド》と違うのは装甲による恩恵を一切期待出来ない事。さらに言えば戦闘スタイルの変化であった。

 

 禁断の人機――《ラーストウジャ》の性能にほとんど振り回された結果になったわけだ。

 

 瑞葉は機体から立ち昇る高熱の瘴気に己の憎悪を照らし合わせていた。

 

《ラーストウジャ》の内蔵するハイアルファー【ベイルハルコン】は怒りの感情に呼応する。

 

 ゆえに、この身を焼くような灼熱は自身の憎悪の証なのだ。

 

 モリビトをいずれ倒さなければならない、という因縁を持ち続ける。

 

 そうでなければ、この機体に食い尽くされるか、あるいは自分はこの機体の単なる一パーツとして一生を終えるだけだろう。

 

「まだ、死ねるか……モリビトを、いずれこの手で……」

 

 掲げた手は行き着く先を求めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もたらされる情報は光よりも速い。

 

 全員に同期されたその情報に嘆息が漏れた。

 

『まさか、トウジャが意図的とは言え、二体も解放されるとは。《プライドトウジャ》の解放とは違い、もう一機は完全なるイレギュラーだ』

 

『しかし封印兵装の開封は世界に災厄をもたらす。やはり慎重になるべきではなかったのか』

 

『《プライドトウジャ》とその操主の鹵獲。これでどのように世界が変革されるのか……、誰にも読めん』

 

『それだけに留まらない。モリビト二機の新たなる兵装。あれほどの力……許してなるものか』

 

 フルスペックモードの情報が全員に行き渡った時には決断が迫られていた。

 

『モリビトへの早期断罪を。ブルブラッドキャリアの本体への追求は未だに』

 

『未知の部分が多いのだ。ブルブラッドキャリア……追放された身でありながらあのような技術体系、どこで手に入れたのか』

 

『百五十年前に持ち出されたとされる技術の全てを用いてでも、惑星への報復を完遂しようというのか。それほどまでに惑星圏の人間が……我らが憎いか、ブルブラッドキャリア』

 

『コード031の動きがあまりにも迂闊であったのもある。やはり再生人間に使用した躯体の生前の記憶に左右される部分は修正すべきではないのか』

 

 全身機械化された元老院のシステムの中枢にいたのは一人の女であった。

 

 服飾を身に纏わない女へと機械化された者達が声を発する。

 

『コード031は何度でも再生出来るが……問題なのは四十年も前の死者とは言え、足がつかないとも限らない点だ』

 

 傅いた女は喉を震わせる。

 

「それに関してはわたしもこの身体が馴染まなかったせいもある。通常操主ならば一掃出来るが、ハイアルファーに選ばれた操主には敵わなかった、というわけだ」

 

『コード031……いや、再生人間名称レミィ。君から見た《プライドトウジャ》の操主はどのようであったか』

 

 仰ぎ見た女――レミィは言葉を紡ぐ。

 

「モリビトの名前……本国からの誉れを継ぐに相応しい、この時代には珍しいほどの実直な人間であった。だが、あれは破滅する。焦る事はない」

 

『その感想がそのまま彼の運命に左右するとは思えない』

 

『左様。所詮は生きている人間の感性など一刹那の幻に過ぎん。破滅するのが見えていたとしても、我々統合された存在からしてみれば、対処の必要性があると考える』

 

「しかし、彼はハイアルファー【ライフ・エラーズ】に耐えてみせた。わたしからしてみれば、もう少し観察の余地があると判断するが、如何かな?」

 

『ハイアルファーに耐える人間が今の世にいるとは思わなかったが、あれは本当にただの人間かね?』

 

『ただの人間だとすれば、我々の再生人間の候補に入れる事もやぶさかではない。ハイアルファーに耐えた血筋だ。ともすれば、人機操縦に長けた幻の人種である可能性も捨てきれない』

 

『――血続、か。だが、あの血統は完全に消滅したはずだ』

 

『隔世遺伝の可能性もある。排斥した血続が今の世に再び現れたとなれば』

 

『我々の支配に亀裂を走らせるか。だが血続をこちらの勢力に取り込めればこれ以上とない強みになる』

 

『結論として、桐哉・クサカベへの継続観察を命じる。コード031、まだやれるな?』

 

「造作もない。今度はC連合の戸籍を使う」

 

 身を翻したレミィに元老院の機械化された総体は一つの言葉を放っていた。

 

『ゆめゆめ忘れるなよ。この惑星は我々の所有物なのだ。これ以上荒らすのを、許しておけるものか。ブルブラッドキャリア』

 

 

 

 第三章 了

 


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