ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯62 妄執の戦場

 

 死亡者リストに連ねられた名前は聞き慣れたものも混じっていた。

 

 シェルターの中で燐華は今回のテロがモリビトを含むブルブラッドキャリアの一派によるものだと報道で知り、なおかつそのテロによってコミューンに棲む数千人規模の命が奪い去られた事を知った。

 

 クラスメイトの名前が紡がれる度に誰かが膝を折って泣いた。しかし燐華はその中に自分を迫害してきた人間がいた事に気づく。

 

 己の胸の中に制御不可能な熱が蠢いたのを感じ取る。

 

 これは、喜悦であった。

 

 自分はどこかその死に喜んでいるのだ。それこそ人でなしのように。

 

 せめて人間である証明が欲しかった。親友の――鉄菜の安否が知りたい。

 

 鉄菜の名前が口に出されたのは最後のほうであった。以上、と報告された被害者名に燐華は顔を上げる。

 

「嘘、ですよね……鉄菜が、死んだなんて」

 

 傍にいるヒイラギが首を横に振る。どうしようもない現実があるのだ、と知らせるかのように。

 

「でも鉄菜は……一番にこのテロを察知して……安全な場所に逃げたはずなんじゃ……」

 

「間に合わなかった、という事なのかもしれない。……残念だ」

 

 感情の堰を切ったかのように涙が溢れ出た。止め処ない。

 

 この手にある鉄片だけが鉄菜のいた証明だ。それ以外は何もない。鉄菜との友情の証がこんなに冷たい鉄の板だなんて。

 

 咽び泣く燐華にヒイラギは言いやる。

 

「そういう事もある。生きていれば辛い事も」

 

「でもあたし……こんなに辛い事ばっかり立て続けに起きるのなら、あたし……!」

 

 気が狂いそうであった。兄が左遷され、英雄から売国奴になっただけでも辛かった。しかし、乗り越えられたのだ。

 

 鉄菜がその希望を作ってくれた。だというのに、今は誰も頼れない。桐哉も、鉄菜も、どうして大切な人は遠くへと行ってしまうのだろう。

 

 ヒイラギが静かに口にする。

 

「何かで埋め合わせるしかないんだ。人間は、そうやってでしか生きられない」

 

 埋め合わせ。どうしても必要だというんならばそれは自分の場合――憎悪でしかなかった。

 

 鉄菜を奪ったモリビト。兄から栄誉を奪ったモリビトという存在に、決着をつけるしかない。

 

 しかし、自分は力もないただの乙女だ。

 

 このような非力な身で何が出来るというのだろう。

 

 何が成し遂げられるというのだろう。

 

「先生……どうすればいいんですか。誰を憎めば、いいんですか……」

 

 問いかけでもヒイラギは頭を振るばかりであった。

 

「分からない。恨み節をぶつけられる相手がいれば、少しはマシなんだが……世界は動き始めている。どうしようもない、破滅の方向性に」

 

 どうせ破滅する世界なら、自分で崩してしまっても何ら問題はないはずだ。

折り合いをつけていくなど、悠長な事は言っていられなかった。今は少しでも多くの力が欲しい。

 

「にいにい様。どうすればいいの? あたしは、何を、誰を恨めば、この地獄から抜け出せるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『少佐……こんなの回収したって……どうするんです?』

 

 部下からの声にリックベイは素っ気なく返答していた。

 

「だがあの場で野放しにも出来まい。この機体はいただいていく。せめてもの手土産だ」

 

 報告で後続艦が全て轟沈したという事実を耳にした。つまりC連合は敗残したのだ。ゾル国との密約もこれではご破算に近い。

 

 だからこその手土産の必要性があった。漆黒の人機は項垂れたまま全ての反応を停止している。

 

 血塊炉の反応も微弱だ。生きているのか怪しい。

 

「モリビトめ……どこまでわたしを愚弄すれば気が済む。あるいはこれでさえも世界においては前哨戦だと言いたいのか。本当の地獄はこの先にあるとでも」

 

 口走ったリックベイに並走するタカフミが声を差し挟む。

 

『でも、この機体どう見たってバーゴイル系列ですよね。となると、新型機って事になるのでは?』

 

「こっちもゼクウと参式を雁首揃えて進軍したんだ。他人の文句ばかりは言えんさ」

 

 その新型機もまるで張子の虎の状態であった。この不明人機とモリビトの戦いに全く介入出来なかった。

 

 強さ、という単純なものだけではない。

 

 執念だ。

 

 モリビトへの執念がこの機体はずば抜けている。その感情だけで生きているかのような機体であった。操主は何者であろうか、とリックベイは思案する。

 

 きっと、この世の地獄を一身に背負ったかのような人間に違いない。そうでなければモリビト相手にあれほどまでに食らいつけるものか。

 

「……案外、我々も本物の地獄は知らんのかもな。地獄の生き証人か、あるいは既に死人か」

 

 いずれにせよ、拝ませてもらう、とリックベイは心に刻んだ。本国へと持ち帰り、その操主の顔を見るのが唯一の楽しみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場を俯瞰していたのは《ノエルカルテット》だけではなかった。否、最大望遠でも捉えられない高高度に位置するその機体を誰が察知出来よう。濃紺の《バーゴイル》は睥睨の眼差しを戦場に注いだまま、コックピットに収まる男の視界と繋がっていた。

 

「随分と……昂る戦いだったじゃねぇか。モリビト、まだ本気出してなかったとはな。楽しみが増えたぜ」

 

 しかし、とガエルは機体照合データに時間のかかっている謎の不明人機を見やった。数枚の撮影された航空写真には漆黒の人機の姿が映えている。

 

「《バーゴイル》……いや、違うな。あまりにも違う。こいつは何だ? 奴さん方は何を造ったって言うんだ?」

 

『データは受け取った。ガエル・ローレンツ。帰還したまえ』

 

「モリビトには仕掛けなくっていいのかよ?」

 

『あの戦闘形態を一度見ただけでは判断しかねる。それに、君とて我が方の惜しい戦力だ。なに、敵陣にオラクル残存兵がいないというだけでも収穫。それに、C連合の動きも察知出来た。ナナツー新型の大量投入。つまり、最初からこの戦場は演出されていた、というわけだ』

 

「C連合のテストに、か。だがお膳立てが過ぎる気はするぜ。オラクルなんてもんはどうして、亡命先であるゾル国を敵に回したやり方なんてした? まかり間違えれば国外追放だ」

 

『それも、一枚岩ではないのかもしれない。謎の人機の機体照合が完了した。……なるほど、トウジャ、か』

 

「トウジャ? 新型か?」

 

 問い返したガエルに将校はフッと笑みを浮かべたようだ。

 

『これに関しては知る必要があるだろう。君にも、無関係ではない』

 

「何だよ、まどろっこしいよな。まぁ、いいぜ。《バーゴイルシザー》。帰投する」

 

 高高度に達していた《バーゴイルシザー》が身を翻そうとした矢先、接近警報が耳を劈いた。

 

 こちらへと急速な熱源が突っ切ってくる。ガエルは咄嗟に操縦桿を引いた。《バーゴイルシザー》の肩部が回転し、刃を顕現させる。

 

 刹那の間にぶつかり合ったのはプラズマソードの輝きであった。

 

 こちらと打ち合う敵の人機の勢いにガエルは気圧され気味に言いやる。

 

「……おいおい、この高高度にロンドとは、どういう冗談だ?」

 

 バイザー型のアイカメラが《バーゴイルシザー》を睨み据えた。《ブルーロンド》の系譜を継ぐ機体に映ったが機体照合データに引っかからない。

 

『モリビトは……モリビトはどこだ! 答えろ!』

 

「女……? ったくどいつもこいつも女操主なんて立てやがってよ!」

 

 弾き返した《バーゴイルシザー》の挙動に不明人機がプラズマソードを振るった。よくよく目を凝らせばその機体は《ブルーロンド》ではない。

 

 怒り型を有し、落ち窪んだアイカメラの形状は先ほどの戦場で手に入れた不明人機に近かった。

 

 ガエルは胡乱そうな声を出す。

 

「何だ、てめぇら。示し合わせたみたいに妙な機体使いやがって。その機体が流行ってんのか?」

 

 プラズマソードを提げた不明人機はそのまま切っ先を《バーゴイルシザー》に向けた。話し合いのつもりはないらしい。

 

『黙れ。モリビトはどこだ、言えっ!』

 

「あん? 奴さんがどこだなんてオレが知るかよ。今は帰れと命令されているんでね。帰路くらいは邪魔しないでもらおうか」

 

『この高高度に位置出来るのは、モリビトくらいだ』

 

「だからオレがモリビトだって? ああ、そういや識別信号はモリビトのもん使っていたか。この機体が察知されるのはまずいんでな」

 

『ガエル・ローレンツ。その機体は……?』

 

「知るかよ、マヌケ。煮え切らない戦場に煮え切らない敵が来るとは分からないもんだ。だがよ、オレは手強いぜ? それでもやるかよ?」

 

『モリビトは……全て破壊する!』

 

 瞬間、敵機体の偽装が解除された。

 

 装甲がパージされ内部に収まる疾駆が露になる。

 

 ほとんど骨身同然の人機であった。基本フレームのみで構成された人機には必要最低限の装甲すらない。

 

 青い偽装装甲が砕け散るのと同時にそれぞれ幾何学の軌道を描いて《バーゴイルシザー》へと襲いかかる。

 

 それそのものが質量兵器だ。風を切る装甲板にガエルは舌打ち混じりに回避させる。

 

「何だ、こいつ。基本装甲すらねぇ、裸の人機か?」

 

『《ラーストウジャ》、ハイアルファー【ベイルハルコン】、起動』

 

 その名前が紡がれた途端、機体のアイカメラ部が赤く染まった。全身に血脈のように血潮が至り、骨身の人機が次の瞬間、目にも留まらぬ速度で跳ね上がった。

 

 ガエルが習い性の動きで軌道を察知しなければ《バーゴイルシザー》の血塊炉へと一撃が叩き込まれていたであろう。

 

 素早さだけならば比肩する人機がいないほどだ。赤い燐光を棚引かせながら骨身の人機が《バーゴイルシザー》へと襲いかかる。

 

「よく分かんねぇが……速ぇって事だけは確かみたいだな。だが、そんな装甲の薄さで、一撃が耐えられるかよ!」

 

《バーゴイルシザー》が肩口に装備したアンカーを射出する。ケーブルが空間を走る中、敵人機を捉えようとするが、瞬時に舞い上がった不明人機は赤い光を四方八方にばら撒いた。

 

 それだけでケーブルが四散しバラバラに引き千切られた。

 

 敵の人機がそのままの勢いを殺さず《バーゴイルシザー》へと猪突する。

 

 プラズマソードとこちらの実体武装が干渉し合った。スパークの火花が弾ける中、ガエルは哄笑を上げる。

 

「機体照合上はモリビトかも知れねぇが、こちとら商売人だ! 邪魔してんじゃねぇよ!」

 

『モリビトは……殲滅する! しなければならない! そうでなければ、何のためにわたしは、禁断の力を手に入れた? ハイアルファーの洗礼を受けてでも、わたしは枯葉達の遺志を継がなければならないだ!』

 

「知るかよ、てめぇの理由なんざ! 《バーゴイルシザー》! この勘違い女を蹴散らすぞ!」

 

《バーゴイルシザー》の眼窩に光が宿り不明人機と鍔迫り合いを繰り広げる。敵の人機の速度は確かに驚異的だが、あまりに動きが直線的だ。恐らく操主自身、この速度に慣れていない。通常ならば圧倒されるであろう性能だが、自分で使いこなせない力などただの暴走だ。

 

『モリビトは……抹殺する!』

 

「オレはモリビトじゃねぇ! 戦争屋だ! 覚えておけ!」

 

 もつれ合う中、《バーゴイルシザー》が刃を振り上げる。プラズマソードで受け止めようとした相手であったが刃の発振速度がもう機体に追従出来ていない。

 

 刃が走るよりも速いという強みが逆効果になっている。ガエルは無闇に接近してくる敵へと足蹴を見舞った。

 

 蹴りつけられた敵人機がよろめいた瞬間に刃を軋らせる。敵人機の横腹へと食い込んだ刃の感触に、勝利を確信した。

 

「胴体割られやがれ!」

 

 その瞬間、照準警告がコックピットを激震する。

 

 数条の銃撃が《バーゴイルシザー》を狙い澄ましていた。瞬時に食い込ませていた腕を肩口から分離させ射線を掻い潜る。

 

 きりもみながら《バーゴイルシザー》は急速落下していった。回転軸に晒されたコックピットがミキサーのように揺れ動く。ガエルは力技で操縦桿を引き上げて《バーゴイルシザー》を海上で持ち直させた。

 

 海面ギリギリを駆け抜け、《バーゴイルシザー》がようやく帰投コースに入る。

 

「……ったくワケわかんねぇ敵に見つかったもんだ」

 

 浮かんだ汗を拭い、ガエルは息をついた。ほとんど骨身だけの機体だったが、あの機動力はあまりにも通常の人機とはかけ離れている。

 

 操主への負担も十数倍は下らないだろう。それでも追いすがってきた執念にガエルは乾いた拍手を送る。

 

「また女か。モリビトと言い、どうして女ばっかりなんだ? 機体照合データは?」

 

『ガエル・ローレンツ。先ほどの戦闘の通信を傍受したが、あの機体の操主、トウジャ、と言っていたな?』

 

 ガエルは水分を補給しつつ通信に応じる。

 

「んな事言っていたか?」

 

『トウジャ、だとすればあの機体は先ほどの漆黒の人機と同じものだ』

 

「オラクルの残存兵のと? そんなに世界中にあるもんなのか?」

 

『……どうやら隠し立ても難しいらしい。帰還した後、話す。今は帰り道に気をつけてくれたまえ』

 

「へいへい。せいぜい狙われないようにしておくぜ。ったく、高みの見物もしゃれ込めないのかよ」

 

 左腕を失った《バーゴイルシザー》はそのまま汚染された海域を突っ切っていった。

 

 


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