ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯61 蹂躪戦域

 ハッと目を覚ました桐哉は整備班に声をかける。

 

「何分だった?」

 

「十分ほどでしょうか。無理もないですよ。このハイアルファーってシステム、無茶苦茶です。一回や二回は死んでもおかしくないほどの激痛が准尉を襲ったはずです。それでもまだ意識を保てている事それ自体が奇跡ですよ」

 

 ハイアルファー【ライフ・エラーズ】は一回程度使いこなした程度では馴染んでくれないようだ。リーザの用意したパイロットスーツがそれでも軽減してくれているらしい。

 

 覚醒速度が速まったのがその証だ。十分程度の昏睡の間にむしろ戦局が切り替わったのではないかと不安に駆られた。

 

「リゼルグ曹長からの連絡は?」

 

「今のところはありません。便りのないのはいい証だと……信じたいですね」

 

 十分もC連合の大隊とたった一機の《バーゴイル》で渡り合えるとは思えない。リゼルグの死も加味して桐哉は出撃する必要があった。

 

「システムチェック、異常は数十個検知されたが……起動には問題ない! これで出すぞ!」

 

 整備班長の声が弾け、整備士が最後に、と桐哉へと声を投げた。

 

「《プライドトウジャ》は物理的には駆動しますが、それはデータの上での試算です。実際には何が起こるか分かりません。この状態で送り出すのは……我々としても心苦しいんです」

 

「分かっている。俺も、ここまでやってくれたみんなに感謝しているほどだ。ありがとう」

 

 サムズアップを寄越し、整備士は離れていく。

 

《プライドトウジャ》に繋がれていた補助ケーブルが切断され、次々と出撃準備の段階に至るのが伝わった。

 

 拡大モニターの中にリーザの姿を見つける。そっと、祈るように両手を握り締めていた。

 

 もう一方にはシーアの姿がある。沈痛に面を伏せ、こちらもただただ祈るしかないようだ。

 

 桐哉は深呼吸する。

 

 この基地を守れるのは、最早名実共に自分一人。

 

 C連合の大隊相手に勝てるとは思っていない。それでも守り切るまでだ。

 

 最後の足掻きだと罵られても、嘲笑われても、それでも守る。自分が守る。

 

 フッと自嘲の笑みが漏れた。

 

「傲慢だな……これが、俺の罪ってわけか。でも、それでもいい。傲慢でも、願うのならば、傲慢のほうがいい。たとえこの願いが神をも恐れぬ願いだとしても、今は……」

 

 届け、届いてくれ。

 

 それだけを一心に願い桐哉はシステムに火を通した。

 

 ハイアルファー【ライフ・エラーズ】が三度の起動を促す。全身に焼け爛れたような激痛を伴わせ、《プライドトウジャ》との同調が行われていく。

 

 末端神経に生じた痺れがそのまま機体の周囲を流れる空気の対流と重なり、切り裂かれたような痛みを漂わせた。

 

 人機の痛みさえも自身の痛みへと変換する。

 

 これが禁忌の技術、ハイアルファー。その技術の昇華した姿、トウジャ。

 

 奥歯を噛み締めた桐哉はスーツのバイザーへと至った赤い線が渦を巻き、左胸に刻まれた鼓動が激しく脈打ったのを覚えた。

 

 ほとんど人機と一体化した桐哉は操縦桿を引きつつ全身を駆け巡る痛みの数々を反芻した。

 

 ――これらの痛みはまだ前哨戦だ。

 

 戦場に赴けばこれ以上の痛みと遭遇する事になる。それでも、たとえ痛みの先にしかない戦場でも……潜り抜ければ、未来は……。

 

 シグナルがオールグリーンを示し発進準備が完了した。

 

『全権を《プライドトウジャ》、桐哉・クサカベ准尉に移行。……ご武運を」

 

 付け足された言葉に桐哉は返礼し腹腔から声を張り上げた。

 

「《プライドトウジャ》、桐哉・クサカベ! 出る!」

 

《プライドトウジャ》の挙動はまるで暴れ馬だ。

 

 こちらが手綱を引く手を少しでも緩めれば大暴れする。ぐっと噛み締めた桐哉はコックピットの中で叫んだ。

 

「大人しくしろ! これから、戦場に向かうんだ。昂ってるんじゃないぞ!」

 

《プライドトウジャ》の背面スラスターが青い残滓を引きつつ空間を駆け抜けていく。《バーゴイル》とはまるで違う。ナナツーやロンドとも、だ。

 

 どのような人機とも違う。これが禁断の力。人を食い物にして成長する恐れられた人機。

 

 戦場までの距離は概算すると数分はあるはずであったが、《プライドトウジャ》の速度はその試算さえも凌駕した。

 

 策敵レーザーがナナツー部隊の前衛を見つける。新型ナナツーがこちらを見つけるなり照準してきた。

 

 しかしその照準がどこかおっかなびっくりなのが伝わる。

 

 相手は恐れているのだ。見た事もない人機が高速で接近してくるのだから当たり前であるが。

 

 その恐れに慄いた照準は、《プライドトウジャ》を叩き据えなかった。

 

《プライドトウジャ》が手首のパイルバンカーの砲口を敵人機に向ける。即座に放たれたパイルバンカーの矛先がナナツーの腹腔を貫いた。

 

 それだけで新型であるはずのナナツーが黒煙を上げる。もう一機が引き金を引くのに躊躇ったのを見逃さない。

 

 接近した《プライドトウジャ》がナナツーを蹴りつけていた。

 

 小銃が宙を舞う中、突き刺さったパイルバンカーを引き抜き、《プライドトウジャ》が両手に回転させる。

 

 槍の穂を突き上げる要領でもう一機の横腹を掻っ捌いた。

 

 パイルバンカーの弾数には制限がある。その中で戦い抜くのには一回限りの弾頭で収めるわけにはいかない。

 

 引き裂いた《プライドトウジャ》に全ての現象が遅れを取ったかのようにようやく追いついてくる。

 

 ナナツーが青い血を迸らせてその場に倒れ伏した。

 

 キャノピーを狙ったつもりはなかったが、死んだか生きているかは分からない。

 

 なにせ、こちらも必死なのだ。【ライフ・エラーズ】のフィードバックは《プライドトウジャ》の繊細な感覚を余計に研ぎ澄ます。

 

 機体表面を流れる空気でさえも凶器だ。

 

 操る桐哉は常に激痛との戦いを強いられていた。

 

 肩で息をしつつ、桐哉はここまで至ったのがたった二機という状況に疑問を抱く。

 

「前衛はもっと接近して来ていると思ったが、この二機は哨戒機だ。本陣からあえて外された機体の感覚がある」

 

 だとすれば戦場の本丸はこの先。

 

 紺碧の大気の中を《プライドトウジャ》の漆黒の機体が駆け抜ける。

 

 今の《プライドトウジャ》は精密機械以上にデリケートであった。身を切る風さえも凶器である。

 

 遠く、しかし届く範囲にブルブラッド濃度の異常検知が見られた。ほとんど濃霧に等しい青い大気へと桐哉は逡巡を浮かべたのも一瞬、すぐさま飛び込んだ。

 

 味方機の識別信号がレーザーを震わせる。この信号の発信者はリゼルグであった。

 

 まさか、生きていたのか。喜びが身体を突き抜けていく中、桐哉は通信に安堵を浮かべかけた。

 

「リゼルグ曹長……」

 

 ようやく目視戦闘が可能な領域へと入ってくる。その瞬間、視界に飛び込んできたのは、不明人機に腹腔を貫かれている《バーゴイル》の姿であった。

 

《バーゴイル》からリゼルグの僅かな呼気が漏れる。最後の声であった。

 

『……よぉ、桐哉・クサカベ准尉。生きてっか?』

 

 それを問い質したいのはこちらであった。リゼルグの機体を持ち上げた不明人機が緑色のデュアルアイセンサーで睨み据える。

 

『どうにも……ツイてねぇみたいだ。こんな最期だなんてよ。最後のわがままだ。桐哉・クサカベ……使命を果たせ。あんたは……』

 

 そこから先の言葉を烈風が引き裂いた。四基の扁平な刃が高速機動し《バーゴイル》の四肢をもぎ取り解体する。

 

 桐哉はその現実に叫んでいた。

 

 識別信号と、見知った因縁の人機の名前をコックピットの中で吼える。

 

「モリビト……モリビトォっ!」

 

 猪突した桐哉の《プライドトウジャ》へと青いモリビトが暴風域を巻き起こした。

 

 四基の刃はそれぞれ幾何学の軌道を描いて《プライドトウジャ》へと襲いかかる。常時ならば見えるはずもない刃の速度。

 

 しかし、今の桐哉には手に取るように分かった。

 

 一基目をパイルバンカーで薙ぎ払い、背面から迫ったもう一基を高出力推進剤で焼き切り、コックピットを狙い澄ました二基を新たに射出したパイルバンカーで弾き返す。

 

 相手にも焦燥が浮かんだのが伝わった。

 

 後退用の推進剤を焚いてモリビトが後ずさる。その首筋を掻っ切ろうと桐哉の《プライドトウジャ》が迫った。

 

 モリビトの大剣がパイルバンカーとぶつかり合う。干渉の火花が散る中、桐哉は痛みさえも忘れて《プライドトウジャ》を猪突させていた。

 

 蹴り上げた《プライドトウジャ》の格闘戦術にモリビトが対応の剣術を奔らせる。今までその剣筋の一つでさえも追えなかった桐哉は全神経を《プライドトウジャ》の感覚に委ねた。

 

 身を切る風、青い大気、風圧、剣圧、恐怖に慄く戦場のにおい。硝煙棚引く戦地の独特の感覚。

 

 それら全てを包括して桐哉は《プライドトウジャ》に前進させていた。敵の大剣がパイルバンカーを弾き、その威力で凌駕する。

 

 やはりパイルバンカーの槍では限界が生じるか、と桐哉はそこで《プライドトウジャ》を留まらせた。

 

 一歩でも立ち入っていれば四基の刃の生み出す風に掻き切られていたであろう。刃が駆け抜け、《プライドトウジャ》を絡め取ろうとするが、それらの刃は空を切っただけであった。

 

 周囲に陣取るC連合の新型人機達はまるで形無しのようにその場に立ち竦むのみであった。

 

《プライドトウジャ》とモリビトの戦闘に誰も介入出来ないのだ。

 

『あの漆黒の人機は……《バーゴイル》ではないのか』、『モリビトと互角……いや、それ以上だと……』

 

 だんまりを決め込む連中とは対比的に、桐哉はモリビトへと噛み付いていた。

 

 ここで食いかからなくってどうする。もう逃がすわけにはいかないのだ。

 

「モリビト……! 貴様らはどうしてこうも、俺の大事なものを奪う? 俺は憎い、貴様らが、モリビトが! 何もかもを奪うというのならば、俺の命でさえも奪ってみせろ! 守ると決めた、本物の守り人の命をな!」

 

《プライドトウジャ》の機体が跳ね上がり青いモリビトへとパイルバンカーを打ち込もうとする。

 

 射出されたパイルバンカーを回避したモリビトへと《プライドトウジャ》が蹴りを見舞った。

 

 機動力ではこちらが上だ。相手の手数を一つずつ潰せば、全てが決する。

 

 憎悪に染まった赤い視界の中で、桐哉はモリビトの隙を見出していた。大剣と腹部に装備した新たな刃のせいで動きが鈍くなっている。

 

 今まで、このような機体に遅れを取って来たのが嘘のようだ。

 

 どこから攻めても勝てる気がした。パイルバンカーを握り締めた《プライドトウジャ》が上段より槍の穂を突きつける。

 

 突き抜けた槍の一撃にモリビトが震撼したのが伝わる。

 

 桐哉は地表を蹴りつけてモリビトへととどめの一撃を放とうとした。

 

「これで、最後だ!」

 

 パイルバンカーの照準がモリビトを捉える。確実にその胸元を抉り取ったかに思われた一撃は直後、雨のように降り注いだ銃弾に阻まれた。

 

《プライドトウジャ》の片腕の肘から先がひしゃげる。直後、フィードバックした激痛に桐哉の意識が引き絞られていく。

 

 限界値だ。

 

 これ以上の痛みは人体が耐えられない。

 

「モリビト……俺は貴様を……」

 

 伸ばした手に《プライドトウジャ》のシステムが同調する。

 

 瞬間、《プライドトウジャ》の眼窩に収められた四つの眼が赤く照り輝いた。

 

 パイルバンカーをもう一方の手で射出しようとする。刹那、咲いたピンク色の光軸が《プライドトウジャ》のすぐ傍の空気を焼き切った。

 

 R兵装の灼熱が全身を貫き、桐哉の肉体は閾値を越えた痛みに昏倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の機体が何であったのか、鉄菜には判ずる術もなかった。

 

《シルヴァリンク》が防戦一方になるなど現状の人機開発では考えられない事態だ。その緊急時に、入った助けは《インペルベイン》の銃撃と上空に待機する《ノエルカルテット》のR兵装であった。

 

『クロ……この機体……』

 

「機体照合にかからない。いや、照合に時間がかかっている。これは、どういう……」

 

 追いついてきた《インペルベイン》が鉄菜の《シルヴァリンク》と背中合わせになり、周囲を見渡す。

 

『さぁて、どうするかしらね。連中、みんな新型のナナツーよ』

 

「どうする、だと? 決まっている」

 

 持ち直した鉄菜は《シルヴァリンク》のRソードを掲げさせた。

 

「――全て、断ち切るまで」

 

『やっぱり、そう来るわよね』

 

《インペルベイン》が副翼を展開させ、高出力のまま敵陣に突っ込む。あまりの加速度に目が眩むほどであった。

 

 たたらを踏んだナナツー部隊へと爆撃が見舞われる。

 

《インペルベイン》のフルスペックモードは超速度からの高精度爆撃が持ち味であった。

 

 皆、爆弾を投げられた事さえも理解していないのだろう。キャノピーが高熱に押し潰される中、逃れた数機を追って《ノエルカルテット》のR兵装の光軸が奔る。

 

 地表を引き裂き、ピンク色の光を放つエネルギー兵器がナナツーの堅牢な装甲を蒸発させた。

 

 指揮を失った大隊は脆い。

 

 鉄菜は《シルヴァリンク》を再び光学迷彩の中に隠し、不可視のままナナツーを切り裂いていく。

 

 地を這うようにRクナイが駆け抜け、ナナツーのキャノピー型コックピットを裂いていった。

 

 こちらの射線を読んで時折小銃の火線が走るが、鉄菜は《シルヴァリンク》へとRクナイを握らせて敵へと投擲する。

 

 肩口を捉えた刃に接続されたワイヤーが起動した。

 

 巻き上げられた形のナナツーが姿勢を崩し、こちらへと吸い寄せられていく。《シルヴァリンク》は無慈悲にその機体を両断した。

 

 指揮官仕様と思しきブレードアンテナのナナツーと紫色に塗られたナナツーはこちらの射線を掻い潜っているがそれでも自分達の生存で必死の様子であった。

 

 今は一機ごとに命令を飛ばす余裕はないらしい。

 

 海上からミサイルの雨が降り注いだ。信管が割れ、中から散弾が戦場へと甲高い音を木霊させつつ蹂躙する。

 

 最早、ここまでと判じたのだろう。指揮官機が撤退機動に入った。

 

《シルヴァリンク》を追わせようとしたがそれを彩芽が制する。

 

『鉄菜、今は追わなくっていいわ』

 

「しかし……」

 

 濁したのは先ほどの不明人機を撤退に入ったナナツーが鹵獲したからだ。破壊出来た敵を見逃すのは信条ではない。

 

『クロ、あの機体の照合データはもうすぐ出る。今は、オラクル残党軍を追うのが先決よ』

 

 桃の冷静な声音に鉄菜は無理やり自分を納得させた。モリビトに比肩せしめたほどの実力者ならばこのままC連合へと素直に下るとも思えない。

 

 三機のモリビトはそれぞれゾル国辺境基地へと歩を進めていた。

 

 濃度の高いブルブラッド大気はもうほとんど晴れている。

 

『射程圏内に入った。すぐにでも砲撃出来る』

 

 桃の《ノエルカルテット》が斜線に入れた途端、投降信号が鳴り響いた。

 

 オラクル残党軍は、と拡大モニターに視線を走らせるもどこにも見当たらない。

 

『ハズレを引かされたかもね』

 

《インペルベイン》が立ち止まったので鉄菜もその場に立ち尽くした。有益なものの何もない戦場など、と鉄菜は拳を握り締める。

 

 先ほどの不明人機だけがこの戦場におけるイレギュラーであった。

 

《ノエルカルテット》が投降信号を発した基地を高空から見下ろす。

 

『フルスペックモードの実戦データは取れたし、案外ハズレじゃないと思うけれど』

 

 桃のフォローにも鉄菜はどこかこの戦いに靄がかかったような感慨を浮かべていた。

 

 何か、大きな盤面の上を転がされたかのような、釈然としない感覚である。

 

《インペルベイン》が基地の銃座に照準するが相手からは攻撃の意思が見えない。ここまでだろう、と判断した。

 

『案外、呆気なかったって奴ね。ゾル国とC連合巻き込んでの陰謀論ってのは違ったかな』

 

 そうだろうか、と鉄菜は思案する。何かを見落としているような気がして胸中はどこか穏やかではなかった。

 

 


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