ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯60 歴戦の猛者

《バーゴイル》は元々、重装備を施すようには出来ていない。空間戦闘ならばいざ知らず、重力の虜である地上戦で《バーゴイル》に重火器を持たせるなど張子の虎にも等しい。

 

 しかしリゼルグの操る《バーゴイル》は両手両肩、両脚に施されたミサイルポッドとガトリング砲の重量を物ともせず、どこか熟練度の低いC連合の《ナナツー》相手に立ち回っていた。

 

 敵機は見た事もない《ナナツー》の機体だ。恐らくは新型、と断じたリゼルグは降り注ぐミサイルの雨を後退して回避していた。

 

 矢継ぎ早にガトリングを掃射する。前に出ていた新型《ナナツー》がたたらを踏み、装甲を射抜いた。

 

《ナナツー》最大の弱点はコックピット部の脆さにある。

 

 ガトリングで足を止め、その隙にミサイルポッドを開いてありったけの火器を叩き込む。そうして黒煙を上げる《ナナツー》の骸が既に四つ出来上がっていた。

 

「このままの戦力なら、恐れるほどじゃねぇな」

 

 空になったミサイルポッドを分離し、《バーゴイル》に飛翔機動を取らせる。上を取ればこちらのもの。ホルスターに留めていたプラズマソードを引き抜き《バーゴイル》の刃が《ナナツー》を両断していた。

 

 退け、と通信に混じったのが漏れ聞こえる。リゼルグは乾いた唇を舐めて次の標的へと肉迫した。

 

「簡単に逃げられて堪るかよ!」

 

 プラズマソードと敵《ナナツー》のブレードが干渉波のスパークを散らせる。即座にミサイルポッドの砲門を開きゼロ距離での爆撃の応酬が《ナナツー》の装甲を叩き据えた。

 

「どうだい、C連合の駒共よぉ。こっちもそっちも、退きたくても退けない戦場だろ? 前に出るのは嫌だよなぁ!」

 

 プラズマソードを振りつつ《バーゴイル》が威嚇する。敵の《ナナツー》部隊が僅かに驚嘆の間を浮かべた。

 

 その一刹那をリゼルグは見逃さない。斬り込んだ《バーゴイル》の威圧に新型《ナナツー》がうろたえる。

 

 小銃を掻っ切った一閃に敵兵がたじろいだ。隙は戦場においては死も同義。ガトリング砲を突き出した《バーゴイル》の猛攻に《ナナツー》部隊が押し出されたように凪いで行く。

 

「退く、ってかい。だがな、ここでてめぇらを逃がすなとお達しが出てるんだよ。……英雄さんが何分で来れるか分からない以上、時間稼ぎはたっぷりとさせてもらうぜ!」

 

 推進剤を全開にした《バーゴイル》がガトリングとミサイルの連鎖攻撃を浴びせつつ、《ナナツー》大隊を押し上げていく。

 

 伊達にあの基地でエースを任されていたわけではない。

 

 桐哉が来るまでは本当に、その実力だけで登り詰めていたのだ。古代人機の討伐回数も最も多い。しかし、自分の場合、そのあまりに伸びしろのある実力が仇となった。

 

 古代人機狩りを奨励しているゾル国において敵人機の撃墜よりも古代人機の討伐数が重宝されるのは納得がいかない人間もいる。

 

 戦場にろくに出た事もないひょっこが、と上官からの格好の標的となった。

 

 足の引っ張り合いは同期にも及び、リゼルグは結果的に本国を追われ、僻地に身を隠す事になったのである。

 

 大筋ではほとんど桐哉と同じだ。

 

 その瓦解の象徴がモリビトか、そうでないかの違い。

 

 ――自分は、桐哉に己を見ていた。

 

 堕ちた英雄、堕落していく撃墜王。その全てが自分と似通っていてあまりに気に食わない。

 

 似過ぎた鏡像は排除されるのと同じ理由だ。

 

 同じ存在は二人といらない。それを意識していたか、無意識の中であったかの差でしかない。

 

 だがリゼルグは桐哉と手合わせした時、はっきりと分かった。彼は自分とは違う。自分のように堕ちていくだけで終わる人間ではない。

 

 どこかで上昇する機会に恵まれるはずであった。

 

 その予感がリゼルグの苛立ちを加速させる要因でもあったのだが。

 

「……っとーに、あんたには随分とムカつかせてもらったよ、英雄さんよ。せめて最後まで、ムカつかせてくれや。そうでないと、死んだ相棒も浮かばれないんでな。羨望を背中に背負って、あんたはこれから先、生きてもらわなきゃならないんだ。大昔の人機のシステムなんかに取り込まれてくれるなよ。ガッカリさせてくれるな! モリビトさんよォ!」

 

 咆哮したリゼルグは逃げ遅れた《ナナツー》へと猪突する。ブレードとプラズマソードが弾き合ったのも一瞬、すぐにこちらの太刀筋が凌駕する。

 

 懐に飛び込み、ガトリングの砲塔を突き込んだ。防御など考えていない。ただ前に進むのみだ。

 

 ガトリング掃射が《ナナツー》の装甲の奥にある血塊炉を破砕し、内側から青い血を噴き立たせた《ナナツー》がその場に倒れ伏した。

 

「――さぁ、次はどいつだ?」

 

 リゼルグは確信する。狩りは一方的だ。いつだって一方が狩られ、もう一方は防衛すらも儘ならなくなる。

 

 ここまで怖気づいた兵士達を退かせるのはさほど難しくない。

 

 新型《ナナツー》の骸が増えるだけだ、とリゼルグがガトリング砲を手に、威圧しようとした瞬間、割り込んでくる影があった。

 

 他の《ナナツー》とは違う。死を恐れぬ挙動で最短距離を掴み、《バーゴイル》へと食らいついてくる。

 

 その勇気ある行動を示すかのように屹立したブレードアンテナが輝いた。

 

「エース気取りで!」

 

『気取りじゃない、おれはC連合のエース! タカフミ・アイザワ少尉だ! 覚えておけ!』

 

「知るかよ、そんなもん!」

 

 弾けた若い声音にリゼルグはプラズマソードを打ち下ろす。《ナナツー》の有するブレードと干渉し合い、今度もこちらが勝るかに思われたが、新たな《ナナツー》はブレードの刃の反りを巧みに使い、こちらの攻撃性能を奪い取った。

 

 ブレードの柄頭を用いて《バーゴイル》のプラズマソードを弾き飛ばす。その戦力は確かにエース級であった。

 

 ケッとリゼルグは毒づく。

 

「どこにでもいるもんだよなぁ。撃墜王か」

 

『投降しろ。こちらの優位は変わらない』

 

「投降だぁ? したら見逃してくれるのかよ」

 

 タカフミと名乗った男は声に翳りを滲ませた。

 

『……交渉にはなる』

 

 建前もつけないのだな、とリゼルグは同情した。この操主は正直だ。正直がゆえに、自分には敗北する。

 

 後退させつつガトリング砲を撃ち放った。ほとんど残弾はない。それでも威嚇にはなるはずだ、とリゼルグは距離を稼ごうとする。

 

 タカフミの《ナナツー》は小銃とブレード装備のオーソドックスな機体だ。それほど踏み込んでこないのは経験が熟知していた。

 

『お前は、オラクルの兵士か?』

 

 質問にリゼルグはシーアの言っていたシナリオ通りに事が進んでいるのを感じ取る。

 

 オラクルの武装蜂起を発端としたこの戦場には果てがない。オラクル兵士は全滅した、と言ったところで、この新型《ナナツー》の大隊は止まるまい。

 

 きっと全てを蹂躙しつくし、何もかもを踏みしだいてからようやく止まるのだろう。

 

 その時には塵一つ残らない荒野が広がるばかりだ。また地図が書き換わる。

 

 紺碧の濃霧に覆われた悪夢が、また拡散する。

 

「……うんざりだぜ、お前ら」

 

 遅れて数機の新型《ナナツー》が合流する。恐らくは敵の後衛部隊。リゼルグはタイマーを見やる。

 

 刻々と時を刻むそのタイマーがアラームに変わったその時が狙い目だ。

 

 息を詰めたリゼルグは新型《ナナツー》を率いる一機の最新鋭機を目にしていた。紫色の機体色に逞しく削られたような全身から立ち昇るのは強者の佇まいである。

 

 C連合の紫の伝説と言えばリゼルグでも充分に知っていた。

 

 雷の如く、その刃は敵兵を刻むのだという。

 

「まさか……先読みのサカグチ……C連合の、本物のエース……」

 

 銀狼などと誉れ高い栄光を誇っている紫色の《ナナツー》の操主の声は、いつか聞いたインタビューと同じ声であった。

 

『ゾル国の操主に告ぐ。我々C連合の目的は、今、そちらが匿っているという情報のオラクル残存兵にある。無益な戦場は好まない。投降するのならば、それ以上の進軍は行わないと約束しよう』

 

『少佐? でもそれじゃ話が……』

 

 正直者の操主が出しゃばった声を出すが、先読みのサカグチはうろたえた様子もない。

 

『見たところオラクルのバーゴイルもどきではない、正規軍の《バーゴイル》と見受ける。正規軍ならば正規軍らしい矜持と信念があるはずだ。オラクルはゾル国へと潜入を遂げているのは明らかである。獅子身中の虫を退治するのに、我らの力添えは必要ではないのか?』

 

 なんとリックベイ・サカグチは事ここに至って交渉を持ちかけてきたのである。そのあまりの実直さにリゼルグは空いた口が塞がらなかった。

 

「戦う気は、ないって言いたいのか?」

 

『……では諸兄に問うが、この戦力差で勝てるとでも?』

 

 新型《ナナツー》を数機いなした程度ではここまでが打ち止め。最早、弾も尽きた。潮時があるとすれば今だろう。

 

 だが、リゼルグはここで退くという選択肢を選ばなかった。否、運命が選ばせてくれなかった。

 

「……リックベイ・サカグチ。あんた、相当に兵士からの尊敬も厚いと見える。だからこれはもしも、の話だ。もしも、だが、ゾル国が新型の人機を隠し持っていたとすれば、あんたはどうする?」

 

 これは垣間見えた光へとただ手を伸ばしただけの問いかけ。だが、リゼルグの知る限り、軍人ならばこの質問に答える口は二つに一つであった。

 

『……新型人機の事前告知のない製造は違法である。国際条約で定まっているはずだ。だが、こちらの《ナナツーゼクウ》のロールアウトもそのグレーゾーンを行ったに過ぎない。蛇の道は蛇。お互いに譲れぬところまで来てしまった。しかしながら、わたしはあえて言おう。その場合、ゾル国を断罪する、と』

 

 リゼルグはフッと笑みを浮かべた。その通りだ。百点満点の模範解答である。

 

「最高の答えだ。リックベイ・サカグチ。あんたとこっちは結局、戦い合うしかない、っていう答えだったな!」

 

《プライドトウジャ》の存在を公には出来ない。ゾル国が製造したものではないにせよ、オラクルとの関与や桐哉の境遇など知られれば知られるほどにまずい事象が山積している。

 

《プライドトウジャ》を守るため――ひいては、桐哉へと義理を返すために、ここで退くわけにはいかなかった。

 

『そう、か。全軍、攻撃準備』

 

 リックベイの指揮で先ほどまでうろたえていた新型《ナナツー》達が踵を揃えたように小銃を一斉に照準する。

 

 連鎖する照準警告。

 

 そんな最中、リゼルグは――嗤っていた。

 

 胡乱そうにリックベイが問いかける。

 

『何故嗤う? 物狂いか』

 

「いや、狂っちゃいないさ。指定時刻通り、定刻にきっちりかっきりと……時間だ」

 

 その言葉を劈くように甲高い鳴き声が相乗する。大地が割れた。ブルブラッド大気の濃霧が噴き出し、地層の中から鍵穴の生命体を蠢かせている。

 

 リックベイは信じられないものを目にしたように戦慄していた。

 

『古代人機、だと……』

 

『少佐! こいつ、まさか古代人機を操って……!』

 

「操る? 無理な話を言うもんだな。古代人機の出現は操れない。その上、予測しようもない。それは本国のスカーレット隊が証明している。でもな、経験値ってものがある。経験則、か、この場合。何度もこいつらと打ち合っているとよ、どれくらいの風向きの時、出やすいかだとか、これくらいの濃霧の時には大地を割って古代人機が現れるだとか、予想は立つんだよ。今回の場合、最も出やすい時間と場所を選んで戦わせてもらった」

 

『愚かな! 古代人機は誰の味方でもない!』

 

 迸ったタカフミの叫びにリゼルグは首肯する。

 

「そうさ。古代人機は誰の味方でもない。この場合、こっちにも優位とは限らないし、そっちにも、だ。だが、古代人機の特性を知っているとなれば話は違ってくる。だろ? 先読みのサカグチ」

 

『まさか……』

 

 リックベイが息を呑んだのが伝わる。新兵達が古代人機に照準を据えた。

 

『制御出来ない自然の力など!』

 

 放たれた銃撃をリックベイが制する前に、銃弾の雨が古代人機を打ち据えた。青い血が迸り、古代人機の巨躯がよろめく。

 

 C連合の新兵でも古代人機への対処は知っている。だが、これだけは自分しか知らないはずだ。

 

《バーゴイル》が腰に留めていた実体剣を構える。飛翔した《バーゴイル》と共にリゼルグは吼えていた。

 

 古代人機の弱点。それは古代人機全てに共通する「地層の脈」。

 

 生命の凝り固まったものだと提唱されてきた古代人機には全てに共通して、地層のような体表装甲があり、その装甲は波打っている。

 

 波打った装甲のうち、僅かだが綻びが生まれる。

 

 大自然に存在する死の概念だとか、あるいは万能の生命体などいないという証であると言われてきたが、これを見分けられるかどうかはひとえに実力と場数にかかっているといっても過言ではない。

 

 そして――自分はこの綻びを「視る」事が出来るがゆえに、古代人機相手においては無双を誇ってきた。

 

 古代人機の首裏に存在する綻びを《バーゴイル》の剣先が切り裂いた。瞬間、古代人機が膨張する。

 

 その堅牢な装甲とは裏腹に古代人機は通常人機と違い、あくまで自然発生する生命体。

 

 内包するのは人造人機とは比べ物にならないほどの血塊炉と、その凝ったブルブラッドの濃霧である。

 

 古代人機が弾け飛んだ瞬間、全ての計器が静寂に沈んだ。

 

 特段のブルブラッド大気の上下運動は人機の精密なセンサーを狂わせる事が出来る。

 

 その中で動けるのはこの状況を「体感」した人間のみ。

 

 リゼルグは幾度となく、この戦場を駆け抜けてきた。その度に強くなっていくのを実感しながら、リゼルグは青く染まった世界を貫く一本の矛となっていたのだ。

 

 CG補正の空間認識から完全なる目視戦闘に切り替わるのには熟練者でも二分はかかる。

 

 その二分が分かれ目であった。

 

《バーゴイル》の機体が未だに燻る古代人機の体表を蹴り、射線に入った《ナナツー》数体を蹴散らしていく。

 

 一機、また一機と実体剣の風圧に触れた《ナナツー》が無力化されていく。

 

 濃霧の中ではミサイルなどの誘導兵器は役に立たない。《バーゴイル》はほとんど丸裸に等しい姿でありながらも、この青く染まった景色の中では最も優位に立ち回っていた。剣筋が《ナナツー》を薙ぎ倒し、その機体から青い血が迸る。

 

「この中で、一番眼ぇいいのがこっちってのはずるいかもしれないがよ。圧倒させてもらうぜ!」

 

 このブルブラッドの青い大気の中でも敵の位置は先ほど頭に叩き込んだ。

 

 真っ直ぐに向かっていたのはこの戦場の総大将。リックベイ・サカグチの首であった。

 

 行く手を阻む機体の手を引き剥がし、リゼルグの《バーゴイル》が大気を引き裂いて《ナナツー》へと猪突する。

 

 接近警報が鳴り響いたその時には、既に決着がついている。

 

 剣の発する圧力が暴風域と化し、リックベイの《ナナツー》を巻き込んだかに思われた。

 

 しかし、その太刀筋は横合いから入ってきたタカフミのブレードに阻まれる。舌打ちを漏らしつつも、自分の策敵判断が間違っていない事を確信する。

 

 タカフミが近い位置にいるという事は、この濃霧の先に敵のエースがいる。その首は射程圏内だ。

 

『少佐! 退いてください! このブルブラッド大気濃度では、策敵などまともに……!』

 

 タカフミの判断は正しかっただろう。だからこそ、逃がすわけにはいかなかった。

 

《バーゴイル》がブレードと実体剣の部位を支点にして、タカフミのナナツーを飛び越える。

 

 軽業師めいた挙動にタカフミが息を呑んだのが伝わった。

 

《バーゴイル》の利点はその軽さにある。飛翔する人機では最も速く高高度に達する事の出来る《バーゴイル》は装甲の薄さと攻められた時の脆さを抱えつつも、一方的な戦場においては無類の強さを誇る。

 

 着地したリゼルグの《バーゴイル》が青い大気の向こう側にいるエースを睨む。紺碧の向こうで《ナナツーゼクウ》が刀に手をかけたのが伝わった。

 

『少佐? どうして逃げないんです?』

 

『逃げる? ここで逃げれば、なるほど、それは確かに現場判断を任せられた人間としては正解だろう。誰も責めはしない。しかし、わたしは上官である前に一人のもののふ。ここで退けば、男が廃る!』

 

 刃を抜いたのが分かった。《バーゴイル》と斬り合いにもつれ込むつもりだ。だが、この大気濃度ではナナツーの目視戦闘では限界が生じる。

 

 自分だけだ。自分しか、この状況に慣れている人間はいない。

 

 昂揚感にリゼルグは《バーゴイル》を奔らせる。駆け抜ける刃にリゼルグは必殺の勢いを伴わせた。

 

 ――退けば男が廃るのは、こちらも同じ。

 

 お互いの太刀がぶつかり合い火花を咲かせる。その交錯も一瞬、即座に後退したこちらの首を刈らんと神速の居合いが跳ねた。

 

 これが話に聞く零式抜刀術か。

 

 リゼルグは首の裏に滲んだ汗にフッと笑みを浮かべた。

 

 これでもまだ生きている。ならば生きている限り、ここで戦うべきだ。戦い切るべきだ。

 

 それだけが自分に出来る事。

 

「相棒を裏切らず、英雄さんにもきっちり貸しを作った。こちとら、立ち回りくらいしか出来ないんでね。その首、取らせてもらう!」

 

 正眼に構えた《バーゴイル》に収まるリゼルグには、青い空気の皮膜が少しずつ晴れていくのが分かった。

 

 そろそろタイムリミット。

 

 一方的な戦場は終わりを告げようとしている。その前にこの決着だけは。それだけはつけなくては。

 

 リックベイはタカフミを呼ばない。一対一の戦いにおいて他人など口を挟ませる余地さえもないと思っているのだろう。

 

 ――まったくもって相手も相当な死狂い。

 

 リゼルグは息を詰める。最後の一閃に向けての集中力を研ぎ澄ませた瞬間、放たれたのは速度警告であった。

 

「接近警報? この濃霧の中で? 命知らずの馬鹿か、返り討ちにして――」

 

 その言葉が響き渡る前に、速度が倍増した。標的の速度は通常の人機のそれを軽く凌駕している。

 

 機体照合をかけようとした刹那、リゼルグの駆る《バーゴイル》の腹腔を刃が貫いた。

 

 


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