もたらされる情報は常に最新のはずであった。
ネットワークの張られた地下区画の深部で、世界を監視するシステムが静かに稼動する。
元老院、と呼ばれるシステム管理者達が義体の身体から電気信号を発し、世界規模で巻き起こっている事件を総括する。その結果がもたらされるのが各国コミューンであり、ドームに守られた人類を管轄するのが元老院の役目であった。
平和を守る、と言えば聞こえがいいが、そのあり余る性能のほとんどを古代人機の関知と惑星を保護するRフィールドの天蓋――プラネットシェルの性能維持に傾けているスーパーコンピュータの群れは常時、十五パーセントも稼動していない。
しかし今ばかりは、その性能を如何なく発揮し、解析に務めていた。
『ゾル国の惑星警護の《バーゴイルスカーレット》が一機撃墜、もう一機が中破。敵性人機は衛星軌道から惑星に突入してきた、という報告を受けている』
『こちらは同時刻、C連合下の開発コミューンにおいて品評会を催されていた《ナナツー》の新型披露会において、謎の人機を目撃。新型《ナナツー参式》を下し、外壁防衛の《ナナツー》部隊を圧倒した、との報告を受けている』
『こちらはそれより数時間後、《ホワイトロンド》を駆る自爆テロリストを排除した謎の機動兵器を外壁警護の《ナナツー》が目撃。これが映像である』
全員に同期されたのは、獣型の機動兵器が《ホワイトロンド》を圧倒し、空域を見張る謎の人機がR兵装であるプレッシャーガンを一射したところまでの映像であった。
『R兵装……封印された技術だ』
『左様。百五十年前にこれらは惑星の恒久平和を脅かすとして封印指定を受けた』
『新情報を追記。目撃情報から、謎の新型人機のコードが〝モリビト〟という名称であると確認』
『モリビト、だと』
情報の深部へと潜っていった元老院のネットワークは全員が全員、同じ結論に至った。
『百五十年前に封印された人機の名称だ。三大禁忌に抵触する』
『三大禁忌の情報開示を求める』
『クリア。三大禁忌とは、百五十年前、惑星を襲った大規模汚染の元凶となった開発計画を指す。今日のブルブラッド汚染の苗床になった三つの人機、それぞれの固有名称を〝トウジャ〟、〝キリビト〟、そして――〝モリビト〟』
『この三大禁忌は完全に秘匿され、我ら元老院の情報閲覧レベルでのみ、開示可能となっている。モリビトを完全再現する事は現状、各国のコミューンでは出来ない』
ではどこの手先か。元老院の頭脳を突き合わせても答えは出ない。その時、情報閲覧レベルの内部で新情報がピックアップされた。
『新たなる情報を発見。これは……映像である』
『全員の閲覧レベルに表示』
ディスプレイに映し出されたのは三機のモリビトタイプであった。それらを背後にして禿頭の男性が杖を片手にこちらを睨み据えている。
その眼差しには何もかもへの憎悪が窺えた。
『地上に棲む全ての人類に警告する。我々の名はブルブラッドキャリア。百年前に母なる星を追放された原罪の者達である』
――ブルブラッドキャリア。
その名称が紡がれた瞬間、元老院の人々に緊張が走った。
『情報閲覧レベルを設定しろ。民間に流すな』
『もう遅い。既に民間ネットワークを掌握している』
元老院の焦りを他所に、禿頭の男性は言葉を継ぐ。
『百年だ。百年間待った。我々は、惑星に棲む者達から爪弾きにされ、ブルブラッド大気汚染を引き起こした元凶として、惑星に帰る権利を剥奪された。しかし、その雌伏の百年もここまで。我々は禁断の機動兵器モリビトを有し、武力でもって惑星圏の人々に、復讐する事を宣言する』
絶句した元老院の人々は禿頭の男性の映し出された映像に存在する三機のモリビトタイプを目にしていた。
赤と白のモリビト。灰色と緑色のモリビト。そして――青と銀のモリビト。
『馬鹿な。ブルブラッドキャリアが生きていたなど……。完全に追放したはずだ。奴らの生存圏などあり得ないはず。どこでどうやって、モリビトを建造した』
『データベース上にはモリビト製造には莫大な資産とブルブラッドの管理区域が必要となるはず。それを地上ではなく、宇宙でやってのけたというのか』
禿頭の男性は睨む眼を注いだまま、元老院の焦燥を嘲るように口にする。
『我々ブルブラッドキャリアの製造したモリビトによって、地上で蔓延る数多の機動兵器を駆逐し、悪しき虹の皮膜で覆われた大地を解放する。虹の皮膜――Rフィールドによる惑星の管理、三本のRフィールド発生装置で完全に隔離された母なる星を見過ごせるものか。第一フェイズは既に完了した。我がメッセージの受信を伴い、ブルブラッドキャリアは第二フェイズに移行する。戦闘区域への介入をもって、モリビトの力を知るがいい。地上の人々はその時、再び思い知るだろう。我々を放逐した罪悪がどれほど重いのか。百年前の罪を、地上の人々はようやく思い出す。ブルブラッドキャリア、その罪悪の行方を。正義はどちらにあるのかを』
元老院の義体達がそれぞれ機械音声の怒声を飛ばした。
『ふざけるな。正義はこちらにある。彼奴らを追放したのは間違いではない』
『問題なのはこの放送を受け取った民間と、コミューン国家か。情報統制を敷くとしても、コミューン国家間の緊張は避けられまい。モリビトの脅威が襲いかかるのは自明の理』
『三大禁忌が百年の月日を経て、まさか我々に牙を剥くとはな。モリビトの名を継承する機動兵器か』
元老院は沈黙するしかなかった。答えを保留にするしか、原罪の行方を辿る方法はなかったのである。