ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯59 集う兵達

 百五十年前の機体である事が所以しているのか、再起動には相当な時間がかかるとの試算が与えられた。その間に敵が攻めてこないとも限らない。猶予はないのだ。

 

 中途半端でも、と声を張り上げようとした桐哉にリゼルグが言いやった。

 

「《バーゴイル》は? 行けるんだろ?」

 

「曹長の《バーゴイル》は出せますが、一機では……」

 

 分かっているのだろう。敵は大隊で攻めてくる。《バーゴイル》一機で覆せる戦場ではないのだ。

 

 しかしリゼルグは譲るつもりはないようであった。

 

「英雄が出られないってのに、こっちはだんまり決め込めないだろ? 《バーゴイル》にありったけの火器を持たせろ。多少重たくなってもいい。ないよりかはマシだ」

 

「しかし……そうなってくるとこの戦局、勝てるかどうかは」

 

 濁した整備士にリゼルグはハッキリと返す。

 

「勝つ。んで、みんなで祝勝会だ。そうだろ?」

 

 振り向いたリゼルグの瞳に桐哉は首肯する。そうだ。みんなで生きる。命を守るのだ。それが自分に与えられた唯一の使命。

 

 整備士はようやく折れたらしい。ハンガーに積載されている《バーゴイル》専用ではない重火器でさえもリゼルグの《バーゴイル》に装備させる。

 

「リーザ先生」

 

 振り向けた声にリーザが肩を震わせる。

 

「な、何ですか?」

 

 今までリゼルグにいい思い出はなかったからだろう。おっかなびっくりの彼女にリゼルグは頭を下げていた。

 

「英雄さんを、頼みます。無茶しないように」

 

 その行動にリーザが呆気に取られる。リゼルグは笑って誤魔化した。

 

「だってよ、あんたみたいな枷がないと何仕出かすか分からないですからね。分かりやすい枷があったほうがいい」

 

 枷呼ばわりされた事にリーザは腹を立てるよりも、リゼルグの無理やりの笑顔に困惑していた。

 

 桐哉にも分かる。

 

 リゼルグは帰ってくるつもりはない。きっとこの戦場で命を散らしてもいいと思っている。

 

 だからこそ、桐哉は歩み寄っていた。松葉杖をつきつつも、リゼルグに声を発する。

 

「リゼルグ曹長。俺を殴って欲しい」

 

 その言葉があまりに意外だったのか、リゼルグは目に見えて困惑した。

 

「な、何言ってんだ? 病人を殴るほどクズじゃ……」

 

「殴ったら、俺も何も考えずに殴り返せる」

 

 その意味を悟ったのだろう。リゼルグは笑みを刻んでぼやいた。

 

「……ずりぃな。英雄さんよ」

 

「ずるいから、英雄になれたんだ」

 

 リゼルグはその瞬間、思い切り拳を振り切った。桐哉は口中に血の味が滲んだのを感じ取る。リーザが慌てて駆け寄ってきたが、桐哉は手で制した。

 

「これで、一つ借りだな」

 

「まったく……殴り返させて欲しい、って寸法ですかい。じゃあ、死ねないな」

 

「ああ」

 

 男にしか通じないものがある。リゼルグは重装備を施されていく《バーゴイル》を視野に入れつつ桐哉を見ずに言った。

 

「……後から来るのに足を引っ張らんでくださいよ」

 

「せいぜい善戦していてくれよ」

 

 減らず口だけは叩ける。それだけで今は幸福であった。

 

 整備が完了したという報告と、敵陣の第一波が既に上陸している、という報告は同時であった。

 

 シーアからもたらされた最大望遠の映像の中に映し出されていたのは新型の《ナナツー》である。

 

「参式を送り込んできたか……。C連合がこの戦いで推し進めたいのは、恐らく新型人機の実用試験」

 

「こっちは都合のいい的って事ですか」

 

 リゼルグの言葉にシーアは沈痛に顔を伏せる。

 

「本国からの連絡はない。……完全に、切り捨てられたようだ」

 

「無理もないでしょう。こっちも隠し通したいんだ。《プライドトウジャ》を本国に掻っ攫われたくなけりゃ、ギリギリまで情報は秘匿するべきでしょう」

 

 本国の軍が来るとしても恐らくは全て終わった後だろう。その時に《プライドトウジャ》だけ奪われるのは割に合わない。

 

「トウジャの駆動系、《バーゴイル》が馴染みつつありますが、やはり時間が……」

 

 口を差し挟んだ整備士の声には焦燥が滲んでいた。いつ攻撃があってもおかしくはない。僻地のこの場所には非常時の防御などないに等しいのだ。

 

 せいぜい牽制用の銃座が数台。リゼルグの駆る《バーゴイル》と自分の《プライドトウジャ》のみ。

 

 心許ないのは最初から分かっている。

 

 それでも戦わずして負けるのは飲み込めない。オラクルという国家に翻弄され、本国からも切られ、C連合の体のいい実験台にされるだけの存在であるのは間違っていた。

 

「自分はもう行ってきます。《バーゴイル》の射程でも敵への牽制は出来るかもしれない」

 

 シーアが呼び止める前に、彼はタラップを駆け上がっていった。きっとどのような言葉であっても彼を止める事は出来なかっただろう。

 

「わたしは……君達のような若者に、死んで欲しくはないのだ。わがままかもしれないが、それだけが本音だ」

 

 分隊長としてこの基地を預かるものとしての言葉だろう。桐哉はリゼルグの乗り込んだ《バーゴイル》を仰いだ。

 

「死にはしませんよ。自分もリゼルグ曹長も。死ぬつもりはありません。終わったら、みんなで祝いましょう。今日の命に、乾杯って」

 

 だからなのか、笑っている自分をシーアは直視出来ないようであった。元はと言えばシーアがオラクルに下ったために終わったこの命。責任を感じているのは一番に分かっている。

 

 だからこそ、この状況では笑いたい。

 

 笑って、明日がある事を信じたかった。

 

「クサカベ准尉。《プライドトウジャ》との最終接続はコックピットでの調整になります。もうそろそろ」

 

 搭乗してくれ、という事なのだろう。歩み出しかけた桐哉へとシーアは声をかけそびれた。

 

 何を言えばいいのか分からなかったのだろう。リーザはその背中にいつものような言葉を投げていた。

 

「准尉っ! その……准尉は、英雄なんですっ、あたしにとっても、みんなにとっても」

 

 この基地全員の命を預かるのが自分の仕事だ。それを果たせれば、燃え尽きても構わない。

 

 桐哉はあえて振り向かず《プライドトウジャ》へと乗り込んだ。

 

 リニアシート周りが《バーゴイル》のものに差し替えられている。愛機であるスカーレットの部品だ。これだけでも随分と安心出来た。

 

「そうか。スカーレットの遺伝子を、受け継いでくれたか……」

 

『感慨にふけっている場合じゃないぜ、英雄さんよぉ』

 

 リゼルグの軽口に桐哉は言い返す。

 

「分かっている。結果を示さなくっちゃな」

 

『先に行く。後から獲物が残っていないって嘆くぜ、きっとな』

 

「期待していよう」

 

 リゼルグの《バーゴイル》へと出撃可能のサインが下る。

 

『リゼルグ・レーヤー曹長! 《バーゴイル》、出る!』

 

 青い推進剤の光を棚引かせつつ《バーゴイル》が基地防衛の任へと躍り出た。

 

 桐哉はその光の残滓に静かに敬礼していた。

 

 後は自分の仕事だ。

 

「准尉。ハイアルファーを起動させます。【ライフ・エラーズ】のショックでこん睡状態に陥る事態も考えられますので、それも加味してください」

 

「何分で出られる?」

 

「最短でも……三十分は……」

 

 その視線は先ほど出撃したリゼルグの《バーゴイル》を追っていた。三十分後に戦場がどうなっているのか。見当もつかない。

 

 しかし桐哉は落ち着いて待つ事にした。それだけが自分に与えられた責務だ。

 

 ――リゼルグの背中を無駄にして堪るか。

 

 男の背中に誓った大義に、桐哉は息を深くつく。

 

「分かった。やってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ナナツー参式》の鋼の躯体がゾル国の領地を踏む事になるとは、正直なところ、自分でも意外なほどであった。

 

 リックベイは海上に位置する巡洋艦と共に甲板で標的である前線基地を眺めていた。

 

 ほとんど僻地だ。青く濃いブルブラッド大気に包まれた秘境と言えよう。恐らく戦地とはまるで無関係な場所だったに違いない。

 

 そのような場所を蹂躙し、叩き潰すのが己の仕事とは、と自分でも嫌になるほどであった。

 

「少佐。マスクキツイっすよ」

 

 歩み出たタカフミにリックベイは息をつく。

 

「ブルブラッド大気汚染は七割以上だ。こんな場所によく……基地など造るものだ」

 

「他国の思想は分からないですねぇ」

 

「参式の編隊は? どの程度進んだ?」

 

「半分ってところです。ほとんど慣らし運転みたいなもんですから、兵士の中には参式の駆動系に慣れてない人間も多いみたいで」

 

「最新鋭機だからな。一機でも壊さずに持ち帰れれば上々だ」

 

 漏れ出た本音にタカフミは首を傾げた。

 

「敵の首を取るつもりはないんですか?」

 

「オラクルか? そのようなもの、既に亡国の徒だ。今さら取る意義もあるまい」

 

「じゃあ、この戦い、意味ないじゃないですか」

 

 タカフミの言葉は相変わらず直截的だがこの戦場に関しては彼の言葉が見合っている。

 

 意味などないのだ。

 

 ただ単にお互いの利害が一致しただけ。

 

 オラクルを排斥したいゾル国と、参式を試したいC連合。この二つがもつれ合い、兵士達の思惑さえも飛び越えて実行されたに過ぎない。

 

 よくある事であった。兵士になれば、意味があるないに関わらず、命令には堅実に実行するだけの精神が求められる。

 

 それがどれほどまでに一方的な戦場であろうとも。あるいはどれほどまでに意義など欠片ほどにもない戦場であっても、自分達は軍人である。軍人は全うするだけなのだ。

 

 それが軍属となる、という事である。

 

「アイザワ少尉。人機に乗るのは楽しいか?」

 

 だからか、このような質問が口をついて出たのも、それは軍属という逼塞した状況にある人間の気紛れであった。

 

 タカフミは少し思案した後、ハッキリと答える。

 

「人機は好きですよ。乗るのも好きです。戦うのも、まぁ嫌いじゃないです。ただ、何ていうのかな……多勢に無勢みたいなのは、あんまし好きにはなれないっす」

 

 少しだけ意外ではあった。タカフミは相手を圧倒するのが好きだと思っていたからだ。

 

「敵を圧倒する事に、喜びを感じないのか?」

 

「喜び、ですか……。難しいですねぇ。だって、あんまりにも敵との戦力差があると、それって戦いじゃないでしょ」

 

 彼の言葉は時折、正鵠をつく。だからこそ、この部下が必要なのだ、とリックベイは感じていた。

 

 ――戦いではない、か。

 

 この戦場もそうなのかもしれない。最早、これは戦いとは呼べない。

 

 ただの消耗していくだけの戦場。磨り減るだけの命。

 

「美学など、求めたところで」

 

 踵を返そうとしたその時、警報が鳴り響いた。

 

 何だ、と振り仰いだ視線の先にいたのは大型人機である。脚部のない機体が両翼を広げて巡洋艦の上を取っていた。

 

「嘘だろ……モリビト……」

 

 発せられた声にリックベイは上空の敵を見据える。

 

 モリビトはしかし、巡洋艦を撃沈するために降りてきたわけではないらしい。翼を広げ、高高度へと飛翔していく。戦場を俯瞰する位置についたらしい事が通信で分かった。

 

「少佐……モリビトがこの戦場に介入するという事は……」

 

 タカフミの言いたい事は分かっている。リックベイは冷たい靴音を甲板に響かせる。

 

「ああ。我々が出なければならない、という事だ」

 

 整備デッキに用意されていたのはタカフミの《ナナツー参式》と自分の新型機であった。

 

 温存しておく事を考慮に入れていたが、そのような余裕もないらしい。整備班にはモリビトが来た、の一声で了承が取れた。

 

 こちらへ、とリックベイは新型《ナナツー》のコックピットへと誘導される。

 

 キャノピー型の《ナナツー》の外観はほとんどそのままだ。しかし、キャノピーの強度は五倍以上になっているという。

 

「装甲が堅くなった分、少し足が遅いです。ですが少佐の零式抜刀術による戦闘ならばほとんど支障はないでしょう」

 

 ペダルを踏みリックベイは感覚を研ぎ澄ます。

 

《ナナツー弐式紫電》と違うのはこちらの挙動にダイレクトに対応してくれる駆動形の素早さか。今までは経験で補強していた部分を機体が反映してくれている。

 

「随分と反応が速いな。これでは新兵はつんのめってしまう」

 

 その懸念に整備班は笑って返した。

 

「だからこその少佐専用機ですよ」

 

 そのようなものか、とリックベイは操縦桿を握り締めた。先んじてタカフミの《ナナツー参式》が出撃する。

 

 リックベイはタッチパネルに表示された機体ステータスを目にする。

 

《ナナツー》系の機体だが装甲の強度と反応速度の向上のため、《バーゴイル》系列の機体の遺伝子も汲んでいるらしい。

 

 腕周りが少しだけ細いのが気になったが、逆に足腰はがっしりとしており、背面に装備された大出力のスラスターノズルが高機動を約束している。

 

『少佐の紫電が出られるぞ!』と整備班の声が飛んだ。

 

《ナナツーゼクウ》は既に自分のパーソナルカラーである紫色に塗装されている。

 

 これは新型を受け取る時に零式抜刀術と共に上官に理解を求めた結果だ。

 

《ナナツーゼクウ》は腰周りに繋がれたケーブルを引きずる。最終調整は自分の手で行わなければならない。

 

 この数歩の間にリックベイは《ナナツーゼクウ》の三十近い問題点のほとんどを脳内に収め、それらの対応策を練っていた。

 

「《ナナツーゼクウ》。リックベイ・サカグチ。出る」

 

 推進力にケーブルが引っ張られ、つんのめったのも一瞬。

 

 直後には切断されたケーブルによって《ナナツーゼクウ》は戦場へとその足を進めていた。砂利を踏みしだきつつ新型機が陽光の下に映える。

 

 すぐにタカフミの《ナナツー参式》に追いついたこちらの推力にタカフミは驚愕の声を上げた。

 

『少佐、速くないですか?』

 

「足は遅いと聞いていたが。それでも参式を凌駕するか。戦局は?」

 

『芳しくないようですねぇ。先遣隊からの報告が滞っています。やり辛い敵と当たったのかな』

 

 やり辛い敵とは言ってもこの基地にいるのは恐らく《ナナツー》の型落ち品とバーゴイルもどき程度。

 

 恐れるほどではない、とリックベイはペダルを踏み込んだ。

 

「気を引き締めろよ。モリビトが出たという事は戦闘も想定するべきだ」

 

『分かっていますよ。ここで引導を渡してやるぜ! モリビト!』

 

 肩を並べた二機が戦場を駆け抜けた。

 

 


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